You and I
勇気を出して慣れない言葉を
薄らと瞳を開けると、視界が陰っていた。
否、暗いというより、誰かが俺の顔を遠くから覗き込んでいる。はっきりと瞼を開き、俺は小さく驚く。
「……クラウド」
俺の顔に影を落としていたのは、「ジャンクション・マシーン・エルオーネ」により、今まで過去に入っていた人物だった。俺が目覚めたのを確認すると、クラウドは身体を起こす。
「……どうだった、俺の過去は」
微細な声で呟かれた言葉に、俺は頭上を渦巻く翠の光を眺める。
「あんたのこと、色々分かった」
そうか、とだけ言ったクラウドを見ず、俺は額のうえに手を置く。
本当に様々なことがありすぎて、疲れているようだ。今まで昏睡していたのだが、機械によって眠らされていたようなものなので、他人のなかに転移されていた脳は働きづめだった。だから、本当の意味で眠い。
そうこうしているうちに、俺はうとうとし始め、今度こそ夢のなかに落ちようとしていた。
俺が寝入る寸前、俺の身体に乗せてあった「ジャンクション・マシーン・エルオーネ」を誰かが取り上げた。が、それに構わず、俺は寝息を起て始めた。
古い石膏造りの柱が印象的な建物を見上げる俺のこころのなかは、不安で一杯だった。
俺が物心つくころから、いつも一緒にいた大好きなお姉ちゃん・エルオーネが、ある日から突然姿を消してしまった。
どんなときでも、お姉ちゃんから離れなかった俺。共に引き取られた孤児院で、金髪の孤児に苛められると、俺はすぐお姉ちゃんの背中の後ろに隠れていた。孤児院のみんなも、お姉ちゃんが大好きだった。が、俺がお姉ちゃんを独り占めしてしまったので、みな不満がっていた。
そんなお姉ちゃんがいなくなり、俺はパニックに陥った。やたらと孤児院のなかをかけずり回り、俺はお姉ちゃんを捜し続けた。だが、どこを捜してもお姉ちゃんは見つからなかった。
小さな俺には、お姉ちゃんがいなくなるのが、理不尽で堪まらなかった。孤児院の経営者であるママ先生・イデア・クレイマーやその夫であるシド・クレイマーがどんなに俺を宥めても、俺は言うことを聞かず、ずっとお姉ちゃんの姿を求め続けた。
「おねえちゃん……どこいったの?
僕、ひとりぼっち?」
一日中……否、ほぼ毎日お姉ちゃんを捜していた俺は、もうお姉ちゃんに会えないかもしれないと絶望していた。孤児院の側にある浜辺で海を見ながら、俺は涙をこぼしていた。
疲れているのか、俺の頭のなかはざわざわと耳鳴りのような音がしていた。気にせず、俺は寂寥漂う海原を見つめ続ける。
「さみしいよ……おねえちゃん」
孤児院のみなが、俺を慰めようとしてくれる。が、ずっとお姉ちゃんだけを見てきた俺は、こころを開けずにいた。
お姉ちゃんはいて当たり前の存在だった。俺が見る景色には、どんな時もお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんが、俺のすべてだったんだ。
――ひとりじゃない。君は、ひとりじゃないよ。
不意に頭のなかで囁かれ、俺は辺りを見渡す。が、寂れた海岸には誰もおらず、俺しかいなかった。
首を傾げる俺に、更に声が掛けられる。
――いまは寂しいかもしれないけど……未来の君は、誰かと一緒にいるよ。決して、寂しくはないよ。
だから、悲しまないで。
そう言ったあと頭のなかのざわめきが消え、声もしなくなった。
不思議な現象に再び小首を傾けたあと、俺は空に立ちこめた雲を見上げた。
それから、どれくらい眠っていたのか、俺はジタンに肩を揺すられ起こされた。
「スコール、いい加減起きろよ!」
乱暴に起こされたので、俺はすぐさま覚醒する。寝入る前と同じく、星の体内の緑の光は鮮やかだ。
「俺は、どれくらい寝ていたんだ?」
傍らで尻尾を動かすジタンに問うと、ヤツは頭を掻いた。
「ん――…そんなに長くは寝てないかな」
正確に計ってないから分からないよ、と言うジタンに頷き、俺は辺りを見回す。
「……クラウドは?」
眠る前に俺の側にいたクラウドの姿がない。どこに行ったのだろう。
その答えは、ジタンからすぐ返ってきた。
「クラウドなら、上の足場に居るぜ。
あいつ、ちょっと試してみたいことがあるからってさ」
「……そうか」
立ち上がり衣服に付いた埃を払うと、ひとつ目配せする俺に頷くジタンを目にし、クラウドのいる足場に向かった。
ハイジャンプして登った足場には、「ジャンクション・マシーン・エルオーネ」を手にしたまま眠っているクラウドと、それを見守るように見ているセシルがいた。
やってきた俺に気づき、セシルが優しく微笑む。
「起きたんだ? 今はクラウドが機械を使っているんだ」
セシルの言葉に、俺はクラウドの手のなかにある機械を見る。
「ジャンクション・マシーン・エルオーネ」を手に寝ているということは……クラウドが誰かの過去に入っているということだ。
「クラウドは、今誰の過去に入ってるんだ?」
俺の問いに、セシルがふふっと笑う。
「心当たりないんだ? クラウドの過去に入ったスコールなら分かるかと思ったんだけど」
思わせぶりなセシルの言い分に、俺は首を傾げる。
機械を使って誰かの過去に行ったとき、自分に入られた人間はなんと言ってたか……? 何かを思いつき掛けたとき、クラウドが薄く瞼を開けた。
セシルに顔を覗き込まれ、クラウドは一声呻く。
「クラウド、見たかったものは見られた?」
ぼんやりとセシルと俺を見た後、クラウドは頷く。
「……あぁ、ちゃんと見てきた」
そして、クラウドは俺をまっすぐ見つめる。
「スコール、ちょっとふたりだけで話せないか?」
半身を起こしたクラウドの、滅多にない積極的な誘いかけに戸惑いながら、俺は首肯した。
心得たように、セシルは下のステージに降りていく。
ふたり取り残され、俺は内心緊張していた。
クラウドに促され、俺はクラウドの隣に座る。
「……俺、おまえの子供の頃を見てきた」
クラウドの告白に、俺は先だって見ていた夢を思い出す。そして、合点がいった。
凝視する俺に構わず、クラウドは話を続ける。
「おまえは、あんな小さな頃に、一番大事なひとに去られて、こころを閉ざしてしまったんだな。
あんなに子供じゃ、どうやってひとに頼っていいか分からないから、ああするしかなかったのかもしれないな」
淡々と語るクラウドに、俺は俯く。
微笑を浮かべたまま、クラウドは俺を横目で見る。
「……俺も寂しい子だった。
物心付いた頃から父さんはいなくて、俺を護ってくれるのは母さんだけで……。
でも、母子家庭だから、ひとりで俺を育てるのは経済的に苦しかったんだろう、母さんは故郷の宿屋で下働きをしていたよ」
クラウド自身の子供時代の話に、俺は目を見開く。
あくまで静かに、何の感慨も籠めず、クラウドは言葉を紡ぐ。
「母子ふたりだけの家族だったから、俺と母さんは村の爪弾きだった。同年代の子供たちには苛められ、仲間外れにされて……。
母さんは俺を庇ってくれたけど、俺は理不尽で仕方がなかった。
そうしているうちにある事件に巻き込まれて、俺の立場はもっと悪くなり、村人から村八分にされてしまったんだ。
孤独で、寂しくて、こころのなかは劣等感で一杯で……。皆に見下されていた俺は、いつしか、自分はあいつらみたいな馬鹿じゃない。俺はあいつらよりすごい存在なんだと思いこむようになった。
そんなとき、村に配られていた新聞で、トップソルジャーとして活躍するセフィロスの勇姿を見、憧れた俺は自分もセフィロスみたいになってやる、って思ったんだ。
……その結果は、無惨なものだったけどな」
クラウドは息を吐き、直向きな瞳を俺に見せた。
「過去に色んなことがあった。初恋のひとと戦う運命を背負い、悲しみと苦しみで死にそうになったこともあった。
でも、そういう経験も無駄じゃないと思うんだ。
ひとは変われる。恋もひとつだけじゃないって、この世界に来てわかった。
そして、俺にもひとを護り、支える力があればと、強く思った。
そう思わせてくれたのが……おまえなんだ」
クラウドの力強い言葉と、確固たる意志を感じ、俺は息を飲む。
俺はこれ以上誰かに去られて傷つくのがいやだから、誰にも頼らず、なんでもひとりでするようになった。――それは、恐れから臆病になっているだけだ。
だがクラウドは、辛い過去と苦しみしかなかった恋の記憶を、未来に繋げようとしている。
クラウドは本当の俺は強いとティーダに語ったが、俺よりクラウドのほうが強いんじゃないか?
目を伏せる俺の肩を掴み、クラウドがはっきりと言う。
「俺はおまえの気持ち……少しわかる。だから、おまえを助けたい。ただの友人としてでなく、大切なひととして……。
スコール、おまえはひとりじゃない。俺がずっと一緒にいるから。
淋しいときも、悲しいときも……ずっと」
「クラ…ウド?」
蒼の瞳に魅入られていると、不意に蘇ってくる声があり、俺は瞠目する。
――いまは寂しいかもしれないけど……未来の君は、誰かと一緒にいるよ。決して、寂しくはないよ。
だから、悲しまないで。
クラウドの言葉に、俺は先程の夢の囁きを思い出した。あの声は――クラウドのものだった。
「クラウド……あんた、俺の過去に入ったとき、小さな俺に語り掛けたのか?」
俺の問い掛けに、手を放し照れた面持ちでクラウドが告げる。
「……あぁ、幼いあんたが、あまりにも淋しそうで、見ていられなかったんだ。
そして、この小さな子の傍に、ずっと居てやりたいと思ったんだ」
クラウドの告白に、俺の頬が妙に熱くなってくる。きっといまの俺の顔は、真っ赤だ。
「俺がいやだっていっても、あんたは俺にくっついてくるんだろうな。
……別に、いやじゃない、むしろ俺に都合の良すぎる展開になって、俺としては拒む理由はないんだが」
クラウドの告白も遠回しだが、俺の言葉も素直じゃない。もっとはっきり言えればいいが、慣れない言葉だから言いにくい。
だが、それで意味を察してもらえたのか、クラウドは柔らかな微笑みを浮かべていた。
俺の想いは実るはずのない、絶望的なものだと思っていた。が、俺が知ろうとしなかった真実は、その真逆だった。なんだか、自分が滑稽だ。
「……悩む必要のないことで心痛していた俺は、馬鹿なんだろうな」
なんだ? と聞き返すクラウドに、俺は小さく笑う。……笑ったのが、とても久しぶりのような気がする。
「俺の恋は実らないと思い、必死で諦めようとしていたんだ。
けれど、こんな形で叶うとは思わなかった」
そして、俺はクラウドの眼を真っすぐ見つめる。
やはり、ちゃんと言おう、慣れない言葉だが、本当の気持ちを。
「俺は……あんたが、好きだ」
俺の真摯な言葉を聞いたクラウドは、少しく目を見開いたが、やがてふわりと微笑み、軽く俺に唇を重ねてきた。
「俺も、おまえが好きだ。
絶対に、おまえをひとりにしないから……もう不安にならなくていい」
そう言って、クラウドは俺の肩にもたれかかった。
思ってもみないことが起こったことに、俺は運命の不思議さと幸せを噛み締めていた。
もう、淋しさを味わう必要はない。
自分のなかの孤独を誤魔化さなくていい。
愛するひとが、傍にいてくれるから――。
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