femme fatale――女神の涙――



1・神性の脈動


 今、身体のうちに息づくものは何だろうか。ある日突然、俺のなかを占拠するものが顕れた。
 遥かに広がる天を、豊かな海原を、寂寥を漂わせる夕景を見ると、それは涙を引き出してくる。
 俺は今、何かに欠けている。明確には判じえないが、確かに空洞があった。それに囚われる前にはなかった感覚。
 俺の日常は、奪われてしまった――。


「おい、サウルは一体どうしたんだ?」
 石工の兄弟子が、俺に気付かれぬ様、同輩に尋ねている。さぁ、と首を捻る男の姿は、明らかに俺の目に入ってくる。
「最近、奴はうわの空だな。さては、バアルの呪にかかったか?」
「あぁ。奴も、もうそんな年頃だな」
 兄弟子達は一様に頷いている。俺は目を背けるようにして石積みの家の影に隠れた。
 イスラエル王国一の石工・ヤコブに弟子入りしてから三年、童子だった俺も筋肉が付き、大人顔負けの働きもできるようになった。硬い石の切り出しや細工も、難なくこなせる。頭領は俺を将来有望と見ていた。
 が、最近の俺は疼きと渇きに苛まれ、仕事に集中できない。作業の手を止め、渦巻く血潮を押さえることに力を尽くしている状態だった。
 ある宵、俺は頭領の家に呼ばれた。蜜の燈明が僅かににある薄暗い客間にひとり通されると、しばらく取り残される。誰もいない心細さを持て余し、首を四方に廻らせる。
 ぎょっとした。小ぢんまりとした祭壇に祭られているもの――それは、男の象徴だった。天高く屹立した、見たことのない形の。祭壇に祭られているということは――神像?
「サウル、それはな――バアル神像だ」
 祭壇に近寄り凝視する俺の背に、声が掛けられる。静かに、頭領とその奥方が室内に入ってくる。
 これが、バアル神像――俺は目を見開く。
 バアル神は妻神アシェラとともに、イスラエルがカナンと呼ばれていた時代に最も信仰されていた神である。遠い昔、違う神を信奉するイスラエルの民達がカナンに入ってきた。彼らはカナンの民人を殺戮し、自分たちの神を祀った。それでもバアル神とアシェラ女神は日に陰に信仰され、幾つもの神殿が町に立ち、各家庭にも神々が祭られていた。イスラエルの神を祀る者達はその都度カナンの神々を弾圧したが、神々は根強く生き残っている。
 よく家々や神殿に祭られているバアル神の像は、牡牛の冠を被った青年の姿である。片手に棍棒、もう片手に稲妻を持ち、奸な蛇を打ち破った美麗で勇猛な英雄、それがバアルだ。こんな姿など、見たことがない。
 俺の当惑に答えをくれたのは、奥方だった。
「バアル神が、我らが母神・アシェラの夫なのは、よく知っているわよね」
 俺は頷く。
 ふくよかで慈愛豊かな奥方の顔が、暗がりの向こうで妖艶に笑んだような気がした。
「アシェラはバアルを失い、愛する男を求めて彷徨ったわ。
 女神のやるせない想いは半身を求め、いまも男を呪縛しているのよ。女神は女のなかに宿り、男のなかの男神を見いだし、貪るの。
 男のなかの男神も、女のなかの女神を求めている――。
 目の前のバアル像は、アシェラの飢餓の象徴。そして――」
 やおら近づくと、奥方は俺の足元に跪き、衣を除けて俺の股の付け根をまさぐった。奥方の細い指は、的確に俺の陽物を捕らえ、握り締める。
「あぁっ、やめ……て、下さいッ!」
 俺の抗議の声が、上ずる。が、奥方は強弱つけて男根を扱きはじめた。
「うぅっ……ああぁ……ッ」
 未体験の、感覚。血が、ざわめきが雄物に集中していく。下肢が痺れ、足先の力が抜ける。頭が、真っ白になる――。
「見なさい。これが、あなたのなかのバアルがアシェラを求めている証拠。女神の陰所(ほと)を貫かなければ、男神を鎮められないのよ」
 言われるがまま、俺は自身の命を見る。
 それは、見たことのない形に変容していた。隆々と昂ぶり、震えて天を突いている陽根――まったく、目の前のバアル像と同じ姿をしていた。
 手を動かし続ける奥方の後方で、ほぅ、と頭領が感心している。
 頭領は、俺自身の何を感じ取っているのか。先端に白濁した液体を滴らせる俺を、何を思い奥方は弄ぶのか、見当が付かない。ただ、全身に異様な熱が渦巻いて、爆発したがっていた。出口を求めて強い衝動が駆け巡る。がくがくと足が揺れた。
 うふふ、と奥方がなまめかしい笑いを発てる。
「あなた、この子はもう聖娼の秘儀を受けられますわね。
 その前に、成人の儀礼としてバアルの守護を身に受けねば――」
「そうだな、段取りはわしがつける」
 頭領と奥方が申し合わせる。彼らの一存で、俺の今後が決められたようだった。
 奥方の手が、さらに早められる。
「ごめんなさいね。あなたのアシェラは、わたしじゃないのよ。わたしのバアルも、あなたじゃないの。
 でも、このままじゃ辛いだろうから、当座の処置はしてあげるわ」
 言いつつ、奥方は棹を素早い手つきで擦る。俺はすでに、限界だった。
「あぁっ、あああぁぁッ――!」
 俺のなかで鋭角化していた衝動が、弾ける。瞬時、意識が途切れる。
 何かが、男根から放出される。びくんびくん、と脈打ち、一滴残らずそれは吐き出された。
 肩で息をする俺の鼻先に、奥方は己の両の手のひらを突き出す。彼女の手は白い液体に塗れ、異臭を放っていた。
「これが、あなたの中から出た子種よ。男は陽根を刺激されると、勃起させ精液を吐き出すの。
 男神が女神を求め、女神が男神を欲するのは、命を生むため。
 女神だけでは、子は生せない。男神だけでも、胤は芽吹かない。
 だから、男と女は永遠に求め続ける。
 ――あなたも、その連鎖のなかにあるのよ」
 奥方が布で手を拭うのを、俺は朦朧とした頭で眺める。
 バアル神の呪――熱い衝動が、そうだというのか。肉体に渦巻くバアル神の呪は、女のなかの女神を求めているのか。
 力の抜け落ちた身体を、白塗りの壁にもたれかからせた。


 カナンの旧い儀礼に、聖婚というものがある。
 この国の夫婦神、バアルとアシェラは豊饒の神。大地の実りと子孫の繁栄を司る。
 高い丘に聳えるバアルとアシェラの神殿には神の偶像が据えられ、数人の祭司者が常時在駐していた。彼らは巫と呼ばれ、敬虔な民を代表して神を祭っている。
 バアルの巫長とアシェラの巫女長は年に一度、作物の豊作と民族繁栄を祈り儀礼を行なう。太陽の下、衆目の面前で交媾をしてみせる。頭領に許されていなかったので俺は見ていないが、神の化身が生々しい結合を曝すのだという。
 一人前と認められていない俺にとって、神殿は身近ではない場所だった。が、現在、俺は頭領に伴われバアル神殿の貴賓室に通されている。慣れぬ雰囲気に、小さく大理石の長椅子に座った。
「ここはな、成人前の男が一度は来る場所だ。
 男はここでバアル神の洗礼を受け、初めて女神にまみえる資格を与えられる」
 緊張から、俺は頭領の言をうわの空で聞く。
 異質で、清澄な空気。当たり前だ、神の坐す場なのだから。明らかに俗界とは違う静謐さがあった。
 やがて、巫であろう若い男が現れ、俺たちは神殿の奥に導かれる。神の代理となる巫は、すべからく美形であり、知性と教養、礼儀作法を必要とされているとのことで、常人にはない落ち着きがある。
 俺たちが入った室は、円く天井が抜けていた。屋内でありながら、直に日光が注ぎ、水晶などの貴石の細工ものが置かれた祭壇の頂点に、人型と男根型のバアル像と、雌牛の角を頭上に頂き、両手に蛇を持つ、全裸の曲線美を惜し気もなく見せ付ける美女――アシェラ女神の像、そして貝の実のような、軟体物を型どった像が安置されている。祭壇の目前には、綿を入れた寝台らしきものがある。
 俺たちが入ってきたのに合わせ、高貴な服飾の男女が、大理石の長椅子から優雅に立ち上がった。ふたりは白絹の衣を纏い、男は黄金と金剛石の額飾りに白銀のトルクを身につける。女は碧玉をはめ込んだ銀の冠に、小粒の丸玉に加工した碧玉を銀の細工で連ねた首飾りで装っていた。
「おぉ、ヨシュア殿とアタリヤ殿。わざわざすみませぬ」
 頭領がふたりの手を握る。彼らは柔和な笑みを湛えていた。
「この国一の石工である、ヤコブ殿の愛弟子殿の初めて儀礼ならば、我々直々に関わらせていただきたかったのですよ」
 言って、男の眼差しが俺に向けられる。鵄色の瞳が深い洞察と英知を浮かべていた。きっと、ただの巫ではない。俺は畏怖に身構えた。
 巫は、ふわりと笑んだ。女のごとき柔らかな容貌が、限りない優しさを形づくった。
「サウル、バアル神の巫長・ヨシュア殿と、アシェラ女神の巫女長・アタリヤ殿だ」
 俺は驚愕した。巫たちの頂点に立つ彼らが、ヤコブの弟子というだけで顔を見せてくれた。人々や神殿の、頭領に対する認知度の程度が解ったような気がした。
 巫長は近づくと俺の顎に手を掛け、頬に手を添える。巫長の澄んだ美しい眼が、俺を暖かく見つめる。俺の心臓は鼓動を早めた。
「なかなか、精悍で整った面構えだな。これなら、女神の化身たちが放っておかないだろう。
 そう思わないか? アタリヤ」
 聞いた巫女長が、瑞々しい華のようなかんばせを綻ばせる。
「えぇ、女神もきっとお気に召されるはず。
 必ずや、わたくしが相応しい巫女を選んでみせますわ」
 巫女長の保証に、頭領は頭を下げ、案内の巫の後ろを再度着いて室を出た。俺はふたりの巫長とともに祭壇の前に残される。
 巫女長は祭壇に置かれた酒壺を手に取り、金の杯に葡萄酒を酌むと、微笑んで俺に差し出した。
「パンと葡萄酒は、神々の下され物なのですよ。慈愛深い神は、尽きることなく我らに恵みを与えてくださいます。
 ゆえに、葡萄酒は聖娼の秘儀になくてはならぬものなのです。
 さぁ、お飲みなさい」
 言われるがまま、俺は葡萄酒を一気に飲み干した。
 口の端についた酒を拭う俺の様を見、巫長は頷く。
 巫女長は微笑を浮かべたまま、俺の腰帯を器用に解く。前合わせの衣が床に落とされ、俺は真裸になった。羞恥で、頬に血が集中するのを感じる。
 巫長は腕組みし、俺の裸体を隈無く観察している。
「ふむ……石工の見習いだけあって、無駄のない身体つきをしている。日に焼けた肌と筋肉が、見事に釣り合っているな」
 巫長の賛辞に、俺の血の巡りは余計にはやくなる。やっとのことで、疑問を口にできた。
「あの……聖娼の秘儀とは、何をするのですか? 俺は、秘儀を受けることになるのですか?」
 聖娼――神聖なる娼婦。俗の娼婦とは区別するため、そう呼ばれている。神殿の巫のもうひとつの名称を、俺も何となく知っていた。が、いまの俺と聖娼がどう関係あるのか、それが解らない。
 俺の質問に、巫長は片眉をあげる。面白いといいたげに、彼は唇を釣り上げた。
「サウル。わたしとアタリヤが、年に一度聖婚儀礼を行なっているのは知っているな?」
「はい。……見たことはありませんが」
「カナンの地に豊饒をもたらすため、我らは神を宿し、皆の前で契る。
 が、我らの役目はそれだけではない。
 ――民人のなかの神性を目覚めさせるため、対なる神となり交わる。巫は男神となり女に精を注ぎ、巫女は女神となって男の陽物を陰所に飲み込む。娼婦や男娼とやっていることは変わらぬが、我らの行いは神性――魂を目覚めさせる聖なるもの。ゆえに、我らは聖娼とも称される。
 わたしやアタリヤも、王后や貴族とよく媾合している」
 思わず目を見開いて、俺は巫長と巫女長を凝視する。清らかな彼らが、王后貴族とはいえ、俗な人間に身体を開いている――。
 この国の王・アハブは、表向きイスラエルの民の神を崇敬している。が、イスラエルの周辺にはアッシリアやダマスコ、フェニキア、そして南のユダ王国などの国が乱立し、イスラエルを狙っていた。もともとイスラエルとユダはひとつの国で、民衆の反乱により南北に分裂した。現イスラエルの王アハブは他の国を押さえるため、シドンの王女・イゼベルと結婚した。妃・イゼベルの国フェニキアはバアル神やアシェラを祀り、イゼベルはイスラエルに嫁いで後も実家の神を手厚く優遇している。イゼベルの嫁入に伴われて入ってきたバアル・アシェラの巫は800人を越え、彼らはもともとあったバアル・アシェラ神殿に仕えるようになった。アハブとイゼベルはバアル・アシェラ神殿に手厚い庇護を与えている。
 巫女長は俺の脱ぎ捨てられた衣を拾うと、寝台の横に備え付けられた籐の籠に入れ、巫長に並び立つ。俺を見る目は、母か姉のような慈愛に満ちている。今まで見たことのない綺麗な女だ。男に憧れを抱かせる要素を、彼女はすべて揃えている。俺も例外ではなく、彼女の端美さにこころを痺れさせていた。
 そんな俺の気持ちを、巫長は見通しているらしい。巫女長の背後にまわると、慣れた手つきで彼女の帯を解き、素裸に剥いた。
 巫女長の真珠のような薔薇色の肌が、たわわな乳房が、流麗な身体の線が俺の目に眩しく映る。巫長は彼女の豊かな腰を、後ろから抱き締めた。安心しきっているのか、巫女長は陶酔した面持ちで巫長にもたれかかる。
「今日アタリヤがここにいるのは、おまえに相応しい巫女を選ぶためだ。が、そのまえに、おまえが女神を求めているか、試させてもらう。
 男のなかには、女神の慈愛ではなく、男神の精液を求める者もいるのでな」
 巫長は巫女長の身体を引いて寝台に腰掛ける。巫女長は心得たように、巫長の大腿のうえに座った。巫長は彼女の脇の裏から腕を差し込み、乳房を両手で包み込む。張りのある形を確かめるように撫でると、巫女長は薄く唇を開き熱い息を吐き出した。目尻が赤く染まり、肩が小刻みに震える。巫長がほっそりとした項に唇を這わせると、巫女長は小さな喘ぎを漏らした。
「あぁっ……ヨシュア様……っ」
 乳首を摘まれ、何度も擦られる。白い胸乳に男の指が食い込む。そのたびに、巫女長は切なげに眉を寄せ、巫長を呼ぶ。自身の肢体に絡む男の甲に手を添え、愛撫を急かそうとする。
 なまめいた巫女長の姿に、俺の頭はぼうっとしてくる。巫女長の汗を浮かべた薄紅色の肌が、半開きになった口から見える舌が煽情的で、知らず知らずのうちに俺の喉はからからに乾いていた。
「……よし。おまえが女神の恩寵を求めていること、確認した」
 唐突な巫長の声に、俺は我に返る。
「おまえの男が成熟していることはヤコブ殿から聞いていた。が、女神の祝福を受けるに値するかは、試さねば解らなかった。だが、アタリヤの感じている姿に、ここまで陽根を勃起させられるのだから、たいしたものだ」
 ぎょっとして、俺は自分の男根を見下ろす。これ以上ないほど、見事に隆々と立ち上がっていた。羞恥に、俺は片手で口元を覆う。巫女長の乱れる姿を見てから、下半身が熱くなっているとは思っていたのだ。
 巫女長を刺激しながらも、巫長は俺の変化を抜け目なく観察していたのだ。俺の男としてのしるしを確認して、彼は悠然と微笑んでいる。手は未だ巫女長の乳房を揉んでいた。
「いま、女のなかの女神を見せてやろう」
 言うと、巫女長の膝の関節を自身の膝の上にかけ、巫長は左右に大きく割り開く。
 祭壇に祭られている貝の剥き身の像が、巫女長の股の中心にあった。巫長はてらてらと濡れた剥き身に指を添えると、割いてみせる。とろとろと、剥き身から液体が零れてくる。
「近づいて、よく見てみろ。女神の真姿だ」
 じっと、巫長が挑発するように俺を見据える。
 ふらふらと誘われるがまま、俺は剥き身に近づく。甘い独特の匂いが、鼻腔に差し込む。よく見れば、割かれた剥き身の上部には小さな肉粒があり、ぷくりと充血して膨らんでいた。巫長の指先が肉粒をなぶると、巫女長はびくり、と身体をそばだてた。
「ンハァウッ! アァアアアッ!」
 敏感な箇所なのか、彼女は身をくねらせるが、後ろから巫長の腕に挟まれるように抱かれ、逃れられない。彼の指はそこを執拗なくらい責める。巫女長は身体を痙攣させた。
「アハアァッ! ンンンッ――!」
 足先がぴんと突っ張り、巫女長の手が巫長の上腕を強く握り締める。彼女の身体がびくん、びくんと小刻みに震える。むくむくと大きくなる肉粒をさらに揉み、巫長は彼女を鳴かせる。
 いつのまにか、剥き身からあふれ出る液体が、彼の衣を汚している。指に大量に絡み付く液体を合図に、巫長は剥き身のなかに指を三本差し込み、水音をさせながら派手に抜き差しした。どろどろになっている剥き身のなかを掻き回し、擦りあげるように指を曲げた。巫女長は途切れることなく身体を震動させ、泣くように喘ぎ続けている。
 巫女長の艶やかな声にあわせ、俺も息を荒くする。陽根はどくどくと脈打ち、張り切った先から精が滲んでいた。灼熱から解放されたい――先日奥方がしたことに倣い、俺は自ら男根を扱く。上下に摩擦し、固い先端を撫でる。
「アァアァアアア――ッ!」
 巫女長と俺は、同時に絶叫していた。俺の雄物から白濁液が床に飛び散る。巫女長は巫長の衣に大きな体液の染みをつくり、ぐったりと男にもたれかかった。
 巫女長の顎を自身に向け唇に接吻すると、巫長は彼女を寝台に横たわらせる。自らは立ち上がり汚れた衣を脱ぎ捨て全裸になった。筋肉質で均整のとれた肉体が眩しく、俺は目を細める。バアル神は戦神でもあるので、バアル神の巫も勇敢な闘士である。彼は闘神の巫長に相応しい、理想的な体型をしている。
 バアル神の巫長に相応しいのは彼の象徴も同じだ。魁偉で赤黒く、怒張している。
「女神の性は貪欲で、生半可にはおさまりがつかぬ。真に目覚めさせてしまえば、男は喰われてしまう。おまえも、これは覚えておいたほうがいい。
 ――さて、バアル神の守護とは、男が女神に相対する前に、神の依る巫から受けるものだ。女神の意に適うように、女神に喰われないように――巫の精を、聖娼儀礼に臨む男の肉体に注ぐ」
 脱け殻になった脳で、俺は巫長の言葉を聞き、反芻して驚く。
「えっ……それは、どういう?」
「営々と続けられてきた習いだ。男神の精を身内に入れることにより、童だった者は成人とみなされる。逆に、この儀礼を受けねば一人前とは見られない。
 さぁ、どうする? わたしの男神を後花から胎内に受け入れるか、それとも、口内から精を飲むか」
 挑むかのごとき巫長の眼差しに、ごくり、と俺は唾を飲む。
 頭領や兄弟子など成人した男は、皆一様にこの儀礼をうけたというのだろうか。巫の精を飲むか、巫の陽物を身に――後腔から受け入れるという二者選択しかないのか。
 後ろから貫かれるということは、痛みをともなうだろう。抵抗はあるが、まだ口から飲むほうがましかもしれない。暫らく迷った末、俺は決断した。
 尻込みするのは格好が悪い。俺は巫長の下肢に跪くと、天を突く陽根を口に含む。が、それからどうしたらいいのか、解らない。
 と、巫女長が巫長の背に頬をつけ、厚い胸板を愛撫しだした。尖った乳首をつねり、親指の腹で捏ね回す。びくり、と俺の口のなかのものが弾んだ。
「ずいぶんとひどい仰りようだわ。まるで、女神が誰にでも底無しの愛欲を見せるようではありませんか」
 言いながら、巫女長は彼の秘腔に指を這わせる。うぅっ! と巫長が呻く。男根が揺れ、腰が動き始める。
「違う……と、いうのか?」
「誰でもいい、というわけではありませんわ。
 女のなかの女神は、慕う方でなければ開かれません。この方だからこそ……と思ったから、乱れることもできるのです。
 ヨシュア様、これから聖娼の儀礼を受ける方に、いい加減なことを仰ってはいけませんわ」
 暗に詰る言葉。巫長の背筋に唇を這わせる彼女の表情は見えないが、薄らと心情を読み取れる。
 巫女長は男の後腔に二本指を深く突き刺す。片手は玉袋のあたりを撫で擦っていた。なかに入った指が捻り込まれるように出入りするたび感じるのか、巫長は切れ切れの息を吐きながら俺の口に激しく腰を打ちつける。喉の奥まで挿入される剛直に吐き気をもよおすが、俺は辛うじて堪えた。
「はあぁ……ッ! アタリ……ヤッ!」
 束の間、巫女長の名を呼ぶ彼の声に熱情が籠もる。アァウッ! と叫び、巫長は俺の口内に吐精した。青臭い味と匂いが強烈に襲い掛かる。が、俺は懸命にそれを飲み干した。
 巫女長は巫長を寝台に座らせて俺に振り返り、優しく告げた。
「今日あなたがどんな方か見させていただきました。わたくしが責任をもって聖娼を選ばせていただきます。
 後日連絡を差し上げますので、気を楽にしてお待ちくださいね。
 きっと、選ばれた聖娼が、あなたを男神と女神の法悦に導いてくれますよ」
 慈愛に満ちた笑みを浮かべると、巫女長は籠のなかの俺の衣服を差し出す。先程の悦楽に狂う表情とはまったく違う清雅さで俺を見ている。
 着替えをしている俺を横目に、彼女は掌を打って巫を呼んだ。すぐにやってきた巫に着いて室を出ようとしたとき、息を鎮めた巫長に声を掛けられた。
「なにか悩み事があれば、わたしが聞いてやるから、ここに来ればよい。
 ヤコブの弟子といえば、すぐに話をつけられるようにしてやる」
 巫長の力強い眼に、俺は素直に頷く。
 男神の精を身内に取り入れることによって、俺も一人前の男になった。が、内に抱える空洞や餓えが埋められたわけではない。聖娼の儀礼を受けることによって、悩みが解決されるかも解らない。が、巫女長の乱れる姿に、飢えが膨らんだような気がした。やはり――俺は、女神を求めているのかもしれない。
 室の入り口で振り返った俺に、神の巫達は慈悲の笑みを浮かべた――。



2・Qadesh――聖娼――に続く

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