Qadesh――聖娼――

3・イスラエルの女王



 女神の神殿に参詣するようになってから一ヵ月。
 俺は聖娼との儀式に身もこころも馴染んだ。俺の相手をする巫女はずっとエーシャで、他の巫女とのつながりはない。エーシャはどんな時でも――それが違う相手に応じている場合であっても――どういう訳か、必ず俺のところに来てくれる。
 彼女との交わりは甘く、ほろ苦い。エーシャは交接に慣れていて、俺の芯まで酔わせる。彼女は自らが知っている交わり方をすべて俺に教えた。彼女の滑らかな玉肌に指をすべらせ熱い蜜壺を味わい、忘我の境地で肉棒を蕩けた彼女自身に埋め込む。彼女に被いかぶさるときもあれば、四つ這になった彼女を背後から貫く折もある。俺の脈動に呼応するかのように、彼女は息を荒げ、激しく腰を振る。互いに意識を飛ばしつつ、体液を交じりあわせる――。熱くて苦しくて、どうしようもないほどに切ない瞬間。この切なさは、自分のなかの男神がもたらすものかもしれない、と感じ入る。そして、穏やかに引いていく神の熱と入れ代わり、ゆっくりと現実が戻ってくる。
 その後、生気が漲っている自身に、俺は何度も驚く。
「それはそうよ。わたしがあなたの邪気や身体によくないものを吸い取ったのだもの。もらうものをもらった代わりに、生気も注入しておいたから」
 エーシャは何ともないように言う。けれど、俺は巫女の霊威に畏怖を覚えた。
 先に訪れた日から三・四日空けて神殿に赴く。一度エーシャに逢えば、数日は満たされたままだ。エーシャはいいと言うが、巫女である彼女が、俺ばかりかまうのはまずいだろう。
 未知の場に踏み込み、男と女の神秘に触れる。まだまだ戸惑うことは多いが、俺はずっと感じていた渇きを癒せていた。


 そんな俺のもとに、バアル神殿の巫長・ヨシュアからの招きの便りがあったのは、数日前だった。
 太陽光が燦々と降り注ぐ巫長の間に通された俺を、青年の柔和な笑顔が迎える。女のようと言ってよい繊細な目鼻立ちだ。が、軟弱ではない印象を受けるのは、彼が醸す雰囲気と眼差しの精悍さからだろう。自負の強い口元に、俺は惹かれる。目が、威厳ある立ち姿から離れない。彼は男を惚れさせる魅力がある。
「よく来たな。遠慮なく座るがいい」
 俺は勧められるがまま、香木を組んで出来た椅子に座る。巫長は硝子の杯に冷やした柑橘の果汁を注ぎ、俺に手渡した。苦味の少ない、甘く爽やかな口当たりに、一気に飲み干してしまう。向かい合う椅子に座した巫長は俺の様子を眺め、唇に笑みを作った。
「どうだ、女神の巫女とのまぐわいは、うまくいっているか?」
 自らは葡萄酒を飲みつつ、巫長は最近の次第を聞いてくる。
「はい。エーシャは優しく僕を導いてくれます。
 よく僕の気持ちを読んでいるのか、彼女は僕の身体とこころを高めてくれ、ともに逝くことも多いです。
 その時に味わう感覚は、言葉に例えようのないものがありますね」
 巫長に語りながら、俺はエーシャとの悦楽を思い出す。妙に照れてきて、頬が焼け付くように熱くなってきた。
 が、巫長はふぅん? と意味ありげに呟き、含みのある笑顔を浮かべる。彼の表情の裏に隠れている真意が解らない俺は訝しみ、それがまた余計に巫長の斜に構えた笑みを濃くする。
「巫女に導かれて高まる――か。
 ならば、おまえはまだ遮二無に女を求め、女の意に逆らいその身体を貪ったことがないのだな」
 巫長の科白の意味を掴めず、俺は虚に摘まれる。
 エーシャに触れているとき、間違いなく強い衝動が肉体を支配している。情欲を解放するまで、突き進んで止まることはない。
 巫長は腕を組み、俺に語り掛ける。
「おまえは、未だ一個の女に激しい情熱を抱いたことはない。違うか?
 それは、肉欲ではない。ひとりの女に対するどうにもならない、行き場のない激情だ。
 この気持ちは――肉欲より質が悪い。妄執と言い換えてもよいかもしれない。
 おまえは相対する巫女に、強い執着があるか? その女が他の男に抱かれていて、耐えられるか?」
 いつの間にか、巫長の眼の色が真摯なものに変わっている。彼の厳しい眼差しに、俺は緊張する。
 俺はエーシャに対して、そこまで強い想いを持っていないかもしれない。彼女は巫女だ。強く執着するのは無意味である。が、それ以上に彼女が他の男に、俺に対するもの以上の細やかな情愛を示し、仮にその男の子を生んだとしても、痛みを感じないかもしれない。
 吐息とともに、俺は言葉を吐き出した。
「巫長は――…そのような想いを経験したことが、あるのですか?」
 俺の問いに、巫長は目を伏せ、苦さを籠めて呟く。
「――…わたしは、今も醜い妄執を抱いている。
 巫であるが故に、わたしは愛する女を我がものに出来ない」
 はっと、俺は目を見開く。
 巫長の顔が、苦渋に塗れている。彼は、そのような想いを、体験しているのか。
「巫長――…」
 何を言えばいいか見当がつかず、それだけを言い淀む。
 俺の目線に気付いた巫長は、苦笑いして表情を緩めた。
「愛する女を苦しめるだけならば、それは妄執でしかない。
 が、相手も同じ妄執を抱いており、障害がないのであれば、その女こそ伴侶に適した者だ。
 今は巡り合っていなくとも、運命の女に逢う機会はくるはずだ。
 このことは、頭の片隅にでも覚えておいたほうがいい」
 巫長の強く暖かな視線に、何となく俺は頷いた。
 そのとき――。

「巫長、失礼します!」
 息咳切った若い巫が、絹の帳を避け、慌てて駆け込んでくる。
「どうした」
 巫長は立ち上がると、足元に跪いた巫を見下ろした。
「イ、イゼベル王妃が急にお越しになりましたッ!」
「――何?」
 巫長は瞠目する。当惑する俺を見た彼の目にも、微かに動揺が走っている。
「すまぬ、今日はこれまでにしてくれ――」
 巫長がそう言い終わる前に、恭しく挙げられた布地の外から煌びやかな一段が入ってきた。
 バアル・アシェラ神殿ともども、巫は床まで引き摺る純白の麻衣を纏っている。巫の区分として、長たちは貴石の装身具を身につけている。が、その他の者は質素で華飾に走らない。
 が、室に入ってきた五人の男巫らしき者は、膝上丈の黄金の絹衣を着、様々な身体の部位に金銀を飾っている。
 そんな彼らに囲まれるようにして、ひとりの臈長けた女がいる。高い上背に豊満な肉付き、磨り潰した真珠の粉を混ぜた脂粉を顔から鎖骨、上腕にまではたいている。薔薇に混ぜた麝香の香水が、蒸せるように鼻に突いた。深紅に染められた絹が異様に似合う、艶麗な女だ。
 ――この女がアハブ王の妃である、フェニキア王女イゼベル。
 王が、強勢な国・フェニキアの力を取り込むため政略結婚した相手。イスラエルの教えを授けるラビ(祭主)は、この縁組に強く反対したという。が、愚かなのか英明なのか、アハブは臆する事無くイゼベルをめとった。俺とは大して関係ない話だが、目の前にその当人がいるということに、俺は少なからず狼狽していた。
 イゼベルは嫁入してきたとき、自国のバアル・アシェラの巫を大勢連れてきている。イゼベルを取り囲む男巫は、フェニキア出身なのだろうか。
 低い身分だということを忘れ、俺はイゼベル王妃を食い入るように見つめる。
 俺の目に気付いた王妃は、巫長に問うた。
「――この者、何奴じゃ? ヨシュア」
 巫長は深く頭を足れ、答える。
「――石工ヤコブの弟子・サウルです。
 それより、何時もながらに、唐突な来訪ですな」
 ほほほ、と王妃は愉快そうに嬌声を発て、巫長のもとに歩み寄る。真紅に塗られた爪が、巫長の頬を愛しげに撫でる。
 巫長は俺に無言で、目線で床を差す。叩頭礼をせよ、と言いたいらしい。意を汲み、俺は身を屈めた。
 ちらり、と妖艶な眼差しが俺を見る。
「ヤコブの弟子か。あれには、王や妾も世話になっている。
 よい、同席を許すぞ」
 言って、王妃は巫長の胸板を執拗に撫で擦る。
 同席を許す、と言われても、俺自身がこの室から下がりたい。それほど、王妃の巫長に対する空気は異常に湿っぽく、なまめかしい。王妃が何を求めて此処にきているのか予想できるので、正直、俺はこの場から逃げ出したかった。
「――で、今日は何の用があって、こちらに詣られたので?
 あなたが来られたのは、昨日だ。普通なら、暫らく巫の秘儀を受けずとも、大丈夫なはず。
 だというのに、あなたは頻繁に参詣なされる。如何な気持ちでわたしの下に来られるのです?」
 巫長の冷ややかな言。暗に王妃を拒絶し、責めている。王妃と巫では、身分に雲泥の差があるというのに、畏れ気もない。
 王妃は物ともせず、巫長の胸にもたれかかった。薄い衣ごしに彼の乳首を吸い、だらりと脱力した男根をまさぐる。
 眉をしかめながら、巫長は王妃の身体を自身から離した。
 彼の態度が楽しいらしく、王妃は羽根扇を緩やかに動かし、ふふふ、と艶然に笑う。
「そなたは正しく、バアル神の化身。敬虔な信者である妾が、バアル神の恩愛を幾度となく受けたいと思っても、不思議ではあるまい?
 それに、此度は別用があって参った」
「別用?」
 巫長が目を細める。
「二年後から、豊饒の祭礼は王と巫女長で行うことにする」
「……何と?!
 それは、バアル・アシェラ両神殿に相談もなく決められた事柄なのか?!」
 眼を見開き、巫長は王妃に詰問する。
「我が母国では、聖婚儀礼はバアル神の化身たる王とアシェラ神殿の一等の斎女が行うことになっている。
 妾はアハブ殿よりそなたの方がバアルの化身に相応しいと思うが、そなたはバアル神殿の斎主といえど、ただの男巫じゃ。
 この国では違うが、元来、バアル神の斎主は王でなくてはならぬ。いずれは、この国も原初の形に戻したい」
 眉間に皺を寄せ、巫長は苛烈な眼差しで王妃を見る。
「不可能なことを。
 この国は大きな争いのあと、イスラエルの神を祭る預言者が王を立てることになっている。現在、この国はイスラエルの神の立法に則って動いている。
 この国の民たちの、バアル・アシェラ神への畏敬は、いわば過去の信仰の残り火のようなものだ。
 今は、この国はイスラエルの神のもの。無用な波風を立て血の惨劇を招くのは、避けねばならない」
 頑として、巫長は言い放つ。
 幾度となく繰り返されてきた、イスラエルの神と古の神の争い。度に、古の神の徒の尊い血が流され、反省の意を込めて人々はイスラエルの神の足元に下った。悲しみ・痛みは未だ消えていない。巫長の言は、これらを含め出されたものだ。
 が、異国の地で生まれた王妃には彼の意が解らない。優雅に扇で口元を隠し、静かに巫長の怒りの様を眺めている。ほぅ、と溜め息を吐き、憂さを扇で払った。
「なんと、バアル神の斎主ともあろう者が、情けない。この国の神殿の軟弱さが、これ程とは――…。
 他し神にこの国を乗っ取らたままでは、ならぬのじゃ。そのためにも、王と巫女長との聖婚を行わねばならぬ。
 先の月に、王から巫女長にそのことは伝えてある。巫女長に異はなかったぞ」
 巫長の瞳が、大きく見開かれる。痛烈な打撃に、彼の顔が色を無くしていく。唇を噛み締め、怒気と苦しみを体内に飲み込んでいる――…。
 無用な争いの種が蒔かれたことに対する嘆きか。または彼の妄執の、どうにもならない蠢きか――。男らしく泰然とした巫長の、らしからぬ動揺ぶりに、俺は胸が痛くなり目を逸らした。
 俺たちふたりの痛々しい面持ちを、王妃は面白ろ可笑しく眺めている。愉悦すら、彼女の表情から読み取れた。
「例えそなたがバアル神の一の斎主でなくとも、妾はそなたが乱れる様を見られれば、それでよい。
 そなたが思い乱れる有様は、何ともいえず高貴で凄艶じゃ……」
 言って、王妃は巫長に口付けようとする。が、彼は鼻先すれすれで顔を反らした。
 ふふん、と王妃は巫長の反抗に嘲笑う。
「おぉ、その心意気に、堪らなく惹かれるな。
 生意気なそなたが踏み躙られる様は、見ていて楽しい」
 王妃は背後に控えていた男巫たちに、目で合図をする。
 ゆらり、と近づくと、男巫たちは巫長を取り囲む。ひとりが彼の背後から衣を避けて、直に胸に触れる。乳首をつねり、親指の腹で捏ねる。
 ウウッ! と巫長が喘ぐ。感じやすいのか、彼は苦しげに眉を寄せ唇を噛み、悦楽に耐えている。
 巫長の前方にいた男巫が、巫長の帯を解き、白い衣を床に投げ捨てる。
 あまり日に焼けていない生白い素肌が、露に晒される。
 引っ張られ、かつ押さえられている乳首は、すでに鋭く尖り震えている。膨らみかけた陽根に、男巫の骨張った指が絡み付く。
 乳首に触れていた男が指を放すと、もう一人が突起を舐めしゃぶってきた。唾液をたっぷり滴らせた舌が、赤い木の実のような巫長の乳首に絡み付く。空いた片手は、もう一方の木の実を摘み採ろうとする。
 緩急混ぜた早さで、赤紫の肉棹が扱かれる。親指でぬらぬらとぬめる先端を揉む。逃れようと藻掻く怒張を放さず、玉袋まで柔らかくしっかりと握りこむ。
 後方の男は巫長の朱に染まった項をべろり、と舐め唾液を塗り付けていた。
「アフゥッ、アアアァァ……ッ」
 襲い掛かる快楽に、巫長の食いしばっていた歯列が解ける。濡れた声がなまめいて聞こえてくる。俺は耳を塞ぎたくなった。
「初めてかえ? ヨシュアが男に抱かれるのを見るのは」
 笑みを含んだ声に、俺はぎくりとする。振り向くと、王妃の淫蕩な微笑みがあった。
「美しいであろう? あれが鳴き悶える姿は、えもいわれぬつややかさがある。妾はあれに抱かれるより、あれが男に貫かれる様を眺めるのを好む」
 俺は王妃を睨み付けたくなった。
 巫長は、好きで弄ばれているわけじゃない。これは、凌辱といっていい。王妃はバアル神の敬虔な信徒だといった。が、その信徒が、神の化身を我欲で汚していいのか?
 どれほどこころのうちで叫んでも、この状況を止めることはできない。彼女はイスラエルの王妃であり、屈強な国・フェニキアを背負いここにいる。奢り昂ったこの女に背くことは、即、死に繋がるかもしれない。俺はぐっと言葉を飲み込んだ。
 その間にも、男巫たちは巫長の身体を味わっている。屹立した雄蕊から溢れ続ける僅かな透明液が滑りをよくし、扱く手の動きを早くする助けになっている。かりり、と甘噛みされた胸の突起の鋭い疼きに、巫長は何度も腰を突き出す。勃起を捻られる刺激に合わせ、身体を震わせ尻を振る。背後の男が引き締まった尻の双肉を揉みしだく。がくがくと足を戦慄かせた巫長は後ろの男にもたれかかる。
 その時、王妃は恐ろしいことを言い出した。
「ペドロ、この者にヨシュアが射精する様を見せておやり」
 王妃の顎が、はっきりと俺を指している。
 巫長の後ろの男巫――ペドロが、頷く。巫長の両の膝裏を抱え上げると、大きく股を開脚し、俺の目の前まで運ぶ。はっきりと眼に入ってきた巫長のそれは、淫蜜を垂れ流しながら痛々しく反り返り、ひくひくと蠢いていた。
 とろけ切った巫長の虚ろな眼差しが、俺を捕らえる。淫猥な目に、ぞくり、と俺の下半身に灼熱が走る。疼く陽物が俺の意思に反する。――嫌だ、こんな巫長、見たくない!
 巫長の横からもう一人の男が、べっとりと先走りが付着した手で、男根を再度扱く。青く血管が浮き出た剛直に指が卑猥に絡み付き、上下に移動する。
「アハアァッ、アアアァッ――!」
 びくり、と身体を振動させ、巫長は悶える。
 先程より格段に早い手つき。グチュグチュと淫らな音を発て、いきり立ったモノを擦り上げる。てらてらと赤黒く光った亀頭が、切なげに眉をしかめ唇から涎を漏らす巫長の凄艶さが、俺を誘う。頭が、くらくらしてくる――。
 と、俺の衣の裾が捲り上げられ、王妃の脇に控えていた男巫が、俺の象徴を口でくわえる。先を舐められ、足の爪先から愉悦がはい上がってきた。ちゅぷちゅぷと、俺のモノがしゃぶられる。
 王妃が俺の耳元で囁いた。
「よいぞ。遠慮なくこの者の口に出すがよい」
 何か言おうとしたが、身体に走る悦楽に力が入らない。正直、俺は抗いたかった。が、否応なしに目に飛び込んでくる巫長の姿は、煽情的すぎる。朱に染まった素肌がしとどの汗に濡れ、いたぶられて白い淫液に塗れる股間が俺を誘っている――。俺を昂らせているのは俺のモノを食らう男巫ではなく、淫靡すぎる巫長の姿なのだ。罪深すぎるので自分を止めたいが、身体が勝手に暴走する。
 巫長は腰を淫らに振って、自ら男根を扱く男巫の手に助長し、快楽を貪っている。足を抱え上げるペドロの腕を、震える手で強く握り、甘くねだる。
「ハァ……ンッ、ンンンッ……はや、く……イカせ……て、くれ……」
 ペドロの腕に、巫長は口付ける。舌で腕の筋肉をなぞる。ペドロはもう一人に目配せする。
 亀頭がじゅぶじゅぶと激しく捏ねられ、棹が最速の動きで扱き上げられる。
「――――ッ!」
 身体を痙攣させ、巫長は足を硬直させる。陽根から勢いよく白濁液が飛び出し、俺の顔に掛かる。その瞬間、俺も沸点に達した。
 ごくり、と喉を鳴らして俺の精液を男巫が嚥下する。じわり、と自己嫌悪が俺の脳裏に染みてきた。俺は、巫長が嬲られるのを見て、欲情した――。巫長が乱れ狂うのを見て、猛り狂った。俺は――こいつらと同じだ。
 王妃は俺の内心の後悔を読み取っているらしい。楽しそうに笑って扇を動かす。
「ほほほ……そなたも、我らと同じよの。ヨシュアを犯したくて、たまらぬのだろう」
 俺は首を振ろうとする。が、事実の奥底にある思いに、何もできない。
 地面に下ろされた巫長は、肩で息をしている。萎えた男根の後始末のためか、彼を射精させた男巫が衣服を脱ぎ、口と舌を使って巫長のそこを清める。
 ペドロも全裸になり、勃起を巫長の顔に突き付ける。無言で巫長は先端に接吻し、根元まで頬張った。ペドロの双臀を鷲掴みにし、彼は口を窄めて吸引しながら、頭を前後に動かす。くぐもった呻きが、ペドロから聞こえてくる。
 ――巫長、楽しんでいるのか……?
 積極的であり、挑発的である巫長の態度に、俺は石で後頭部を殴られたような衝撃を受ける。俺は高潔で端然とした巫長に惹れていた。が、この巫長は淫乱で蠱惑的だ。違う、こんなの巫長じゃない――!
 が、そう思いながらも、どうしようもなく魅せられている俺もいる。いつしか、俺が巫長に奉仕しているような――されたいような気になってきた。
 蹲っている男巫も、巫長と同じようなことをしている。巫長の男根に舌を絡め、飴を舐めるように先をしゃぶる。玉袋を宝物のようにまさぐっている。
「フゥウッ……ンンウッ……」
 巫長からも乱れた吐息が漏れ始める。喘ぎに、彼の口から男根が零れ落ち、それを合図にペドロがバアル神の像が見守る寝台に仰向けに横たわった。
 巫長も寝台に上がり、臀部を突き出した状態で口淫を再開する。
 巫長をしゃぶっていた男巫が、巫長の股の下に潜り、鼻先に当たる雄物をくわえる。ずじゅるっ、くちゅくちゅ、と複数の湿った水音が谺し、俺の頭が痛くなる。
 と、下から巫長を舐める男巫が、巫長の尻の双肉を割り開き、後腔の穴を揉み解す。びくり、と巫長の身体が峻動した。人差し指の先端がきつい締め付けを和らげようとする。
 王妃は前に出ると、俺を見下ろす。
「参ろうぞ。そなたに、ヨシュアの淫らな肉体を教えてやろう」
 王妃に差し招かれ、俺はふらふらと一歩を出す。喉が、からからに乾いていた。
 ――嫌だ……嫌だ……嫌だ……。
 救いのない理性の声。脳裏に響くだけで、制止する力はない。俺は、肉欲に縛られている――。悲しいとも、痛いとも、何も浮かんでこない。
 ぎくしゃくした足取りで、俺は巫長の臀部がよく見える位置に回り込む。王妃が巫長を愛撫する男巫の耳に何か囁くと、男巫は後腔を嬲る手を離した。無くなった刺激を追い掛け、巫長は尻を蠢かせた。
「ヨナス、介添えしておやり」
 王妃に命じられ、俺の種を飲み込んだ男巫が縺れ合っている三人の横に座り、震える巫長の尻肉に隠れた穴を露にする。
 俺の耳に小さく、静かに王妃が耳打ちする。
「ほぅら、綺麗な媚肉だろう? そなたは女子の陰所しか知らぬだろうが、ここも女子の穴と同じく男根を受け入れる場所なのだよ。
 この穴の感触を、味わってみたいと思わぬかえ?」
 理性の壁を打ち崩す、強力な鎚。王妃の言葉は甘く、危険だ。ついつい俺は引き摺られそうになる。
 男と男の情事があることは、何度か女神の神殿に参詣しているうちに知っていた。現に最初の男神神殿の秘儀のとき、巫長から口で彼の精を飲むか、後腔に注入されるか選択させられた。女神神殿でも、女と女の情事を垣間見たことがある。エーシャも、必要があれば相手をすると言っていた。
 でも、相手は敬愛する巫長である。一時の欲情で彼を汚すことなど、良心が許さない。
 が、ヨナスといわれた男巫に強い力で手を捕まれ、引っ張られるように尻肉に触れさせられた。
 堅いが柔らかく、男にしては滑らかな媚肉。掌に吸い付くように、誘惑するように、感触を俺の末端に伝える。
「さぁ、揉み解してごらん。指でも舌でもよい。
 この者は感度がよい。穴の刺激だけで達することもある。
 衝動に抗うな。ただ突き進め」
 王妃の最後の言葉は、俺の本能の言葉だったか。がちゃり、と枷が外れる音が、頭のどこかで響いた。
 躊躇いが潰えたような気がした。俺は裂かれた媚肉の狭間にある秘腔に口付ける。ここは排泄の穴だというのに、今は別のもののような錯覚がする。窄まりの皺を舐め、差し込んだ舌で内壁を抉る。陽物と後腔をなぶられ、ビクッビクッ、と巫長のなかが蠢く。
 俺の視界の隅で、王妃が巫長に何か耳打ちしている。雷に打たれたかのように、一瞬で自分を取り戻した巫長が俺に振り返り、眼を大きく開いて凝視した。
 その眼に射抜かれ、俺は凝結してしまう。巫長の視線が怒りを孕んでいるように、俺には見えた。
 ――だめだ、巫長を失望させてしまった……。
 俺は萎え縮み、二・三歩寝台から後退りする。
 取り返しのつかないことをした。巫長を辱めようとした。巫長が抵抗しようとしていた王妃と、俺は同類だ――。
 不意に、涙が出そうになる。俺はそんなに泣くほど女々しくない。柔じゃない。なのに、なんで泣けてくるんだよ!
 情けなさでいたたまれず、崩折れそうになった俺の上腕を、誰かが強い力で掴んだ。目を上げようとしたとき、柔らかで湿っぽい、暖かな感触が唇を被った。
 何かと思い目を開けた俺の前にいたのは――巫長だった。巫長が彼に群がる者を振り捨て、俺に口付けていた。
 動転して息を止めてしまったとき、巫長の顔が離れ、俺の耳に唇を寄せ、他の者に気付かれぬよう静かに語りかける。
「――王妃に抗ってはならぬ。わたしなら大丈夫だ」
 言って、巫長は俺の陽物に触れ、柔らかく揉みしだく。
「ハウッ……!」
 男根から駆け巡る熱い疼きに、俺は巫長を見る。
 巫長は愛しげに俺を見つめていた。慈愛と許しが、彼の眼にあった。癒しと情愛を込め、彼は俺自身に触れていた。
「みこっ、おさ――ッ!」
 片手で俺の男根を愛撫しながら、巫長は器用に俺の帯を解き、衣を床に落とした。
 片腕に俺を抱き込み、巫長は王妃に向き直る。
「この者はまだ秘儀に不慣れにて、いつ失敗ってもおかしくない。
 だから、今度はわたしがこの者を先導する。
 それでよろしいか」
 王妃に挑むような眼を向けながら、巫長は俺の尻に触れ、穴をまさぐる。立派な彼のモノと、まだ経験浅い俺のモノを片手の内に包み込み、強く擦り合わせる。電流のような痺れが、背筋を過り、絶え間なく喘ぎとなって落ちる。巫長の呻きが、俺の耳に忍び込む。
 俺たちの高まっていく姿に淡く笑い、王妃は頷いた。
「そなた自らがそうしたいのなら、そうすればよい。そなたのそのような姿を見るのは、初めてじゃ」
 王妃の許しに礼をとると、巫長は俺の耳に甘く囁いた。
「我慢出来ぬのなら、何時でも逝っていいぞ。わたしがおまえに合わせるほうが、容易い」
 巫長の挑発的な言葉に、頭に血が上り、身体が熱くなる。くらくらする。
 お互い体液が溢れる先端を、ぬめりを混ぜ合わせるように擦り合う。滑って逃げるモノ同士を、巫長の手が捕らえる。足が震えて、脱力する。崩れ落ちそうになった俺の身体を、彼の腕が抱える。
「――わたしの首に腕を廻して。一気にいく」
 余裕のない熱い呟きに、俺はぎゅっと巫長にしがみ付く。乳首が当たり合って、余計おかしくなりそうだ。
 巫長は身体をくねらせて、乳首の摩擦を大きくする。腰が砕けそうになる俺は、がむしゃらに彼に抱き付いていた。間近にある俺の項から肩を、巫長は舌でなぞる。ざらざらした舌の感触と激しくなる陽物の動きに、俺の視界が霞んでくる。
「ハアッ! ンウッ――!」
 はしたなく、俺は大きな声で悦楽を漏らす。巫長からも、なまめく喘ぎがあふれ出てくる。
 先程から俺の後腔を解していた巫長の指が、一本なかに侵入してくる。何も受け入れたことがない穴が、悲鳴を上げている。俺は両足を強ばらせた。
「アッ……ウウッ――ッ!」
 苦痛の呻きが、自然と出てくる。
 巫長は俺の耳たぶを甘く噛み、切なげな声で囁いた。
「サウ……ルッ、力を……抜けッ……」
 言いながら、体液に塗れた俺の男根を、まったりと自身のモノと絡み合わせる。強弱をつけた刺激に全身が麻痺し、わずかに穴の締め付けが弛む。間髪置かずに、異物がさらに突き進んでくる。
 何度、それが繰り返されたか。完全に埋まった巫長の指が、ゆっくり出し入れされる。
「アッ、アッ、アッ……ッ!」
 穴の奥の突起に、彼の指が触れる。押される度に引き抜かれ、鋭い愉悦が静まりそうになったとき、また激しく突かれる。男根を摩擦する手も、目一杯に速い。容赦ない責めに、俺は気が狂いそうだった。
「アァ、ンッ――巫、長ッ――!」
 堅く瞑っていた眼を開け巫長を見たとき、同じようにペドロの指で穴を翻弄される巫長が、激しく痙攣した。俺の身体にも、強烈な痺れが襲ってくる。
「アァアアアアッ――ッ!!」
 ふたりで絶頂の叫びを上げ、互いの雄物から勢いよく精が飛散する。
 今まで一度も味わったことがない、灼熱の悦楽だった。初めて、後ろで感じてしまった。
 俺を強く抱き締め、巫長も崩れ落ちる。暫時、荒い息を吐いていた彼は、俺の唇をついばむように接吻し、尻の肉を柔々と揉む。それだけで、また雄に力が入りそうだ。
 一時のけだるさが通り過ぎると、巫長は俺を女のように横抱きに抱え上げ、寝台に横たわらせる。
 束の間離れた巫長に目を上げると、彼は木組の棚から粘りのある膏薬が入った硝子の瓶を持ってきた。彼は俺を俯せに返し、尻を高く掲げる。何が起きるのか不安に思っていると、尻の穴にひやりとした感触が入ってきた。先程絶頂に導いた指が、膏薬を伴い再び挿入される。ぬめりがある軟膏の効果で、先よりも難なく指を受け入れた。冷たい触感と敏感なしこりの刺激に、引いていた熱が揺り起こされる。
「どうだ、軟膏を使えば、違和感を和らげられるだろう。我ら男巫も、始めはこうやって慣れさせられる」
 巫長の声が、熱いうねりに蝕まれる耳に、二重に響いて聞こえる。萎んでいた男根がまた立ち上がり、穴の奥の出張りが快楽を身体の隅々に行き渡らせる。
「感じてきたか? 秘腔の奥には、最も刺激を受け取りやすく、直接的に男根に快感を伝えるしこりがあるのだ。ここを愛撫すれば、交わりの苦痛を緩和させ、女子のように――いや、それ以上の悦楽を味わうことが出来る。
 我らはここを使いこなすよう訓練し、男と交合する。愉悦が染み込みやすい肉体にし、相手の男とバアル神を相対させる橋渡しをする」
 知らぬ間に、軟膏に塗れた指が三本に増えている。俺はそれに気付かず、自ら尻を振っていた。巫長の指を感じたくて、もっとしこりを突いてほしくて。尻の筋肉を総動員し、ぎゅっと締め付ける。過剰に感じられる快楽に、身体が小刻みに震える。
 俺の背が、巫長の身体に包み込まれる。汗に濡れた胸板が、尖った乳首が背中に当たり、妙に興奮する。片手で俺の男根を愛撫し、耳の辺りをじっとりと舐めしゃぶって、巫長は熱く囁いた。
「……すまぬ。おまえを巻き込んでしまった。が、こうなってしまったからには仕方がない。
 ――今からおまえの初々しい後花を、摘ませてもらう」
 それは雄の、欲望がたぎった声だった。熱い期待と野性の荒々しさ。俺の背筋に、強い戦慄が走る。俺のなかの期待と、獣に食い荒らされるのを恐れるような、一種の恐怖。余計に身体が震えてくる。
 身体のなかに入っていた指が、全て引き抜かれる。背から離れた身体に寂しさを感じ、俺はついつい尻を突き出してしまう。
 しかし、待ち受けていたのは、後花に充てがわれた、ぬめりを帯びた熱く硬い感触だった。それが何なのか本能的に感じ、俺の身体は無意識に逃げようとする。が、力強い諸手に腰を捕えられ、逆にぐりぐりと強ばりを押しつけられてしまう。
「――――アッ! アッッ!」
 俺を引き裂く、灼熱の楔。激痛に俺は喚き、身体をのたうち回らせる。
 侵入物は動きを止め、焦燥に駆られた巫長の声が、耳元で小さく囁かれる。
「力を、抜いて……。
 王妃たちが見ている。彼らは無慈悲だ。我らは、堪え忍ぶしかない。
 辛いが、我慢してくれ……ッ!」
 巫長の言葉に我に返り、俺は王妃や男巫たちを見る。彼らの眼は淫蕩であるが、一様に冷たい。まるで見せ物のように、俺たちのまぐわいを眺めている。俺を貫く巫長と、彼の雄物をくわえ込んでいる俺の秘腔を、色欲と好奇心でもって見つめている。逃げ場は、ない――。
 俺は小さく息を飲み込むと巫長に頷き、身体の強張りを緩めるよう努めた。
 彼は俺の頬に口付け、さらに身体を進める。
 目蓋の裏に、火花が散る。意識が飛びそうになる。目尻に、涙が浮かぶ。
 俺の苦痛の様子に、巫長は唇で俺の涙を吸い取ると、痛みを和らげるために陽物を愛撫する。優しくしなった棹を扱き、亀頭をゆるゆると撫で擦る。乳首にも触れ、人差し指でくるくると逃げる突起を弄ぶ。
「ハンッ……ウッ」
 苦痛と愉悦が交ざった喘ぎ。びくんびくん、と尻の穴が痙攣する。弛んだ身体に、一気に巫長の男根が侵入する。
「アッ――イッ、アアッ!!」
 痛みに、俺は泣き叫ぶ。そんな俺を、王妃たちは酷薄さを湛えた目で舐めるように見る。弱い者が犯されるのを、快楽として見つめている。心ならずも俺を凌辱する巫長を、哀れな獲物のように眺めている――。
 それに比べれば、体内で蠢く侵入者は、限りなく優しい。俺を労る巫長の仕草には、慈しみが溢れている。俺は歯を食い縛って、痛みに耐えた。ただ、巫長を感じようと思った。
「巫、長……巫長……ッ」
 この一瞬が、分岐点だったのかもしれない。
 俺は積極的に腰を浮かし、自ら巫長をすべて飲み込む。そんな俺に呼応して、巫長の先端が敏感なしこりを突く。痛みはまだある。が、心身ともに満たされているものがあった。巫長だから、すべて許せる。俺のすべてを、味わってもらいたい。喘ぎが、痛みよりも快感を告げるようになっていた。
「ハンッ……ンウッ……。巫……長……」
 巫長も俺の意志を感じて、激しく突き進む。がくがくと俺の腰を揺すぶり、弱い部分を責め続ける。その度に狂おしい痺れが、俺を包み込む。
「サウ……ルッ。アアァッ……!」
 互いに獣のように、我を忘れて激しく交わる。熱い。痺れる。――愛しい。無我夢中で俺自身を扱き、巫長は突きまくる。俺も腰を激しく振り、彼を吸い取ろうとする。ただ彼を、悦楽を感じていたい――。
 何度、巫長の手に精を吐き出したか、解らない。巫長よりも俺のほうが持続力がなく、高まるままに逝き続ける。嫌だ、俺だけが昇りつめるなんて。
 無意識に後花の内壁が、巫長の雄物に万力の締め付けを与える。――巫長のモノが、はち切れんばかりに膨らみ、どくり、と脈打った。
「クァッ、アアアァァ――ッ!」
 巫長が、一声、吠える。
 同時に、俺自身も強く扱かれ、一緒に逝った。体内に流れ込む暖かな液体が、緩やかで滲むような慈愛を運んでくる――ような気がした。
 覆いかぶさってくる巫長の身体。激しい鼓動が、背を通じて伝わってくる。巫長も俺の心臓の音を感じ取ってくれているのかもしれない。ゆるゆると、逞しい腕が俺の上肢を包んだ。
 王妃の満足気な声が、遠く脳裏に響く。
「堪能させてもらったぞ。
 ヨシュアだけでなく、サウルも見事なものを見せてくれた。将来、見込みがありそうだの。
 疲れているところすまぬが、この者らがそなた等の濃い絡みを見て、どうしようもなくなった。
 ヨシュア、サウルの中に入ったままでよいから、この者等を満足させてやってくれ」
 痺れたけだるい頭でそれを聞き、俺は不安を込めて巫長を振り返る。
 苦笑いして、巫長は俺の濡れた額に接吻し、王妃たちに聞こえない声音で耳に呟いた。
「すまぬな、もう少しだけ付き合ってくれ。あの者等に、絶対におまえに触れさせはしない」
 強い眼差しでそう言われ、俺はただ小さく頷いた。
 再び、俺は巫長の男根によって、灼熱の愉悦を味わうことになる。彼は俺を背後から刺し貫いたまま、自身の秘腔にペドロの欲望を飲み込み、口に男巫の剛直をくわえた。片手で俺のモノを弄び、もう片手でヨナスの男根を扱いた。
 巫長の艶めいた喘ぎが、頭のうえに降り注ぐ。が、俺は最後まで彼らの共艶を見ていなかった。
 ペドロの注挿の余波か、先程より激しい巫長の突きが俺を見舞う。巫長の容赦ない俺の陽物への手淫と、ズンッ、と肉体の芯まで響く彼自身の突進に、悲鳴とも絶叫ともとれない声を上げ、俺は早々に失神した――。


(2)に続く

小説のページへ

メニューへ