Lealtime to Paradise

冥夜―めいや―




 兄と弟――まったく正反対の立場だった。
 が、闇と憎悪が、彼らを近しくさせた。


 病に冒される母と自分、そして滅びゆく祖国を捨てた兄を弟は怨み、憎悪を生きる糧とした。


 ひとの悪意によって父を殺され、弟を産んで力尽きた母を見ているしかなかった兄は、父母を殺した原因になったのは弟だという闇の声に唆されて弟を恨み、人気のない森に捨てた。


 「兄」への嫉妬と憎しみを捨てられぬ弟と、「弟」に懺悔し続ける兄。


 彼らには、互いの持つ闇が必要だった。ゆえに、空気を得ようとするように求めあった。


 それが、深い闇夜を彷徨うがごとき行いだったとしても――。






 秩序の女神・コスモスが閉じられた世界を統べる神となり、究極のカオスが誕生したことによって、調和と混沌の戦士は再び神々の箱庭に召喚された。
 が、彼らとは別に、世界の違う次元に閉じこもっている戦士たちがいた。
 最強の黒魔導士である秩序の淑女・シャントットと、憎悪と絶望に捕われた混沌の武人・ガブラス。
 コスモスが君臨したのち、女神によって彼らのいる次元の扉が開かれた。
 混沌の魔人・ゴルベーザが、武人の存在する次元を探索するといって、心配する弟・セシルが止めるのをやんわり躱し出掛けていった。
 ――が、それから四日間、ゴルベーザは秩序の聖域にも過去のカオス神殿にも帰ってこなかった。
 やっと帰参したゴルベーザは、セシルが驚愕するほどやつれていた。何があったのかと弟が問い詰めても、兄は彼をまともに見ようともせず、曖昧に返事するのみだった。






「また迷い人か。この前から頻繁なことだ。
 貴様も永劫に続く神々の戦いに疲れ果て、絶望しているのか」

 火が噴き上がるバトルステージ――混沌の果てで、逞しい肉体を物々しい甲冑で包み込み、金髪を短く刈り上げた男が、暗黒騎士を嘲笑う。
 険しい表情をフルフェイスのマスクで隠し、セシルは厳しい声音で告げた。

「もう戦いは終わった。コスモスが唯一の神としてこの世界に君臨している。
 おまえはこんな場所で引き籠り、現実を見ようとしないんだな」

 普段のセシルを知るものがそこにいれば、彼らしくない固い語調に驚いただろう。
 が、男はセシルの様子を意に介さない。

「女神の統べる世界になったか。
 だが、閉じられた世界に居続けさせられるのは同じことだ」

 セシルも強気な態度を緩めない。あくまで引くつもりはなかった。

「世界の変化に乗り遅れるくらい、現実逃避したいわけか。弱い男だな、おまえは。
 それより、おまえ――僕の兄に無体を働いただろう」

 気配に怒りを漲らせる暗黒騎士に、男は肩を竦める。

「無体? 何のことだ」

 とぼける男に、セシルは怒号を上げた。

「ふざけるなッ!
 五日前にここに来た漆黒の鎧の魔導士を、おまえは暴行を加えた挙げ句、犯しただろうッ!」

 セシルはこの場所から疲れ切って帰ってきたゴルベーザを、親身になって介抱した。
 そして、兄の兜を外したセシルは、惨たらしい青痣に彩られた顔を見てしまったのだ。
 否、それだけではない。ゴルベーザの身体を拘束する鎧を脱がせたセシルは、彼の肉体のそこかしこに情事の痕跡を発見した。
 当然セシルはゴルベーザを問い詰めるが、彼は口をつぐんだまま黙り込んでしまった。
 そんなことがあったから、セシルは直接ここに乗り込んだのだ。
 思い出したかのように、男はセシルに向き直った。

「……あぁ、淫乱で苛まれるのが好きなセオドールのことか。
 弟が兄を心配してここに来たのか。麗しい兄弟愛だな。
 だが、おまえは兄の本心を知っているのか?」

 男は揶揄を含んだ言葉を並べ立てる。
 兄を辱められ、セシルは拳を握り締める。

「兄さんを…侮辱するな……ッ!」

 掌から槍型の剣を出現させ、セシルは構えた。
 クッ、と笑い、男も双剣を手にする。

「愚かな偽善者が!
 おまえのなかにも憎悪が存在することなど、ジャッジマスター・ガブラスにはお見通しよ!
 嘘に塗れた兄弟愛ほど、醜いものはないわ!」
「黙れッ――!」

 すぐさまパラディンにスタイルチェンジし、セシルはジャッジマスター・ガブラスに斬り掛かる。
 が、強い障壁に阻まれ、セシルはガブラスから遠く弾き飛ばされた。

「やめろ、セシル」

 静かな声に諫められ、セシルはハッと顔を上げる。
 見れば、重鎧で身を固めたゴルベーザが、手から念力を発していた。――彼が、セシルとガブラスの対決を阻止したのだ。

「兄さんッ! 何故……!」
「いいのだ、セシル。
 これはわたしが望んだことなのだ。おまえは心配しなくていい」

 あくまで穏やかな口調で諭す兄を、セシルは怒りと悲しみとやるせなさをない混ぜにして見つめた。

「兄さん、どうして……。
 僕には分からないよ。あいつは口に出すのも憚られるような言葉で、兄さんを貶めたんだ。
 だから、僕は許せないんだ!」

 混乱した感情を吐き出すように、セシルは叫んだ。
 が、ゴルベーザはゆっくり首を振った。

「セシル、ガブラスが言ったことは、何一つ間違っていない。
 わたしはガブラスから苛虐されることを欲し、身体を貫かれる悦楽に溺れた。
 それは、まごうことなき事実だ」

 ゴルベーザから聞かされた衝撃的な告白に、セシルは瞬時息を止める。
 突然そんなことを言われても、信じられるわけがない。この兄が、目の前の男のサディスティックな行いを悦んで受け止め、乳繰りあったなどと。
 セシルがこの世界で知ったゴルベーザは、厳しいが優しい兄だった。ゆえに、現実を俄かには飲み込めない。
 弟の考えていることが分かったのか、ゴルベーザは少しく淋しそうに笑った。

「ここに長居してはいけない。そろそろ帰るがいい」

 出口に向け優しく背中を押すゴルベーザを、セシルは戸惑いの眼差しで見る。
 そのとき、傍観者に徹していたガブラスが口を開いた。

「ひとつ忠告しておいてやろう。
 おまえが光と闇の姿を持つように、善のこころにも暗がりが潜む。
 いや、おまえは、もう気付いているはずだ。
 知らぬ振りを通すか自分に素直になるかは任せるが、自分を騙すと自家中毒を起こすぞ」

 審判者の一言を、ゴルベーザは「ガブラス!」と言って咎める。
 が、すべて逃さず聞いてしまったのか、ふらふらとセシルは去っていった。
 セシルを見送ったゴルベーザは嘆息を吐く。

「余計なことをするな。
 忘れていたのなら、忘れたままのほうがいい感情もある。
 わだかまりを抱えているのはわたしであって、セシルではないのだ」

 肩を落とすゴルベーザの兜を、ガブラスが外す。
 ふさり、と鈍く輝く白銀の髪が広がり、憂いを帯びた顔が顕になる。

「流石に兄弟だ、どことなく似ている。
 とくにいかつい姿形に似合わぬ柔和な顔など、な」
「やめてくれ、光の存在であるセシルに比べれば、わたしは――…」

 ゴルベーザが紡いだ言葉は、ガブラスの唇に吸い取られる。
 慌ただしく鎧を脱ぎ合うと、あとは艶めかしい喘ぎしか聞こえなくなった。






 ガブラスとゴルベーザが身体を結びあったのは、恋や愛という湿った感情からではなかった。
 次元の歪みに存在する男――ガブラスと会ったゴルベーザはその場で戦闘となり、あえなく敗れてしまった。
 意識を失い倒れた大男を、ガブラスは仕方なくステージに放置した。
 そこで、ガブラスはうなされるゴルベーザの、弟に許しを請う言葉を聞いたのである。

 ――セシル…わたしを、そんな目で見ないでくれ……。
 おまえを捨てて、悪に身を堕とした、兄を……。

 ガブラスは、その言葉を自分や母を捨てた兄の呟きと錯覚した。
 憎悪に駆られたガブラスはすぐさまゴルベーザを叩き起こし、起きたばかりの男の兜を取り去って、怒りを発散させるように気が済むまで殴り続けた。
 その上、さらなる屈辱を与えるため、ガブラスは慣らしてもいないゴルベーザの秘蕾に、剛直を突き刺し思うがまま犯したのだ。
 ゴルベーザは、無意識に自身の兄の名を叫び、怒り狂うガブラスに、セシルの影を見たような気がした。
 赤ん坊である自分を置き去りにしたことを一言も責めないセシルに、ゴルベーザの良心である「セオドール」は苦しみ喘いでいた。
 セシルが光と闇の姿を持つ切っ掛けを作ったのはゴルベーザだった。洗脳されていたとはいえ、ゴルベーザは父母を殺す原因を作ったのは弟だと信じ込み、憎しみから彼を堕としこもうとした。そのことも、胸が痛む原因のひとつだ。
 ゆえに、自身の兄と錯覚し自分を苛むガブラスにセシルを投影し、ゴルベーザは余すところなく甘受した。
 冷静になったときお互いいたたまれなかったが、互いが抱え持つ闇の近さを感じ、引き合うように求め合った。
 愛や恋ではないが、お互いの闇部を発散するため、相手が無くせぬ存在だと、互いに気付いたのだ。






「セオドール、おまえの弟は確かに闇を抱えているぞ」

 情交後のけだるい身体をわずかに起こし、ゴルベーザは傍らに横たわる男を睨む。

「まだ言うか。
 真面目な弟にさらなる苦しみを植え付けることになったらどうする」

 優しい顔を顰めるゴルベーザに、ガブラスはかすかに笑う。

「事実を言ったまでだ。
 それに、おまえの弟は俺ではない。
 胸に恨みがあったとしても、おまえの弟が憎しみに捕われるとは限らないさ」
「ノア……」

 冥い感情に足を引きずられた自分とセシルは違うと暗に告げられ、ゴルベーザは黙り込む。
 自身が捕われた闇を、セシルが知らなければいい。だが、自分に対し恨みを抱いているなら、隠さず言ってほしいと思う。後ろめたさという闇に引きずられる自身を滑稽に感じ、ゴルベーザは苦笑いする。
 身を起こし、ゴルベーザは下着に手を伸ばした。

「あまり長く居続けると、セシルを心配させてしまう」

 帰り支度を始めるゴルベーザに、なんとも甘い兄よ、とガブラスは無自覚にセシルを羨ましく思った。






 他のカオスの戦士と馴れ合わぬガブラスは、長い時間を無為に過ごしていた。時折夜に訪れるゴルベーザと肉体をぶつけ合う一時だけ、息継ぎしているようだった。
 そんなある日、ふたたびセシルが訪ねてきたので、ガブラスはかすかに目を細めた。
 聖騎士姿で微笑を浮かべ、セシルは口を開いた。

「ガブラス、僕は自分の世界で敵だった男が兄だと知ったとき、確かに現実を受け入れられなかった。
 親友を洗脳し、仲間を傷つけた男を兄といわれても、なかなか信じられなかった。
 そして、兄さんが赤ん坊だった僕を捨てたと聞いたとき、どこかで事実を否定しようとする自分がいたんだ」

 セシルの独白を、ガブラスは黙って聞いている。
 真っすぐ見つめるセシルの視線に、暗さなどひとつも感じない。

 ――やはり、ひとは個々に違う。同じような経験をしても、同じ運命を辿るとは限らない。

 ガブラスは少しく惨めになる自分を感じつつも、黙したままだ。

「それでも、僕にとって、兄さんは兄さんなんだ。
 いま、態度で示してくれる兄さんの気持ちが、本当だと信じてる。
 だから、あなたと兄さんが何をしていても、僕は文句を言わない。ふたりとも、大人だからね」

 ――ただし、兄さんを瀕死にするようなことをしたら、許さないよ。

 瞳でそれだけ凄むと、セシルは表情を緩め、ガブラスから背を向けた。
 途中すれ違ったゴルベーザに手を振り、セシルは去っていった。

「おまえの弟は大物だな」

 溜め息のようなガブラスの呟きに、まったくだ、とゴルベーザは頷いた。
 自分はどう足掻いてもセシルのようにはなれぬ。闇に身を沈めた過去は消えない。だから、混沌勢に身を置くのだ。それに苦しんだこともあるが、過ぎたことだ。


 ――嘆いても仕方ない、これがわたしなのだから。



 ゴルベーザは同じ闇を分かち合う男と目を合わせ、秘かに微笑んだ。








end









*あとがき*



 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。



 一応、他作品を書くにあたり、うちのサイトのガブラスはこんな感じよ〜〜という感じで、小説を書いてみました。
 あと、ガブラスを書くなら、何かと境遇が似通っているFF4の月兄弟を絡ませようかと思い、こんな話になりました。



 あ、この話では一応、武人×魔人のカップリングです。全然突っ込んだエロスはなかったですけど(笑)。
 このふたりは、深い関係にあるけど、LOVEな仲じゃないです。
 互いの闇が心地いいから、というふうに作中で書きましたが、よく考えたら、何されても弟を甘やかす兄みたいな感じだよ、とあとで気付きました(汗)。
 いまはセフレなガブゴルですが、いつかLOVEな仲になるのかなぁ(;^_^A。





 紫 蘭

 

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