Perfect Circle

愛苦――眠れぬ想い






 端然とした立ち姿。
 硬質な光を宿す長い銀糸。
 深い淵を思わせる翡翠の瞳。
 揺るぎない美貌。



 どれも昔と変わらないのに、確実に以前(まえ)とはちがうひと。
 ひたすら愛し合い、焦がれた年月。


 ――何もかも、北の大空洞で彼のひとを倒し終わらせたはずなのに。



 何も終わっていない――…。






 ライフストリームが渦巻く星の体内。
 コスモスの戦士たちと共に、そこを通過していたクラウドは、誰かに呼ばれたような気がして足を止める。
 仲間を先に行かせ、ひとり辺りを見渡すが、誰の姿もない。
 気のせいか――そう思い仲間のあとを追おうとしたそのとき、ぞくり、と身体のなかが震えた。

 ――これは、覚えがある。

 いつも、あの男と見える度に騒めく細胞の感触。
 忌まわしい実験が残した、あの男の強い思念――。
 クラウドはバスターソードに手を掛けると、背から引き抜きざま振り向いた。

「勘は鈍っていないようだな」

 目の前に翻る黒皮のロングコートに、クラウドは息を呑む。
 顎に指を掛けられ顔を上向かせられると、帳のような長い銀髪に周りの視界を遮られた。

「……いや、細胞が呼びあうといったほうが正しいか、クラウド」
「セフィロス……ッ!」

 突然薄い唇に唇を奪われ、舌を絡められる。
 クラウドはセフィロスの厚い胸板を叩いて藻掻くが、かつての最強ソルジャーの万力の腕からは逃れられない。
 舌先で歯列をなぞられ、下唇を甘噛みされる。濃厚な接吻にクラウドの力が抜け、手からバスターソードが落ちる。
 脱力した兵士の身体を、英雄は腕のなかに閉じ込めた。

「……甘い唇だ。いつ味わっても飽きない」

 耳朶に舌を這わせながら、セフィロスは脳髄にまで響く低音で囁き掛けた。
 背筋の痺れにあらがいながら、クラウドはセフィロスを睨み付けた。

「……放せッ!」

 クラウドの精一杯の眼光に、セフィロスはクッ、と笑う。

「放してほしいのか? 身体は欲しがっているくせに」

 言うと同時に動かされた手に、クラウドはぎょっとする。
 セフィロスは下肢の膨らみを確かめるよう、ゆったりと指を辿らせた。

「キスだけで、ここまでなるとはな。
 相変わらず好きものな身体だ」

 股の中心から愉悦が全身に広がっていく。執拗な蠢きで刺激を与える指先に、理性がおかしくなりそうだ。
 クラウドはなんとか気力を振り絞り、がむしゃらにセフィロスを突き飛ばした。
 しかし、英雄の笑みは消えない。

「ふっ、やるな」

 愉快げな声に、クラウドは挑発に乗らないよう気を静めようと心掛ける。

「……あんたなんて、いらない。
 いまのあんたは、興味ない。目障りだ」
「ほう?」

 セフィロスの翠の眼がきらり、と輝く。

「……昔は素直だったのに、随分と嘘吐きになったな」

 言った直後、セフィロスは残像を残し、その場から消える。

「何ッ?!」

 クラウドが叫んだ瞬間、背後に鋭い気配が切迫した。正宗の柄で背を突かれ、兵士は俯せに倒れる。

「グッ……!」

 後ろから腕を廻され、クラウドは戦慄した。

「冷静さの欠片もなくあのようなことを言っても、まるで信憑性がない。
 まぁ、その強気さがいいのだがな」

 クラウドのベルトのバックルを緩めると、セフィロスはボトムのなかに手を差し入れる。
 直接愛撫を施され、クラウドは首を反らし喘ぎを堪えた。セフィロスはぬめってたぎる熱を弄びながら、兵士の項に舌を這わせた。

「いゃ…だ…っ、やめっ……あぁっ」

 甘美な呻きに彩られた拒絶の言葉に、セフィロスは唇を歪ませる。

「忘れたわけではないだろう? わたしたちが愛し合ったことを」

 クラウドは眉を寄せる。

 ――俺が愛し合ったのは狂気の元英雄ではなく、正気だった頃のセフィロスだ。

 確かに、神羅カンパニーの少年兵だったクラウドは、最強のソルジャーだった英雄セフィロスと恋仲だった。ニブルヘイム事件が起きるまで、心身共に愛し合っていた。
 が、自身の出生の秘密――自分が空から降ってきた厄災・ジェノバと人間のキメラだと知ったセフィロスは、絶望と狂気の淵に陥り豹変した。
 セフィロスはクラウドの故郷を焼き、彼の母を殺した。それに怒ったクラウドが、セフィロスに瀕死の重傷を負わせ、自らもセフィロスの刄を受けながら、セフィロスをライフストリームに突き落とした。
 ――そのときに、セフィロスとの愛と信頼の絆は絶えていた。
 が、ジェノバ戦役の折、セフィロスはクラウドに夜這いを仕掛け、なぶるように何度もクラウドを犯した。そんな一方的な交わりを、この男は愛を繋ぐ行いだというのか?
 どんなに身体を重ねても、切れてしまった絆を修復することは出来ないというのに。

「ちが……っ、あんた、は……俺の愛した、あのひとじゃ…ないッ」

 クラウドはセフィロスを睨み、身を捩って愛撫から逃れようとする。
 が、セフィロスの力強い腕に身体を抱き込まれ、身動きが取れない。
 どんなに身体を重ねても、悔恨と虚しさしか残らない。セフィロスとの暖かい日々の思い出が残っているから尚更。
 ゆえに、クラウドはセフィロスに対しても自身に対しても、許し難さを覚える。



 ――何であの日、俺はあんたと一緒に死ねなかったんだ。
 あんたに刺されて死ぬかと思ったけど、俺はそれで構わなかった。
 むしろ、魔晄炉から落ちていくあんたを見ながら、俺もあんたと共に逝くと誓ったんだ。
 それなのに……。



 下着ごとズボンを脱がされ、激しくなる前への愛戯。濡れた音が淫らに響く。
 セーターを捲り上げられ、上半身を顕にされる。
 セフィロスに胸の頂きにある飾りをこねくりまわされながら、クラウドは視界が滲んでいるのに気付いた。



 ――俺はニブルへイムで死にきれず、英雄はジェノバを媒介に人格を歪めて現われた。
 楽しげに俺を人形と呼び、恍惚とした顔で翻弄して精神を壊し、挙げ句俺を凌辱し続けた。
 そして俺は、再びあんたを殺した――。



 セフィロスの性急な手の動きに導かれ、クラウドは突き抜ける。
 粘液に汚れた指をクラウドの後花に差し入れ、セフィロスは抜き差ししながらなかを探る。
 絶え間なく漏れるクラウドの高く擦れた喘ぎに、セフィロスの吐息も熱を孕んだ。



 ――あんた……一体何を望んでるんだよ。
 ジェノバの代理であるあんたが、何度も俺を抱きたがる理由が、分からない。
 ただ肉欲を吐き出すのでは飽き足らず、昔の自分を真似て愛を囁いたりして……。
 嘘吐きはあんただ。愛してるだなんて、こころにもないこと言うな!
 あんたは……ニブルヘイムで俺に何も言わず、ひとり絶望して人間を止めたんだろ?!
 俺のことなど……目に入らなかったくせに!



 指を増やされ的確な箇所を何度も突かれる。幾度も快楽に呑まれるクラウドの身体。
 指を引き抜くと、セフィロスはクラウドの蕾に猛る情欲を突き入れた。



 ――だから俺は、いまのあんたを認めない。
 いまのあんたなんていらないんだ。
 俺が欲しいのは、英雄だった頃の、凛々しく寂しげだったあんただけ。
 もう戻ってこない、俺が愛し信じたあんただけ……。



 絡み付いてくる逞しい腕。激しく執拗な腰の動き。荒い息遣いで耳元に囁かれる熱情を込めた言葉。
 それらを、クラウドはすべて嘘だと信じる。



 ――いまのあんたは嫌いだ。
 もう、いまのあんたから俺を解放してくれ……。



 自身のなかでセフィロスの灼熱が弾けたのを感じ、クラウドの身体から力が抜け落ちる。
 意識を失ったクラウドの頬に涙が光るのを、セフィロスは見落とさなかった。






 ――オレの想いを嘘というか、クラウド。
 狂ってからも、想いだけは正気の頃から変わっていないというのに。

 たまたま目に留まった、明るい金髪の少年兵。
 何事にも感情を揺らされなくなった自分のこころに、一目見ただけで少年は入り込んできた。――一瞬で、恋に堕ちた。
 少年を垣間見るだけで、幸せになれた。会話をし、僅かに触れるだけで、切ない想いに胸を痛ませた。
 卑劣な者の恣意により、幻想のなかで少年を弄んだ挙げ句ぼろぼろになった自分を見て、自分になら何をされてもいいと言った少年が、堪らなく愛しかった。
 親友に裏切られ絶望し、無理矢理少年を犯した自分を、身体のすべてで受けとめた少年に、泣きたいほど感謝した。
 それなのに、自分はニブルへイムで出生の秘密に触れ、少年との愛と絆を自ら手放してしまった。
 母・ジェノバの呪縛により完全に狂って少年の故郷を焼き払った。少年の母を自らの手で殺した。
 少年の手で致命傷を負わされたとき、幸せを感じた。
 が、これで少年に触れられなくなると思うと惜しくなり、母とリユニオンして自分の肉体を復活させた。
 そして少年を手に入れ、世界への復讐の道連れにしようと決意した。
 北の大空洞で肉体を再生させながら、憎悪する科学者の実験対象にされ魔晄漬けされた少年が青年に成長してゆくのを、ライフストリームを通して見つめ続けていた。
 青年に埋め込まれた細胞が自身のものと知り、狂喜した。青年の一部になった細胞から青年に働き掛けて操り、自我を半ばなくした青年を自分のものにしようとした。
 ――だから、自分を倒すために自分を目指してきた青年の精神を破壊した。
 が、今一歩のところで古代種の娘に青年を奪われ、悔しい思いをした。が、青年が自分が愛した青年自身を完全に取り戻したことには、喜びを感じた。
 青年に何度も夜這いを仕掛けたのも、元に戻った青年が愛しくなり、我慢が効かなくなったからだ。
 怒りに煌めく瞳にゾクゾクするのも、苦悶にゆがむ表情に欲情するのも、すべてこの青年だから。
 他のものなど、目に入らない。クラウドしかいらない。



 ――クラウド、おまえはオレの真実をも、嘘というか?
 だが、それもいい。
 真実か嘘かなど、関係ない。
 ただオレだけが、本当の想いを知っている。





 後始末をし、クラウドの衣服を整えてから、セフィロスは青年の涙を舌で拭った。
 英雄と呼ばれた男の面に、哀感の籠もった笑みが浮かぶ。


「愛している、クラウド――…」


 密やかにそう告げ、セフィロスはクラウドの唇に口づけた。



 

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