Stay My Blue

caressing






 不意に自覚した想いは、意識を大きく変え、相手をもっと知りたくなる。

 ひたすら、貪欲に――…。









 調和の戦士たちは、夢のなごりにて一夜の眠りについていた。
 それぞれ固まったり離れたりしながら、眠りについている。
 眠れないオニオンナイトは、ひとり起き上がり、みなから距離を置いた場所にいた。
 セシルに自分の想いを指摘されて以来、オニオンナイトはクラウドのことしか考えられなくなっている。
 クラウドの瞳にある憂いの深さ、滅多に笑顔を見せないわけなど、疑問が頭のなかでぐるぐる廻るようになった。

 ――そういえば、クラウドは夢を持ってなくて、戦う理由が見つからないって言ってたっけ。

 初めはフリオニールたちと行動していたクラウドだが、彼らとは違い、クラウドは明確に戦う意志を持たなかった。
 クラウドがクリスタルを手に入れたのは、フリオニールの夢である『のばら』を奪うという小細工を行ったセフィロスのせいで、ひとえに仲間を思う気持ちからクラウドは戦意を覚えたのだ。
 セフィロスに打ち勝ったおかげでクラウドはクリスタルを手に入れたが、それは原因の解決をもたらさなかった。――クラウドは未だ、戦いの意義を見失い、夢を持ちえていない。

 ――戦う意味、か……。
 僕はティナを護るために戦ってた。
 でも、それはクラウドだって同じはず。

 自身がケフカの卑怯な挑発に乗ってティナから離れたあと、偶然出会ったクラウドがティナを護り戦った。
 そしてクラウドとティナは、夢を持たない者同士で共合し、フリオニールの『のばらの夢』を見るという目的を見つけた。
 ティナはそこで、『未来を護る』という戦いの意義を見定め、ケフカに打ち勝った。

 ――でも、クラウドはまだ戦う意味を見つけられていないんだ。

 ティナのため戦ったのは、迷う自分でも誰かのために戦えると、彼女が教えてくれたからだと言っていた。

 ――僕はそれこそ大きな理由だと思うけど、クラウドは違うのかな。

 自分はそれだけで戦い、知恵だけではなく勇気も必要なんだと気付かされた。そして、こころの声に従い、どんなことがあっても恐れずティナを護ると決意した。
 それが、クリスタルを手に入れることに繋がったのである。
 が、クラウドは違う。

 ――クリスタルは決意の先に輝くってゴルベーザが教えてくれたけど、クラウドは曖昧なまま手に入れた。
 すべて、セフィロスの誘導のまま――…。

 何だか、引っ掛かる。
 ゴルベーザの情報だと、セフィロスはクラウドに過度に執着しているらしい。
 クラウドの宿敵なのに、その態度はおかしい。

 ――なんっだか、無性にむかつく!
 あいつがクラウドの憂いの原因なんじゃないか。
 クラウドはあいつの存在に迷惑してるんじゃないか――…。

 オニオンナイトが苛立たしく爪を噛んでいると、背中からぽん、と手を置かれた。
 びくっとして振り返ると、現在の物思いの要因であるクラウドがいた。

「クラウド……」

 たしか、彼は今宵の見張り番である。それなのに、みなから離れていいものか。

「どうしたんだ? 妙に荒れているな」

 ウォーリア・オブ・ライトに調子の悪い彼の面倒を見てやってほしいといわれてから、クラウドは細やかに様子を見に来ていた。

「ん――…、何でもないよ」

 細く息を吐き、オニオンナイトはふわふわと漂う幻光虫を眺める。

「そうか? 最近のおまえは、情緒不安定ぎみだからな」

 同じように幻想的な光を見るクラウドに、オニオンナイトは目を伏せる。

 ――クラウドが原因だなんて、言えないよ……。

 年上の、頼れる兄のような人。
 物静かで、冷静で……だから、憧れていた。こんな落ち着きある男になりたいと思っていた。
 というのに、どうして恋の対象として見るようになってしまったんだろう。
 年が違いすぎる。伝説のオニオンナイトといわれていても、クラウドからすれば、自分は子供にしか見えないだろう。
 そもそも、子供の自分がクラウドに惹かれることこそ、おかしいんじゃないか――オニオンナイトはそう思えてくる。

 ――なんだか、落ち込んじゃうじゃないか。

 拗ねて膝小僧を見るオニオンナイト。

「なぁ、おまえの本当の名前って、何ていうんだ?」

 不意に問い掛けられ、オニオンナイトは顔を上げる。

「へ?」
「まさか、オニオンナイトが本名じゃないよな」

 じっと蒼い眼で見られ、オニオンナイトは焦る。
 不思議なことに、コスモスの戦士のなかで、誰も名前を聞いてこなかった。あのティナでさえも。
 それは、『伝説のオニオンナイト』という称号が特別であり、みながその称号を特別に見ていたからだ。
 だから、名前を聞かれるなんて思わなかった。

「ル、ルーネス……」

 言った途端、頬が熱くなるのを感じる。何だか緊張する。

「ルーネスか、いい名前だな」

 そういって、綺麗な笑顔をみせるクラウド。
 ただの微笑みなのに、柔らかく優しくて、ルーネスはどぎまぎしてしまう。

 ――その笑顔、反則だよクラウド!

 またも顔を伏せるルーネスに、クラウドは口を開いた。

「ルーネスの年ごろが、一番難しいんだ。思春期といえばいいのかな。
 ほら、男として、身体の色んなところが変わるだろう?
 だから、突然衝動的になったり、無性に悶々としてしまったりする」

 思い出すような遠い目で言うクラウドに、ルーネスは思い当たる。

 ――第二次性徴のことかな。僕はもう声変わりしてるけど、確かにそうかもしれない。

 堪えきれない煩悶や、あまり人に言えない身体の反応があったりする。

「そういう時期は、気持ちにむらができやすかったりするんだ」

 かなり丁寧に答えてくれるクラウドを、ルーネスはただじっと見ていた。

 ――そうか、クラウドは僕の身体が変化してきているから、情緒不安定だと思っているのか。

 本当はちょっと違うけれど、クラウドからこんな話題を聞くことは出来ないだろうから、ルーネスは少し突っ込んで話してみたいと思った。

「クラウドはその頃、どうやって乗り越えたの?」

 彼の悪戯な問いに、クラウドは目を見開く。
 そのまま伏せられてしまった瞼に、ルーネスはしまった、と思った。

 ――失敗したかな。クラウドって、自分のこと話したがらなさそうだからなぁ。

 クラウドが気に掛けてくれているのをいいことに、甘えすぎたのかもしれない。これでは、逆効果だ。

 ――あぁ、まずいことしちゃったなぁ。
 これじゃもう声を掛けてもらえないかもしれない。

 自分の悩みは、思春期のことじゃない。確かに、この感情にはそれが大きく関わっているかもしれないが、それよりも『好き』という気持ちの方が多いのだ。
 しゅん、としてしまったルーネスの横から、呟くような声が聞こえてくる。

「……俺は、憧れていた人がいたから、その人を想像して自分を慰めてた」

 え? と頭をもたげたルーネスは、うっすら頬を染めながらも、切なげな顔をするクラウドを目撃した。

「……クラウド?」
「その人は俺にとって高嶺の花で、手の届くはずない人だった。
 だから、側に居るだけで、嬉しくてたまらなかった」

 ルーネスはクラウドのこころに眠る深域を覗き見したような感覚に陥る。

 ――クラウドには、昔、憧れていた人がいたんだ……。

 今、ルーネスが抱いているような憧憬を、クラウドも誰かに抱いていた。

「……自分を、慰めてた、って……」

 聞きたいような、聞きたくないような、微妙な問い。なんとなくなにか分かる。それでも聞いてしまう自分は馬鹿なのだろう。
 クラウドは苦笑いする。

「自分を慰めるっていったら……それしかないだろう」

 クラウドは仲間を思いやる年長者として、青春を通り過ぎた大人として、自分に教えてくれたのだろう。
 情緒不安定の原因をなんとかしなくてはいけない、とクラウドは告げているのだ。
 ルーネスは後暗い気持ちになった。

 ――僕がクラウドのことを好きって知らないから、そう言えるんだろうな。

 いっそ、自分の気持ちを告げてしまえばどうなるだろうか。
 こんな話の上でそんなことを言ったら、拒否されるだろうか。
 ルーネスは自嘲する。

 ――あぁ、今の自分、いやな顔してるだろうな。

 そんな顔、クラウドには見られたくないのに。

「……そう、だね。僕も、自分でなんとかしたほうがいいよね」

 喉に引っ掛かる言葉。うまく転がって出てこない。
 その時、クラウドが身じろぎする気配がした。何かと思い向き直ると、彼はルーネスの鎧の腰廻りに手を掛けていた。

「ちょっ、何を……」
「これ、どうやって外すんだ?」

 ルーネスはパニックになっていた。何がしたいんだこの人は。

「ク、クラウド、何で……」

 クラウドが何をしたいか飲み込めず、ルーネスはあたふたとする。

「いや、自慰をするにも、想像するものがないだろう?
 さすがにここには、成人向けの本なんてないからな。
 それとも、好きな人を想像できるなら、自分でするか?」

 クラウドはちらり、とティナのいるほうに目をやる。

 ――そうか、クラウドは僕がティナを好きだと思ってるんだな。

 ……。
 …………。
 ………………って!

「ク、クラウド、今、何げに無視できないようなことを、いっぱい聞いたような気がするんだけど」

 さすがに、ルーネスも狼狽する。
 クラウドの顔も、ほんの少し赤い。

「…………だ、だから、手伝うことくらいは、出来るというか……。
 やり方を知らないなら、教えてやったほうがいいし……」

 クラウドの口から、しどろもどろに吐き出された言葉の数々。
 一瞬の、間。

 ――あえええ?!
 クラウド、本気?!

 頭が爆発しそうな衝撃に、ルーネスは瞠目し、口をぱくぱくさせる。
 クラウドは顔が赤いうえに妙な汗をかいていて、かなり色っぽい。

 ――うわ、クラウド……ますます反則だよ……。

 これは、またとないチャンス。クラウドの好意に甘えないと、二度はないかもしれない。
 静かに、ルーネスは頷いた。






 誰かに触れられたことのない場所に、ひんやりとした指が行き来する。
 大剣を持つのに骨張っていない手が、優しく、それでいて強く執拗に動く。

 ――クラウド、どういうつもりなんだよ。
 何とも思っていない相手に、こんなこと出来るの?

 身体は快楽に染まっていくが、こころは複雑極まりない。

 ――クラウドのこころが、見えないよ……。

 好きな気持ちを弄ばれているようで、辛かった。
 変に期待してしまいそうな自分がいる。




 ――でも、クラウドは……?


 ルーネスの熱い吐息が、遣る瀬なく漏れた。
 

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