Stay My Blue
impulse
兵士はよかれと思い、少年に性の手解きをした。
が、その行いは、少年のこころに歪みを生じさせてゆく――。
*
――あの夜、クラウドは何も考えず、容易く僕の劣情を鎮めた。
僕の気持ちもしらないで……。
ルーネスはクラウドの行為に、酷く傷ついていた。
――性を知らない子供だと思われたんだろうか? 伝説のオニオンナイトといわれる僕なのに。
恋する気持ちにはなかなか気付けなかったが、生殖や性行為に関する知識くらいは持っている。
実際、性行為は非常にプライベートな営みで、誰かにいたずらに触れられていいものではない。
――クラウドは、僕を子供だと思い、馬鹿にしたんだろうか。
恋心を抱いているだけに、真意の読めないクラウドの行動に悲しみが沸いてくる。
同時に、許せない、と思った。
――知らないこととはいえ、クラウドは僕の想いを弄んだんだ。
僕だって……恋するひとりの男なんだ。
あの時は欲に負けてしまった。
が、正気の今は恋を軽んじたことを、後悔させてやりたい。
恋する男の怖さを、クラウドに思い知らせてやりたい――…。
ルーネスは暗い面持ちで、唇を笑みに歪ませた。
「最近、君を見るオニオンナイトの目が恐いんだけど、何かあったの?」
クラウドの横に歩み寄ってきたセシルが、彼にだけ聞こえるよう小さく囁いた。
「……別に、何も」
無表情のまま、クラウドはクリスタル・ワールドを歩く。
その後方には、以前よりも鋭さを増したルーネスがいた。ピリピリした空気を放ち、じっとクラウドを見据えている。
いつもはさかしらな態度でみなを煙にまくルーネスなので、コスモスの戦士たちは彼の変化を訝しんでいた。――ただひとり、クラウドを除いて。
「そう、クラウドがそういうなら、そうなのかもしれないけど、ね」
目を細めてセシルはクラウドを眺める。
「……クラウド、鈍感っていわれたことない?」
聖騎士の言葉に、兵士の眉がぴくり、と動く。
――動揺したことが、答えだった。
「もしかして、知らずに若者の純情を弄んだりしたんじゃないかな」
クラウドはちらり、とセシルを見、また前を向いた。その唇から、ため息が漏れる。
「ねぇ、クラウドは自分がずっと見つめられていたこと、知ってた?」
探りを入れるセシルに、帰ってくる言葉はない。
ただ、クラウドの眼の憂いが深くなったのは確かだ。
――間違いなく、何かあったんだろうな。
セシルはそう当たりをつけ、困ったように笑う。
このままじゃ、調和陣営に不和を呼びそうだけれど――どうしようか?
そう頭を巡らせていると、傍らから小さく聞こえてくる声が。
「……覚悟が、なかったわけじゃない。
何の想いもなければ、あんなことしなかった」
見れば、穏やかだが少し哀しげなクラウドの顔がある。
セシルは小さく首を傾げて言う。
「不器用だね、クラウドは。
それを言ってあげればよかったのに」
「……なんて言えばいいんだ」
心底困惑したクラウドの声音に、セシルは軽く吹き出す。
「普通に『好き』とか『愛してる』でいいと思うけど?」
「『好き』『愛してる』……何か違う気がするんだ」
抱えている感情に当てはまらないのか、クラウドは却下する。
うんうんと頷き、セシルは促す。
「じゃあ、どの言葉がぴったりそう?」
わずかに悩んだあと、クラウドは口を開いた。
「……『可愛い』『愛しい』……?」
上目目線で少し考え、セシルはにっこり笑う。
「大人の愛、って感じかな?
確かに、年上のクラウドなら、オニオンナイトをそう想うかもしれないね」
「……俺でも、そんな気持ちを抱けるんだな」
遠い眼差しをするクラウドを、セシルは不思議そうに見る。
――かつて、あの人が俺を見ていた想いも、そうだったのかな……。
今は見ることが出来ない、柔らかで優しい瞳。
あの頃のことを穏やかに思い出せるようになって、クラウドは否応なく変化した自身を感じた。
後列から焼け付く瞳で、ルーネスは話し込むクラウドとセシルを見ていた。
ただ近くで話しているだけなのに、胸がむかむかしてくる。
クラウドに怒りを抱いているはずなのに、彼が誰かと親密な態度をとると、胸くそが悪くなる。
――あ〜〜ぁ、僕、重症だな。クラウドのこと怒っていても、しっかり嫉妬するんだから。
自分は本気でクラウドに焦がれているんだと、ルーネスは暗い想いで自覚する。
――ねぇ、クラウド。僕、このままじゃ狂っちゃいそうだよ。
どうしたら、僕のなかの衝動を止められるかな……。
いっそのこと、一か八かでクラウドを襲っちゃったら楽になれるかな? と物騒なことを考えるほど、ルーネスは追い詰められていた。
その晩は、ガレキの塔で野営することになった。
寝ずの番を買ってでていたルーネスは、みなが寝付いたあと、あらかじめスリプルを全体掛けする。
そしてクラウドのもとににじり寄り、彼の身体を被う寝具を捲りあげる。
ルーネスはクラウドの銀狼の飾りのついた肩当ての止め具を外すと、上着のファスナーを下ろしてエプロンを取り去り、前をはだけさせた。
現われでる白くなまめかしい肌に、ルーネスは唾を飲み込む。
次いでズボンのベルトを外し、下着ごとずり下ろす。
――これが、クラウドの……。
いつもは秘されている箇所が隠れなく暴かれ、ルーネスはごくり、と唾を飲み込む。
劣情の趣くまま、彼はクラウドの耳元や項に接吻してゆく。
が、何か物足りない。
――意識がないまま犯しちゃうなんて、楽しくないな。
クラウドを、起こしちゃおうかな?
口元をにやりと笑ませると、ルーネスはクラウド単体にエスナを掛ける。
白い光が彼を包み吸い込まれたあと、クラウドの二の腕がぴくり、と動いた。
「う……?」
まだ覚醒しきっていない、マリンブルーの眼。
寝呆けて動けないクラウドの唇に、ルーネスは口づける。舌を口内に差し込み、自由自在に蹂躙させる。
ふっくりとした胸の突起を指の腹で揉むと、口を塞がれたままクラウドは呻いた。
しなやかな身体を愛撫しながら、ルーネスはキスを深めてゆく。
もう覚醒していてもおかしくないはずだ、と思ったルーネスが薄目を開けてクラウドを見ると、彼は目元を紅く染め悦楽に堪えるよう苦しげに眉を潜めていた。
――おかしいな、クラウドは既に抵抗できるはずなのに……。
クラウドのこころを量るため、ルーネスは一端口づけを止め、クラウドをじっと見た。
クラウドは目を開け、曇りのない眼差しを向ける。無理矢理犯そうとしているルーネスを責めようという気持ちは感じられない。
――なんだよ、自分の立場を分かってないの?
むっとして、ルーネスは開口する。
「どんな気分? 子供に強姦されかかるのは」
言いつつ、ルーネスはクラウドの肌を撫でまわす。
震える吐息を堪えつつ、クラウドは微笑んだ。
「……好きにして、かまわない。続けろよ」
余裕のあるクラウドの言動に、ルーネスはかっとする。
「子供だからって、僕をなめてるの?!
気に入らないな、その態度!!」
苛立たしげに言い放ってから、ルーネスはクラウドの胸を弄りつつ、下肢を苛んだ。
やはり抵抗の意思はなく、クラウドは快楽に身を任せ喘ぎはじめている。
「……僕のこと、子供だって見くびった罰だよ!
僕だって男なんだ、それを証明してやるよ!」
叫びのような声をあげ、ルーネスはクラウドを高みに追い上げる。解放され、クラウドは忙しなく荒い息を吐いた。
乱れたあとの淫らな姿を見下ろし、ルーネスは唇を噛んだ。
――ただ好きなだけなのに、なんでこうなるんだよ。
本当はこんなこと、したくなかった。
愛する人を汚したいわけじゃなかった。
なのに、どうして……。
ルーネスの眼から、じわりと涙が滲んでくる。
その涙に、触れるものが。
見ると、それはクラウドの指だった。
「おまえの想いに、気付いてやれなくて、悪かったな……」
ルーネスの後頭部に手を掛けると、クラウドは自分の胸元に引き寄せる。
どきりとし、ルーネスは強張った。
「ク、クラウド……」
見上げると、にっと微笑んだクラウドの顔が。
「でも、おまえを助けてやりたい気持ち、それは本当だったんだ。
まったく見当違いだったけど、俺は今でもおまえのためだったら、何でもしてやりたい。
それは、おまえを子供だと見くびっているからじゃないんだ」
そして、彼はルーネスの耳元に囁く。
――おまえが愛しいから、と。
「クラウド……?」
驚愕し、ルーネスはまじまじとクラウドを見つめる。
「嘘でしょ……?」
「俺が嘘を言う人間に見えるか?」
慌ててルーネスはかぶりを振る。
「知ってるよ、クラウドが生真面目で不器用なこと……。
なんだか、嬉しいな……僕の、片思いだと思ってたのに……」
クラウドの美しい微笑みに、ルーネスは彼の胸に頬をすり寄せる。
黙って、クラウドは小さな身体を腕に抱き締めた。
「……じゃ、続き、するか?」
「……え?」
唐突に言われ、ルーネスは固まる。
クラウドはびっくりしたままの少年に口づけ、情欲を引き出すように舌を絡ませた。
唇を離したときには、ルーネスの眼がぎらぎらと輝いていた。
「……いいの? 止められないよ?」
「いいって言ってるだろ。
俺を快楽に酔わせて、子供じゃないってことを証明してみせろよ」
そして、クラウドは艶然と笑った。
ルーネスのなかの熱が、最大まで膨らむ。
――うわッ、なにその男殺しの顔! やっぱり反則だよッ!
結局、ルーネスはクラウドの誘惑と媚態に適わず、想い人の滑らかな肌にのめり込んでしまった。
クラウドは放恣に喘ぎ乱れ、若いルーネスを際限まで惑乱させた。
「……まぁ、よかったよね。最後まで出来たでしょ?」
後ろから近づいてきたセシルに情交の痕がついた項を指差され、クラウドは赤面しつつ頷いた。
「ティナが気を遣ってくれたからね、だから無事すんだんだよ」
ティナがいるほうを見ると、はにかんだように手を振っている。ルーネスとクラウドは顔から火が出るかと思った。
次の日の朝、ルーネスとクラウドはセシルから爆弾発言され、本気で命が縮むかと思った。
ふたりの情事の最中、他のメンバーが目を覚ましかけ、いち早く気付いたティナが自分と他の者にスリプルを掛けたのだ。
「……よ、よりによって、女の子のティナに……」
自分が護ると決めたティナに、痴態を知られたことに、ルーネスは泣きそうになった。お互い、男として立場がない。
「君たちの様子がおかしいことは、皆が知っていたから、めでたしめでたしじゃない?」
他人事のようにニコニコ笑うセシルに、ルーネスは本気で殺意を覚えた。
――みんなにばれてるのか……恥ずかしい。
どんなに澄ました顔をしていても、秘密がだだ洩れなので、格好がつかない。
違う意味で、クラウドは悲嘆に暮れそうになった。
「あ、でもこれでフリオニールの失恋は確定だね」
笑顔のセシルからぽっと出た名前に、クラウドは首を傾げる。
「……フリオニールが?
ルーネスにか?」
ピントの合わないクラウドの返答に、ルーネスとセシルは微妙な顔をした。
「……やっぱり、僕は無茶して正解だったんだね、セシル」
「そうだね、その判断に誤りはないよ」
クラウドに聞こえないよう、ふたりはぼそぼそ話す。
「でも、案外フリオニールもしぶとく諦めないかもしれないよ?
君みたいに、いつかがばぁっとクラウドを……」
面白がっているセシルを、ルーネスはちっちっと指先で止める。
「僕が許すと思う? まずクラウドから離れる気はないけどね。
まぁ、クラウドに手を出そうものなら、容赦なく締め上げさせてもらうよ」
そういって、ルーネスは黒いとしかいいようのない凶悪な笑みを浮かべた。
――今も大概だけど、将来大人物になれるよ。
ははっ、とセシルは引きつった笑いを発てた。
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