Stay My Blue

impulse






 兵士はよかれと思い、少年に性の手解きをした。

 が、その行いは、少年のこころに歪みを生じさせてゆく――。









 ――あの夜、クラウドは何も考えず、容易く僕の劣情を鎮めた。
 僕の気持ちもしらないで……。

 ルーネスはクラウドの行為に、酷く傷ついていた。

 ――性を知らない子供だと思われたんだろうか? 伝説のオニオンナイトといわれる僕なのに。

 恋する気持ちにはなかなか気付けなかったが、生殖や性行為に関する知識くらいは持っている。
 実際、性行為は非常にプライベートな営みで、誰かにいたずらに触れられていいものではない。

 ――クラウドは、僕を子供だと思い、馬鹿にしたんだろうか。

 恋心を抱いているだけに、真意の読めないクラウドの行動に悲しみが沸いてくる。
 同時に、許せない、と思った。

 ――知らないこととはいえ、クラウドは僕の想いを弄んだんだ。
 僕だって……恋するひとりの男なんだ。

 あの時は欲に負けてしまった。
 が、正気の今は恋を軽んじたことを、後悔させてやりたい。
 恋する男の怖さを、クラウドに思い知らせてやりたい――…。

 ルーネスは暗い面持ちで、唇を笑みに歪ませた。






「最近、君を見るオニオンナイトの目が恐いんだけど、何かあったの?」

 クラウドの横に歩み寄ってきたセシルが、彼にだけ聞こえるよう小さく囁いた。

「……別に、何も」

 無表情のまま、クラウドはクリスタル・ワールドを歩く。
 その後方には、以前よりも鋭さを増したルーネスがいた。ピリピリした空気を放ち、じっとクラウドを見据えている。
 いつもはさかしらな態度でみなを煙にまくルーネスなので、コスモスの戦士たちは彼の変化を訝しんでいた。――ただひとり、クラウドを除いて。

「そう、クラウドがそういうなら、そうなのかもしれないけど、ね」

 目を細めてセシルはクラウドを眺める。

「……クラウド、鈍感っていわれたことない?」

 聖騎士の言葉に、兵士の眉がぴくり、と動く。
 ――動揺したことが、答えだった。

「もしかして、知らずに若者の純情を弄んだりしたんじゃないかな」

 クラウドはちらり、とセシルを見、また前を向いた。その唇から、ため息が漏れる。

「ねぇ、クラウドは自分がずっと見つめられていたこと、知ってた?」

 探りを入れるセシルに、帰ってくる言葉はない。
 ただ、クラウドの眼の憂いが深くなったのは確かだ。

 ――間違いなく、何かあったんだろうな。

 セシルはそう当たりをつけ、困ったように笑う。
 このままじゃ、調和陣営に不和を呼びそうだけれど――どうしようか?
 そう頭を巡らせていると、傍らから小さく聞こえてくる声が。

「……覚悟が、なかったわけじゃない。
 何の想いもなければ、あんなことしなかった」

 見れば、穏やかだが少し哀しげなクラウドの顔がある。
 セシルは小さく首を傾げて言う。

「不器用だね、クラウドは。
 それを言ってあげればよかったのに」
「……なんて言えばいいんだ」

 心底困惑したクラウドの声音に、セシルは軽く吹き出す。

「普通に『好き』とか『愛してる』でいいと思うけど?」
「『好き』『愛してる』……何か違う気がするんだ」

 抱えている感情に当てはまらないのか、クラウドは却下する。
 うんうんと頷き、セシルは促す。

「じゃあ、どの言葉がぴったりそう?」

 わずかに悩んだあと、クラウドは口を開いた。

「……『可愛い』『愛しい』……?」

 上目目線で少し考え、セシルはにっこり笑う。

「大人の愛、って感じかな?
 確かに、年上のクラウドなら、オニオンナイトをそう想うかもしれないね」
「……俺でも、そんな気持ちを抱けるんだな」

 遠い眼差しをするクラウドを、セシルは不思議そうに見る。

 ――かつて、あの人が俺を見ていた想いも、そうだったのかな……。

 今は見ることが出来ない、柔らかで優しい瞳。
 あの頃のことを穏やかに思い出せるようになって、クラウドは否応なく変化した自身を感じた。






 後列から焼け付く瞳で、ルーネスは話し込むクラウドとセシルを見ていた。
 ただ近くで話しているだけなのに、胸がむかむかしてくる。
 クラウドに怒りを抱いているはずなのに、彼が誰かと親密な態度をとると、胸くそが悪くなる。

 ――あ〜〜ぁ、僕、重症だな。クラウドのこと怒っていても、しっかり嫉妬するんだから。

 自分は本気でクラウドに焦がれているんだと、ルーネスは暗い想いで自覚する。

 ――ねぇ、クラウド。僕、このままじゃ狂っちゃいそうだよ。
 どうしたら、僕のなかの衝動を止められるかな……。

 いっそのこと、一か八かでクラウドを襲っちゃったら楽になれるかな? と物騒なことを考えるほど、ルーネスは追い詰められていた。

 その晩は、ガレキの塔で野営することになった。
 寝ずの番を買ってでていたルーネスは、みなが寝付いたあと、あらかじめスリプルを全体掛けする。
 そしてクラウドのもとににじり寄り、彼の身体を被う寝具を捲りあげる。
 ルーネスはクラウドの銀狼の飾りのついた肩当ての止め具を外すと、上着のファスナーを下ろしてエプロンを取り去り、前をはだけさせた。
 現われでる白くなまめかしい肌に、ルーネスは唾を飲み込む。
 次いでズボンのベルトを外し、下着ごとずり下ろす。

 ――これが、クラウドの……。

 いつもは秘されている箇所が隠れなく暴かれ、ルーネスはごくり、と唾を飲み込む。
 劣情の趣くまま、彼はクラウドの耳元や項に接吻してゆく。
 が、何か物足りない。

 ――意識がないまま犯しちゃうなんて、楽しくないな。
 クラウドを、起こしちゃおうかな?

 口元をにやりと笑ませると、ルーネスはクラウド単体にエスナを掛ける。
 白い光が彼を包み吸い込まれたあと、クラウドの二の腕がぴくり、と動いた。

「う……?」

 まだ覚醒しきっていない、マリンブルーの眼。
 寝呆けて動けないクラウドの唇に、ルーネスは口づける。舌を口内に差し込み、自由自在に蹂躙させる。
 ふっくりとした胸の突起を指の腹で揉むと、口を塞がれたままクラウドは呻いた。
 しなやかな身体を愛撫しながら、ルーネスはキスを深めてゆく。
 もう覚醒していてもおかしくないはずだ、と思ったルーネスが薄目を開けてクラウドを見ると、彼は目元を紅く染め悦楽に堪えるよう苦しげに眉を潜めていた。

 ――おかしいな、クラウドは既に抵抗できるはずなのに……。

 クラウドのこころを量るため、ルーネスは一端口づけを止め、クラウドをじっと見た。
 クラウドは目を開け、曇りのない眼差しを向ける。無理矢理犯そうとしているルーネスを責めようという気持ちは感じられない。

 ――なんだよ、自分の立場を分かってないの?

 むっとして、ルーネスは開口する。

「どんな気分? 子供に強姦されかかるのは」

 言いつつ、ルーネスはクラウドの肌を撫でまわす。
 震える吐息を堪えつつ、クラウドは微笑んだ。

「……好きにして、かまわない。続けろよ」

 余裕のあるクラウドの言動に、ルーネスはかっとする。

「子供だからって、僕をなめてるの?!
 気に入らないな、その態度!!」

 苛立たしげに言い放ってから、ルーネスはクラウドの胸を弄りつつ、下肢を苛んだ。
 やはり抵抗の意思はなく、クラウドは快楽に身を任せ喘ぎはじめている。

「……僕のこと、子供だって見くびった罰だよ!
 僕だって男なんだ、それを証明してやるよ!」

 叫びのような声をあげ、ルーネスはクラウドを高みに追い上げる。解放され、クラウドは忙しなく荒い息を吐いた。
 乱れたあとの淫らな姿を見下ろし、ルーネスは唇を噛んだ。

 ――ただ好きなだけなのに、なんでこうなるんだよ。

 本当はこんなこと、したくなかった。
 愛する人を汚したいわけじゃなかった。
 なのに、どうして……。
 ルーネスの眼から、じわりと涙が滲んでくる。
 その涙に、触れるものが。
 見ると、それはクラウドの指だった。

「おまえの想いに、気付いてやれなくて、悪かったな……」

 ルーネスの後頭部に手を掛けると、クラウドは自分の胸元に引き寄せる。
 どきりとし、ルーネスは強張った。

「ク、クラウド……」

 見上げると、にっと微笑んだクラウドの顔が。


「でも、おまえを助けてやりたい気持ち、それは本当だったんだ。
 まったく見当違いだったけど、俺は今でもおまえのためだったら、何でもしてやりたい。
 それは、おまえを子供だと見くびっているからじゃないんだ」

 そして、彼はルーネスの耳元に囁く。

 ――おまえが愛しいから、と。

「クラウド……?」

 驚愕し、ルーネスはまじまじとクラウドを見つめる。

「嘘でしょ……?」
「俺が嘘を言う人間に見えるか?」

 慌ててルーネスはかぶりを振る。

「知ってるよ、クラウドが生真面目で不器用なこと……。
 なんだか、嬉しいな……僕の、片思いだと思ってたのに……」

 クラウドの美しい微笑みに、ルーネスは彼の胸に頬をすり寄せる。
 黙って、クラウドは小さな身体を腕に抱き締めた。

「……じゃ、続き、するか?」
「……え?」

 唐突に言われ、ルーネスは固まる。
 クラウドはびっくりしたままの少年に口づけ、情欲を引き出すように舌を絡ませた。
 唇を離したときには、ルーネスの眼がぎらぎらと輝いていた。

「……いいの? 止められないよ?」
「いいって言ってるだろ。
 俺を快楽に酔わせて、子供じゃないってことを証明してみせろよ」

 そして、クラウドは艶然と笑った。
 ルーネスのなかの熱が、最大まで膨らむ。


 ――うわッ、なにその男殺しの顔! やっぱり反則だよッ!


 結局、ルーネスはクラウドの誘惑と媚態に適わず、想い人の滑らかな肌にのめり込んでしまった。
 クラウドは放恣に喘ぎ乱れ、若いルーネスを際限まで惑乱させた。






「……まぁ、よかったよね。最後まで出来たでしょ?」

 後ろから近づいてきたセシルに情交の痕がついた項を指差され、クラウドは赤面しつつ頷いた。

「ティナが気を遣ってくれたからね、だから無事すんだんだよ」

 ティナがいるほうを見ると、はにかんだように手を振っている。ルーネスとクラウドは顔から火が出るかと思った。
 次の日の朝、ルーネスとクラウドはセシルから爆弾発言され、本気で命が縮むかと思った。
 ふたりの情事の最中、他のメンバーが目を覚ましかけ、いち早く気付いたティナが自分と他の者にスリプルを掛けたのだ。

「……よ、よりによって、女の子のティナに……」

 自分が護ると決めたティナに、痴態を知られたことに、ルーネスは泣きそうになった。お互い、男として立場がない。

「君たちの様子がおかしいことは、皆が知っていたから、めでたしめでたしじゃない?」

 他人事のようにニコニコ笑うセシルに、ルーネスは本気で殺意を覚えた。

 ――みんなにばれてるのか……恥ずかしい。

 どんなに澄ました顔をしていても、秘密がだだ洩れなので、格好がつかない。
 違う意味で、クラウドは悲嘆に暮れそうになった。

「あ、でもこれでフリオニールの失恋は確定だね」

 笑顔のセシルからぽっと出た名前に、クラウドは首を傾げる。

「……フリオニールが?
 ルーネスにか?」

 ピントの合わないクラウドの返答に、ルーネスとセシルは微妙な顔をした。

「……やっぱり、僕は無茶して正解だったんだね、セシル」
「そうだね、その判断に誤りはないよ」

 クラウドに聞こえないよう、ふたりはぼそぼそ話す。

「でも、案外フリオニールもしぶとく諦めないかもしれないよ?
 君みたいに、いつかがばぁっとクラウドを……」

 面白がっているセシルを、ルーネスはちっちっと指先で止める。

「僕が許すと思う? まずクラウドから離れる気はないけどね。
 まぁ、クラウドに手を出そうものなら、容赦なく締め上げさせてもらうよ」


 そういって、ルーネスは黒いとしかいいようのない凶悪な笑みを浮かべた。



 ――今も大概だけど、将来大人物になれるよ。


 ははっ、とセシルは引きつった笑いを発てた。



 

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