Stay My Blue

throb of you






 あるはずのない恋だと思った。
 ありえない恋だと思った。


 でもその恋は、確かにそこにあり、育まれていた。









 ――なにしてるんだ? あいつ。

 フリオニールは前方を歩くオニオンナイトの不審な様子に、首を傾げる。
 小柄な剣士の前を歩くのは、上背のあるウォーリア・オブ・ライトやスコール、セシル。オニオンナイトは三人の隙間を覗き込むようにそわそわしていた。

「……なにやってるんだ?」
「わぁッ!」

 後ろから話し掛けると、オニオンナイトは心底驚き、叫び声をあげた。

「フ、フリオニール、驚かせないでよ!」
「あ、あぁ……」

 小さな剣士のひどい狼狽ぶりに、義士は余計に困惑する。
 気まずい面持ちで、オニオンナイトはきょろきょろと辺りを見渡す。

「うっ……」

 見事に、注目されている。
 前にいたウォーリア・オブ・ライトやスコールたちだけでない。
 その遥か先にいるティナとクラウドも、オニオンナイトとフリオニールを見ている。

「な、何でもないよっ」

 オニオンナイトは焦って誤魔化した。
 納得したのか、ウォーリア・オブ・ライトとスコールは行軍を続けたが、思うところあるのか、セシルは立ち止まった。

「……何があったの?」

 体を屈め、オニオンナイトと目線を合わし、セシルは尋ねる。

「だから、何でもないってば!」

 むきになるオニオンナイトに、フリオニールはそうか? と眉を寄せている。
 セシルは顎に手を当て、考えを巡らせはじめる。

「……そういえば、僕たちの前を、しきりに探っていたよね」

 すぐ側にいたセシルは、もとより我関せずなウォーリア・オブ・ライトやスコールとは違い、オニオンナイトの挙動不審な気配に何となく気付いていた。

「僕たちの前には、ティナとクラウドがいたね」

 あぁ、とフリオニールは合点した。
 オニオンナイトは内心ちっ、と舌打ちする。

「オニオンナイトはティナとずっと行動していたからな。
 ちょっと離れただけでも心配なんだろ?」

 朗らかな調子でフリオニールが言うと、セシルは微笑を浮かべた。
 その笑みには、多分に含みがある。

「でも、オニオンナイトは今までティナと普通に接していたでしょ。
 何があったの?」
「何もないよ」

 ――うざい、ほんとにうざい。

 オニオンナイトはこころのなかで愚痴る。
 いつも人畜無害っぽくにこにこ笑っているが、セシルは兄・ゴルベーザへの拘り以外、掴み所がない。

 ――みな優しそうな態度に安心してるけど、コスモスの戦士のなかではセシルが一番曲者なんだ。

 何考えているか分からないところが、ある意味不気味だ――オニオンナイトはそう見ていた。
 そしてその見立ては、ほぼ的中していたと、彼は期せずして知らされる。

「うそだよね。
 ティナとクラウドが一緒にいるとき、オニオンナイトはティナに寄り付かないもんね。
 そういえば、クラウドともあまり話をしようとしないよね。ティナを助けるため、一度は一緒に戦った仲なのに。
 オニオンナイトは、クラウドが嫌いなのかな?」

 セシルはにこにこ笑いつつ、痛いところを突く。
 びっくりして、フリオニールはあたふたと話しだした。

「ちょっ、まずいだろ、それは!
 仲間内で険悪になると、チームワークを乱すことになるぞ!」

 ――黙れ、この脳筋バカ。

 本気で毒づきそうになるのを、辛うじて耐えるオニオンナイト。仕方なく本音を漏らす。

「フリオニール、静かにしてくれる? みなに変に思われるから。
 クラウドのこと、嫌いじゃないよ。ただ、じっと見ていられないだけで……」
「じっと見ていられない?」

 セシルの問いに、オニオンナイトは頷く。

「ほら、クラウドはティナに引けをとらないくらい綺麗でしょ。
 それだけじゃなく、なんていうか……憂い顔とか見てると、変な気持ちになってくるっていうか……。
 だから、クラウドをまともに見られないし、近くにいるとどきどきしてきて、普通にしていられなくなるんだ」

 オニオンナイトの独白に、セシルはうんうんと頷く。フリオニールはきょとんとしていた。

「ねぇ、ティナには、そういう風にならない?」

 騎士の質問に、オニオンナイトは口をへの字に曲げる。
 大人ぶって上から目線で、オニオンナイトからすれば非常におもしろくない。

「なってたら、いつも話にいかないし、一緒に行動しないよ」

 ぶーたれているオニオンナイトを、大人の余裕でいなし、セシルはフリオニールを見た。

「――だって。どうする?
 オニオンナイトのほうが先に大人の階段登っちゃうかもよ。
 フリオニールも、ぼやぼやしてられないね。
 はやく恋を探さなきゃ」

 ――恋?

 セシルの口から唐突に出た突飛な言葉に、オニオンナイトとフリオニールは呆気にとられた。
 が、関係なくセシルは続ける。

「でもオニオンナイト、気を付けなきゃいけないよ?
 クラウドを狙う奴がいるからね。
 兄さんの情報によると、クラウドのライバルであるカオスの戦士・セフィロスもクラウドが大好きらしいから」

 いつもの彼らしくなく困惑し、オニオンナイトは開口した。

「さっきから、なんで僕がクラウドに恋してること前提で話してるんだよ。
 だいたい、これが恋なわけ? 全然分かんないんだけど」

 不機嫌を露にする剣士に、セシルは確信もって頷いてみせる。

「そうそう。あー懐かしいなぁ。
 僕もローザに対してそんな風に感じたよ」

 惚気だすセシルを、オニオンナイトは見えないように「けっ」と嘲る。

 ――なんで僕がクラウドに恋するんだよ。馬鹿馬鹿しい。

 オニオンナイトはむっつりと黙り込んだ。






「クラウド、ちょっといいか?」

 静かに近づいてきたウォーリア・オブ・ライトに、クラウドとティナは振り返る。

「何だ?」
「オニオンナイトの具合が悪いらしいんだ、見てきてくれるか」

 急な頼まれ事に、クラウドは眉を潜め、ティナは身を乗り出した。

「あの、わたしの回復魔法を掛けたほうが、治りがはやいんじゃ」

 ティナの提言に、ウォーリア・オブ・ライトは首を振る。

「いや、魔法では治らないんだ。
 クラウドは男同士だから、細かいことも看てやれるだろう」
「……そうだな」

 基本子供が嫌いではないクラウドは、すぐに納得しオニオンナイトたちのもとに向かった。


「……あんた、似合わないことするな」

 不安がるティナの背を軽く押し歩きだすウォーリア・オブ・ライトに、ぼそりとスコールが呟く。

「これも仲間の和を保つため。
 我々は光とともにあるから、心配ない」

 ――そういうものか?

 と思ったが、スコールはあえて言わなかった。






 散々セシルにつっつき回された挙げ句、どうでもいい惚気まで聞かされたオニオンナイトは、盛大に不貞腐れていた。
 そんな彼のもとに、近づく足音が。

「具合が悪いとウォーリア・オブ・ライトから聞いたんだが、どうなんだ?」

 びっくりし、オニオンナイトは目を見開いた。

「ク、クラウド!」

 途端に、心臓がどきどきばくばくする。

「クラウド、来てくれたんだ」

 動転するオニオンナイトを観察しながら言うセシル。
 こころなしか、剣士のほっぺが紅い。やっぱりね、と騎士は微笑んだ。
 オニオンナイトの前に膝を着くと、クラウドはグローブを外し、彼の額に手を当てた。
 軽く動揺したオニオンナイトに構わず、クラウドは自分の額にも掌を当てる。

「……熱は無いみたいだが……平気か?」

 クラウドの問いは、しかしオニオンナイトに伝わっていなかった。

 ――ひんやりして、気持ちいい。

 そして間近にあるクラウドの蒼い瞳。透明さを湛えながらも、深さを感じる。

 ――綺麗…だよな……。

 ティナも綺麗だけど、クラウドの綺麗さとはちょっと違う。
 クラウドの綺麗さは、整った顔立ちもだけど、滲みだしてこちらを包み込むような空気こそ、そうといえた。
 ――いまのオニオンナイトは、その形容を知らないが、それは「色気」というものだ。
 暫しぼうっとしていたオニオンナイトに細く息を吐き、クラウドはしゃがんだまま剣士に背を向ける。おぶされ、と言いたいようだ。
 オニオンナイトは当惑する。

「え、いいよ。病気じゃないんだし」
「いいから、おぶされ」

 それでもオニオンナイトが渋っていると、セシルに背を押された。
 飛び込む形でもたれてきた少年の腕を自分の首に廻させると、クラウドはオニオンナイトを背負い立ち上がった。

「あ、あ、あ、あああの……」

 いつもみたいにうまく言葉が出ない。
 ペースを崩されているオニオンナイトにふっと笑うと、クラウドは彼に笑顔を向けた。

「いいから、黙っておぶわれてろ」

 クラウドのあまりに眩しい笑みに、オニオンナイトは惚けた。

 ――ほんとに、綺麗だなぁ……。

 おずおずと頷いたオニオンナイトに、クラウドは笑みを深くした。




「陥落したね、オニオンナイト」

 ふふっと笑い、セシルはフリオニールを振り返る。
 そこには、ぽやーんととろけ切った義士の顔があった。

「……こっちも、堕ちちゃったかな」

 クラウドって、罪作りだよね、と呟きセシルは笑った。


 

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