Stay My Blue
throb of you
あるはずのない恋だと思った。
ありえない恋だと思った。
でもその恋は、確かにそこにあり、育まれていた。
*
――なにしてるんだ? あいつ。
フリオニールは前方を歩くオニオンナイトの不審な様子に、首を傾げる。
小柄な剣士の前を歩くのは、上背のあるウォーリア・オブ・ライトやスコール、セシル。オニオンナイトは三人の隙間を覗き込むようにそわそわしていた。
「……なにやってるんだ?」
「わぁッ!」
後ろから話し掛けると、オニオンナイトは心底驚き、叫び声をあげた。
「フ、フリオニール、驚かせないでよ!」
「あ、あぁ……」
小さな剣士のひどい狼狽ぶりに、義士は余計に困惑する。
気まずい面持ちで、オニオンナイトはきょろきょろと辺りを見渡す。
「うっ……」
見事に、注目されている。
前にいたウォーリア・オブ・ライトやスコールたちだけでない。
その遥か先にいるティナとクラウドも、オニオンナイトとフリオニールを見ている。
「な、何でもないよっ」
オニオンナイトは焦って誤魔化した。
納得したのか、ウォーリア・オブ・ライトとスコールは行軍を続けたが、思うところあるのか、セシルは立ち止まった。
「……何があったの?」
体を屈め、オニオンナイトと目線を合わし、セシルは尋ねる。
「だから、何でもないってば!」
むきになるオニオンナイトに、フリオニールはそうか? と眉を寄せている。
セシルは顎に手を当て、考えを巡らせはじめる。
「……そういえば、僕たちの前を、しきりに探っていたよね」
すぐ側にいたセシルは、もとより我関せずなウォーリア・オブ・ライトやスコールとは違い、オニオンナイトの挙動不審な気配に何となく気付いていた。
「僕たちの前には、ティナとクラウドがいたね」
あぁ、とフリオニールは合点した。
オニオンナイトは内心ちっ、と舌打ちする。
「オニオンナイトはティナとずっと行動していたからな。
ちょっと離れただけでも心配なんだろ?」
朗らかな調子でフリオニールが言うと、セシルは微笑を浮かべた。
その笑みには、多分に含みがある。
「でも、オニオンナイトは今までティナと普通に接していたでしょ。
何があったの?」
「何もないよ」
――うざい、ほんとにうざい。
オニオンナイトはこころのなかで愚痴る。
いつも人畜無害っぽくにこにこ笑っているが、セシルは兄・ゴルベーザへの拘り以外、掴み所がない。
――みな優しそうな態度に安心してるけど、コスモスの戦士のなかではセシルが一番曲者なんだ。
何考えているか分からないところが、ある意味不気味だ――オニオンナイトはそう見ていた。
そしてその見立ては、ほぼ的中していたと、彼は期せずして知らされる。
「うそだよね。
ティナとクラウドが一緒にいるとき、オニオンナイトはティナに寄り付かないもんね。
そういえば、クラウドともあまり話をしようとしないよね。ティナを助けるため、一度は一緒に戦った仲なのに。
オニオンナイトは、クラウドが嫌いなのかな?」
セシルはにこにこ笑いつつ、痛いところを突く。
びっくりして、フリオニールはあたふたと話しだした。
「ちょっ、まずいだろ、それは!
仲間内で険悪になると、チームワークを乱すことになるぞ!」
――黙れ、この脳筋バカ。
本気で毒づきそうになるのを、辛うじて耐えるオニオンナイト。仕方なく本音を漏らす。
「フリオニール、静かにしてくれる? みなに変に思われるから。
クラウドのこと、嫌いじゃないよ。ただ、じっと見ていられないだけで……」
「じっと見ていられない?」
セシルの問いに、オニオンナイトは頷く。
「ほら、クラウドはティナに引けをとらないくらい綺麗でしょ。
それだけじゃなく、なんていうか……憂い顔とか見てると、変な気持ちになってくるっていうか……。
だから、クラウドをまともに見られないし、近くにいるとどきどきしてきて、普通にしていられなくなるんだ」
オニオンナイトの独白に、セシルはうんうんと頷く。フリオニールはきょとんとしていた。
「ねぇ、ティナには、そういう風にならない?」
騎士の質問に、オニオンナイトは口をへの字に曲げる。
大人ぶって上から目線で、オニオンナイトからすれば非常におもしろくない。
「なってたら、いつも話にいかないし、一緒に行動しないよ」
ぶーたれているオニオンナイトを、大人の余裕でいなし、セシルはフリオニールを見た。
「――だって。どうする?
オニオンナイトのほうが先に大人の階段登っちゃうかもよ。
フリオニールも、ぼやぼやしてられないね。
はやく恋を探さなきゃ」
――恋?
セシルの口から唐突に出た突飛な言葉に、オニオンナイトとフリオニールは呆気にとられた。
が、関係なくセシルは続ける。
「でもオニオンナイト、気を付けなきゃいけないよ?
クラウドを狙う奴がいるからね。
兄さんの情報によると、クラウドのライバルであるカオスの戦士・セフィロスもクラウドが大好きらしいから」
いつもの彼らしくなく困惑し、オニオンナイトは開口した。
「さっきから、なんで僕がクラウドに恋してること前提で話してるんだよ。
だいたい、これが恋なわけ? 全然分かんないんだけど」
不機嫌を露にする剣士に、セシルは確信もって頷いてみせる。
「そうそう。あー懐かしいなぁ。
僕もローザに対してそんな風に感じたよ」
惚気だすセシルを、オニオンナイトは見えないように「けっ」と嘲る。
――なんで僕がクラウドに恋するんだよ。馬鹿馬鹿しい。
オニオンナイトはむっつりと黙り込んだ。
「クラウド、ちょっといいか?」
静かに近づいてきたウォーリア・オブ・ライトに、クラウドとティナは振り返る。
「何だ?」
「オニオンナイトの具合が悪いらしいんだ、見てきてくれるか」
急な頼まれ事に、クラウドは眉を潜め、ティナは身を乗り出した。
「あの、わたしの回復魔法を掛けたほうが、治りがはやいんじゃ」
ティナの提言に、ウォーリア・オブ・ライトは首を振る。
「いや、魔法では治らないんだ。
クラウドは男同士だから、細かいことも看てやれるだろう」
「……そうだな」
基本子供が嫌いではないクラウドは、すぐに納得しオニオンナイトたちのもとに向かった。
「……あんた、似合わないことするな」
不安がるティナの背を軽く押し歩きだすウォーリア・オブ・ライトに、ぼそりとスコールが呟く。
「これも仲間の和を保つため。
我々は光とともにあるから、心配ない」
――そういうものか?
と思ったが、スコールはあえて言わなかった。
散々セシルにつっつき回された挙げ句、どうでもいい惚気まで聞かされたオニオンナイトは、盛大に不貞腐れていた。
そんな彼のもとに、近づく足音が。
「具合が悪いとウォーリア・オブ・ライトから聞いたんだが、どうなんだ?」
びっくりし、オニオンナイトは目を見開いた。
「ク、クラウド!」
途端に、心臓がどきどきばくばくする。
「クラウド、来てくれたんだ」
動転するオニオンナイトを観察しながら言うセシル。
こころなしか、剣士のほっぺが紅い。やっぱりね、と騎士は微笑んだ。
オニオンナイトの前に膝を着くと、クラウドはグローブを外し、彼の額に手を当てた。
軽く動揺したオニオンナイトに構わず、クラウドは自分の額にも掌を当てる。
「……熱は無いみたいだが……平気か?」
クラウドの問いは、しかしオニオンナイトに伝わっていなかった。
――ひんやりして、気持ちいい。
そして間近にあるクラウドの蒼い瞳。透明さを湛えながらも、深さを感じる。
――綺麗…だよな……。
ティナも綺麗だけど、クラウドの綺麗さとはちょっと違う。
クラウドの綺麗さは、整った顔立ちもだけど、滲みだしてこちらを包み込むような空気こそ、そうといえた。
――いまのオニオンナイトは、その形容を知らないが、それは「色気」というものだ。
暫しぼうっとしていたオニオンナイトに細く息を吐き、クラウドはしゃがんだまま剣士に背を向ける。おぶされ、と言いたいようだ。
オニオンナイトは当惑する。
「え、いいよ。病気じゃないんだし」
「いいから、おぶされ」
それでもオニオンナイトが渋っていると、セシルに背を押された。
飛び込む形でもたれてきた少年の腕を自分の首に廻させると、クラウドはオニオンナイトを背負い立ち上がった。
「あ、あ、あ、あああの……」
いつもみたいにうまく言葉が出ない。
ペースを崩されているオニオンナイトにふっと笑うと、クラウドは彼に笑顔を向けた。
「いいから、黙っておぶわれてろ」
クラウドのあまりに眩しい笑みに、オニオンナイトは惚けた。
――ほんとに、綺麗だなぁ……。
おずおずと頷いたオニオンナイトに、クラウドは笑みを深くした。
「陥落したね、オニオンナイト」
ふふっと笑い、セシルはフリオニールを振り返る。
そこには、ぽやーんととろけ切った義士の顔があった。
「……こっちも、堕ちちゃったかな」
クラウドって、罪作りだよね、と呟きセシルは笑った。
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