You and I
日々無情に過ぎていた頃
「なぁスコール、おまえなんでクラウドばかり見てんの?」
ある日クリスタル・ワールドでジタンにそう聞かれ、俺は急に戸惑いを覚えた。
俺はそんなにクラウドばかり見ていたのか? 自分では自覚がないから、まったく分からない。
やたら満面の笑顔を見せるジタンが欝陶しくなってくる。
(頼むから、放っといてくれ……。)
俺は内心ひとりごちた。
何故クラウドばかり見ているのか――まったく心当たりがないわけじゃない。
コスモスが甦り、自分の世界に帰還していた俺たちコスモスの戦士や敵であるカオスの戦士たちは、再びこの世界に呼び戻され、秩序・混沌の別なくデュエル・コロシアムで試合するようになっていた。
コロシアムでの試合がない日、次元城でコスモス勢のリーダーであるウォーリア・オブ・ライトの提案により、身体が鈍らないよう組になって手合せすることになった。
俺はそのとき、たまたまクラウドと戦うことになったのだが、気になっていたことがあった。
コスモスが死に暴走したカオスによって世界が破滅に追いやられそうになった。
俺たちはカオスを倒すべくイミテーションの軍勢と戦闘していたが、ティーダが瀕死の重傷を負った。
ティナの回復魔法によりティーダはなんとか死を免れたが、その様を目撃したクラウドの狼狽えようは、尋常ではなかった。――海のような蒼の瞳が、恐怖と痛みで錯綜していた。
クラウドはもとの世界でも戦っていたというが、死と隣り合う立場の戦士にしては、精神が脆弱に思えた。
だから俺は、剣を交えながらクラウドに問うた。
「あんたは誰かが死ぬのを見たくないのか。大事なひとの命を失うのが怖いのか。
――戦士として失格だな」
一瞬見開かれたクラウドの瞳。が、動揺したのは束の間で、重く鋭い一撃を加えてきた。
結局俺たちの腕は互角で、勝負着かずで終わったが、大剣を背にしまい込んだあと、クラウドはぽつりと呟いた。
「……俺は、もとから強くはない。
戦士といっても、不可抗力で手に入れた力であって、始めから戦士と認められていたわけじゃないんだ」
あまり話さない印象を持っていたが、クラウドは珍しく冗舌に話す。
遠い目で空を見上げたあと、クラウドは俺を真っすぐ見つめ言った。
「……おまえは、失うのが怖くないのか」
クラウドの言葉に、俺は眉を寄せる。
(何を当たり前のことを言っているんだ。
誰かが死ぬのを恐がっていては、傭兵など勤まるか。)
そう思ったとき、不意に頭痛とともに金属音のような耳鳴りがし、目の前が暗くなる。
遺跡のようなエンタシスの柱がある、半ば崩れた石造りの寂れた家。誰かを求めて彷徨う子供。悲痛な叫び声。
――どこ? どこにいったの? ……ちゃん……。
「おい、大丈夫か?」
はっ、と気付いたとき、俺は膝を着き、頭痛とともに冷や汗を流していた。
隣にいたクラウドもしゃがみこみ、俺の顔を覗き込んでいる。
「顔色が悪いな。熱でもあるのか?」
グローブを外しながらクラウドは俺の双眸を観察し、俺の額に手を当ててきた。
ひんやりした感触にどきりとし、俺は身体を避けてしまう。
気を悪くした様子もなく、クラウドは再び手袋を身につけた。
「あ、悪かったな、断りもなく。
熱はないようだが、疲れていたんじゃないか?」
思わず首を振った俺に、クラウドは優しい眼で薄らと微笑んだ。
よろけた俺を目撃したバッツとジタンが、試合を放棄して俺たちのもとに駆け付けてきた。
ふたりに身体を揺さ振られ、顔をじっと見られたりしたが、俺はセシルたちのもとに歩み寄るクラウドの後ろ姿を目で追っていた。
(ひんやりしていたが、いやな感触じゃなかった。)
どうしてそう思ったのか、何故クラウドが気になるのか分からない。
クラウドが連れてきたセシルやフリオニールに問診らしいことをされ、あとから来たウォーリア・オブ・ライトに休んでおけと言われた。
が、クラウドが気になって仕方がなく、気もそぞろに皆が剣を打ち合うのを見ていた。
そういうことがあってから、俺は気が付くとクラウドばかり見つめている。
誰にも悟られないようにしていたが、勘が鋭く察しのいいジタンは、にやにやと含み有りげに俺を見ていた。
何かと小煩いジタンが一緒だと、変にネタにされて困る。これにあと一名加わったら、更に頭の痛いことになる。
「おっ、ジタンとスコール! 何してんだ、こんなとこで」
……そう思った途端、これか。
何かと俺とつるみたがるバッツが、軽い足取りで俺たちのもとに走ってきた。
「おぅ、スコールがさ、クラウドばっかり見て……」
「ジタン!」
ぺらぺらしゃべりだしたジタンを遮ると、ヤツはちぇっと舌打ちした。
(これだから、口の軽いヤツは……。)
こころのなかで愚痴っていると、不意にジタンが真顔になり、ある一点を凝視する。
ジタンは俺たちと種族が違うせいか、獣並みに耳がいい。その特性から、何かを聞き付けたのだろう。
興味深げにバッツはジタンを眺めた。
「なんだ? ジタン」
「……誰かがこっちにやってくる。話し声が聞こえてくるんだ」
耳を澄ませているジタンに倣い、バッツも身体を傾ける。
得心したのか、ジタンは笑顔で頷いた。
「……ティーダと、クラウドだな」
クラウドの名に、俺は顔を上げる。
が、反応が速かったのは、バッツのほうだった。
「ボコォッ?!」
ジタンが止めるのを聞かず、バッツは飛び上がるように走りだした。その足の速さはある意味驚異的だった。
目を剥く俺を尻目に、バッツは姿を現したふたりに駆け寄り、ティーダを押し退けクラウドに抱きついた。
「ちょっ、バッツぅ?!」
よろけながらも、抗議するティーダを無視し、バッツはボコボコと連呼しながら、クラウドに頬摺りする。
バッツはもと居た世界で、チョコボのボコを旅の相棒にしていた。ボコがいない今の生活は非常に淋しく、無性にボコに会いたくなるらしい。
だからなのか、バッツはチョコボによく似た髪の色とヘアスタイルをしているクラウドとボコを見間違い、クラウド相手に過激なスキンシップをはかっていた。
困惑顔のクラウドに、ティーダが呆れている。
「クラウドをチョコボと間違えるバッツもどうかしてるけど、クラウドもボコじゃない! ってハッキリ言わなきゃいけないっスよ!」
そう言って、ティーダはクラウドからバッツを引き剥がそうとする。
……妙にムカムカしてくるのは、気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない。クラウドに抱きつくバッツにも、それを自分の役目のように引き剥がそうとするティーダにも腹が立つ。
早足で三人のもとに行くと、俺はティーダの手を払い除け、バッツのマントの襟足を掴んで引き摺り歩く。
「えっ、ちょっ……スコール?」
俺が何をしようとしているのか察したジタンが、焦り声を出した。ティーダも目を丸くして俺を見ている。
バッツをステージの際まで連れていくと、俺はそのままデジョントラップに放り投げた。
「うわ〜〜ッ、スコール、冗談きつい〜〜ッ!」
そう叫びながら、バッツはデジョントラップに突っ込む。
ジタンとティーダは、バッツを助けにデジョントラップまで走った。
「……スコール。冗談にしては、酷すぎるんじゃないか?」
眉を顰めて言うクラウドに、俺はにべもなく言い放つ。
「デジョンに落ちたぐらいじゃ、死にはしない」
クラウドは眉を寄せ、俺に詰め寄った。
「それでも、仲間が傷つくことに変わりはないんだ。
おまえが平気で仲間を傷つけるヤツだとは思わなかった。失望したよ」
冷たい眼でそう言うと、クラウドはバッツたちのもとに向かった。
(……なんなんだよ。何度言っても分からないヤツは、身体で覚えさせるのが一番じゃないか。)
そう思うが、クラウドの冷え冷えした瞳――そのなかに含まれる失望に、俺の胸が騒めく。
三人がかりでバッツを助けだすと、クラウドとティーダはまだ痺れているバッツを連れてクリスタル・ワールドから出ていった。
「なっさけねーなぁ、嫉妬してあんなことするのかよ。
大人ぶったフリして、全然子供じゃねーか」
ひとり居残ったジタンが、俯く俺の背に容赦なく言ってかかる。
「クラウドが好きだから抱きつくなって、バッツにはっきり言ゃいいのに」
(……え?)
ジタンの口にした言葉に、俺は振り返る。
目を細めて、ジタンは口を開いた。
「無自覚なんだろうとは思ってたけど、やっぱりクラウドが好きなんだな。
自覚なしにひとを傷つけるくらいなら、ちゃんと自分の気持ちを知れよ、このバカ!
おまえに悪気がないことをバッツに言っとくけど、あとで自分で謝れよ」
そう言い残し、ジタンはバッツのもとに向かった。
(……俺がクラウドを好きだって?)
そんな馬鹿なことがあるか。クラウドは同性なんだぞ、男を好きになるなんて……。
だが、符号が合いすぎる。
バッツがクラウドに抱きついたときの苛立ちは、一体何なんだ?
ティーダが我がもの顔でクラウドを助けようとしたときの胸の騒めきは、どういうものなんだ?
突然吹き荒れた「恋」という嵐は、クールな俺という擬態を一時に引き剥がした。
日々無情に過ぎていた頃は、終わろうとしていた。
代わりにやってくるのは、激しい通り雨のような激情の毎日だった。
「無自覚なんだろうとは思ってたけど、やっぱりクラウドが好きなんだな。
自覚なしにひとを傷つけるくらいなら、ちゃんと自分の気持ちを知れよ、このバカ!
おまえに悪気がないことをバッツに言っとくけど、あとで自分で謝れよ」
そう言い残し、ジタンはバッツのもとに向かった。
(……俺がクラウドを好きだって?)
そんな馬鹿なことがあるか。クラウドは同性なんだぞ、男を好きになるなんて……。
だが、符号が合いすぎる。
バッツがクラウドに抱きついたときの苛立ちは、一体何なんだ?
ティーダが我がもの顔でクラウドを助けようとしたときの胸の騒めきは、どういうものなんだ?
突然吹き荒れた「恋」という嵐は、クールな俺という擬態を一時に引き剥がした。
日々無情に過ぎていた頃は、終わろうとしていた。
代わりにやってくるのは、激しい通り雨のような激情の毎日だった。
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