You and I
恋心に偉大な衝撃
秩序の聖域にて、わざとデジョン・トラップに突き落としたことを渋々謝った俺に、バッツは必要以上に元気よく言った。
「そーかぁ、おまえクラウドが好きなんだな!」
バッツの背後で、ジタンが手を合わせて苦笑している。
(さてはジタン、バッツに話したな……。)
まったく、このおしゃべりは。なんでひとの秘密を勝手に話すんだ。
俺は何とも言えない顔でふたりを眺めている。
ずい、と身体を寄せ、バッツは俺の顔を覗き込む。
「けどさぁ、俺がクラウドに抱きつくのは、おまえがクラウドを想うような気持ちで抱きついてるんじゃないんだぞ。
クラウド見てると、どうしてもボコを思いだすんだよなぁ。
こんなこと言っちゃクラウドに悪いけど、俺はクラウドよりボコにラブ〜〜なんだ」
まぁ、それは見ていれば分かる。バッツがボコの身代わりとしてしかクラウドを捉えていないことは。
でも、ボコの代用品扱いとはいえ、バッツがクラウドに抱きつくのを見るのは、気分がよくない。胸がもやもやしてくる。
複雑な思いを抱える俺に、ジタンは微笑み、バッツに向き直った。
「だけどなぁ、バッツ。
おまえは気軽にクラウドに抱きつけるかもしれないが、手を握るのにも一歩を踏み出せず悶々するヤツもいるんだぜ?
もーちょい自重したほうがいいと思うけどな」
おいジタン、今さりげなく俺を奥手の駄目男扱いしたな。そういうおまえは、女を見れば放っておかない、ただの遊び人じゃないか。そう考えながら、俺はジタンを睨む。
そんな俺に、ジタンはふふんと笑う。
「あ、スコール、俺のこと遊び人だと思っただろ。
確かに俺は女の子たちにモテモテだし、そんな女の子を昔の俺は万遍無く大切にしてたさ。
でも、マジな恋に出会ったとき、思ったように行動を取れなくてもどかしかったよ。――本気の恋ほど、そうじゃないかな」
へへ、とはにかんで笑うジタンは、茶化しているときとは違う真摯さがあった。
俺は少し感心する。
「おまえでも、真剣な恋をしたことがあるのか」
俺の一言に、むくれてジタンが言い返す。
「おまえでも、ってなんだよ。
俺だって、本気の恋くらいするさ。っていうか、今現在そうだし」
「へぇ、ジタン今好きなコがいるわけ?」
バッツの問いに、ジタンは困ったような笑顔を浮かべる。
「……もとの世界にさ、いるんだ。誰よりも大切なひとが。
彼女のもとに帰るために、俺は戦っているんだ」
へぇ――…と洩らしたまま、バッツは黙り込んだ。
「もとの世界、か。
俺はもとの世界でも、自由な風だったな。
ボコを相棒に世界を旅して、人助けしているうちに本当の自分を知ったというか。
多分、もとの世界に帰っても、俺は自由に生きていくんだと思う」
しみじみ言うバッツに、俺は目線を足元に落とす。
(もとの世界の俺、か――…。
巻き込まれたくないごたごたの中心にいさせられて、困惑していたような気がする。)
俺は誰も必要としないし、誰かに求められるのもごめんだ。
だが、他人が勝手に俺に構ってくる。バッツやジタンもそうだった。
(そういえば、あいつ――…。三人の仲間に囲まれながら、いつも冴えない顔をしている。)
仲間がいるということは、他人と関わりを持つこと。戦う身にあっては、いつとも知れぬ別れの覚悟もしなければいけない。
(だが、あいつは失うのが怖いんだ。失うことに、ずっと怯えている。)
そう思考しているとき、また原因不明の頭痛と眩暈に襲われる。
石造りの家の影に隠れ、鈍色の空を眺める子供。
――大丈夫だもん。……がいなくても、僕平気だもん。
そう言いながら、目尻に浮かぶのは涙――。
大嘘吐きな子供。誰かを求めているのに、片意地を張る痛々しい姿。
「スコールっ!?」
ジタンの叫び声に、俺は我に返る。
俺はいつのまにか地面に座り込み、片手で顔を覆っていた。
バッツとジタンが、心配そうに俺を窺っている。
「あぁ――…ジタン」
首を振って立ち上がった俺に、ジタンはほっと溜め息を吐いた。
「驚かすなよ。この前クラウドと訓練したときと同じ症状か?」
「……あぁ」
俺の応えにジタンは腕を組み考え込む。
そして、俺をじっと見て言った。
「あのさ、クラウドと対決したとき、何があったんだ?」
真面目な表情で問うジタン。強い光を宿す蒼い眼に、俺は無言で通すことが出来なかった。
「……クラウドに、失うのが怖いかと言った」
小さな俺の一言に、ジタンとバッツは眉を寄せる。
「俺の言葉に、クラウドは『あんたは失うのが怖くないのか』と聞き返してきた」
「……で、頭痛と眩暈が起きたのか?」
バッツの問い掛けに俺が頷くと、ジタンは顎に手を当て唸った。
「……あのさぁ、スコール。その言葉……『失うのが怖い』っていうのに、何か引っ掛かりがあったりする?
例えば、何かが頭に浮かんだりとか」
ジタンの言葉に、俺は瞬きする。
(……何か浮かんでいるな。)
石造りの家。
誰かを求めて泣く子供。
――子供のこころには、淋しさが溢れていた。
「なんだよ、ジタン。何か心当たりあるわけ?」
バッツの質問に、ジタンは肩を竦める。
「記憶や意識ってものほど、怪しくて不確かなものはないんだ。
自分は普通だって思ってるのに、とんだびっくり箱が隠れていたりしてさ」
んーと唸るジタンに、俺は目を細める。
(いやに詳しいな、こいつ。何かあったのか?)
じいっと見る俺に、ジタンは複雑な笑顔をみせる。
「記憶ってのは、場合によってはとんでもない爆弾なのさ。
とくにトラウマ絡みの場合はさ」
(――トラウマ。)
ジタンの言葉が、妙に引っ掛かる。
記憶、意識、トラウマ……俺は自分の知らない何かがあるのか?
眉を顰める俺に、ジタンは嘆息する。
「こんなこと言うのは気が引けるけどさ、スコール。
クラウドと関わると蓋をしていた見たくない記憶が、引きずりだされるかもしれないぞ。
それでも、おまえクラウドを好きでいられるのか?」
真剣なブルーの瞳に、俺は詰まってしまう。
クラウドが好き……この気持ちがそうなのか、俺は未だ分からない。だから、何とも言えない。
でも、気になるのは確かだ。何故かクラウドを目で追ってしまう。
かぶりを振る俺に、ジタンは困ったように笑った。
「……その様子だと、止められないみたいだな。
どういう結果になっても受け止められるなら、迷わず進めばいい。
でも、後悔だけはするなよ、スコール」
言ってにやりと笑うジタンに、俺は言葉を返さなかった。だが、奴にはお見通しだろう。
――クラウドを見つめ続けた先に何があるか、俺には分からない。
それに対し、俺がどうしたいかも……。
でも、俺はクラウドを見つめ続ける。
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