Angel Eyes
憧れに抱かれ
〜「prayer」8章から18章まで、クラウド視点のお話〜
俺の憧れのひと。神羅の英雄・最強のソルジャー――セフィロス。
生れ故郷であるニブルヘイムにいる頃から、幾日か遅れて運ばれてくる新聞で彼を見るたび、俺はセフィロスの強さと、美しい外見に似合わぬ男らしさや逞しさに憧憬の念を抱いていた。
――俺もいつか、セフィロスみたいに強いソルジャーになりたい。
いつしか、本気でそう願うようになっていた。
流れ者のように村にやってきた俺の両親は、髪や瞳、肌の色の違いから、村の者たちに気味悪がられ、のけ者にされてきた。
俺が物心つく前に父が亡くなり、母が片腕で俺を育ててくれた。母子家庭で着るもの食べるものに困窮していた母は、村の宿屋でまかないや清掃の下働きをしていた。
そんな俺だから、同年代の少年たちに苛められてきた。生まれながらに女顔で内気な性格だから、余計に目を付けられたのかもしれない。
少年たちがお姫さまのように持て囃す村の富豪の一人娘・ティファのきらきらした存在感に、俺も憧れ、話をしたいと思っていた。
が、少年たちが鉄壁のガードで俺をティファに近付けないようにしていたのと、話し掛けにゆく勇気もない俺自身の甲斐性のなさに、俺は遠くからティファを見ているしかなかった。
それでも、チャンスがなかったわけじゃなかった。――ティファの母さんが死んだ日に、彼女と二人きりになることができたからだ。
ニブル山の向こうに、お母さんがいる。そう信じ込んだティファは、少年たちが止めるのも聞かず山のなかに入っていった。
ティファの後を追っていた少年たちは、険しくなるニブル山の恐ろしさに次々脱落したが、こっそり付いてきていた俺は、そのままティファに見つからないよう跡を着けていた。
それだけなら、よかっただろう――ニブル山の吊橋の荒縄が切れて落ちることがなければ、俺は前以上に苦痛な立場に立たされることにはならなかった。
谷底に落ちた俺は膝を擦り剥いただけで、比較的軽傷だった。が、一緒に転落したティファは明日をも知れない傷を負い重体だった。
村を牛耳る実力者であるティファの父は、俺が傷心のティファを唆してニブル山に連れていったと主張した。ティファの父は村人たちを使って俺を村八分にさせた。
益々立場のなくなった俺を少年たちがさらに苛めたのは、いうまでもない。俺の無実を証明できるのはティファだけだったが、覚醒した彼女はニブル山での記憶の一切を失っていた。
孤立し、生傷耐えない生活を送っていた俺は、俺を貶めることに満足し快楽を得ている奴らを、人間のクズだと見下した。彼らに蔑まれても負けない俺は奴らより強い、特別な人間だと思い始めた。――そうしなければ、生きてゆけなかった。
そんな頃、俺は新聞で英雄・セフィロスの記事を見付け、貪るように読み始めた。
どんな者にも負けない最強のソルジャーに、憧れを抱いた。
そして俺は神羅カンパニーに入社しソルジャーになるため、十三歳という若さでミッドガルに上京することを決意した。
当然のごとく、母は反対した。が、俺の決心が鈍ることはなかった。――俺に対する村の者の態度に堪えていた母を、俺から解放したかった。俺がニブルヘイムから出ることで、母はぐんと生活しやすくなるだろう。
ニブルヘイムから出立する前日、俺はティファを給水塔に呼び出し、セフィロスのようなソルジャーになるためミッドガルに行くと告げた。
そんな俺に、ティファはある約束をさせた。――自分がピンチのときには、駆け付けてほしい、と。彼女は格好いい騎士に護られる夢を見ているようだった。
俺は曖昧に返事し、ティファとの約束を守ると誓った。
彼女のことが好きだったかどうかは、よくわからない。顔を会わせる機会を少年たちに阻まれ、話したのは給水塔でのことが初めてかもしれない。――彼女の性格も、あまり知らなかった。
ただ、少年たちが姫の如く崇める少女が自分を好きになったら、俺を見下した少年たちも俺を見返すかもしれない。――そのとき無意識にそう思ったのは、確かだった。
結局、魔晄耐性のない俺は、ソルジャーになる資格を得られなかった。
親友というべき人間もでき、一般兵という境遇に屈辱と劣等感を感じることはあっても、神羅を辞めようという気は起きなかった。
――ソルジャーになれなかったのは悔しいけど、だからといってそういう自分の立場から逃げるのは負けだろう。
第一いまニブルヘイムに帰れば、クラウドごときが高望みしすぎたのだと、村人に前より嘲笑われ、蔑まれるのは目に見えている。
見栄を切って村を飛び出した手前、引くに引けなかったのだ。
それにしても、奇縁続きだと思う――何度も、英雄・セフィロスに助けられるなんて。
目立つ容姿からか、入社したその日から悪食な男――神羅カンパニー社長・プレジデント神羅に目を付けられ、英雄に助けられた。その後もプレジデントの御曹司・ルーファウス神羅に狙われたが、英雄の機知で逃れた。
それだけでなく、妙に英雄と接触する機会が多かった。
憧れていたひとが、俺を気に掛けてくれている。遠い存在であるはずのひとが、俺の髪や頬に触れてくる――最初はぎこちなかった俺も、英雄が示してくれる優しさに憧れ以上の好意を抱いた。
俺はティファに対する気持ちが薄れたのに気付いた。その代わり、英雄が俺のこころの大きな場所に住まうようになっていた。
遠くから英雄を見かけるだけで、俺は幸せになれた。ソルジャーになれなくて欝屈とした気持ちも、英雄と話すことで昇華されていた。
――英雄がいるから、俺は神羅にいる。それでいいんじゃないか?
俺のなかで、英雄が俺のすべてになっていた。
汗の乾いた背をゆっくり撫でる、さらさらした手の感触が心地いい。
俺はセフィロスの腕を枕に、情事後のけだるい身体を横たわらせていた。
いまでも、信じられない。憧れていたひとが、恋人になったなんて。いまの俺は、セフィロスのマンションに同居し、彼とベッドを共にする仲になっている。
いや、俺たちは本当の意味で結ばれたとは、まだいえない。お互いの敏感な場所を触りあっても、セフィロスは幼い俺の身体を思いやって、身体を繋げるのを躊躇っている。
冷酷非情と謳われる彼だが、その本質はとても優しいのだ。俺がセフィロスを意識するよりも早く彼は俺を愛してくれていて、ぎりぎりまで自分の欲望を抑えつけていた。――俺を自分の別宅に泊めたときには、一晩寝ずに情熱を自分で冷ましていたらしい。
強くて綺麗なセフィロスだから、彼を欲した人間は多かった。
俺に手を出そうとしたプレジデントは、元はといえばセフィロスを愛人にしていた。プレジデントが差し向けたタークスに俺が拉致されかけたときセフィロスが助けてくれたが、その後セフィロスが俺の身代わりにプレジデントに抱かれたらしい。
そして、セフィロスと親しかったソルジャー・ジェネシスも、彼を愛していた。嫉妬から手下のソルジャーに俺をレイプさせるように仕掛けたソルジャー・ジェネシスを止めるため、セフィロスはソルジャー・ジェネシスの欲するまま抱かれた。
俺のためなら自分の身も惜しくないというセフィロスに、俺は切なくて堪らなくなった。
そして、俺もセフィロスを愛することで、誰かに恋することが苦しくもあり、幸せであると知った。
セフィロスがプレジデントのものだと知ったとき、胸が苦しくなった。俺の安全と引き換えにセフィロスを意の儘にしたソルジャー・ジェネシスに、夜も眠れないほど嫉妬した。
が、ソルジャー・ジェネシス配下のソルジャーに犯されかけた俺を気遣い、自分の身を持て余してしまうセフィロスに、じれったく思いながらも俺は嬉しかった。
――俺はセフィロスに出会って、恋することがどういうことか知ったんだ。
ティファに対する思いは、俺を苛んだ少年たちに対するコンプレックスの裏返しだった。
目を上げると、魔晄色に発光する瞳が俺を見つめている。微笑みを浮かべた俺に、セフィロスは口づけた。
身を寄せあい、少し触れ合うだけでも、胸が瑞々しく潤ってくる。
憧れに抱かれて身もこころも満たされ、俺は陶酔していた。
end
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