Angel Eyes
たまには優しく
〜[ν]-εγλ2000 12月24日〜
今日は、クリスマス・イブである。各地で信仰されている神が生まれた日とされている。
老いも若きも、男も女も、教会や家の祭壇に祀られている神の誕生日を祝い、パーティーを行う。
クラウドも、ニブルヘイムにいた頃は、母と一緒に家にある祭壇の神に祈り、ささやかなクリスマス・パーティーを行った。母がローストチキンやデコレーションケーキを作ってくれ、クラウドは美味しい美味しいと食べていた。
楽しいクリスマスだから、恋人であるセフィロスとともにパーティーを行えたらと、クラウドは思っていた。が、すぐに諦めた。
――セフィロスは無神論者だからなぁ。
以前にクリスマスのことを話題にしたとき、セフィロスは星のエネルギーを奪う神羅カンパニーや、神羅が命じるままに殺戮を続ける自分自身を罰しない神を謗り、皮肉を籠めて神などいない、と言い切った。
そんなセフィロスだから、いくら楽しいとはいえ、クリスマス・パーティーをしようとは、クラウドも言えなかった。
――まぁ、毎日セフィロスが美味しいものを作ってくれるんだから、パーティーなんていいか。
クラウドと採る食事の内容に、セフィロスは妥協しない。栄養バランスを考えつつ、毎朝毎晩絶品の料理を作ってくれる。彼自身が長期任務でミッドガルから離れるときは、クラウドのため、前もって沢山の作り置きをしてくれる。
そんな彼に我儘は言えないと、クラウドはクリスマス・イブ当日、いつものように訓練に出た。
いつものように1st専用ソルジャーフロアに出勤したソルジャー部門統括・ラザードは、廊下にいるはずのないセフィロスの姿を見かけ、片眉を上げる。
「セフィロス、やっと出社する気になったのかい?」
ウータイ・タンブリン砦の戦いで、親友であるアンジールとジェネシスが、神羅と自分を裏切ったことに少なからぬショックを受けていたセフィロスは、長い間出社拒否状態にある。どんなに出勤を命じられても、セフィロスは命令拒否し続けていた。
そんな彼が出社している事態に、首を捻りつつ近づいてくる上司を眺め、セフィロスは肩を竦める。
「兵器開発部に発注していたものを、取りに来ただけだ」
言われ、ラザードはセフィロスの手に握られている、鞘にしまわれた見たことのない幅広の大剣に少しく目を見開く。
「それかい? でも、君には正宗が……」
疑問を口にするラザードを、セフィロスは目をすがめた。
冷徹な視線に、ラザードは息を呑む。セフィロスは、これ以上詮索するな、と目で訴えているのだ。
小さく息を吐くと、ラザードは頷いた。
クラウドが訓練から帰ってくると、セフィロスが夕飯の支度をしているのか、キッチンからハーブや油のいい匂いがしてきた。
「ただいま、セフィロス……」
リビングに入り、クラウドは絶句する。
ソファの横に、飾り付けをされた、本物の樅の木のクリスマスツリーがあった。
「セ、セフィロス、クリスマスに興味がなさそうなのに、何でクリスマスツリーが……」
キッチンに駆け寄り、クラウドはさらに驚く。
セフィロスはオーブンを開け、丸鶏に香味油を塗っていた。鍋のなかには、ポトフが煮込まれている。
「どうした、クリスマス・パーティーをしたかったのだろう?
風呂からあがったときには料理を配膳しておくから、はやく汗や埃を落としてこい」
オーブンを閉めながら、笑み含みにセフィロスが言う。頷くと、クラウドはバスルームに直行した。
――無神論者なのに、セフィロス……。
多分、自分を喜ばせるために、あえてセフィロスはクリスマス・パーティーをしようとしてくれているのだ。
否、信じていた親友たちに裏切られたセフィロスだ、クリスマス・パーティーが気晴らしにちょうどよかったのかもしれない。
何にしても、すごく嬉しい。クラウドは鼻歌を歌いながら湯槽に浸かった。
風呂からあがったあと、クラウドはセフィロスが焼き上げたローストチキンとスモークサーモンのマリネ、マカロニグラタンに野菜とベーコンのポトフ、ポテトサラダでクリスマス・ディナーを楽しんだ。
ふっくらとしたチキンはジューシーで、味付けも最高だ。セフィロスとふたりで飲むシャンパンも、喉に心地よい。
晩餐の締めに出されたブッシュ・ド・ノエルを頬張るクラウドに会心の笑みを浮かべつつ、セフィロスは席を立った。
収納に向かった彼に、クラウドはフォークをくわえたまま首を傾げる。そして、一振りの大剣を持ってきたセフィロスに、クラウドは口からぽろりとフォークを落とした。
「……どうしたんだ? その大剣」
クリスマスの日に不似合いな代物に、クラウドは困惑する。
「いや、クリスマスというのは、好きな相手に贈物をする日だと聞いてな。ウータイの知り合いに造らせた。
ちょうど、おまえが使うに相応しい剣を贈ろうと思っていたところだ」
いけなかったか? と聞いてくるセフィロスに、クラウドはどういう顔をしていいのか、本気で分からなかった。
クラウドたちと信仰を異にする国、ウータイの武器職人に、クリスマスに合わせて大剣を造らせるとは。それも、神の誕生日に殺傷の道具を贈ろうという思考も、どうかしている。
そういうことを言い掛けて、クラウドは口をつぐんだ。
そもそも、セフィロスはクリスマスという行事があること自体、知らなかった。クラウドから聞かされ、どういうものか理解したようだ。
そして、神を揶揄したセフィロスだから、こういう贈物をしても仕方がないかもしれない。神を侮蔑したくなるほど、好む好まざるに関わらず、彼は血の海のなかを生きてきたのだ。
クラウドは笑顔で大剣を受け取った。
「ありがとう、大事にする」
言って、クラウドは鞘から大剣を抜き去る。セフィロスの正宗ほど長くはなく、幅広の抜き身だが、よく鍛えられた剣だ。
「銘は、『草薙』だ」
「『草薙』……?」
剣の名としては、聞いたことのない銘だ。
「強さを誇るといわれる剣のなかに、『天の叢雲』というものがある。
『草薙』は、その別名義だ」
はっとして、クラウドは顔を上げる。
セフィロスに憧れ軍に入ってから、剣や刀について調べたことがあった。「村雨」や「虎徹」、「村正」や「陸奥守」とともに、強さを謳われる剣「天の叢雲」――まさか、この大剣は「天の叢雲」なのか?
が、クラウドの表情を読み取ったのか、セフィロスは首を振った。
「これは、『天の叢雲』ではない。あの刀は伝説の刀剣だ。
実は、この大剣は『正宗』と同じ産地から採れた玉鋼を、同じ刀工が鍛えたものなのだ」
セフィロスの言に、クラウドは改めて『草薙』の刀身を見る。鋭く鮮やかな輝きを宿した鋼は、美しくもあり、怖ろしくもある。それは正しく、『正宗』と同質の鋼だ。
「『正宗』は更に魔晄照射して、強化した刀だ。
『正宗』はおまえには重すぎるだろうが、魔晄を浴びていない『草薙』なら、おまえにも扱えるだろう」
じっくりと『草薙』を見つめたあと、クラウドは大剣を鞘に戻した。
「本当に、すごい剣なんだな。ありがとう」
セフィロスは首を振り、微笑む。
「喜んでもらえて、嬉しいかぎりだ。
それに、魔晄を浴びていない、名工の鋼の本質を見られて、オレも満足している。
この鋼は、ウータイの一部族に『神宿る鋼』と呼ばれているからな」
「『神宿る鋼』……?」
セフィロスは頷く。
「ウータイといっても、数多の地域がある。
そのなかに『出雲』という場所があり、そこの土地が良質の砂鉄を有しているのだ。
良い砂鉄のある場所には、良い踏鞴師や刀工が集まるものだ。
『出雲』の踏鞴師や刀工は、砂鉄を産出する土地や山、そして砂鉄自身を『神』と祀っている」
「そうか……だから『神宿る鋼』なのか」
得心し、クラウドは頷く。
が、セフィロスは皮肉な笑みを浮かべた。
「オレがそこの刀を手にすることができたのは、神羅がウータイに侵攻し、『出雲』を占領したからだ。
それには、宝条の根回しがあった。宝条は『出雲』から産出される刀剣の噂を知っていたらしい。
そして、ウータイにとって、『出雲』の刀剣は重要な伝統物産で、染め物や織物とともに通商の要となっていた。だから、ウータイと神羅は、『出雲』を掛けて激戦した。
『出雲』を巡る戦いを武力で制したのは、オレだった。神羅は踏鞴師と刀工を捕らえ、今も神羅のために働かせている」
「ふぅん……」
『神宿る鋼』を産出する土地を神羅が奪ったからこそ、手にすることができた刀剣。そう思うと、複雑な気分がする。
いや、戦いとはそういうものかもしれない。そもそもウータイとの戦いは魔晄を巡ってのものだ。ウータイには魔晄以外にも得るべき産物があった。他の土地も、そのように産物を神羅に搾取されているのかもしれない。
が、クラウドは神羅側の人間だ。生まれ故郷のニブルヘイムも、魔晄炉一番機が造られたことにより、神羅から魔晄の恩恵を受けている。
クラウドの物思いをよそに、セフィロスはクラウドの手から草薙を取り、鞘から少しだけ刀身を抜き出した。
「オレはみなに信仰されている神のことなど分からぬが、正宗やこの剣に宿る神のことは信じられる。
現に、オレは正宗に何度も助けられている。
そして、神宿ると信じさせるほどに、この刀身は美しい」
透徹とした美を宿す刀身をじっくり眺めるセフィロスに、クラウドは苦笑いする。
セフィロスがどんな戦いでも生き抜けたのは、正宗のおかげではなく、純粋にセフィロスが強かったからだ。が、それをセフィロスに言っても、彼はまた皮肉な笑みを浮かべるだろう。セフィロスはずば抜けた自身の身体能力を、手放しに受け入れていないようだった。
それに、セフィロスの言うことも、何となく納得できる。正宗や草薙の美しさは、神さびている。それはあやかしの美しさと言い換えることもできるが。
それよりも、だ。
「あの、セフィロス。
俺からのプレゼント、明日まで待ってくれないかな。
まさかセフィロスがクリスマスプレゼントをくれるとは思わなかったから、俺、何も用意していない」
困ったように上目遣いで見てくるクラウドに、セフィロスは草薙を鞘に納め、壁に立て掛ける。
「分かった、明日を楽しみにしている。
それに、オレはすぐそばにあるプレゼントで充分だからな」
首を傾げるクラウドを抱き上げ、セフィロスはソファまで運ぶ。目を丸くするクラウドの唇に口づけ、深く貪った。
自身の中を穿つセフィロスの熱に浮かされながら、クラウドは軋むソファの側にあるクリスマスツリーを見上げる。
――本当に、最高のクリスマスだ――…。
切羽詰まったように息を荒げるセフィロスが、堪らなく愛しい。そして、彼と過ごすことができるクリスマスだから、何より幸せなのだ。
この時のクラウドはまったく思い付きもしなかったが、後年、自身の手から離れた『草薙』と、クラウドは意外な形で再会する。
ニブルヘイムの悲劇のあと、宝条はセフィロスの自宅にある一振りの大剣を徴収し、魔晄照射して神羅所有の武器にした。
のちにその刀は対セフィロス戦用の武器として飛空艇ゲルニカに積まれ運搬されることになったが、ウエポンの襲撃に遭い墜落、飛空艇ゲルニカごと海底に沈んでしまった。
クラウドが仲間たちと海底の飛空艇を探索したとき、彼は自身のものだった大剣と再会した。
『草薙』は魔晄を浴びた『天の叢雲』として、クラウドの手元に置かれることになる。
end
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