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第23章 あなたが見えない by.Cloud




 ――セフィロスの様子がおかしい。

 二ヵ月くらい前から感じはじめ、近ごろ更に違和感が大きくなっている。
 セフィロスが俺を想ってくれているのは、知っている。けれど、何かがすれ違っている。

 ――本当に、俺だけがセフィロスの相手なのだろうか。

 セフィロスを疑いたくない。けれど、見てしまったんだ、浮気の証拠かもしれないものを。
 彼が遠方任務から帰ってきた夜、ベッドのなかで戯れているとき、セフィロスの白い背中に濃紫の跡があるのを認めてしまった。
 セフィロスに愛されている自分の身体にも同じ形状のものが残っているから、それがキスマークだと俺は確信した。
 俺と一緒にいるのに、何故他の人間との情事の痕跡を残しているのか――…。セフィロスに問い詰めたい。が、俺は勇気がないから聞けない。

 ――何かに悩んでいることが多いから、セフィロスの内面に迂闊に踏み込めない。

 抑欝ぎみだったり、苛々していたり、近ごろのセフィロスの機嫌はムラがある。
 それどころか、自分のしたことを覚えていないことがあるのだ。






「セフィロス、レイリー博士って知ってる?」

 仕事で用いる薬品を受け取りにジュノン支社に出張する科学部門のレイリー博士を護衛するため、俺はバッグに必要最低限の荷物を詰めていた。その手を止め、疲れた顔をしてマンションに帰ってきたセフィロスの表情を窺うように問い掛ける。
 最近セフィロスは任務の日以外、科学部門に附属する資料室に籠もりきりになっているらしい。始終思い詰めた表情をしているので、俺は不安になっていた。
 肩当てを外しながらウォークイン・クローゼットに向かうセフィロスが足を止める。

「あぁ……宝条直属の部下で、ソルジャー施術を行う女科学者だ。
 科学部門のなかでは、比較的まともな人格を持つ科学者だな」

 そう言い残し着替えだしたセフィロスに、俺は複雑な笑みを浮かべる。

 ――比較的まともな人格、か……。科学部門をよく知るセフィロスがそう言うんだから、安心していいよな。

 科学部門の研究者が狂気じみているのは、検査の度に底辺まで機嫌が落ちているセフィロスを見ているから、何となく分かる。
 そうでなくても、科学部門のボスである宝条博士の、セフィロスに対するマッドぶりを目の当たりにした俺だ。セフィロスの人物評は説得力をもって耳に入ってきた。

 ――あーよかった。
 今度の任務で護衛するレイリー博士が、宝条博士並みのイカれた科学者だったら、俺任務を遂行できる自信ないよ。

 胸を撫で下ろし、俺は荷物を詰め終わった。
 そして、ちらりとウォークイン・クローゼットを見る。

 ――やっぱり、今日もセフィロスは浮かない顔をしている。
 目当ての資料が見つからないんだろうか。

 彼の様子が変わったのは、神羅ビルに賊が侵入した日からだ。
 あの頃、社報でサー・アンジールとソルジャー・ジェネシスの殉職が発表された。
 ふたりを知っている同僚で親友のスィースルは、彼らが死んだという報せに驚愕していたが、ふたりが失踪した経緯を知っていた俺は、いまいち信じられなかった。

 ――襲撃事件の後片付けをして帰ってきたセフィロスからは、親友が死んだことに対する悲しみを感じられなかった。
 もっと別の、狼狽らしきものがあった。

 セフィロスほどのソルジャーを動揺させるものが何なのか、俺には分からない。ただ、それが原因で情緒不安定になり、資料室に籠もりきりになっていることくらいは察せられた。
 俺がじっとウォークインを眺めていると、洗いざらしたシャツとヴィンテージ・ジーンズに着替えたセフィロスが出てきた。

「……どうした?」

 ずっと見ていた俺に、セフィロスは不審そうな顔をする。俺は微笑んで首を振った。

「何でもない。今夜の夕飯は?」

 他愛無い話題を振る俺にセフィロスも微笑み、ふたりだけの緩やかなときを過ごし始めた。






 セフィロスの様相に変化が生じたのは、ベッドのなかでもだ。
 以前は明くる日が仕事のとき、触れ合うだけで済ませセックスしないでいたのに、春頃からセフィロスがやけに身体を繋ぎたがるようになったのだ。
 ほぼ毎晩性愛にどっぷり浸かっていて、まだ未熟な俺の肉体は堪ったものではない。セフィロスが用意しておいてくれるポーションで体力を回復しておかないと、とても次の日の訓練に出られない状態だった。
 その尽きることない情交に、ある時から怪しい影が付き纏いだしたのだ。
 今夜もしっぽりとセフィロスに愛され、力尽きるように意識を失ったあと、彼に身体の後始末を任せ俺は眠っていた。
 バスルームを軽く清めたあと、ベッドに寝ている俺に滑らかな素肌が寄り添う。暫らくはふたりして寝息を発てていた。
 が、もそりと寝ていたセフィロスが起き上がり、気配で俺は薄らと目を覚ましてしまう。
 再び眠りのなかに入ろうとする俺の唇に、セフィロスが濃い口づけを仕掛けてくる。寝呆けたまま為すがままになっている俺は、彼のキスや首筋への愛撫を単純に受け入れていた。
 セフィロスとの差異を感じたのは、胸の突起や花芯への刺激が、普段より執拗で濃厚だと気付いたときだった。
 後ろの穴の盛り上がりを緩急つけた指で擦られて何度も逝かされ、下半身をとろとろにさせられた俺は朦朧としていた。
 なかに入ってきたあとも、セフィロスの牡は粘り強く、果てしない責めと焦らしを繰り出してきた。

「アッ、アッ、アァッ!
 ム、リ! もう、ムリ……ッ!」

 乳首を指で捻って押し潰し、だらしなく白い蜜を零し続ける熱身を手で弄びながら、セフィロスはこれ以上ないくらい巧みな腰つきで俺に肉体を打ち付けてきた。
 俺を責める彼の表情が妖艶で冷たい。いまの彼は、時折現われるどこか怖いセフィロスだ。普段のセフィロスは、俺を抱く時とびきり優しい。
 何が何だか分からない。波に打ち上げられ意識を途切れさせながら、俺は混乱していた。






 翌朝だるい身体を起こした俺は、セフィロスの表情を観察してみた。――やはり、どことなく苛立っている。

「……セフィロス、おはよう」

 ダイニングテーブルに焼いたクロワッサンを入れた籠と、二人分のスクランブルエッグとハムとウインナーを盛った皿、生野菜のサラダのボールを置き、セフィロスは顔を上げる。

「……あぁ」

 微かに頬を強ばらせ、セフィロスが返す。いつもなら、柔らかく微笑んで「おはよう」と言ってくれるのに、今朝は気もそぞろといった風情だ。
 コーヒーメーカーで自分用のコーヒーを煎れ、背を伸ばしたい俺のためにコップにミルクを入れてくれる。――俺と目を合わせないまま。
 いつもと違うセフィロスに抱かれたとき、彼は自分自身だけでなく俺にも苛立っている。まるで、俺が浮気でもしたかのような態度をとられ、俺は困惑した。
 俺だってあのセフィロスが何なのか、よく分からない。が、それが用いているのは、紛れもなくセフィロスの肉体なのだ。だから余計に混乱する。
 おそらくセフィロスも自分自身の異変に感付いていて、その上で自分でない自分に抱かれる俺に怒っている。でも、彼自身事態に説明がつかないので、無言で苛立っているのだ。

 ――どうしたらいいか分からないよ。
 セフィロスと何かが違うと思うけど、どう見たってセフィロスに違いないから、俺は拒めないんだ。
 だから、怒りの目を向けられても困る。

 お互い言葉少なに朝食を摂り、目を合わせないまま俺はジュノンでの任務に向かうためマンションを出た。
 セフィロスとすれ違ったまま暫らく会えないと思うと、無性に悲しかった。






 レイリー博士の護衛任務で、俺はとんでもない失敗をしてしまった。
 ジュノンからミッドガルのゲートに帰ってくるまでは順調に任務を遂行していた。が、博士が出張しているという情報がどこからかアバランチに漏れ、博士が乗る列車を襲撃してきたのだ。
 報せを受けたプレジデントがタークスに命じ、ロッドを持つ若いタークスが博士を護るため先手を打って駆け付けた。が、それはプレジデントやタークスが俺たち神羅兵の力をまったく信用していないことの証で、俺はフェイと名乗ったタークスに腹を立てていた。
 思ったとおりやってきたアバランチに、俺はむきになって自動小銃で戦った。そんな俺をフェイは労ったが、どこか見下した目に、俺の苛々は益々募っていった。
 が、想像し得ないことが起こり、それどころでなくなった。――まさかアバランチに、ソルジャーレベルの戦士がいるとは思わなかった。
 黒い戦闘服を着た、ソルジャークラスのアバランチが放った魔法で、俺と任務を共にしていた兵士が次々倒れた。無力な俺はただ見ている他なく、とても悔しかった。
 が、そんな気持ちも、すぐに吹き飛んだ。――あろうことか、博士の護衛であるはずのフェイが、アバランチ共々博士にまでロッドを突き付けた。
 これには俺も黙っていられず、フェイと真っ向から対立してしまった。が、それがいけなかった。俺達が揉めている間に、アバランチが博士を拉致し列車に乗ってしまったのだ。

 ――俺の任務は、博士の護衛だ!

 俺はフェイが止めるのも聞かず、アバランチを追って列車に飛び乗った。

 ――ソルジャーやタークス程戦う力はないかもしれないけど、俺にだって誰かを護れるんだ!

 その一心で俺はアバランチに追い付き、自動小銃で必死で戦った。が、力が歴然としており、俺は博士を危機に立たせたまま膝を突いてしまった。
 その時、列車に乗っていなかったフェイが何らかの方法を用いて俺達を助けに来た。
 彼の鮮やかな戦いぶりで、アバランチを撃退することができた。が、俺はフェイを信用できない。何があるかは知らないが、護るべき博士に武器を向けたんだ。――信用など、出来るか!

「……何しに来たんだ。
 また博士を危険な目にあわせに来たのか?」

 傷を負いながらも睨み付ける俺に、フェイは困惑し、事情を告げる。

 ――現在博士が持っているのは神羅の最重要機密が収められたデータディスクだ。
 それをアバランチが狙っており、もし彼らにディスクが渡ってしまえば、神羅に甚大な被害が出ることになる。
 だから何があってもディスクを死守しようとした。

 説明を受け、フェイや社の言い分は理解できた。が、納得できるかといえば、話は別だ。

「それで博士を見捨てるのか」

 厳しい俺の問いに、フェイは見捨てない! と反論する。が、しようとしていることは逆じゃないか。

「博士を危険な目にあわせたじゃないか。
 見捨てたのと同じだ」

 断言する俺に、フェイは押し黙った。俺は更に言葉を重ねる。

「博士を護る方法が、きっとあるはずだ」

 目を見開くフェイ。が、携帯の音が鳴り彼はぎこちない態度で電話に出る。暫らくフェイは話し込んでいたが、近づいてくる気配に身構えた。
 見ると、黒い戦闘服のアバランチがこちらに向かってきていた。

 ――まずい。俺は怪我して動けないから、足手纏いだ。

 仕方ない、俺なんかより、レイリー博士と機密事項の入ったディスクのほうが大事だ。

 ――セフィロス、ごめん。
 ずっと一緒にいるって約束したけど、俺、帰れそうにないや。
 すれ違ったまま終わるのは悲しいけど、俺にだって兵士の意地があるんだ。
 あんたも戦士だから……俺の気持ち、分かるよな……。

 唇を噛み締め、俺は携帯を耳に付けたままアバランチをねめつけるフェイに声を掛ける。

「さっきの奴らか……博士を、頼む……」

 顎で先頭方向の車両を指し示す俺に、フェイは逡巡する。が、目を瞑ると、電話の向こうに短く何かを伝え、彼は携帯の電源を切った。

「おい、クラウド。走れるか?」

 えっ? と聞き返す俺に、フェイが捲し立てる。

「隣の車両まで一気に走るぞ。
 行け!」

 フェイの一声に、戸惑いつつも力を振り絞り、俺は博士とともに隣の車両に走りだした。
 後ろを付いてきたフェイが、後部車両の連結部分で止まる。

「俺の仕事は機密を護ること。
 でも、護り方なんて、何でもよかったんだ」

 そう言うと、何を思ったのかフェイは自分の乗る車両を俺の乗る車両から切り離した。

「何するんだ!」

 咄嗟に叫ぶ俺に、フェイがにやりと笑う。

「言っただろ?
 機密を護るのが、俺の任務だ。
 クラウド、レイリー博士を護り抜け。
 それがおまえの任務だ」

 フェイの心意気に、俺は胸が熱くなった。機密の死守だけを任務としていたと思っていたのに、レイリー博士をも護ろうとしてくれている。
 俺は離れ行く車両に叫んだ。

「フェイ……。
 分かった、俺、必ず護るよ!」

 フェイが笑い返したのを確認し、俺は博士の後衛をしながら列車の奥に走りだした。
 とはいえ、アバランチに取り囲まれていたフェイのことも気になる。先頭車両まで走り込んだ俺は、しきりに後ろを見ていた。
 ――その時、何かの衝撃を受けて列車が停まった。
 はっとし、レイリー博士が叫ぶ。

「クラウド、うしろッ!」

 びくりとして振り向くと、黒いアバランチが目の前に迫っていた。

「うしろがガラ空きだ」

 瞠目し、俺は防御しようとするが、それより早くアバランチが手に持つ刀を振り上げる。
 肩から袈裟掛けに斬られ、俺は倒れこんだ。

「レイリー博士を渡してもらおうか」

 何とか床に手を突いて上半身を起こすが、痛みに動けない。
 アバランチが博士の腕を掴むのを、俺は見ている他なかった。

 ――俺は……博士を、護れないのか……。

 悔しくて、堪らない。フェイに大見栄切ったのに、このままだと格好悪すぎる。
 が、忙しない足音が近付き、アバランチは博士から手を放した。

「うしろがガラ空きだぜ!」

 顔を上げると、フェイがアバランチと激しく格闘していた。――何とか、博士と機密情報を、アバランチに渡さずに済んだ。
 それよりも、俺たちを逃がすため楯になってくれたフェイが目の前にいることに、俺はほっとしていた。

「フェイ……。無事だったか」

 アバランチを伸し、ロッドを肩に掛けるフェイが、俺を見てふん、と鼻を鳴らす。

「あたりまえだ。
 でも、のんびりしてる暇はねぇ。
 外を見てくる」

 列車から出ようとするフェイに、俺は傷の痛みを堪えて立ち上がった。

「……俺も行く」

 眉を顰め、フェイが俺を睨む。

「その傷じゃ無理だ。
 クラウドはレイリー博士の側にいてくれ」

 俺とフェイが睨み合っているとき、博士が小さく悲鳴をあげた。

「大変!
 敵の兵士が、あんなに……!」

 俺達は車窓を覗き込む。――ソルジャークラスのアバランチとアバランチ兵が、大挙して列車に走ってきた。
 舌打ちし、フェイが列車の外に飛び出す。
 俺は痛みを押さえながら、窓に近寄った。

 ――俺は黙って、手を拱いて見ているだけなのか?
 俺は……戦えないのか?

 ふと倒れている黒服のアバランチを見下ろし、そいつの持っている刀に目をむける。
 同棲するようになってから、セフィロスは時間を見つけては俺に大剣の訓練をしてくれた。サー・アンジールが持っていたような幅広の刀身の剣や、セフィロスの正宗ほど長くない刀を用いて模擬戦をしたりもした。
 ごくりと唾を飲むと、俺はアバランチから刀を奪い列車の出口に足を向ける。

 ――俺だって戦える……戦えるんだ……!

 刀を手にし走ってきた俺に、大勢のアバランチ相手にじりじりしていたフェイが目を剥く。

「クラウド、来るなッ!」

 フェイが叫んだのと同時に、ふたりのアバランチ兵が俺目掛けて飛び出してきた。
 絶叫しながら、俺はアバランチ兵に突っ込んでゆく。

「うぉぉぉ――ッ!」

 とにかく、必死だった。自分でもどのようにしたのか、よく覚えていない。
 気付いたときには、アバランチ兵が地に倒れており、俺は荒い息を吐いていた。
 一部始終を見ていたフェイが、呆然と呟く。

「……うそだろ、あんな大剣を……」

 が、じっとしている間はなかった。黒服のソルジャー達が俺達に襲い掛かってきたのだ。
 俺がフェイを見ると、彼が頷く。ふたり同時に突進していった。






 俺はフェイとともに、アバランチ達を退けたと思っていた。
 が、事態は最悪な方向に転がった。

 ――まさか、倒されたはずの黒服のアバランチ兵が起き上がり、レイリー博士を襲った挙げ句、極秘機密の入ったデータディスクを奪うなど、誰も思わないだろう。

 フェイにしても、予想の範囲を超えていたらしく、姿を消したアバランチ兵と、傷ついて倒れている博士に愕然としていた。
 任務遂行失敗を、上官の兵士に追求されるだろう。そう思うと気が重いが、打ち解けることができたフェイとお互いを励ます会話をし、駅で別れた。
 案の定、一般兵の詰め所に戻ったあと、俺は上官に叱責された。
 神羅の極秘機密の入ったディスクを奪われたので、俺は厳しい処分が下ると思っていた。が、レイリー博士が無事であり、奪われたデータディスクも、彼女の指紋照合でしかセキュリティ・ロックを外せないので、お咎めなしで済んだらしい。
 首が繋がってよかったな、と上官は言ったが、任務失敗は事実なので、当然俺は落ち込んだ。
 溜め息を吐いて詰め所を出ようとしたとき、素っ頓狂な声がした。

「ク、クラウドッ!
 どうしたんだよ、その傷、刀傷じゃないか!」

 訓練から戻ってきたスィースルが、血相を変えて俺のもとに走ってくる。
 俺は苦笑いした。

「いや、アバランチのなかに、やたら手強い奴がいてさ……」
「そんなこと、どうでもいいよ!
 とにかく、はやく医務室に行こう!」

 スィースルに引っ張られ、俺は医務室に連れていかれた。
 俺を医務室に引きずり込んだスィースルの形相に軍医は引き攣っていたが、傷口の具合を調べ、軍医は俺の顔と傷を見比べた。

「……信じられん、君、その傷口でよく動けたね」

 軍医の驚きを俺は大げさだと感じたが、改めて傷口を見ると、結構深く斬り付けられたのだと分かった。
 軍医により魔法で治癒されている俺に、スィースルは嘆息を吐く。

「ほんとに、君は無茶しがちだよ……」

 過保護な心配の仕方をするスィースルに、俺はアハハ、と笑う。

「いや、俺は頑丈だけが取り柄だから」

 本当に、身体だけは昔から丈夫だ。
 幼い頃、憧れの少女だったティファの母さんが亡くなり、ニブル山に行けば母さんに会えると言い出してティファが山を登った。
 ティファには多くの取り巻きがいて、そいつらは俺を苛める奴らだったけど、彼女に付いていきながら怖くなり、次々脱落していった。
 最後までティファに付いていけたのは、いつも彼女を遠くから見つめていた俺だけだった。ティファに憧れながらも、彼女に近づく勇気がなく、また俺をのけ者にする取り巻きが欝陶しかったので、俺は見つめていることしかできなかった。
 ティファはニブル山の頂上を目指し、吊橋を渡っていった。俺もそのあとを付いていった。
 が、吊橋の縄が切れ、俺とティファは谷底に落ちた。
 俺は掠り傷だけで済んだけど、ティファは意識不明の重体だった。そのことで村の実力者だったティファの父さんに、ティファが山に入った一切の責任を俺だけのせいにされ、俺は村のなかで余計爪弾きにされた。
 考えれば、苦い思い出だ。けれど、このことが切っ掛けで比類ない強さを持つセフィロスに憧れ、俺はソルジャーになるため村を出たんだ。
 思い出のなかに沈んでいるあいだに、マテリアでの俺の治療は終わった。深い傷だったので、肌に薄らと傷跡が残ってしまった。

「傷は塞いだが、失われた血や体力自体は回復していないからね。
 暫らく安静にしていなさい」

 軍医にそう注意され、俺達は医務室を出た。幸い、連日任務のあとなので、明日から非番だ。
 ここ数日の留守で、欲求不満だろうセフィロスには悪いが、帰ってからは何もせずベッドで休んでいよう。
 心配性のスィースルに急かされたこともあり、俺はセフィロスのマンションに戻った。






 ここ何日か任務に出ていたこともあり、セフィロスの予定がどうなっているかなど、俺は知らない。ただ、いつものように高難易度のミッションに出ているか、ソルジャーフロアにある執務室でデスクワークをしているんじゃないかと思っていた。
 だから、セフィロスのマンションに帰り、ルームキーを差し込もうとした俺は、ドアが開いていることに少しく驚いた。
 セフィロスほどの人間が、ドアの鍵を掛け忘れるなど、滅多にない。どうかしたんだろうか。
 不安になりながらも、恐る恐る家に入った俺は、ひとの気配があるのに身構えた。
 まさか、セフィロスの家に空き巣に入る、度胸のある泥棒はいないだろう。忍び足で明かりを消した廊下を進む俺は、呻き声のような音にびくりとする。

「あッ…はぁッ、んんッ……!」

 間違いない、これは喘ぎ声だ。それも、寝室から聞こえる。ベッドルームに近づくと、スプリングが軋むような音まで響いてくる。

 ――うそ、だろ?
 ここはセフィロスの家で、なかに入れるのは俺か主であるセフィロスしかいない。
 それに、この声は……。

 俺は硬直し、耳を疑った。
 だって、この声は……セフィロスのものじゃないか。俺がいないのに、セフィロスは誰を相手に艶めいた声を発てているんだ?
 不意にセフィロスの背にあったキスマークを思い出し、俺は首を振る。

 ――いやだ、違う、違うッ!

 が、なかからする声が、俺にとって残酷な事実を知らしめた。

「はッ…ジェネ、シス……。いいッ、ああッ……!」

 セフィロスの、何かを強請るような、甘ったるい声。その声が、ソルジャー・ジェネシスの名を呼んだ……。
 因縁有り過ぎる名に、頭痛がしそうになる。

 ――どうして、ソルジャー・ジェネシスなんだ?!
 あんたに恋しているとはいえ、彼はあんたや俺に酷いことをしたじゃないか!

 恋することの苦しさは、俺だって理解できる。ましてや、相手は高潔で美しいセフィロスだ。間違いなく、彼は高嶺の花だ。
 だからといって、彼を手に入れるため、ソルジャー・ジェネシスがしたことは許せることじゃない。配下のソルジャーを使って俺をレイプさせようとし、俺を楯に取ってセフィロスを意の儘にし、彼を犯した。
 それでもソルジャー・ジェネシスのしたことに目を瞑ろうと思ったのは、セフィロスが俺に直向きな愛情を注いでくれていて、その彼が未だにソルジャー・ジェネシスを親友として案じていたからだ。
 ゆえに、セフィロスとソルジャー・ジェネシスがセックスしていることは、到底許せなかった。

 ――俺って馬鹿みたいだ……。
 セフィロス、信じてたのに。

 もうおしまいだ。セフィロスは俺よりソルジャー・ジェネシスを選んだんだから。
 俺は現実を受け止め、セフィロスに別れを告げるために、寝室のドアを開けた。






 思ったとおり、いつも俺とセフィロスが寝ているベッドに、あられもない姿で絡み合っているセフィロスとソルジャー・ジェネシスがいる。
 ソルジャー・ジェネシスがセフィロスに覆いかぶさり、深々と肉体を結合させている。ふたりはドアを開けて眺め見る俺に、激しく動かしていた腰をぴたりと止めた。
 俺は恋人だったひと――セフィロスを見つめる。ひたと合った目線に、ぼやけていたセフィロスの目の焦点が定まってゆく。しっかり眼に光が宿ったとき、セフィロスはこれ以上なく顔を歪めていた。

「……やっぱり、ソルジャー・ジェネシスは殉職していなかったんだね。思ったとおりだ。
 セフィロス、いつからソルジャー・ジェネシスとこういう仲になったの?」

 自分でも不思議なくらい穏やかな声が出る。
 蒼白な顔で、セフィロスはしきりに違うと言っている。放すまいと、ソルジャー・ジェネシスがセフィロスを抱く腕に力を籠めた。
 俺は精一杯微笑み、別れの言葉を舌に乗せる。

「……セフィロス、幸せな夢を見させてくれて、本当にありがとう。
 楽しかったよ。……じゃあ、ね」

 踵を返し、俺は玄関に向かう。

「待て、行くなクラウドッ!」

 寝室から暴れる物音が聞こえたが、こころを閉ざし俺は部屋のカードキーを玄関に置いてセフィロスの家から出た。
 すぐに上がってきたエレベータに乗り込み、俺は蹲って号泣した。

 ――初めての、真剣な恋だった。
 最初から身に過ぎた相手だったんだ。
 こうなるのも、当たり前なんだ……。

 泣きながら、俺は自嘲の笑みを浮かべた。






 セフィロスのマンションから出たのはいいけれど、俺はそのあとのことを何も考えていなかった。
 昨年の夏から、ずっとセフィロスと暮らしていたんだ。これからどうすればいいんだろう。
 取り敢えず、もう一度一般兵寮に戻るかな。またスィースルと相部屋になれればいいけど――そう思いながら、俺はスラム行きの列車に乗り、七番街スラム駅で降り立った。
 俺の恋は儚く消えた。けれど、神羅を辞めようという気は起きなかった。スィースルという友達も出来たし、今回の任務でタークスのフェイに励まされた。
 何より、俺は神羅兵として戦い続けたかった。ソルジャーになる夢は叶わなかったし、一般兵という立場は惨めだ。が、一般兵でもソルジャー並みに戦ってやるという意地があった。今回の任務で、特に実感させられた。
 それに――別れても、セフィロスへの憧れは変わらない。遠くからでも彼を見られるなら、それでよかった。

 ――未練……だよな。
 でも、仕方ないじゃないか。それだけセフィロスの存在が大きかったんだ。

 首を振り、俺はセフィロスの面影を忘れようと、スラムのバーに入った。
 場末の酒場といった光景だが、一般兵の給料で飲むには丁度よさそうだ。カウンターに座った俺に、バーテンダーは年齢を聞いてこない。こういうのも、スラムの自由なところなんだろう。
 バーテンダーにジントニックを頼み、俺はちびちび飲みはじめる。

 ――そういえば、セフィロスによくジントニックを作ってもらったよな……。

 そう思うと、じわりと涙が目尻に浮かんでくる。
 駄目だ、何でもセフィロスとの思い出に繋がってしまう。忘れたいのに、忘れられない……。
 俺が涙を拭っていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、派手な化粧をした女が艶然と笑っていた。

「僕、何か辛いことがあったかな?
 どう、お姉さんと違う場所で遊ばない?」

 柔らかな腕を首に廻してくる女の意図を察し、俺は唾を飲み込む。

 ――これって、春を売るってやつかな。

 一般兵の噂で、スラムには売春する女がいるということは聞いていた。女旱のソルジャーや一般兵が、場末の娼婦相手に性的欲求を発散するともいっていた。

 ――そういえば、俺まだ童貞だ。
 セフィロスに何度も抱かれたけど、抱く側に廻ったことは一度もない。

 これは童貞を捨てるいい機会だ。それに、女と遊ぶことで、セフィロスの顔を思い出さずに済むかもしれない。
 俺はカウンターに飲み代を置くと、女の手を取り立ち上がろうとした。
 ――が、俺の手は硬い男の掌に掴まれ、動けなくなった。

「ストーップ! おねーさん、幼気な少年をからかっちゃダメっしょ?」

 せっかくの誘いを妨害され、俺は不機嫌に男を見上げる。
 ――ハリネズミのような黒髪が、筋肉質な身体とともにふらふらと揺れていた。
 いいところを邪魔されたのは、女も同じらしい。女は男を睨み付け、悪態を吐いた。

「なによ、せっかくの上玉だったのに!
 邪魔しくさって、あんた何様?!」

 が、男は意に介せずへらへらと笑っている。

「あ、何様って? 俺様はザックス様よ」

 アハハハと陽気に笑う男に、俺も女も段々白けてきた。
 ちッ、と舌打ちし店から去ろうとする女の背に、ザックスという男が声を掛ける。

「おねーさん、相手が可愛い子だからって、あまり調子に乗っちゃダメよ。
 あんたには強面のバックがいて、客を薬漬けにし闇ブローカーに売ってるっていう黒い噂があるんだからさ。
 オイタばっかしてると、いつか神羅のコワイひとに尻尾を引っ掴まれるかもよ?」

 ザックスの軽い口調に含まれた毒に、女はひっ、と悲鳴を漏らし、店から出ていった。
 呆気に取られている俺の肩をばしばし叩き、ザックスはカカカと笑う。

「おまえ、危なかったな〜〜!
 未成年がこんなところで飲んでるから、ああいう女狐に掴まんだよ」

 俺は頭ひとつ大きいザックスを睨み付け、ふとあることに気付く。

 ――この目……魔晄の眼だ。
 ということは、ソルジャーなのか?

 瞳のなかから蒼く輝く、ソルジャーの瞳。何度か見たことがある、俺が持ちたかった瞳。
 俺がザックスを見上げていると、誰かが彼を後ろから拳骨で殴った。

「アホ! 未成年はおまえも同じだろっ!」

 犬が吠えるように、ザックスが喚く。

「いったぁい! カンセルちゃん、暴力反対〜〜!」
「うるせー! この酔っ払い!」

 和気靄々と怒鳴りあうふたりに、本当に仲がいいんだなぁ、と俺は思う。
 が、カンセルという男――こっちもソルジャーの眼をしている――が、何かを思い出すように、目を細めて俺を見る。
 やがて思い出したのか、カンセルがザックスの肩を揺すった。

「おい、こいつセフィロスさんの……!」

 ぎくりとし、俺は身を縮める。
 が、完全に出来上がっているのか、ザックスは何? と聞き返す不如意ぶりだ。
 頼りないザックスに嘆息を吐くと、カンセルは俺とザックスをボックス席に座らせた。
 バーテンダーに酒ふたり分と、俺用にジュースを頼むと、言いにくそうにカンセルが聞いてくる。

「……言いにくいことだけど、ここにいること、セフィロスさん知ってるのか?」

 じっと見てくるカンセルに、俺は首を振った。

「……もうセフィロスは関係ないよ。
 今日、俺とセフィロスは別れたんだから……」

 俺の告白に、カンセルが目を見開き、まじで? と尋ねてきた。
 頷く俺に、思わずといった様子でカンセルはザックスを見るが、ザックスは船を漕いでいた。
 やれやれと首を振り、カンセルは心配そうに俺を見た。

「……何でここで飲んでるかは、聞かないことにして……。
 今夜、寝る場所は?」
「あ……一般兵寮の親友の部屋に潜り込もうと思っています」

 カンセルの追求にそう言ったものの、門限の時間はとっくに過ぎている。簡単には寮に入れないだろう。
 ジーンズのポケットから携帯を出すと、カンセルはスィースルの携帯番号を聞いてきた。素直に教えると、カンセルはスィースルに電話を掛ける。

「あ、スィースル君?
 俺ザックスの親友だけど、ザックスのこと覚えてる?
 ……ならよかった。いまバーでクラウド君と飲んでるんだ。どうやら、セフィロスさんと別れたらしくて……。
 寮長には1stソルジャー・ザックスの名前で折り合いをつけるから、クラウド君が泊まれるように用意しておいてくれる?」

 カンセルがスィースルに話す内容に、俺は少なからず驚いた。
 目の前で酒に酔い潰れている男が、ソルジャー・クラス1stだったとは。もしかすると、サー・アンジールやセフィロスと知り合いかもしれない。
 いや、もっと重要なことがある。――なんで、ザックスとスィースルが繋がってるんだ?
 訝しむ俺に、電話を切ったカンセルが笑う。

「あ、何でおまえの親友がザックスを知ってるかって?
 セフィロスさん絡みで、以前サー・アンジールがおまえのことを調べさせたんだよ。
 その時にこき使われ、おまえの親友に会いにいったのが、サー・アンジールの弟子であるザックスだったのさ」

 俺は思わずザックスを見る。――彼が、サー・アンジールの弟子なのか。
 セフィロスとの別れは悲しかったけど、ザックス達に会えたのは幸運だったかもしれない。
 店を出ると、ザックスを支えたカンセルに見送られ、俺は壱番街行き最終列車に乗り込んだ。






 ザックスの名が使われたことで、俺は易々と一般兵寮に入ることが出来た。
 が、玄関で出迎えたスィースルの凄まじい怒りの形相に、俺は思わず後退りしてしまった。
 セフィロスと別れた事情をスィースルに根掘り葉掘り聞かれた俺は、心底疲れていた。

「好きなだけここに居ていいからね、クラウド」

 俺に起こったことを、まるで自分のことのように悲しむスィースルに、俺は虚脱状態で相槌を打つ他なかった。






 明くる日、俺はスィースルの部屋で、思う存分惰眠を貪っていた。
 その間、タークスではちょっとした混乱が起こっていたらしい。
 突然ドアをぶち破って入ってきたタークスに、俺を慰めるため休暇を無理矢理取ったスィースルが、キレそうになりながらタークスを部屋に入らせないようガードしていた。

「どういうことだよッ!
 タークスだからって、何をしてもいいと思ってるのか?!」

 普段穏やかなスィースルの言葉が、かなり乱暴になっている。
 が、タークスも引かない。

「仕方ないだろうッ、こっちだって、まだ死にたくないんだから!」

 ん? この声……。
 俺はベッドから身体を起こすと、壊れたドアから顔を覗かせた。

「……あれ、フェイじゃないか。
 タークスが、こんなところで何やってるんだ?」

 ロッドを片手でぶんぶん振りながら、フェイが怒鳴る。

「緊急任務だ!
 あのセフィロスから、クラウド・ストライフを捜せって!
 見つけられなかったら、社内ごとタークスを血の海にするって、セフィロスに脅された!」

 何なんだよ、あの鬼畜! と叫びながら、フェイは俺の腕を引こうとする。が、スィースルが必死で妨害した。

「自分が浮気をしておきながら、ひとを巻き込むとは、サー・セフィロスも性格が悪いな。
 クラウドがここにいることは、サー・カンセルから?」

 あれだけ誰にも漏らすなと言ったのに……と凄まじい笑みで呟くスィースルに、俺の背筋が寒くなる。
 しかし、フェイも互角に言い合っている。

「ソルジャー・カンセルなんて知らないよ!
 俺達はただミッドガル中を虱潰しに調べただけだ!
 命が惜しけりゃ、何だってするさ!」

 うんざりしながら叫ぶフェイに、俺は苦笑いする。――本当に、無茶なひとだ、セフィロスは。
 仕方なく、俺は頷いた。

「分かった、セフィロスに会って話してくる」
「クラウド!?」

 俺の肩を掴み引き止めるスィースルに、俺は首を振る。

「今のままじゃ、タークスに迷惑掛けるだろ。
 話しを聞いて、どうするか決める」

 手早く着替えた俺は不安げなスィースルに手を振り、フェイとともに寮を出た。
 ばつが悪そうにちらちらこちらを見るフェイに、俺は首を傾げる。

「……その、刀傷。
 セフィロスが見たら怒りそうだな。
 おまえがセフィロスの恋人だって知ってたら、こんな傷を負わせなかったのに」

 言われて、俺は服の下に隠れている刀傷に触れる。

「フェイのせいじゃない。フェイは俺と博士を護ろうとしてくれただろ?
 それに、俺がセフィロスのものだから、過保護に護ろうっていうんじゃ、フェアじゃないから嫌だ」

 肩を並べ歩く俺に、フェイは溜め息を吐く。

「……おまえならそう言うと思ったぜ」

 フッと笑い、フェイは俺を見た。






 セフィロスのマンションに着いてから、俺は本社に戻るフェイと別れた。
 ここからは、正念場だ――ごくりと唾を飲み、俺はエレベータに乗り込む。
 セフィロスの家がある最上階に到着し、彼の部屋のドアの前で俺は立ち竦んだ。――なかに入って、俺はどうなるのだろう。ソルジャー・ジェネシスがいるのに、俺に何の用があるんだろう。
 俯いて溜め息を吐いていると、ドアが開き俺はなかに引っ張り込まれた。
 覚えのあるシャンプーの薫り。神羅に支給されているのを、彼は拘りなく使っていたが、俺がシトラスウッディーの薫りが好きだと知り、彼も同じシャンプーを使用するようになった。
 恋情に引き摺られそうになる。が、流されてはいけない――。
 俺は抱き締められる寸前に、捕らえようとする腕から抜け出し逃げた。

「クラウド……」

 哀しげなセフィロスの面持ちに、しかし俺はほだされなかった。――怯みはしないと、こころに決めていた。

「いっとくけど、俺、あんたに呼ばれて来ただけだから。
 あんたはソルジャー・ジェネシスを選んだんだ。だから、俺はあんたから離れる。
 付き合う前に、俺言ったよな。――遊びで付き合えるほど、俺は器用じゃないって」

 真っすぐ目を見つめて告げる俺に、セフィロスも真摯に返してくる。

「聞いてくれ、クラウド……。
 オレは、ジェネシスを選んだわけじゃない。
 ……オレ自身、よく分からないんだ」

 この期に及んで、言い訳か。英雄でも、頭が廻らないときがあるんだな。
 言い訳して、どうなるわけでもない。俺の意志は硬い。が、それでも、最後まで話を聞こうと思った。

「昨年、宝条のラボで理不尽な実験をされたとき、堪えられずオレは未知の力でラボを破壊した。
 そのときの顛末は、おまえも覚えているだろう?」

 セフィロスの問いに、俺は頷く。
 ビル内で激しい爆発音と酷い振動があり、そのあとサー・アンジールが必死の顔つきで俺を迎えに来た。
 先程の爆発にセフィロスが関係していると知り、俺は急いでラボに駆け付けた。
 ――セフィロスは一糸纏わぬまま自失し、バリアみたいなものを張って、自分以外のものを遮断していたんだ。
 俺がバリアに触れてセフィロスは元に戻ったけど、あんな状態になるなんて、宝条に何をされたんだろうと、俺は今だに疑問を持っている。

「今年に入ってから、オレの戦闘技術を伸ばそうと、宝条立ち会いのもと、その力を引き出すトレーニングを行っていた。
 ――その頃から、オレは一時的に記憶を無くす事が多くなったんだ。
 最悪なことに、記憶が無い間、オレは誰かに身体を乗っ取られているらしい」

 セフィロスの告白に、俺は目を瞠る。
 やっぱり、俺がセフィロスに時折感じていた違和感は、錯覚じゃなかった。
 恐る恐る口を開き、俺はそのことを話す。

「……あんたの言ってること、心当たりあるよ。
 たまに、いつもと雰囲気の違うあんたに抱かれることがあるんだ。
 その翌朝、大抵あんたはすこぶる機嫌が悪かったりするけれど」

 セフィロスは苦しげに目を細め、首肯する。

「……そうだ。オレの身体を乗っ取った何者かがおまえを抱いている。
 目の前に情事の痕跡のあるおまえが居り、オレの身体にはセックスの余韻がある。というのに、オレの記憶は一切無い。
 愚かしいが、オレは自分の身体を使っておまえを抱いた何者かに嫉妬し、オレ自身でないオレに抱かれたおまえを恨んだ」

 やっぱりね、目の冷たいあんたに抱かれた朝、あんたは俺を浮気者のように責める眼差しを送っていた。……物凄く、納得いかないけど。
 溜め息を吐き、俺から話しだす。

「あんたが誰かに抱かれていること、俺ずっと前に知ってたよ。
 あんたは気付かなかったみたいだけど、背中に俺の覚えがないキスマークを付けていたから。
 ……まさか、相手がソルジャー・ジェネシスだとは思わなかったけど」

 少しく驚き、セフィロスは細く息を吐く。

「そうだったのか……俺は大分前から、おまえを傷つけていたんだな。
 ジェネシスに抱かれているのも、オレの身体を乗っ取る何者かだ。
 オレにはジェネシスに抱かれている記憶が一切無く、残っているのはジェネシスの肉を覚える肉体だけだった。
 携帯に、掛けた覚えがないジェネシスへの発信履歴が残っているんだ。
 それに気付いたとき、オレは携帯に記憶させていたジェネシスの携帯番号を消した。
 が、オレでない何者かがジェネシスの携帯番号を覚えており、発信履歴が堪っていく一方だった」

 不気味な話に、俺はぞくりと震える。

「……あんた、それ自分で制御できないのか?」

 思わず言った俺に、セフィロスは首を振る。

「無理だ。それが現われてから、俺の心身は変わったんだ。
 今までおまえ以外には不感症だったのに、何もないのに快楽の芽を飼うようになった。
 そして、それが現われるのを知らせるかのように、頭痛がするようになった。
 オレの不安は倍増し、事態は余計悪くなった」

 セフィロスの告白に、俺は眉を寄せる。
 確かにそんな状態では、最強といわれるあんたでも、情緒不安定になるよな。

「社報ではジェネシス共々殉職となっているが、アンジールは生きている。
 が、あろうことか白い翼を生やした異形に変化していた。
 ジェネシスも、同じ状態だ。アンジールと反対の肩に、黒い翼を生やしている」

 サー・アンジールが生きていた。ソルジャー・ジェネシスが生きているから、サーも生きているとは思っていたが、やはりそうだった。
 が、翼を生やした異形になってしまったのか……。サーが残した手紙に書いてあった理由は、それだったのかもしれない。

「アンジールと再会したのは、ジェネシスがビルを襲撃した日だ。
 ……自分の身に起きているのは、劣化だと言っていた。ジェネシスに輸血したため、体内を構成する因子が流れ出し、肉体が劣化し始めたと語っていた。
 それとともに、時々記憶を無くすとも言っていた」

 ……え、なに、劣化?
 余りに突拍子のない話に、俺は口籠もった。
 普通、老化はしても、人間は劣化しないだろう。まるで、人外みたいだ。
 理解し難いと表情に出ていたのか、セフィロスが苦笑する。

「無理に理解しようとしなくていい。奇怪なのは確かだからな。
 ただ、奇怪な存在は、アンジールやジェネシスだけではないんだ。
 ……オレ自身も、奇怪な存在に含まれている」

 静かな口調で不吉なことを言うセフィロスに、俺は構えてしまう。
 あんたも奇怪な存在だって……一体、何が言いたいんだ?
 俺から目を反らし、セフィロスが続ける。

「ジェネシスとセックスする切っ掛けになったこと……それだけは、オレも覚えている。
 オレを抱くと、劣化が止まるとジェネシスが言っていた。
 そのあとのことは、意識がシャットアウトされたので、まったく記憶にない。
 意識が戻ったときには、体内に男を飲み込んだ感触だけが残っていた」

 生々しい話に、俺もセフィロスから目線を外してしまう。
 セフィロスがソルジャー・ジェネシスに抱かれるようになった遠因。――聞きたいけど、聞きたくない。

「ジェネシスが言っていたこと……オレを抱くと劣化が止まるというのは、体液が関係していると思う。
 が、人外に変化していく肉体を元に戻す何かが、俺の体液に含まれていること自体、オレを脅かすものだ。
 そして、記憶が時々無くなると語ったアンジールの現状と、オレに起きている事態が重なっている。
 ……オレはアンジールとジェネシスに再会した翌日から、自分に何が起きているか探るため、科学部門の資料室に連日籠もった。
 が、答えを与えてくれる資料は、何一つ見つかっていない」

 自身の秘密を語り終わると、セフィロスはひたと俺に目を向ける。どきりとし、俺は固まった。

「……これが、オレの抱えている一切の事情だ。
 こう言うのは虫が良すぎるが、オレ自身はおまえを裏切っていない。
 それどころか、いまおまえを失うと、のしかかる重い不安に、精神が壊れてしまいそうなんだ。
 おまえがいれば、オレはオレを奪う者からあらがえる。
 現に、昨晩意識がない状態でジェネシスに抱かれていても、おまえを視界に入れるだけで、オレは意識を取り戻せた。
 そして、いま現在、快楽の芽を押さえ込むことが出来ている。
 ――オレにとって、おまえはそれだけの力があるんだ」

 俺の手を掴み切々と口説いてくるセフィロスに、俺は段々腹が立ってくる。
 例え意識が別の人間だったとしても、セフィロスがソルジャー・ジェネシスに抱かれていたのは事実だ。
 唇をわななかせ、泣くのを堪えながら、俺はぽつぽつと呟いた。

「……人でなし…卑怯者…浮気者…裏切り者……!
 あんたなんて…あんたなんて……、大ッ嫌いだ……ッ!」

 嗚咽しながら悪態を吐き続ける俺を、セフィロスが抱き締める。
 俺の背を撫でる掌は、どこまでも優しかった。

「……バカ……ッ! 泣き落としで、俺を引き止めようとする、あんたなんて……、壊れてしまえばいいんだ……!」

 そんなこと出来るはずないのに、突き放すようなことを言う俺。知っているのか、セフィロスは俺を抱く腕に力を籠める。
 あくまで淡々と自身に起きる悲劇を語っていたが、セフィロス、本当は泣きたかったんだと思う。泣きたいけど泣けなくて、どんどん表情がなくなってゆくんだ。
 ――そんなひとを、どうして見放せるんだ。見放せるわけないだろう。

「昨夜おまえが去ったあと、ジェネシスにはっきり言った。
 おまえに抱かれているのはオレではなく、オレの肉体を奪っている何者かだと。
 それを知ってなお手を出すほど、ジェネシスの精神は落ちぶれていないはずだ。
 ――だから、もう二度とジェネシスに抱かれない」

 俺の耳に囁くセフィロスに、俺は首を振る。

「……信用、できない。
 あんた、自分じゃない奴に、身体を乗っ取られるじゃないか……!
 俺は、ソルジャー・ジェネシスと、あんたを共有、させられるんだ……!」

 しゃくりあげながら、どこまでも疑り深い言葉を吐く俺に、手厳しいな、とセフィロスは寂しげに笑った。

「……俺だって、あんたじゃないあんたに、沢山抱かれてやるんだ……!
 あんたを目一杯嫉妬させるくらい、浴びるほど、あんたじゃないあんたに……」

 そこまで言ったとき、セフィロスの唇で文句を止められた。
 感情の高まりからか、いつもより濃厚で激しいキスに、俺の息があがる。一方的に彼の舌で口内の粘膜をまさぐられ、歯列をなぞられる。
 やっと口づけから解放されたとき、セフィロスは少しく怒っているようだった。

「……オレ自身が弄ばれるなら、別に構わん。
 だが、オレでない奴に、オレの身体を使っておまえを抱かせるのだけは嫌だ」

 セフィロスの我儘な言い分に、俺はやっと笑った。

「なに、それ。ものすごく勝手だ」

 そして、俺はセフィロスを見上げる。

「……いま、誓ってほしいんだ。
 例え誰とセックスすることになっても、好きなのは俺だけだって。
 俺も……あんたと違う奴とセックスしても、愛しているのはあんただけだから」

 再び重ねられる唇。今度は軽いバードキスだけで終わり、セフィロスが熱い眼で俺を見つめる。

「あぁ……例え他の人間と身体を交わしても、愛しているのはおまえだけだ。
 オレのこころを、魂をおまえにやろう。
 だからクラウド、前に誓ったように、おまえだけはオレを裏切らず、ずっと傍にいてくれ」

 頷く俺の額に口づけ、セフィロスは項や肩に痕を残すキスをしてゆく。
 昨日は帰ってすぐにマンションを出たので、神羅兵の制服を着たままだ。肌着代わりのTシャツの下から片手を差し入れ、セフィロスはもう片方の手でシャツのボタンを外し、脱がしてしまう。
 Tシャツをたくし上げて、俺の胸を露にしたセフィロスは、肩から胸に薄らと走る傷跡に息を詰めた。

「……どうしたんだ、この刀傷は」

 あ……と口籠もる俺を、セフィロスが鋭い眼で見る。

「レイリー博士を襲ったアバランチのなかに、ソルジャー並の力を持つ奴がいたんだ。
 俺は博士を護ろうとしたんだけど、刀でばっさり斬られた。
 結構深い傷だったんだけど、俺頑丈だから平気だったんだ」

 眉を顰め、セフィロスが傷跡を指先でゆっくりなぞる。軽い手触りで撫でられ、背筋にぞくぞくと悦楽が這い上がってくる。

「まったく、無茶をする……。
 おまえの綺麗な肌に、醜い跡がついてしまったではないか」

 うわ、変態くさい、と軽口を叩きながら、俺はセフィロスの愛撫に身を任せていた。傷跡を撫でる一方で、セフィロスはわざとらしく軌道をはずし、胸の小さな飾りを指先で押し潰す。

「あっ…んっ……」

 軽く傷跡にキスをし、セフィロスが呟いた。

「アバランチがレイリーを襲ったと社内で聞き、オレは居ても立ってもいられなかった。今回の任務では、おまえを含め少数の一般兵だけが護衛をしていたからな。
 オレも救助に行こうとしたが、タークスが派遣されたから止めておけとラザードに言われた。だから、心細い思いをしているだろうおまえを家で迎え入れ慰めるため、仕事を放り投げてマンションに帰ってきたんだ。
 それなのに、オレは不安に押し潰され、意識を誰かに乗っ取られた。
 ……おまえがこんな傷を負ったというのに、オレの身体はジェネシスの腕のなかにあったんだ。
 本当に、すまなかった」

 哀しげなセフィロスに、いいよ、もう、と俺は彼を抱き締める。
 セフィロスが悲しくならずに済むように、苦しみに負けないように、俺は彼の傍にいよう。例え誰かと彼を共有することになっても、絶対に離れない。
 が、俺が感傷に浸っているあいだにも、セフィロスの気持ちは移り変わっていた。クククと、どこか不穏な笑い声を発てている。
 俺が訝しむと、セフィロスがこれ以上ないくらいサディスティックな笑みを浮かべていた。

「他人に傷を付けられたのは面白くないが、オレ自身の手でおまえの肌に一生消えない跡を残すのは、激しくそそられるな」

 うわっ……! やばい、超あぶないよ、このひと!

「変態っ! 俺の身体に自分のつけた傷が残るといいって……あんたどういう思考回路してるんだ!」

 これ以上ない破顔を見せて、セフィロスが俺の耳に唇を寄せる。

「おまえの肌に残る傷を見るだけで、毎日欲情できるくらいだ。
 ――おまえに付けた傷は、おまえがオレのものだという証だからな」

 うっ……セフィロスのアブない嗜好が、ちらりと覗いている。
 それに、傷跡が自分のものである証っていうのが、超ド級のサドくさくて怖いんだけれど。
 などと考えているあいだに、俺はブリーフごとズボンを脱がされ、セフィロスの手で直に俺自身を弄ばれていた。

「やめっ、セフィ……!
 ここ、玄関……っ!」

 セフィロスの肩を叩き、悪戯な手を止めようとするが、指の動きは止まらず、余計大胆になってゆく。

「いますぐここで抱く。
 本当は、昨夜おまえが帰ってきてすぐに抱くつもりだったんだ。
 それに、おまえの傷を見て色々想像すると、堪らなくなった」

 言いつつ、セフィロスは俺の片足を上げ、男に馴染んだ窄まりにセフィロス自身を突き立てた。
 いくら何度も受け入れているとはいえ、いきなり慣らしもせずに挿入されると、きつい。

「イタッ! 鬼畜、変態ッ!
 がっつくなって……アアアッ!」

 激しく腰を使われ、俺は快楽の滲んだ悲鳴をあげた。
 数日ぶりの情事を、玄関で立ったままするなんて、ひどすぎる。欲求不満だからって、あんまりだ。こっちは怪我人なんだ!
 文句はいっぱいあったが、結局俺もノッてしまい、派手に喘ぎながらセフィロスと激しく貪りあった。






 玄関で一戦交えたあと、今度はベッドのうえで、組んず解れつと、俺は何度もセフィロスと身体を結びあった。
 任務での疲れが残っていた俺は、セフィロスより先にダウン、彼に身体の後始末を任せ失神した。
 それから、暫らくふたりで眠っていたんだろう。目覚めかけた俺は、傷跡をなぞる指の感触に瞼を開ける。
 俺に覆いかぶさるように、セフィロスが覗き込んでいる。が、その瞳は冷ややかで妖しい。
 息を呑むと、俺は真っすぐセフィロスの肉体を使うモノを見つめた。

「……何、あんたもセフィロスと同じで、傷の付いた俺の肌がいいわけ?」

 ククッ、と愉快げにソレが笑う。

「わたしと相対して怯まないか、なかなかいい度胸だ。
 しかし、あれと好みが合ったのは、初めてだ。
 わたしも、傷跡のあるおまえの肌がいい。色気があり、あれではないがそそられる」

 俺の傷口を舌で舐めるソレに、俺は息を吐き、させるがままにした。

「あんたってさ……何だっていいわけ?
 抱く抱かれるに拘りないし、ソルジャー・ジェネシスみたいな極上の男から、俺みたいな子供まで見境がない。
 結構イカモノ喰いだな、あんた」

 俺の下肢に指を絡めながら胸の突起を舌でつつき、ソレはニイッと笑う。

「確かに、見境はないかもしれんな。
 だが、おまえのことは、かなり気に入っている。ここまでわたしに興味を抱かせたのは、おまえが初めてだ」

 俺自身を愛撫しながら唇にキスするソレに、俺は応える。
 長い接吻から解放すると、ソレは俺の耳に息を吹き掛けた。

「損なわれた者は十分味わった。いまはおまえだけで満足してやる。
 あれに壊れられても、困るからな」

 俺のなかを挿し貫き、ゆったり動きだすソレの腕を、俺は掴む。

「あんた……ッ、名は?」

 じっと見据える俺に蠱惑的な笑みを浮かべ、ソレが囁く。

「ジェノバだ……。本当に、おまえは楽しいな。益々気に入った。
 だがな……この名を、絶対にセフィロスに言うなよ。
 言えば、瞬時にあれが壊れるからな」

 底冷えする眼光を注がれ、俺はごくりと唾を呑む。が、ニッと笑い返すと、自分からジェノバに口づけた。
 フッと笑うと、ジェノバは本格的に腰を打ち付け始める。揺すられ、乱されながら、俺は絶対にジェノバの秘密をセフィロスに漏らさないと、こころに誓った。






 次の朝、当然のように俺はセフィロスと揉めた。今回は自分からジェノバを受け入れたのだ。セフィロスからすれば、至極面白くないに違いない。
 それでも、俺がジェノバに抱かれることで、セフィロスを他者の手から逃れさせられるということ、さらに俺が好きなのはセフィロスだけだと強く断言したので、彼は渋々怒りを納めた。

 ――考えれば、俺は生け贄みたいなものだけど、セフィロスのためなら、俺の身など惜しくないんだ。

 確かなのは、セフィロスを真摯に愛している、それだけだ。






 俺がジェノバを自分に引き付けたのが効を奏したのか、半年ほど平穏無事に済んだ。
 が、セフィロスの悩みが尽きているわけではなく、また俺がジェノバに抱かれているのが激しく気に障るみたいで、セフィロスは相変わらず科学部門の資料室に籠もっている。
 そうしているうちに、俺に大きな任務が入った。それも、ソルジャー・ジェネシスが関わっているかもしれないという。
 今度はソルジャーが一緒に来てくれるので、気は抜けないが一安心だ。
 神羅ビル屋上ヘリポートで同行する一般兵と待っていると、タークスの上役らしい人物とともに、剣を肩に担いだソルジャーがやってきた。
 ソルジャーに会ったことのある面影を見いだし、俺は驚く。

 ――ザックス……!

 任務を共にするソルジャーは、セフィロスのマンションを飛び出した夜、スラムのバーで悪い女に捕まりかけていた俺を助けた1stソルジャー・ザックスだった。
 が、彼は俺のことを覚えていなかった。メットを被っているので気付かないだけかもしれないが、彼の様子から本当に覚えていないようだ。あの時彼は泥酔していたので、仕方ないかもしれない。
 それでも、自分を助けてくれた相手に再会できて、俺は嬉しかった。





 セフィロスとは違う意味で、俺の人生に影響を与えたザックス。
 俺、あんたに出会えて、親友になれて、本当によかったよ。
 ――だから、あんたを見殺しにしか出来なかったことが、悲しくて仕方ないんだ。


 ザックス、俺はいつでも、ザックスの名を呼び続けてる。
 生涯掛けて忘れないために――。






end
 

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