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第22章 女神の贈り物 by.Genesis
夜の静寂のなか、時を待つオレは木立に隠れ「LOVELESS」を口ずさむ。
「明日をのぞみて散る魂。
誇りも潰え、飛び立とうにも翼は折れた――」
あれだけ愛した古詩が、皮肉に思える日が来るとは。明日をのぞむからこそ、簡単に散りたくない、羽根の生えた異形の姿になろうとも、オレは夢や希望を諦めたくない。
――そう、セフィロス。あんたのことも……。
命の終わりを宣告されようと、醜い姿を曝すことになろうとも、セフィロスと夜を重ねられるなら、オレは臆せず彼のまえに姿を現そう。
伍番街プレートでセフィロスと再会した日、彼はオレに身体を許してくれた。以来、オレとセフィロスは幾度か密会を重ねている。いまも、セフィロスの任務地の近くに忍んでいるところだ。
あの小僧と恋仲になったはずなのに、セフィロスはオレと逢ってくれる。ああ見えてセフィロスは真っすぐなところがある。だから、オレも初めの頃は訝しんだ。が、折角セフィロスがその気になってくれたのだから、疑念を放棄した。
――おそらく、あの小僧以上に、オレとセフィロスの相性がいいからだろう。
彼らが付き合いはじめた当初から、オレはあの小僧ではセフィロスを満足させることはできないと思っていた。
オレが予想したとおりだった。セフィロスはあの小僧よりオレを選んだのだ。
オレとしては、僥幸といっていい。セフィロスと身体を重ねると、劣化しつつある肉体の調子が持ち上がる。セフィロスと初めて寝たあと、オレが感じた体感は正しかったのだ。ゆえに、コンスタントに肉体関係を続けたい。
――セフィロスが、女神がオレに与えた贈り物なのだ。
セフィロスがオレの劣化を癒す女神の贈り物だと気付くまでの間も、オレは劣化し死にゆくのを手を拱いて待っているような真似はしなかった。
オレとともに神羅カンパニーから抜け出したホランダーが、オレの劣化を食い止める方法を知っていると思っていた。が、奴は「プロジェクトG」の中心人物だったが、造りっ放しであとのことを考えていなかった。
ホランダーは頼りにならない。なら、他に「プロジェクトG」に関わった者はいないのか。伍番街プレートのデッドスペースを隠れ家にしていたオレは、ホランダーの胸ぐらを力任せに掴み、詰め寄った。
苦しげにホランダーが告げた名に、オレは耳を疑った。
――「プロジェクトG」の根幹を成す存在であるアンジールの母・ジリアンなら、何か知っていると、ホランダーは言ったのだ。
聞いたのはそれだけではない。
オレの故郷であるバノーラ村は、かつて魔晄を採掘しようとした跡地で、ある事情から魔晄炉設立を止めた神羅は、「プロジェクトG」で生まれた子と、関わった研究者を村に押し込め、監視を付けた。
そして、オレの両親も監視者として村で生活していたのだ。「プロジェクトG」で生まれたオレを見張るため、両親はあえてオレを養子にしたのだ。
――父と母が本当の両親でないことは、とっくの昔に知っていた。が、オレをラプソードス家に迎えた本当の理由が、オレを見張るためだったとは――…。
両親は本当にオレを愛していたのか? 「プロジェクトG」で造られたオレを油断させるため、愛しているふりをしていたのか?
自身に降り掛かった残酷な運命、たったひとつの砕け散った恋、そして黙って自分を裏切り続けていた両親。――すべてのものへの不信感と絶望に、オレは夜叉へと変じた。
ジリアンから「プロジェクトG」の核心を聞き出さねばならない。そのためには、アンジールが必要だ。オレに口を割らなくても、オレとともに劣化しつつあるアンジールの説得なら、ジリアンも闇に葬られた研究の実態を話してくれるだろう。
神羅を背反するのに躊躇いがあるアンジールをこちら側に付ける必要があった。都合のいいことに、プレジデント神羅に恨みがあるラザードがオレたちに味方していた。
そもそも、ラザードの助力があったから、オレはソルジャーたちを連れてウータイ戦線から離脱することが出来たのだ。アンジールの脱走も、ラザードがうまく取り計らってくれるだろう。
――そうして、タンブリン砦攻略作戦を利用して、アンジールは戦場から抜け出したのだ。
アンジールは用事があるとかでミッドガルに向かったが、オレはその足でバノーラ村に行った。
アンジールと別れる前、奴が離反しないよう、「おまえがバノーラ村に来なければ、ジリアンを殺す」と脅しておいた。これで、母親思いのアンジールはオレに逆らえないだろう。
幼なじみ相手に卑劣な真似をする、とアンジールは詰ったが、ひとの情などとっくに捨てたオレには何の痛みにもならなかった。
裏切り者には制裁を加える――そうこころに決め、オレはバノーラ村に入った。
逃げ惑う村人の姿は、滑稽でさえあった。表向きは村の小作人を一手に集める農園主の息子であるオレに頭を下げながら、こころの内で嘲笑っていた者共。逃げ惑う愚か者がオレの手で滅却され血の海に倒れこむ姿に、胸が透く思いだった。
そして、最も悪辣な者――オレの両親と呼ばれていた者をこの手で殺した。おまえを裏切っていない、息子として愛していたと、必死の形相で言い訳していたが、戯言に耳を傾けるつもりはなかった。
長年過ごしてきた家が、血飛沫で汚れている。趣味のいい年代ものの家具が勿体ない。そもそも、極悪人に相応しくないものだったのだ。
顔に掛かった返り血を拭かず佇むオレの背後で、息を呑む声がした。振り返ると、アンジールの母・ジリアンがいた。
「ジ、ジェネシス。あなた、なんてことを……」
蒼白な顔色で小刻みに震えるジリアンに、オレは手を差し伸べる。
「お久しぶりです、おばさん。
――いや、ジリアン・ヒューレー博士といったほうがいいかな?」
オレの言葉に、ジリアンは瞠目する。手で口を覆いながら、彼女は首を振った。
「わ、わたしは、もう神羅の研究員じゃない。
そもそも、なぜあなたがそのことを知っているの?」
肩を竦め、オレはレイピアに付いた血糊を払う。
「……失敗作はいつか劣化する運命にあったのだ。
胎児のうちから実験体にされ、思う結果を得られなかったからと打ち棄てられた。
――命を軽んじる者に、朽ち果てるしかない者の悲しみや苦しみなど分からないだろうな」
目を大きく見開き、ジリアンはオレに詰め寄った。
「劣化……?!
どういうことなの、何があったの!」
オレはジリアンの切羽詰まった様相から、彼女は何も知らないのではないかと不安を抱く。
それをおくびにも出さず、オレは薄い笑みを浮かべた。
「怪我で失血したおかげで、オレを構成する因子が流れ出た。
普通の人間とは違い、細胞の再生能力がないらしい。オレの身体は欠落したものになり、衰えてゆく一方だ」
青を越えて白くなっている顔で、ジリアンは首を振った。
「まさか、そんな……。
あなた達はジェノバの因子を取り込みながらも、只人と変わらぬ生体数値しか持たなかった。
だから、ガスト博士やホランダーは、あなたとアンジールをジェノバの影響を得ていない普通の人間とみなしたのよ。
それなのに、……こんな形でジェノバの影が顕れるなんて……」
言いつつ、ジリアンは泣き崩れ、大理石の床に膝を突く。
乾いたこころで、オレは嘆く女科学者を見下ろしていた。
「ごめんなさい……わたし達が悪かったのよ。
科学を盲信し、命を軽んじた罰が当たったんだわ」
鼻白む思いで、オレはジリアンに言い放つ。彼女にとって、最も残酷なことを。
「謝って済む問題じゃない。おまえ達はなんの苦しみも被らないのだからな。
破滅の苦しみを味わうのは、被験体になった子供――オレとアンジールのみだ」
「…………え?」
一瞬泣くのを止め、ジリアンは顔を上げる。
「あなたと……アンジールも?
アンジールにも、劣化が顕れているの!?」
血相を変え立ち上がると、ジリアンはオレに詰め寄る。
プロジェクトで生まれた実験体とはいえ、アンジールはジリアンが腹を痛めて生んだ実の子だ。そのアンジールに劣化の兆候があるというので、非情な女科学者も嘆いてばかりはいられないらしい。
狼狽するジリアンに、オレは微笑を浮かべる。
「あぁ、オレに輸血できるのは、アンジールだけらしいからな。
オレに輸血したことにより、アンジールも血液に含まれる因子を失った。
……悔しいか、アンジールも同じ運命に……」
「ジェネシスッ!!」
割って入った声に、オレは扉に目を向ける。
厳しい眼差しのアンジールが、ドアに手を掛けオレを睨んでいた。
「それ以上……母を責めるな……!」
今にもバスターソードを背中から引き抜きそうな勢いのアンジールを、ジリアンが首を振って制止する。
「いいのよ、アンジール……。
わたしも考え無しだったのよ。
そのせいで、あなたやジェネシスを……」
そう言って目を伏せるジリアンに、アンジールは唇を噛み締める。
見るからに母子の愁嘆場だが、オレには関係ない。ホランダーが頼りにならない以上、ジリアンが頼みの綱なのだ。
「そうだ。だからあんたの科学者としての知識を総動員し、オレたちの劣化を止めてくれないか。
あんたも、自分の息子を助けたいだろう?」
オレの言葉に、アンジールは目を剥き母親を見る。
アンジールは先日まで神羅に居た分、オレほど「プロジェクトG」のことを知らない。おそらく、自分になぜ劣化が起きているのか、それさえも理解していないだろう。
「科学者……? 母さんが?」
ジリアンが両の手のひらを組み頷く。
「……そうよ、アンジール。
わたしはあなたが生まれるまで、神羅カンパニーの科学部門に勤めていたの」
驚くアンジールに構わず、ジリアンは話を続ける。
「あなたが誕生する二年程前、アイシクルエリアにある大空洞から謎の生命体が発見されたのよ。
その頃わたしはホランダーとともに、当時の科学部門統括だったガスト博士のもとで研究を行っていたの。
ガスト博士は星と語らったという伝説がある『古代種』の研究に熱心で、見つかった生命体を古代種――ジェノバと断定したわ」
唐突に出てきた摩軻不思議な存在に、アンジールは首を捻る。
ジリアンは澱みなく話し続けた。
「博士はプレジデントに掛け合い、人工的に古代種を作り出す『古代種プロジェクト』を開始したの。人の細胞とジェノバの細胞を掛け合わすことで、ジェノバと等しき者を誕生させようとしたのよ。
ガスト博士は胎児にジェノバ細胞を埋めるまえに、まず子供の母体となる女性の細胞にジェノバ細胞を植え付け、馴染ませたの。
母体に選ばれたのがわたしで、ジェノバ細胞を埋め込まれてから、あなたを身籠ったのよ」
「な……! 俺だけでなく、母さんも!?」
青ざめるアンジールに諦めたように緩く笑み、ジリアンはオレを見る。
「わたしがアンジールを身籠るまえに、ホランダーはわたしの細胞を採取し、あらかじめ違う女性研究員の卵子を人工授精させ、その胎児にジェノバ細胞が含まれたわたしの細胞を植え付けたの。
そうして生まれたのが、ジェネシスよ。
けれど、あなた達の生体数値を測ったところ、普通の赤子と変わらなかった。だから、あなたたちは失敗作とみなされたのよ。
途端にあなた達は誰にも顧みられなくなり、一部の研究員は失敗作を廃棄しようとガスト博士に働き掛けだしたわ。
そのときになって、初めてわたしは犯してはならない罪を犯したと自覚したのよ」
ジリアンの生々しい独白に、オレは眉を顰める。
このオレが、失敗作として廃棄されかけたとは。今までよりさらに神羅への憎しみが燃え立ってくる。
そんなオレの気配を感じたのか、ジリアンは苦しげだった。
「ある夜中にわたしはあなた達を連れて研究所を出たわ。
けれど見つかってしまい、あなた達の出生に関わった者たちとともにこの村に閉じ込められたのよ。
わたしは監視者のひとりだったけれど、わたしを愛しアンジールに優しくしてくれた男性に惹かれ結婚したの。それが、あなたのお父さんよ」
バノーラ村に来るまでの経緯を聞かされ、アンジールは目を伏せた。
「……俺は殺されてもおかしくないところを母さんに助けられたんだな。
そして、実験体と知りながらも、父さんは俺を実の子のように愛してくれたんだ。
……父さんが自分の命を削ってまで俺に与えてくれたバスターソードが、その証なんだからな」
改めて育ての父の愛情を再確認したアンジールだが、解せないことがあるのか首を捻っている。
「でも、母さんはプロジェクトの最中に俺を妊娠したんだろう?
その……俺を妊娠したってことは、母さんには深い付き合いの男がいたわけで……。
俺の本当の父親は、母さんが違う男と結婚したことによく黙っていたな」
アンジールの問いに、ジリアンは緊張していた目を緩ませる。
「あなたの父親はあなたのお父さんだけよ。
プロジェクトに携わっていたとき、わたしは誰かと恋人関係にあったわけではないもの。
アンジール、あなたはジェネシスと同じく体外受精で生まれたの。
確かに、精子を提供した男がいたけれど、彼とわたしには何もなかったわ。
だから、あなたの父親といえるひとは、あなたのお父さんだけよ」
きっぱりと断言したジリアンに安堵し、アンジールは息を吐く。
オレは自身の義理の父親との繋がりの確かさを改めて自覚するアンジールに、皮肉な笑みを浮かべる。
――おまえは義理の父親だけを父として認めているが、遺伝子の父親もまたおまえの父と自称しているんだぞ。
ホランダーだけが保持していた「プロジェクトG」の極秘ファイルに、実験の詳細が書かれていた。
そこには生まれた子――オレとアンジールの両親と思しき男女が記名されていた。オレの両親はまったく知らぬ男と女だったが、アンジールの両親はオレも知っている人間だった。
――母親は確かにジリアンだった。が、父親はホランダーだったのだ。
オレやアンジールの検査や治療を担当するホランダーが「プロジェクト・ジリアン」のチームリーダーで、ジェノバ細胞の媒介者であるジリアンに精子を提供し、アンジールを生ませたのだ。
ジリアンの言葉が真実かどうかは、オレには分からない。ホランダーとの性交渉の末にアンジールが出来た可能性も捨てきれない。
――ホランダーはアンジールに対し、父親としての情愛を微かに見せていた。オレとの目線と違い、アンジールへの眼差しには優しさらしきものが薄らとあったのだ。
だが、アンジールの父親が本当は誰かなど、オレには興味がない。
重要なのは、オレの劣化を止めることなのだ。
オレはジリアンを鋭く見据え、言葉を出した。
「あんたたち親子の関係など、どうでもいい。
ジリアン、ホランダーがあんたなら劣化の食い止め方を知っているだろうと言っていた。
……さぁ、教えてもらおうか、ジリアン・ヒューレー」
冷たく名指しするオレをアンジールは睨み、母を庇おうとする。
ジリアンは力なく首を振った。
「ホランダーの知らないことを、わたしが知っているわけないでしょう?
わたしはアンジールが失敗作と認定されてすぐに神羅を離れたのよ。
――わたしがプロジェクトに関わったのは、ジェノバ細胞とヒト細胞の媒介となり、プロジェクトの要となる子のひとりであるアンジールを生んだことだけよ。
他は何も知らないわ」
ジリアンの告げた事実に、オレは目が眩みそうになる。
――ホランダーの奴、劣化の食い止め方を知らないことの責任逃れのため、ジリアンの存在をオレに振ったのか……!
態度だけでかい無能め。奴にも制裁を加えねば気が済まない。
ふらりと部屋を出ようとしたオレに危うさを感じたのか、ジリアンが慌ててオレを止める。
「ま、待ってジェネシス、これ以上ひとの命を奪わないで!
殺すなら、元凶であるわたしを殺しなさい!
血を啜りたいなら、そうすればいいわ。アンジールの血を輸血したように。
わたしのジェノバ因子は、あなた達の因子とはまた違うかもしれないから」
ジリアンの申し出に、オレは振り向く。
確かに、ジリアンの血を体内に取り込むのは有効かもしれない。
ジェノバとオレ達との媒介になったのだから、オレ達よりジェノバ因子が濃い可能性がある。
が、ジリアンに近づくオレを留めたのは、アンジールだった。
「ジェネシスッ! 馬鹿な真似はよせ!」
血相を変えるアンジールに、オレは歪んだ笑みを顔に貼りつける。
「馬鹿な真似……?
狂った実験に身を捧げることのほうが、余程馬鹿な真似だろう。
狂気の科学者のせいで、オレの人生は目茶苦茶だ!」
オレの暴言が許せなかったのか、アンジールがオレの頬を平手打ちする。
「……母を…愚弄するな……!」
腕をわななかせ、アンジールは俯く。
「俺やおまえが劣化したんだ……おまえに血を差し出した母さんも劣化するかもしれない……。
……母さんが劣化するなど…俺には耐えられない……!」
泣きそうに声が震えるアンジールに、オレは何も言えなかった。
ジリアンは息子の手を取り、垂れた頭を撫でる。
「アンジール……あなたの気持ちは嬉しいけれど、こうなったのはわたしの責任でもあるの。
わたしはあなたが大事だし、ジェネシスもずっと見守ってきたわ。
そんなあなた達のためだからこそ、わたしは命を捧げたいのよ」
自分を宥めようとするジリアンを抱き締め、アンジールは涙声で激しく言った。
「俺は、母さんに死んでほしくない!
……俺は…運命をすべて受け止めている。
劣化し死ぬのが宿命なら……それでいいんだ」
アンジールの告白に、オレは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
――アンジールは、生きることを諦めている。
同じプロジェクトで生を受け、時を同じくして劣化したオレ達は一蓮托生だと思っていた。だから、アンジールを神羅への復讐に引きずり込んだのだ。
が、アンジールはオレよりさらに後向きだった。――アンジールは死を見据えているのだ。
「な……何を言っているんだ、アンジール!
みすみす劣化し死ぬのを待つつもりなのか?!」
ジリアンの腕から抜け出ると、アンジールは哀しげにオレを見つめる。
「これはただの劣化ではない……。羽根が生え、ひとではない異形に成り果てたんだ。
このような姿で、どうやって生きていくというんだ?
……誇りや夢、すべてが潰えたいま、俺には絶望しか残っていないんだ」
苦痛に満ちた表情のアンジールに、オレのなかに巣食う同じ苦しみが釣られそうになる。
が、このまま劣化と死を受け入れてしまえば、オレはオレを人ならざる者として生み出した人間たちに負けることになるのだ。――そんなこと、絶対に許せない。
レイピアを横に凪ぎ、オレは叫んだ。
「オレは嫌だ! オレの運命を狂わせた者に報いを与えず滅びるなど、認められん!」
オレはジリアンにレイピアを突き付ける。
アンジールは母親を後ろに下がらせると、バスターソードを構えた。
「母を殺させはしない!
そのつもりなら……俺を倒してからにしろ!」
殺気を孕ませあうオレ達に、ジリアンが絶叫する。
「もう止めなさいッ!
アンジール、わたしのまえで刄を振るうのは許しません!
ジェネシスも、ホランダーの一方的な言葉だけを信じては駄目よ!
他にも道はあるはず、ふたりでそれを探しなさい!」
ジリアンに叱り付けられ、アンジールはバスターソードを降ろしてしまう。こいつは、昔から母親に弱かった。
ジリアンの気迫に、オレでさえ気負されてしまった。
嘆息を吐くと、ジリアンはオレに厳しい目をする。
「いまのあなたは怒りと恨みに囚われ分からないでしょうけれど、あなたのご両親はあなたを愛してらしたのよ。
確かにはじめは監視のためあなたを引き取ったけれど、純真で無邪気なあなたに、次第に親としての愛を注ぎ込んだわ。
――あなたも、ちゃんと分かっているのでしょう?
こうなってしまったのは残念だけれど、あなたの手でご両親の弔いをしなさい」
そう言い置き、ジリアンはオレの家から出ていった。
幼い頃にアンジールとともに叱りつけたのと同じように、ジリアンはオレたちを怒った。彼女はアンジールに対するのと同じように愛情を注いでくれた。
ゆるりと、オレは血みどろの両親を見る。
――ジリアンの言うとおり、ふたりはオレを実の息子のように愛してくれたのだろうか。
記憶にある父と母は、オレを目一杯甘やかせていた。オレが開発したバノーラホワイトジュースがコンテストで優勝したときも、自分のことのように喜んでくれた。
両親がオレに怯える素振りは、ひとつもなかった。躊躇いなくオレを抱き締めてくれた。
父母の遺体の傍に膝を突き、オレは目を剥いたままの瞼を閉じさせ、口から零れている血を拭う。
背後でオレを見守っていたアンジールが、オレの肩に手を置いた。
「……ラプソードスさんを埋葬しよう。
俺も手伝うから」
アンジールの静かな呟きに、オレは頷いた。
オレはアンジールとともに屋敷の側の地面を掘り、両親を埋葬した。
「おまえが殺した村人達も、ちゃんと弔ってやろう。
バカリンゴの果樹園も、血で汚れてしまった」
バノーラ村を見渡し言うアンジールに従い、村人たちを土に埋め、血が染み込んだ地面に水を撒いて清めた。
オレたちは暫らくバノーラ村に滞在した。ジリアンは塞ぎ込んでしまい、アンジールの家から出てこない。彼女なりに、オレたちの劣化に責任を感じているようだった。
その間、神羅が差し向けたタークスがオレたちを捜索しに来たが、残らず始末する。タークスの亡骸を葬りながら、アンジールが物思わしげに言った。
「タークスを殺したのは、これで何人目だ。
そろそろ、プレジデントがソルジャーを来させるだろう。
ことが内紛事件だから……おそらくセフィロスが出てくるはずだ」
アンジールをちらりと見、オレは忘れえぬ銀の面影を思い浮べる。
反乱したのが1stソルジャーであるオレたちだ。タークスが帰ってこない事態から、必然的にオレたちより上回る戦闘力を持つセフィロスが遣わされるはずだろう。
――セフィロス……。どういう顔をして、あんたに会えばいいんだ。
取るに足りぬ小僧――ストライフへの愛を貫き通したセフィロスは、前よりもオレから遠くなった。
オレは卑怯な手を使ってセフィロスを抱いた。そんなオレを、セフィロスは蔑んでいるだろう。
英雄になる夢は儚く消え、行き着く先など見えない。
――敵対してしまったものは、どうしようもない。
セフィロスに殺されるなら、悪くないかもしれない。
会わせる顔はなくとも、一目セフィロスに会いたい。
オレはセフィロスと再会する覚悟を決めていた。
が、セフィロスは任務を命令拒否し、タークスの副主任・ツォンとともにアンジールの弟子である仔犬・ザックスがバノーラ村に派遣されてきた。
異形と化したオレの姿や、裏切ったアンジールに、ザックスは遣り切れないようだ。
そして、ザックスと対面したあと、ジリアンが自ら命を断つという悲劇が起こった。自分が生み出したオレ達が劣化したことや、オレが両親や村人を抹殺したことに対し、ジリアンは責任を感じ、自分の命で贖ったのだ。
予感があったのか、アンジールは沈痛な面持ちをするのみで、何も言わなかった。ジリアンの死体を発見したザックスは、アンジールがジリアンを殺したと誤解し、不信感を抱いたようだ。
オレはバハムートを召喚しザックスの気を引き付けさせ、その間にアンジールとともにバノーラ村から脱出した。
1stソルジャーであるオレ達が村人すべてを惨殺するという不祥事を神羅が許すはずもなく、プレジデントは事件を揉み消すため、タークスのヘリで村を爆撃し、火を点けさせた。
オレ達の故郷は失われた。が、バノーラ村の地下には、魔晄を採掘しようとして捨てられた洞窟がある。いざとなれば、そこに隠れてもいいだろう。
再び伍番街プレートに戻ったオレは、ソルジャー部門統括であるラザードから、プレジデントがオレ達とホランダー討伐司令を神羅軍に出したと極秘に報告を受けた。
オレはアンジールとホランダーに息巻いた。
「神羅の宣戦布告、受けて立ってやろう。
向こうはソルジャーが少ないが、オレ達にはコピーになったソルジャーが大勢いる」
神羅軍など取るに足らず、使えるソルジャーはセフィロスやザックスしかいない。――こちらのほうに、利がある。
アンジールが眉を顰めるのも構わず、オレは闘志を燃やしていた。
神羅とウータイとの戦争が終わった翌年の春、プレジデントはオレ達の抹殺司令を実行に移した。
その間、オレはどうすれば劣化を止められるか思索していた。
ホランダーは頼りにならず、オレ達を癒すことができたかもしれないジリアンは死んでしまった。
――ならば、どうすればいい?
ジリアンは劣化を止める方法を探せといったが、何をどうすればいいんだ。
取り敢えず、オレはホランダーが持っていたファイルを、片っ端から読み尽くした。そのなかに、気になる事柄があった。
――オレ達は「古代種プロジェクト」で造られた。
アイシクル・エリアで見つかったミイラ化した生物を、元科学部門統括が古代種と認定し、「ジェノバ」と名付けた。
ジェノバ細胞を一旦ジリアンの細胞に馴染ませ、胎児であるオレに植え付けたのだが――…。
プロジェクトの鍵である「ジェノバ」は、いまどうなっているんだ?
まさか、プロジェクトが終わったので、「ジェノバ」をお払い箱にしたわけではないだろう。どこかに保管しているのか?
ホランダーに「ジェノバ」の在処を聞いたところ、知らないようだった。当然だろう、宝条と統括の座をめぐって争ったのち、ホランダーは閑職に追いやられたのだから。
――知っているとすれば、宝条か――…。
まったく、厄介なことだ。よりによって、科学部門で最もマッドな科学者が鍵を握っているかもしれないとは。
――宝条……。
年端もいかぬセフィロスを科学部門内で育て、戦闘のエキスパートに仕立て上げた。
セフィロスの存在があったから、ソルジャーが製造されるようになったのだ。
そこまで考え、オレは愕然とする。
――オレやアンジールはG系ソルジャーの先駆けだ。
十六歳でソルジャーになったオレ達がそういわれるなら……十歳未満という幼さで、戦場で戦っていたセフィロスは、いったい何なんだ?
ソルジャーを製造するとき、ソルジャー候補は何かを体内に植え付けられ、魔晄に浸される。その過程を得るからこそ、只人ではない強さを手に入れられるのだ。
では、セフィロスは? 奴はソルジャーの元になった存在で、どういった経緯であれだけの戦闘力を手に入れたのか、一切明かされていない。神羅カンパニー秘中の秘といえる。
科学部門でのバイタルチェックのとき、セフィロスは仕上げに他のソルジャーより高濃度の魔晄を浴びている。
星の精神エネルギーである魔晄は、星の生物の記憶や情報が溢れ返っている。ゆえに、魔晄が濃いほど、雑多な情報に堪えられず、精神に害が起きやすい。
ソルジャーになっている者でも過多な魔晄を浴びると、精神異常――魔晄中毒になる。が、セフィロスは高濃度の魔晄に浸されても、魔晄に当てられるどころか、生命エネルギーをより強められている。
――セフィロスの生命エネルギーは、本当に強い。セフィロスの体液を体内に取り込むだけで、劣化していたオレの生命エネルギーも回復するのだから。
そこでふと、オレは思い当たる。
――そうだ……セフィロスとセックスして暫らくは、オレの劣化が止まっていたんだ。
これは、どうしたことか。まったく説明がつかない。オレは改めてセフィロスという存在の謎を思い知らされた。
ただし、不可解さに捉われただけではない。オレは光明も見出だしたのだ。
――深淵の謎、それは女神の贈り物……。
「LOVELESS」の軸となるそれは、実際にあったのだ。
セフィロスこそ、劣化に朽ちかけたオレに与えられた「女神の贈り物」かもしれない。
以来、オレはセフィロスに希望を繋いだ。戦うとはいえ、セフィロスに逢えるのだ。憎悪して止まないプレジデントだが、オレ達を討伐する命を下してくれたことには、感謝したい気分だ。
神羅ビルを襲撃する計画をしたオレは、アンジールに隠れ家を任せ、コピー達を連れ神羅ビルに向かった。
が、セフィロス達が八番街へ救助に出たことで計画が狂った。――これでは、セフィロスに会えない。
オレは携帯でアンジールに連絡を入れ、セフィロスとザックスを伍番魔晄炉に呼び出すよう伝えた。アンジールは不審がっていたが、奴自身ザックスに対し思うところがあったようなので、引き受けてくれた。
――待っていろ、セフィロス。
ほくそ笑むと、オレは左肩の翼を拡げ、神羅ビルから飛び立った。
久しぶりに逢ったセフィロスは、凄絶な色香を放っていた。
セフィロス達は伍番街プレートのなかにあるデッドスペースに設けられたホランダーの実験施設を見つけだした。
サハギンをアンジール・コピーに作り替えていた魔晄カプセルと、各設備のうえに無造作に置かれていた「プロジェクトG」概要ファイルに目を通したセフィロスは、駆け付けてきたホランダーに怒りを漲らせていた。
寸でのところで隠れ家に戻り、セフィロスとホランダーの睨み合いに割って入ったオレは、レイピアでセフィロスを牽制した。
その隙に逃げ出したホランダーを、セフィロスはザックスに追わせる。――オレ達は二人きりになった。
自分に黙って神羅を抜け出したオレを、セフィロスは怒っている。彼をレイプしたオレだというのに、セフィロスはまだオレを親友と思ってくれていたのだ。
顔突き合わせる苦さを表情に滲ませるセフィロスに、オレは迫っていった。
「あんたを抱いて劣化が止まったのは現実だ、セフィロス!
大人しく抱かれてくれ、そしてオレを救ってくれ!」
咄嗟に後退りするセフィロスを腕のなかに閉じ込め、オレはセフィロスの胸の果実を指先で弄んだ。
びくりと震え、愛撫に身悶えるセフィロスに、オレは違和感を感じる。
以前のセフィロスは、ストライフの名を出さないと感じない不感症だった。が、いまの彼の肉体は、明らかに快楽の証を示していた。
――ストライフと愛し合っているはずなのに、セフィロスはストライフ以外の人間の愛撫に感じられるようになっている。
セフィロスは、ストライフとうまくいってないのか? オレは困惑するが、震える声に弾かれたように顔を上げる。
「いいッ……好きな、だけ…抱くが、いい……。
おまえが、それ…で……、救われる…なら……ッ」
胸を喘がせ言うセフィロスに、オレの理性は焼き切れた。彼を床に押し拉ぎ、黒皮のコートのベルトを外し前を寛げる。濃い色の実を刺激しながら、露出させたセフィロス自身を銜え込んだ。
「あッ、はッ、あぁッ……」
前に抱いたときよりも熱く濡れた吐息に、加減が出来なくなる。手と舌を使ってセフィロス自身を性急に追い上げ、白い飛沫を咥内に受けとめた。
が、まだ足りない。口での愛撫を続けながら、オレは尻の奥処にある菊の蕾を指でつつく。ひくひくとぱくつく窄まりに人差し指を突き入れ、柔肉を解すように動かした。
汗に塗れた身体を今までになく放恣にのた打たせるセフィロスは、ひどく淫らに見えた。長い銀糸は汗を含み床をうねる。玉の汗が浮かぶ大腿を大きく開き、小刻みに震えながらオレの口のなかで逝くセフィロスに、視覚でもオレの煩悩は刺激された。
――劣化を止めるために抱きたいなど、ただの口実だ。
本当は、セフィロスへの恋心をまったく諦められていなかったのだ。
セフィロスの肉体を己の楔で貫きながら、オレはどこまでも尽きないセフィロスへの慕情を自覚する。
オレをつれなく拒絶したセフィロスに思いがけなく受け入れられ、オレのこころは歓喜していた。
「愛している…セフィロス……ッ」
絶頂に痙攣するセフィロスの耳に愛を囁き、彼に導かれオレは情熱を迸らせた。
聞こえていたのか、セフィロスは強くオレを抱き締めた。
ザックスと対峙し、奴を伍番街スラムに落としたアンジールは、隠れ家に帰るなり情事のあとを残したまま気を失っているセフィロスに目を剥いた。
「ジェネシス、おまえ、セフィロスをまた強姦したのか……!?」
アンジールはセフィロスの後始末をするオレの胸ぐらを掴み怒号を発する。オレは唇を釣り上げ笑った。
「勘違いするな、アンジール。
今回はセフィロスの合意のうえでの、愛ある情交だ」
オレの言葉に、アンジールはコートを掴んだ手を放すと、信じられないと言わんばかりの顔つきで首を振った。
「まさか……セフィロスは、クラウドを愛し抜いていたはずだ」
セフィロスの身体を清めながら、オレはむっとする。
「そのセフィロスが、オレに身体を許したんだ。
ストライフとの関係がどうなっているかは知らんが、少なくともセフィロスはオレとのセックスにまんざらでもなかった」
乱れているセフィロスの衣服を直しているオレに、アンジールが怒鳴る。
「ありえん! セフィロスは男に組み敷かれるセックスにトラウマを持っているんだ!
だから、プレジデントに抱かれるとき、強い催淫剤を使われていたんだ」
アンジールを睨み付けると、オレはセフィロスを抱かえ立ち上がった。
「いい加減にしてくれ。
オレは嘘を言っていない、セフィロスはオレの愛撫に感じていたんだ。何らかの形で、セフィロスはトラウマを乗り越えたんだろう。
あまりとやかく言うと、幼なじみとはいえ容赦はせんぞ」
――オレの恋路を邪魔するな。
それだけ言い置き、オレはアンジールの横をすり抜け研究施設から出た。
セフィロスはオレを選んだんだ。アンジールにオレとセフィロスの仲を責められるいわれはない。オレは自分の恋を貫く。
伍番魔晄炉入り口付近にセフィロスを座らせ、柔らかな唇に軽くキスすると、オレは隠れ家に戻るため踵を返した。
オレの劣化症状は、セフィロスと肉体を交わしてすぐに軽減した。
やはりセフィロスには、大きな謎が秘められているのかもしれない。
オレはアンジールより遅れて実験施設に戻ってきたホランダーに、セフィロスの正体を確かめる。が、途端にホランダーは不機嫌になり、オレをねめつけた。
「セフィロスのことなど、聞きたくない!
あの宝条がバックアップしているんだぞ!」
ホランダーは統括の座を射止めた宝条を、激しく憎んでいる。
醜い嫉妬を見せるホランダーに呆れ、オレは背を向けた。
「まったく使えん奴め。
ならば、オレの独断で動くまでだ」
ホランダーを介していたのでは、埒があかない。オレ自ら宝条のもとに出向くまでだ。
オレは宝条と接触するため、再びコピー達を神羅ビルに送り込むことにした。ビル内を攪乱させている隙に、オレは科学部門のラボに突入することにした。
単独行動に出たオレに、ホランダーは慌てて擦り寄る。
「ま、待て。わたしもセフィロスのことを教えてやれんわけではない。
宝条を、宝条を殺せ! その暁には、おまえの知りたいことを教えてやる!」
オレの腕に縋り付いてくるホランダーの姿は非常に胡散で、かつ疎ましい。が、セフィロスの件の確信がない以上、ホランダーを殺すわけにはいかなかった。 ホランダーの言い分を聞くふりをし、オレは出撃する準備をする。
そのとき、オレとホランダーのやり取りを何か言いたげに見つめていたアンジールが動いた。
「ジェネシス、いい加減止めておけ!」
もともとアンジールはオレの復讐に乗り気じゃなかった。劣化に関しても、これが自分の運命だと諦めている。さらにオレがセフィロスに手を出したので、アンジールも静観していられなくなったようだ。
オレは微笑み、アンジールに向き直る。
「いいことを教えてやろうか、アンジール」
怪訝な眼差しを向けてくるアンジールに、オレは悠然と腕を組む。
「劣化を治す鍵は――セフィロスだ。
セフィロスの体液には、オレたちの失われた因子を補う何かがあるようだ」
目を瞠り、アンジールは首を振る。
「馬鹿なことを。
セフィロスは俺達のように実験を経て生まれたわけじゃないだろう。
おまえはそれを口実にセフィロスを抱きたいだけじゃないのか?」
堅い面持ちでアンジールは告げるが、微かに動揺が現われている。
「どう取られても構わないが、オレの劣化が一時的に止まっているのは事実だ。
いや、おまえも知っているはずだ。ストライフを盾にセフィロスを抱いたあと、オレの身体は小康状態を得ていた。
そのことを知らないとは言わせないぞ」
セフィロスとの恋が破れたあと、自暴自棄になったオレは酒に溺れていた。アンジールはオレのヤケ酒に毎晩付き合い、たしなめていた。浴びるほど飲んでいたオレだというのに、酒の害は出てこなかった。
その頃を思い出したのか、アンジールは悔しげに口を閉ざした。
五月蝿い男が黙り込んだのをいいことに、オレは隠れ家から抜け出した。
企みどおり科学部門のラボに侵入したオレは、成果を得られないまま伍番街プレートに戻った。
オレが宝条のもとに行ったとき、先回りしていたザックスと、後からやってきたアンジールがオレを妨害したのだ。オレが隠れ家を出たあと我に返ったアンジールが、セフィロスとザックスに策略を知らせたのだ。
この瞬間から、劣化したG系ソルジャーとして同じ道を歩んでいたオレとアンジールは、完全に敵対することになった。
が、それよりも腹立たしいのは、レイピアを突き付けられているのに余裕の表情の宝条だ。あろうことか、このオレに哀れみを掛けてきたのだ。
「ホランダーに従えば、劣化が治るとでも思っているのか。
哀れ、実に哀れだな」
そのうえ、オレとアンジールを見てこうも言った。
「ホランダーのモンスターがせいぞろいだ」
侮辱にもほどがある。が、アンジールとザックスが相手では、こちらが劣勢だ。
オレは怒りを押さえると、研究室の壁に風穴を開けて脱出し、追ってきたアンジールとザックスを引き寄せるためバハムート・烈を召喚した。
それでも、アンジールは揺るぎなかった。バハムート・烈をザックスに任せ、オレにバスターソードを振るってきた。
「俺はおまえのすることを見過ごすことは出来ない!
ソルジャーの誇りと正義を掛けて、おまえを倒す!」
オレが神羅やセフィロスにしたことをつぶさに見てきたアンジールは、ソルジャーとしての本性を思い出したようだ。
――まったく、おまえはどんな目にあっても、真っすぐだな――…。
親友だった男をある意味誇らしく思いながら、オレは魔法とレイピアを駆使してアンジールと闘った。
魔力をバングルに填まったアルテマのマテリアに込め、オレはアンジールに放つ。奴が素早くウォールで防御する隙にオレは全速力で神羅ビルから遠ざかった。
――さらばだ、アンジール……。
こころのなかで幼なじみに別れを告げながら、オレは翼をはばたかせた。
宝条を襲撃した日以来、アンジールと会っていない。完全に決別したのだ。
――こころが綺麗なアンジールには、オレの気持ちなど分からないのだろうな。
任務先にいるセフィロスから「逢いたい」とメールを受け取ったオレは、森のなかに潜み彼が来るのを待っていた。
伍番街プレートでの情交後、オレ達は度々逢瀬を交わしていた。そうなることを見越していたのだろう、アンジールは恋人を持つセフィロスとオレの情事を知らされるのが堪えられなかったのだ。
ザックス達に見つけられてしまったので、オレとホランダーは伍番街プレートの隠れ家を引き払った。
オレはあてどなく場所を点々とし、ホランダーは魔晄採掘施設のあったアイシクルエリアの廃村・モデオヘイムに魔晄カプセルや実験設備を持ち込んだ。
アンジールの行方は、遥として知れない。――おそらく、どこかでオレたちを見張っているはずだ。
――いつも一緒だったアンジール――…。
無事だといいんだが、な。
袂を別ったとはいえ、やはり淋しさが付き纏う。憧れだったセフィロスを手に入れ、幼なじみであるアンジールを失った。――なんという皮肉だろう。
「オレと待ち合わせているのに、なんて顔をしているんだ」
掛けられた艶のある低い声に、オレは伏せていた顔を上げる。月の光に照らされた美しい容貌と揺れる銀に、オレは相好を崩した。
「――相も変わらず、綺麗だな、あんたは。
月さえも引き立て役にするのだから」
陶然とするオレに、セフィロスはフッと笑う。
「おまえこそ、気障なところが変わらないな」
セフィロスの傍に寄ると、オレは彼を抱き締め、薄い唇に接吻した。舌を絡め濃厚なキスをしながらセフィロスをゆっくり押し倒し、コートのなかに手を入れ、期待につぷりと膨れ上がる突起を指先で揺らした。
長い口づけの後、セフィロスの髪に染み付いた甘い洗髪料と血の香を鼻腔に吸い込みつつ、オレは彼の項を強く吸った。
「駄目だ……跡は残すな……」
喘ぎ以て呟かれた言葉を聞き咎め、オレは顔を上げる。
「何故だ? まさか、ストライフにオレとの関係がばれると不味いからか?」
オレの問いに答えず、セフィロスは意味深に笑う。彼のコートをはだけさせて胸の頂きを愛撫しながら、オレは眉を寄せた。
――セフィロスの真意が分からない。
何より、彼は不誠実なことをしない男だった。
プレジデントとの愛人関係が途絶えたあと、セックスにトラウマがあっても稀に性衝動を感じることがあるのか、セフィロスは適度に女と肉体交渉を持っていた。
が、大抵その女達はミッドガルが誇る高級娼婦で、性欲を処理するために時折関係しているだけだった。オレやアンジールが娼館に行くのに付き合うことがあったため、セフィロスの性生活をある程度把握している。
――ストライフに出会うまで、セフィロスが本気で付き合っている人間はいなかった。
だから、セフィロスと逢いながら、いつも違和感に付き纏われる。
「……セフィロス、あんた……オレを愛してくれているのか……?」
下肢を愛撫する手を止めたオレに、セフィロスは顔を擡げる。
「……そんなこと、大した問題じゃないだろう。
おまえはオレを抱きたい、オレはおまえに抱かれたい、それでいいじゃないか」
澄ました面でそう告げるセフィロスに不安になり、オレは彼を抱き締める。
「……ストライフは?
ストライフは、ただ抱きたいだけなのか?
愛しているんじゃないのか?」
煩わしそうに眉を顰め、セフィロスは身を捩った。
「それこそ、おまえには関係ないだろう。
クラウドはクラウド、おまえはおまえだ。
今夜のおまえは興醒めだな。無駄口ばかり叩いて気分が萎える。
……退け、今日はセックスを止めておく」
起き上がろうとするセフィロスを必死に抑えつけ、オレは彼の口内に舌を挿し入れる。
再開された情事に、セフィロスの息が上がっていく。彼自身を舐めしゃぶるオレの舌技にセフィロスは溺れ、オレの口に情欲を吐き出す。
オレの色欲を煽るなまめいた素振りに、オレはセフィロスが機嫌を直したと覚った。
セフィロスを俯せに返し、秘腔を指で慣らしながら、オレは彼の背筋に接吻する。
――セフィロスは、ストライフとも関係を続けているんだ。
オレというものがありながら、あの小僧と……。
猛烈な嫉妬が胸に沸き上がる。どうしてオレだけでは駄目なのか。セフィロスはオレに抱かれながら、違う時にストライフを抱くのか。
――許せない。オレがあの小僧と両天秤に掛けられるなど。セフィロスはオレをなんだと思っているんだ。
肉の窄まりのなかにある敏感な箇所をオレ自身で執拗に責められ、セフィロスはつややかに喘ぎながら何度も首を振る。
セフィロスが高みに昇った瞬間、オレは気付かれないよう彼の肌に口づけ、背中に花弁のような跡を残した。
が、セフィロスの締め付けにオレも追い立てられ、欲情を彼のなかに叩きつけてしまう。
弛緩するセフィロスの身体に背後から腕を巻き付け、オレは脱力した。――このまま、時が停まってしまえば、どんなにいいか。
いまこのときだけは、オレだけのセフィロスだ。他の誰のものでもない。
オレはセフィロスに愛されるのを、一心に願った。
顔を地に伏せているセフィロスが、彼らしくない蠱惑的な微笑を浮かべているなど、オレは知りもしなかった。
オレは何の疑いもせず、セフィロスとの愛欲にひたすら酔っていた。
end
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