prayer
第1章 無味乾燥した世界で by.Sephiroth
物心ついたころから、オレは戦場にいた。
別段それを嫌だと思ったことはない。誰かを殺すのに抵抗を感じたこともない。
相手の動きを読み、無駄を省きつつ、素早く確実に仕留める。
オレは幼少の頃、初めて戦いに出たウータイ戦役からそれをこなすことができた。
それから幾度も戦いの場数を踏み、気が付けばまわりの者から『英雄』と祭り上げられていた。
オレは大したことをした覚えはない。が、他人には絶対真似の出来ないことだったようだ。現に、オレ程の速い動きで、精確に殺しをする人間はいない。
――おまえは他の連中とは違うのだよ。おまえは、特別なのだ。
いやらしい笑い声を立てながら自慢げに告げられた言葉。
それはこの世で最も疎ましい者から告げられたものだが、現状を見ればそうなのかもしれない、と思わざるをえなかった。
オレは神羅カンパニー科学部門のラボで育てられた。……いや、ずっとそこにいた記憶しかないから、そうなのだろう、としかいいようがない。
ただ、彼らがオレを育成してくれたのかといえるのかは、確証をもてない。
彼ら――研究員は、現・科学部門統括・宝条の指示によりオレから様々なデータを採った。
身体にメスを入れられ、思い出したくもないおぞましいことをされたこともあった。
が、彼らはオレで実験をするだけではなく、オレに教育を施した。オレに数多の知識や教養をたたき込み、武器の扱い方や兵法を身に付けさせた。
そして覚えさせたことをどこまでオレが出来るか、彼らはデータに纏め、蓄積していった。
オレが示したデータに、宝条は狂喜した。
『素晴らしい、実に素晴らしい!
これが※※※※のもたらす力か!』
興奮気味の宝条の声は雑音以外の何物でもなく、耳障りで聞き取りたくない。
何か妙な単語を口走っていたようだが、オレは耳にするのを放棄していた。
宝条は異様といえるほど、オレに執着していた。オレを舐めるように見、粘ついた手つきでオレの身体に触れる。
『美しい、おまえは誰よりも美しい……。
滴るような輝きを持つ長い銀髪、色の白い肌、眩しいほどの美貌……。
おまえほど完璧な存在はいない。
否、おまえは芸術だ。立ち居振る舞い、戦う姿も、この世で至高の美だ』
オレのおとがいを取りくつくつ笑う宝条は、不気味で仕方がない。生理的嫌悪が湧いてくる。
――オレは宝条が嫌いだ。
誰かに対し必要以上に感情を揺らされたことはないが、宝条に対しては確実にそうといえる。
身体を暴かれるような実験をされ、宝条にいいように弄ばれる。――そんな、無味乾燥したラボでの日々。
誰も、オレを『人間』として見ていなかった。
彼らからすれば、オレは実験動物。オレに向けられる『感情』は無かった。
例外は宝条だけ。奴の感情は、オレにとって嫌忌でしかなかったが。
――いや、昔はオレを『人間』として見てくれる人もいた。
宝条が統括の地位を手にするまでその座にいた人物――ガスト博士。
彼だけはオレを人として扱い、愛情のようなものを注いでくれた。
温和で優しいガスト博士。彼との思い出だけが、オレにとって心地よい記憶。
だが、彼は何も言わず神羅を去ってしまった。――オレにも何も言わず、別れの一言もなく。
ガスト博士が居なくなってからのオレは、色のない生活を送っていた。
ただ実験に明け暮れる日々。好奇の対象にされ、非情ともいえる行いをされる。
ガスト博士以外、オレに感情を教えてくれる人間はいなかった。
研究員の扱いに、オレのこころは冷えていく一方で、いつしか何も感じられないようになっていた。
戦場でのオレの姿は、『英雄』として神羅カンパニーに大々的に広められた。
マスメディアを利用し、オレの姿をわざと噂に乗せ――いつしかオレは、誰でも知っている存在になった。
が、その伝聞はいくつか虚偽も含まれており、戦場でオレが立てたという功績は、すべてオレが行ったものでもなかった。
また、映像には科学技術による合成も含まれている。
それでも、神羅はオレの姿を広報した。――オレを神羅の広告塔とするため。
――神羅の行いを、オレはまったくかかわり合いのないことのように眺めていた。
確かに、オレも神羅に協力していた。
マスコミのインタビューを受ければ、台本どおりこたえた。
だが、それはいわれたからやっただけのことであり、オレはどこか空虚な気持ちで受け止めていた。
――いつのまにか、虚偽に埋め固められたオレ。本当のオレはどこにいる?
テレビの液晶画面に映る『英雄』を眺めながら、オレは本当の自分を自分のなかに探した。
――が、それはどこにもなかった。
『英雄』に憧れる者たちがいると、オレのデータ採集をする宝条から聞かされた。
彼らはオレのように戦場で戦うことを志願しているという。
近々科学部門も協力し、神羅カンパニーにソルジャー部門を設置するという。
「なぁに、我が科学部門の力でもって、人体兵器を造るのだよ。
我々の技術を以てすれば、おまえほどでないにしろ、超絶な戦闘力を持った人間を完成させられる」
おまえは特別、と暗に念を押し、宝条は告げる。
神羅カンパニーは、星の命ともいうべきライフストリームを生活に供給できるエネルギー源として利用し、巨大に成長した会社だ。
が、ライフストリームを魔晄エネルギーとして売物にするまでは、兵器の製造をなりわいとする企業だった。
一国家の様相を示してからも、神羅兵を置き、自らのためには戦争を厭わない姿勢にその痕跡を残している。
科学の力でもって人体戦闘兵器を造るという構想に、神羅は前とまったく変わらんのだと、オレはいささか皮肉を孕ませ思った。
「……そこでだ。
正式にソルジャー部門を設立した暁には、おまえはそこに移動することになる」
わたしにとっては、とても残念なことなのだがな、と宝条は付け加える。
正直、オレにはどうでもいいことだった。
ソルジャー部門が出来ようが、オレの配属が移ろうが、やっていることは今と変わりない。
戦場に行き、大量殺戮することは、どう身上が変化しようと同じだろう。
「だがな、ただ新部門にやるのは惜しい。
だからおまえをソルジャーの最上クラスに位置付けさせることを確約しておいた」
ソルジャークラス1stだ、という興奮した言葉を、オレは何の感慨もなく聞く。――本当に、どうでもいい。
興味のなさそうなオレの態度に鼻を折られたのか、宝条は気分を害したように実験を続けた。
それから一年後、科学部門によるソルジャー製造実験は成功し、ソルジャー部門が設立された。
オレの身柄はソルジャー部門に移動となり、オレはソルジャークラス1stの身分に着いた。
が、何が変わるというのだろうか。
何も変わらない。
オレにあるのは、無味乾燥した世界だけ――。
end
-Powered by HTML DWARF-