prayer
第2章 ただ謝りたくて by.Gast
――神羅の科学技術なら、古代種を復活させることも、きっと可能だ。
北の大空洞にある約二千年前の地層から、ミイラ化した人型の生物を発見したとき、わたしは何の疑いもなくそう思い、興奮のまま研究を開始した。
――それが、そもそもの間違いだったのだろう。
若い頃から読み耽っていた、伝承学の本。そのなかに、かつて自然とともに生き、星と対話し人々を導いた古代種の詳細が載っていた。
古代種はわたしのロマンを掻き立てた。わたしは類似の書物を探し集め、さらなる実像を追い求めた。
――古代種は至上の幸福が眠るといわれる『約束の地』を目指し旅した。
が、約二千年前、突然古代種は滅びた。
神秘なる種族・古代種――わたしは彼らを捜し出すことが出来ないか、真剣に考えた。
絶滅したといわれているが、必ずしもそうとはいえない。きっと、古代種あるいは古代種の末裔が生きているはず――わたしはそう希望をつないだ。
そんなとき、アイシクルエリアにある『北の大空洞』の最深部に、謎の生命反応があると治安維持部門から連絡があり、我ら科学部門が動くことになった。
そして、我らは見つけたのだ――古代種を。
古代種は『約束の地』を知る存在。彼らを復活させれば、神羅カンパニーは『約束の地』を手に入れることができる。
わたしはプレジデント神羅をそう説得し、古代種――ジェノバの生体を研究する取り組みを発足した。
『ジェノバ・プロジェクト』と名付けられたこの取り組みに、研究員の宝条とホランダー、そしてルクレツィアとジリアンたちが参加した。
不思議なことに、ミイラ化した女性体のジェノバは、培養液に浸すと瑞々しい肉体を取り戻した。
驚異なる再生力に、これこそが古代種の神秘とわたしは確信した。
が、意思を介することは不可能で、これでは『約束の地』を見つけるというプレジデントへの確約を守ることができず、個人的な目的――古代種と意思疎通を図るというのもできない。わたしは困窮した。
――確かにジェノバはここにいるのに、わたしは見ていることしかできない。
何とかしてジェノバと会話できるようにならないか……。
わたしは忸怩たる思いを抱えつつ、手慰みに今までの研究資料を引っ張りだし読み続けた。
そのなかには随分古い時代のデータがあり、作物Aに作物Bの細胞を混入させることで、作物B'を作り出すことが出来たというものがあった。
まさに、晴天の霹靂だ。
――これだ! この方法を使えば、新たなジェノバの固体を誕生させることが出来る!
わたしはこの研究結果を見倣って、ニブルへイム魔晄炉のなかにジェノバを安置できる部屋を造り、村にある神羅所有の屋敷で新生ジェノバを誕生させる実験を開始した。
「――というわけで、新生ジェノバを誕生させるためには、母体が必要になる。
誰か、新生ジェノバのために身体を提供してくれないか?」
ある意味無体ともいえる願いに、数人の女性研究員が協力を申し出てくれた。
そのなかには、ルクレツィアと並ぶ美しさをもつジリアンもいた。
ちらりとルクレツィアを見たが、彼女は何かに迷っているようだった。
そういえば最近、我々のボディーガードであるタークスのヴィンセントと言い争っていたのをたまたま覗き見してしまった。きっと、ヴィンセントとの諍いを引き摺っているのだろう。
わたしはルクレツィアのことには何も触れず、ジェノバの母体を作るための人体実験を開始した。
それは、女性の体内にジェノバの細胞を埋め込むというものだった。
結果、異常を来さなかったのはジリアンだけで、あとは何らかの拒絶反応があった。
母体の準備が整ったので、次の段階――子を受胎させるための人選を行う。
確実な受精・着床を成功させるため、人工授精させることになったが、ホランダーが精子を提供することとなった。
それと同時に、ホランダーはまだ身体の出来上がっていない胎児に、ジリアンの細胞を埋め込んではどうかと提案してきた。
ホランダーの案を入れ、ジリアンから細胞を採取し、あらかじめ受胎させておいた母体から取り出された胎児に、ジリアンの細胞を植え付ける。
そしてジリアンの卵子にホランダーの精子を受精させ、彼女の子宮に戻した。
――そうして生まれた赤子が、アンジールとジェネシスだった。
が、ふたりの出生時に細胞を採取したところ、普通の子供と変わらぬデータしか検出できなかった。
「まったく、巧い案だと思ったのだがなぁ……」
ビーカーのなかで培養液に浸されているジェノバの銀色の髪を見ながら、わたしはぼやいた。
全身銀色一色のジェノバは神々しく、不可思議な美しさを持っている。
実験が成功すれば、ジェノバの細胞を持つ子から、古代種の知恵や文化を教えてもらえると思っていた。
が、実験は考えていたようにいかず、八方塞がりの有様である。
失意のまま、わたしは神羅屋敷でぼんやり過ごしている。
失敗した子供たちとジリアンは、神羅の手によってバノーラ村に隔離されたという。
「もう、無理かもしれんなぁ……」
腕組みしながらため息を吐いたとき、背後から近付いてくる足音を聞いた。
「いや、まだ手はあります。ガスト博士」
声に振り向くと、宝条とルクレツィアが並んで立っていた。
「……まだ方法があるのか?」
わたしの言葉ににやりと笑い、宝条はルクレツィアを前に引き出す。
そういえば、最近宝条とルクレツィアは結婚したと聞いた。
「胎児に直接ジェノバ細胞を埋め込んではどうです?」
「胎児に直接……?」
問い返すわたしに答えたのは、ルクレツィアだった。
「……妊娠、しているみたいなんです。
最近身体がだるくて、吐き気がひどく……」
わたしは目を見開く。
わたしはルクレツィアに実験を行っていなかった。だから、彼女の腹の子は自然に出来たことになる。
「宝条……おまえの子だろう? いいのか?」
わたしは宝条に聞いたが、決死の表情で訴えてきたのはルクレツィアだった。
「いいんです! わたしも科学者なんですから!
新生ジェノバのためにも、どうかこの子を!」
彼女の決意は硬く、わたしは頷くしかなかった。
次の日ルクレツィアの身体を検査したところ、間違いなく懐妊していた。
わたしと宝条はルクレツィアの胎児に純粋なるジェノバの細胞を移植した。
――そして生まれた子がセフィロス。
この子は出生時から並み外れた数値を示した。
新生ジェノバの誕生である。
セフィロスが生まれてから、わたしは日がな彼を見て過ごした。
待ち望んだ古代種。――ジェノバの息子。
いつか、彼が古代種の生を語ってくれるかもしれない、その日が楽しみだ。
ただ、わたしばかりがセフィロスを構っているのでは、人間としての母親であるルクレツィアが気の毒だろう。
わたしはそう思いルクレツィアにセフィロスを返そうとしたが、宝条は返さなくていい、と言ってきた。
セフィロスは体外受精によって出来た子ではなく、宝条とルクレツィアが愛し合って生まれた子であるはずだ。
それなのに抱きたがらないのは、母親としてある意味おかしいのではないだろうか。
当たり前のことを少しは思いもしたが、結局わたしはジェノバの子とずっといたい欲に勝てず、セフィロスを側に置き続けた。
ジェノバの細胞を受けているからか、セフィロスは非常に美しい子だった。
銀色の髪は日を受けてきらきら輝き、桃色にそまる白い頬は幼児らしくもっちりとしている。
四歳の彼は全体的に抱き心地が柔らかく、吸い込まれそうな翠の瞳に、見ていて陶然となる。――愛らしくて、仕方がない。
――が、幸せの一瞬はすぐに破られた。
ルクレツィアの身体に異変が起こり、倒れたのだ。
身体がざわざわする、眩暈が酷い――ルクレツィアはそう訴え、苦しそうに息を吐く。
そして、彼女は言う。
――どうしてか、飲み物も食物も口にしたくない、何も食べなくても大丈夫そうな気がする、と。
確かに、長い期間身体の不調にあり、衰弱して満足に栄養も採れていないのに、ルクレツィアの体型や顔色に変化はなかった。
――どういうことだ? これは。
わたしは頭を抱え込み、研究室で資料を漁った。
そして、ふと見る。――セフィロス出生時の、検査データを。
――はるかに、人間の値を超えた数値。
まさか……ルクレツィアにも影響を?
セフィロスが胎内に居る間、ずっと護り育んできたルクレツィアの身体。――セフィロスのジェノバ細胞が、胎盤や羊水を通してルクレツィアにも浸透していたとしたら?
――ジェノバ……古代種。至高の幸福が眠る『約束の地』へ導く存在ではないのか?
これでは、至高の幸福どころか……厄災ではないか。
ジェノバの存在意義が揺らぐ。――古代種とは、本当は何なのだ? 言い伝えられた存在ではないのか?
――真実を……もっと確実な真実を知らなければ。
早朝、わたしは皆に黙って、ひっそりとニブルへイムから出た。
行かなくては、星の歴史が集う場所――コスモキャニオンへ。
そして、わたしはコスモキャニオンで真実を知る。古代種が滅びたわけを。
――約二千年前、星に謎の生命体が現れ、古代種と争ったという。
約二千年前の、謎の生命体?
微妙に辻褄があう。
ジェノバの人ならざる、あの容姿。異様な生命力。
――わたしが誕生させたものが……謎の生命体の細胞を組むものだとしたら?
わたしは恐ろしさに、バーのテーブルに突っ伏するように身体をもたれさせる。
飲み物を持つ手が、ぶるぶる震える。
「わたしは……とんでもないことをしてしまった……」
わたしの呟きは、小さくテーブルの上に落ちた。
悔恨に苛まれたわたしはニブルへイムに戻らず、ジェノバが発見された土地、アイシクルエリアに向かった。
もう神羅に戻る気はない。――わたしは、自分が犯した罪と向き合うのが怖かった。
アイシクルエリアにある小さな村で、わたしは運命の出会いをした。
本当の古代種――セトラの末裔・イファルナ。古代種であることなど関係なく、一目で彼女と恋に落ちた。
傷心のわたしを優しく包み込んでくれたイファルナは、わたしにセトラの歴史と本質、そして空からきた厄災――ジェノバとの命懸けの戦いの行方を教えてくれた。
自然とわたしたちは結ばれ、娘・エアリスを授かった。
愛しい妻・イファルナ、大事な娘・エアリスと寄り添い、わたしは幸せだ。
でも、一瞬ともセフィロスのことを忘れたわけではない。
むしろ、わたしの勝手な思い込みのために、普通の人として生きられたはずの運命を捻じ曲げてしまい、懺悔したい気持ちでいっぱいだ。
叶うなら、彼が残酷な事実を知る日が来ないよう、ひたすら祈りたい。
そして、ジェノバに惑わされず、唯人としての一生がもたらされんことを。
end
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