男と女 (a title distribute by. Regenbogen)
興和(こうわ)三年(541年)、秋――。
「かあちゃま、かあちゃま」
三歳になる娘・英釵が菊の花を手に、母のもとに駈けてくる。雪華は娘を腕に抱き留めた。
「母さまにくれるの? ありがとう」
英釵から花を受け取り、雪華は娘のもちもちした頬に頬を擦り寄せた。
閑かな秋の柔らかな空気が漂う、平和な午後の昼下がりである。
庭で娘と遊んでいるのに夢中になっていると、屋内から赤子の泣き声が聞こえてきた。
「あらあら、小隆(しょうりゅう)が起きてしまったわ。
母さまは小隆のところに行かなくてはいけないから、英釵は阿娉(あへい)と遊んでちょうだいね」
自身を放して立ち上がった雪華に、英釵はぶうっと膨れる。が、乳母の阿娉が近づいてくると、英釵は乳母のもとに走っていった。
雪華は娘が乳母に抱きつくのを見届け、屋内にいるもう一人の子・小隆のもとに向かう。
小隆は今年の正月に生まれた男児である。英釵を産んでから三年後、雪華は再び高愼の子を授かったのである。
息子の部屋に着くと、火が点いたように泣く小隆を抱いて困っている彼の乳母・月桂(げっけい)に微笑み、雪華は息子を抱き締める。暫らく乳を含ませていると、小隆は眠そうに目を細めた。
「やはり、母君さまのお乳が、お子さまには一番よろしいのでしょうね」
少し残念そうな月桂に、雪華は苦笑いする。
「わたくしは月桂が居ないと、とても困ってしまうわ。
夜は旦那さまのお相手をしなくてはいけないもの。子供たちを構ってあげられなくなってしまうの」
「……本当に、ご主人さまと奥さまは仲がおよろしいのですね」
当てられたように言う乳母に、雪華は複雑な微笑みを見せた。
夫・高愼は相変わらず外に遊興に出たきりで、夜まで戻ってこない。夜になると夫婦の時間に束縛されるので、雪華は昼に沢山子供と接する時間を持つようにしている。夫も気に掛けてくれているのか、前ほどには昼最中に求めてこなくなった。
それは、高愼をして闇雲な雪華への粘着を起こす切っ掛けを作った男・高澄が女遊びをしなくなったことにも原因がある。
三年前にはまだ人妻とのいざこざの噂があった高澄だが、二年前から素行が急に大人しくなった。どうも、本当にこころを奪われる女性が出来たらしい。
暫らくその女性にはまりこんでいたようだが、ある時を境に、高澄は妾たちを相手に荒んだ生活をするようになった。本気で愛した女性に裏切られたか何かだろう。やがて彼は正妻の馮翊公主のもとに戻るようになり、公主と蜜月を送っていた。
そのこともあってか、公主は今年の夏に男児を出産した。公主の弟である東魏の皇帝や大丞相高歓は、公主の胎からの男児誕生を心から喜び、盛大な祝いをした。高澄には妾腹の男児が二人いるが、正妻である公主所生の男児は居なかった。だからその子が高澄の正嫡となった。
嫡子が生まれてから、高澄は更に公主と睦まじい生活を送っているという。
雪華は高澄とのあの夜が遠くなるのを感じていた。彼との記憶を惜しんでいるのではない。徐々に風化していくことにほっとしているのだ。それは、高愼も同じ事だろう。
が、高愼の雪華に対する扱いが変わったわけではない。相変わらず淫らな言葉で罵られ、遠慮なしに彼女を抱く。変わったのは、彼女を殴ることがなくなったくらいだ。
それには理由がある。雪華にとっては恥ずかしいことだが、淫らで汚い言葉で翻弄され、加減なしに愛撫されると、間違いなく肉体の感度が上がってしまうのだ。雪華の女体を開いたのは高澄だが、更に淫らにしたのは高愼に違いないのである。
それでも、高愼が今何を思っているか、己をどのように見ているのか解らない。雪華は聞くのが怖いような気がした。
「義姉上さま、気を付けたほうがよろしいかもしれませんわ」
小隆の顔を見に来た高昂の未亡人・張氏が意味ありげに話しだした。
彼女は四十路にもうすぐ手が届くことから再婚を免除され、高昂の第に留まっている。
長男の突騎は二十歳を越したが、他の息子はまだ監督が必要である。息子たちの嫁探しもしなければならないので、張氏の役目はまだまだ尽きない。
高昂が死亡した当初、彼が張氏のもとに通っていた奇怪な現象は、現在はすっかりなくなっているという。
『もうこの世に用がなくなったのか、わたくしが女の魅力を無くしたからか、夫には未練がなくなったのでしょうね。
わたくしも夫が成仏してくれて、助かりましたわ』
と減らず口を叩きながらも、語った張氏はどこか寂しげだった。
今は時折雪華のもとに遊びに来て、他愛無い話をするのを楽しみにしている張氏である。
その彼女の言葉に、蜂蜜と生姜を入れた湯を啜っていた雪華は、椀を口元に持っていく手を止めた。
「どういうことですの?」
雪華の問いに、張氏は小隆を抱き上げながら眉間を曇らせた。
「義兄上さまの最近の行いが醜いというので、高大丞相がお怒りなのだそうです」
危うく椀を落としそうになるほどの衝撃だった。いつか大丞相高歓の不興を買うだろうことは解っていたが、ついに来た、と雪華は息を呑んだ。
雪華の狼狽の様子に、張氏は心配な様子で見守る。
「そう…ですか……」
ようようそう言った雪華に、張氏は嘆息した。
「義兄上さまのことをお怒りだとしても、夫のことがありますから、高大丞相も大目に見てくださるかもしれませんが……」
高昂が殺されたと知ったとき、高歓は嘆き、深く喪に服した。高昂は過去に高歓に多大な信頼を寄せられており、それが害を少なくする可能性はあった。
雪華はもうひとつの懸念を尋ねる。
「高吏部尚書は何も言っておられないのですね?」
張氏は頷く。
「今はご自身の幸せにこころを奪われていらっしゃるでしょう。
きっと義姉上さまとのことも忘れていらっしゃいます」
それを聞いて、雪華は少し安心した。父である高歓より高澄のほうが、根に持つ性質をしているかもしれないと思ったからである。
「そうですね、わたくしからも、それとなく夫に言っておきます」
気を持ちなおした雪華に安心し、張氏は第を辞していった。
夜の帳が降りた頃、雪華は一糸纏わぬ姿となり、同じ姿の高愼の身体を愛撫していた。今宵は夫から衣をすべて脱いで奉仕せよと言われ、黙ってそれに従っている。
雪華は夫の乳首を舌で転がし、指で引っ張ったりしている。彼女の乳房は乳汁を溜め込んで、張り詰めていた。彼女は昼間に積極的に子に授乳している。故に、子に乳を与えない限り乳汁が溜まって石のように強張ってくる。乳首が夫の肌に触れるたびに、激痛が走る。
顔を顰めながら愛技を続ける妻の顔を見ながら、高愼は話しだした。
「高賀六渾(こうがろくこん。高歓の字)が、わたしを煙たがっているようだな」
ぴたり、と手を止め、雪華は顔を上げる。高愼は無言で彼女の頭を掴み、自身の胸に伏させた。そのまま愛撫を続けよということだろう。雪華は舌でぷくりと膨らんだ固い木の実をねぶる。
呻き声を洩らしながら、高愼は言葉を続けた。
「わたしは高賀六渾が入朝した暁には、刺史として京師から出られるよう願い出るつもりだ。
高賀六渾も、そのほうがせいせいするだろう」
不意に髪を撫でられ、雪華はどきりとする。
今まで房事の折に夫がこんな優しい態度を取ったことはなかった。否、平生でもない。ただ、彼女が寝ているときに身体を撫でることはあったが。
「そなたは、どうする……?」
問われ、雪華は頭をもたげる。いつにない柔らかな目で、高愼は彼女を見ていた。
「どこへなりとも、付いていきます」
強い口調で言った雪華に、高愼は目を細めた。
「そなたは、馬鹿な女子よな」
「……えっ!?」
高愼は身体を起こし、雪華を真っすぐ見る。その瞳には、すでに優しさの欠片は無かった。
「……わたしは、離縁してもよい、と言っているのだ。
崔氏との間に授かった子は希倫に預け、そなたとそなたとの間の子は李氏一族に戻す」
雪華は目を見開き、かぶりを振った。
「李氏一族はわたくしにとって、帰れる場所ではありませぬ!
裏切り者の家系の者を、誰が安んじて受け入れましょうか!」
気色ばんだ彼女を制し、高愼は言う。
「李普済(りふさい)殿に頼むつもりだ。」
李普済と雪華では、遠い血の繋がりしかない。彼女の曾々祖父の弟が普済の祖なのである。全く面識もない人に身を預けるなど、彼女の本意ではなかった。
「わたしと離縁さえすれば、若いそなたは誰とでも再縁することが出来るだろう。高子恵とも……」
「嫌ですッ! 絶対に嫌ッ!」
泣き叫んで、雪華は高愼の腕を掴んだ。
「旦那さまだけをお慕いしています!
それなのに、あんまりでございます! あれだけわたくしに無体な振る舞いをしておきながら、いらなくなれば捨てるのですか!
それなら何故、高吏部尚書と不貞を働いたときに離縁なさらなかったのですか!
わたくしは…旦那さまを愛していますのに……」
そう言って、雪華は高愼の胸に泣き崩れた。肩を震わせ嗚咽する彼女の背に、固い腕が廻される。雪華はびくり、とした。
歎息を吐き、彼女の耳元に高愼は囁く。
「……わたしはいつか、西魏に走るつもりでいる。
逃げ切れば身は安泰だが、捕らえられれば処刑されるだろう。
わたしと行動を供にすれば、そなたらの身も安全ではなくなる。死を賜るか、あるいは奴婢として他の者に下げ渡され……」
いつのまにか、夫の腕が震えている。
雪華は夫の怖れを、今まさに理解した。夫の背に腕を廻し、厚い胸に頬を付ける。
「……覚悟しております。
死するとしても、旦那さまとともに。生きて捕らえられるなら、その場で自害いたします。
今度こそ、躊躇いませぬ」
雪華の決意の言葉に、高愼は暫し茫然としていたが、ややあって彼女の耳の奥深くに囁く。
「……本当に、そなたは馬鹿な女子だ。
わたしがそなたを粗末に扱ったときに、愛想を尽かしていればよかったものを。
だから、わたしもそなたを愛したのだが」
え――…、と高愼を見る雪華の長い黒髪を弄びながら、彼は想いの丈を口にする。
「いや、崔暹の第での宴ではじめて会ったときから、わたしはそなたに惹かれていた。
あの頃のそなたは稚かったが、今は朧たけた大人の女となったな。
高子恵にそなたを奪われ、そなたがこころ惹かれたことに、わたしは嫉妬していたのだ。だから、そなたを手荒に扱った。愛撫に乱れるそなたに、再び高子恵を妬んだ。
だが今のそなたが淫らになるのは、わたしが相手だからなのだろう?」
雪華にとっては嬉しい告白だが、閨での睦事に関することを指摘されるのは、正直恥ずかしい。彼女はもじもじと頷いた。
妻の様子に、高愼は優しく微笑む。
「そろそろ、わたしも素直になる頃合いなのかもしれぬな……。
そなたを毎夜求めるのは、そなたを責め苛むためではない。過去は嫉妬からそうしたが、今は違う。
そなたを愛し求めるが故に、わたしはそなたを抱くのだ」
「旦那さま……」
「愛撫に乱れるそなたに煽られ、また激しくそなたの身体を愛する。そのような蜜の時も、また善いものよな……?」
羞恥に頬を染めながらも、雪華は頷いた。
高愼は彼女の頤をとると、可憐な唇に接吻した。舌を互いに吸い、擦り合わせながら、彼は妻を寝台に横たえた。血管が透けて見える張りのある乳房を揉みしだきながら、親指で赤く尖った突起を弾ませる。雪華は激しい痛みを堪えていた。
「う、うッ……!」
妻の呻きを聞きながら、高愼は唇で乳首を挟み込み吸引する。吸われた刺激に、一気に乳汁が溢れ出てくる。高愼は黙って乳を飲み続けた。
「あ、あなた……!」
喉を鳴らして乳汁を飲んでいる高愼に、雪華は戸惑って声を上げた。
高愼は妻が授乳期にあるとき、必ずといっていいほど乳を吸ってくる。もう一滴も搾り取れない、というくらい乳を出させるのだ。子供に乳をやるのは幸せを感じるが、夫に乳を吸われるのは何度されても慣れることができず、恥ずかしさが込み上げてくる。それを解っているから、いたぶるために夫は乳を飲むのだろうが……。
何時間も小隆に乳を含ませていなかったので、がちがちに固まっていた乳房が、夫に乳を吸われて大分柔らかくなった。皮膚に指が入るくらい乳房に撓みが出てくると、高愼は顏を上げて妻に言った。
「乳を溜めすぎているのではないか? 痛かろうに」
「な、なにを仰るのですか……いつも、わたくしの乳を搾り取られるのを好んでいらっしゃるのに……」
「それはそうだ」
羞かしげな雪華の指摘に、高愼は笑う。確かに情事の間に、母乳を乳房からすべて抜いている。
彼女は知らないかもしれないが、高愼が気を遣ってしている節があった。子に授乳しているとはいえ、雪華の場合四六時中というわけではない。大半を乳母に任せているので、乳房が張って痛がっていた。折を見て乳を搾っているのだが、それでもすぐ張ってしまう。
故に、彼女はいたぶるための手段と思い込んで、まったく知らなかったのだが、高愼は秘かに夜の愛歓の時に協力していたのだ。
未だ口をつけていないほうの乳房を吸い、乳汁を出させる。口いっぱいに広がる乳汁の味は、凝ったように甘かった。こうしていると、母に乳を含まされる子供のように思えてくる。が、間違いなく、相手は妻であり、自身の子のための乳汁を分泌しているのだ。
乳を吸っている間に、柔らかくなったもう片方の乳輪と乳首の間を絞るように揉む。ぴゅうっ、と乳汁が勢いよく飛散し、彼の肩に掛かった。何度もそれを繰り返し、乳を飛ばし続ける。そうしているうちに、吸っていたほうの乳房を柔らかくなった。
「これで、少しはましになったか」
乳房を柔々と揉むと、雪華が羞恥に頬を染めて頷く。
「でも……とても恥ずかしいです……」
そう言って照れる雪華の背後に廻り、高愼は彼女の脇から両の乳首を揉む。突き出すように何度か揉み、左右に捻って乳首を押し潰す。何度か繰り返しているうちに、雪華の口から甘い吐息が漏れてきた。
「あ、ぁ、旦那さま……っ」
彼女が感じているのをいいことに、高愼は乳房を揉みしだき、乳首への刺激を加え続けた。母乳は尽きることなく飛沫を上げて出続け、彼女の身体を汚している。
高愼は彼女の下肢の奥地にある秘境に指を差し入れる。既に、そこは洪水状態になっていた。
雪華の身体を向き直らせると、彼は膝を立て気味に胡坐を掻き、自身の片膝の上に彼女を跨らせた。そのまま女の花を膝で擦り上げる
「ああああっ……!」
雪華の喘ぎが激しくなる。緩やかに花弁を摩擦しながら、高愼は彼女の乳を搾った。飛び出た乳汁が、彼の顔や首に掛かる。
徐々に膝を下ろしながら、蜜に塗れた大輪の花と乳房への刺激を続ける。肉芽が膝に擦れて、雪華は腰をびくびくと震わせた。乳は尽きることなく、搾るたびに飛散して彼の身体に掛かる。
「けしからぬ乳だな。わたしの身体をこんなに汚して楽しいか?」
「あぁんっ、だ、旦那さまがぁ……っ」
首を振って否を唱えようとする雪華の乳首を、高愼は捻るようにぎゅっと摘む。同時に蜜花を素早く擦られ、彼女は乳を迸らせながら逝った。
高愼はにやりと微笑み、雪華を寝台に仰臥させ、膝立ちした状態で彼女の浮かせた腰を抱えると、彼女のなかに己の硬茎を沈める。
「ああああッ!」
暫く小刻みに腰を叩き付けたあと、高愼は雪華の背を抱き起こし、繋がったまま座り込んだ。彼女を跨らせたまま向き合う形となり、そのまま濃厚な接吻を交わす。雪華は夫の太い首に腕を廻した。
唇を離すと、銀の糸で互いの舌が繋がれた。雪華は高愼に凭れかかる。彼女の耳に、夫は囁いた。
「……わたしと、どこまでもともに行くか?」
雪華は頷き、言った。
「……行きます、どこまでも。わたくしの居る場所は、旦那さまのいらっしゃる場所です」
「……そうか。後悔するなよ」
「……しませんわ」
静かにそう言葉を交わしたあと、高愼は下から妻を突き上げた。思わず雪華は仰け反る。
「あぁっ……!」
突き出す形となった女の乳首に、男は吸い付いた。己の子のための乳汁を吸いながら、彼は己のものである女に、所有の証である一突きを見舞わせる。女は一際高く細い喘ぎを洩らした。
何度か刺し貫いた後、高愼は寝台に仰向けに倒れた。心得たように雪華は自ら動き出す。たわわな尻を弾ませながら膣の中を回転させる。子をふたり生んでから、締め付けがよくなった花壺に、高愼は呻いた。手を差し伸べてくる妻に、夫は指を絡める。そのまま雪華は高愼に覆い被さり、再び口づけした。
舌を絡め摩擦し合いながら、彼女の下の口でも屹立を擦り合わせる。速まる蠢動に、高愼は身体を起こしそのまま雪華を押し倒した。乳を出し続ける乳房を揉みながら、彼は際に向かって短い間隔で陰部をぶつける。淫液の泡立つ淫らな水音が、互いの交合している場所から響いた。
「ああぁ、あなたぁッ――!」
悲鳴を上げながら、雪華は大腿を痙攣させがら蜜襞を蠢かせ、無理やりに吸引した。高愼は妻の蠕動に抗えず、膣のなかで子種を吐き出した。腰を震わせながら、彼は種を全て雪華のなかに出し尽くし、妻の上に倒れこんだ。そのまま互いに笑顔を浮かべて、ふたりは口吸いした――。
雪華が高澄に犯されてから四年。すれ違っていた夫婦はようやく男と女として向き合うことが出来た。
ふたりは互いに幸せに酔い痴れながら眠りに就く。
が、運命の波の残酷さが、ふたりを遠慮なく呑み込もうとしていた。

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