服脱いで


「衣を脱げ」

 寝台に足組して座す、嘲笑を含んだ男の言葉に、杜蘭香は彼を睨み付ける。
 煌々と点いた明かりが、隠し処なく彼女の全身を曝す。
 意に沿わず盛装した姿は、彼女が自己以外の思いの儘にされている証拠。
 高く結わえた雲髪、額に挿した赤子、ぽってりと柔らかい唇に濡れて輝く紅、
技巧が施された華美な絹、腕に纏い付けた領巾――生来の自然な姿からかけ離れた、人工の華飾。
 野のままに伸びやかな、天衣無縫の彼女を愛した男とは遠く隔てられ、蘭香は憎悪する男――宇文瑛の閨に閉じ込められている。
 怒りに輝く眼に、鼻先だけで失笑し、瑛は決断を促す。
「ふん? 俺に抗うのなら、それでもよいのだぞ。
 おまえが愛する仲間や、北斉の若僧の命を捻り潰してやるだけのこと。
 今でも、我が手の者があれらの傍にいる。この閨に潜む配下が直ぐ様動けば、
一時もせぬうちに其ッ頸を掻くだろう」
 酷薄な眼差しに、蘭香は瞠目する。暫時唇を戦かせたが、堅く目を瞑り、震える手を腰帯に延ばした。
 ――そうよ、厭だなんていってられない。わたしはあの人を助けるためにここに来たのだもの。
 するすると衣擦れの音が発ち、帯と下裙が朱塗りの床に落ちる。単衣の袷を開き、領巾共々脱ぎ捨てる。
 襦袢だけになった姿で、蘭香は己の胸を両手で包む。
 激しい目線を充てたまま動きを止めた少女を、瑛は獲物を玩弄する獣の面持ちで見据える。
「誰が手を止めろといった。おまえは先程の俺の言葉の意味を解ってないらしいな?」
「……解っているわよ! 全て脱げばいいんでしょう?!」
 蘭香は怒気を露に叫び、一気に下紐を解くと半ば捨て鉢に襦袢を引き剥がした。
 瑞々しい薄紅の肌、豊かに膨れた乳房に括れた腰、黒々とした叢、すらりと延びた白い下肢が瑛の眼に入る。男は口角を釣り上げた。
「こちらに来い。寝台に上がれ」
 今更抵抗もできず、蘭香は言いなりに寝台に近づく。瞳だけは鋭利に力を漲らせ、寝台に身体を乗せた。
 瑛は片手でほっそりとした娘の肢体を突き倒し、床に沈める。衝撃に蘭香から呻きが洩れる。
「股を大きく開け」
 瑛の無体な命令に、蘭香は息を詰める。どこまで人の矜持を傷つければ、この男は気が済むのだ。
 が、拒否することは出来ない。たったひとりの愛する男を助けるためなら何でもすると、こころに誓って北周に入ったのだから。
 魂が引き裂かれる。こころをなぶり殺される。そんなときいつも脳裏に出てくる名。

 ――長恭さま……長恭さま……。

 誰よりも美しい人。性別を超えた艶麗さを持つ男。水面の如く濁りのない澄んだ精神。その何もかもに惹かれた。魂のすべてを掛けて焦がれた。遠く離れた今でも最も愛する人。
 仇に抱かれ、身体を余す処なく汚された今、この身は清らかな彼に相応しくない。瑛に悟られぬよう、ただ密かに長恭の面影を愛するのみだ。
 ――既におまえは奈落の底に堕ちてしまったのだ。いまの現況がおまえに相応しい。
 嘆くな、悲しむな、ただ淡々と身体を開け。おまえが愛する男のために出来ることは、それしかないのだから――。
 内なるもう一人の蘭香がそう嘯く。
 脳内に浸透する声に、蘭香は従う。瞑目すると自ら膝裏を抱え、明るい燭の下に、濃桃に色付く花びらを晒す。
 目尻に浮かぶのは絶望。心身ともに捕われた己にたったひとつ許された自由――涙。
 長く感じられる間。強く閉じた瞼に遮られているが、瑛の視線が剥き身の雌に粘りを帯びて絡み付いているのが解る。
 身じろぎも出来ず、見られている刺激に、震えてぱくぱくと口を開ける花びらから艶やかに滲むものがある。
 蘭香の身体が弾む。――漏れ出た雫を、生温い舌で舐め取られ、束の間舌先が濡れた粘膜の内に入り込む。
 迫ってくる牡の濃厚な体臭。剥き出しの胸乳に微かに触れる筋肉質な胸板。
 ひくり、と蘭香が震えると、頭上で金属音が鳴った。薄く目蓋をあけると、花鈿や笄が外され、長い髪が寝台に流れた。
 骨張った指先が、花芽を摘む。蘭香は息を呑む。空いた男の片手が盛り上がった乳房を揉みしだく。舌先で乳首をちろちろと突かれ指で雌蘂を捏ねられれば、次々と蜜が湧き出る。蕩々と溢れる和泉に指が忍び込めば、娘は肢体を反らした。
 ――いやッ! 声だけは出したくない!
 蘭香のなかで唯一譲れないもの。

 ――この男にこころを渡さない。肉体の愉悦を憶えない。醒めた精神と肉体を持ち続け、溺れない。

 それが、蘭香の拒絶の意志。
 が、百戦錬磨の男は容赦ない。女の肉体を悦ばせる術を繰り出し、悦楽をじわじわと染み込ませ、潤ませる。蘭香にはあとがなかった。
 唇を噛み締め、女は声が洩れるのを押さえる。
 膣の奥を男の何本もの指で細やかに掻かれ、痛々しく膨れ上がった花芯を休む事無くいたぶられる。とめどなく溢れたぎる淫水が腿に何筋も跡を引いて流れ敷布に染みを作る。
 大きな手のひらに包まれ、ぐにゃぐにゃと軟らかく形を変える乳房に、先端の突起は男の手のなかでこれ以上ない程に尖る。淫らな水音をさせ木の実をねぶるようにしゃぶられている一方の乳首は赤く突き出ていた。
 肉体の変化は明らかだというのに、それでも蘭香は声を噛み殺し、瑛にひれ伏さない。
「……強情な、女だな」
 欲情に擦れた男の声がした途端、胎内で蠢いていた指の動きが激しくなり、粘液で塗れた花芽を潰さんばかりに乱暴に揉み擦る。
「…………ッッ! ……ァァッ! ……ハアァッッ!!」
 たまらず出そうになった喘ぎに、蘭香は唇を食い破りそうになるまで、力を入れる。その前に無理矢理口を抉じ開けると、瑛は舌を女の口内にねじ込んだ。
 深く舌を絡め取られつつ、蘭香の肢体は小刻みに痙攣する。
 絶頂の飛沫が瑛の手に降り注ぐ。
 が、次の瞬間。
「――ウッ! ウ――ッ!!」
 唇を奪われたまま、蘭香は藻掻く。
 深々と、瑛の雄が彼女の滴る壺に突き刺さっていた。間を置かず激しく抜き差しする剛直を、蘭香の意思に反して柔軟な襞が強くはむ。
 耳を汚すぬめり。局部を打ち付ける音。競り上がってくる吐息。子宮に直接的に伝わってくる振動。内壁を摩擦する逞しい楔。そのすべてが彼女の肢体を翻弄する。
 瑛と身体を繋げるようになって半年。長恭を救うため自ら北周に赴くことを選択した。半ば無理矢理犯され、瑛の持ちものになった。
 夜毎肉体を貪られ、男の持物にぴたりと己の隙間が填まるような錯覚さえしてくる。
 溶けた蜜壺は強靱な刄を飲み込み吸い付き、もう放さぬと力強く絞り上げる。
 蘭香の身体は、瑛の肉体に慣れ、嬉々として食らい付いている。――それが、
己を愛してくれた長恭を、ひいては己のこころを裏切っているような気がする。
 だから――怖い。声など挙げられない。瑛になびいているなど、思いたくない。考えたくもない。――否定したい。

 ――いやァッ!! いやッッ!! 長恭さまッ!! 長恭さまァッ!!

 瑛に抱かれるごとに、惑乱してこころの内で泣き叫び、長恭を呼ぶ。
 否、本当に涙を流していた。自由なのは涙だけ、涙だけが蘭香の真実を証してくれる。
 散り散りばらばらにされた蘭香のこころと身体。悦楽に舞い狂う肢体を、瑛は凶器で容赦なく深々と抉る。涙で濡れる頬に構わず、激しい接吻を繰り返す。

 ――狂わば狂え。俺に食らい付け。悦楽に酔い痴れあの男を忘却の彼方に放り込め。

 蘭香に目を付けたのは、己が先だった。
 娼婦のごとき豊饒な女の性を持ち、海のように懐深く掴み所がない。男を蕩かせ溺れさせる。柔らかな腕に男を憩わせ、甘い熱が男の性を鎮める。
 高長恭の命を盾にとり、蘭香を無理強いに奪った。己に従おうとしない蘭香を力で屈伏させた。今尚、彼女との夜は戦いに似ている。
 それでも、己より十歳は年若い蘭香に、強い執着を感じずにはいられない。たかが小娘だといのに、芳しく匂いたつ女の香は、他の女と比べものにならない。愛など関係ない、この女は己だけが手に入れるべきものだ。――瑛は強く念じていた。
 だから、己に貫かれながら涙ながらにこころのなかで誰の名を叫んでいるのか、考えるだけでも不快だった。
 狂乱のなかで女の口から滑り出てくる違う男の名。意識が半ば飛んでいる蘭香は己が現つに彼の名を呼んでいるとは知らない。が、己はまざまざと聞いてしまった――。
 それから、男の名を聞くまいと、蘭香を攻めながら瑛は彼女の唇を塞ぐ。
 激しさを増す交接。麻痺する陰部の感触。汗に塗れ熱を上げる互いの肉体。飽和する意識に夜の終わりを感じる。
 がくがくと震える蘭香の腰を強く掴み、強烈な女陰の吸着に堪らず、瑛は精を女の奥処に吐き出した。
 どくり、と己の奥深い場所に奔流を感じ、蘭香は意識を失った――。


 涙の跡が残る蘭香の面を見つめつつ、瑛は寝衣を羽織る。
 いくら肉体を奪っても、こころだけは己のものにならない。――あの男がいる限り。
 蘭香のこころを奪った宿敵――高長恭。

「文襄の子・高長恭――覚えておくがいい。貴様だけは絶対に俺が殺してやる」

 明かりを落とした闇のなかで、瑛はうっそりと、凄惨に笑った。






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