「太ももまで伝ってる。」
「え、今からここでするの?」
平城の北辺を護る「懐朔鎮(かいさくちん)」の隊士である高歓(こうかん)によって、鎮獄隊(ちんごくたい)の宿舎に連れ込まれた豪族の娘・婁昭君(ろうしょうくん)は、無造作に戎衣(じゅうい)を脱ぎ捨てる高歓に向けて頓狂な声を上げた。
「君はわたしと結婚するつもりだといっただろう。
ならば、既成事実は早い目に造っておいたほうがいい。
君の兄上は、君とわたしとの結婚を許してくれないかもしれないからな」
狼狽する昭君に構わず、高歓は肌着を脱いでしまった。
鍛えられた厚い筋肉の付いた鎖骨や胸板、くっきりと割れた腹筋に、昭君は赤面して、目のやり場に困ったという風に顔を覆いながら、興味本位に指の隙間から高歓の上肢をちらちらと見てしまう。
――馬上で賀六渾(がろっこん)殿と昭が既成事実がどうとかって言ってたけど、余りにもせっかちすぎるわよ。
あたしは、もっとゆっくり愛を育んで、それから夫婦の睦び事をすると思ってたのに……。
が、事の発端は昭君にあるのだ。昭君の側から高歓に接触したのだから。
『きっと、あれがあたしの望んでいた男なのだわ……!』
初めて彼を見たとき、昭君は確かにそう思った。
夷狄(いてき)の侵入を防止するための城壁の上では、高歓に色仕掛けのようなこともした。
でもあれは、必死だったから出来た事だ。平常の精神では、衣越しとはいえ、自ら男の手を取って己の胸乳に触れさせるなどするはずがない。
昭君は早くに父に死なれ、母や年の離れた兄・婁壮(ろうそう)に厳しく育てられてきた。女性としての教養や作法なども叩き込まれている。
だから、平静な状態に戻ってしまっている昭君からすれば、兄弟以外の男と密室でふたりきりになり、男の半裸姿を見るというのはかなり気恥ずかしいことだった。
寝台の上に座っていた昭君は立ち上がり、そわそわと扉に向かってしまう。
「どこに行くんだ?」
後ろから高歓に声を掛けられ、彼女はびくりとし、強張った表情で振り返る。
「……か、帰ろうかと思って……」
恐る恐る高歓を見る昭君に、彼は腕組みして彼女の様子を見た。その顔には、底意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「帰るのか? そうか、帰るつもりなのか。
だが、下には義兄上や遵業(じゅんぎょう)たちが居るぞ。彼らはわたしたちに遠慮して階下で待機しているのだ。今、君が翻意して下に降りると、皆から質問攻めにあうぞ。『何か不都合なことがあって、契りを結べなかったのか』などとな」
うっ、と詰まり、昭君は目を丸くしてしまう。
昭君はここに連れてこられたときに粗方観察していたが、宿舎といっても粗末なもので、壁が薄く音が筒抜けなのはおろか、上階の音が漏れるくらい漆喰の隙間が多い。
全く、私事が筒抜けな建物である。そんなところで、あられもない情事を行うというのが、更に怖ろしい。
高歓の義兄である尉景(いけい)は高歓の姉と結婚しているので問題はないが、高歓の同僚である司馬子如(しばしじょ。字は遵業)や蔡儁(さいしゅん)たちは若盛りの男である。殺伐とした場にありやすい彼らは血気盛んで、女と見れば血が騒ぐだろう。
そんな状態で妖しい物音を立ててしまえば、男たちのひとり遊びの格好の餌食だ。
が、この付近は宿舎以外は野原ばかりで、青空の下で交わるというのも、何ともいただけない。
昭君が頭の中で赤く青くなっている間にも、高歓の話は続いている。
「それに、君が居ない事を真諦(しんたい。婁壮の字)殿に誤魔化すために帰った菩薩(ぼさつ。婁昭の字)殿が、余りに気の毒でないか?
君とわたしの仲を取り持つために、菩薩殿は知恵を絞らねばならないのだ。その上、わたし達のことが明らかになれば、菩薩殿も同罪として真諦殿に責められることになるぞ。
彼はそこまで覚悟して婁氏の第に帰ったのだ。君はその意を汲まねばならぬだろう?」
『賀六渾殿が既成事実を作りたいというのなら、僕はそれでいいです。
一刻もはやく姉上を賀六渾殿に娶わせたいし、兄上のことならそんなに心配ないと思うんだ。賀六渾殿なら、兄上だって快く承諾してくれるよ。僕も一所懸命説得するから』
高歓に迫ったが拒まれたあと、自信をなくした昭君は力なく馬を進めていた。どこか、自暴自棄になっていた部分もあった。
そこを、以前から昭君を付け狙っていたごろつき・刑杲(けいこう)に攫われ、無理矢理手篭めにされかけたのだ。
幸いにも、昭君を改めて「妻とすべき女」として見てくれた高歓や彼の同志、そして婁昭に助けられ、昭君は今高歓とともにいる。
鎮獄隊の宿舎に向かう道で別れる前、婁昭は姉の幸せを祝福し、協力すると言ってくれた。
その意に報いるためには、今この場で高歓と枕と共にするのが一番なのだ。
――解ってはいるのよ。でも、それとこれとは別なんだってば!
彼女が問題にしているのは、事実上の妻になるときに超えなくてはいけない「関門」のことなのだ。
有体にいえば、未通女の男女の交わりに対する恐怖、である。
色仕掛けをするのとそれとはまた別、といった心境である。
――そりゃまぁ、賀六渾殿にごり押しに迫っていたときに事が成っていれば、その部分もあっという間に通過できたかもしれないけれど。今は状況が違うじゃない。
今、昭君は素になり過ぎていた。
一時の「モノにするぞ!」という張り切り熱は吹っ飛び、ただ在るだけ、成り行き任せな状態である。
――だから、恥ずかしさが恋よりも勝ってしまう。
高歓の言葉に階下に降りる事も出来ず、縫い止められたように動けなくなってしまった昭君は、相手を覗うことしか出来なかった。
不意に、高歓はぬっと片手を突き出し、彼女の腕を捕らえる。そのまま強い力で彼女の身体を引っ張り、昭君を硬い寝台に放り込んだ。
小さく悲鳴をあげ、昭君は寝台の上に崩れる。藁を平らに敷き詰めた上に布を被せているだけなので、藁が布を突き出てきて昭君の頬にちくちく突き刺さる。
ぎしり、と寝台に重みが乗り、昭君の身体の上に影が掛かる。――高歓が彼女の上に覆い被さっていた。
「な、な、なっ…………!」
突然のことに動転し、昭君は慌てふためく。
「――怖いのだろう? 男に抱かれるのが」
ぎくっと顔を引き攣らせ、昭君は目を白黒させた。
――いやだ、見抜かれてる!
「こ、怖くなんて、な、ないわよ!
い、色仕掛けだって、したくらいだし……!」
まずい、声が震えている。
こころのなかのぐらつきが声に現れてしまい、昭君はうろたえた。
――天下の婁昭君が、男に組み敷かれるくらいで恐れ戦くなど、みっともなくて仕方ない。
そう思って昭君は無理に取り繕うとしたが、失敗した。
現に、今の昭君を見て、高歓は面白おかしそうにくっくっと笑っている。
高歓からすれば、気の強さと女としての未成熟な部分の不均衡が、なんともいえず魅力的ではあった。
「ば、馬鹿っ! 笑わないでよっ!」
負けん気剥き出しの顔をして怒る昭君に、彼の笑いは止まらない。
――まったく、こういう部分に惹かれてしまったのだろうな。
向こう見ずに城壁まで来る剛毅さと、刑杲ごときに連れ去られてしまう脆さが同居しているのが、婁昭君という女なのだ。
彼を誘ったときの昭君は、遊びなれた女のごとき色香を醸していた。が、現在の彼女は乙女そのものである。
――これは、育て甲斐があるな。
昭君は善い女としての種を、確実に持っている。――それをどう芽吹かせるかは、彼次第だった。
仰向けに寝ている昭君の顔の横に手を突いたまま、高歓は彼女の胸の上に手を置いた。
びくり、と昭君は強張る。衣越しとはいえ、彼の大きな掌が己の乳房を覆っているのだ。
今の彼女は毛皮の上着は既に脱いでおり、薄い短衣だけである。だから、彼の手の感触が容易に乳房に伝わってくる。
そのまま高歓は指を動かし、柔らかな乳房を揉む。
彼は昭君の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。
「……先程、刑杲にこうやって触られていたな。
あのときと今、どう違う?」
ど、どうって……と思い、薄目を開けた昭君は、高歓の熱の籠もった眼を見る。
どきり、とした。
城壁の上で怜悧な目をしていた男が、こんなに変貌するなど。熱に浮かされた、どこか危険な眼差し。それでいて、嫌とは思えない瞳。
急に頬が熱くなってくる。全身の血の巡りがよくなってしまったような気がする。
――賀六渾殿の欲望を目の当たりにしてしまったから? だから、あたしも反応しているの?
昭君は自身のこころの変化に当惑した。
激しくなる動悸。熱くなる息。――それでも、悪いような気はしない。
胸を柔々と揉み続ける手が、何かを感じ取る。高歓は親指でそれを探り、弄るように指の腹で転がした。
「…………あ…………」
昭君は己の乳首が立っているのに気づき、恥ずかしくて堪らなくなった。
しかも薄い布地越しに尖って自己主張するそれを高歓に気取られている上に、いたぶるように嬲られているのだから、余計に羞恥を掻き立てられる。
彼女は身体を捩って、高歓の手から逃れようとする。――これ以上されると、もっと恥ずかしい事になるに違いない。
が、手は乳房に付き纏ったままで、布の屋根を張ってしまった乳頭を摘まれてしまう。
「う、うぅん……」
思わず漏れてしまう喘ぎ。昭君は愕然としてしまう。
――身体が、変化してきている。乳房だけじゃない、身体の一番奥のところが脈打っている。それに……何かが溢れてきている。
昭君も馬に乗りこなす身なので経験があったのだが、速く駆けているとき、馬の勢いに釣られて大事な場所を鞍に密着し、強く擦られてしまったのだ。
そのときは味わった事のない強い衝撃に、手綱を放さないように必死になるばかりで、馬の速度を落とす事も出来なかった。
摩擦は更に大きくなり、兄が気が付いて馬を止めたときには、陰部が体液を零していたのだ。
そのときにも、何故か快さがあった。
その快さを追うのが怖いような気がして、昭君はそれ以来その事実を封印してきた。
――胸を揉まれ、乳首を摘まれているだけなのに、あの時と同じようになっている。
呆然と自身の変化を感じ取っていた昭君の唇の端に、高歓は舌を這わす。
ぶるりと震え、彼女は高歓を見た。
「刑杲に殴られたのだろう。唇が切れて乾いた血がこびり付いている」
目をぱちくりとさせ、昭君はまじまじと彼を見つめてしまう。
――このひとは、人の血を舐めて楽しいの? それとも変わった趣味の持ち主?
昭君の目がありありとそう語っている。まったく情事の趣を解していない彼女に高歓は少し笑い、傷口を舐め続けた。
次第に、痛みが甘い痺れを伴ってくる。痺れは疼きを呼び、昭君を朦朧とさせる。
疼きに、下肢の奥の窪が反応している。熱い液が溢れ続けている。
――い、いや、おかしくなりそう……。
昭君は両の腿を擦り合わせ、異様な感覚をやりすごそうとした。
彼女の変化を感じ取った高歓は、顔を離すとにやりと笑い、昭君の唇に唇を重ねた。
高歓の同志たちよりも先に速駆けして宿舎に着いたふたりは、馬を下りる前に口づけを交わした。そのときよりも、ねっとりと激しい口接である。
口内に入り込んだ舌が、思うままに昭君の粘膜をなぞる。
唾液が零れ、頬の下を伝って流れる。
接吻を加えられ、更に熱くなって弛緩する昭君の身体。
高歓の上腕を強く掴んでいた彼女の手が弛む。
今が、機だった。
腰の片側に結ばれた帯の端を掴むと、彼は一気に引っ張る。
しゅるる、と発った衣擦れの音に、昭君は我に返った。短衣の裾をたくし上げられそうになって、慌てて止めに入った。
「きゃあぁっ! やめてやめてぇっ!」
衣の裾をぎゅっと握ってへその辺りまで下ろし、目尻に涙を貯めながら、彼女は高歓を上目遣いに睨んだ。
「そ、それ以上は、やだっ!」
気位の高い女に似合わぬ可愛らしい反応に、高歓はにっと笑う。
「おやおや……結婚したいとはじめに言いだしたのは君だろう?」
「それは、そうだけどっ!」
「このまま突っぱね続けると、いつまで経っても夫婦になれないぞ」
ぐっ、と昭君は詰まる。
それはそうだ。肉体的契りを交わして、初めて夫婦となったといえるのだから。
――頭では、ちゃんと解ってるわよ。でも、恥ずかしいんだから、仕方がないんだもの!
うぅ、と彼女は悔しげに唸る。
が、ふっと笑って高歓が言い出したことに、昭君の頭は真っ白になった。
「だが……下だけ、手がお留守だな」
短衣を脱がされないことにだけ必死になっていた昭君は、高歓が下着ごと下履きの上端を両手で掴み引きずり下ろそうとしたのに仰天した。
「き、きゃああぁぁっ!」
強い力で引っ張られ、一枚布を巻いただけの下着が解ける。緩んだ布の下からふさふさした黒い茂みが見えた。
尻のあたりまでずらされてしまったとき、彼女は片手で下履きを掴む。
が、彼の力の方が強く、そのまま膝下まで脱がされてしまう。
意表を突かれた昭君に隙が出来る。緩んでしまった片手の力がなくなれば、短衣を退けることなど容易い。
高歓は隙間が出来た大腿の間に足を割り入れ、下着と下履きを蹴り脱がす。同時に短衣をたくし上げて鎖骨から乳房までを露にした。
「――わたしの、勝ちだな?」
余りの手際のよさに口をぱくぱくさせる昭君に、唇を釣り上げて彼は笑う。
呆然自失の態を示す彼女に抵抗する力はなく、中途半端に着たままの短衣を高歓に脱がされてしまう。
改めて見る全裸の昭君の肢体は、日に焼けているが染みひとつなく、肌理の細かい肌をしていた。まるで、艶のある玉のようだった。
乳房の形は小さくなければ大きすぎるわけでもなく、丸く整った美しい形をしていた。濃い杏色の乳首は彼を誘うように突き出ていた。
「ね、ねぇ、いつまでじっと見てるのよ。恥ずかしいんだから」
昭君の声にはっとし、高歓は彼女の顔を見る。
もう目に涙はなく、照れ臭そうな表情をしている。
「い、いや……綺麗な身体をしているな、と思って」
彼の言葉に、昭君の顔がぼっと赤くなる。
人――とくに他人の男に裸を見られるのは初めてで、その上綺麗といわれてしまった。
どういう顔をすればよいのか解らず、その上自分が更に真っ赤になっているのが解るから、昭君は苦し紛れの強がりを言う。
「ば、馬鹿っ……恥ずかしすぎるから、やめてよ……。
それよりも、あたしだけ裸なんて、とてもずるいと思うんだけど?」
昭君の口から飛び出した言葉に、高歓はきょとんとする。
彼が何故妙な顔をするのか解らず、昭君は小首を傾げる。が、自分の言った言葉の意味を改めて噛み締めて、彼女は動転した。
「あ、あの、よこしまな意味があるわけじゃなくて……」
が、時遅く、高歓は意地悪なしたり顔で、昭君を覗き込んできた。
「そうか、深窓の令嬢でも、男の下半身に付いているモノに興味があるのだな。
わたしは既に上半身裸なのに、脱げというのだから、期待されているということか。
その思いに答えないのは、悪いことだな」
そう言って、高歓はベルトを外して下履きに手を掛ける。
「きゃあぁっ! 期待してないし悪くないから、出さないでお願いっ――!」
昭君は起き上がって、慌てて訂正しようとした。
が、手際よく下履きを脱ぎ、下着まで外してしまう。
目の前に晒されたものを間近に見てしまい、昭君はめまいがしそうになった。
――し、信じられない。男って、こうなっちゃうの? それに、なんだか気持ち悪い見た目なんだけど。
彼の股の付け根にある魁偉に屹立したそれは、大きくて赤黒く、昭君の目にはある意味醜悪に見えた。
高歓は寝台に上がると、くらくらしてへたりこんでいる彼女の横で胡坐をかいた。顔を伏せている彼女の目線に、嫌でも見たくないものが飛び込んでくる。
「も、もう裸になってなんていわないから、それしまってよ。余り見たくないから」
辟易して顔を背ける昭君に、高歓は呆気にとられた。
「……知らないのか?」
「何を?」
鳩が豆鉄砲を食らったような彼の顔を胡乱に見て、昭君は面倒くさそうに言う。
このまま、ことに及んでもいいのだろうか……? 高歓は少し不安になった。
彼女には己の持ち物がかなりの打撃だったようだ。
確かに、婁氏の娘として大切に箱のなかに入れられて育った昭君は、それ自体は兄弟から偶発的に見せられたことがあるかもしれないが、勃起した男の象徴を見る機会はほぼ無いに等しいだろう。
それにしても、箱入り過ぎる。家長である婁壮は、自分の妹の操を大切にしたかったのかもしれないが、大切にし過ぎて性教育をまったくしていなかったのか。
今度は高歓のほうがぐったりした面持ちで、昭君に聞いた。
「……君はかまとと振っているわけではないのだな?」
「あ、あたりまえよ」
むっとして、昭君は言い返す。
「では、夫婦の交わりはどうやって行われるのか、知っているか?」
うっ、と詰まり、昭君は俯いたまま目だけ上げて高歓を見る。
「知ってる……と思う。確証は、ないけど」
「知ってる……と思うぅ?」
ついつい、鸚鵡返しにした彼の語尾が上がる。昭君は肩を竦めた。
「だ、だって……侍女たちが内緒話をしていたのを、聞き齧っただけだから……。
母さまや乳母は、結婚するまえにお教えしましょうの一点張りで、具体的なことは教えてもらってないの。
内緒話だと、男は女の乳房に弱くて、子供みたいに吸ってくるとか、
避妊もせずにしちゃったから、子供が出来ちゃったわ、とか、
わたしの恋人は立派なものを持ってるから、わたしはいつも気持ち良くさせてもらえるの……とか。
あたしは、恋人のなにが気持ちいいのかなんて、解らないけれど」
「これだ、これ」
眉を潜めて話す昭君に、高歓は自身のモノを掴んで指し示す。
ぎょっと、昭君は目を剥く。
「……こ、これ?」
はしたなくも、彼女は男の逸物を指差してしまう。
「そう、これだ。これがあるから、女は受胎できるのだ。
これを女子の窪に入れて突き続けると、快楽を与えられる。こちらも、女の窪から快楽をもらう。
快楽が極まりここから女子の窪に種を出すと、妊娠させることも出来る。
わたしは皆から巨根だと言われることがあるから、普通の男より立派なものを持っているのかもしれぬ。
女を痛がらせる時もあるが、快楽を与えることも多い」
ごくり、と昭君は唾を飲んで、まじまじと高歓の持物を見た。
窪とは、多分あそこだ。恥ずかしい目に合うと露を零すあの場所だ。初めて月のものを迎えたとき、母や乳母からぼかしてそういうことを教えられたような気がする。
でも、目の前の大きなものが、本当に自分のなかに入るのか?
思わず眉間を押さえかけたとき、高歓のじとっとした眼とぶつかってしまう。
「君は、変な女だな」
心底呆れているというような彼の態度に、昭君は憮然とする。
「変って、何でよ」
「普通処女は、男のものを見せられたとき、恥じらって見ても見ないふりをしたりするものだ。
それなのに、まともに観察して、汚物でも見るような反応をする。
色仕掛けを仕掛けたというのに、性のことにまったく無知で、ただ耳年増なだけだからな。」
――何よ、耳年増って、失礼な言い草じゃない。
自身の本質を棚に上げて、昭君は不貞腐れた。
ぶぅっと膨れて、昭君はぷいとあらぬ方を見て告げる。
「だって、男は女の乳房に弱いって侍女が言ってたもの。知った情報は有効利用しなきゃ。
あの時はあたしだって必死だったんだから、姑息だろうが出来ることは何でもしようと思ったのよ」
悪い? と見返してくる昭君の黒目がちな円らな瞳に、高歓は度胆を抜かれた。
女の乳房に弱い男ばかりではない。たまたまその侍女は乳房が好きな男に巡り合っただけなのだ。だから、すべてがそうだとはいえぬ。
まったくでたらめな知識でも、目的のためなら手段を選ばぬ強かさは、覇を争う男の妻には必要不可欠な部分だ。多少の博打は、出来なくてはいけないのだ。
そして、それとは違う、何者にも汚されていない真っ更な乙女としての一面がある。
が、動じにくい肝の座ったところがある。
――まったく、面白い女だ。
高歓の呆れ顔が、笑顔に変わる。
婁昭君という女が持つ多様な顔の一面――女の一面は、己が変えていく。
彼の百面相をじっと見ていた昭君を、高歓は真正面から見た。
彼女も、何かを決意した面持ちをしている。
「……もう嫌がってないわよ。ちょっと怖じ気付いてただけ。
服を脱がされたときから、もう最後までいくしかない、と思ったもの。
――でも、あなた自身を見た今は、違う意味で不安だけど」
「違う意味?」
聞き返した高歓に、昭君は苦笑いして肩を竦めた。
「あなたを受け入れると、あたしの身体が壊れないかな、と心配なだけ。
でも、あたしが自分で選んだひとだもの。痛くたって、壊れたって我慢する」
これでどう? と言い切った昭君に、高歓は目を見開いた。
彼女が不躾な目で己を見ていたのは、何も汚らわしいものを見ていたというわけではないのだ。確かに、始めは驚き衝撃を受けていたが、その目には冷静な計算もあったのだ。
――まったく、この女はわたしに相応しいかもしれぬ。
ふっ、と笑い、高歓は昭君の桃のように柔らかな頬に触れた。
優しく笑まれた彼の眼に、昭君は再びどきりとする。
怜悧なだけではない眼。熱情に浮かされることもあれば、このように愛しげに女を見ることもあるのだ。
――う〜〜ん、あたしが選んだというより、あたしがただこのひとを好きになっただけなのかもしれない。
このひとのすべてに惹かれて、あたしは墜ちちゃったんだなぁ。
しみじみと昭君はそう感じる。
ふと自身の変化に気付き、彼女は内心可笑しくて笑った。
――変なの。そう思ったら、痛かろうが何だろうが、このひとの一部をあたしのものにしたいと思えちゃうんだから。
これが、恋することなんだ……愛するひとのことなら、何でも受け入れたいと思う無鉄砲なところが。
高歓に肩を掴まれ、昭君の身体はゆっくりと寝台に倒される。
「……なるべく、痛くしないようにする」
甘い瞳で告げられ、昭君はにっと笑った。
「うん……出来るだけ、お願い」
深い口づけをしあいながら、互いの情熱を高めていく。
今確かに、昭君のなかに高歓と繋がりたいという欲求が膨れ上がっていた。
‡
「ね……ねぇ」
高歓は乳房の丸みを確かめるように緩やかに揺さぶり続けている。長い間、ただ胸乳を軽く触られているだけの昭君は、疑問に満ちた声を上げた。
「……いつまで、乳房を触ってるの?」
つと目を上げた高歓は、胡乱な目付きの昭君に楽しそうに笑う。
「耳年増な君は知らなかっただろうが、乳房で男を引き付けようと考える女は、大抵両手に余るほどの大きさの乳房をもっているのだ」
むっとして、昭君はしつこく胸の形を確かめ続けている男を睨む。
「……悪かったわね。十人並みで」
女を抱いているときに当て擦りを言えるとは、この男はいい性格をしている、と昭君は思った。
確かに、乳房で男を吊れると言っていた侍女は、瓜のような乳房を持っていた。彼女に比べたら、昭君の胸は貧弱だ。
――あたしだって真っ平らな胸してるわけじゃないんだから、貶される覚えはないってのに。本当に失っ礼なひとだわねぇ。
ぶすぅ――っとした顔の昭君を見て、高歓は吹き出す。
余計にむかっときて、昭君は毒づいた。
「笑いたきゃ笑えばいいわよ、どーせ、貧相な胸の女だとか思ってるんでしょ!」
その一言が笑いの壺に填まったのか、高歓は更に激しく笑いだした。
気が済むまで笑ったあと、高歓は昭君の釣り上がった目を覗き込んだ。
「中途半端な知識だけを吹き込まれた君は知らぬかもしれぬが……世の中の男のすべてが、大きな乳房に惹かれているとは限らぬぞ」
「ぇ?」
予想の範疇を超えた彼の言葉に、昭君は訝しげに眉を上げる。
ふっ……と微笑み、高歓はすくい上げるように彼女の乳房を持ち上げると、ぺろり、と木の実のように勃ち上がった乳首を一舐めした。
「…………ンアッ!」
電流のようなものが、昭君の身体に流れた。高歓の下で彼女の肢体が弾む。
「わたしは整った形の乳房が好みだ。
均整のとれた乳房の丸みといい、この乳首の突き出方といい、君は合格点だな」
「な……なに言って……はぁっ!」
奇妙な乳房審美談に、昭君は「あなたこそ変な男だ」と言いたくなった。
が、先程より軽く力を入れて乳房を揉まれ、乳首を唇で吸引されてしまう。空いた乳頭は彼の親指で捏ねられて、ただ触られていたときの比ではない快楽が襲ってきた。
乳房を触られていたとき、何事もないように返していたが、徐々に与えられる刺激は確実に彼女の身体を敏感に作り上げていた。
「いやぁ……怖いっ……ッ」
喘ぎとともに漏らされた昭君の切なげな声に、高歓は顔を上げる。
「……怖い?」
愉悦とも苦痛ともとれる涙が、昭君の眼を潤ませている。
昭君は頷いた。
「……身体が、おかしくなる……あたしじゃ、なくなっちゃいそうで……」
馬上で味わったのと同じ焦燥が、彼女の身体を蝕む。
「あ、あの時と、同じ……身体の一部が、変に……っ」
「あの時……?」
しっとりと頬を朱に染めた昭君は、真っすぐ注がれる彼の目線に、思わず口を開いてしまう。
「暴走した馬の鞍の反った部分が……擦れて……」
「……どこに?」
聞き返されて、昭君ははっと我に帰る。
優しげだが、ぎらぎらした輝きを宿す高歓の瞳に、彼女は言ってはならない恥を告げてしまったと、瞬時に気付いた。
「……あ、あの……っ」
昭君は咄嗟に身体を捩ろうとする。
が、その前に強い力で股を開かれてしまった。
「きゃああぁっ!」
「……濡れてるな。だが、まだ足りない。
君の身体が快楽を感じて露を零すのは、これを受け入れるためなのだ」
熱く、どこか陰が籠もった表情で呟くと、高歓はぴたり、と己自身を彼女の陰門に押し当てた。
びくり、と昭君の身体が強ばる。身を起こして見なくても、何が自身に押しつけられているのか、ありありと感じ取れた。
「む、無理ッ!!」
が、言うより早くに、高歓はぐっと力を入れて、身体を押してきた。
「アアアァァ!! 痛いッ――!」
ひどい痛みに、昭君は身体を裂かれるのではないかと思った。
が、高歓は先端で少し昭君の亀裂を割っただけで、まったく自身を彼女のなかに侵入させていなかった。
じんじんと痛む花に、昭君は彼を見る。
「……これで少し解ったか?
快楽は男を受け入れやすくするために女に与えられた深遠な感覚なのだ。
蜜が多ければ多いほど、わたしでも受け入れることが可能になる」
そう言いながら、高歓は昭君の陰部を指で緩く撫で擦った。
昭君は目を細める。
裂かれそうになった痛みが、甘い痺れに変わる。――あの時と同じように。
「あぁ……恥ずかしいのに……」
ふるふると首を振り、彼女は目元を染めて涙を滲ませる。
熱い。触られている部分から熱が膨らんでいく。
昭君はそれをどう受けとめればよいか解らなかった。熱に飲まれるに任せればいいのか。それとも、直に乳房に触れられたときのように、何かで気を紛らわせばいいのか。判別しかねるうちにも、熱は容赦なく彼女を飲み込む。
不意に、ある箇所を、湿った生暖かいもので擦られた。
「ヒッ――――!」
びりり、と鋭敏で未知の快楽が、彼女の身体に走る。摩擦されつづける小さなそこが、悦楽を生み続ける。
ぴちゃぴちゃ……水音が発っている。それがどこから発されているか考えるだけで、昭君は羞恥に震えそうになった。
――下肢が麻痺してる。汗まみれになって震えて、はしたないものを垂らして……。
それを、賀六渾殿に見られてる……。
このひとの眼に、今の恥ずかしいあたしはどう映っているのだろう。
湿った温もりが陰部から離れ、昭君はかすかに目を開ける。
高歓が口元を拭っていた。
昭君は瞠目する。
あの湿った温もりは……彼の舌だったのだ。あのような、仮にも綺麗とはいえない場所を舐めていたとは……。
「あ、あの……汚らしくないの?」
脱力した身体を無理矢理起こし、思わず昭君は問い掛ける。
そんな昭君に、これ以上の甘さはないという眼を見せて、高歓は彼女に口づけた。
――昭君の胸が震える。高歓の熱い腕に抱き締められ、身体を重ねる。彼女には温もりが、触れ合う身体が愛しくてたまらなかった。
唇を離すと再度股を開かれ、先より大きく感じられる先端を、蜜を溢れさせたそこにあてられる。
ちゅぷ……とかすかな音をさせ、花びらがゆっくり開かれる。
「…………ぁ」
思わず出た、かすれた喘ぎ声。
痛みはない。熱い塊がほんの少しだけ入ってくる。
「……痛みはないようだな」
すっと抜かれた彼自身に、昭君は何故か寂しさを憶えた。
「……あ、あの」
ついつい昭君は訊ねてしまう。
ん? と顔を上げた高歓に、昭君は俯く。
「あたし……恥ずかしくて、みっともない姿してた?」
「何が?」
真剣な顔で聞いてくる彼女に、高歓は薄く笑って聞きなおす。
「……その、快楽に飲まれて、身体を悶えさせて……自分でもみっともなかったかなぁ、って」
両の人差し指を合わせて、昭君はもごもごと言う。
「男を挑発し悶えさせる女の色香が、君にとってはみっともないものなのか?」
「え?」
色香? あの恥曝しな姿に、色香がある?
昭君は目を剥いて高歓を見る。
「少なくとも、わたしは君が乱れる姿を見て……こんなになってしまった」
高歓に片手を取られ「そこ」に持っていかれる。反り返ったそれを握らされて、昭君は飛び上がるほどびっくりした。
やはり、先程感じたのは気のせいではなかったのだ。大きくなっているうえに、何故か先端が露で滲んでいる。
「……あ、あの」
掌のなかで脈打っているものを離したいが、彼の手でがっちりと固定されてしまう。昭君は上ずった声をあげた。
「……わ、解ったから、離していい?」
耳まで真っ赤な彼女に高歓はにやりと笑い、昭君の手を離した。
「本当は色々させてみたいこともあるが、今はそんなに焦っていない。
それよりも、君にとっては恥ずかしいことでも、わたしにとっては刺激なのだ。
これからも末長く契ってゆくのだから、恥を超え怖がらず、わたしにすべてを委ね感覚を共有してほしい。
――わたし達は夫婦なのだから」
確固とした言葉に、昭君は目を見開いた。
――わたし達は夫婦。だから、すべてを共有するのだ。このひとは、わたしの恥の感覚を飛躍させてくれる。
女として生まれ、敏感に感じる性を持ったのは、男と結ばれるために他ならない。――今が、その時なのだ。
昭君は幼気な面持ちで、こくりと頷く。
そんな彼女に賛美の微笑みを送り、高歓は妻となった女に今一度深く口づけた。
‡
「…………ねぇ」
昭君は自身の項に強く吸い付いている高歓に不満げな声をぶつける。
「……いつまで首筋に吸い付いてるの?」
顔を上げた彼は、憮然とした昭君に対し、にっと笑った。
「所有のしるしを付けている」
「……はぁ?」
彼が何を言っているか、よく解らない。
乳房や陰部に濃い愛撫を与えられ、昭君の身体は疼いていた。何か、身体の芯に火を点けられた感があった。
それなのに、焦らすように高歓は首の後ろや首筋、肩や鎖骨の辺りを唇で吸引し続けている。
彼は気が付いたように、たまに敏感な耳のなかに舌を入れて擽ったり、つつ、と舌先で項をなぞる。それがたまらない快感となり、余計に昭君の火を燻る。
やがて、乳房の盛り上がりはじめた辺りに唇を付け、彼は強く吸い付いた。
「君の家族に、君がわたしのものになったことを示すために……君を狙っている男たちに、君が他の男に身体を許したことを教えるために、しるしを付ける」
そう言って、高歓は昭君に、彼女自身の乳房を示す。
「いやだっ、何これっ!」
――唇が吸い付いていた箇所が、青紫色に鬱血していた。
慌てて肩を見てみると、同じように痣が付いている。
にっと笑い、高歓は顔を強張らせる昭君に告げた。
「だから、所有の証だ」
彼があんなに念入りに肌に口づけていたのは、こういう理由だったのだ。
「こ、こんな目立つところに、なんで痣なんて付けるのよ!
隠せないから、みんなに見られちゃうじゃない!」
「わたしはそれを狙っているのだから、文句は聞かぬ」
昭君は口をぱくぱくさせ、目の前の男の勝手さに呆れた。
――どうすんのよ、これ。母上や兄上に見られたら、何言われるか解らないじゃない!
わたしはおまえをこんなふしだらな娘に育てた憶えはない、などくどくどと説教を受けそうだ。
近所を歩くにしても、「わたしは男に抱かれました」と言い触らして廻るようなものだ。
――仕方ないなぁ、白粉で隠すか。
「間違っても、化粧で隠そうなど思うなよ」
昭君の思考と高歓の台詞が被る。
ぎくり、と彼女は身体を固まらせた。
――み、見抜かれてる……。
昭君は居直るしかなかった。
「馬鹿ぁっ! すけべ! 変態ッ!
ひとの身体をおもちゃにしてぇっ!」
手や足をじたばたさせ、高歓の身体の下で昭君は暴れる。
が、彼に軽く手を捕まえられ、その足で柔らかな内股を押さえ付けられる。
そのまま、二の腕の内側を舌で愛撫され、昭君は息を呑む。
ざらつく舌が、過敏な肌を刺激する。そのまま腋下を過り、再度乳房を舐めた。舌先で転がされる乳首に、昭君は身体をもぞもぞさせた。
「あっ……ああぁ」
彼女の口から漏れだす、なまめいた喘ぎ。
音をさせながら乳頭に絡み付く高歓の舌。
淫らな雫を涌きださせる花に、彼の指が誘われるように辿り着く。
ちゅぷん……。
なかに潜り込む指。
異物が侵入する痛みと、異質な感触に、昭君は身体を緊張させた。
きゅっ……と秘肉が指を締め付ける。
「……力を、抜いて……」
乳房への愛撫を続けながら、彼は囁く。
言われた通り、昭君は脱力しようとした。
埋まった指は、動こうとしない。ただ留まったままで、圧迫感と存在感をありありと示している。
乳房への愛撫も、止まらない。より激しくなり、指で乳首を摘まれ、絞るように捻られる。片方の乳頭も吸い続けられている。
秘部に指を埋め込んだ手が、量を増した蜜にしとどに濡らされる。――ときが来た。
「はうっ……!」
埋められたままだった指が、動いた。
昭君は内側で引っ掻くような微妙な動きに、痛みとともに痺れを感じた。
乳房から離れた手と唇が、臍や脇腹をくすぐりながら下肢に下りてくる。
「ああぁ……っ、くぅ……ッ」
痛みだけではない感覚に翻弄され、昭君は呻いた。
「辛いか……?」
高歓に問い掛けられる。昭君は素直に頷いた。
が、彼の応えは、昭君にとっては非情なものだった。
「――我慢してくれ。
馴らさねば、わたしを受け入れられない。
まだ指一本しか入らないのだ。このまま交われば、冗談ではなく君が壊れてしまう」
昭君は目を開ける。
どこか切羽詰まった高歓の顔が、彼女の股の間から覗き込んでいた。
――苦しいのは、あたしだけではないのだ。
今の痛みを乗り越えなければ、このひとと結ばれられない。
でも……痛い。辛い。処女の未開地は雫を垂らしながらも、異物の侵入を拒んでいた。
ふっと吐息すると、高歓は指を引き抜いた。
「賀六渾殿……?」
突如として身体を離した高歓に、昭君は不安になる。
彼は昭君を安心させるように微笑み、寝台を降りた。
「無理をさせるつもりはない。
とりあえず、身体に情事の痕を付けたので、既成事実が出来ていると皆に見せ掛けることは出来る」
「え……」
昭君は改めて肩口の痣を見る。
彼女は皆に見せびらかすために付けた、悪趣味な戯れだと思っていたが、そこには高歓の周到な計算があったのだ。
しかし、彼が欲望を押さえた表情をしていたのは、確かだ。
「で、でも……あなたは」
身体を起こし、昭君は床に落ちていた下履きを拾う高歓を見る。
「わたしなら何とでもなる。
それよりも、今無理に推し進めて、君の身体に痛みの記憶と頑なな恐怖を与えてしまうほうが問題だ」
ずきん、と昭君の胸が痛む。
彼は己を慮ってくれている。――自分に無理をさせてでも。
――このひとは、優しいひとなのだ。
そして……あたしを大事に思ってくれている。
昭君はたまらなくなった。
「…………や」
そう言って、彼女は下履きを履こうとする高歓の腕を取る。
「昭君?」
高歓は振り返る。
昭君は頭を振った。
「止めちゃ、いや。
痛くたっていいから、どうなったっていいから、続けて。
今、身もこころもあなたのものにして、お願い」
真摯に見上げてくる昭君のひた向きな眼に、高歓は切れ長の目を大きく開ける。
彼女も寝台から降り、高歓の唇に口づけた。
熱い慕情が、軽く重ねた唇から直に伝わってくる。
そのまま彼の背に腕を廻し、昭君は抱きつく。
「……あたしは我儘なの。今じゃなきゃ……嫌なんだから。
あなたのことがこんなに好きなんて、あたし馬鹿みたい」
照れの交じった求愛と、彼の筋肉質な脇腹に伝わる、しこった欲情の証が、高歓を惹き付ける。――すでに膨らんだ欲望が、更に高まる。
「……後悔しても、知らぬぞ」
「後悔できないくらいに、あたしをあなたで満たして……」
昭君は目を瞑り、抱き締めてくる逞しい腕に酔った。
‡
高歓に言われたとおり、昭君は寝台の端に座り、花がよく見えるように足裏を寝台の縁に置き、股を大きく開く。
内股に手を掛け、寝台の下に跪いた高歓は、彼女の陰部に顔を近付けた。
「……薄桃の綺麗な色をしている。匂いもいいな、酸味を帯びて、芳しい……」
言葉で責めるように、彼は具体的に形容してみせる。
「……い、いや……恥ずかしいから、言わないで……」
昭君の大腿が薄紅に染まる。
「雫が流れている……舐めていいか?」
彼女の応えを聞くまでもなく、高歓はひくついているそこに口づけた。
「あっ……」
舌が花全体を舐め上げる。
馬の鞍に擦られたときの刺激が、まざまざと甦る。
――恥ずかしがってはいけない。気を咎めてはいけない。
その感覚を、ただ有りの儘受けとめるのだ。
わたしを信じて……。
己にそう言い聞かせた高歓を信じ、すべてを明け渡す。
昭君は支持された通りに、乳房を下から持ち上げながら、指先で乳首をいじった。
「はぁっ……はぁっ……」
自身が与える刺激と、高歓が与えてくる快感に、昭君は喘いだ。
はじめはゆっくり味わうように舐めていた舌の動きが、少しづつ速くなっていく。
びくん、びくん、と昭君の身体が揺れる。頬に朱が刺し、汗が滝のように流れる。
「ああぁぁ…………」
艶めいた声を漏らす彼女は、突如として身体を痙攣させた。
――高歓の舌が、肉の芽をしゃぶっていた。
じゅわっ、と花蜜が噴き出てくる。
馬に感じさせられたときも、ここを擦られたときが一番蜜を溢れさせた。
「いやぁっ……あぁあぁんっ」
昭君は生理的な涙を流していた。
身体を支えられなくなり、彼女は上肢を寝台に倒す。
疎かになりそうながらも、乳首を刺激したほうがより敏感になるから、無理にでも愛撫は続けた。
身体を支えていた片手が空いた分、両の乳房を刺激できるようになったので、彼女は両手で胸を揉んだ。
自身と高歓が与える愉悦に、昭君は本能的に身を捩る。
が、彼の片手が腿を抱え込み、身体をずらすことが出来ない。
膨らんだ花芽は、尚もいたぶられ続ける。
昭君の花は、彼女自身の蜜と高歓の唾液でぐしょぐしょになっていた。絶えず、淫らな水音がそこから聞こえてくる。
彼女が痙攣する度合いが増えてくる。内股が小刻みに震える。
「あぁぁっ……! いやぁッ!!」
そう叫び、昭君は逝った。蜜が津波のように洞から流れてきて、暫時高歓は陰部から舌を離した。
つっ……と舌先と花が蜜の糸で繋がる。
「……逝ったな」
胸を上下させ苦しげに息をする昭君は、高歓の言った意味が解らなかった。
「逝く……?」
「一時どこかに飛ばされただろう?
下肢は痺れで飽和しているはずだ」
そういえば、そうかもしれない……昭君は追い付いていかない頭でそう思う。
「……だが、まだまだこれからだ」
目の端に映った高歓が、不敵に笑ったような気がした。
昭君は力が入らないまま、寝台に身体を投げ出していたが、不意にぞくり、と感じたことのない感触を身に憶える。
否、これは指ではない――舌だ。彼の舌先が秘肉のなかに潜り込んでいる。舌を長く伸ばし、秘裂のなかを探っている。
先程のような痛みは感じない。ただ、ぬめぬめとした舌が彼女自身の体液と絡み、肉壁を摩擦しているのがよく解る。
びくり、と昭君は身体を弾ませる。――舌先が、ある箇所を捉えた。そのまま、そこを集中的に攻められる。
それだけではなかった。肉芽を指で軽く摘まれ、緩く揺すぶられた。
「ああぁぁっ!!」
逝ったばかりの身体に、再度の鋭い刺激に、昭君はまた追い詰められていく。
敷布を握り、悦楽をやり過ごそうとするが、出来ない。――流されていくことしか、出来ない。
再び波に打ち上げられる。が、攻めは逝ったあとも止まない。
いつしか昭君の喘ぎが嗚咽に変わっていた。
震えは止まらない。蜜は尽きることなく大量に溢れてくる。
じゅるるっ! 勢いよく愛液を啜られる。男の口内に花蜜が入り込む。
「いやあぁぁッ……!」
激しい吸い付きに、過敏に反応して昭君は果てる。
彼女は一時、意識を暗やみに埋没させていた。
が、後ろから大きく揺すられ、昭君は覚醒する。
振り向くと、少し照れ臭そうな高歓の顔があった。
「あたし……?」
「いきなり、刺激が強すぎたな。
……大丈夫か?」
昭君はこくんと頷き、頬を染める。
腋下から腕を廻して彼女を背後から抱き、高歓は耳元に囁いた。
「……恥ずかしくて、嫌だったか?」
昭君はちらり、と気怠げに彼を見た。
そして、か細い声で応える。
「……恥ずかしいけど、嫌じゃなかったわ。
なんだかまだ、奥で燻ってるみたい」
ふふっ、と笑った昭君に、高歓はそうか、とだけ言った。
「……馴らしたいのだが、いけそうか?」
彼女は振り返って、高歓を見る。
真剣な面が、そこにあった。
「……うん、お願い」
そういって、昭君は高歓に口づけた。
今度は高歓が寝台の端に股を開いて腰掛け、昭君は背を向けて彼にまたがる。
自然と、大腿を大きく開けて、陰部を持ち上げられた形となった。
昭君は自身の腋の下に廻された腕に軽く触れる。
「躊躇わないで……お願い」
胸が煩く弾む。どきどきして止まらない。
昭君は自ら高歓の手を自身の秘部に誘った。
「んっ……!」
昭君は息を呑む。
一度目とは違い、大量の潤滑液に助けられするり、と中指が入り込む。
「さすがに、何度も逝かせただけはあるな。
滑るようになかに入り込んだぞ」
つぷちゅぷと、高歓は指を抜き差しさせる。
昭君は首筋まで紅潮した。――淫らに変化した身体が、柔々と貪欲に高歓の指に絡み付いている。
「……物足りぬか?」
軽く喘ぎを漏らす昭君に、熱い息を吹き掛けながら高歓は告げた。
昭君はしばらくした後、静かに頷いた。
鉤型に曲げられていた指が、ある場所を軽く引っ掻く。
「――――ッ!」
昭君の身体が反り返る。
先程、舌で集中攻撃された箇所だ。そこを、今度は指で攻められている。
「んあぁぁ……っ」
高歓は彼女の項に触れるか触れないかの感覚で舌を這わせ、耳の穴のなかに舌を侵入させる。
えもいわれぬ快感と、鼓膜に響くぴちゃぴちゃという音に、昭君の理性は狂いそうだった。
乳房も揺さ振られ、押し潰すように乳首を愛撫される。
肉壁への刺激は、身体全体に悦楽のうねりを与える。
ぐちゅぐちゅと音を発てる陰部が、熱い――。
「ま、た……逝くッ……!!」
泣くように零し、昭君は本日何度目かの絶頂を迎えた。
耳から唇を離すと、高歓は泣きじゃくる彼女に囁いた。
「恥ずかしいといいながら、君の身体は貪欲で淫らだな。
――ほら、蜜がわたしの太ももを伝って、寝台に落ちている」
「!」
一瞬にして我に返り、昭君は愕然とした。
白い敷布に、大きな染みが出来ていた。
――恥ずかしさの果てにあるのが、これなのか。
自身が流した蜜の多さに、羞恥が掻き立てられる。それでいて、余計淫らな気分にさせられる。
――仕方がないじゃない、女なんだもの。
愛するひとに身体を愛されれば、身体は素直になるのだ。
くすっと笑って、昭君は高歓の胸にもたれ掛かった。
「……どうした?」
「あなたが好き、だからもっと愛して……。
そして、あなたをわたしに頂戴。
まだ今のままじゃ痛むでしょう?」
だから早く、と昭君は男を挑発する。
高歓はまじまじと彼女を見た。
――なんて女だ……。
頭を殴られたような衝撃があった。
まだ初々しさが残るというのに、男を誘惑している。――その、真っすぐな恋慕で。
純粋に求めるがゆえに、怖れさえも彼女は飛び越えた。その眼は、痛みさえも快楽だ、と告げているように見えた。
――駄目だ、押さえが効かぬ!
高歓はそのまま昭君の身体を押し倒した。
息を詰める昭君。
高歓の突然の変貌ぶりに驚いた。目が血走り、欲望を剥き出しにしている。
膝裏を抱えられ、裏返った蛙のような格好をさせられ、昭君は被さってきた筋肉質な肉体に息を止めた。
「――――ァッ!!」
何度も逝かされ泥沼のようになった花は、魁偉な男根を迎え入れた。が、それには少なくない痛みが伴われる。
「す、すまぬ、もう押さえられぬ!」
切羽詰まった声に、痛みに軋みながらも、必死に目を開けて昭君は高歓を見た。
昭君は何度も頷く。
「だ…いじょう…ぶ、だから……」
嘘だった、半分も入っていないが、激痛が走っている。
――痛くても、裂けても、このひとがすべて欲しい。
昭君は痛みを紛らわすように、高歓の背に縋る。
自ら彼の唇に唇を押しあて、情熱を伝えようとした。入り込んでくる舌に、必死で舌を絡めた。
少しでも緊張を緩めようと、高歓は乳房を愛撫し、逸物の根元で彼女の肉芽を揺すった。
愛液の分泌とともに、昭君の身体の緊張が緩む。力が抜けてくる。
その隙に、更に身体を押し進める。
「…………!」
ひどい痛みに、昭君は目を大きく開ける。高歓の背に爪を立ててしまう。
「うッ……!」
甘い痛みが、背中に走る。
下を見ると、昭君が苦痛に息も絶え絶えに喘いでいた。
どのように見ても、彼女の姿は、相当無理をしているようにしか見えない。
――しまった、欲望に負けて突っ走ってしまったか……。
自身の堪え性の無さに内心で呆れ、高歓は苦笑いした。
彼は朦朧とした彼女の汗ばんだ額に口づけする。
「……すまなかった。
もっと馴らしてから挿入したほうが、こんなに痛みを与えなかったのに、わたしが堪えられなくなったから、ひどく痛ませてしまった……。
許してくれ」
そう言って、高歓は自身を引き抜こうとする。
はっとして、昭君は彼の首に両手を伸ばし、絡めて無理矢理引き寄せた。
「いやッ、抜かないでッ!!」
必死の形相で昭君は抜かせまいと、素早く高歓の腰に足を絡めてがっちりと固定し、彼を自身の奥まで誘う。
「よ、よせっ……!!」
高歓は正気の沙汰とは思えない昭君の暴挙に抗おうとしたが、彼女の足によって、男根を狭い隧道のなかに押し込まれてしまう。
間隔が緩んでいない襞の間を強引に通ったので、彼自身が強く擦れる。
「くぅッ…………!」
高歓は一気に襲ってきた快感に呻いた。
が、昭君にとって、それは空いていない穴を無理矢理こじ開けるに等しい行いだった。
意識が飛びそうになるほどの激痛が、陰部に走る。
思わず昭君は悲鳴をあげた。
「――――アッ! アァッ!!」
中が裂けたような気がした。
――ぬるり、と臀部に何かが伝った。
――あたしったら……自分で自分を壊そうとしているのかも。
ただでさえ大きな高歓自身のすべてを、無理矢理自身のなかに納めてしまったのだ。粘膜を傷つけたのかもしれない。
が、もしかすると、これは処女ではなくなった証――破瓜の血かもしれないと、昭君は思った。
高歓は信じられない、というような顔をしている。
「君は……馬鹿だ」
茫然として言う彼に、痛みを堪えながらも、昭君はにっと笑った。
「だから、自分で言ったじゃない……こんなにあなたを好きになるなんて、あたしは馬鹿だって」
「昭君……」
高歓は感極まった表情で、彼女の頬を撫でる。
「……もう、戻れぬからな」
「うん……」
そうして、ふたりは抱き合う。
鈍い痛みのなかに、みっしり詰まった棒状のものを感じる。それは昭君の内膜をぎりぎりまで伸ばして拡張し、どくん、どくんと脈打っている。
動くつもりがないのか、高歓は長い間抱き合った状態でいた。昭君の痛みが和らぎ、身体が彼自身に馴染むのを待っているようでもあった。
昭君には、何もせず隙間なく身体を合わせている今この時が、一番幸せに思えた。
暖かな肌と腕に包まれ、四肢を絡めあっている。身体の奥には、愛するひとの分身が存在する。それだけで、昭君のこころは悦びの露を零しそうになった。
昭君の額に、瞼に、頬に接吻の雨が振る。そのまま口づけあい、深く吐息をまさぐりあった。
高歓に乳房を弄ばれ、脇のあたりを撫でられる。昭君は身体を震わせた。
上体を浮かせ、高歓は幾分落ち着いた昭君を、熱の籠もった眼で見下ろした。
「……動くぞ」
昭君は頷いた。何も怖れはない。高歓の妻になるために、彼の女になるために、彼女ははっきりとした刻印を残してほしかった。
高歓は手を伸ばし、花芽を指で揺する。膨らんだ突起の一番感じる場所を重点的に刺激する。
「んんっ……」
血だけではない分泌物が、花から溢れてくる。
暫し、肉芽と乳房への愛撫が続けられた。昭君は愉悦から、喘ぎながら身体をのた打たせる。小さな摩擦が内部で起こる。――蜜が流れ続ける。
彼女の身体に快楽を与えながらも、高歓はゆっくりと男根が引き抜いていく。
昭君の内壁が肉棒に擦られる。彼が意識して愛液が出るようにしてくれたからか、痛みは軽くて済んだ。
「……っ、きついな……。わたしをぐいぐいと締め付けてくる」
まだ十分に開かれていないのに悦楽を与えられて蠢動する襞が、なまめかしく彼自身に絡み付く。
ひどく遅い動きで、彼自身が抜き差しされる。強引に根元まで突き刺さず、浅い挿入度で昭君のなかを掻き混ぜる。
不意に、彼の先端が弱い部分に当たる。
「あぁっ……!」
昭君の身体がびりびりと痺れる。
擦れて、抉られて、貫かれる。痛みと快感がない混ぜになった感覚に、昭君は惑った。
徐々に綻びてくる花を察知し、高歓は深い挿入を試みた。
血と愛液に助けられ、男根が女陰に埋まっていく。
「あぁっ……賀六渾殿……!」
昭君の痛みだけではない声に、高歓はほっとする。
ゆっくりと、だが確実に速まっていく動きに、昭君は付いていくのがやっとだった。
余裕と理性をなくしていく高歓は、昭君の身体への愛撫を忘れていってしまう。が、それでも構わなかった。
まだ共に上り詰めていくところまで身体は慣れていない。が、昭君は間違いなく心地よかった。愛するひとと一体になり、彼を気持ち良くさせてあげられることが、彼女の快感だった。
いつしか、局部が痛みに馴れてきた。麻痺しているのかもしれなかったが、高歓の大きさ、逞しさを甘受することが出来た。
汗に濡れた高歓の背に腕を廻し、昭君は自ら彼の唇に接吻した。激しい口接に、身体が熱くなっていく。
情熱に動かされ、高歓は激しく突いてくる。小刻みに送られてくる振動と、荒く吐き出される息に、昭君は終わりが近づいているのかも、と感じた。
「昭君…………ッ!」
がくがくと腰を最速に振って楔を最奥に打ち付けたあと、高歓の身体が脱力して彼女のうえに覆いかぶさった。
なかで彼自身が破裂したような気がした。そして、身体の奥の奥に送られていっているであろう飛沫――愛するひとの子種を受け取っているのだと、昭君は確信した。
終わったのだ――そう思うと、昭君はどっと疲れが出てくるのを感じた。緊張しないように心掛けていたのだが、やはり緊張していたのかもしれない。
暫時ぐったりとして、肩を上下させていた高歓だが、やがて照れたような顔をして昭君を抱き締めた。
「……すまなかった。約束していたというのに、ひとりで暴走し、君に苦痛を味わせてしまった」
昭君は頭を振る。
「ううん、あたし、今とても幸せなの。本当にあなたの妻になれたのだもの。今はそれだけで十分よ」
はにかんで、昭君は応える。
身体を彼女の隣に横たえ、高歓は汗に濡れている昭君の頬に触れた。
「……まったく、君の度胸と胆力には感心する。
痛むはずなのに、痛みまで押さえ付けてしまうのだから」
昭君は高歓の頬を撫でる手に、己の手を添える。
「痛みより、あなたを受け入れることが大事だったの。
苦しいけど、あなたを一杯感じられて、幸せだった」
蕩けるような少女の笑みに、高歓は愛しさが込み上げてくるのを感じた。
その想いを、彼は言葉に乗せる。
「……わたしこそ、幸せ者だ。君のような善い女を妻に出来たのだから。
わたしは……君が愛しい。
一生を掛けて、君を大切にすると誓う」
高歓の、将来の誓い。
それは、昭君にとって、最も聞きたかった言葉なのかもしれない。
昭君はぼろぼろと涙を零した。
しゃくりあげながら、昭君は言う。
「い、いいの……? あたしみたいな、生意気で言うことを聞かない女でも……」
泣く昭君の頭を、高歓は自身の胸に引き寄せた。
「そういうところも含めて、愛している。
第一、君のようなじゃじゃ馬を馴らせるのは、わたしくらいしかいないだろう?」
奇妙な愛の告白に、昭君は泣きながら吹き出す。
「……言ってくれるじゃない。
あたしを制御しようなんて物好きは、あなたくらいしかいないんだから」
そうしてふたりして顔を見合わせ、声を立てて笑いあった。
†
疲れ切ったふたりが上階の部屋で寄り添いあって眠っている頃――。
斜陽が差し込んでいる下階の部屋のなかで、大の男ふたりが、机を挟み、向かい合って座っていた。
その横には、ふたりをおろおろと窺う少年がいる。
「――ことは成ったようですし、改めて昭君が用意した持参金を娃児に持たせましょう」
娃児とは、昭君に仕える側近の侍女の名である。
「本当に申し訳ない、真諦殿。
歓にこのような無礼を働かせたのは、父代わりとしてのわたしの監督不行き届きです」
申し訳なさそうに、婁昭は尉景を見つめている。
彼は婁氏の第に帰ってから、兄の追求をのらりくらりと躱していた。
が、昭君が娃児を使って、高歓への持参金を持っていかせたのが娃児の口からばれてしまい、現在、三人顔を突き合わせているのである。
深々と頭を下げる尉景の様子に、婁壮の隣に座っていた婁昭は、慌てて庇おうと立ち上がった。
「違うんだ、兄上!
姉上を焚き付けたのも、賀六渾殿とことを仕組んだのも僕なんだ」
「黙れ、昭」
一刀両断され、婁昭はしゅんとする。
尉景は顔を上げ、真剣な表情で切り出した。
「わたしは、歓を立派な漢として育て上げたつもりです。
歓のひとと形は、わたしが保障します。
だから、歓と妹御の結婚をお許し下さい」
そうして、再び尉景は低頭する。
ふうっ、と吐息して、婁壮は微笑んだ。
「あなたの義弟御は、いまはわたしの義弟でもある。
婁氏からも後援し、ここから程近い場所に、彼らの新居を建てましょう。
評判が先に立って、数多の求婚者が現われることになってしまったが、正直、捍馬のような我が妹を扱える男はそう居ないと思っていました。
賀六渾殿の姿形や気質は、わたしも噂に聞いていたので、妹を任せても安心だと確信しているのです。
どうか我が妹を、あなたの養い子の嫁として迎えてやって下さい。
――ふつつかな妹ですが、どうかよろしくお願いします」
そう言って、今度は婁壮が深々と頭を下げた。
「兄上……」
婁昭は安心したように笑顔を見せた。
「こちらこそ、妹御を貰わせて頂き、ありがとうございます。
改めて、妻と義弟とともにご挨拶に向かいます」
尉景の筋の通った挨拶に、婁壮は頷いた。
高歓と昭君は、幸せの余韻に浸って眠り続けた。
――目を覚ましたふたりが、階下の三人と顔を合わせて気まずくなるのは、次の日の朝になってからである。