「一番好きなのは…ここだよね。」




 こんなにこころを捕らわれたのは、初めてだ。
 心臓を素手で鷲掴みにされ、盗み出されてしまったような気がする。
 身体だけでなく、こころまで己自身のものではなくなってしまうという、強い畏れがある。
 己はその畏れの前に、何の手を打つことも出来ないのか――…。




 秋も更け、紅葉もまばらになった夜。
 羽依(うい)は今宵も心許ない気持ちで亭(あずまや)に足を運ぶ。
 何をされるかなど、歴然としている。
 約と称して、その身を玩ばれるのだ。
 最も信用ししていた、たったひとりの友だと思っていた燐佳羅(りんから)に。
 否、以前友と思っていた燐佳羅は女であって、己を夜毎苛む佳羅は男だから、その信頼は過去のものでしかない。
 今の佳羅が信頼に値する人物かどうか、解らない。

 今の佳羅は掴みどころがなく、彼が何をしたいのか、皆目見当がつかない。何を思って己を抱くのか。それが愛によってのものなのか。己の美を愛でたいのか。目の前にいる女を弄びたいのか……。
 羽依は今の佳羅が空恐ろしく、出来れば彼を拒みたい。
 が、舞姫・燐佳羅の正体――男であること――を後宮の者――ひいては、皇帝・牽櫂(けんかい)に知らせないという自身の約束を信じてもらうため、彼の信頼を勝ち得るために、羽依は佳羅に自身の身を捧げねばならなくなった。
 その佳羅自身が、信用に足る人物か解らぬというのに、羽依は毎夜抱かれている。

 それほどに、佳羅との仲を、信頼を大切にせねばならぬのか、佳羅の術中に嵌った羽依には判別できなくなっている。
 そして……牽櫂に抱かれることには脅えと恐怖、嫌悪感しか感じないのに、佳羅との交わりではそうではないことに、羽依は自身を不思議に思っている。
 佳羅に素肌を愛撫されると、身体に振るえが走り、深奥が熱くなる。
 平生とは違う彼の男らしい素振りに、何故か胸がときめいた。
 牽櫂の行いには心身ともに乾ききっているのに、佳羅の行為にはとめどなく泉が溢れ、身も心も潤い続ける。
 その変化が、羽依には怖ろしい。己を変えられてしまうような気がする。
 それでも……佳羅のもとに向かう足を止められない。
 留まらないため息をそのままに、羽依は今宵も佳羅に抱かれに行くのだ。


 羽依が亭に着くと、思ったとおり佳羅が柱に凭れ待っていた。彼女が近づくと佳羅はか細い身体を抱き寄せる。
 息を詰まらせながら、羽依は佳羅に言った。

「佳羅……まだ、気が済まないの?」

 暗に、もう止めてほしいという願いを込める。
 が、佳羅はにべもなかった。

「まだ、気が済まないとは? こんなものでわたしを納得させられると思っているのか?」

 羽依は困惑して佳羅を見る。――どんなに貪るように見ても、佳羅のこころが、見えない。
 何を求めて抱くのか、己をどれだけ抱けば、彼は納得するのか……どうして、己を抱くことを望むのか。
 無駄と知りつつ、羽依は佳羅の腕から抜け出、問う。

「あなたはわたくしを抱くことに、何を求めているの? どうしてわたくしを抱くことに拘るの? 他の手段では、あなたの信頼を得ることは出来ないの?」

 佳羅が、目を見開く。
 彼の表情が変わるのを見つつ、羽依は彼から離れた柱に寄った。
 できるなら、早く身体を繋げる関係を止めたい。己のこころを見定められない今、このまま関係をずるずる続けるのは危険な気がした。

 が、佳羅は口角を吊り上げ、皮肉な笑みを刷き、羽依ににじり寄った。

「……わたしに運命を握られているというのに、生意気なことだな」

 佳羅の瞳が、剣呑な色を浮かべる。
 羽依は彼の出す空気に呑まれながらも、視線を緩めず、後ろに身体をずらす。
 が、背後は大腿までの高さの高欄しかなく、過って凭れた羽依の肢体は海老反りに倒れそうになる。下は、満々と溜められた池だ。

「…………アッ!!」

 羽依の身体が、後ろに大きく傾ぐ。
 落ちる! と彼女が目を瞑ったとき、強い力で背中を掴まれた。
 恐る恐る目を開けると、佳羅が片手で彼女を支えていた。
 が、片手一本で支えたままで、彼女の身体は後ろに重力が掛かったままだ。
 羽依の額に、脂汗が浮かぶ。

「……ほら、言っただろう? あなたの運命は、わたしに握られていると」

 先程とは違い、余裕のある素振りで、佳羅はにやりと笑った。

「わたしから逃げたいのならば、今すぐ手を放そうか? それとも、あなたからわたしに縋るか?」

 どこか冷酷な、佳羅の眼差し。逃れられないのを解った上で羽依を嬲り、痛めつけようとしている。痛めつけ、弱ったところを食おうとする肉食獣のような目に、羽依はぞっとする。
 が、その反面、羽依のなかに佳羅への怒りが浮かび上がる。

 羽依は身を捩り、そのまま池に身を投げようとした。
 もともと、望んで生きながらえてきたわけではない。本当は父母兄弟が死んだときに一緒に死にたかったのだ。
 が、母親代わりの侍女・楊樹の悲しむ姿を見たくなかったこともあり、一度自害を企んで失敗したこともあって、見張りをつけられ死に臨むことが出来なかった。
 しかし今、佳羅に脅され、嬲り者にされるのなら、死んだほうがましだ。
 息を止め、羽依は落下に身を任せようとする。

 ――――が。

「馬鹿者ッ! いい加減にしろッ!!」

 寸でのところで引き寄せられ、羽依は佳羅の腕に捕らえられた。
  
「放してッ! わたくしは、あなたに縋りついたりしない! もう、玩ばれたくない!」

 猶も逃れようとする羽依の頬を、佳羅は張り倒す。
 驚愕に瞠目した羽依を抱き潰し、彼は彼女が纏っている薄物の寝衣の袷を強引に開いた。

「――――イヤッ!! やめて佳羅ァッ」

 必死で身体を捻るが、今度こそ逃げられない。
 羽依の腰紐を解くと、佳羅は暴れる彼女から器用に衣を剥がし、柱に女体を押し付ける。彼は自身の身体と柱で彼女を挟み逃げられないようにした。
 何をするのかと目を見開く羽依の手を柱に交わすように後手に廻し、佳羅は彼女の手首を腰紐で縛り付けた。
 ぎょっとする羽依。佳羅の常軌を逸した行為に、彼女は恐怖を覚える。――このままでは、犯されるのではないか?
 脅える羽依の目を見ず、佳羅は彼女の両足を高欄に乗せる。自然と、股を大きく開脚した体勢になった。
 白い羽依の素裸が、真暗な闇に淫らに浮かび上がる。小刻みに震える濃桃の乳首が、無理矢理晒された同じ色の貝の身が、佳羅の苛虐心を誘う。

「か、佳羅……い、いや……。お願い、許して……」

 涙目になる羽依の瞳を、佳羅はやっと直に見る。
 羽依の体に、怖気が走る。――佳羅が、怒っている。
 鋭い眼を羽依に充てたまま、彼は身に着けている物を全て脱ぐ。衣を縛っていた帯と襦袢の紐を彼女のそれぞれの足に結んで固定した。
 目を上げてすぐの場所にある羽依の剥き身に、佳羅は軽く接吻する。恐怖に乾いた陰部に潤いを満たすように、唾液で粘膜を濡らしていく。

「あ…あ……いやぁ……いや……っ」

 あくまで拒絶する羽依の言葉。
 が、生理的な反応か、女陰は内部から確かに蜜を滲ませ始める。
 内股が薄紅に染まってきたのを見届けると、佳羅は舌を壷の奥に押し進める。流れてくる淫液に逆らうように、尖らせたそれを抜き差しする。

「あ…ぁ、はあぁぁ……っ」

 ふるふると震える腿を佳羅は優しく愛撫する。臀部を撫で摩り、柔らかく掴んでみる。弾力のある尻肉が撓んだ。

「や…めて……佳羅……あぁっ」

 泣きながら、いやいやと羽依は激しく首を振る。そうして、快感をやり過ごすように。
 が、彼女に快楽を植えつけたのは、他の誰でもない佳羅なのだ。抗おうとしても、彼の手に掛かれば、呆気なく崩れてしまう。
 犯されて喘いでしまうのは、嫌だ。
 肉体は佳羅に屈しようとしていたが、こころだけはひれ伏さないようにしよう……羽依は唇を噛み締めた。







 羽依の喘ぎが聞こえなくなったことに訝しんで、佳羅は彼女の面を見、胸を抉られた。

 ――羽依が絶望に泣き崩れている。声を洩らすまいと唇を噛み締め、凌辱の時が過ぎるのを、ひたすら待っている。
 彼女は不本意な悦楽を受けているだけでしかないのだ。

 不本意な悦楽は、凌辱でしかない。それを一番よく解っているのは佳羅である。義賊のもとにいるときや李允に囲われていた頃、散々凌辱の苦しみを負っていた。
 闇雲な怒りに我を忘れて羽依の身動きを封じ、思うが侭に扱った。それは彼女にとって強姦でしかなく、憎んで余りある牽櫂と同じことをしたことになる。

 佳羅は花びらへの愛撫を止め、小刻みに震えて泣く羽依を柔らかく抱きしめた。
 何故か、そうしてしまった。切り刻んでも足りない、憎むべき敵である羽依であるというのに。彼女の肉体を汚してぼろぼろにしても、痛むこころなど持っていなかったはずなのに。

 突然の労わるような行いに、羽依は動揺し硬直する。
 暖かな体躯に包まれた羽依は戸惑いを抱いたが、しゃくりあげるのを止められなかった。
 優しい手つきで羽依の頭と背中を撫で、佳羅は彼女の艶やかな髪に接吻する。

「か…佳羅……? なぜ……? どうして……? わたくしを、犯したかったの……? わたくしを、引き裂きたかったの……?」

 泣きじゃくり、切れ切れに羽依は問う。
 絶望と悲しみに苛まれる彼女に、佳羅の胸が詰まる。そこから、じわりと何かが膨れ上がり、溢れて全身に滲み出す。吐息が、熱くなる。
 両足首の布を取り払い、手首を縛る紐を解くと、佳羅は彼女の肢体を強く抱きしめる。

「……すまない、もうしないから……このまま、抱きしめさせてくれ……」

 自分でも信じられない言葉を吐く佳羅。言いながら、彼は瞠目する。
 が、身体は彼の意思に反し、羽依を望んでいるのだ。

 激しい濁流に身を取られ、逃れられぬ。
 どこに流れ着くか解らぬまま、佳羅はうねる情動にこころを捕らわれた。







「か…ら……?」

 彼の腕が、秘かに震えていた。己のしたことに後悔しているのか、強く抱きしめている。
 羽依は佳羅の変化に当惑した。が、無下に拒むことなど出来なかった。
 何故か、切なかった。そして――愛しいような気がした。密着する互いの素肌に、細胞ごと吸い付いていっているような気がした。
 それは、佳羅が女だと思っていた頃にはなかった感覚だった。佳羅を女と思っていた頃より、彼に激しく惹き付けられている。
 壷が熱く震え、蜜が股を伝って垂れた。
 羽依はおずおずと佳羅の背に腕を廻す。

「だ…いて……、抱いて……」

 羽依は初めて、自ら交歓を願う。
 誰にも、行為を乞うたことはなかった。が、今は佳羅と深いところまで結ばれたいような気がした。
 佳羅の腕が強張り、真っ直ぐに羽依を見つめてくる。
 素顔の佳羅が、そこにいた。化粧のない、女顔だが確かに男である顔貌。
 切羽詰った羽依を求める眼が、食い入るように彼女を見ている。

「……いいのか……?」

 真摯な彼の瞳に、羽依は頷く。

「もう、止めてほしいなんていわないから……あなたから逃げようとはしないから……優しくしてほしいの……」

 そう言って、羽依は佳羅の胸に頬を寄せる。
 暖かな胸が、強い鼓動を弾ませる。それは段々と早まって、佳羅の吐息の熱さと比例して彼女の耳に届く。
 どうしようもなく切ない。そして哀しい。
 己の拒絶に我を忘れて縛り付けてしまうほど、佳羅は己を求めていたのだ。彼は己を身動きできなくしたが、本当は己を彼自身に縛り付けたかったのかもしれない。

 ――佳羅、あなたは馬鹿よ……。わたくしは既に、あなたに捕らえられていたというのに……。逃げ出したいと思った時点で、わたくしはあなたに縛り付けられていたのよ……。

 噛み付くように接吻してきた佳羅に激しく応えながら、羽依は逃れられない宿命ならば、受け入れるしかない、とこころに決める。

 佳羅は羽依の身体を抱え上げ、東屋の真中に設えられた卓の上に彼女の肢体を寝かせる。手招かれるまま裸体に覆いかぶさり、熱い口づけを続けた。







「アアァァァ……佳羅ぁっ……佳羅……」

 先程止められたほとの愛撫を再び加えられ、羽依は身体を震わせ喘いだ。
 指で陰部の内側を探られ、膨れ上がった花の芽を弄られる。
 今宵の佳羅は、いつもより興奮していた。
 拒絶しようとした羽依を引き戻し、己の下で悶えさせている。彼女のそんな姿に身体の内を炙られ、より羽依を激しく責め立てる。

「わたしに抱かれる前より、羽依は淫らになったな……」

 耳元で囁くと、羽依の頬と項が赤く染まる。

「アッァッ、い、いわな……いでぇっ……!」
「ほら……もう、こんなになっている……」

 佳羅は羽依の目線にまで、花に沈めていた己の指をもってくる。
 それはびっしょりと濡れ、ぽとりと滴を彼女の腹の上に落とした。
 羽依は羞恥に震える。
 にやり、と笑うと佳羅は愛液をびんびんに尖った両の胸の突起に擦り付ける。
 ぬるりした感触に助けられた指の動きが、羽依をたまらなくする。乳首に己の淫水を塗り込められるという淫靡な行為により、彼女は壷より大量の蜜を溢れさせた。
 佳羅は片方の乳首に吸い付き、舌で突き擦り上げる。
 片方の突起はそのまま、ぬめりにまかせ摩擦し続ける。
 羽依は肢体をのたうたせ、汗を散らせる。

「アアァァァァァァァァ!」

 何度も身体を合わせわけを知った指が、羽依の膣内にある秘密の箇所を捉える。中指で僅かにざらつくそこを摩擦し、親指で外にある花核を揉んだ。

「い、いやぁぁ……っっ! だめぇっ!! ああぁっ!」

 ひくり、と肢体を弾ませ、羽依は佳羅の腕を掴む。
 佳羅はにっ、と笑っただけで、彼女を責める手を止めようとしない。
 早まる彼の手つきに、洞から淫らな水音が絶え間なく立てられる。

「ああぁぁぁ…………! か…らぁ……っ!」

 緩急を織り交ぜ苛むと、次から次から淫液が溢れ出てくる。羽依は苦悶のような表情を浮かべ喘ぎ続ける。

「……おまえは、ここが一番好きなのだろう?
 以前はここでは、感じることが出来なかったな。皇帝はおまえという名花を扱えていない。蕾のままで満足している。
 わたしは……そんなことは、しない。
 おまえという花を……すべて咲かせてみせる」

 佳羅が挿入している指すべてで何度も素早く擦ると、羽依はがくがくと震え零れるように呻いた。
 ぶるぶると震える臀部を片手で揉まれ尻穴や会陰をなぞられると、より戦きが大きくなる。
 羽依は高まってくる感覚に首を大きく振り、辱めから逃れようともがいた。

「いゃあぁぁぁぁっっっ! 出るぅっ!」

 口から飛び出る絶叫とともに、小水の排出口から勢いよく放出された水飛沫が佳羅の手を濡らし、方々に飛散する。

「あああぁぁぁ…………」

 彼女の股の下にできた水溜りに、佳羅は満足そうに笑い、痙攣し続ける羽依の花に舌を這わせる。肉芽をしゃぶり、舌で転がす。再度指を挿入すると、彼はゆっくり抜き差しし始めた。
 息を継ぐ間もない悦楽に、羽依は悶え泣く。
 上り詰め彼女が腰を揺らすと、佳羅は愛撫を止める。波が引き始めるとまた責める、と絶え間なく甘苦を繰り返され、羽依は痺れと愉悦から逃れられない。

 佳羅は彼女を抱くとき、いつも責め苦のような悦楽を与えてくる。精神的な理由もあるが、牽櫂の愛撫に上り詰めることは一度もなかったので、羽依にとって快楽は苦しいものであった。
 ねっとりと濃く肢体を愛撫され、隈なく指を這わされる。尖り切った乳首を指先で弄び、佳羅はさらに突端を鋭くさせてくる。大腿に滂沱の淫蜜を流すまで指で壺を抉られる。羽依はいつもそうやって彼に身体を愛される。
 まるで羽依に何かを刻み付けるかのように。

「……おまえの身体は、誰よりも淫らだ……。おまえが喘ぐ度に、わたしはたまらなくなる……。
 ほら、もっと、もっと……わたしを、欲しがれ」

 度に、淫逸に艶めいた声で、うわ言の様に佳羅は羽依の耳元に囁く。
 羽依はその都度、子宮のあたりに疼きを味わい、自ら佳羅を求めてしまう。
 ――理性を、置き去りにしたまま。

 が、今は迷いはない。身体の痺れとこころの希求のままに、勃ちあがった佳羅の雄をねだる。上肢を起こして雫を垂らす彼のものを撫でる。

「佳羅……あなたを……わくたしに、頂戴……」

 熱を孕んだ目で頷き、彼は卓の上に上がり、羽依の身体に逆向きに覆いかぶさる。彼女の口に自身を宛がい、佳羅は羽依の泉に深くくちづけた。

「……一度、一緒に逝こう……このままでは、持たない……」

 いつになく、余裕のない佳羅。接合を急がずにまず暴走しつつある身体を宥めようとしている。
 羽依は佳羅の意志を理解し、彼の強張る先端を大きく舌を使って舐める。
 佳羅が陰核を集中的に責め始める。尖らせた舌先で突き、揺すった。

「はぁっ……うぅっ……」

 両手で棹を扱き、裏筋を指でなぞる。佳羅の身体がびくり、と震えた。
 放出のときまで、間が持たない。
 それを感じた羽依は唇で亀頭に吸い付き、強く射精を誘った。同時に、佳羅も断続的に強い快楽を花芽に与える。

「ああぁぁぁっっ…………!」
「ふぅっ!――――」

 彼女の口の中に、青臭い液が溢れかえる。
 羽依は飲み込もうと努力するが、喉に流し込むことができず、すべて吐き出してしまう。
 いつの間にか羽依に向き合っていた佳羅が苦笑いし、舌で彼女の口の周りに付く己が出したものを舐め取った。
 信じられない行為に驚く羽依。が、そのまま舌を口内に差し入れられ、舌を絡められる。
 瞼を閉じて接吻に応じる羽依の手に、佳羅は萎えた男根を握らせる。

「えっ……」

 羽依は目を見開き、彼を見る。
 余裕を取り戻した佳羅がにやりと微笑み、彼女の手に己の手を添える。
 萎んだものをもう一度彼女の手で張り詰めさせよと、佳羅は言いたいのだ。
 羽依はかぁっと紅くなる。

「目を反らすな。わたしの変化を、よく見ているといい……」

 そんなことを言われても、と羽依は反論しようとする。
 が、なかなか言うことを聞こうとしない羽依に焦れた佳羅が、物言いたげにじっと見つめ、片手できゅっと乳首を摘み執拗にいたずらしてくると、彼女は応じるしかない。
 先ほどは雰囲気で口淫をしたが、今は一度逝ったので少し冷静になっていた。だから、まじまじとそれを見るのは、かなり恥ずかしい。今まででも、そんなにそれを見たことがなかったのだ。
 羽依は赤面しながら手淫する。優しく肉柱を撫で摩り、手のひらで先を包み摩擦する。
 はぁ……っ、と佳羅の喘ぎが聞こえてきたかと思うと、彼は羽依の手に重ねていた自身の手を離し、今度は両手で彼女の両の乳頭を弄びだす。

「いやぁっ、……何を、するの……!」

 佳羅は指の腹で羽依の乳首を揉むように擦り、軽く爪先を先端に入れる。

「……あぁぁんっ!」

 羽依の手が緩む。
 と、佳羅は羽依の肩と尻を抱えて自身の身体を卓の下に降ろし、彼女を卓上に押し倒しす。
 何をするのかと訝しむ羽依は、直後に壺にめり込んできた剛直に息を止めた。

「……あああぁぁぁぁっっ――!!」

 羽依の尻を抱え上げて過敏な一帯を狙い、佳羅は繰り返し刺し貫く。
 襲いきた強い刺激に、羽依は大きく嬌声を上げてしまう。

「いやぁっ、ああぁぁっ……!」

 首を振り肢体をのたうたせる彼女に、佳羅は急に動きを止め、一気に亀頭だけを埋めたままずるりと抜き去り、また挿入する。
 激しい突きは最初だけで、佳羅は焦らすように腰を蠢かせた。円を描くようにゆったりと陽根を回し、時々厚みを加えた急所を掠める。
 佳羅は彼女の丸い乳房を掌で包み、柔々と揉む。彼は羽依の乳首を口に含み、挑発するように舌を長く伸ばしてねぶる。
 空いた手で彼が勃起した陰核を捏ねると、様々なところから襲い来る愉悦に羽依はもぞもぞと腰を揺らした。
 羽依は彼の動きに操られ自ら身体をくねらせ、彼を締め付けようとする。
 不意に佳羅が羽依の背を抱えると、結合部がよく見えるように彼女を抱き起こした。

「きゃあぁっ!」

 羽依は思わず手で顔を覆う。
 片手で彼女を支えると佳羅は遮断しようとしている羽依の手を退け、繋がっている箇所にもってくる。
 半ば引き抜かれた男根が愛液を纏い、濃色の花唇を大きく割り開いている。ひくひくと蠢く花びらが、張り詰めたものを痛々しく飲み込んでいた。
 佳羅が露出している己の雄物に羽依の指を触れさせる。彼女はぬるりとした塊と己の粘膜を、恐る恐る一撫でする。

「…………ぅっ!」

 ふたりは同時に呻く。
 佳羅は羽依によく見えるようにゆっくりと注挿を再開し始める。
 羞恥に赤くなるものの、羽依は己のなかに出入りする佳羅の牡から目を離せない。とろんとした目で生々しい交わりを凝視し、おのずと艶かしくほとを蠕動させてしまう。
 佳羅のものに掻き混ぜられて泡立つ蜜の音に、彼女は腰を戦慄かせる。
 羽依の一番好きな場所を狙って攻撃してくる佳羅に、彼女は再び絶頂への階段を昇り始めた。

 が、一度己をすべて羽依の洞から引き抜くと、離れた陽物を追いかけようとする彼女の腰と尻を抱きかかえ、佳羅は場所を入れ替わる。
 佳羅は卓に腰掛けると羽依の大腿を己の上腕に引っ掛け、刃がなくなり頼りなげに口をぱくぱくさせる鞘に凶器を突き立てた。

「ああぁっっ――――!!」

 彼の我武者羅な動きに、羽依の身体が上下に弾む。
 何も掴んでいなかった羽依は佳羅の突きに煽りを受け、後ろ向きに倒れそうになる。
 寸でのところで佳羅に背を抱き止められ、慌てて羽依は彼の首に強く腕を廻す。

「……そう、それで…いいっ……! おまえはわたしから、離れては…ならないのだから……。
 わたしに縋り付き…縛られればいい……っ!」

 切なげな佳羅の叫び。
 羽依は涙ながらに何度も頷き、佳羅に抱きつく。

「……わ、たく…しは……あなたのもの…だから、……放さないでっ……!」

 彼女の背を抱き締め、佳羅は下から何度も子宮目掛け激しく突き上げる。
 いつしか、無意識に羽依も腰を動かしている。自ら佳羅に接吻しつつ身体を揺らし、蜜壷を楔目指して落としている。男の抜き身をもぎ取ろうと、膣で強く締め付ける。

「くうっ…………!」

 佳羅がたまらず呻き、身体を結合させたまま、再度反転させる。
 大きな動作に膣内の摩擦が大きくなり、羽依は激しく痙攣する。
 羽依の身体を卓に押し付け、佳羅は彼女の唇に己の唇を重ね、口内を弄りあった。
 速まっていく互いの動きに、彼は体を起こすと羽依の足を大きく開脚し、狂ったように小刻みに突き続ける。
 がくがくと震え、羽依は髪を振り乱した。

「ああぁっ! だめぇっ! 逝くぅっ――――!!」

 羽依が泣き叫ぶのを聞き、佳羅は限界を超えるため、彼女の腰を抱え息も荒く自身を最奥に繰り出す。
 一気に頂点に登り詰めると、ふたりは前後不覚に陥り、互いに縺れ合ったまま意識を失った。







「……なんて様だ……」

 己の下で失神している羽依を認め、佳羅は忌々しそうに一人ごちる。
 萎んだ男根を膣から抜き去ると、奥深く放った精が彼女の淫水と混じり、とろりと流れ出てきた。佳羅はそれを指に掬い、深いため息を吐く。
 羽依に狂わされるのは、これで何度目か。
 羽依と関わると簡単に我を忘れ、本懐を失念してしまう。

 ――彼女は、殺めるべき仇なのだ。それを忘我し、身体を繋げてしまうなど……。

 予想もしない羽依の拒絶に、佳羅は怒りに心身を奪われてしまった。気がつくと彼女を柱に縛りつけ、凌辱しようとしていた。
 自身のしたことに傷つき恐怖する羽依の悲しみの溢れる眼を見た途端、哀切が胸に溢れ知らず知らずのうちに抱き締めてしまっていた。
 それから後は……あまり思い出したくない。情熱に任せ甘露を味わい、交歓を尽くしてしまった。
 羽依と己の身の後始末をし、彼女に寝衣を着せると、佳羅は悲しげに己の衣を掴む。

 ――こころと身体が、わたしを裏切っている。どうして、これほどまでに羽依を求めてしまうのか……。
 わたしは……愚かだ……。

 羽依が己との肉の関係を止めたいというのなら、止めさせてやればよかったのだ。はじめから結ぶつもりのなかった関係なのだ。予想外に繋がってしまった意味のない関係を続けようとするなど、無様としかいいようがない。
 今宵の情交は、醜態としかいいようがないものだ。
 こんなにこころを捕らわれたのは、今夜が初めてだ。
 羽依に心臓を素手で鷲掴みにされ、盗み出されてしまったような気がする。
 身体だけでなく、こころまで羽依に奪われ、己自身のものではなくなってしまうという、強い畏れが胸に巣食っている。
 己はその畏れの前に、何の手を打つことも出来ないのか――…。

 佳羅はふっ、と自嘲気味に笑う。

 ――答えは簡単だ。昭羽依を殺せばすべて済むのだから。

 身に着けていた衣をすべて纏うと、佳羅は己を叱咤するように、厳しい眼差しで夜空を睨んだ。






 佳羅――玲琳は気付いていない。
 すべて、運命の巡り合わせだということを。
 宿命による強い吸引力で、互いに惹き付けあっているのだ。己の奥底に根付いているのが羽依への愛だと、玲琳はまだこのとき思い至っていない。
 無意識に履行された託宣は、悲劇的な結末の呼び水となる。


 ――ふたりが運命の残酷さに打ちのめされるのは、これより二年後のことである。
 
  




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