Lealtime to Paradise

無限回廊 act.1





 彼が自身の記憶を取り戻すのは、常に愛する者を殺めた瞬間だった。
 自身の手を愛する者の血で濡らすたび、少しずつ開かれていく記憶の扉。


 神竜の咆哮と同時に溢れかえる記憶に、彼はいつも愛する亡骸を抱き締め悲しみに暮れた。





act.1




「コスモスとその戦士たちは、また新たな生を得たようだ」

 星の体内にたたずむセフィロスの背に、皇帝が声を掛ける。
 僅かに男へ目を向け、セフィロスはライフストリームを見据えた。

「……またおまえは悲しみに胸打たれながら兵士を殺すのだろうな」

 それだけを言うと、皇帝は姿を掻き消す。
 目を伏せると、セフィロスはこの世界に身を置いてからの記憶を辿る。
 初めは、己の宿敵に対し激しい焦燥があった。その正体が何なのか、皆目見当がつかなかった。
 己の宿敵である兵士・クラウドは己の姿を認めると、信じられないように目を見開き、大剣を手にすぐさま斬り掛かってきた。
 そのときのことは、昨日のように思い出されるのに、すでに遠い過去のことである。――あのときから、重く暗い宿命が始まったのだから。






 碧の光が渦を描いて廻る星の体内で、クラウドは大剣の重い一撃を加えながら、セフィロスに叫んだ。

『なんで、あんたがここにいるんだ!』

 正宗で大剣を打ち返し、セフィロスは唇を吊り上げる。

『さぁな。わたしにもわからん。
 だが、こうしてまたおまえに会えたのだ、喜ばしいことではないか?』

 するすると口を吐いて出る言葉は、無意識のものだ。セフィロス自身が意図したものではない。
 唇を噛み締めると、クラウドは次なる攻撃を仕掛けてくる。

『あんたは戻ってこなくていいんだ!
 思い出のなかでじっとしてろって言っただろうッ!』

 クラウドの斬撃を回避しながら、セフィロスは眉を寄せる。

 ――思い出のなかでじっとしている? このオレが?

 意味が分からない。思い出とは、記憶のなかに溜め込まれていくもの、すなわち過去である。

『おかしなことを言う。わたしはここに存在しているだろう』

 笑みを浮かべて言うセフィロスに、クラウドはぎりりと歯軋りする。
 クラウドとの問答の正体は分からない。だが、己の宿敵の一挙一動から目が離せない。ひとつも漏らさず見ていたい。セフィロスは何故かそう思った。
 突進してきたクラウドの背後にまわり、セフィロスは正宗の柄でクラウドの後頭部を殴る。
 ステージに倒れたクラウドの腰を攫うと、セフィロスはクラウドの耳元に囁いた。

『わたしは、思い出ではない。いま、ここにいる』

 悔しげなクラウドの目に、無性に情欲が沸き上がってくる。セフィロスは片手でクラウドのニットのジッパーを下ろし、彼の胸元に手を忍ばせ、尖りを指先で摘んだ。

『セ……セフィロスッ!』

 クラウドの乳首を軽く押し潰し捻りながら、セフィロスはクラウドの腰に回していた手で彼のエプロンを掻き分け、ボトムのボタンを外し、ジッパーを下ろす。
 セフィロスはボトムのなかに手を入れ、クラウドのモノを弄んだ。クラウドの唇から零れる苦悶の喘ぎが、セフィロスをより逸らせる。
 身悶えさせられながらも、クラウドはセフィロスの腕から抜け出そうと藻掻く。肘を後方に繰り出したとき、避けたセフィロスに隙ができた。
 傍らに放り出されていた大剣を手に取り、這いつくばったままクラウドは得物を振り回す。セフィロスは飛びすさりクラウドから離れた。

『クッ……決着はあとだッ!』

 不利な現状から逃れるため、クラウドはセフィロスを置いてステージ脇の足場に飛び移る。そのまま次の足場に移動して星の体内から脱出した。
 セフィロスはクラウドが消えた星の体内にひとり取り残される。自身の左手についたクラウドの残滓を眺め、セフィロスは溜め息を吐いた。

 ――何故、オレはクラウドに欲情したんだ。
 それに、胸に沸き上がってくるこの感情は何だ?

 焦がれるような、この想い。クラウドを見ると、触れたくてたまらなくなる。――愛欲が、身体の内に渦巻く。
 考えても仕方がない――セフィロスはかすかに笑うと、手に残ったクラウドの体液を舐めとった。






 そもそも、己が何故ここにいるのか、セフィロスは分からなかった。
 己の居場所――星の体内だけでなく、他にも同じような戦いの場があった。他の者が星の体内で戦うことがあったし、自身も他の場所で戦った。
 そして、己は混沌の神・カオスのために戦う戦士であり、混沌の戦士は己を含め十人いた。
 混沌の神には、相対する女神がいた。秩序の神・コスモス――この女神のために戦うのが、クラウド含め十人の秩序の戦士だった。

 ――このオレが、他者のために戦うだと? 馬鹿馬鹿しい。

 セフィロスはそう思う。根拠はない、もともと己は誰かのために戦う存在ではないという自覚があった。

『ほぅ、おまえもそう思うか。奇遇だな、わたしもそうだ』

 秩序と混沌の戦いに不真面目な体をとるセフィロスに、同じ混沌の戦士である皇帝は興味を示してきた。時折、彼はわざわざ星の体内まで出向いてきて無駄話をする。
 セフィロスはぞんざいな態度で皇帝への関心のなさを表したが、皇帝は引き下がろうとはしない。もともと、退くのが性に合わぬ男なのだろう。
 皇帝はセフィロスが微動だにしないのをいいことに、側にまで近寄ってきた。

『……しかし、おまえは美しいな。まるで精巧にできたビスクドールのようだ』

 セフィロスの長い銀髪を一房捕らえながら、皇帝は蠱惑的な声で呟く。
 銀糸の髪に口づける皇帝を、腕を組んだままセフィロスは横目で睨む。
 本来、誰かに髪を触られるのはいい気持ちがしない。ただ口を聞くのも面倒なので放置しているだけだ。
 セフィロスが何も言わないのを勘違いしたのか、皇帝はセフィロスのはだけた胸元に手を入れてきた。身体に火を点けるのを狙い、胸の突起を捏ね回す。
 が、セフィロスは表情を変えない。身動き一つせず、碧の洪水を見つめたままだ。
 セフィロスの項に唇を寄せたまま、皇帝は気分を損ねたように言った。

『……セフィロスよ、おまえ不感症なのか?
 このわたしが愛撫しているというのに、何も反応しないとはな』

 言いながら、皇帝はボトムのうえからセフィロスの股上をまさぐる。――そこは、まったく変化がないままだった。
 皇帝の情欲を誘う手つきは、他者なら確実に落ちていただろう。が、セフィロスは冷めた目付きで皇帝を見据えた。

『おまえはこんな下らんことをするために、ここに来ているのか?』

 至極冷静なセフィロスに鼻白み、皇帝は身を放す。興を削がれたのか、皇帝はセフィロスに背を向けた。

『なんの面白みもない奴め。ひとを殺すだけの人形か』

 そう言い置き、皇帝の気配は消えた。

 ――ひとを殺すだけの人形……。

 果たして自分はそうなのか? とセフィロスは懐疑するが、答えは導きだせない。
 そして、人形……何か引っ掛かる。
 考え込んでいたセフィロスは、迫ってくる人物に気付かなかった。

『……セフィロス』

 耳に覚えのある甘さを含んだハスキーな声に、セフィロスは振り返る。
 思ったとおり、そこにはクラウドがいた。

『元最強ソルジャーが、ひとの気配に疎かになるとはな。
 あんたがそんなだと、俺の調子が狂う』

 クラウドは肩を竦め、大剣を背中から引き抜く。

『このまえの決着をつけにきた。
 どちらにしても、あんたと俺は戦う運命、迷っていてはいけないんだ』

 眉間を寄せ大剣を構えるクラウドに、セフィロスは唇だけで笑う。

『ほぅ、おまえは戦うことに迷っているのか。
 わたしとおまえは敵対している、それなのにわたしと戦うことに迷うのか』

 揶揄を含めた言葉に、クラウドは唇を噛む。

『……勝手に狂ったあんたには分からないだろうさ。
 俺がどんな思いで、いつもあんたを殺してきたか』

 クラウドの告白に、今度はセフィロスが眉間を寄せる。

 ――オレはクラウドに殺されたことがあるのか、それも何度も。
 そしてクラウドは、オレを殺すことに躊躇いがあるのか。

 が、セフィロスは愉快そうに微笑み、左手に正宗を出現させる。

『おまえはわたしを殺したくないのか。
 何とも生温いことだな』

 言いざま、セフィロスは刀をなぎ払う。クラウドは咄嗟にガードするが、凄まじい剣圧に弾き飛ばされる。

『ぐはぁッ!』

 ステージ上に叩きつけられたクラウドを見下ろしながら、セフィロスはゆっくりと彼に近づいた。
 慌てて起き上がろうとするクラウドの片方の手首を踏み付け、セフィロスは屈みこみクラウドを見る。
 あらん限りの眼力でねめつけるクラウドを嘲笑い、セフィロスは言う。

『そういえば、わたしも途中だったな……おまえを犯すことの』

 瞬時にクラウドの目が見開かれ、血の気が引いてゆく。セフィロスに踏み付けられている手首を動かそうとするクラウドにおかしげに笑うと、セフィロスはさらなる力で踏み躙った。

『ああッ……!』

 どうして、クラウドの悲鳴は甘美に響くのか。クラウドの呻き声だけで、セフィロスの下半身が反応しそうになる。
 皇帝は己を不感症だと罵ったが、違うのだ。己はクラウドにしか欲情しないのだ――セフィロスははっきりと悟る。
 手首を踏み潰していた足を退けると、クラウドはすぐさま起き上がろうとする。が、素早い動きでセフィロスはクラウドを押し倒し、負傷した彼の手首を掴み、強く捻った。

『ッつ……あぁッ!』

 セフィロスは自身の胸を交差するサスペンダーを外すと、クラウドの両手を彼の頭上に掲げ、サスペンダーで戒めた。






『あっ……はぁッ……いゃ、だ……ッ!』

 ほとんど衣服を脱がされたクラウドは、身体のなかをセフィロスに穿たれ、揺すられながら彼の手により下肢を玩弄されている。

『はッ……いいぞ、……クラウド……ッ』

 締め付けてくるクラウドの感触を堪能しながら、セフィロスは擦れた声でうそぶく。
 未だ涙目で睨み付けてくるクラウドに小憎らしくなり、セフィロスはクラウドに激しく接吻する。
 途端に、セフィロスの唇に噛み付いてくるクラウド。痛みに眉を顰めたが、セフィロスは唇から血を流したままキスを止めなかった。
 唾液とともに喉を滑り落ちてゆくセフィロスの血――それが、クラウドの身体のなかにある細胞を刺激し、セフィロスの思うように働き掛ける。
 セフィロスの血に侵されたクラウドの身体は、食んでいるセフィロスを敏感に感じ取った。セフィロスの与える快楽を倍に感じられるようにさせた。
 急に強まったクラウドの蠢きに、セフィロスの身体が震えだす。

『イァ、ア…アアアアッ――!』

 突如としてクラウドの肉体を襲う絶頂。痙攣するクラウドに引き摺られるようにセフィロスの腰が動く。

『ハァッ、ク、クラウドッ――!』

 セフィロスはクラウドのなかに欲望を吐き出す。
 すべてを出し切ったあとセフィロスがクラウドを見れば、彼の身体の下で意識を失っていた。
 クラウドに覆いかぶさりながら、セフィロスは考える。

 ――クラウドの身体が変化したのは、オレの血を口に含んでからだ。

 となると、自身の血には、クラウドを狂わせる何かがあるのか……?
 考えるが、答えなど端から知り得ない。
 小さく首を振ると、セフィロスはクラウドの手首を戒めたまま負傷した箇所にケアルガを掛ける。
 そのままクラウドの身体に腕を絡め、セフィロスは目を瞑った。
 それから、どれくらい時が経ったのか。下敷きにしたクラウドの身じろぎする感触にセフィロスは瞼を開ける。
 どうやら、少し眠っていたらしい。セフィロスが覚醒したことに気付いたクラウドは暫時固まった。
 にやりと笑うと、セフィロスはクラウドの額に口づける。

『わたしが眠っているあいだに逃げるつもりだったのか?
 ……悪い子だな』

 なぶるようなセフィロスの言い様に、クラウドはかっとする。

『……起きたなら、いい加減放してくれ、もう気が済んだだろう!』

 微妙なニュアンスで告げられたクラウドの言葉に、セフィロスは片眉を上げる。
 欲望に任せてクラウドを抱いた己もどうかしている。
 が、己が同性愛的行為に及んだことに対する生理的嫌悪を訴えず、行為に及んだ己の奇矯さを咎めないクラウドに違和感を感じる。
 セフィロスは疑問に思いながらも、クラウドに巻き付けた腕の力を緩めない。身体も繋がったままだ。
 クラウドは未だ藻掻き続けている。セフィロスは無意識に己の肉体を煽るクラウドに笑みを深くした。

『まだまだ、気は済んでいない』

 言いつつ、セフィロスは深く突き上げる。クラウドは小さく悲鳴をあげた。疼きを残した身体に再び火を点けられ、クラウドはなまめかしく身をくねらせた。
 クラウドと繋がった芯やぶつかり合う肌が、深い酔いを生む。セフィロスの肉体のそこかしこを敏感にしてゆく。

 ――これ程相性の合う肉体……手放すには惜しい。

 たとえ殺し合う宿命にある相手だとしても、執着せずにはいられなかった。






 セフィロスは時間を空けず、倦むことなくクラウドとの悦楽を貪った。自身の情欲をクラウドの体内に注ぐほど、彼は淫らになってゆく。初めての交合で血を口に含ませたのと同じように。否、性交を重ねたいま、さらに艶やかさを増している。
 クラウドはこころを閉ざしたまま、セフィロスの為すがままになっている。あらがうのに疲れたかのようだった。
 セフィロスはクラウドと時をともにすることに満足していた。油断のあまり、時には秩序の勇者や義士にクラウドを取り返されたこともあったが、宿敵としての運命から必ずクラウドは刄を交えにくる。そのたび、クラウドはセフィロスの手に墜ちた。

『随分な熱中ぶりだな』

 偶に現われる皇帝が、クラウドと交わったままのセフィロスに皮肉を言うことがあった。
 クラウドを追い詰め喘がせながら、セフィロスは冷たい眼で皇帝を見る。
 皇帝はセフィロスの下で一糸纏わぬ姿を晒すクラウドに目をやり、妖しく微笑む。

『……美形なうえに、さえずる声もそそるものがある。おまえが溺れるくらいだから、具合は抜群なのだろう。
 セフィロス、一度わたしにその者を貸さぬか?』

 皇帝の一言に、セフィロスは肩をそばだたせる。苛烈な視線で睨み付けるセフィロスに、皇帝は鼻で笑った。

『なんとも醜いものよ。愛着のあまり誰にも渡せぬか、笑わせる。
 余計なお世話だが、忠告しておこう。
 あまり溺れると、身の破滅を呼ぶぞ』

 皇帝の思わせ振りな口振りに、セフィロスは眉を寄せる。

『……どういうことだ』

 やっとこちらに意識を向けたセフィロスに、皇帝は尊大に笑う。

『秩序の戦士が、混沌の戦士に敗れ、次々命を落としている。やがて、コスモスもカオスに敗れ命を落とすだろう。
 ガーランドからの情報だが、一方の神とその戦士が死に絶えると、一度死んだ側の神と戦士たちは記憶をリセットされ蘇るらしい。
 そして、一方の神とその戦士が死に絶えぬ限り、この戦いは終わらぬ。
 戦いを終わらせるため、おまえも兵士を殺さねばならぬ。覚悟しておくのだな』

 セフィロスは動きを止める。――己の手でクラウドを殺さねばならないのか?
 固まってしまったセフィロスにほくそ笑むと、皇帝は星の体内から姿を消した。
 セフィロスは腕のなかの存在を強く抱き締める。

 ――いずれ、クラウドを殺さなければならないのか。

 そう考え、セフィロスは首を振る。

 ――馬鹿なことを、これは快楽を貪るための道具だ。クラウドが秩序の最後の戦士になったとき、用済みとして消せばいい。
 ただ身体の相性が合っていた、それだけだ……。

 セフィロスは唇に笑みを乗せると、再度腰を使いだした。が、その笑みに力強さはなかった。
 ただ黙ってされるがままだったクラウドは、セフィロスと皇帝との会話を逐一聞いていた。セフィロスのこころの揺らぎを感じながら、クラウドは静かに目を閉じた。






 セフィロスが愛欲に溺れるあいだにも、秩序の戦士は混沌の戦士により数を減らされていった。
 自身の宿敵である義士を殺した皇帝は、最後の秩序の戦士になったクラウドを抱き続けるセフィロスに最後通牒を突き付けた。

『最後まで渋っていたジェクトが、息子である夢想を殺した。残る秩序の戦士は、ここにいる兵士だけだ。
 戦士が死に絶えると、コスモスの力は弱体化し、カオスに敗れるだろう。
 ――セフィロス、覚悟を決めろ』

 皇帝の冷ややかな言葉に、セフィロスは黙って頷く。
 この世界の仕組みを聞いてから、覚悟はしていた。だから、腕のなかにいる存在を殺す。
 セフィロスは正宗を出現させると、柄を強く握った。

『いいよ……今度こそ、ちゃんと心臓を狙えよ』

 掛けられた声に、セフィロスははっと声の主を見下ろす。
 クラウドは綺麗な微笑を浮かべ、セフィロスを見つめていた。

『……俺が死ねば、いまの戦いはリセットされるんだ。蘇りを待つ先に逝った仲間のためにも、俺は死ななきゃいけない。
 俺に遠慮せずに、迷わずやれよ。
 それとも、俺を殺せないような腰抜けに成り下がったのか? 英雄の名が泣くぞ。
 ……少なくとも、堕落しきったあんたを、俺は軽蔑する』

 そういって鋭く見据えてきた蒼い瞳に、セフィロスは引き下がることができなかった。
 セフィロスはクラウドの心臓目がけ真っすぐ正宗を構えると、一気にクラウドの命を刺し貫いた。

 星の体内のステージに、クラウドの血が流れ染み込んでゆく。セフィロスは赤い流れに手を触れさせ、目線に掲げてみる。



 ――あんたになら何されてもいいって、俺言ったよな……? だから、気に病まなくていいよ。



 不意に脳裏に浮かんだ場面。
 ステージに倒れる姿より幼いクラウドが、苦痛に顔を歪めながらもセフィロスを受けとめている。
 セフィロスはそんな彼を、誰より愛しく思っていた。――どんなものより、なくせぬ最愛の存在だった。
 心身ともに愛し合ったクラウド。が、セフィロスは自身の真実を知ったとき、狂気に走った。クラウドの故郷を燃やし、彼の愛する母を殺した。

 ――あんたを尊敬していたのに……憧れてたのに……。

 戦友の武器でセフィロスを貫きながら、クラウドは泣いていた。
 正気でなかったセフィロスは混乱しながらクラウドを正宗で刺した。――急所を外していたが。
 が、クラウドの意思は強かった。正宗ごとセフィロスの身体を持ち上げた。

 ――一緒に逝こう……あんたをひとりぼっちにはしないから。もう苦しまなくて、いいから……。

 クラウドの眼が、彼の手により壁に叩きつけられ、奈落の底に落ちてゆくセフィロスにそう告げていた。



 そのまま、奔流のように溢れ返った記憶はフェイドアウトした。セフィロスはクラウドの亡骸のまえに膝を突く。

『オレは……おまえをひとりで逝かせたか……』

 たったひとりの愛しい者。かけがえのない存在。そんな彼を己の手で殺した。
 セフィロスは正宗の柄を地面に付けると、鋭利な刄に自身の首筋を持っていった。――自ら死ぬつもりだった。
 それを止めたのは、セフィロスの肩を掴んで引き戻した皇帝だった。

『止めろ、兵士は生き返る!
 おまえが死んでも、無駄死になだけだ!』

 振り向いたセフィロスに頷くと、皇帝は彼を解放し、姿を消した。
 セフィロスはクラウドを腕に抱くと、青白い額や頬をゆっくり撫でた。

『クラウド……オレを殺したおまえの気持ちが、少し分かった……』

 クラウドは己を愛していた。それなのに己に手を掛けた。そのときの痛みを、身を以て味わった。

 ――勝手に狂ったあんたには分からないだろうさ。
 俺がどんな思いで、いつもあんたを殺してきたか。

 この世界で二度目に会ったときのクラウドの恨み言が、たまらなく愛しく、そして切なく感じられる。
 クラウドの亡骸から光が放たれているのに気付き、セフィロスは目を細める。クラウドの肉体が軽くなり、肉体の存在感が薄くなっていく。
 愛する者の亡骸が消える――そう感じたセフィロスはクラウドの唇に口づけた。

『またオレのもとに戻ってこい……クラウド』

 セフィロスの呟きとともに、クラウドは空に溶け込んだ。
 やがて秩序の女神の波動が閉じられた世界から消えた。地響きを発て、ステージが揺れる。轟音とともに早い速度でライフストリームが渦巻く。遠くに咆哮が聞こえる。
 セフィロスは天を見上げる――時の巻き戻しが起こっているのだ。
 これから、新しい闘いの時が始まる。もう、過去を振り返る暇はない。
 過去の遺物は、新しい生を待つクラウドの命の名残――赤い血潮のみだった。






 初めての戦いから、幾度クラウドを殺しただろう。生き返ると知っていても、愛する者を殺すこころの痛みは常に付き纏う。
 そしてクラウドを殺すたび、セフィロスの記憶は少しずつ蘇ってきた。
 異形の母・ジェノバとリユニオンし、ライフストリームの溜り場である北の大空洞で失せた下半身を再生させていたセフィロスは、己が古代種ではなく、星に飛来した生命体と人間のキメラ――化け物なのだと知った。
 セフィロスは己を生み出した星と人間に復讐することを決意し、愛するクラウドと再び会うため一度眠りに就いた。
 目覚めたセフィロスはジェノバの身体を借りてクラウドと再会を果たした。が、クラウドはセフィロスの敵として立ちはだかった。
 が、クラウドはセフィロスにもっとも近い人間になってもいた。セフィロスの細胞を移植されたクラウドは、セフィロスの肉体の一部といえた。クラウドは重度の魔晄中毒だったうえに、セフィロスの細胞により擬似人格を作り上げていた。
 セフィロスはクラウドの人格の脆さを突いてクラウドを操り、隕石を呼んで星を破壊する禁断黒魔法メテオを使うのに必要な黒マテリアを取りに行かせ、北の大空洞に呼び寄せた。
 そしてセフィロスはクラウドの精神を破壊し、彼を己の人形にしようとした。が、クラウドの仲間でセフィロスが殺した古代種の娘によってクラウドを取り逃がし、ライフストリームの渦のなかで見失った。
 結果、クラウドは本当の自我を取り戻し、禁断黒魔法メテオを阻む力を持つ禁断白魔法ホーリーの発動を押さえていたセフィロスを倒した。
 クラウドによって本当の死の危機に立たされたセフィロスは、それでも諦めなかった。星への復讐とクラウドへの恋着のため、クラウドの記憶を依り代にし、僅かな命をライフストリームに留めた。
 セフィロスは手放した記憶や自身を構成していたものをライフストリームに流し、人々を死の病に至らせた。セフィロスの因子によって死んだ者の無念と残酷な運命への恨みは、セフィロスを蘇らせるための手管となった。
 セフィロスは死者の残留思念と、それに含まれる己の因子を使い、己の手駒となる形代を作り出した。
 手駒たちはクラウド等セフィロスを知る人間たちと会い、彼らのなかのセフィロスの記憶を吸い取っていった。
 そして人形のひとつが母・ジェノバを取り戻してリユニオンし、セフィロスは再臨した。
 クラウドと再びまみえたセフィロスだが、クラウドが敵であることに変わりなかった。苦戦の末、クラウドはセフィロスを倒した。
 記憶のなかのセフィロスはクラウドと再会するたび、愛憎でもってクラウドを見つめていた。最も愛しく、最もつれない者――それがクラウドだった。
 だから、神々の遊び場であるこの地に駒として呼ばれた身であっても、セフィロスはクラウドに恋着せずにいられない。クラウドが蘇るたびにセフィロスは彼と情交を結んでいた。
 復活するごとにセフィロスの情熱――セフィロス因子を注がれ、クラウドのなかのセフィロスの細胞は戦慄く。そして、セフィロスの一部として従順に身体を開いた。






 何度も繰り返されてきた神々の闘争は、いつも秩序の女神とその戦士が死に絶えて終わった。混沌の戦士は何度も死んで蘇る秩序の女神とその戦士を眺めてきた。
 そして、混沌の戦士は気付く――生き返るたび、秩序の戦士たちの記憶の幅が違うことを。
 クラウドも再生する度、持っている記憶の量が違った。初めの戦いのときのクラウドは、セフィロスが三度目に倒された折のクラウドだった。
 が、神竜の咆哮のあと蘇ったクラウドは、セフィロスが壊した擬似人格を持っていた。
 記憶が完全でない秩序の戦士――彼らは秩序の女神の人形ではないのか。混沌の戦士たちはそう気付き始めていた。

 ――クラウドが神による造られた存在であっても、オレには関係ない。
 この世界にいるクラウドは、間違いなくオレたちの世界のクラウドなのだ。

 だから、セフィロスはクラウドを躊躇いなく抱く。敵として攻撃してくるクラウドに打撃を与え、跪かせてから。
 そして、最後に自らの手でクラウドの命を奪う。――それが、この世界のシステムだから。クラウドに再び会うことに希望と熱情を抱きながら、クラウドが復活するときを待つ。
 だが、持て余す欲情に身を焦がす夜もある。
 クラウドがいるときは彼に欲望をぶつけるが、クラウドが復活していないとき、セフィロスはひとり自らを慰めた。
 否、例外もある。セフィロスが身悶えているのを、皇帝は見透かしていた。そして、皇帝はその隙を逃す男ではなかった。






 セフィロスはこの夜も星の体内で自身を露出させ、ひとり手を雫で濡れさせていた。
 脳裏にあるのは、ただひとり。クラウドだけ――。

「はッ……クラ、ウド……ッ……」

 もうすぐ、クラウドが蘇る。クラウドを抱ける日まで、あと少し――。
 セフィロスは夢中で熱を吐き出していた。だから、近づいてくる気配に気付かなかった。

「……兵士が蘇ってくるまで待てぬか、堪え性がないな。
 百戦錬磨の堕ちた英雄とは思えぬ姿を晒している」

 艶を含んだ声に、セフィロスは目を上げる。
 皇帝は不遜な態度で、淫らな姿を露にするセフィロスを見下ろしていた。
 いまさら隠し立てすることもできず、セフィロスは皮肉を込め笑った。

「……この色好みめ。おまえは美々しいものなら、何でも手を付けたいのだろう」

 皇帝はにやりと笑うと、セフィロスの前に座り、熱く濡れたセフィロス自身に触れた。

「すべてを統べるわたしが、美しいものをすべて味わいたいと思うのは当たり前のことだろう?
 そのなかでも、おまえはとくに美味だ。何度でも味わいたくなる」

 言いつつ剥き出しのモノを銜え込んだ皇帝に、セフィロスは呻く。
 皇帝に組み敷かれるのは、クラウドを亡くし、蘇ってくるのを待つ僅かの間だけ。絶大な淋しさを抱え込むセフィロスに、皇帝は一時の慰めを与える。それでも、クラウドを失い口を開けた巨大なこころの空洞を埋めることはできないが。
 ふっと笑い、セフィロスの身体を自身で挿し貫きながら皇帝は囁いた。

「わたしはおまえの身体だけが欲しいのだ。こころまで付いてくると面倒でかなわん。
 どうせ兵士のことだけ考えているから、悦楽を感じることができるのだろう。
 せいぜい兵士を想っておけ、それでおまえが凄艶に乱れるなら、わたしは構わん」

 長い銀の髪を汗とともに振り乱すセフィロスを犯しながら、皇帝は彼の胸の頂きを引っ張り、耳朶を食んだ。

「あぁ、あッ……! クラ、クラァッ……!」

 切なげにクラウドを呼びながら、セフィロスは皇帝の手のなかにクラウドへの愛欲を吐き出す。
 身体を蠢かせ皇帝を絶頂に誘いながら、セフィロスは同じように己の快楽を引き出すクラウドを夢見る。




 ――クラウド、おまえだけを、愛している……。




 いつか再びまみえる「対なる者」を想い、セフィロスは虚しい時間を過ごす。
 クラウドがセフィロスのまえに姿を現わすまで、あと少し――。








act.2につづく


 

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