Perfect Circle

愛別――眠れぬ想い。






 あの頃の想いをお互い取り戻せたのは、奇跡だと思っていた。
 俺を優しく見つめる、正気のセフィロス。
 暖かい腕で抱いてくれる、かつて憧れた英雄。



 穏やかな時間は、悲劇と受難が垣間見せたまぼろしだったのか?


 ――俺が好きだったあんたには、もう二度と会えないのか?






 夜、クラウドはコスモスの戦士たちに黙って仲間うちから抜け出し、セフィロスのいる「星の体内」に向かう。
 彼本来の世界で、みずから手に掛けた恋人、傍にいた己を見捨てて狂い、星に仇なす者と化した愛しいひと。
 閉じられた世界で、狂気のない澄んだ瞳をしたセフィロスと再会したクラウドは、星の体内で恋人と夜な夜な逢瀬を交わしていた。
 いつものようにまばゆく輝く翠の光に巻かれた世界に辿り着いたクラウドは、バトルステージに竚む銀色の愛し人に歩み寄る。

「セフィロス」

 クラウドが声を掛けると、ライフストリームを見つめていたセフィロスが振り向いた。寄り添ってくる恋人の腕を引き、セフィロスは自身の腕のなかに閉じ込める。

「今夜も黙って仲間うちを抜けてきたのか?」

 頷くクラウドに、悪い子だな、と囁きながらも、セフィロスは抱き締める腕の力を強くした。
 仲間たちに秘密で行われる逢瀬――クラウドのなかに、後ろめたさがないわけではない。唯一、セシルはふたりの仲を知っている。が、他のコスモスの戦士に、ふたりの禁断の関係を知られるのは都合が悪かった。

「昨日、最後の仲間であるウォーリアと合流したんだ。
 明日、クリスタルを持ってコスモスのもとに行く」

 そう言うクラウドの身体に、セフィロスは下肢を密着させる。
 ボトムを隔てて重なり合う箇所の膨張を感じ、クラウドは艶媚な笑みを浮かべ、セフィロスに熱烈な口づけをした。

「……相変わらず、堪え性がないな。
 俺が来なかったら、またひとりで自分を慰めてたんだろ?」

 ――だから、夜あんたをひとりにしておけないんだよ。
 男の股上に指を遊ばせながら、クラウドは艶のある声でセフィロスを甘く誘惑した。
 お互いの服を脱がしあいながら、ふたりは肌を愛撫し性感を高めあう。
 愛するひとの濡れそぼった固塊を指と舌で弄びながら、自身のなかを抉ってくる複数の指を感じ、クラウドは湿った吐息を唇から出した。

 ――あんたとこんな夜を過ごせるなんて、まるで夢みたいだ。

 情熱に逸る楔で秘蕾を貫かれながら、クラウドは閉じられた世界での、セフィロスとの来し方を振り返っていた。

 ――俺はあんたがジェノバに乗っ取られ、狂った状態にあると思っていた。
 だから、俺は頑なにあんた自身の真実を見ようとしなかった。

 コスモスの戦士がクリスタルを取り戻す旅に出ているあいだ、クラウドはセフィロスに弄ばれ続けていた。
 クラウドがクリスタルを手に入れるよう導いておきながら、セフィロスはクラウドに幾度も攻撃を仕掛け、彼を痛め付けたのち凌辱していた。
 羞恥と屈辱、快感に震えるクラウドの耳に囁かれる、熱い愛の言葉。――まさかその言葉に、セフィロスの真摯な想いが籠められているなど、クラウドは信じもしなかった。
 そしてセフィロスは初めから諦めていた。クラウドとの愛と絆を壊したのは、彼自身だった。ゆえに敵としてクラウドに恥辱を与えるふりをして抱き、夜ひとり切ない慕情を掌に零していた。
 そんなふたりを結び付けた切っ掛けは、セフィロスが夜ひとりで切なくクラウドの名を呼び、自らの手で愛するひとへの情熱を慰撫しているのをクラウドが見たことだ。
 クラウドは正気の眼をして、自身を愛しげに求めながら、ひとり己を慰めるセフィロスを許せなかった。なぜ、狂ったふりをして自分を傷つけたあと抱くのか。面と向かって本当の気持ちを告げてくれなかったのか。
 その場でクラウドはセフィロスの臆病さを罵倒し、セフィロスは激情に狂いクラウドを犯した。が、クラウドはセフィロスに翻弄されながらも、彼と向き合う覚悟を決めた。
 クラウド自身も、また臆病だった。いままでセフィロスへの未練から目を背け、セフィロスに強姦される形で抱かれていたのだ。
 自身が抱えるセフィロスへの想いを認め、クラウドは後日荒れるセフィロスと対決した。――そうして、セフィロスとふたたび愛し合うようになった。
 激しい熱情に幾度も溺れたあと、素肌を寄り添わせ一時の眠りに就いていたクラウドは、セフィロスに肩を揺すられ目を覚ます。

「もうそろそろ戻ったほうがいいのではないか?」

 低く艶やかな声に小さく吐息すると、クラウドは上肢を起こした。身体を覆っていたセフィロスのコートが、肌を滑って床に落ちる。

「……ほんとに、あんたといると時間が短く感じる。
 昔みたいに、もっと一緒に居られたらいいのにな……」

 身につけたボトムのベルトを締め、タートルネックのニットを着込みながら、クラウドは惜しむように呟く。
 神羅にいたころ、クラウドはセフィロスと同棲していたが、共にいられる時間はわずかしかなかった。セフィロスは英雄であり、高難易度の任務が急に入ることも少なくなかった。
 が、閉じられた世界にいるいまよりは、はるかに同じ時を過ごすことができた。セフィロスが作る食事を一緒に食べ、ベッドに入るまでの緩やかな時間を肩を並べ堪能していた。
 いまは仲間に秘密で逢っているので、仲間が寝入ってからセフィロスのもとに向かい、仲間が目を覚ますまえに仲間たちのもとに戻る。
 身仕度を終えたクラウドを、同じく服を着終えたセフィロスが抱き締める。

「こうやって逢えるだけでも、身に過ぎた幸せなんだ。
 オレは再びおまえと愛し合えるいまに感謝している」

 セフィロスらしくない愁傷な言葉に、クラウドは苦笑し首を傾げた。



 思えば、あの時のセフィロスは、これから起こる何かを予知していたのかもしれない。
 が、クラウドは気付きもせず、セフィロスに見送られ、星の体内をあとにした。






 その日の朝、ウォーリア・オブ・ライト率いるコスモスの戦士は、それぞれ手に入れたクリスタルを携え、秩序の聖域に鎮座するコスモスのもとに出向いた。
 が、すべては手遅れだった。否、はじめから決まっていたのだ。
 クリスタルを手に入れたことから、カオス陣営との戦いを終わらせようと意気込むウォーリア・オブ・ライトに、コスモスは力なく微笑んだ。


「いいえ――すでに決着はついています」
「あなたたちは――真の闇におちるのです」


 そう言ったコスモスが、まばゆい光に包まれ、次いで信じられないことが起きた。
 暗雲を伴い突如現われた混沌の神・カオスが起こした炎に巻かれ、コスモスが息絶えたのだ。
 カオスが現われてから、最期の力を振り絞って対峙するコスモスが、カオスと秩序の戦士たちに言い残した。

「彼らが知るべきは――真の闇」
「あなたたちは、残された、最後の希望」

 コスモスの戦士も女神とともに消え掛けたが、クリスタルが熱を持って発光し、彼らとしての像を結ぶことができた。――クリスタルによって、コスモスの戦士は死を免れたのだ。
 秩序の女神の死後、閉じられた世界に一切の光が失われ、地獄の業火が噴き上げる混沌なる闇の世界になった。
 コスモスの戦士たちは、カオスや混沌の戦士の好きにはさせないと、コスモスという支えがないまま旅を始めた。
 が、コスモスが死んだあと現われたエクスデスとケフカに、

『コスモスが死んだのは、おまえたちのせいだ』

 と言われたのが、妙に引っ掛かった。混沌の戦士による挑発かもしれない。が、無性に胸騒ぎがする。
 彼らに混じりカオスを倒すための道行きをするクラウドは、足底から這い上がって来る不安を、表情を押し殺して堪えていた。
 クラウドは目を上げ、星の体内のある方向を見つめる。

 ――調和を司るコスモスが死に、世界が混沌に覆われてきている。
 セフィロス……この世界の変化に気付いてるのか?

 言葉少なだが仲間を励ましながら、クラウドは悪い予感をこころのうちに隠した。
 そんなクラウドを、ウォーリア・オブ・ライトが含みのある眼で凝視していた。






 世が混沌に覆われても、クラウドはセフィロスのもとに行くのを止めようと考えなかった。むしろ、こうなってしまった世界をセフィロスがどう捉えているのか、確かめたくて仕方なかった。
 皆が寝付いたあと、クラウドは黙って夜営を抜け出し、星の体内に急ぐ。
 いつもと同じくクラウドに背を向けステージに竚むセフィロスを認め、クラウドはほっとする。

「セフィロス……」

 セフィロスの名を呼んだクラウドは、振り向いた恋人のかんばせに、背筋を戦慄させた。

「クラウド……」

 手を差し伸べるセフィロスに、クラウドは首を振り後退りする。

 ――嘘だろ? あの眼、あの笑み……。

 かつて自分に向けられた、支配者としての蠱惑的な笑みと、妖艶な眼差し。――ジェノバの化身としての振る舞い。

「さぁ、こちらに来い。わたしの愛しい人形よ……」

 鼓膜を舐めるような甘い声音に、クラウドの意識が絡め取られそうになる。が、必死に精神を建て直し、クラウドはバスターソードを構えた。

「混沌の力の影響で、ジェノバが強まったのか?
 あんた、また逆戻りかよ……!」

 悔しげに叫び、クラウドはセフィロスに突進し斬り掛かっていく。が、軽く跳躍し、セフィロスはクラウドの背後に廻った。

「……遅い」

 背中に正宗の柄の打撃を受け、クラウドはバトルステージに身体を打ち付けられる。即座にセフィロスに額髪を掴まれ、クラウドは顔を上げさせられた。

「……まったく、躾がなっていないな。
 だからこそ、御し甲斐がある」

 クラウドの耳に囁いたあと、セフィロスはタートルネックの襟首を引っ張り、クラウドの身体を空に放り投げる。素早い動きでクラウドを追ったセフィロスが、正宗の斬撃をクラウドの肉体に加えた。

「グアァッ!」

 悲鳴をあげ地面に落下したクラウドのもとにふわりと降り立ち、セフィロスはクラウドの上半身を抱き起こした。

「さぁ、堕ちてこい。そしてわたしの人形になれ……」

 甘美な声が、クラウドの身体に毒のように染み込む。身体を蝕む痛みに、意識が揺らぎ、セフィロスの呪縛を受け入れてしまいそうになる。

 ――こんなこと……最悪だ……!

 もう一度やり直せると思ったのに。
 愛するひとが正気に返ったと思ったのに。
 振り出しに戻ったうえに、今度こそ人形にされてしまうのか。
 クラウドはぎゅっと目を瞑り、現実を視界の外に追い出そうとした。

 ――が、強烈な打撲音が何度も轟いたのに驚き、クラウドは目を開けた。

「ウォーリア……!」

 痛む身体を起こしたクラウドの腕を強い力で引き、ウォーリア・オブ・ライトはクラウドをよろめくセフィロスから隠すよう、自身の背後に庇った。

「……カオスの戦士が、コスモスの戦士に人倫にもとる不埒をするな!」

 そう言葉を叩きつけ、ウォーリア・オブ・ライトはクラウドを支えつつ、星の体内から走り去る。
 自身に回復魔法を唱えたあと、セフィロスはクラウドが消えた方角を目を細めて見つめた。

「……ほぅ、色事に溺れるのを止めたか。
 さすがのおまえも、事態の変化は見過ごせぬらしいな」

 皮肉が籠もった声とともに、新たな気配が現われる。セフィロスはちらりと目だけで相手を確かめた。
 全身を金で飾った、派手で尊大な男――皇帝だ。
 皇帝に目もくれず、ライフストリームを眺めるセフィロスを鼻で嘲笑い、皇帝は杖を一凪ぎしてセフィロスに歩み寄る。

「カオス陣営の企みなど目もくれないと思っていたが、少しは協力する気にでもなったか」

 フン、と一笑に伏し、セフィロスは皇帝に冷たく言い放つ。

「おまえ等の企みには、相変わらず興味がない。
 が、わたしにはやらねばならぬことがある。だから、動くだけだ」

 あくまで無関心な態度をとるセフィロスに、皇帝は唇を吊り上げる。

「まぁ、よい。
 おまえがしていることは、結局我らの意に添ったものだ。
 コスモスの命の欠片であるクリスタルを、兵士が手に入れられるようにしたのだからな。
 おかげで、コスモスは完全なる死を向かえた」

 皇帝はセフィロスのさらりと流れる銀髪に口づけ、そのままどさくさに彼の項に触れた。
 黒皮のコートの大きく開いた胸元に指を忍ばせ、皇帝はセフィロスの小さなつぶらぎを摘む。
 が、真横からセフィロスの凍てついた翡翠の瞳で射竦められ、皇帝はゆっくりとセフィロスから離れた。

「兵士と別れ、奴の身体に餓えていると思っていたが……予想が外れたか」

 何でもないことのように皇帝は告げるが、その声にはありありと不機嫌が込められている。
 セフィロスは皇帝と向き直った。

「わたしは二度と他の者には抱かれん。
 勿論――おまえにもだ」

 こころならずも離れたとはいえ、セフィロスはクラウドを見つめ続けている。
 セフィロスの記憶にないが、幾度かの闘いの合間、クラウドの不在を埋めるため、皇帝と身体を交わしたことがあったようだ。
 が、いまはクラウドにしか愛欲が湧かない。他の者に触れられても、性感を引き出されなかった。
 皇帝は薄い笑顔を張り付かせる。

「……ふん、別に構わん。
 おまえがわたしの邪魔をせんなら、それでいい」

 負け惜しみのような言葉を吐き、皇帝は星の体内から姿を消した。
 セフィロスは再度碧の光の螺旋を見る。
 己には他の混沌の戦士より、この世界での知識の蓄積がないことは知っている。が、己しか知らないことがあることも、またあると理解している。
 闇のなかに光り輝く竜と、存在感が希薄な秩序の女神の姿の記憶。秩序の女神は混沌の戦士であるセフィロスに告げた。

 ――あなたの思うように、兵士を導きなさい。
 結果によっては、あなたに幸いを与えましょう。

 混沌の戦士である己が、秩序の女神に幸いを与えられるなど、理に適わない。が、クラウドに幸いを与えられるなら、何でもしたかった。
 秩序の女神は戦いの終焉と、戦士たちの解放を望んでいた。それを為すには、己の死が必要だとどこかで知った。ゆえに己を構成するクリスタルを秩序の戦士たちに分け与えた。
 秩序の戦士たちはクリスタルを手に入れることで、コスモスが力を取り戻すと信じ、クリスタルを求め旅立った。そして混沌の戦士たちは秩序の戦士がクリスタルを手に入れることによりコスモスが完全なる死を向かえることを望んだ。

 ――そしてオレは、クラウドがクリスタルを手に入れるよう仕向けた。
 が、本能の欲求により、クラウドに手を出し、何度も無理矢理クラウドを抱いてしまった。
 その結果、クラウドと再び想いを通じ合わせるとは思いもしなかったが――…。

 はじめから、愛し合う時間が長く続くとは思わなかった。秩序の女神が死んでしまえば、世界の調和が壊れてしまうのだ。混沌の力が強まり、いままでと同じように愛を交わすわけにはいかなくなる。
 何より、クラウドは混沌を乗り越え、この世界から解放されねばならないのだ。

 ――短い間だったが、ふたたびクラウドと愛し合うことができた。
 それこそが、コスモスがもたらした幸いなのかもしれん。
 だからこそ――、オレはクラウドがこの世界から解放されるよう、最期まで導く。
 その結末が永遠の別離と死の眠りであろうと、構わない。

 セフィロスは静かに目を閉じ、クラウドの面影を眼裏に蘇らせた。






 一方、ウォーリア・オブ・ライトに助けられたクラウドは、コスモス陣営の宿営地に戻るまでの間、ウォーリア・オブ・ライトに問い詰められていた。

「おまえがセフィロスのもとで夜を明かしていることは、コスモスの戦士たちと合流した日から知っていた」

 たとえ夜半でも、クラウドのかすかな身動きに、気配に敏感なウォーリア・オブ・ライトが気付かないはずがない。
 コスモスの戦士であるクラウドが、カオスの戦士であるセフィロスと情を通じるのは、コスモスの戦士たちに対する裏切りであると、ウォーリア・オブ・ライトは決め付けている。

「おまえはコスモスの戦士だ。
 それなのにカオスの戦士であるセフィロスと情を通わすとは……。
 クラウド、おまえはコスモスの戦士としての自覚がないのか?」

 クラウドは逸らしていた眼を、ひたとウォーリア・オブ・ライトに合わせる。

「……俺はコスモスの戦士を裏切ってはいない。
 俺とセフィロスとの間には、この世界に来るまえから様々な因縁があったんだ」

 言い訳ともとれるクラウドの言葉に、ウォーリア・オブ・ライトは眉を吊り上げる。

「この世界で宿命的に戦いあう戦士たちは、もともと何らかの因縁をもっている。
 おまえたちだけが特別というわけではない!」

 ウォーリア・オブ・ライトの叱責に、クラウドは首を振った。

「……俺とセフィロスの関係が、戦いあうだけのものではなかったとしても?
 昔、……深い間柄にあったとしても?」

 話すクラウドの様子に、ウォーリア・オブ・ライトはハッとする。
 ――クラウドの目尻に、涙が溜まっている。

「コスモスやカオスなど関係ない、宿敵という間柄事態、望んだものじゃない。
 いたずらな運命が、俺たちを戦わせるよう仕向けたんだ。
 ……あのひとを手に掛けるなど、嫌で仕方ないんだ。
 それなのに、俺は何度も彼を殺すよう、宿命に仕向けられる……」

 セフィロスが正気に戻ったから、もう自分の手で彼を殺すこともないと信じていた。
 が、運命はやはり残酷だ。自分たちの間には、殺し合う繋がりしか残されていない。
 一時セフィロスとの幸せを味わうことができたからこそ、クラウドの悲嘆は一層深かった。
 まだ不満を抱いていたウォーリア・オブ・ライトだったが、嘆き悲しむクラウドの様子に、語る言葉を失う。
 涙を拭うと、クラウドはウォーリア・オブ・ライトを真っすぐ見た。

「心配しなくとも、俺もコスモスの戦士としてカオスの戦士と戦う。
 セフィロスとも……刄で決着をつける」

 鋭い眼差しで言い切ったクラウドに、ウォーリア・オブ・ライトは何も言えなかった。






 翌日混沌たる世界を突き進んでいた秩序の戦士たちは、次元城で混沌の暗黒魔導士・エクスデスと相対した。
 コスモスの戦士たちは、先にエクスデスとケフカが言ったことを、ずっと疑問に思っていた。
 そんな彼らに、エクスデスは非情極まりないことを言い放った。

 ――彼らが手にしたクリスタルは、神の欠片。コスモスが抱く調和の力そのもの。それを戦士たちに託したため、コスモスは力を失い、消え去ったと。

 それだけではない。クリスタルに残された調和の輝きは儚く、クリスタルの力もすぐに尽き果てるだろうとも言われた。
 エクスデスの宿敵であるバッツがエクスデスを倒したが、仲間内のこころに絶望の闇が広がりはじめた。
 が、混沌の戦士の圧迫は、それだけでは終わらなかった。――皇帝が現われたのだ。
 皇帝はこう告げた。

 ――カオスが勝利したことにより、戦いの呪縛が解かれ、カオスの戦士が己の欲をむき出しにし動きだした。
 そして自身が世界の新たな支配者になる、と。

 コスモスの戦士たちは絶望に負けずかすかな希望に縋り、ライバルであるカオスの戦士たちの暴走を止めようと動いた。
 が、クラウドは迷っていた。

 ――セフィロスの考えていることが分からない。

 ジェノバの影響が強い彼は、クラウドを思うがままにできる人形にすることを望んだ。
 が、彼の言う一々が理解できない。クラウドの思考範囲から外れたところにセフィロスがいた。
 それと同時に、クラウドはあることに気付く。

 ――いままでなかった記憶が、コスモスが消えたあと、どんどん頭に流れ込んできている。

 この世界に来てから曖昧だった、星を救うため――セフィロスを倒すため旅をした仲間たちを思い出した。クラウドが戦いを忌避する原因になった、親友と淡い想いを抱いた女性(ひと)の、悔やみきれない死の記憶も鮮明に蘇った。
 それだけではない、この世界に来てから繰り返されてきた、セフィロスとの狂的な愛と死の輪廻も、クラウドは思い出したのだ。

 ――この世界に来てから、あんた、いつも俺を自分のものにし、自分の手に掛けてきた……。
 俺を殺そうとしたとき、その度にあんた泣きそうな顔をしていた。
 あんた……この世界での悲しい運命を、ずっと背負ってきたのか?

 そして、先の戦いでコスモスが不審な死を遂げたとき、クラウドたちも唐突に命を断たれた。ゴルベーザの話では、前の戦いのとき、セフィロスは自ら命を断ったという。

 ――そういえば、セフィロス以外のカオスの戦士たちは、この世界のことを俺たちより知っているようだった。
 それは、俺たちとは違い、一度も死んでいないからか?

 ゴルベーザは他のカオスの戦士たちに比べ、思慮深く見えた。弟のセシルとともに、クラウドとセフィロスの仲を取り持ったのも、彼だった。

 ――ゴルベーザは……今回のセフィロスの豹変について、何か知っているんじゃないだろうか。

 丁度、セシルとゴルベーザが対決している。今回も、ゴルベーザのなかに敵意はないようだ。
 ふたりの戦いが終わったら、ゴルベーザに聞いてみよう――クラウドはそうこころに決めた。






 その頃、星の体内にいるセフィロスも、増した混沌の力から自害する以前の記憶を取り戻していた。
 この世界に来るまえのクラウドの記憶は、ほぼ持っていたが、失っていたクラウド以外の人間の記憶や、英雄と持て囃されていた頃の生活の記憶も頭に流れ込んできた。
 そして、自殺するまえの、この世界での闘いの輪廻――クラウドへの狂おしい想いと、愛する者を我が手で殺す輪廻――も思い出した。

「――終焉の足音は、確実に近づいている。
 閉じられた世界の均衡が崩れ、コスモスの戦士はおろか、カオスの戦士もいずれ消え果てるだろう。
 そのまえに、我が手で虫ケラどもに引導を与えてやるのも、悪くはないがな」

 突如として現われた気配に、セフィロスは小さく吐息する。

「なかなかしつこいな、皇帝。
 ――クラウドには手を出させん。わたしの領分だ」

 優美に笑い、皇帝はセフィロスと肩を並べた。
 セフィロスはクラウド不在の間、皇帝と幾度となく重ねた情事を、すべて思い出した。

 ――クラウドの不在からくる空虚感ゆえに皇帝に抱かれたが、思えば詮無いことをしてしまったな。

 隣にいる男を探りながら、セフィロスは目を細める。

「……一応、おまえとは色々あったのでな。
 最後の情けを掛けておこうと思ったのだ。
 おまえのことだ、兵士と滅びの運命をともにするのだろう?」

 セフィロスは片眉を上げ、眼を尖らせる。

「おまえも、消滅する運命からは逃れられまい」

 険しい態度をとる堕ちた英雄にふっと笑い、皇帝はセフィロスに身体を向けた。

「わたしは例外だ。すでに策は講じてある。
 かつてジェクトはコスモスの戦士だった。ゆえに、ヤツは闇の力の交じったクリスタルを持っていた。
 それを、ジェクトと対決したすきに、わたしが取り上げたのだ。
 おまえたちが消滅しても、クリスタルを持っているわたしは、この世界に永らえることが出来るのだ。
 そしてわたしは――神をも支配してやる」

 セフィロスは皇帝の野心を、興味なさげに聞いている。
 皇帝という男は、曲者だ。闘いの完全なる終焉を向かえるため、秩序の戦士がクリスタルを手に入れるよう仕向ける作戦を混沌の戦士に吹き込んだのは、皇帝だった。
 カオスの戦士たちは皇帝の思惑に素直に従わず、それぞれの理由でもって戦ったが、結果皇帝の思う通りになった。
 コスモスの死により、秩序・混沌両戦士ともに、神竜による新たな蘇りはなくなった。が、自分だけは滅しないよう、皇帝は謀略を巡らせたのだろう。
 セフィロスは皮肉に笑う。

「くだらんことをしているが、それがまたおまえらしい」

 セフィロスにとって、生きることの意味など霞さえないのだ。
 彼はもとの世界で既に死んだ者であり、この世界でも、世界の仕組みを確かめるためと、不自然な死に方をしたクラウドの真実を確かめるため、自ら命を断った。
 済ました表情のセフィロスに、皇帝は艶のある微笑を浮かべる。

「まったく、どんなときでも態度を変えんな。
 わたしなりに、おまえを気に入っていた。
 そんなおまえが失われるのは、非情に惜しいと思う」

 そう言うと、皇帝はセフィロスの唇に触れるだけの口づけをする。
 顔を離したあと睨み付けてくるセフィロスに、皇帝は美麗に笑った。

「そう怒るな。最期の挨拶だ。
 もうおまえと会いまみえることもない。――さらばだ」

 背中を向けて呟くと、皇帝は姿を空に溶けさせた。

「……まったく、最後まで余計なことしかしない男だ」

 溜息を吐くと、セフィロスは目の前で渦巻くライフストリームを見つめる。

 ――クラウドが閉じられた世界から抜け出ることにより、オレは自身の存在をなくし、ライフストリームに帰る。
 精神の核は、いまなおクラウドのなかに留まっている。
 オレはクラウドを感じながら、ライフストリームに溶け込むことなく巡り続けるのだ。

 この世界でのクラウドとの愛の記憶を抱いたまま、ライフストリームに帰ることができたらいいが、おそらく不可能だろう。――この世界での記憶は、星を巡るライフストリームにあるセフィロスの本体に、あってはならないものだから。
 ふっと微笑み、セフィロスはやがて来るだろう愛しい者を待ち続けた。






 セシルとゴルベーザの兄弟対決は、和解という形で締められた。
 騎士というには心根が優しすぎるセシルが、絶望しかないの混沌たる世界でカオスの戦士と戦えるかどうか見極めるのが、ゴルベーザの目的だったらしい。
 セシルは仲間との絆を掛けゴルベーザと勝負し、見事に打ち勝った。それに、ゴルベーザは満足したようだった。
 弟はあくまで兄と共闘することを望んだ。が、カオスの召喚を受けた自身が、コスモスの戦士であるセシルと一緒に戦うわけにはいかないと、ゴルベーザは頑なにセシルの申し出を断った。
 それに対し、セシルは兄が自分に打ち勝つと信じている、自分と兄にも絆がある、とゴルベーザを責めた。
 そんなセシルに、甲冑のなかでゴルベーザが笑ったような気がした。

 ――いつか、わたしに光の微笑む日がくれば――…。

 ゴルベーザはそう言って姿を消そうとした。
 クラウドはセシルとゴルベーザの絆を羨ましく思えた。

 ――途切れない絆が、あのふたりにはあるんだ。
 それに引き替え、俺とセフィロスは――…。

 仲間たちが月の渓谷から去ろうとしているなか、クラウドはゴルベーザの跡を追うようにバトルステージを中程まで歩き進めた。
 そんなクラウドの腕を誰かが掴む。振り向くと、ウォーリア・オブ・ライトの顔があった。

「みなここを去ろうとするのに、なぜおまえだけ留まろうとする?」

 眉を寄せ、クラウドはウォーリア・オブ・ライトの手を振り払う。

「聞きたいことがあるだけだ。ここの主に――」

 しばらくクラウドとウォーリア・オブ・ライトは睨み合っていた。不審に思ったセシルが、来た道をとって返してきた。

「どうしたんだい? クラウド、思い詰めた顔をして」

 仲介に入ったセシルに、ふたりの険悪な雰囲気が緩む。
 セシルはセフィロスとの仲にかなり関わっており、セフィロスが過去に自害したことをクラウドに教えてもいる。
 吐息すると、クラウドはセシルの眼を見て話しだした。

「ゴルベーザに聞きたいんだ。セフィロスが自殺した真相を。
 カオスの戦士たちは、俺たちより、この世界に詳しいようだ。
 多分、この世界で一度も死んでいないからだと思う」
「そういえば……そうかもね」

 素直に頷くセシルに、クラウドは苦笑いする。ウォーリア・オブ・ライトはどこかむっとした表情だ。
 セシルはウォーリア・オブ・ライトの腕を引き、岩影に隠れる。

「僕達はここで待ってるから。
 クラウドが呼べば、兄さんはきっと現われてくれるよ」

 何かを叫ぼうとしたウォーリア・オブ・ライトを無理矢理抑えつけ、セシルはクラウドを月の渓谷の奥に進ませた。
 星が輝く夜の世界をぐるりと見渡し、クラウドは口を開く。

「ゴルベーザ、教えてほしいことがあるんだ。
 頼むから応じてくれ」

 静かに言ったあと、クラウドの前方の空気が動き、完全武装した巨体の男が現われた。

「……用件はなんだ?」

 落ち着いた受け答えをするゴルベーザに、クラウドは息を吐く。

「一度はうまくいってたのに……セフィロスが、また豹変した。
 混沌の力が強くなったからか、ジェノバの影響力が増したみたいだ」

 唇を噛み締め、クラウドは震える声を押さえる。
 いまにも泣きそうなクラウドの感傷に触れないように、ゴルベーザは尋ねる。

「……ジェノバというのが、セフィロスがカオスの召喚を受けた遠因なのか?」

 クラウドは頷く。

「あんたも知ってるだろうけど……この世界が戦いの輪廻を繰り広げているあいだ、俺はいつもセフィロスにいたぶられたあと、あいつの愛玩人形にされてきた。そして……」
「戦いの幕引きのたび、セフィロスはおまえを殺してきた」

 ゴルベーザの言葉に、クラウドは暫時声を詰まらせる。

「……あぁ、その通りだ。
 俺はあのひとに殺されてきた。
 けれど、前の戦いは違った。
 コスモスが俺たちより先に不自然な死に方をし、俺たちは後を追うように心臓を停め息絶えた。
 ……セフィロスが自殺したのは、その直後なんだろ?」

 クラウドの推理を籠めた問いに、ゴルベーザが首肯する。クラウドは溜息を吐いた。

「わたしは直に見たわけではない。皇帝がセフィロスが自殺するのを目の当たりにした。
 ……背丈より長い刀で、頸動脈を掻き斬ったらしい」

 クラウドは頷き、目を伏せる。

「計算高いセフィロスが、ただで自殺するとは思えないんだ。
 あのひとが自ら命を断つ理由が、俺には分からない」

 表情に戸惑いを滲ませるクラウドを、ゴルベーザはじっと見据える。やがて吐息し、ゴルベーザは高く聳えるクリスタルタワーに目をやった。

「……つまり、おまえはセフィロスの真実を見定められないのだな」

 クラウドは苦い顔をする。

「……有体に言えば、そうだ。
 いまのあのひとや、幾度かの戦いで俺を自分のものにしたあのひとの姿が、頭のなかでブレてしまう」

 暗い面持ちで呟くクラウドの肩を、ゴルベーザが掴む。
 セフィロスとは違い、ごつごつした大きな手に、クラウドは少しく驚いた。

「答えはおまえのなかにあるはずだ。
 閉じられた世界で重ねられたセフィロスの記憶、今回の戦いでのセフィロスの記憶、――そして、おまえの世界でのセフィロスの記憶が、謎を解く糸口になる」

 眉を寄せたまま、クラウドはゴルベーザを見るともなく見る。
 星の厄災となり、メテオを召喚したセフィロスは、かなりの嘘つきだった。自身の本当の想いを隠し、夜毎クラウドを夜這いしてきた。
 閉じられた世界でのセフィロスも、ある意味嘘つきだ。――ただの愛玩人形を、この世にこれ以上の悲しみなどないという顔付きで殺してきた。
 そして、コスモスが完全なる死を向かえるまでの、幸せな時間――それを獲た過程にも、セフィロスの嘘があった。
 つまり、どこまでも、どんなときもセフィロスは嘘つきだ。――いまも、そうかもしれない。
 しっかりしてきたクラウドの目元に、ゴルベーザは安堵したように息を吐いた。

「コスモスが完全なる死を向かえた切っ掛けは、わたしにもある。
 が、おまえたちを永遠なる戦いの場に置くコスモスの悲しみ、苦しみにわたしは応じずにはいられなかった。
 そして、わたしも弟を閉じられた箱庭に置いておきたくなかった。
 だから、わたしはコスモスに助言し、陰ながらコスモスの戦士たちがクリスタルを手に入れられるよう助けた。
 結果――おまえたちに絶望と苦難を与えることになってしまった」

 許してくれ、というゴルベーザに、クラウドは首を振る。

「いいんだ。完全に希望が消えたわけじゃない。
 俺の世界は、別の場所にあるんだ。そこには、その世界の仲間たちがいて……。
 この世界で消えることがあっても、本当の俺の世界に帰るだけのような気がする」

 わずかに微笑みさえ浮かべるクラウドに、ゴルベーザはなぜか沈痛さを抱いてしまう。――幸福さが、欠けて見えるのだ。それはおそらく……。

「その世界に……セフィロスはいるのか?」

 ゴルベーザの問いに、クラウドの笑みは崩れなかった。――それは、覚悟の笑みだった。

「自分の世界であのひとを殺したのは、俺なんだ――…。
 あのひとの死を受け入れて生きていくと、自分の世界の俺は決めていた。
 だから、その状態に、戻るだけなんだ」

 何があってもセフィロスを忘れない。この身が死を迎えるまで、俺はセフィロスを想い続ける――それが、クラウドが自身に掛けた誓いだった。

「この世界での命の限界が近いからこそ、俺は自分の手でセフィロスとの決着をつける。セフィロスが嘘をつくなら、それに付き合うよ。
 ――そうして、心残りなく消える」

 クラウドの潔い面差しに、ゴルベーザは胸が痛くなった。束の間の真実の愛歓を胸に、クラウドは最期の時まで生きるつもりなのだ。

「兵士よ……おまえの行く末に、幸多きことを祈る」

 餞別の言葉を送るゴルベーザに、クラウドは美しい笑みを見せた。






 先の戦いで、クラウドが死んだあと自殺したセフィロス。
 クラウドを殺すたびに激しい悲嘆を露にしたセフィロスなら、クラウドのあとを追って死ぬこともありえる。
 そして、ジェノバのふりをしながら、正気の眼をして、夜自身を慰めていたセフィロス。
 一度は昔のように愛し合いながらも、ふたたび豹変したのは、セフィロスなりの強い覚悟の現われかもしれない。
 だから、自分も騙されたふりをしよう――クラウドはそうこころに決めた。






 パンデモニウムで待ち構えていた皇帝は、どこまでも傲岸不遜だった。カオスの戦士のなかで誰よりも欲望に忠実であり、すべてのものの支配者であろうとする。
 こともあろうに皇帝は、コスモスが完全なる死を向かえたのは彼女の意思だが、コスモスの戦士たちがクリスタルを集められたのは、カオスの戦士の策略ゆえだったというのだ。
 あまつの果てに、皇帝はコスモスの戦士こそ、神を滅ぼす暗黒の軍勢だと言ってのけた。
 この言葉にフリオニールが激怒し、皇帝を完膚なきまでに叩きのめした。
 床に膝を突いた皇帝は、苦しげに最期のあがきを吐いた。

 ――カオスがいるかぎり、我々は不滅。何度でも甦ってみせる。

 皇帝から聞かされた様々な事実に、コスモスの戦士たちは顔を見合わせた。
 カオスがいる限り、混沌の戦士たちは復活する。ならば、カオスを倒し、カオスの戦士を甦らせないようにするしかない。――コスモスの戦士の意見は、一致した。
 クリスタルに残された調和の力は残り少ない。自分たちは、もう長くない。コスモスの戦士たちは、カオスを倒すため急いだ。






 が、皇帝やコスモスの戦士たちの考えとは違い、カオスは悲しみの淵にいた。――コスモスを失った悲痛が大きすぎ、堪えられなくなったのだ。
 カオスは閉じられた世界を巻き添えに、自滅しようとしていた。
 肉体から生命力が失われていくのを感じながら、コスモスの戦士たちは、世界の軋みと悲鳴を聞いた。それは、カオスの嘆きそのものだった。
 コスモスの戦士たちは、宿敵であるカオスの戦士たちを次々倒していった。先程、スコールがアルティミシアを倒した。――残るは、セフィロスとガーランドだけだ。
 明くる日セフィロスのもとに行く決心を固め、コスモスの戦士たちはガレキの塔で夜営した。
 クラウドは寝付くことができず、戦士たちから離れた場所に座り込み、暝目している。

「セフィロスを倒す決心が、なかなかつかないか」

 掛けられた声に、クラウドは目を開ける。――ウォーリア・オブ・ライトが、目の前で直立していた。
 立ち上がり、クラウドはウォーリア・オブ・ライトを真っすぐ見る。

「別に、決心がついていないわけじゃない。
 逆に、俺にしかセフィロスを倒せないと思っている」

 そう言い、クラウドはウォーリア・オブ・ライトから目を背ける。
 ウォーリア・オブ・ライトはずっとクラウドを見つめていた。

「先日、オニオンナイトやティーダたちに言っていたな。
 この世界を救うと、別の次元で別の世界が救われる、その世界におまえたちは帰るのだと。
 おまえはその場で嘘だと誤魔化したが、違う場所でスコールも同じようなことを言っていた」

 クラウドは頷く。

「本当のことを言えば……確かに、別の世界の記憶が俺のなかにあるんだ。
 だから、カオスを倒せば、俺はその世界に帰ることになると思う」

 クラウドの言葉に、普段笑顔を見せないウォーリア・オブ・ライトが珍しく笑う。が、その笑みには陰りがあった。

「……わたしには、そういう記憶がない。そういう記憶を、思い出すことができない。
 わたしは、自分の名前さえ思い出すことができないのだ」

 クラウドは目を見開く。
 ウォーリア・オブ・ライトは苦悩していた。この世界で消滅したとして、果たして自分に帰る場所はあるのか? ただ、消え去るだけではないだろうか。そんな思いに、ウォーリア・オブ・ライトはずっと捕らえられていた。
 クラウドはウォーリア・オブ・ライトの甲冑に覆われた肩を掴む。

「……過去は重要じゃない、大事なのは、未来だ。
 憶えていたって、辛いこともあるんだ。
 それよりも、ずっといい未来を、これから作っていけばいいんだ。
 それに、あんたがいるべき場所も、きっとあるはずだ」

 過去の記憶は、いいものとは限らない。少なくとも、クラウドにとって過去の記憶は苦難と悲しみしかなかった。――記憶がないほうが、幸せなこともあるのだ。
 真摯に告げるクラウドの掌を、ウォーリア・オブ・ライトが掴む。

「別の世界の記憶はないが……この世界での、繰り返されてきた戦いの記憶は、蘇ってきている。
 わたしはセフィロスに捕らえられたおまえを、誰よりも真っ先に助けていた。
 おまえは、どの戦いのときも、ずっとセフィロスのものだった。わたしはそれが許せなくて、セフィロスに戦いを仕掛け、おまえを取り戻していた。
 その動機には……セフィロスにおまえを奪われたくない気持ちが、確かにあった。
 それは、仲間だからというわけではなく……セフィロスがおまえに向けるのと、同じ気持ちだ」

 瞠目するクラウドを、ウォーリア・オブ・ライトが抱き締める。
 ウォーリア・オブ・ライトの想いが、直に伝わってくる。クラウドは苦しげに目を伏せた。

「……ごめん、ウォーリア。あんたの気持ちに、応えられない……。
 あんたが何度も助けてくれたのに、俺は……どんなときも、セフィロスだけ見ていた……。
 無理矢理虐げられる形で抱かれても、俺はセフィロスを甘受していたんだ」

 数重なる戦いの合間、どんなに傷つけられ、苦しめられても、セフィロスを憎むことなどできなかった。
 本来の世界で、死でもって分かたれたひととの、異なった世界での逢瀬を、クラウドは奇跡と思っていた。
 ――だから、ジェノバのふりをするセフィロスに、どんな辱めを与えられても、あらがわず受け入れていたのだ。
 何度も助けてくれたウォーリア・オブ・ライトの気持ちは嬉しいが、応えることはできない。

「ウォーリア…ごめん、ウォーリア……」

 肩を震わせるクラウドの背を、ウォーリア・オブ・ライトは優しく撫でる。

「この世界で消滅し、別の世界に帰っても……わたしのことを覚えていてほしい。
 もちろん、他の仲間のことも……」
「ウォーリア……」

 クラウドは黙って頷き、ウォーリア・オブ・ライトの胸にもたれていた。
 ウォーリア・オブ・ライトは、クラウドを暖かく受け止めていた。






 星の体内に入ったクラウドを、セフィロスは背中を向けたままで迎えた。

「――良い子だ。帰ってきたか、わたしのもとに」

 ジェノバのフリをするセフィロスは、耳障りのよい艶やかな声で、いつも理解不能なことを言う。
 セリフの気障さにむずがゆさを抱えながら、クラウドはセフィロスの擬態に乗った。

「何のことだ」

 セフィロスの背から発される引力が、クラウドのジェノバ細胞を引き付ける。
 クラウドは意識をセフィロスから逸らす。

「絶望に耐えかね、わたしにすがりにきたのだろう」

 クラウドは眉間を寄せる。
 確かに、豹変したと見せ掛けたセフィロスに絶望した。が、彼が大嘘つきであることは見破っているし、消滅する運命を嘆いてばかりいるわけではない。

 ――相変わらず、いい性格してるな、あんた。

 こころのなかで毒づきながら、クラウドは表情を変えず言い放つ。

「あんたにすがった覚えはない」

 魅惑的な微笑を湛え、セフィロスが向き直る。

「楽になれ、クラウド。
 おまえは希望という病に蝕まれている。
 中途半端な望みが、この苦痛の世界を生んだ」

 セフィロスの妄言に惑わされまいと、クラウドは冷静にセフィロスに返す。

「――だとすれば、背負うべき痛みだ。
 逃げ出せば、前へは進めない」

 消え去る運命に怯えるくらいなら、宿命に真正面から立ち向かいたい。
 カオスを倒さないかぎり、セフィロスもまた蘇るのだ。この、自分のいない世界で――。
 だから、絶対にセフィロスに負けられない。
 クラウドの気迫に、セフィロスは唇に笑みを浮かべた。

「それがおまえの望みなら――…」

 セフィロスは手に出現させた正宗を、上段に構える。

「痛みに溺れろ。
 跪き、許しを請う姿を見せてくれ」

 クラウドも、バスターソードを構えた。






 星の体内の上段の足場で、コスモスの戦士たちはクラウドとセフィロスの戦いを見守っていた。
 必ず勝ってみせるという決意で技を繰り出すクラウドを、感情の見えない笑みを浮かべたままセフィロスが躱す。――ふたりとも、互角の戦いを繰り広げていた。
 ウォーリア・オブ・ライトは、目を細めクラウドの戦いぶりを見つめる。

 ――ふたりの間に、入っていく隙間はない。
 はじめから、わたしが割り込む余地などなかったのだ。

 ウォーリア・オブ・ライトの横に、並ぶ者が。見ると、白銀に波打つ髪が碧の光を弾いた。

「クラウドは、僕と兄さんの強い絆を、いつも羨ましそうに見ていた。
 でも、こうやって見ると、ふたりの間にも、僕たちとは違う確かな絆があるんだ。
 かなりの曲者だけと、セフィロスのなかにはクラウドへの確かな想いがあった。
 だから、僕も見ている他なかったんだ」

 セシルの独白に、おまえもそうだったのか……とウォーリア・オブ・ライトは悟る。

「彼らには、光と闇を超えた何かがある。
 光だけが正しいなど、思い上がりなのかもしれぬ」

 ウォーリア・オブ・ライトの言葉に、セシルはくすり、と笑った。

「そんなの、当たり前だよ。
 光があるから闇があり、闇があるから光がある。――切っても切り離せないものなんだ。
 クラウドも、揺れながらも光の存在だった。そしてセフィロスは、クラウドの光の裏側を成す闇だったんだ」

 クラウドが何度もセフィロスに斬り付け、橙色の爆発を起こさせる。そのままEXバーストし、セフィロスに超究武神覇斬を発動させた。

 ――彼らが何を思い、戦っているか。破滅へ向かうための戦いのなか、彼らは技でもってこころを通わせているのだ。

 ウォーリア・オブ・ライトとセシルは、一部始終を記憶に刻み付けるよう、彼らの戦いを見届けた。






 クラウドに敗れたセフィロスは、ゆっくり立ち上がった。さすが最強のソルジャーというべきか、過激な攻撃を加えられても、ダメージを受けた様子がない。

「何がおまえを動かした」

 大剣を構えたまま、クラウドはセフィロスを凝視して応える。

「俺自身だ」

 セフィロスは唇を歪めて笑う。

「おまえなど、どこにも存在しない」

 ――おまえは、わたしのコピーだ。
 そう暗に籠められた言葉に、クラウドは目をカッと見開き、バスターソードを鳴らした。

「違う!
 戦う理由を探すのも、答えを求めて彷徨うのも、全部俺なんだ!
 もう、あんたには縛られない!」

 ――少なくとも、ジェノバのふりをして俺を惑わすあんたには。
 大剣を突き出して激するクラウドに微笑み、セフィロスはバスターソードを片手で避けた。

「だがこころには、わたしの影が焼き付いている」

 そのままクラウドの真横に歩み寄り、セフィロスは甘く囁いた。

「また会おう、クラウド。
 おまえがおまえである限り、何度でもな――…」

 目を瞑って小さな笑い声を発てたあと、セフィロスはまばゆく輝き、星の体内から掻き消えた。――ライフストリームに、帰ったのだろうか。
 顔を上げ、クラウドは頭上に渦巻く鮮やかな翠を見上げ、呟いた。

「余計なお世話だ。
 俺が本当に会いたいのは――…」

 ――ジェノバのフリをした大嘘つきのあんたではなく、優しく穏やかなあんたに、会いたい。もう、会うことはないだろうけれど――…。

 俯き目を閉じると、クラウドは星の体内の出口に向かい歩きだす。
 追い付いてきたウォーリア・オブ・ライトに、クラウドは静かに言った。

「次はあんたの番だ。
 あんたの宿命の戦いの、決着をつけてくれ」

 クラウドの励ましに、ウォーリア・オブ・ライトは黙って頷いた。






 ウォーリア・オブ・ライトは、過去のカオス神殿でガーランドと対峙し、見事倒した。
 が、事態は最悪のほうに発展していた。

 ――時の鎖は途切れ、カオスの戦士が甦ることはもうない。
 輪廻は終わりを告げ、真の滅びが訪れようとしている。
 カオスは強大な力で、己もろとも世界を葬り去ろうとしているのだ。
 コスモス亡きいま、カオスにとって世界など、ただ虚しいだけのもの。
 存在の否定こそ、究極の混沌(カオス)だ。

 ガーランドはこの世界で滅びたあと、別の輪廻を探すといって消えた。
 コスモスの戦士たちは、カオスの凶行を止めるため、混沌の果てに向かった。






 ――これが、最後の戦いだ。
 勝ったとしても、負けたとしても、自分たちが閉じられた世界で戦うことは、もうない。

 コスモスの戦士たちは一々にそう思いながら、カオスの玉座の前に居並び、ウォーリア・オブ・ライトがバトルステージに上がってくるのを待っていた。
 それぞれが順番にカオスに戦いを挑み、負ければ次の者に替わる――そう取り決めていたが、ガーランドと一心同体であるカオスを倒すのは己であると、ウォーリア・オブ・ライトが硬く決めていたので、彼が決着をつけた。
 主人が敗れた暗い混沌の果てから、何本もの火柱が噴き上がる。
 激痛にのた打ちながら、カオスはコスモスの戦士たちに最期の言葉を残した。

 ――コスモス……これが、おまえの残した力か……。
 神々の闘争は終わった。
 消えゆく運命の者共よ、帰るがいい――…。

 そのままコスモスの戦士たちは、違う次元――彼らの元の世界への入り口ともいうべき場所に飛ばされた。
 ティーダから順番に別れの挨拶を告げ、それぞれの形で帰ってゆく。
 クラウドはみなが再び閉じられた世界に戻ることがないよう、再度無益な戦いをしなくていいよう、

「興味ないね」

 と言って黄色の百合のような花が咲く花畑のなかを歩み、消えていった。






 気が付いたとき、クラウドは暗闇のなかにいた。
 手には碧の光を帯びているクリスタルを持っている。
 冥暗のなかを、クラウドはひたすら歩き続けた。
 しばらくすると、翠の光彩が糸を紡ぐように絡まりながら、彼の近くに寄ってきた。

 ――ライフストリーム。

 いつかの日、セフィロスと星の体内の最深部で対決したあと、ライフストリームがクラウドの身体を取り巻いた。
 彼からすれば、魔晄中毒になるなど、ライフストリームにはあまりいい思い出がないが、あのとき自分を包み込んだライフストリームには、ひどく安心できた。――懐かしい誰かの気配を、感じたからだ。

 ――エアリス。俺、自分の世界に帰ってきたよ。

 メテオを弾き返そうとしたホーリーとともに、あのときのライフストリームからエアリスの気配を強く感じられた。――今回も、同じだ。
 そのとき、クラウドの手にあるクリスタルが、激しく発光した。眩しさにクラウドは目を庇うが、そうしているうちにクリスタルのなかに吸い込まれてしまう。
 自分のなかから、何かが分かたれている――クラウドは遠くなる意識のなかそう思う。
 が、気を失っていたのは、一時のあいだだった。
 クラウドの目の前に、一回り小さくなったクリスタルと、その前に佇む秩序の女神・コスモスがいた。

「コスモス……?」

 思わず問い掛けるクラウドに、コスモスは優雅に、神々しく微笑んだ。

「わたしは閉じられた世界の理により、世界を統べる神として甦ることができました。
 が、まだ世界には不安が残っています。――神竜により、究極の混沌がわたしたちの知らないところで造られていたのです。
 ふたたび、異なる世界の戦士たちの力を借りなければ、わたしだけの力では究極の混沌を押さえることができません。
 本体に戻るまでに、隣にいる彼とともに、もう一度わたしに力を貸してくれませんか」

 コスモスは甦ることができたのか……秩序の戦士として戦ってきたクラウドは、女神の死に言葉には出さなかったものの、胸を痛めていた。だから、復活した女神の姿に安堵した。
 が、彼女の告げた言葉――隣にいる彼とは? クラウドは目線をずらし、傍らを見る。
 瞬時に、クラウドは硬直した。――隣に、セフィロスがいたのだ。

「セフィロス……!」

 セフィロスはクラウドに目をやり、軽く微笑んだ。

「混沌の英雄、セフィロスよ……。
 クラウドが正しい道を辿れるよう導いてくれて、ありがとう。
 以前の戦いのとき約したとおり、あなたに幸いを与えましょう」

 クラウドは目を見開く。――コスモスとセフィロスは、何らかの契約をしていたのか?
 クラウドはセフィロスを見るが、彼は瞬きするだけで、何も言わない。
 そのとき、クラウドを取り巻いていたライフストリームがひとの形を成し、声が響いた。

「女神さま、そのこと、わたしに任せてくれませんか?」

 女性を型どったライフストリームが、徐々に明らかになってくる。
 否、声を聞いただけで、クラウドは胸が疼くのを感じた。

「エアリス……!」

 エアリスはクラウドに笑い掛け、コスモスに向き直る。

「女神さま、白マテリアをわたしに」

 両手を延べるエアリスに、コスモスはクリスタル――白マテリアを手渡す。
 白マテリアをぎゅっと握ると、エアリスは再度クラウドに向き直る。

「クラウドが幸せになることが、わたしの願い。
 そのためには、セフィロスも幸せにならなくちゃいけないの。それは、星でも同じ。星も、それでいいって言ってるから。
 星でのクラウドたちのことは、わたしに任せて。
 クラウドは、違う世界で頑張って、ね?」

 そう言って手を振り、エアリスは掻き消えた。
 生きていたときと同じ、明るく優しい姿に、クラウドは込み上げてくるものを押さえる。
 少しばかり面白くない顔をしていたが、セフィロスは穏やかな素振りを変えない。

「さぁ、行きましょう。
 究極の混沌が存在する、あの世界へ。
 わたしが統べる限り、秩序の戦士も混沌の戦士も、争い合う必要はありません。
 あなたたちも、自分が望むように生きていいのですよ」

 コスモスの言葉に、クラウドとセフィロスは顔を見合わせる。
 互いに頷き合うと、コスモスに向き直り、目を瞑った。






 究極の混沌を倒すため集められた秩序・混沌の戦士が啀み合うことはなくなった。
 隔てはなくなり、各戦士たちは自由に会うことができるようになった。どれだけ同じ時を一緒に過ごしても、咎められることはない。
 閉じられた世界に戻ったクラウドは、好きな時間に当たり前のように星の体内に居つくようになった。

「やはり、ウォーリアとガーランドは、この世界に戻ってくるのが遅かったよ。
 闘いが終わる前、過去や自分の名前の記憶がないと、ウォーリアは嘆いてたけど、彼の物語は闘いが終わったあとに始まったらしい。
 ガーランドも、奴が縛り付けられていた輪廻から解放されたよ」

 バトルステージのブロックに座るセフィロスは、ただ頷くだけでなにも言わなかった。が、その割に不機嫌が表情に分かりやすく表れている。

「……なんて顔してんだよ」

 不貞腐れているセフィロスに眉を顰め、クラウドは言い放つ。
 セフィロスの眉間の皺が増えた。

「同じカオス陣営だからな、ガーランドのことは知っている。
 が……オレと一緒に居るときに、光の勇者のことを聞かされるのは気に食わん」

 確かに、いま星の体内にいるのは、セフィロスとの逢引きのためだ。
 意識して雰囲気を盛り上げなければならないはずなのに、他人の話ばかり――それも、幾多にも渡る闘いのなかで、セフィロスの腕からクラウドを取り戻してきたウォーリア・オブ・ライトの話をしているのだから、セフィロスの気分も萎える。
 クラウドの腕を強引に引くと、セフィロスはクラウドの尻のあたりに手を添え、抱き締めた。

「奴はおまえに恋慕していたのだからな。ゆえに何度もオレの手からおまえを取り戻したのだ。
 だが……世界の終焉に向かう闘いでは、おまえよく光の勇者と行動していたな。
 オレが一芝居打っているのをいいことに、光の勇者と睦んで……」

 怒りの滲むセフィロスのセリフに、クラウドもムッとする。

「睦むって程のこと、していない!
 それに、あんたがジェノバに擬態するから、ややこしくなったんじゃないか!
 気弱になってるところを支えられたら、ほろっといきそうになって当たり前だろう?!」

 反抗するクラウドに、セフィロスの目付きが険しくなる。

「オレが甘いままだったら、困難な道をひとりで歩んでいけたか?
 これはコスモスの戦士が乗り越えねばならなかった試練なんだ。
 オレが正気のままだと、おまえは依存心を持ったままだったんじゃないか?」

 セフィロスの言う内容に詰まるが、クラウドは引き下がらない。

「どっちにしても、あんたが大嘘吐きなのは変わりない。
 ――コスモスの戦士である俺に内緒でコスモスと通じてたなんて、あんたよく黙ってたな」

 詮索するクラウドの眼に、面倒くさそうにセフィロスは口を開く。

「コスモスが変死したあと、オレはこの世界の輪廻の仕組みを知ろうと、自ら命を断った。
 そのとき、甦りの狭間のような場所でコスモスに頼み込まれた。
 ――おまえがクリスタルを手にし、真の闇に立ち向かえるように誘導しろと。
 オレとしてはどうでもよかったが、いい暇つぶしだったからな。コスモスの企みに乗ってやった」

 つらつらと言ってのけるセフィロスを、クラウドは胡乱げに見た。

 ――ほんっとに、口の減らない大嘘吐きだな。

 本音が透けて見えるのに、胡散な言葉に隠してしまう。それが彼なりの愛情表現なのだ。

 ――まぁ、いいか。

 セフィロスの真意が分かったのだ。だからもういい。
 クラウドは彼の背に腕を回し、長い銀糸に隠れた形のいい耳に囁く。

「……ま、そういうことにしておいてやるよ。
 それより、折角この世界で自由に愛し合えるようになったんだ」

 ……しよ?
 クラウドの小さな誘い掛けに、セフィロスはにやりと笑い、クラウドの尻に添えていた手を大胆に動かした。
 セフィロスの開いたコートの下に隠れた胸元や尖った実をじらすように愛撫し、クラウドはセフィロスに口づけた。
 舌と唾液を絡め合うキスをしながら、ぴったり合わせた腰を、お互い揺らめかせるように擦り合わせる。相手の興奮が手に取るように分かり、ふたりはせわしなくボトムの前を緩めた。
 濡れそぼる昂ぶりと後ろの小さな窄まりを愛され、クラウドは同じようにセフィロスの巨塔を愛しながら悩ましく身体を震わせる。

 ――幾度にも渡る闘いのなか、俺はほとんどあんたの腕のなかにいた。
 どんなときでも、俺はあんたと分け合う熱から離れたくなかったんだ。
 だから、倒さなければならない敵だということを忘れたふりをし、俺はあんたのもとに居続けていたんだ。

 後ろめたさがなかったわけではない。いつものごとく奪い返しにくるウォーリア・オブ・ライトには悪い気がした。――それでも、離れることなどできなかった。
 それに比べ、いまは誰憚ることなく愛し合うことができる。クラウドはセフィロスの股間に跨り、柔肉のなかを猛々しいモノで突き動かされながら、涙が出るほどの幸せを感じた。






『女神さま、クラウドたちはうまくやっていますか?』

 セフィロスたちが不在の星の体内で佇むコスモスに、翠の光で形づくられた女性が尋ねる。

「えぇ、お互いに幸せを噛み締めているようです。
 ――あなたの次第はどうですか?」

 コスモスの問いに、髪をひとつに結わえ上げ、縦に巻いているワンピースの女性が小首を傾げる。

『う〜〜ん、お互い求め合う気持ちは強いんですが、彼を蝕む異物をなかなか浄化できないんです。
 それをなんとかできれば、彼を帰してあげられるんですけど。
 ……こっちの世界での彼は、異物の影響がないんですよね?』

 頷くコスモスに、女性は暫し考え込んだ。

『……こっちでも、クラウドに彼を任せれば、進展するかな?
 待っててくださいね。わたし、ちゃんと約束守りますから』

 そう言ったあと、女性は形を崩して光の糸になり、星の体内を渦巻くライフストリームに帰った。
 コスモスは掌を組み、呟く。

「本当の世界の彼らが幸せになることが、彼らの欠片を借り受けたわたしの望み……。
 エアリス、頼みましたよ」

 一度ライフストリームを見上げたあと、コスモスは星の体内から掻き消えた。




 異なる次元の欠片から構成された、閉じられた世界。それぞれの世界は干渉することなく存在しあった。
 が、閉じられた世界の均衡が崩れ、女神が勝ったことにより、ひとつの願いが違う世界に初めて接触した。
 女神が願い、星の乙女が為した奇跡が実るのは、また別の話である。



 ただいまは、閉じられた世界で成就された愛と願いが、永きに渡る幸せを運んでくる。

 ――クラウドが愛するひとから離れることは、もうない。







end








*あとがき*



 長いお話にお付き合い下さった方、お疲れさまでした(^o^;。


 この話はDDFFストーリーモード「Shade Implese」をベースにしたお話で、位置付け的には「無限回廊」と「眠れぬ想いシリーズ」の続きになります。
 だから、DDFFのネタばれ全開です(汗)。



 でも、いつかは書かなきゃいけないと思ってた話でした。「愛慕――眠れぬ想い」で幸せになっても、「Shade Implese〜〜エンディング」があるんだから本当の意味で幸せになったとはいえないし。
 この話を書いたことで、一安心できました。



 ……とはいえ、「無限回廊」での皇帝とセフィロスの関係に決着を付けてないし、そう簡単に皇帝は諦めないと思うし……で、そこらへんの話も次に書きたいと思います。
 がっつりセフィクラ・リバでいきますので、リバ苦手な方、ご注意くださいませ(汗)。




 ではでは、最後までお読みくださり、ありがとうございました。




紫 蘭


 

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