You and I

芽生えたのは愛と性






 目の前に居るのは、長い金の髪を首筋でふたつに分け、緩く巻いた美しい女性。濃紫色のシルクのドレスを纏い、シトラスフローラルの魅惑的な薫りをその身体から漂わせている。
 憂いを含んだブルーアイにぽってりとした唇、パールラメのパウダーをデコルテにはたいた白い肌が、色っぽい。――誰かに、似ているような気がする。

『スコール……』

 落ち着いた少し低いハスキーボイスが、俺の耳に囁きかけた。どこかで聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。
 すぐ傍にいる美女に戸惑っていると、美女は俺の身体にびたりと肢体をくっつけてきた。

『スコール……好きだ。抱いてほしい』

 速く動いていた俺の心臓が、跳ね上がる。こんなあからさまな誘惑をされたことなど、生きてきて一度もない。
 こういうときどうしていいのかなんて、俺は知らない。ジタンなら、巧く躱すかそのまま誘いに乗ってしまうのだろうか。
 俺の本能は、寄り添っている美女を抱き締めろと告げている。だが理性は、このまま流れに身を任すと、取り返しのつかないことになると警告している。
 俺の顔のすぐ側まで近づいていた女が、目を閉じてピンクベージュのグロスをつけた唇を、うっすらと開く。――まるでキスをねだられているようだ。
 接近してきた顔に、俺は相手が誰だか気付く。手を延ばしても、触れられない相手。自然とこころに居座った相手だ。

(――あぁ、どうしたらいいんだ!)

 俺は何度も頭を振って煩悩を払おうとする。が、うまくいかない。

(――く、くそぉッ!)

 熱情のまま、俺は相手に口づけた。






 ――はずだった。が、口に当たった感触は、柔らかいものを詰め込んだ袋だった。俺は目を開ける。
 視界にあったのは、過去のカオス神殿と、仲間であるコスモスの戦士たち。辺りは真っ暗で、鎮火した焚き火を囲むように寝入っている。要するに俺は夢を見て、枕代わりにしていた袋にキスしたのだ。
 ふと目を動かすと、纏められた荷物の袋の紐が緩み、中身が転がり出ている。そのなかに女装装備の要となる香水――セクシーコロンがあり、ノズルが締まってないのか、少し香水が零れている。

(夢の正体はこれか……。)

 俺は溜め息を吐く。ティナとシャントットが戦う相手を色香で油断させ、所持しているアイテムを落とさせるため、シルクのドレスと会員カードとともにセクシーコロンを身に着けている。
 そしてあろうことか、クラウドまでこれを着用することができるのだ。クラウドの場合はシルクのドレスとセクシーコロンに加え、ブロンドのかつらも装着する。
 クラウドが女装装備するとき、ティナやシャントットが悪乗りして嫌がるクラウドのドレスの胸部に胸パットを何枚か入れ、フルメイクをする。アイシャドウやアイラインで目元を化粧し、チークやグロスまで付けさせるという徹底ぶりだった。
 だから、クラウドの整った顔もあいまって余計に女らしく見えてしまう。
 ――そう、俺が夢に見たのは、美しい女ではなく、女装したクラウドだったのだ。

(そういえば、昼間に俺の最強武器を造るんだといって、女装装備のクラウドに戦いを挑まれたな……。)

 クラウドの女装の見事さはジタンたちから聞いていたが、実際女の出で立ちをしたクラウドと刄を交え、目の遣り場に困って集中できず、祝福の球を落としてしまった。
 女装の男相手に動揺して物を落とすなど、恥ずかしすぎる。

(あれは、不覚の極みだな……。)

 俺は酸っぱいものが込み上げてくるような錯覚を覚えた。
 が、それだけならまだよかった。俺は自分の身体の一部が妙な熱を持っていることに気付き、焦る。

(……な、何でこうなるんだ……。)

 あらぬ場所が、夢を見たことで反応している。しばらく寝返りを打ち冷めるのを待つが、一向に納まらない。

(まったく……俺はどうかしている。
 女装しているといっても、クラウドは男として骨格がしっかりしていて、腕に筋肉も着いている。
 クラウドは女じゃなく、女の格好をした男なんだ、それなのに……。)

 熱を持て余した俺は、仕方なく音を発てずに過去のカオス神殿の屋上に移動し、自らの手で熱を吐き出した。


 俺は自分の行いを誰にも知られていないと思っていた。が、俺の見込みは甘かった。
 快楽に浸っている俺は、起きだしたことに気付いた者がいたとは知らなかった。






 次の日、デュエルコロシアムに参戦する者たちと、彼らを応援しにいった他の者を見送り、セシルとジタンとともに居残り組として荷物の番をしていた。
 ショップで改造する素地になる武器や防具、素材アイテムを皮袋から出し、新たな武器・防具用にセットしていると、訓練としてタイマン勝負していたジタンとセシルが俺のもとにやってきた。
 ジタンはセシルの腕を肘で突き、何かをせっつく。セシルは困ったように首を振ってジタンの思惑に乗らなかったようだ。俺を無視して行われるやりとりに、俺は訝しむ。
 やがて覚悟したのか、ジタンが切り出した。

「あのなぁ、スコール。
 ひとりで抜かなきゃだめなほど一杯一杯になってるなら、クラウドに告白したほうがいいと思うぞ」

 ジタンらしいすっぱりとした言い方――あるいはあからさまと言ったほうがいいか――に、俺は思わずぽかんと口を開けてしまった。

「いや、変な顔すんなよ。一応、おまえのこと思って言ったんだから」

 俺の様相に困惑しつつ頭を掻くジタン。セシルは苦笑しつつ言った。

「ジタンの言葉が率直すぎるから、スコールはどう反応していいか分からないんだよ。
 でも、僕もジタンと同感だな。昨日は僕とジタンしか気付かなかったからよかったものの、こういうことが重なったらみなに知られてしまうかもしれないよ。
 最悪、クラウドにまで露見してしまうかもしれない」

 セシルの言葉に、俺はまたも驚く。――昨夜、ジタンとセシルが起きていた? 俺が起きたときは寝ていたのに。
 ジタンは肩を竦める。

「おまえ、結構うなされてたんだぞ。クラウドの名前呼びながらな」

 告白された内容に、俺は目を伏せる。

(一杯一杯、か……。確かに、そうかもな。)

 だが、クラウドに打ち明けることなどできない。クラウドに恋したというだけで、俺は自分を保てなくなっている。もし告白すれば、今の俺のやり方が崩れてしまうんじゃないだろうか。
 暗い顔をしている俺に、セシルが問うてくる。

「……告白できそうにない?」

 俺は頷き、顔をあげる。

「もう遅いのかもしれないが……告白すると現状が変わるだろう?
 そんなことすれば、今の俺が壊れそうだ」

 黙って聞いていたセシルが、首を傾げて言う。

「……自分を変えてしまうのが、怖いんだ?」

 俺はセシルを真っすぐ見る。

「怖いわけじゃない。予測不能なことをしたくないだけだ」

 セシルは吐息し、聞き役に徹していたジタンが腕を組んだ。

「要するに、臆病者ってことだろ? 情けねぇなぁ」

 切って捨てるような鋭い言いざまに、俺はジタンを睨む。が、ジタンは怯まない。

「今の自分のポーズが壊れるのが怖いんだろ? 格好付けスコールは。
 壊れて、みっともないところを見せたくないんだろ?」

 辛辣なジタンに、セシルが肩を掴む。

「それくらいにしておきなよ。さすがに言いすぎだよ。
 格好付けて自分を晒したがらないのは、ジタンも同じだろう?」

 的確なセシルの指摘に、ジタンは舌打ちする。
 確かに、ジタンは誰かを守り導こうとするところがあるが、不意に不安げな表情を見せることがあった。
 ……いや、他人に構っていられない、俺はいま、自分を保つのがやっとだから。
 そうだ、俺は怖い。いまは自分だけの想いだから、クラウドに不審がられずにすんでいる。
 が、告白して受け入れてもらえなければ、仲間としての関係も破綻してしまう。――クラウドと、話もできなくなってしまう。
 俺は、こころのなかの大事な存在をなくしてしまうんだ。失うのが……怖いんだ。


『おねえちゃん、どこ? ぼく、ひとりぼっち?』


 不意に、最近よく見る映像が頭に浮かぶ。どこかの遺跡を再利用した建物のなかで、泣きながら誰かを探す子供――。


『おねえちゃん、ぼく、がんばってるよ。
 なんでもひとりでできるようになるよ』


 子供は雨垂れを見ながら、力なく呟く。
 そうは言ったものの、こどものこころは淋しさで埋め尽くされている。――淋しいのは、辛くて怖い……。


「スコールッ?!」

 立ちくらみ、地面に膝を着いた俺に、ジタンが駆け寄る。俺の肩を支える手を掴み、俺は呟く。

「ひとりは……なくすのは、辛いんだ……」

 クラウドを意識してから見え始めたもの。いま、それは俺の内面をこじ開けた。

(俺はずっとひとりがよかった。だが、本当はそうじゃなかった。
 ひとりでなくては、ならなかったんだ。
 誰かが側にいれば、失うのが怖くなるからなんだ……。)

 強がって、ひとりがいいと虚勢を張る。本当は淋しいくせに。
 クラウドを欲すれば……なくすかもしれない。だから、俺はクラウドを求められない。

「それは……この前倒れたことに関係ある?」

 思案顔で聞くセシルに、俺は頷く。
 ジタンは再び頭を掻いた。

「ほんっと、生きにくい人生送ってるなぁ、スコールは。
 もうちょっと気楽に考えて……ていっても、無理か。トラウマ絡みだから。
 でも、どうするんだよ。これからもっと辛くなるぜ?」

 そう、これからクラウドへの想いは、俺をもっと苛むだろう。恋うる想いは、相手を求めるものだから。この想いは、ひとを必要としなかった俺の生き方に反するものだ。
 だからといって、忘れられるものではない。だから――苦しい。




 どうしていいか分からず、俺は唇を噛んだ。

 

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