You and I
貴方を見ていると、
他人から見たら、俺のしていることはまどろっこしくて仕方がないだろう。そんなことは、とっくに分かってる。
けれど、どうしようもないんだ。俺はひとりでいないと壊れてしまう。誰かに頼ると、弱くなるんだ。
だから、本当は好きなのに、触れたくてたまらないのに、手を延ばすことさえ出来ない。
そんな俺を、ジタンは臆病者だと言った。
奴の言うことは間違っていない。正しく、俺は臆病者なんだろう。
まったく、格好悪い。自分でも嫌だ。
でも、どうしたらいいんだ。誰かと親しくなって、誰かを好きになって、誰かと想いを通わせて、側にいるのが自然になって……。
そうやってずっと一緒に居られると、誰が保証してくれるんだ。愛する者もどうせ、また俺から去ってしまうんだ。
だったら、最初から望まなければいいんだ。望まなければ、俺は俺のままでいられるんだ……。
今日もクラウドは女装してデュエルコロシアムで戦っている。シトラスフローラルのセクシーコロンを体臭とともに振りまき、動きにくそうなシルクのドレスを器用に翻して大剣を振るっている。
男の女装など気味悪くて見たくないからか、それとも似合いすぎて魅惑されてしまうからか、対決する者はぼろぼろとアイテムをドロップした。
俺は観客席で自分のバトルの順番を待っているあいだ、クラウドの妖しく華麗な姿を見入っていた。
「クラウドーっ、今日も快調っスね」
観戦していたティーダが、バトルを終えて観客席に戻ってきたクラウドを出迎える。
その笑顔はとても眩しく、太陽のように曇りがない。――俺には真似できない笑顔だ。
クラウドは肩を竦め、バトル相手の落とし物を地面に置いた。
「嫌がらせ作戦も好調といったところか?
心理作戦とはいえ、なんとも後味悪いな」
クラウドは自分の姿に対戦相手が嫌悪感を抱いていると思っているようだ。――俺には、とてもそうは見えないが。
が、ティーダも俺と同感だったらしい。
「えーっ、そんなことないっスよ。
クラウド、自分の女装姿ちゃんと鏡で見たことないんじゃないっスか?」
ティーダの言葉に、クラウドは困惑している。苦虫か噛み潰したような顔をして言った。
「そんなもの見たいとは思わない。
まず、俺はしたくてこの格好をしているわけじゃない」
腕を組み、ティーダは首を捻る。
「うーん、もったいないっスねぇ。
クラウドが女の子なら、誰も放っておかないのに」
ティーダのセリフに、クラウドは片眉を釣り上げる。
「それはどういう意味だ?」
眉尻がひくついているということは、クラウドにとって気に障る言葉だったらしい。――まぁ、それはどんな男が言われても噴出ものだが。
ティーダもそれを感じ取ったらしく、慌てて弁解する。
「あ、変な意味じゃないって!
それに、クラウドは男としても女の子にモテるだろ、そのルックスなら」
「じゃあ、女の子なら誰も放っておかないってどういう意味だ?
何か含みがありそうだったぞ」
食い下がるクラウドに、ティーダはまずいことをしたと言いたげな顔で頭を掻いた。
遠くからふたりを見つめ、俺は嘆息を吐く。
(まったく……普通の男なら嫌がる言葉に決まってるだろう。
ティーダはジタン以上に空気の読めないヤツだな。)
だが明朗快活で、隠すところなど一点もない。誰とでも打ち解けられる性格で、ひととの距離を置きたがる俺やクラウドにも遠慮なく話しかけてくる。
そういう意味ではとても魅力的なヤツで、同い年だが、俺にはティーダの長所を真似できない。
(あいつなら、迷いなく自分の思うことを告げられるんだろうか。
躊躇いなく好きな相手に想いを告げられるんだろうか……。)
俺は後ろ暗い思いでティーダとクラウドを眺めていた。
と、いきなりティーダがクラウドのブロンドのかつらを一房手に取り、顔を近づけた。驚いて俺はクラウドたちをまじまじと見てしまう。
不機嫌な表情で、クラウドはティーダの手から髪を取り戻した。
「何をするんだ」
化粧を施した綺麗な顔で渋面をつくるクラウドに、ティーダはにこにこ笑う。
「いや、かつらにもセクシーコロンの匂いが染み着いてるのかなって」
「……やめろ、変態くさい」
着替えるためバトルステージから去ろうとするクラウドに、ふざけてティーダが抱きついた。クラウドは必死になって振り解こうとするが、がっしりとしがみついて離れない。
「は、放せよっ!」
「やだっ、やっぱり、全身からセクシーコロンの匂いがするっ!」
はしゃぐティーダを見かねたフリオニールが叱りつける。
セシルと彼らは始め四人パーティーを組んでいて、特別親しい。フリオニールはティーダの兄貴分を買って出ていて、子供っぽいティーダのふざけ方の度が過ぎると、ティーダを掴まえて説教していた。そしてそれは、仲間がすべて集まった今も続いている。
機嫌を損ねそっぽを向くクラウドに謝るティーダ、そんな彼を困ったように見るフリオニール……他者が入っていけぬ何かを感じる。
「あれ、スコール。どこ行くんだよ」
見ていられなくなって、自分の順番が近いのに俺はバトルステージから背を向けた。
側にいたバッツが俺に声を掛けたが、気に掛ける余裕もなかった。
俺はバトルステージから離れたくて、がむしゃらに歩いた。
何も見たくない、聞きたくない――俺はこころを閉ざし、ひたすら足を進めた。
だから背後に近づく気配を感じ取れず、腕を掴まれてやっと気づいた。
後ろを見ると、バッツが心配したように俺を見ていた。
「どうしたんだよ。もうすぐ出番が近いだろ?」
俺はバッツから目を背け、腕を振り払った。
「……俺のバトルは、キャンセルだ」
再び歩きだそうとする俺に、バッツは大声で叫んだ。
「がっちがちのスコール・レオンハート!
そんなんじゃ自由になれないぞ!
もっと肩の力を抜いて、全身で風を感じてみろよ!」
俺を思って掛けられた、バッツなりの思いやりの言葉。
だが、俺はこころを閉ざしたままバッツを無視し、彼を置いて走り出した。
(もう放っておいてくれ!
誰も俺に構うな!)
俺はこころのなかで絶叫していた。
惨めで堪らないんだ。俺は何も出来ない。ティーダみたいに自然にクラウドに話せない。
(俺は、ティーダが、羨ましかったんだ……。)
自分に対する嫌悪感で、俺のこころは一杯だ。案じてくれたバッツにまで、あんな仕打ちをして……。
(俺は……最低だ……。)
立ち止まり、俺は足元を見る。
どんなに格好付けても、メッキが剥がれれば脆い自分しか出てこない。――俺は弱い。
バトルステージから離れたものの、俺はどうすればいいのか分からなかった。何も考えずあの場から離れたのだから。
取りあえず、自分がどこにいるか確認してみる。――秩序の聖域だ。
もう少し頭を冷やしてからバトルステージに戻ろう。そしてバッツに謝ろう。
そう思ったとき、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「スコール。なんであの場から離れたんだ」
俺は信じられずに、目の前にいる人物を見る。
さっき、ティーダたちとともにいたじゃないか。というのに、いつの間にここに来たんだ……。
「クラウド……」
女装姿のままのクラウドが俺に近寄り、微笑み掛けてくる。アイシャドーやマスカラ、グロスを着けると、クラウドは本当に女のように見える。
「まぁ、何かあったから離れたんだろう。それくらいは分かる。
俺もバトルが終わったから、ここに来た。
一緒に居るんだから、少し話さないか?」
小さく首を傾げて問うクラウドをまともに見られず、俺は目を泳がせた。
(やはり俺は、クラウドを真正面から見られない……。)
何も言わないのを肯定ととったのか、クラウドは先に進み出す。
俺はクラウドをまともに見られなかった。だから、クラウドの手に見たことのない球体のものがあるのに気づきもしなかった。
「スコールが、戦線離脱……?」
その頃バトルステージに戻ったバッツが、コスモス勢の仲間たちに俺がバトルをキャンセルしたことを告げていたのを、俺は知らなかった。
そのなかには、アナザーフォームに着替え終わったクラウドが居ることも、当然分からなかった。
俺は自分が巧妙な罠に巻き込まれていると気づかずに、偽物のクラウドとともにいた。
――それが俺や仲間たちを窮地に立たせることになるのだ。
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