You and I
自らの思考に困惑
クラウドを思うことで、俺のトラウマが疼きだす。それが、俺を不安定にする――ジタンはそう案じていた。
(確かにそうだが、クラウドのことを頭から打ち消そうとしても、できないんだ。)
だから、どんなに苦しかろうが、受け入れなくてはならないのか。俺は星の体内に渦巻く碧の光を見ながら、自問し続ける。
そんなとき、掛けてくる声が。
「――スコール?」
艶を含んだ中低音ボイスにどきりとし、俺は声の主を見た。
「どうしたんだ? ライフストリームをじっと見て」
目立つ金髪チョコボ頭の男――クラウドが、首を傾げてやってくる。
「いや……不思議な光だと思っただけだ」
当たり障りのない応えを返す俺に、クラウドは微笑んだ。
「俺の世界の源なんだ、ライフストリームは。
星を循環する精神エネルギーで、生物はここから生まれ、ここに還る。
生まれ出たことで貯えられた知識や記憶は、死とともにライフストリームに蓄積され、星を巡る。
だから、一部の人間には、ここが『約束の地』といわれる」
クラウドの独白を、俺はぼんやりと聞き入る。
(ふぅん……生命の生まれ出るところで、還る場所か……。俺の世界にはそんな思想はないな。)
死んだ者は翠の光彩の一部になり、星を巡り続ける……。
クラウドは瞳を緩めて、光を見入る。
「ここを見ていると、亡くしたひとの存在を感じ取れるような気がするんだ。
俺は独りじゃないと、そう思えるんだ」
クラウドの言葉に、俺は思わず相手を見てしまう。
「あんた……俺が『失うのが怖いか』と言ったとき、否定しなかったな。
誰かを、亡くしたことがあったのか」
俺に顔を向けず、クラウドは頷く。その横顔には寂寥があった。
「ふたり、大切なひとを亡くした。
ひとりは親友で、もうひとりは大事な仲間……。ふたりとも、俺の目の前で殺されたんだ。
俺に力があれば、彼らは死なずに済んだ。だから、誰も失わずに済むように、俺は強くありたいし、戦い続ける」
穏やかな表情で言い切ったクラウドを眺め、俺は目を伏せる。
(クラウドは、過去に辛い喪失をしていたのか……。)
俺はクラウドの傷に、塩を塗り込んだことになる。
ちらりと俺を見て、クラウドは話を続けた。
「失うといっても、誰かを喪うことだけが喪失じゃないんだ。
アイデンティティー……自分の立つ拠り所を見失うのも、辛いことだ。
俺は自分を特別な人間だと思っていたけど、そうじゃなかった。
惨めだった俺は、外的な要因の助けを借り、幻想のなかに逃げ込んだ。
……結果、大事な仲間を死なせ、俺は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
だから、俺は自分と向き合うことに決めたんだ」
アイデンティティー……自己を構成する軸。自分を成り立たせるもの。これが折れれば、ひとは簡単にバランスを崩す。
俺も、自分のアイデンティティーを無くすのは、怖いな。……俺が俺じゃなくなりそうだ。
クラウドは俺を観察しながら、口を開く。
「俺はこの世界で戦うことに疑問を持っていた。わけの分からない神のために、生命をすり減らし戦うことに、納得がいかなかった。
でも、今回色々あって、何となく分かったんだ。
仲間を失わないために戦うことが、戦う理由になるんだと。
フリオニールがセフィロスに痛め付けられたと知ったとき、俺は仲間を傷つけられた怒りと報復のため戦おうとした。
ティナが自分を見失って暴走仕掛けたとき、戦って止めるしかないと、身体が勝手に動いた。
大きな目的とかではないが、これが戦う理由なんだと思う」
そう言ってにこりと微笑んだクラウドに、俺は動揺する。
(クラウド自身は、無くしたことにも、迷い続けることにも、答えを見付けはじめている。
……俺はどうなんだ?)
クラウドと会ったことにより、見えはじめた何か。――それは、こころの闇といえるかもしれない。
この世界にいると、曖昧な記憶しか思い出せない。本当の、俺の『核』ともいえる『何か』を、俺は見失っている。
不意に肩を掴まれ、俺はクラウドを見る。
クラウドはゆっくり首を振った。
「無理に思い出さないほうがいい。記憶とは、いいものばかりじゃないんだ。
今のままを保ちたいなら、思い出そうとするな」
クラウドの忠告に、俺は汗ばんだ掌を握りながら頷く。
「……おまえ、危なっかしいところがあるな。
無表情でしっかりしているように見えるが、どこか脆い。
俺みたいに弱さがあからさまでない分、誤解されやすいんじゃないか」
あまりひとを凝視しないクラウドが、俺を真っすぐ見ている。それはとても珍しいことだ。
俺は密かに困惑する。
クラウドの言ってることは、的外れじゃない。むしろ、その特徴で苦労してきたような気がする。
(……しかし、クラウドは俺のことをよく見ているな。)
似た部分があるから、よく分かるんだろうか。
……何だか、変にこそばゆい。
が、クラウドは真剣そのままだった。
「俺がおまえに言われたことをそっくりそのまま返して、おまえは体調を崩した。
……無意識・無自覚というのが、一番危ないんだ。
無理に眠っているものを叩き起こす必要はないが、自分が危ういという自覚だけは持っておいたほうがいい。
……でないと、一時の俺みたいになってしまう」
「一時の俺……?」
クラウドの述懐に、俺は聞き返してしまう。クラウドは頷き、言った。
「俺はおかしくなり、廃人になったことがあるんだ。
なんとか自分に還ることができたが、おかしなままだったらと思うと、今でもぞっとする。
――おまえには、そんな思いをしてほしくない。
だから、おまえが不安定にならないよう、バッツやジタンには及ばないが、あんたを見ているつもりだ。
大切な、仲間だからな。ともに戦い、護りあう、それが俺たち十人の関係だと思っている」
言い切ったクラウドに、俺は目を瞠る。
大切な仲間。ともに戦い、護りあう――。
俺は最初、誰かと深く関わりあい、護りあうなど、冗談じゃないと思っていた。
だが、バッツやジタンと行動することによって、そういう関係も悪くない、と思っていた。
しかし、クラウドに対しては、それだけじゃないような気がする。
具体的にどうこうというわけではない。ジタンには恋だといわれたが、それがどういうものかも分からない。ただ、見つめていたいだけだ。
(誰かをただ見つめていたい、と思ったのも初めてだ。
考えてみれば、変な話だな。)
男にしては柔らかな顔の造りをした蜂蜜色の髪の青年。どうしてずっと見ていたいと思うのか。彼が誰かと関わるのを見るとおもしろくなくなるのか――。
(これがジタンの言う恋だとすると、面倒なことこの上ないな。)
それでも見つめるのを止められないのだから、クラウドに気にされるまでもなく、自分は壊れはじめているのかもしれない。
恋とは至極厄介なもの。でも止められない――。
俺はそんな自分に、当惑していた。
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