You and I

君の動き、君の笑顔、君の吐息






 俺はクラウドの後ろ姿を見ながら歩いている。
 ロールされたブロンドのかつらの分け目から大胆にカットされたシルクのドレスの背面に掛けて、クラウドの白い肌が覗いている。そして、揺れる髪やドレスの裾から、甘いセクシーコロンの香りがした。
 不意にクラウドが足を止め、俺を振り返る。

「スコール、本当は俺に言いたいことや聞きたいことがあるんじゃないか?」

 クラウドの問いに、俺はどきりとしてしまう。
 言いたいことや聞きたいことは、確かにある。が、それを聞いて一歩を踏み出す勇気はない。
 俺は斜めに目線を落とす。

「……別に」

 本心を隠して出た言葉に、クラウドはドレスと同じ紫色の長手袋に包まれた腕を組む。

「そうなのか? 何か物言いたげに俺を見ているように見えたんだが」
「……多分、気のせいだ」

 誤魔化す俺に、クラウドは小さく息を吐いた。

「まぁいいか。俺はスコールのこと、色々知りたいんだけどな」

 いつもより饒舌なクラウドに違和感を抱きながら、俺は首を振る。

「俺なんて、大したことない。知っても無駄だ」

 そうか、と首を傾げるクラウドに、俺は内心困惑の極みにあった。

(何を話せっていうんだ……。話したら、ぼろが出そうになるだろう。
 それに俺と一緒にいて、クラウドは楽しいのか?)

 自分でいうのは何だが、俺はティーダほど面白味のある人間じゃない。誰かを楽しませる能力など皆無で、どちらかというと人から与えられる楽しみを望む人間を侮蔑していた。
 俺がずっと見てきたクラウドは、ひとり端然としていて、誰とも群れようとしないヤツだった。たとえ四人グループでいても、ひとりだけグループの空気にとけ込めていないヤツだった。
 それなのに、いまのクラウドは積極的に俺と話し、俺を知ろうとしている。

(クラウドって、こんな人間だったか……?)

 深まる違和感を、俺は持て余していた。
 俺の焦燥など意に介していないのか、クラウドは手の中にある球体を弄んでいた。見たことのない物体なので、俺も気になる。

「クラウド、それはなんだ?」

 球体を覗き込む俺に、クラウドは俺の目線の前まで球体を掲げて見せた。

「あぁ、さっきケフカと戦ったときにライズしたんだ。
 あいつってマッドなところがあるだろう。いかにもいかがわしい物体だから、拾ってきた」
「拾って……?!」

 クラウドの意外な無謀さに、俺は呆れてしまう。
 ケフカの持ち物など、怪しいものにきまっているだろう、なんでそんなもの持ち帰ってくるんだ!

「クラウド、悪いことは言わないから、それを捨ててこい!
 何かあってからじゃ、遅いぞ!」
「えぇ? 勿体ないじゃないか」

 勿体ないという問題か? こんなものを持っていると、絶対まずいことが起こる。
 クラウドに捨てる気がないのなら、俺が行動するまでだ。
 俺はクラウドの手から球体を奪い、ケフカの本拠地であるガレキの塔に向かって歩きだそうとした。
 ――が、何故か足に力が入らず、俺はその場に膝を着いてしまう。

(な、何だ……?)

 俺はクラウドを見ようとした。が、頭を擡げる力すらなく、そのまま倒れ込んでしまう。
 霞む目に映るクラウドが、妖しく笑ったような気がした。


「おまえは知りたくないと言ったけど、俺は俺のことをおまえに知ってほしい。
 過去まで、すべて……。

 そうでしょう? スコール……」


 最後のほうの声が、クラウドと違う音に聞こえたが、判別する間もなく俺は意識を失った。






 ぼんやりした視界に、黒皮のグローブが目に入る。エレベーターのボタンを押し、手袋の主はなかに乗り込んだ。 
 ふと目を移すと、揺れる銀の髪がある。くせのない繊細な髪だ。
 エレベーターのドアが開き、ゆっくりと大理石張りの廊下に出る。廊下の先を進む足は、手袋と同じ素材のブーツを履いている。そして、膝下まである、黒皮の服の裾。
 どこかで見たことのある特徴だ。俺と同じ閉じられた世界に居て、敵として戦った男……。まさか、そんなはずはない。
 ある部屋の前に来ると、黒皮の手袋はドアの横にあるプッシュ式のキーを押し、カード式キーをカードスロットに通した。
 ドアを開けすぐ目の前に飛び込んできたのは、弾かれたように走ってくる見知った人物――クラウドだった。
 いや、俺の知っているクラウドより幼い。まだ十代のようで、今より背が低く、チョコボのような髪型も、現在のものとは少し違う。Tシャツに短パンというラフな姿で、クラウドは走ってきた。


「お帰り、セフィロス」


 クラウドの言葉に、薄らと考えていたことが本当だと俺は知った。

(俺はいま、セフィロスの中に居るのか……?)

 改めて自分の姿を見てみると、あの世界とは少し形が違うが、同じような黒皮のコートを着ている。さらさらと揺れる銀髪は、膝裏まで長さがある。――まさしく、これはセフィロスだった。

「待たせたな、クラウド」

 低くつややかに響く美音は、正しくセフィロスのもので、俺はクラウドの宿敵のなかに居ると悟った。

(だが、セフィロスはクラウドの宿敵だろう。というのに何故クラウドとセフィロスが一緒に居るんだ?
 クラウドも嫌がることなく、セフィロスを受け入れている。) 

 しかし、更に衝撃が重なる。セフィロスがクラウドの唇に口づけたのだ。そしてクラウドも積極的にセフィロスのキスに応じている。深まっていく口づけに、俺はショックを受けていた。
 セフィロスが、皮手袋をしたままクラウドの上着のなかに手を入れる。くすぐったそうに身を捩り、クラウドは抗議した。

「ちょっと待てよ、帰ってきてすぐにするなんて、がっつきすぎだって」

 が、セフィロスの手は止まらない。クラウドの項にキスしながら、指先で胸の突起を摘んだ。
 クラウドは身体を震わせ、太股をもじもじと動かしている。セフィロスの愛撫に慣れているようで、クラウドの身体はすぐに火が点いたみたいだ。
 濡れたように見上げてくる、俺が知っている色より薄い蒼の瞳。そしてその眼は、俺を見ているんじゃない。

(イヤだ、止めてくれッ――!)

 ふとクラウドの首筋に顔を埋めていたセフィロスが顔を上げる。不思議そうにクラウドはセフィロスを見る。

「どうしたんだ?」
「いや、妙に頭のなかがざわざわする。
 それに、今叫び声が聞こえたような気がした」

 頭を振るセフィロスに、クラウドは小さく笑い抱きついた。






 俺はクラウドがセフィロスに抱かれるのを、セフィロスの眼を通して見ていた。
 セフィロスにより昇りつめ、快楽を解放する。そしてセフィロスの手によりなかを解され、クラウドはセフィロスと身体を繋げた。
 それは、俺の知らないクラウドだった。誰かのものだったクラウド。誰かを愛しているクラウド。それは過去なのか何なのか分からない。ただの幻覚かもしれない。
 それでも、セフィロスに抱かれるクラウドに、俺は立ち直れないほど、打ちひしがれていた。






「ふふっ……今頃、おまえは自分の焦がれる者の過去を見ているのでしょうね。
 そして自分が叶わぬ恋をしていると知ることになる……。
 現実は優しくない、そう言ったでしょう? スコール。今のおまえは、それを否定できまい」

 精神を過去のセフィロスのなかに漂わせた俺は、抜け殻の身体をクラウドではない者の腕に抱かれていた。その手には、しっかりと球体を握りしめている。
 俺を抱いているのは、禍々しい入れ墨が刻まれた肌を、真紅のドレスで包む女――時の魔女・アルティミシアだった。

「この世界で戦って分かったのです、スコール。
 わたしには魔女の騎士がいなかった。そして、わたしは紛い物でない本当の騎士が必要なのだと。
 それに適しているのは、伝説のSeeDであるおまえしかいない。
 だからスコール、おまえは愛する者の過去を知り、おまえの愛の行く末を知りなさい。
 そして、わたしの魔女の騎士になるのです、スコール」

 謡うように耳元に囁かれたアルティミシアの言葉を、抜け殻の俺は聞いていなかった。が、アルティミシアはそれで構わなかったのだろう。
 くすりと笑うと、アルティミシアは俺を抱えたまま黒い翼を広げ、秩序の聖域から飛び去った。
 抜かるんだ地面に、黒い羽根がひらりとひとひら落ちた。






 それからも俺はクラウドの過去を見せられた。
 突然発狂し、赤々と燃える炎のなかで凄艶に微笑むセフィロス。このとき俺はクラウドのなかに居て、自分の故郷を壊され、母親を殺されたクラウドの悲しみを直に感じ取っていた。
 そして、クラウドは自らセフィロスを大剣で刺した。
 セフィロスと戦い、正宗で胸を貫かれるクラウド。が、万力の力で正宗ごとセフィロスを持ち上げ、クラウドは愛する者を奈落の底に突き落とした。

「ごめ……っ、セフィ……。俺も、逝く…から、許して……」

 泣きながらクラウドはそう呟き、傷の痛みから意識を失った。

 クラウドは、本気でセフィロスを愛していた。自分の命を犠牲にしてもいいと思うほど、セフィロスに恋い焦がれていた。
 俺はセフィロスへのクラウドの想いの深さに、自分の恋が絶望的なのだと知った。






 その頃閉じられた世界では、突然の試合放棄に俺を案じたコスモスの仲間たちが、俺を探していた。
 俺はもともと無責任に試合を抜けるような人間じゃなかった。だからみな不安になったのだろう。
 そして秩序の聖域に辿り着いた仲間たちは、落ちている一片の黒い羽根を見つけた。

「黒い羽根……まさか、セフィロス……?!」

 ウォーリア・オブ・ライトの呟きに、先に何かを感じ取っていたクラウドが走り出す。
 脇目もふらずといったクラウドの勢いに危機を感じたティーダが、クラウドのあとを追っていった。
 

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