You and I
自分変化経路
(自分で自分の顔を見るなんて、変な感じだな……。)
気がついた俺は、ひとり秩序の聖域のオブジェに凭れ、仏頂面を晒している自分を眺めていた。自分の手元を見ると、自分のものではない茶色のグローブやアームバンドをしている。それを、俺は他人のものとして見たことがあった。そう、これはクラウドの持ち物だ。
(――俺は、クラウドのなかに入ったのか。)
俺は仲間たちが時の魔女・アルティミシアから奪った、過去の人間のなかに現在の人間の意識を送り込む機械――「ジャンクション・マシーン・エルオーネ」を使い、今からそう遠くない過去――この世界に居るクラウドのなかに入ることになったのだ。
目を上げると、明るい金の髪が瞼に掛かっている。間違いなく、この身体はクラウドのものだ。
クラウドは十人の仲間のなかで、とくに俺を見つめていた。クラウドの目線が動かないから、そうと分かる。
彼の目に映る俺は、誰とも馴れ合おうとせず、仲間たちから視線を外していた。我ながら、本当にそっけない。もうちょっと愛想よくすればいいのに、と出来ないことを思ってしまう。
クラウドが俺をじっと見つめていると、ふわふわしたプラチナの髪の美青年――セシルが近づいてきた。セシルはクラウドの目線の先を追い、彼の耳元に囁く。
「クラウド、スコールばかり見ているね。
何か気になるの?」
セシルが側にいるのを意識していなかったのか、クラウドは我に返り、焦った声を出した。
「あ…いや……。
なんであいつは誰とも一緒にいようとしないのか、観察していたんだ」
あぁ、とセシルが頷く。
「確かに、スコールは群れようとしないよね。
仲間たちが集合してから数日経ったけど、みなは仲間同士話し合っているよね。
けれどスコールだけはそうしようとしない」
クラウドは未だ俺を見ている。なかに入っている俺に、クラウドの思いが伝わってくる。
――あいつには、何かあるんだろうか。
それは、クラウドの俺を案じる思いで、じわじわと俺のなかに染みいってくる。
クラウドは俺から目を離さず、ずっと見つめ続けていた。
それからも、クラウドの目は俺に注がれ続けていた。
秩序の女神・コスモスが俺たちにクリスタルを託して死んでしまうという、不慮かつ無念なことが起こった。俺自身そう感じていたが、クラウドも同じだったようだ。
集合した仲間たちと終わりに近づく世界を救おうと、絶望に砕けそうになるこころを支えあい、カオスを倒すべく突き進んでいた。
コスモスが死んでしまったため、世界の均衡が崩れ始めていた。永く戦ってきた相手を失った混沌の神・カオスは、大きすぎる悲しみから世界を巻き込んでの自らの破滅を望んでいた。それが、世界の瓦解に拍車を掛けていた。
俺たちは世界が解れていったため、徐々に元いた世界の記憶を取り戻し始めた。俺も、自分の世界での記憶――ガルバディアを支配する魔女と戦う宿命を負ってしまい、仲間と一緒に戦っていたことを思いだし始めていた。
そして、宿敵であるカオスの戦士を倒した俺たちは、直接カオスに戦いを挑んだ。神を相手に戦いを挑むなど無謀の極みだが、俺たちはなんとかカオスを倒し、元の世界に帰った――はずだった。
気がつくと、再び俺たちやカオスの戦士たちは、この世界に戻っていた。そして、死んだはずのコスモスがカオスを越える女神として君臨していた。
秩序の女神が世界を統べるようになったからか、コスモスとカオスの戦士たちは以前のように激しくいがみ合うこともなくなり、新たに作られたコロシアムで技をぶつけ合う戦いをするようになった。――まるで遊戯のように。
俺とクラウドが剣を打ち合い、クラウドに掛けた言葉により俺が不安定になったのは、コロシアムでの試合がない日だった。コロシアムでのバトルがないとはいえ、一日でも休むと腕が鈍る。みなの総意により次元城で模擬試合を行っていたのだ。
俺がこころの均衡を崩したことに、クラウドは少なからずショックを受けていたらしい。前からクラウドは俺を観察していたが、クラウドが送る目線は、俺を案じる色が多くなった。
(思った以上に、クラウドは俺のことを考えていたんだな……。)
俺はクラウドのこころの動きを余さず読んでいた。クラウドは俺の不調になった原因が、少なからず自分にあると思っているようだった。
(俺の不安定は、クラウドのせいではないんだが……。)
俺のなかの何かが壊れ、幼い頃の寂しさが蘇ったのは、ひとえに俺が弱かったからだ。クラウドのせいではない。確かに、クラウドを想いすぎ、新たな弱点が出来たのだが。
クラウドのなかにいることで、クラウドに纏わる他の事情も知ることが出来た。
ティーダはクラウドとよくつるんでいるが、仲間として大事にする以上にクラウドのことを想っていた。クラウドに向けられる真っ直ぐな瞳や、明るい態度のなかにはにかみが混じっている。
クラウドと多く接触する仲間はティーダだけでなく、セシルやフリオニールもいた。クラウドはセシルやフリオニールと接するのと同じようにティーダに対していた。クラウドは、ティーダの想いに気づいていないようだった。
そして、俺が一番気にかかっていた相手――セフィロスに対して、クラウドは哀しみや苦さとともに、懐かしさを抱いているようだった。
コロシアムでセフィロスと戦うときや、奴が長刀を振るう姿を見る度、クラウドのこころに複雑な想いが溢れてくる。だがその想いのなかに、色情や恋慕というものはなかった。在りし日を偲ぶ気持ちが強かった。
それ以上に、やはりクラウドは俺を見ていた。ジタンやバッツに絡まれることもあるが、基本誰とも群れない俺に、クラウドのこころが共振していた。それゆえに、バランスを崩す俺に胸を痛めていた。
そんなときに、俺はコロシアムをボイコットし、アルティミシアの罠にはまってしまったのだ。
秩序の聖域で俺と話した後、バッツはみなに俺の様子がおかしいと報告した。コスモスの戦士たちはコロシアムを中断し、俺を探すためバッツと別れた秩序の聖域にやってきた。
途中、ジタンが幼少時の俺のこころの傷についてみなに打ち明けていた。クラウドはその事実に、こころを痛めていた。
そして、仲間たちは秩序の聖域で黒い羽を見つけたのだ。
その羽はアルティミシアのものだったが、クラウドは自分の宿敵であるセフィロスのものだと思い込み、脇目も振らず星の体内に直行した。クラウドのあとにはティーダだけが付いてきていた。
「あんただろう?! スコールに手を出したのは!
スコールを返せッ!」
星の体内に現れたクラウドに、セフィロスは目を細めただけだった。
「……なんのことか分からんな」
淡々としたセフィロスの声に、クラウドはギリリと歯ぎしりし、エプロンのポケットから黒い羽を取り出す。
「とぼけたって駄目だッ! この羽……あんた以外にいないだろうッ?!」
クラウドが突きつけた黒い羽に、セフィロスは眉をしかめる。明らかに不快な表情だった。
クラウドのなかにいる俺は冷静なので、このときのセフィロスが何もしらないと予測できる。セフィロスの表情は、当事者の顔ではなかった。が、気が逸っているクラウドは、そのことに気づかない。
何かを思いついたのか、セフィロスは奴独特のひとを食った笑みを浮かべ、クラウドに手を差し伸べた。
「そうだな……心当たりが、ないわけではない。
だが、ただで教えるほど、わたしはお人好しではない。クラウド、それはおまえが一番よく知っているだろう」
セフィロスの挑発に、クラウドの顔が強ばる。クラウドのこころに、怖れと束縛感が広がる。
「代価が……必要なのか」
震える唇で、クラウドはそれだけ言った。セフィロスが艶然と微笑む。
「そうだ、何が一番取引の代価にふさわしいか……分かるだろう? クラウド」
蠱惑的な笑みを浮かべるセフィロスに、クラウドは唇を噛みしめ目を伏せるが、やがてセフィロスに向け一歩を踏み出した。背後でふたりの遣り取りを聞いていたティーダが狼狽する。
「クラウド?! 何してんだよッ、敵に自分を売るのか?!」
必死で叫ぶティーダを振り返り、クラウドは微笑を浮かべる。そしてセフィロスを凝視した。
「……あんたに、この身体をくれてやってもいい。細胞を手に入れるなり、人形にするなり、好きにすればいいだろう」
強い響きで語るクラウド。悠然と構えるセフィロスに負けまいという気合いを感じる。だが俺はティーダと同じく、クラウドの行動に気が気でなかった。――このままでは、クラウドがセフィロスのものになってしまう!
(クラウド、駄目だッ――!)
俺は届かないだろうと知りつつ、クラウドに叫ぶ。
一瞬クラウドは眉を寄せ辺りを見渡したが、ふうっと息を吐ききっぱりと言ってのけた。
「だが、こころまでは、あんたにやれない――…。
昔はあんたに身もこころも捧げたけど、今はそうじゃないんだ。こころは……あんたのものじゃない」
クラウドの告白に、セフィロスの眼が険しくなる。怨嗟ともとれるその眼差しに、クラウドはともかく、セフィロスの想いがまだクラウドに注がれていると俺は悟った。
セフィロスが暗い目つきをしていたのは一瞬だった。いつもどおりのいけ好かない笑みを浮かべ、セフィロスは腰に手を当てる。
「ふ……愚かだな、おまえは。
黒翼を持つ者がわたしだけではないことは、考えればすぐ分かることだ。
それに気づかないくらい、獅子が大事か?」
セフィロスの指摘に、クラウドの身体が瞬時火照る。頬に血が集まっているのが俺にも分かる。
いや、それより……セフィロスは、今、何と言った?
そして、それに応えるようなクラウドの体温の上昇は……。
クラウドのなかで、俺は戸惑ってしまう。
明らかなクラウドの様子に興ざめしたのか、セフィロスは冷え冷えとした目線をクラウドに寄越す。
「つまらんな。今のおまえと戦っても、何も楽しめん。
いいから、さっさと行くがいい。
もうひとりの黒翼が誰か……わたしが言わんでも分かるな?」
セフィロスは助言を与え、クラウドたちに背を向けた。ここから去れと、セフィロスの背中が告げている。
クラウドはセフィロスに何も言わず、星の体内から去った。
セフィロスのヒントで俺を攫ったのが誰か分かったのだろう、クラウドは次のステージであるアルティミシア城に向け走っていた。
そんなとき、付いてきていたティーダがクラウドに問いかけた。
「なぁ、クラウド。もしかして、クラウドはスコールのこと……好きなのか?」
ティーダの言葉に、クラウドはゆっくりと立ち止まる。俯いたまま暫し黙り込み、クラウドは口を開いた。
「……好き、なんだと思う。
スコールのことが、どんなときも気になって仕方がないんだから、そうなんだろう」
朧気な応えに、ティーダの視線が突き刺さってくる。不満が棘になって、クラウドを突き抜け俺にまで刺さってくる錯覚がする。
「それってさ……クラウドとスコールが、似てるからじゃないの?
ふたりとも無口だし、愛想はないし、それに……」
「スコールと俺は、似てない」
ティーダの言葉を遮り、クラウドは断言する。ティーダを振り返り、クラウドは真っ直ぐ彼を見つめた。
「もともとのあいつは、弱くないんだ。
あいつが弱くなってるのは、トラウマのせいなんだ。誰かを失った辛さが、スコールを頑なにしているだけなんだ。
トラウマさえなければ、あいつは強いんだ。そしてその強さが、ひとを惹き付ける。
性根から弱い俺とは、大違いだな」
「クラウド……」
自嘲ぎみなクラウドに、ティーダはクラウドから目を反らし、悔しげに拳を握りしめる。
クラウドが俺をこんな風に思っていたなんて、知らなかった。沈黙し、いつも視線だけ俺に寄越してきたクラウド。だが、クラウドは俺が思う以上に俺のことを考えていた。
俯いていたティーダが、意を決したように顔を上げ、口を開いた。
「あの、さ。応えなんて求めてない、ただ言いたいだけなんだ。だから、黙って今から俺の言うことを聞いてほしい」
思い詰めたティーダの姿に、クラウドが首を傾げる。ティーダは自分の胸に手を当て、思い切って言った。
「俺、クラウドのこと好きだ。この世界に来てから、ずっと好きだった。
……クラウドが誰を好きなのか分かったから、クラウドのこと想うの、これで終わりにする。
ただ、けじめとして、クラウドに自分の気持ちを言っておきたかったんだ」
「ティーダ……」
小さくティーダの名を呟くクラウドに、ティーダはおしっ! とガッツポーズをとり、気合いを入れる。
「俺の告白タイムはこれで終了っ!
さぁ、スコールを助けに行くっスよ!」
そう言って、ティーダはクラウドを追い越し走り出した。その後ろ姿が寂しそうだったのは、言うまでもない。
「ティーダ……ありがとう。そして、ごめん……」
クラウドはそれだけ零し、ティーダのあとを追った。
そこで、俺の意識はクラウドから切り離された。
俺はクラウドのなかに入って、クラウドの想いだけでなく、自暴自棄になる俺に激昂したティーダの気持ちや、アルティミシアに戦いを挑んだセフィロスの、クラウドへの断ち切れぬ情を知った。
それだけに、もうあとに退けないと、俺は覚悟を迫られる。
嘘偽りない自分の想いを、クラウドに告げるべきなんだ。ここまで俺を想ってくれたクラウドや、クラウドを諦めた人間のためにも。
強く決意し、俺は瞼を開けた。
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