a short story

Fenrir




 こんなこと言ったらびっくりされるかもしれないけど、俺はフェンリルが愛しい。
 黒くスタイリッシュなフォルム、機能性抜群なボディ、簡単には御されない頑固な性質、みな好きだ。
 昔、セブンス・ヘヴンで一生ただで飲み食いできる権利と引き替えに、ティファに立て替えてもらい手に入れたモンスター級のバイク。俺は暇があればフェンリルの手入れをしている。
 俺が一生付き合っていく相棒。フェンリルなくして俺はありえない。それくらい、大切な存在だ。
 配達の仕事が休みである今日は、フェンリルをもっと綺麗にするため、じっくり手入れをすることにしている。
 チューブ類や燃料タンク、外装パーツなどを外し、コンプレッサーを片手に持ってブラシに洗剤を溶いた水を浸け、車体の汚れを丁寧に落としてゆく。
 ――この瞬間が、幸せでたまらない。思わず鼻歌を歌いそうになる。

 と、その時、



「……」



 何だか、とんでもなく不機嫌な気配を感じるんだが……気のせいだよな? そうだ、気のせいに違いない。



「…………」



 いや、気のせいってことにしたんだから、あからさまに目茶苦茶黒い気配を発してくるなよ。無視できなくなるじゃないか。



「………………」



 あぁ、分かってるよ、配達の仕事が休みなのに放置された挙げ句、フェンリルにばかり目をやっているのが気に食わないんだろ?

「だーかーら、何か言いたいなら口に出せっていつも言ってるだろ! セフィロス!」

 無視できなくなり叫びざま振り向くと、俺の背後に長い銀髪の美丈夫が木偶の坊よろしくつっ立っていた。
 せっかくの整った鼻梁なのに、眉間にくっきり縦皺を刻み、魅惑的な薄い唇をへの字に曲げている。
 セフィロスは言葉より気配や目で物事を訴えてくる。今の表情は――嫉妬だ。
 長年の付き合いから、言葉少ななセフィロスの表情を読むスキルを身につけたが、一度理解すると、この人は結構分かりやすい。

 ――英雄といわれた神羅最強のソルジャーが、バイクに嫉妬って……子供かよ。

 怨念を眼に込めフェンリルをガン見し、喧嘩を売る素振りは、何か勘違いしているんじゃないかと思えてくる。
 セフィロスは俺の手からブラシやコンプレッサーを取り上げると、壁ぎわに俺を押しつけ無理矢理キスしてきた。

 ――口で言うより手が先に出るのも、相変わらずというか……。

 舌を絡め、とろけるように深まっていく口づけに応えながら、思えばこれは奇跡なんだよなぁ、としみじみ感じた。






 星痕症候群を巡る戦いの二年後、星の慈悲か気紛れか、セフィロスは狂う前の状態で俺の前に現われた。
 憎むべき星に仇なす者である前に、俺にとってセフィロスは誰よりも大事な恋人だった。
 狂っていたときならいざしらず、時の狭間から抜け出てきたように前後左右が分からない正気の彼を、俺は放っておくことができなかった。
 当時セブンス・ヘブンに住んでいた俺はティファに黙ってエッジを出、まだ顔を知っている者が多いセフィロスを隠すためカームに家を借りた。
 それから俺はデリバリーの仕事をしながらセフィロスと同棲している。



「んっ……セフィ、やめ……」

 口内の粘膜を舌でまさぐられた上に、少し下ろしたセーターのジッパーから手を差し入れられ、俺は甘い吐息を漏らしてしまう。



 俺とセフィロスがよりを戻すは、ある意味自然な成り行きだった。
 同居してから、セフィロスはいつも情欲を湛えた熱い眼で俺を見つめていた。盗み見るように、あるいは視姦するように、ぞくぞくする瞳で俺を煽っていた。

 ――過去にセフィロスと愛し合っていた俺が、彼の誘惑の眼差しに勝てるわけがなかった。
 一緒に住むようになってから約三ヶ月後、俺はセフィロスのベッドに引きずり込まれ、昔のようにしっぽりと愛された。
 よく考えれば、ジェノバ戦役のとき、狂気のセフィロスに何度も夜這いされていたが、あの時から彼は俺に昔と変わらない愛をほのめかしていたんだと思う。
 そして俺も何だかんだいって彼が好きだったから、強く拒めず抱かれていたんだろう。
 狂気の英雄は冗舌で、俺を愛するときサディスティックに振る舞っていた。
 正気のセフィロスもそのことを憶えているらしく、意地悪して聞いてみたら、必要なこと以外滅多に話さないセフィロスが、

「あれは魔が挿したんだ……オレの恥だから忘れてくれ……」

 と不味そうに呟いた。
 奇跡の再会からン十年、そんなこんなで色々あったけど、今の俺たちはうまくやっている。……セフィロスのずれた部分を除けば。






「……セ、フィ、……ここ、路地、だからっ……!」

 家と家の間にある路地に停められた巨体のバイクを衝立てがわりにし、セフィロスは俺を半裸にしてのしかかっている。
 胸の突起をくにくにと緩急つけて摘み、脇腹をゆるりと愛撫するセフィロスの指が、否応なく喘ぎを誘う。
 人目を気にする俺には、悪戯な手が憎くて仕方がない。
 ジェノバ細胞の影響か、俺たちは緩やかにしか年をとらなかった。
 なので各地を点々とし、今は昔買ったコスタ・デル・ソルの別荘を住みかとしている。
 夏のバカンスの時期なので、マリンスポーツを楽しみに来た者たちが、水着姿で別荘の前を通りかかる。
 いくらフェンリルの車体がでかくても、本格的に盛りはじめたらバレバレだろう。

 ――ったく、もうちょっと恥を知れよ!

 困ったことに、気に入らないことがあったり、ぎりぎりまでお預けを食らうと、セフィロスは所構わずヤリたがる。
 もう少しこっちの都合も考えてほしい。今日俺は大事なフェンリルをピカピカに綺麗にするつもりだったんだ。
 ――なのに、なんでそのフェンリルの陰でセフィロスとおっぱじめてるんだよ。
 そうこう思っているうちに、セフィロスはズボンのファスナーを下ろし、ブリーフのなかに手を入れてきた。

「ばっ、バカっ……! こ、んな…ところ…で……!」

 喘ぎが喉に絡み付いて、うまく出てこない。
 まずい、非常に不味い。
 このままアオカンにもつれこむのか? それも、バカンス客がいつ入ってくるか分からない路地で?

 ――じ、冗談じゃないっっ!!

 俺は自分の沽券と外聞を死守するため、俺自身に夢中になり気配に疎かになっているセフィロスの腹を思い切り蹴り上げた。

「くっ……!」

 さすが、元最強のソルジャーだけあって、セフィロスは呻きはしたものの、俺の蹴りを受けてもノーダメージで、腹を押さえただけだ。
 でも、隙は出来た。俺はセフィロスの腕のなかから抜け出ると、乱れた衣服を直しつつ、セフィロスの腕を引っ張った。

「つ、続きは、……家のベッドで飽きるまでしよう」






 薄く明かりを落とした寝室のベッドの上で、全裸になったセフィロスと俺は繋がり、蠢きあっていた。
 大きく逞しい身体に包み込まれると安心する。
 何も纏っていない素肌や媚態を晒すのは、何度寝ても恥ずかしい。
 でも、そんな俺の姿に微笑むセフィロスを見るのは、たまらなく嬉しいし、どきどきする。
 ひとつの隙間もなく密着している肉体の感触も、様々に刻まれる律動も、身体とこころを熱くする。
 何より、

「クラウド……」

 と感極まって漏らされるセフィロスの痺れるような低音は、背筋をぞくぞくさせ、無性に切なくさせる。

 ――もっと話してよ。声、聞かせてよ。

 あんた、普段あまり話してくれないけど、俺、あんたの声を聞くと腰が砕けるんだ。あんたのその声で耳元に囁かれると、一発で墜ちるんだぞ?
 なのに、あんた言葉によるコミュニケーションが苦手だから、必要最低限しか話さないんだよな。俺、もっと声を聞きたいのに。

 ――ううん、声だけじゃない。物言いたげな眼も、隠しきれない嬉しそうな顔も、嫉妬したり少し切羽詰まった表情も、やっぱり好きなんだ。

 神羅に居た頃、能面みたいで何考えてるか分からないといわれたあんたの顔に現われる感情を読み取れるのは、長年付き合ってきた俺の特権かもしれない。
 それって、すごい優越感を感じる。いいよな、これって。

 ――あぁ、今、すごく幸せだ……。

 第三ラウンドに入りそうなセフィロスの仕草に、当分ベッドの上だな、と思いつつも、俺は愛するひとから与えられる官能に酔い続けていた。






「こ、腰が痛い……フェンリルばらけたままなのに……」

 昼間から始まった情事は、日付を跨いだ夜中までぶっ続けでされていた。
 結局、パーツを解体したままフェンリルは放置され、手入れできていない。――予定が丸潰れだ。
 すねて背中を向けて寝ている俺に寄り添い、セフィロスが声を掛けてきた。

「すまなかったな。おまえがあのバイクを愛しむように撫でているのを見ると、無性に腹が立ってきた」

 耳元に囁かれる、甘い声。

 ――ッ、反則じゃないか、このタイミングに、その言葉と声。

 身体に染み込むような艶のある声に、ぶるりと震えそうになるのを辛うじて堪える。
 二の腕を優しく撫でる大きな手に、尖った機嫌が慰撫されてゆく。
 まったく、かなわない――そう思い、俺はセフィロスに向き直った。

「あんた、フェンリルに嫉妬してたのかよ。
 バイクかあんたかどっちが大事かなんて、考えなくても分かるだろう?」

 呆れる俺の額や瞼に、セフィロスは接吻してゆく。甘い空気に流されそうになるが、誤魔化されてたまるか。
 厳しい俺の眼に、セフィロスは苦笑いした。

「――おまえがフェンリルを何よりも大事にしていることは、分かっていた。
 まるで相棒であるかのように見ているのだろう?」

 ずっとともに生きるのは、オレだと思っていたのにな――最後にセフィロスはそう呟く。
 俺は少し目を瞠った。

 ――俺が思っていたこと、見抜かれていたのか……。

 よく考えたら、俺だってセフィロスが何を考えているのか読み取ることが出来る。
 ――長い年月一緒に生きてきて、相手のことが手に取るように分かるようになったのは、自分だけではないのだ。
 それに、口で物事を伝えるのを苦手とするセフィロスが、ちゃんと想いを言葉にしてくれている。

 ――俺って、ちゃんと愛されてるんだな。

 そんなこと今更で、 とっくに分かっていたことだけど、やはり嬉しい。思わず頬が弛んでくる。

「……あんた、何で俺があんなにフェンリルを気に入ってるか、知らないだろ?」

 俺の言葉に、セフィロスは怪訝そうな顔をする。

「黒い衣服を通して見える整ったボディラインや、鋭敏な身体能力、ちょっとのことじゃ言うことを聞かない気難しさって、誰の特徴だよ」

 俺が並べ立てた条件に、セフィロスははっと目を見開く。

「俺がフェンリルを手に入れたとき、あんたはライフストリームにいただろう。
 ……俺にとって、フェンリルはあんたの代わりだったんだ。
 今だって、メテオのことがあって、あんた滅多に外に出られない。
 だから、フェンリルをあんただと思って連れ回してるんだ」

 はじめ驚きだったセフィロスの表情が、徐々に喜びに満ち溢れてゆく。
 ――セフィロスのまばゆい笑顔は、なかなか見られない。
 内心恥ずかしかったけれど、想いを打ち明けて得したような気がする。

「そうか……面映ゆいな」
「ま、お互い様だな。俺はこのこと、黙っておくつもりだったんだから」

 照れる俺を抱き締め、セフィロスは軽く口づけてくる。
 あぁ、やっぱり幸せだな――…。
 そう思っていると、ふっと笑い、セフィロスが意地の悪い顔をした。

「だが、オレとしては、オレの身代わりに跨るより、オレ自身に跨り操縦してくれたほうが嬉しいが」
「バ、バカッ!!」

 ――い、いい雰囲気なのに、下ネタかよッ!!



 俺はセフィロスの腹に拳を一突き入れ、ばらばらになっているフェンリルを組み立ててこいと、ベッドから突き落とした。






end







*あとがき*


 この小説は、携帯サイト5000HIT記念作品です。
 記念アンケートでセフィクラに投票してくださった方、ありがとうございましたvv。



 にしても……甘ったるッ!!(汗)


 記念作品でセフィクラだから、甘々ハッピーな話にしましたが、これはベタ甘だろう(汗)。
 砂を吐きそうなお話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。



 ちなみに、バイクのフェンリルですが、ACクラウドコスチュームの肩当てについている銀狼――北欧神話に登場する巨大な狼型の神・フェンリル――と同じ由来だと思います。
 で、肩当ての銀狼は公式さんで「クラウディ・ウルフ」といわれてるので、バイク・フェンリルもクラウドのイメージなんだと思います(セフィロス云々はわたしの捏造。笑)。
 

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