a short story

gravity




 北の大空洞の奥底・星の体内――。


 禍々しく神々しい異形のあんたを見たとき、もう完全にあんたは俺の手を離れてしまったんだと思った。
 確かに、誰の目から見ても非情な運命だ。あんたがすべてを呪いたくなるのもわかる。

 ――でも、亡くしたひとから星を託されたんだ。俺はあんたを倒す。

 たとえそれが、俺の恋を殺すことになるんだとしても、迷うことなんて許されなかった。

 俺は仲間たちとともに、あんたの肉を斬った。
 そして、それですべて終わるんだと思った――。






「……感じる……」

 身体をなかから揺るがすざわめき。頭がぐわんぐわんと痛む。――細胞が、俺に何かを訴えている。
 俺の異変に、ティファが叫ぶ。

 ――あんた、まだ居るのか?

 そう思ったと同時に、俺の思念は俺の身体から離れ、星のより奥底へと吸引された。





 ニブルへイムのあの夜。
 危うさを秘めたあんたを、俺は正気に繋ぎ止めたかった。
 あんたは俺を愛してくれていた。共に時を過ごした年月や、重ね合った互いの愛情に嘘偽りはなかった。
 が、あんたは夜中に何かにうなされ挙動不審になり、日中の記憶が抜け落ちることもあった。思えば、その頃からあんたはジェノバに捕われ初めていたんだよな。もう手遅れだったんだよな。
 村に火を放って俺の母を殺し、母を助けようとした俺を、あんたは正宗の柄で殴って気絶させた。

 ――なぁ、なんであの時、殺してくれなかったんだよ。
 あんたに裏切られたまま生き残るなら、いっそ一思いに殺してくれればよかったのに。

 朦朧としながらも、俺は見ていたんだ。酷薄に、凄艶に笑い炎の海に消えてゆくあんたを。
 あんたはザックスとともに、俺をも見ていた。

 ――そんな、虫けらを見るような冷たい目で俺を見ないでくれよ。今までみたいに、優しい眼差しが欲しいよ。

 俺はあんたのしたことが許せなかった。故郷を、母さんを滅ぼし、あんたと俺との愛の絆もぼろぼろにした。
 だから、俺は死ぬ気であんたを攻撃したんだ。あんたの正宗で刺されて死ぬかもしれないけど、俺はそれでよかったんだ。
 が、あんたの一挙一動が、俺にはよく分からない。
 母を発見したあの瞬間にも、あんたは俺を殺せたはずだ。
 魔晄炉で俺の胸を正宗で貫いたときも、心臓を狙えたはずだ。
 ――なのに、あんたは俺を殺さなかった。
 それだけじゃない、油断したとはいえ、俺ごときに刺されるなんて失態まで犯して。
 少なくとも、俺の力などで退けられるあんたじゃないだろう。

 ――あんた……本当は絶望して死にたかったのか?

 俺の思いをよそに、あんたはどこか救いを求めているようにも見えた。
 ライフストリームに落ちていくあんたを見ながら、俺は形容のしようのない、痛みだか苦しみだか悲しみだか何だか分からないものに襲われていた。

 ――あんた、楽になりたかったのか?
 何物にも捕われない、怒りや悲しみのないところに行きたかったのか?

 そうだとしたら、あんたって本当に哀れだよな。
 死ぬことも出来ず、古代種だという思い込みさえ砕かれて。誇大な存在になるしか進む道がなかったのか?
 そして俺も死ねず、生き延びてしまった。
 あんたの細胞を埋め込まれて、許容量以上の魔晄に漬けられ、俺は壊れた。
 ザックスによって命を助けられたけど、俺は俺じゃないものになってしまった。

 ――あんたには、都合が良かったんだろうな。
 俺を自由自在に操れたんだから。

 あんたは俺を自分のもとに導き、あんたの望むことに俺を巻き込んだ。
 ――そして、俺の中途半端な自我を、あんたは完全に崩壊させた。
 あんた、俺を手元に置くことを望んだのか? 手元に置いて、愛でようと思ったのか?
 だとしたら、本当に残念だったよな。俺はライフストリームの奔流に飲まれ、あんたの手からもがれてしまったんだから。

 ――結局、俺は本当の自我を取り戻し、今度こそあんたの敵になった。

 あんたは俺が自我を取り戻してから、何度か秘かに接触してきた。――俺に、夜這いを仕掛けてきた。
 けれど、今のあんたは、俺の愛したあんたじゃない。あんたとの愛は、ニブルヘイムの夜に壊れてしまったんだ。どんなに抱かれても、前のように純粋にあんたを想うことはできなかった。
 深い愛憎のなか、俺はあんたに殺してやる、と言った。
 そんな俺に、あんたは無表情でそれを受け止めた。





 今から考えると、あんたは完全に昔のあんたをなくしていたわけじゃなかったのかもしれない。
 俺はこころを閉ざしていたから分からなかったが、俺を抱くあんたから、僅かに情のようなものを感じた。

 ――そして今、あんたは自分の意志で俺を呼び寄せている。あんたを殺す、と言った俺の決意を果たさせるために。

 俺も、相当な馬鹿なんだろうな。あんたの気持ちに気付けなかったんだから。あんたに裏切られたと思い込み、頑なになっていたんだから。






 潜り込んだ最底部に、あんたは狂気に彩られていないまともな顔して、俺を待ち構えていた。
 俺を見た瞬間、あんたは目付きを鋭くした。――オレは敵だ、とでも言いたげに。

 ――それが、あんたの優しさなのか。狂ったふりをして俺に殺されることが。
 あんたって……残酷だよな。あんたの真意に気付いたのに、俺に逃げ場を与えず、滅びの道を選ぶんだから。

 それとも、やっぱりあんた死にたかったのか? 死ぬことが望みだったのか。
 それがあんたの望みなら……俺は叶えるしかない。

 ――あんたに、安らかなる死を。





 空からやってきた巨大な隕石を、究極の白魔法とともにライフストリームが受けとめる。
 あんたの野望は、すべて阻止された。
 光とともに拡散されていく諸々を、俺は飛空挺から眺めていた。

 ――何もかも、終わったんだな……。




 誰にも見られないように、俺は涙を流した。







end







*あとがき*


 暗ぁい、暗すぎる〜〜!


 一応、「prayer」から続くセフィクラの、クラウド目線な独白です。

 クラウドの目線なわけだから、セフィロスの本音とは違う部分があるだろうし、ACにも続いていくんで、なんともいえませんが……。

 ついでに、この話は昨日まで書いていた異説セフィクラにも関係あるんだろうな、と思います。


 ……「prayer」を書き上げたら、設定とか変わるかもしれません(暫定、ということで。汗)。



 紫 蘭


 

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