a short story

remember the brightness




 「星痕症候群」が奇跡の水に癒されたあの日。
 クラウドのこころのなかに残された、拭い去れぬ痕跡。
 刄を交えた少年は、クラウドに懐かしい痛みと、遠くに紛れてしまった記憶の欠けらを呼び起こした。





 ある日の夕刻、黒いスーツを着た赤髪の男が、セブンス・ヘヴンに大きな段ボールの荷物を持ち込んできた。
 男はセブンス・ヘヴンの常連だったので、ティファは笑顔をみせる。

「レノ、開店するには早い時間よ、まだ出す料理つくれてないから。
 もうちょっとあとに来てくれないかな」

 赤髪の男――レノはシニカルに笑う。

「うんにゃ、今日は別用だぞ、と」

 そういって、片手に抱えていた段ボール箱を、ティファの前に突き出す。

「ストライフ・デリバリーサービスの社長さんに、神羅カンパニーから荷物のお届けものですよ、と」

 ティファは怪訝な顔をする。
 神羅カンパニー……クラウドはニブルへイムの忌まわしい日を迎える前まで、神羅カンパニーで一般兵として働いていた。
 それはすでに過去になっていたと思っていたのに、ひょんなところから突然あらわれる。
 少しためらいがあるが、ティファは荷物を受け取る。

「何? これ」

 ティファの問い掛けに、レノは首をこきこきまわす。

「ん、ジュノンの一般兵寮から出てきた、神羅兵クラウドの遺物。
 このまえジュノン支社の倉庫にある廃品を整理してたらさ、ひょっこり出てきてな。
 捨てるか捨てないかは、クラウドが決めるんだぞ、と」

 そういってひらひら手を振り帰っていったレノを、ティファは未だ不審な目で見ていた。





「クラウド! レノから荷物が届いたよ!」

 夜、配達の仕事から帰宅したクラウドは、デンゼルから段ボール箱を手渡される。
 デンゼルも店の手伝いをしているので、レノとは顔見知りである。
 デンゼルはしょっちゅうクラウドに気付かれないように、神羅と星を巡る戦いをしていたクラウドの話をレノから聞き出していた。
 独特なレノの語り口でクラウドの雄姿を聞く度、デンゼルはクラウドへの憧れを増していた。

「クラウドが神羅に居てたときのものらしいけど、何が入っているのかな。……クラウド?」

 段ボール箱を手にしたクラウドは、暫時硬直していた。不安そうにクラウドを覗き込むデンゼル。
 我に返り、クラウドは微笑む。

「あ、あぁ。中身を確かめなきゃな」
「ね、俺も見ていい?」

 逸る顔でせっつくデンゼルに、クラウドは苦笑しつつ段ボール箱を床に置き、開封した。
 中には一般兵の制服と、いくつかの大きな封筒が入っていた。

「うわぁ、これが神羅の制服?」
「一般兵のな。これを着てたのは、十代半ばの頃だったよ」

 制服を手に取るデンゼルに、クラウドは一抹の苦さを噛み締めつつ語る。
 この制服を着ていた頃、自分はこの制服を脱ぎたいと歯噛みしていた。この制服を脱いで、ソルジャーの制服を着たいと真剣に思っていた。

 ――ソルジャーの制服を着て、あのひとみたいに――…。

 制服を見ることにより、当時の記憶がリアルに甦ってくる。
 クラウドが懐古している間に、デンゼルは古い封筒に手を付け、中身を引き出す。
 出てきたのは、何かの会報記事とブロマイド写真だった。

「えっ、あの、クラウド、これって――…」

 内容を見たデンゼルは当惑する。
 クラウドもそれを手にすると、秘かに眉を潜めた。

「これは、神羅の英雄のファンクラブの会報と頒布物だ」
「英雄って……これ、クラウドがミッドガルが見える丘で話してくれた人のことじゃないよね。
 だって、この人、あの『セフィロス』と同じ特徴を持ってるじゃない」

 会報記事に掲載されてある写真やブロマイドの男は、美しい銀の髪と整いすぎた容貌、黒皮のロングコートを身につけている。
 その特徴は、今でも生々しく皆に語られる『メテオ災害を引き起こした男』の姿そのものだった。

「……それは、紛れもなくセフィロスだ。
 セフィロスプレミアムファンクラブの会報と、会員用のレアグッズ。
 あの丘で話した『英雄』はおれの親友で、実質的に英雄たるべき特徴と資格を持つ男。
 『神羅の英雄』は神羅によって英雄として作り出され、そう仕立てあげられた男」
「ふぅん……」

 クラウドの話している内容に付いていけてないのか、デンゼルは口をつぐんでいる。
 デンゼルの戸惑いを察し、クラウドはデンゼルの頭を撫でる。

「『英雄』って一言でいうけど、実は曖昧なんだ。
 戦いに強く負けないから『英雄』といわれる場合もあるし、戦いの強さとともに、それに足るべき利他の気持ちをもっているから『英雄』だという場合もある。
 セフィロスは前者にあたり、端から戦いの実力はあったけど、『英雄』としての位置や存在そのものが虚構だったんだ。
 親友・ザックスはそれに見合う努力をして『英雄』としての姿を手に入れ、こころの軸やあるべき立場もそれに添うことができたんだ」

 クラウドの話を聞いていたデンゼルは首を傾げ唸っていたが、ややあって口を開いた。

「う〜〜ん、難しいね。
 要は、本物と嘘物の違いってこと?」
「……そんなとこかな。
 セフィロスはその個体や強さ自体神羅によって創られたもので、英雄としての評判も神羅が意図的に作って流した部分もあった。
 そういう意味では、セフィロスも不幸な人間なんだろうな。
 あの人は英雄としての個体や姿が初めから虚構だったとニブルへイムで知り……、……狂ってしまったんだ」

 クラウドの最後の語りは、鈍く苦悶を伴っていた。

「それに引き替えザックスは神羅に酷い目に遭わされ、苦しみながらも俺を最期まで護り庇った。
 どこまでも諦めず希望をもち、誇りを手放さなかった」

 クラウドの独白を聞きながら、デンゼルはクラウドにとってどちらも思い出すのに苦痛を伴う内容なのだと悟った。
 それを敢えて話すのは、デンゼルの秘めた思いをクラウドなりに汲み取ってのものだと思うと、クラウドに対し有り難い思いと、詫びたい気持ちになった。

「クラウドは、いろんなもの一杯抱えてるんだね。
 でも、どうしてクラウドはセフィロスのファンクラブに入っていたの?」

 デンゼルの言葉に、クラウドは気恥ずかしそうな面持ちをする。
 あ、とデンゼルは気付いた。クラウドもいまの俺と同じだったんだ。

「俺の幼い頃は、俺の年ごろの男は皆セフィロスに憧れてたのさ。
 俺はセフィロスみたいになりたくて神羅に入った。ザックスの動機も、同じみたいだな。
 俺はセフィロスに夢中でファンクラブに入り、会報やブロマイドを宝物にしていたんだ」

 何も知らずにセフィロスに憧れていた日々。
 セフィロスの姿形や戦う仕草、そのどれもが美しくかっこよかった。

 ――セフィロス自身が抱えている闇など露知らず、無心に憧れていたあの頃。
 それはなりたい自分になれない自分に歯痒さを抱いていた苦しみの時期でもあったけれど、ある意味輝きに満ちていた時代だった。

 今は余裕をもって思い出すことはできない。
 が、これこそ、自分の青春の一ページなのだとクラウドは悟る。
 クラウドは細く息を吐き、デンゼルに向き直った。

「……リーブからWROに入りたいって言われたと聞いた。
 そしてその理由が、俺が軍隊にいたから強かった。自分も強くなりたいから入りたかったって」

 自分を真っすぐ見据えて語るクラウドに、デンゼルは身を縮ませる。
 その様子に、クラウドは優しく笑う。

「何も責めていないよ。
 大人になってWROに入ることに、俺は反対しない。決めるのはデンゼルだ。
 ただ、俺が強くなったのは、軍隊に入っていたからじゃないんだ。
 色々あって……それは俺にとってまったく歓迎できることじゃなく、その結果として強くなれる要因を手に入れた。
 でも、それは他人に味わってほしいことではないし、勿論デンゼルには絶対そんな目にあわせたくない」

 クラウドの眼に過る複雑な感情に、デンゼルは自分の起こした行動が安直だったと恥じた。
 そんなデンゼルの頭に、クラウドは軽く手を乗せる。

「デンゼル、軍隊に入らなくても強くなれるし、その気になれば英雄にだってなれるんだ。
 俺でよければ、いくらでも剣や体術の稽古つけてやるよ。
 そして、英雄になるための大事なことも、俺が伝える」

 クラウドの確固とした言葉に、デンゼルは顔を上げる。
 クラウドは黙って頷く。

 ――俺はもう迷ってなんていられない。
 ザックスみたいにはなれないけど、デンゼルのために自分をしっかり持たなければ。
 デンゼルには、俺が抱いた哀しみを味わってほしくない。――俺は、セフィロスみたいにはならない。

 こころの決意を胸に秘め、クラウドは過去の遺物の整理をする。
 と、突然デンゼルがファンクラブの袋から一枚のブロマイドを持ち出してきた。

「ね、クラウド。これってあの人と似てない?」

 デンゼルの手にある写真を覗き込み、クラウドは僅かに目を見開く。
 それは、おそらく十代半ばのセフィロスの写真。髪の長さや服装は違うが、あの日戦った少年・カダージュと瓜二つだった。

 ――あぁ、そうか。カダージュはセフィロスの思念体。セフィロスの少年時代の姿をしていてもおかしくないんだな。

 確かによく見ると、少年セフィロス――カダージュの目鼻立ちの造りは、大人のセフィロスを彷彿させる。
 セフィロスに憧れていた頃の自分と同年代のカダージュ、そして昔の自分と同じ思いを抱くデンゼル――。
 クラウドは妙なこそばゆさを感じ微笑んだ。

 ――でも、過去の遺物はもういらない。
 俺は未来を見つめていくのだから。

 クラウドは過去の遺物を再び段ボール箱に詰め、部屋をあとにする。
 デンゼルはクラウドのあとを追った。





 セブンス・ヘヴンから出ると、クラウドは黙々と過去の遺物に火を点けはじめる。
 神羅兵の制服、セフィロスファンクラブの会報、ファンクラブの特典――それらが火にくべられてゆく。
 デンゼルは静かな面持ちで過去を燃やしていくクラウドをはらはらと見ていた。
 制服はともかく、セフィロスに関するものは、クラウドにとって、かつて何よりも大切なものだったはずだ。
 クラウドが残り二枚の写真を火に入れようとしたとき、咄嗟にデンゼルは止めた。

「だめだよ、クラウド!」
「デンゼル?」

 クラウドは手を止め、写真を持ち続けている。

「だって、クラウドが憧れた人だったんだろ?!」
「でも、いい思い出じゃないんだ。
 この人は過去のすべてを捨て、狂ってしまったんだから」

 デンゼルは必死で首を振り、強い力で引き止める。

「クラウド、クラウドだけでも、この人の捨ててしまったものを憶えてなきゃだめだよ!
 クラウドはそれを宝物にするほど、その人が大切だったんだろ!?」
「デンゼル……」

 デンゼルの説得に、クラウドはブロマイドを見る。
 端正でどこか寂しげな英雄・セフィロスの写真と、カダージュを思わせる少年時代のセフィロスの写真。
 憧れ、故郷を燃やされ、傷つけられ、三度手に掛けた相手。
 今の気持ちは、憧れという生易しい思いではない。
 が、完全に憎み切れるほど、青春の日々の憧れは褪せない。
 むしろ、発狂後の姿を思い出せば出すほど、正気だった頃の勇姿が、懐かしく脳裏に浮き立ってくる。

 ――燃やしたところで、記憶からは消えないんだ。

 クラウドはふっと笑うと、二枚の写真をエプロンのなかに入れた。
 喜びに顔を輝かせるデンゼルの頭をぽん、と叩くと、クラウドは燃えゆく思い出を見届けるため、ゆらめく火を見据えた。





 クラウドはかつての名残を自身の手元に留め置いた。
 それを、曖昧に融けゆく男は遠くから感じ取り、秘かに笑った。





end







*あとがき*


 ACC発売当日に書いた小説が、記念物としてはあまりにアレだったので(微裏はアカンやろ、と。汗)、それっぽいものを書いてみました。


 というわけで、ACC発売+FF7公式小説発売記念小説です。


 この小説は、ACの内容と公式小説のデンゼル編・ライフストリーム編をもとに書いています。
 ネタばれをやらかしてるかもしれません(汗)。


 ACCは公式小説と一緒に見るほうが分かりやすいかもしれません。
 一緒に見ると、ちょっと違う感慨が出てきます。
(ある意味、英雄が切ないかも)



 公式さん、ほんとに萌えをありがとうございました!


 紫 蘭
 

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