prayer
第4章 英雄とバカリンゴ by.Angeal
俺の住むバノーラ村には、珍妙ともいえる特産品がある。
学名・バノーラ・ホワイト。青紫色の林檎だ。
一般種の赤い林檎は冬に実を付けるものだが、バノーラ・ホワイトは通年収穫できる。
だから、バノーラ村の人間は、青紫の奇妙な林檎に親しみを込め、「バカリンゴ」と愛称していた。
「センスのない名付け様だと思わないか、アンジール」
声を掛けられ、バノーラ・ホワイトの木の根元に座っていた俺は顔をあげる。
向かいの木にもたれた親友・ジェネシスが、バノーラ・ホワイトを手に不満げに言い放つ。
その言葉回しは独特で、妙に芝居がかっている。
俺は慣れているから平気だが、初めて聞いた人間ならイライラするだろう。
「神秘的な色合い、口に広がるまろやかな甘味、そのどれもが芸術だというのに、この村の人間は分かっていない」
嘆かわしい、と呟いた親友に、俺は曖昧に頷く。
――俺としては、おまえの美的センスが分かりにくいんだが。
一応、幼なじみだが、おまえは突拍子のないところがあるしな。
誰も着ないようなワインレッドのジャケットを好んで着用し、難解な叙事詩「LOVELESS」を愛読する。バノーラ・ホワイトへの思い入れも並大抵のものじゃない。
――悪い奴じゃないんだがなぁ。深く付き合うとじわじわと良さが分かってくるというか。
こいつの人間性に慣れるまでが、問題なんだ……。
青紫色の林檎。食べるまでは見た目から酸っぱい味を思わせ、手を出せる代物ではない。が、口にすると芳醇な甘味が癖になる。
俺が思うに、ジェネシスは青紫の林檎とよく似ている。
気位の高そうな美貌は人を怖気付かせるが、付き合ってみると独特の深みがある。
ジェネシスがバノーラ・ホワイトを愛するのは、自分との共通するなにかを察しているからかもしれない。
「そういえば、バカリンゴジュースの売れ行きはどうなんだ?」
俺は立ち上がり、木に茂る青々とした葉を弄りつつ親友に聞く。
おまえまで下賤なことを言うのか、と見下すジェネシスの言葉を、俺は聞き流した。
バノーラ・ホワイトジュースは、バノーラ村の大地主・ラプソードス家が製造・販売している。が、発案したのはラプソードス家の息子であるジェネシスだ。
十一歳でバノーラ・ホワイトジュースを仕上げたジェネシスは、全国農産物コンテストの最優秀賞を受け、マスコミのインタビューも受けた。
そのときジェネシスが語った夢は、いまも生きている。
「製造・売れ行きともに上々だ。
ただ、未だあのときの抱負を果たせていないのが残念だが……」
そういって、ジェネシスは赤紫の上着から一枚の写真を取り出す。
それはジェネシスが何よりも大切にしている、英雄・セフィロスのブロマイドだ。
ジェネシスはセフィロスのファンクラブにも入っていて、一ファンにしては常軌を逸したのめり込み方をしていた。
「オレはまだ、英雄にバノーラ・ホワイトを食べてもらっていない……」
話す親友の瞳は、上気して潤んでいる。頬も少し赤い。英雄を語るときのジェネシスは、軽く夢見がちになっている。
俺はジェネシスほど英雄の良さが分からないので、適当に相槌を打つしかない。
――何というか……俺は英雄にそれ程魅力を感じないんだが。
どちらかというと、不気味だな、と思うくらいで。
ジェネシスの家で視たテレビの報道番組に映る英雄・セフィロスは、機械人形のように俺には見えた。
ウータイの伝統芸能で使う「小面」という仮面のごとき無表情を顔に張りつかせ、英雄はウータイ軍を撃破する。
戦うときの動きは目に見えないくらい速く、しなやかな身のこなしは流麗な舞のようで、まさに神だとジェネシスは言う。
だが、怒りもなく、憎しみもなく、何の感情も見えない顔で人を大量に斬る英雄は、ある意味怖い。
――英雄の中身は空っぽなんじゃないか?
テレビで英雄を見るたび、俺はそう思ってしまう。
何をどうやったらあんなに空っぽになるのか、単純な俺には分からない。とにかく、英雄からは生きている空気を感じられない。
――だから、俺はジェネシスの熱狂に共感できないんだ。
好き嫌いの問題ではなく、生理的な疑問からだった。
俺が物思いに耽っていると、ずい、とジェネシスが俺に迫ってきた。
「アンジール、おまえもソルジャーになるため、一緒にミッドガルに行ってくれるか?」
「…………は?」
唐突に言われ、俺の目が点になる。
まて、話がよく飲み込めない。……ソルジャーになるため、ミッドガルに行く?
「本当はタークスがスカウトに来るのを待っているつもりだったんだが、奴らは見る目がないのか、いつまで経っても来ない。
だから、自ら行くことにした」
タークス――神羅カンパニー総務部調査課。主にスパイ活動や陰の仕事を受け持つ集団らしい。
ソルジャーになるには、自ら志願して神羅兵になるか、タークスの引き抜きによってソルジャー候補兵として入るか、どちらかの方法をとるらしい。
ジェネシスの性格からすれば、自分はタークスにスカウトされて当然、と思っていたんだろう。
だが、タークスはいくら待てども来なかった――つまり、そういうことだろう。
――って、ちょっと待て。
「ジェネシス、俺もか?」
自分を指差す俺に、親友は何でもないことのように首肯する。
「そうだ、既に神羅に二人分の申請書を送ってある」
もう、既に? 俺に相談もなしにこいつは――!
「おまえっ、俺に断りもなく勝手なことをするなっ!」
そんなこと、聞いてない。
俺はソルジャーになりたいなんて、言ってない。
俺は神羅に入りたいなんて、思ってない!
――が、この親友にそれを言っても、通用しないだろう。
至ってマイペースで、人の気持ちも考えず、ただ自分のやりたいことをやる。それが他者の迷惑だったとしても――。
「もう、取り消せないよな?」
それでも俺は、恐る恐る聞いてみる。
「当たり前だろう。既に半月経っているんだから」
……半月前には、行動に移していたのか。
もう書類は神羅カンパニーに届き、審査に入っているだろう。半月経過して落選通知がないのだから、順調に話が進んでいるのかもしれない。
俺は嘆息を吐き、大事なことをジェネシスに確認した。
「言っておくがジェネシス、タークスのスカウトじゃなかった場合、平神羅兵から始まるんだぞ。
おまえはそれに耐えられるのか?」
ジェネシスがぐっと詰まる。その表情は、相当悔しそうだ。
「……分かっている。英雄に近づくためなら、オレは何でもするさ」
癇癪持ちで我儘、他人に傳かないジェネシスが、英雄・セフィロスのためなら、何でもする、か……。
英雄に対するジェネシスの熱意が、まさかここまで強いものだとは思わなかった。
「……わかったよ、俺も神羅に行く」
「本当か!?」
俺が頷くと、ジェネシスの顔が輝いた。
――俺はジェネシスの親友だからな、出来るかぎり協力してやらないと。
それに、英雄セフィロスの中身が空っぽかどうか、行って確かめてみるのも、悪くない。
ジェネシスの情熱を傾ける相手が人形のようでは、俺は納得できない。
神羅に行って英雄の正体を確かめる。場合によっては、自分が親友としてジェネシスの目を覚まさせなければならない。
俺は固く決心し、神羅カンパニーに行くこころの準備を始めた。
ミッドガルに向かうと決めた俺がひとまずしなくてはならないことは、両親の説得だった。
うちの家族は複雑な構成だ。俺は母・ジリアンの連れ子で、赤ん坊の俺を連れてバノーラ村に来てから、母は父と出会い結婚した。
父は俺を本当の息子のように可愛がり、大切にしてくれている。
両親はジェネシスの家が経営するバノーラ・ホワイトの農園で働いており、俺はたまに農園に潜り込んでバカリンゴをくすねていた。
ジェネシスとうちの家は仲が良い。奴は母に懐いており、暇があれば家に遊びに来た。
思えば、ジェネシスの家も複雑な環境だ。
ジェネシスはラプソードス夫妻の実子ではなく、養子なのだ。実の子ではないが、両親は自分を愛してくれていると、ジェネシスは言っていた。
俺の両親は、大抵俺のしようとすることに反対しなかった。
が、今回は様子が違う。
特に母が激しく反対している。あの、いつも穏やかな母が。
「アンジール、あなたはミッドガルに行ってはいけない。
ミッドガルに行くと、あなたとジェネシスは不幸になるわ」
言い募る母の形相が、いつもに比して異様だった。
それは、不安を通り越して危機に遭遇した表情だ。
でも、なぜ俺はミッドガルに行くと不幸になるのだ? ――俺だけでなく、ジェネシスまで?
「母さん、どうして俺とジェネシスがミッドガルに行くと、不幸になるんだ?」
たまらず聞いた俺に、母は言い淀む。――やはり、尋常じゃない。
「――とにかく、わたしは許しません」
きっぱりと言い切った母に、俺は何も言えなかった。
――が、話は急速に動くことになる。
ある日、静かなバノーラ村に、黒の高級車とそれを取り囲む黒塗りの車が数台やってきた。
農作業する者が驚いているなか、高級車から降り立った大柄な白衣の男が、黒いスーツの人間に護衛され、俺の家に来たのだ。
男は母を見るなり、気安く呼び掛けた。
「久しぶりだな、ジリアン。元気にしていたか?」
俺は自分の家に見知らぬ男たちが入っていったのを村人から聞き、ジェネシスとともに急いで家に駆け付けた。
「ホランダー……」
明らかに狼狽した母に、俺は訝しむ。母がうろたえている原因は、おそらく白衣の男だ。
一瞬我を忘れていたようだが、気を取り戻し母は男を睨み付けた。
「何しに来たの。わたしたちは平和に暮らしているのよ、邪魔しないで」
鬼気迫る面持ちで言い放つ母に、俺と父は面食らっていた。
ホランダーと呼ばれた男が、肩を竦める。
「いや、俺はおまえたちの生活を邪魔するつもりはないんだがな。
むしろ、そっちから平穏を打ち壊すことを望んだ訳で」
そう言い、ホランダーは俺とジェネシスに目を向ける。
目を細め俺たちをじっと見たあと、ホランダーはニッと笑った。
「アンジールとジェネシスか。大きくなったな」
俺たちに近寄ってくると、ホランダーは俺の頭を乱暴に撫でた。
「アンジールに触らないでッ!」
悲鳴に近い母の叫び。
にやついた笑みを浮かべ、ホランダーは母に言う。
「そんなにけちけちすることはないだろう。
感動の再会なんだからな」
「ホランダー!!」
母の叫びを無視し、ホランダーは俺とジェネシスを見渡した。
「ソルジャーになりたいんだってな?
迎えに来るのが遅くなってすまんな」
ホランダーの言葉に、ジェネシスはあからさまに喜んだ。
「本当に!?
オレはソルジャーになれるのか!?」
ホランダーは首肯する。
「あぁ、もっと早く知っていたら、すぐにでもおまえたちをミッドガルに連れにきたんだが、宝条が申請書を匿していやがったんだ。
どちらにしろ、俺が見つけてやったから、責任もってソルジャーにしてやる」
俺たちの肩を掴むホランダーに、ジェネシスは目を輝かせる。
俺は母を振り返る。母は眼に涙を溜め、悲愴感を纏っている。
何で母がこんなに不安になるのか分からない。――だが、俺は決めたんだ。
「母さん、俺、ミッドガルに行ってくる。
神羅に入って、立派なソルジャーになる」
俺の決意に、母は涙を拭い、強い眼差しで応えた。
「……わかったわ。母さんも覚悟を決めるから、自分の思うとおりに進みなさい。
でも、約束して。たとえ何があっても、どんなに辛いことが起こっても、自分に負けては駄目よ。
――強いこころを、持ち続けなさい、アンジール」
母のはなむけに、俺は強く頷く。
俺たちの会話をホランダーは白けた顔で眺めていたが、気にしなかった。
あとから思えば、母は何か予感めいたものを抱いていたのかもしれない。
希望に満ちた夢が、悲劇と絶望に繋がるなど、このときの俺は予想もしなかった。
end
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