prayer

第5章 禍きラブドール by.Hojyo




 匂い高い花に群がる、醜い虫。
 花の蜜に集り、甘い液を啜る。

 ――美々しい花ほど毒があることを、この者らは知らぬのだろうなぁ?

 そう思うと、腹の奥底から嗤いが込み上げてくる。

 ――いま食らっているものが厄災だと知れば、おまえらはどうする?
 なぁ、セフィロスよ。





 薬液の匂い立ちこめるラボも、セフィロスを中心に置くと、さながら場末のモーテルのようになる。
 取り囲んだ男たちの間に揺れて見える美しい銀の髪が、刃物のように煌めいた。

「さぁ、ここはどう感じる? 気持ち良くないか?」

 ヘッドギアを付けたセフィロスを揺すりながら、研究員の男が聞く。
 セフィロスからの返答はなく、白くつややかな肌は汗ひとつ浮かべていない。
 わたしはヘッドギアから読み取ったデータを見、口元を歪ませた。

 ――脳波に異常無し。感情に動き無し、か。

 実際息を荒げているのは、セフィロスと交わっている男だけである。
 今まで、様々な淫らな行いをされても、不感症のごとくセフィロスは反応しなかった。
 現在も数人がかりで挑まれているが、セフィロス自身は一言も呻きもせず、顔色も変えない。無表情といえる。

「博士」

 熱線反射ガラスを通し、男たちとセフィロスの痴態を観察していたわたしのもとに、女の研究員がデータディスクを持ってきた。

「先月のデータですが、被験者EとLから、先々月より濃い濃度のS細胞が検出されています。
 セフィロスの細胞には何の変化もありませんでした」

 研究員が言い終わる前に、わたしはデータをコンピューターに読み取らせ、結果を眺めている。

「セフィロスの体液から検出された細胞濃度は?」

 わたしの質問に、研究員は整然と答える。

「先々月と変わりはありません」
「そうか……この実験を初めて数か月経ったが、S細胞は蓄積されるのか」

 この実験――セフィロスと一般人を掛け合わせた場合、細胞がどう変化するのかというのを始めたのは、セフィロスに精通が見られてからだ。
 被験者Eに経口でセフィロスの体液を注入し、セフィロスへは肛門性交で被験者Lの体液を注ぎ入れていた。
 その結果が、徐々に現われ始めている。

「なるほど……セフィロスと一般の女を交配させれば、新たなジェノバの子が生まれるかもしれんな。
 逆に、何度も無計画に一般人と掛け合わせると、廃人にさせてしまうかもしれん」

 興味深い結果だった。将来、何かに使えるかもしれない。
 わたしがいくつものデータを照らし合わせて見ていると、ラボのドアが開いた。
 顔をあげると、表情の無いセフィロスが白衣を纏い立っていた。

「実験は済んだかね? ちゃんと身を清めたのだろうな」

 わたしの問いにまともに返事もせず、セフィロスは割り当てられた房に戻っていった。

「……ふむ。あれは感情が欠落しているのかもしれん」

 顎に手を当て、わたしは笑った。





 セフィロスは古代種再生・ジェノバプロジェクトによって生まれた。
 完全体の子が生まれる前に先行して実験を行ったが、失敗作が二体誕生した。
 そこで、わたしは妻・ルクレツィアが身籠っていた胎児を実験に捧げ、直接ジェノバ細胞を植え付けたのだ。
 ルクレツィアに惚れていたタークス・ヴィンセントは実験を止めようとしたが、わたしは構わず実験を続けた。
 あばずれのルクレツィアは、わたしと結婚してからも、ヴィンセントと肉体関係を持っていた。
 ゆえに、胎児の父親は不明である。わたしは誰が父親か大して興味がなく、子のDNAを調べようとはしなかった。
 ――誰が父親か分からぬ子を実験に使っても、良心は痛まない。
 結果、超人的な身体能力を持つセフィロスが生まれたのである。
 セフィロスは非常に美しい赤子だった。まさに、奇跡の子といえた。





 が、程なくしてルクレツィアの身体に変調が起こり、それについて調べたプロジェクトの責任者・ガストは逃げ出した。
 わたしはタークスを使ってガストを監視させ、ガストが真性古代種・セトラの女と結婚したと知った。
 ここで、ジェノバが古代種ではないことが判明し、貴重な種であるセトラが実在していたことも発覚した。
 わたしは時を待ち、セトラがガストの子を生んだあと動いた。
 ガストを殺してジェノバに関する資料を入手し、セトラとその娘を実験材料としてラボに運び込んだ。
 そして、わたしはジェノバの正体が禍きものと知ったのである。

 ――そんなもの、関係ない。セフィロスは完全な存在なのだ。
 セトラなどに情けをかける必要はない、様々な実験に使うだけだ。

 わたしはセトラの女・イファルナと魔晄人間や人外のものを交配させた。が、イファルナは子を懐胎しても、産み落とすことが出来なかった。

 ――人であるガストとは子を作れても、他のものとは作れぬか。
 セトラとは使えぬものだな。

 イファルナは憔悴し、体を弱らせていった。
 それを見兼ねたバカな研究員が、娘・エアリスとともにイファルナをラボから逃亡させた。
 イファルナは伍番街スラム駅に着いたときに力尽き、息絶えた。
 エアリスは伍番街スラムの女に引き取られて養育されている。わたしはタークスに命じてエアリスを監視させていた。





 わたしはセフィロスが幼い頃から多彩な教育を施した。この星の歴史や社会の仕組み、語学や理数をたたき込ませた。
 勿論、兵法や武器・マテリアの使い方も教えてある。どれも優れた結果を出したが、特にセフィロスが伸びを見せたのは刀の扱いだった。

 ――将来セフィロスを戦場に出すのなら、相応の刀をあつらえなければな。

 セフィロスの能力を調査する際、ESPとサイコキネシスを有していることが判明した。戦いの途中で超能力を発揮した場合、武器が壊れる可能性がある。
 多少の衝撃ではびくともしない、頑丈で高性能な刀を――セフィロスの見目に相応しい美しい刀身の刀が必要だ。
 鋭い刄を手にし、返り血に塗れたセフィロスは、さぞかし妖美に違いない。
 思わず、笑みが込み上げてきた。





「宝条、セフィロスは近ごろ、とみに美しくなったな」

 科学部門のパトロンといえる、神羅カンパニー社長・プレジデント神羅が、上級マテリアの扱い方を受講しているセフィロスを好色な目で舐めまわすように見ている。
 プレジデントは女だけでなく、稚児まで愛する嗜好を持っていた。――今のセフィロスは、奴の目に絶好の獲物として映るのだろう。

「そういえば、ガストが辞職して以来、科学部門の統括の座は空いており、おまえとホランダーは統括の座を狙い争っているのだったな」

 ホランダー……ジェノバの失敗作を生み出した二流科学者。セフィロスを生み出したわたしと雲泥の差があるというのに、統括の座に拘りわたしと争う愚か者。
 あんな男と比べられること自体、反吐が出る。

「わたしなら、おまえを統括にしてやれるぞ?」

 セフィロスとわたしを交互に見ながら、プレジデントはわたしの肩を掴んだ。

 ――わたしは科学部門統括の座を得るため、プレジデントにセフィロスを賄賂として贈った。

 以来、プレジデントは自宅や別荘にセフィロスを招き、淫行を重ねている。
 美しいセフィロスにプレジデントは溺れた。が、やや不満が残っているようだ。

「セフィロスはつれないな。
 どんなに肌を愛でても、何も反応しない。
 わたし直々に手淫をしてやっても、びくともしないのだ」

 そして、プレジデントはわたしに囁く。――セフィロスに効く催淫剤はないのか? と。

 ――汚らわしい肉欲の塊が!

 わたしは内心罵りながらも、催淫剤を開発すると約束した。





 ラボの実験台に素裸のセフィロスを横たわらせ、わたしは愛撫を重ねていた。
 どの場所に触れられても、やはりセフィロスの表情や身体に変化はない。反応するべき性のしるしも、形を変えない。
 傍らのキャスターに手を伸ばすと、わたしは二つの注射器を手に取った。それぞれに、新たに開発した幻覚剤と催淫剤が注入してある。
 特異な細胞を持つセフィロスは、どんな薬も効きにくい。ゆえに、二つとも常人が使うと命に関わる、強烈な作用のある代物だ。
 セフィロスの頭部にヘッドギアを付け、わたしはまず催淫剤を腕に投与する。
 そのまま愛撫を再開すると、セフィロスの色白の肌が朱を刺しはじめ、身体が微弱に震え始めた。――催淫剤が効いてきたのだ。
 わたしはセフィロスの可愛い胸の飾りや、反応し始めた蘂を弄ぶ。

「や、やめろ……っ!」

 聞こえてきた声に、わたしは顔を上げる。

 ――おやおや、珍しいものだ……。

 滅多に見られないセフィロスの屈辱に震える顔と声が、そこにあった。

「我慢しろ、プレジデントは神羅カンパニーのトップだ。
 おまえもわたしも、プレジデントに従属しているのだから、逆らってはならないのだ」

 明らかに悶え始めたセフィロスは、ひどく淫らでなまめかしい。
 もっと乱れさせたくなり、わたしは愛撫を深めてゆく。

「いつもは、何も感じなかったのか?」

 わたしの問いに、セフィロスは唇を噛み締め首を振る。

「わざと感じないようにしていたのか……我慢強いことだ。
 だが、快楽に身を委ねるのも、悪くないものだぞ?」

 耳朶を舐めつつ囁くわたしに、セフィロスは首を振り、強い眼差しでわたしを睨んだ。

 ――今夜は、見られぬものばかり見る。実に面白い。

 が、セフィロスが怒気を孕ませているのは危険だった。この子にはサイコキネシスがある。何かの弾みで力が発動すれば、こちらが危ない。
 わたしはもう一つの注射器を取ると、セフィロスの腕に幻覚剤を投与した。
 薬が効いて虚ろになったセフィロスを、興奮のままわたしは犯した。





 薬によって望む反応を見せるようになったセフィロスに、プレジデントは満足し、益々耽溺した。
 これで科学部門統括の座はわたしのものになるかと思った。
 が、プレジデントは甘くない。もう一つ条件をつけてきた。

「セフィロスの検査・実験データを見させてもらったが、実に興味深いな。
 ――あれを、ウータイの戦場に投入し、殺傷能力を実地に見させてもらう。
 その結果次第で、おまえを統括にしよう」

 なかなか、強かな男だ。が、わたしもセフィロスの戦力を戦場で試してみたいと思っていたところだった。
 わたしは二つ返事で承諾した。







 ――あれからもう七年か。

 セフィロスを戦場に出してから、わたしの仕事は目まぐるしくなった。
 まず、セフィロスのずば抜けた戦闘力を神羅カンパニーに評価され、わたしは無事科学部門統括となった。
 次に、セフィロスの戦闘力に魅了されたプレジデントが、セフィロスと同等かそれ以下の戦力を持つ戦士を作れないか提案してきた。――ジェノバ細胞と魔晄エネルギーを使えば、造作もないことだ。
 わたしは新たな戦士の製造に着手し、失敗を重ねながらも完成させた。彼らはセフィロスとともに、ウータイ戦争で戦功をあげた。
 戦士たちは神羅カンパニーにより、ソルジャーと命名され、彼らをひと集めにした新たな部門が作られることになった。
 そして、セフィロスも筆頭としてソルジャー部門に移籍することになった。――ソルジャークラス1st・セフィロスの誕生である。






 どんなに強力な薬を使われても、セフィロスの身体データに劣化は起こらない。実に見事だ。
 わたしの手を離れ、ひとり住まいしていても、度々セフィロスはプレジデントのベッドに呼ばれているという。
 セフィロスは現在十五歳、一番麗しい年齢だ。プレジデントもなかなか手放せないのだろう。
 プレジデントに弄ばれる元凶であるわたしを、セフィロスは許せないらしい。検査や魔晄エネルギーを浴びにラボに来るたび、セフィロスはわたしを殺さんばかりに睨み付けてくる。

 ――まぁ、いい。憎みたければ憎めばいい。


 或いはこの子の父親かもしれぬのに、わたしは劣情を抱いた。憎まれるのも、また快感だ。






「やっこさんは元気か? 宝条」

 下品な物言いで近寄ってくる負け犬・ホランダーを、わたしは薄目を開けて見る。

 ――最高の存在であるセフィロスを、やっこさんなどと言うか。失敗作しか作れない二流科学者が、下劣な……。

 嫌悪も顕なわたしに構わず、ホランダーは馴々しく声掛けしてくる。

「おまえさん、ソルジャー希望志願書を二通隠してただろう?」

 ――ソルジャー希望志願書二通? あぁ、あれのことか。

 忘れかけていた実験の副産物が、ソルジャーになることを希望してきた。失敗作が最高の成功作に並ぶなど許されぬ。だから、黙殺していたのだ。――それが、何だというのだ?
 わたしの胡乱な目に、ホランダーはにやりと笑う。

「あれらは、わたしの担当だ。おまえさんの好きにはさせんぞ。
 今、二人は適性検査を受けている。難なくパスするだろうが、万が一のことがあっても、わたしがソルジャーにする」

 わたしは、僅かに目を見開く。
 ――失敗作が、神羅に来て適性検査を受けているだと? 既に事態は動きだしたのか。
 もう止めることは不可能だろう。失敗作がソルジャーになるのは、避けられない。

「……かまわん。どうせセフィロスには勝てんのだ。
 好きにするがいい」

 わたしの言葉に、負け犬が吠えたてる。
 が、悪くないだろう。



 誰がどう足掻こうが、最も栄光なるものは、セフィロスしかいないのだから――。









end
 

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