prayer
第3章 戦場に舞う人形 by.Rufus
神羅カンパニー社長・プレジデント神羅の数ある邸宅のひとつのなかで、俺は面白くもないテレビを、退屈に思いつつ見ている。
一日の動向を伝える神羅カンパニー提供の報道番組。次期神羅カンパニーの社長としてたまには見ろと、口酸っぱく父親に言われている。
だが改めて見るほどのものではなく、すでに陰で仕入れている情報ばかりなので、俺は睡魔と戦うことばかりに集中していた。
が、次のニュースに変わったとき、俺は片眉を上げ、だらしなく寝そべっていたソファから半身を起こした。
「ふん? 偉くなったものだな」
鼻で笑いつつ、テレビの液晶大画面に映るニュース映像を眺める。
アナウンサーにより、ウータイ軍と神羅カンパニーの戦況が淡々と伝えられるなか、戦場での乱戦の様がリアルに放送されている。
精密な望遠レンズを使った高度な録画技術は、神羅カンパニーが自社のため編み出したものだ。神羅は情報を巧みに操り、世情を支配する。
最新テクノロジーでもって撮影された、比較的難しい戦場でのスポークス映像。ウータイ軍団と神羅カンパニーのソルジャーが激闘している。
そのなかに、軌跡だけを残す人物が。陽光を弾く刄の煌めきが、人影に添って動く。
『見てください、目にも留まらぬあの動き! まさに英雄の為せる技ですね!』
興奮気味に語るアナウンサーに、俺は唇の端を吊り上げた。
「英雄……? 違うだろう、あれはマッドサイエンティストの玩具だったんだ」
ウータイの軍勢を壊滅させたのか、戦場での動向が静かになる。
やがて、舞うように身体を翻したあと、黒い戦闘服を着た銀髪のソルジャーがゆっくりと地面に着地した。
ソルジャーは自身の武器である刀の血糊を払うため、刃先を軽く振る。その振動で、彼の長い銀糸の流れが揺れた。
さらにズームアップされたビデオカメラにより、ソルジャーの顔が鮮明に映し出される。
翡翠の眼は鋭い輝きを宿し、色素の薄い肌に映えて見える。筋の通った鼻梁に薄い唇。至上の美しさといえる。
英雄セフィロスの人気は、洗練された戦いぶりと、それに見合う美貌にあった。
――が、俺は知っている。いまは英雄といわれるセフィロスが、昔ただの人形だったのだと。
プレジデントの息子だけあって、俺は神羅の裏事情に通じている。
際立った明晰な頭脳をもっていることもあり、父親のしていることや、各部門の重役の動きなども正確に掴んでいた。
――神羅カンパニーは平気で手を汚す会社だが、一番きな臭いのは科学部門だ。
あそこの動静はヴェールに包まれている。
十数年前、科学部門は極秘プロジェクトを立て、その研究を行っていた。
探った情報によると、アイシクルエリアで謎の生命体が発見され、当時科学部門統括だったガスト・ファレミスが、生命体を伝説の種族・古代種だと断定した。
――古代種は至高の幸福が眠る『約束の地』を知る唯一の種族。
『約束の地』にある至高の幸福とは、大量の魔晄エネルギー。
ガストはそう父を説得し、新生古代種を誕生させるプロジェクトを発足させる認可をとりつけた。
それから何年か研究が行われ、新生古代種といわれる子が誕生したという。
が、研究に関わった女性科学者、ジリアン・ヒューレーが我が子を連れて神羅から逃走、すぐさま捕らえられ、数人の関係者とともに神羅の極秘所有地であるバノーラ村に軟禁された。
そしてプロジェクトの責任者だったガスト自身が突然辞職し、どこかに身を隠した。
止めは、プロジェクト関係者ルクレツィア・クレシェントの失踪――。
ジェノバ・プロジェクトには暗い影が付き纏っている。
――そしてジェノバ・プロジェクトは収束、ニブルへイムに滞在していた宝条は新生古代種の子――セフィロスを科学部門のラボに連れ帰った。
セフィロスの存在は科学部門に覆い隠され、知る者は父や各部門統括など少数しかいなかった。
幼い俺も、セフィロスの存在を知らされなかったひとりだった。が、社長の息子の権限で科学部門を見学したとき、偶然見てしまったのだ。
――ラボの最奥……宝条の研究室の実験台上に、素裸で横たわる銀髪の少年と、彼に寄り添うように身体を屈める宝条を。
宝条は検査以上の目的のある手つきで、少年の白い肌を触っていた。ときに爪を立て、軽く指先でなぞったりと。
遠くにいるのではっきりとは分からなかったが、少年の表情に動きはなかった。ただ検査台のライトを見上げているだけだった。
銀の髪と肌の抜けるような白さ・美しさは俺の脳裏にくっきり焼き付いた。
が、それだけのことで、俺はそのままその場を立ち去った。
しかし、俺と少年・セフィロスの遭遇は、それから何度かあった。
その日俺は急に父からコスタ・デル・ソルで遊んでこいと言われ、家から追い出されるようにバカンスに向かうこととなった。
ヘリでコスタ・デル・ソルに飛ぶため、タークスが運転する車で神羅ビルに向かうなか、俺は忘れ物に気が付いた。
還す車で家の門を潜ったとき、玄関前に横付けされている車を見付け、そこから降りる銀髪の少年と科学部門の助手を見た。
――僕が居ないうちに、父さんはあの子を呼んだのか?
幼いながらも、父が性愛に見境無いことは知っていた。
めぼしい女はすぐ手を付け、そのうちのひとりから『兄』という者が生まれていることも。
美しいものなら、男だろうが女だろうが関係ない。父にとっては標的なのだ。――あの少年は父の眼鏡に適ったのだろう。
無性に気分が悪くなり、俺はタークスに忘れ物を取りに行かせ車に居残った。
それから何度か探りを入れたが、セフィロスの存在は固く秘匿され続け、容易に情報を手に入れることができなかった。
――あの隠し様……きっとあの子が新生古代種なんだ。
科学部門の態度から、確証はもてないがそうあたりをつけることができた。
――新生古代種だかなんだか知らないが、たかが子供だろう。
手の内の駒として、いつか利用させてもらうさ。
屋敷に消えるセフィロスを見てから数年経て、俺ははっきりと父に反感を持ち、いつか父を超えてみせると野望を抱いた。
そんなとき、また再び俺とセフィロスは会うことになる。
次期社長としての研修のため、俺は神羅ビルの各部門を渡り歩いていた。
顔を見せるたびに、各統括たちが懇切丁寧に部門の説明をしてくれるが、ほぼ知っていることだったので、俺は飽き飽きしていた。
科学部門では、宝条が陰険そうな顔を晒し、酔ったように最近の研究結果を話した。
――知っているぞ、おまえは新生古代種を玩具にしているんだ。
父が求めれば、どんなに大事な研究の結晶でも差し出すのだな。
さしずめ、おまえも甘く滴る果実を食ったのだろう?
俺は皮肉な目で宝条を見るが、奴は気付いていない。俺は笑みに口元を歪めた。
一通りセクションを見おわったあと、俺は息抜きにビルの屋上に出た。
誰かと一緒にいるのも億劫なので、護衛のタークスをドアの前で待たせ、俺はフェンスにもたれる。
摩天楼であるミッドガルは、昼なお暗い。代わりに、魔晄炉から魔晄の光が漏れているのが見える。
――美しい光だな。悪くない。
翠の光に、俺は目を細める。
――そのとき、キィと扉が軋む音が聞こえ、静かな足音が近づいてくるのを感じた。
ドアの傍でタークスが見張っていたはずだ。というのに、誰が?
密かにジャケットのなかの拳銃ホルダーに手を差し込み、俺はゆっくり振り返る。
そして、軽く目を見開く。
――そこには、何故かセフィロスがいた。
近寄ってくる彼に気付かれないように、俺は拳銃から手を離す。
これだけ身近に見るのは初めてだ。思った以上に肌理細かな白い肌をし、目鼻立ちもすこぶるいい。
が、何よりその双眸が、魔晄の光を思わせる。――ただ、その眼の輝きが鈍いのが気に掛かるが。
「――死んだような眼をしているな」
俺は唇を笑みの形にしてそう言ったが、セフィロスからは返事は返ってこなかった。彼は俺の隣に並び、ミッドガルの光景を眺めている。
――ひとつ、かまを掛けてみるか。
「約束の地は、どこにあるんだ?」
セフィロスはゆっくりと顔を動かし、俺と目を合わせる。
「……約束の地? 何だそれは」
意外とはっきりした声に、俺は少し驚く。が、すぐさま平静を取り戻し、口を開く。
「そうか、知らないのか。まぁ、いい。
科学部門のモルモットは、拘禁されて外に出られないと思っていたが」
俺の言葉に、セフィロスの眉が寄せられる。――一応、こいつにも感情があったのか。
「オレは、モルモットじゃない」
「そうか、おまえがそういうなら、そうなんだろうな」
皮肉な言葉に、死んだ魚のようだった眼が生き生きと輝く。
――面白い、俺はそう思った。
「科学部門の奴らが、よくおまえを外に出してくれたな」
遠くに目をやりながら、俺は言葉を掛ける。
俺はセフィロスより年下だが、生来の立場から遠慮というものをする必要がなかった。だから、生意気な内容も平気で口にできる。
すると、今度はまともに返ってきた。
「たまには、気を利かせてくれる研究員もいる」
「そうか」
俺との空気に慣れてきたのか、セフィロスは真っすぐ視線を投げ掛けてきた。
「おまえこそ、タークスを側から離して不用心だな。ルーファウス神羅」
セフィロスの言に、俺は小さく息を飲む。――これには本気で驚いた。
「知っていたのか……」
「あぁ、研究員によって、神羅カンパニーのことはすべてたたき込まれている」
おまえは自分の立場に慢っている――セフィロスはそう言い残し、屋上から去っていった。
――なん……だと?
未だかつて言われたことのない台詞。
世間知らずなのか、自信があるのか、際どい指摘をぐさりと刺した新生古代種。
なぜか笑いが込み上げてくる。
くつくつと笑う俺を心配したタークスが側に来ても、俺は笑い続けた。
あれから新生古代種・セフィロスは戦闘力を計測するため、科学部門からウータイとの戦場に派遣された。
彼は驚くべき戦功を次々挙げ、神羅を驚愕させた。
それが人体戦闘兵器・ソルジャーを造ることに繋がるのは、いうまでもない。
ソルジャー部門に移籍したセフィロスは科学部門から独立し、自由に行動するようになった。
誰にも煩わされない、ひとりの気儘な生活を手に入れた。
だが、俺は知っている。セフィロスの過去になにがあったのかを。
だから、前より行き合う機会の多くなった相手に俺は聞く。
「まだ、約束の地がどこにあるか分からないのか?」
そして、以前に比べ僅かに表情の付いた声で返ってくる。
「興味がないな」
セフィロスの答えに満足し、俺は少しだけ微笑んだ。
end
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