prayer
第17章 それぞれの道 by.Angeal
ひとが愛する者と結ばれるのは、喜ばしいことに他ならない。
特にセフィロスの場合、今までひととしての最低限の感情も知らなかったのだから、恋人が出来たことによって得られる恩恵は計り知れないだろう。
だが、誰かの幸せが他者の不幸になることもある。それはとても悲しいことだ。
セフィロスが誰かと愛し合うことは、彼を愛慕していた者にとって、不幸せ以外の何でもない。
俺はセフィロスの友人であるが、彼を愛していた男――ジェネシスの幼なじみでもあった。
だから、俺はセフィロスが恋人と結ばれたのを祝福しながらも、複雑な思いを抱いていた。
「あ、サー・アンジール。
おはようございます!」
出勤するためエレベーターに乗り込んだところ、明るい金髪チョコボ頭が目に飛び込んできた。もう何度かこのマンションで会ったことのあるセフィロスの恋人――クラウド・ストライフだ。
小さく頭を下げた少年に、俺は頷く。
「セフィロスは一緒じゃないのか?」
俺の問いに、クラウドは微かに紅潮した。
セフィロスとクラウドが同棲し始めたのは、初夏の頃だった。セフィロスに関わるある事件に見舞われたクラウドは、精神的なダメージを受けた。
その事件はセフィロスがクラウドを愛しており、またクラウドもセフィロスに恋していたから起こったものだ。だからセフィロスはクラウドを回復するには、結ばれるのが一番だと考えた。――そして、クラウドはセフィロスと住むに至った。
ふたりの仲は順調そのもので、側にいると当てられてしまうくらいだ。クラウドはそれに気づいているが、セフィロスはまったく頓着がない。困ったものだ。
「はい、セフィロスの今日の任務は、昼からグラスランドでモンスター狩りだと聞いています。
だから、ゆっくり出勤すると言っていました」
セフィロスの予定は、俺も司令室の勤務表を見て把握していた。が、以前は午後から仕事が入っていても、これから戦う敵の弱点を調査するため、定時出勤していた。
あいつは神羅からある程度の自由を認められていたが、そういうところは変に真面目だった。――まるで、任務に打ち込むことで現実から逃げるかのように。
クラウドとともに生活するようになって、セフィロスは前よりもっと生き生きとするようになった。表情は柔らかく、明らかに幸せそうなのだ。これはいいことに違いない。違いない、が……。
――すまないセフィロス。俺は、おまえの幸福を心底喜ぶことが出来ない。ジェネシスのことを思うと、素直に喜べないんだ……。
俺に頭を下げて駆けだしていくクラウドの後ろ姿を見ながら、俺は暗澹としてしまった。
夜、ミッドガル周辺でのミッションを終え自宅に戻ってきた俺は、ウイスキーをロックで飲んでいた。
昔はジェネシスと俺、そしてセフィロスの三人でよく飲んでいた。俺がつまみを作り、ジェネシスが俺の作ったものを批評しながら酒を飲み、セフィロスは俺たちを黙ってみながらグラスの中身を減らしていた。
ジェネシスが失踪してから、そんなに月日が経ったわけではない。が、それでもあの頃を懐かしく思い出してしまう。
『アンジール……オレは大変なことをしてしまった。
もうセフィロスとの恋は、望めそうもない』
ジェネシスは失踪する数週間前の夜中、暗い顔つきで俺の部屋に転がり込んできた。泥酔しているようで、何故か目が赤かった。
『どうしたんだ、セフィロスと何があったんだ?』
俺の問いかけに、ジェネシスは荒んだ笑みを見せた。
『オレは……もう長くない。オレは劣化し始めている。
トレーニングで怪我をしたとき、多くの血を失った。血液とともに、細胞も……。
オレは…いや、オレとおまえは、G系ソルジャーのプロトタイプとして、実験で作られたらしい。
だがオレたちは、失敗作だった。だから、細胞を無くすと、前のような身体には戻らない』
な、何だって……?
ジェネシスの告白は、信じられない内容を含んでいた。
俺たちは、あるプロジェクトの失敗作。ひとによって作られた存在。
ジェネシスは怪我をしたとき、大量の血液を失った。そして俺はジェネシスに輸血するため、同じく血を無くした。――俺も、劣化し始めている?
思い当たる節が、ないわけではない。最近、頭が朦朧とし、以前ほど早く体力が回復しない。ソルジャーとしての力も、半分ほどしか使えない。
――俺も、死ぬかもしれない?
一瞬、目の前が真っ暗になった。
が、ジェネシスの話は終わっていない。
『オレが劣化するきっかけになったのは、セフィロスがクラウド・ストライフを抱きたくなるほど愛していると知ったからだ。怒りのはけ口を求め、オレは無茶な戦い方をした。
その結果が、怪我と劣化だ……。
オレはクラウド・ストライフを恨み、オレの細胞を分け与えられたソルジャーを使い、奴を汚してやろうとした。
だが、セフィロスがクラウド・ストライフの居所を嗅ぎ付け助けに来た。
だから、オレはクラウド・ストライフや奴の親友を楯にしてセフィロスを思うがままにした』
『思うがまま……?』
ジェネシスの告げる内容は、薄ら寒くなるようなものだ。無力なクラウドを汚い方法で汚そうとした。そして……。
『まさか、セフィロスに手を出したのか?』
思わずジェネシスの胸倉を掴んだ俺に、ジェネシスは凄惨な笑みを浮かべる。
『あぁ、オレの思うがままにセフィロスを抱いた。
だが、セフィロスはこころのなかまでクラウド・ストライフで一杯だったな。奴でしか感じられん不感症だったのだから。
おかげで、こっちは惨めだったさ。クラウド・ストライフの名前を囁きながらセフィロスを感じさせたんだからな。
……セフィロスを抱いて、オレの恋は崩れたんだ』
話しながら、ジェネシスは涙を浮かべていた。握っていたジェネシスのコートを放しながら、俺は唇を噛んだ。
セフィロスはプレジデント神羅や宝条から性的虐待を受けていた。だから防御本能で性感を閉ざしていた。それを目覚めさせたのは、クラウドを想い、触れたいと願うセフィロスの願望だった。
が、俺はジェネシスが故郷のバノーラ村に居る頃からセフィロスに恋いこがれていたのを知っていた。ジェネシスはセフィロスにバノーラ村の名産であるバカリンゴ――バノーラ・ホワイトを食べてもらうのを夢としていた。
ソルジャーになりセフィロスの親友という立場を得てからは、ジェネシスは明らかにセフィロスへの劣情を抱いていた。科学部門の検査でセフィロスのホログラムを抱きながら欲望を吐き出すほど、ジェネシスはぎりぎりで理性を保っていた。
だからこそ、セフィロスが同じようにクラウドに欲望を抱いていると知って、自暴自棄になったのだろう。
――ジェネシスはセフィロスを抱くことで、初めから自分の恋が実るはずのないものだったと知ったのだ。
そして、セフィロスとの親友としての絆も切れてしまったのだ。
俺はジェネシスとともにセフィロスとも親友だった。だから、ふたりともの痛みが分かる。ジェネシスは恋を失い、セフィロスは親友に抱かれるという苦痛を背負い、数少ない友を失ったんだ。
それから暫くのちにジェネシスは失踪した。
セフィロスは自分に何も言わずに姿を消したジェネシスの薄情さに激怒していた。あれだけ酷いことをされても、まだセフィロスはジェネシスを親友と思っていてくれた。
だが、狂った歯車は元には戻らない。ジェネシスがクラウドを汚したことにより、クラウドも病的になった。そんなクラウドを救うため、セフィロスはクラウドとの恋に一歩を踏み出した。皮肉なことに、それはジェネシスが姿を消したその日のことだった。
――あるいは、ジェネシスはセフィロスがクラウドを自分の家に迎えたのを知って、行方を眩ませたのかもしれない。
多分、ジェネシスは見ていられなかったんだ、セフィロスがクラウドと幸せになるのを。現に、どこまで仲が進んでいるのか分からないが、セフィロスとクラウドの親密さは上司と部下の枠を越えてしまっている。何度か彼らが口づけあっているのを見たこともある。
――ジェネシス、おまえには悪いが、幸薄かったセフィロスにやっと訪れた幸せを、俺は歓迎せずにはいられない。
セフィロスは幸せになった。例え苦しいことがあっても、クラウドが側にいる。きっとクラウドがセフィロスの苦痛や悲しみを分かちあい、和らげてくれる。
――だから、俺はもうセフィロスの心配をしなくていい。
前は危うさばかりはらんでいる奴だったので、セフィロスの面倒を見てきた。セフィロスの乱れた姿を見ても、見て見ぬ振りをして世話を焼いたりした。
――だが、もう大丈夫だ。セフィロスのことは、クラウドにすべて任せる。
俺も、限界なんだ。――劣化が、目に見え始めている。俺も、姿を消さなくてはならない。
セフィロスはまた怒るだろうか。誰も信用できなくなるだろうか。感情というものを知らなかったセフィロス。誰かを信じることが出来なかったセフィロス。
俺たちはおまえにひととの触れ合いを教えた。ひとの温もりを教えた。おまえに、信じることを教えた。
その俺たちがおまえを裏切るんだ。さぞかし恨むだろうな。
――すまない、セフィロス。本当に……。
俺はこころのなかでセフィロスに謝り続けた。
失踪してから一度、ジェネシスから連絡をもらった。ジェネシスは神羅に復讐すると言った。そしてそれにラザードが荷担すると告げた。
ラザードはプレジデントがスラムで手を付けた愛人の子だった。プレジデントはラザードを認知したが、愛情を注ごうとはしなかった。幼い頃に母親を亡くしたラザードは、父・プレジデントを恨み、復讐することを決意した。
ジェネシスの逃亡をお膳立てしたのがラザードだったと、ジェネシスの口から初めて聞いたときは驚いた。そして、ラザードは俺の失踪にも手を貸してくれるという。
――ソルジャーである俺が、逃げるのか……。夢や誇りを語る資格もないな。
俺は後輩たちに
『夢を抱き締めろ。そして、どんなときでもソルジャーの誇りを手放すな』
そう教えてきた。
特に2ndのザックスには、口酸っぱく言ってきた。
二十二歳のときに任務で出会った、仔犬のような少年。ソルジャーといってもまだまだ未熟で、やんちゃなところがあった。
それからは俺がザックスの稽古を付けてやり、たまにセフィロスに頼んでザックスの相手をしてもらったりした。
初めてあった頃に比べれば、随分と逞しくなったと思う。ソードを握る手に気迫が漲るようになり、狙いを外さないようになった。
――あいつも立派になった。もう独り立ちの頃だろう。
ザックスも俺の存在無しで世の中を見るべきだ。そして、様々なものを感じ、大人になればいい。――俺に出来ることは、もう何もない。
もう、誰の面倒も見なくていい。あとは、自分を見つめるだけだ。
いや、ジェネシスのことは気になる。あいつは何もかも投げやりになっている。今のあいつは、暴走しかねない。場合によっては、俺があいつのストッパーにならなければいけない。
――俺のとるべき道は、もう決まっている。
俺はソファから立ち上がると総ガラス張りの窓に寄り、魔晄炉から吹き出る碧の光――セフィロスの瞳とよく似た色をした光の柱を眺めた。
「アンジール、今度のウータイ攻めでタンブリン砦制圧作戦があるだろう。
君にはこのときに神羅から離れてもらう」
ラザードから極秘に司令室に呼ばれた俺は、制圧作戦の資料を読みながらラザードの決定事項を聞いていた。
「セフィロスはB隊で別行動をしてもらう。
君はザックスと行動をともにするんだ」
「ザックスと?」
そのときになって、俺はようやくラザードのポーカーフェイスな笑みを見る。
「一応わたしも一緒に行く。
秘密裏にジェネシスがG系ソルジャーを連れてタンブリン砦に来ることになっている。
わたしはジェネシスたちの手引きをする」
ラザードの作戦に、俺は眉を寄せた。
――つまり、セフィロスとザックスを裏切るんだな。
そうでもしなければ、俺は神羅から離れられないのか。親友と後輩を欺かねばならないとは……、俺の夢と誇りはぼろぼろだ。
俺はラザードに頷き、司令室をあとにした。
ウータイ行きを三日後に控えた深夜、ベッドに入っても眠れず、俺は頭を悩ませていた。
このまま行方を眩ませてもいいのか。セフィロスやザックスに何も言わなくていいのか。
――ザックスはああ見えてしっかりしている。どんなことがあっても明るく前を向いていける奴だ。
問題はセフィロスだ。戦闘力は強いが、精神的に脆いところがある。親友ふたりともに背かれると、精神の均衡が崩れてしまうかもしれない。
だが、これから裏切る身、何を言っても聞いてはもらえないだろう。セフィロスは自分を信用していた。だからスペアキーも渡してくれた。
――そうだ、スペアキーを返さねば。
セフィロスに見つからぬよう、こっそりとセフィロスの家に入り込んで、スペアキーを置いておくか。
そう考えていた俺は、ふと気がついた。
――俺自身が何かを言わなくてもいいんだ。そして、セフィロスだけの問題でもないんだ。俺が今までしてきたように、あいつにはセフィロスを支えてもらわねばならないんだ。
セフィロス自身に何かを残すのではなく、セフィロスのこころに寄り添うものに言葉を残せばいいのだ。
俺はベッドから起きだし、デスクの引き出しを開けて便箋と封筒を取り出すと、万年筆の筆先を紙面に走らせた。
俺が残せる最後の言葉。勇気と希望、そして別れの言葉を書き綴り、俺はペンを置いた。
ウータイ・タンブリン砦に、予定通り俺とザックス、そしてラザードは到着した。セフィロスはB隊にてソルジャーや一般兵の指揮を執っている。
「まもなくB隊が爆発を起こす。それが合図だ」
俺はウータイの砦の門を見ながら、ザックスに作戦の内容を説明する。
「俺は砦中心部に爆弾を仕掛ける。
おまえは正面から突入して――」
草場の陰から建物を指さす俺に、ザックスが意気込んで聞いてくる。
「うん。で、んで、んで、んで?」
ザックスの有様は、まさしく仔犬だ。しっぽを振って落ち着きのない、幼げな仔犬。前は少しでも沈着さを身に付けることを願い、口酸っぱく言ってもきたが、ザックスの無邪気な姿を見るのは、もうこれで最後だ。そう思うと、妙に微笑ましくなった。
小さく笑い、俺は言う。
「好きに暴れろ」
「任せろ、そういうのは得意だ」
喜色満面に断言するザックスに、俺は微笑み、砦の方角を見据えた。
自分で言い切ったとおり、ザックスは大暴れに暴れ、タンブリン砦を突破した。
一度ザックスと合流した俺は、ラザードを神羅兵のもとに連れて行かせた。俺はザックスに見つからぬよう神羅兵たちのもとに先回りし、ラザードが俺の手助けをしに行くように言うのを、木陰に隠れて聞いていた。
ザックスの姿が見えなくなってから、俺は神羅兵を下がらせたラザードの前に現れた。
「なかなか派手だな、彼は」
砦から離れた森のなかで戦況を観察していたラザードが、意味ありげな笑みを浮かべる。
「可哀想に、尊敬している君に裏切られているとは、彼も気づいてはいまいに」
ラザードの言葉を、俺は聞き流す。
背後に気配を感じ、俺は振り向く。
「手筈どおり、G系ソルジャーを配置させた。
アンジールが居るはずの場所に向かったザックスに、イフリートをけしかける。
これで時間稼ぎが出来るだろう」
詠うように言うジェネシスに、俺は眉をしかめた。
「イフリートを襲わせるのか!?
それではザックスが……!」
必死に言い募る俺に、ジェネシスがふふんと笑う。
「自分の弟子の実力を信用できないか?
それに、もうすぐセフィロスも駆けつけるんだろう? 何も心配はいらないさ」
以前より酷薄さを増したジェネシスの声音に、俺は目を伏せる。
ラザードが俺たちに目配せし、深い森を指し示した。
「今のうちに行きたまえ。うかうかとしていると、セフィロスに感づかれるぞ」
戦場にあって誰よりも勘がいいのはセフィロスだ。親友だが、最も敵に廻したくない相手である。
俺はジェネシスと頷きあい、濃い緑のなかに分け入った。
今頃、ウータイでは騒ぎになっているかもしれない。セフィロスとともに、ザックスも俺の不在に気づいただろう。
セフィロスは激怒しているだろうか、それとも悲しんでいるだろうか。様々なものが頭をよぎるが、もう遅い。俺は完全に離反してしまったんだ。
ひっそりとミッドガルに忍び込んだ俺は、セフィロスの部屋に入った。クラウドは長期任務で留守にしており、明日帰ってくるらしい。セフィロスはしばらく戻れないだろう。スペアキーとともに同封した俺の手紙を読むのは、おそらくクラウドのほうが先だ。
――そうだ、それでいい。これは、クラウドに残す手紙。そして、クラウドの口からセフィロスに告げてもらうための言葉なのだから。
リビングの机に封筒を置くと、俺は朝日の差し込む窓を開け、デッキの手すりのうえにあがった。
そのまま、下に飛び降りる。左肩が蠢く感触と、風を切る羽音が耳に木霊する。
俺の肩には、白い羽が生じていた。劣化し人外となった証の、白い羽――俺は羽を羽ばたかせ、暗い空を飛び去った。
俺は皆の前から姿を消した。
俺がいないことを惜しむ人間がいるかもしれないが、早く忘れてほしい。
そして、最後に残した手紙が、望んだ相手に読まれることを願い、俺は行く。
end
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