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第16章 焦がれて by.Cloud




 俺たちは列車墓場から歩いて七番街スラムに行き、駅から列車に乗って寮に帰ってきた。
 部屋に入ってすぐ、スィースルから着替え一式を渡される。

「時間が遅いから誰かと一緒にはならないだろうけど、俺が入り口で見張ってるから、一風呂浴びてきなよ」

 スィースルの好意に頷き、俺は一般兵寮の共同浴場に向かう。
 服は着ているが、ソルジャー達に肌を舐め擦られ、気持ち悪い。寮に帰還するまで我慢していたが、限界だった。
 手早く脱衣籠に脱いだ服を入れると、俺はがらんと静まり返った浴室に入る。浴槽に入る前に、シャワーを浴び、のろのろした手つきでタオルに石鹸を擦り付け泡立たせる。
 不意に鏡が目に入り、項や鎖骨、乳首の辺りに着いた鬱血を凝視してしまう。

 ――い…やだ、汚い、きたないッ!!

 列車墓場でソルジャー達に半ば犯された生々しい感触がありありと甦ってきて、俺はいつも以上にごしごしとタオルで身体を擦った。






 ソルジャー達の有無を言わさぬ圧力で拉致されたとき、どうしてそうされたのか俺には分からなかった。
 あとで生々しくソルジャー達の奸な意思を感じ、血の気が引いた。
 クラスは分からないが、ソルジャーだけあって、どんなに殴りかかり蹴りを入れても、奴らはびくともしなかった。
 必死で暴れているうちに足払いを食らい、引っ繰り返った俺をソルジャーたちは押さえ付けた。むしるように制服を脱がされ、奴らが用意してきた頑丈な紐で手首を縛られ、猿轡を噛まされた。
 数人掛かりで押さえ込まれては、歯が立たない。俺は奴らの好きなようになぶられた。項や鎖骨、乳首に這う幾つもの舌に、怖気が走った。擽るように動き回る舌先や、くにくにと胸の突起を捻ってくる指先に、吐き気が込み上げてきた。
 生理的に込み上げてくる涙を止めることもできず、助けを呼びたくても、叫ぶこともできない。おまけに気味悪がって誰も通らない列車墓場でレイプされかかっている。――絶望的だった。
 下着ごとボトムを脱がされ、無防備な俺自身にソルジャーの手が伸びてきたとき、出ない声で呼ぼうとしたのは、セフィロスの名だった。
 いや、名前だけじゃない、氷のように冴えざえとしたセフィロスの顔が、眼裏に浮かんで離れなかった。

 ――窮地にあって最も助けてほしいのが誰なのか、俺はまざまざと思い知らされた。
 そして、今辱められている姿を一番見られたくない相手が誰なのかも、自覚してしまった。

 ソルジャー――男たちに身体を舐め回し愛撫され、他人に触られたことの無い場所まで男の舌の餌食になっている。俺は女じゃない、こんなこと、最大の屈辱だ。
 どんなことをされても、ただ気色悪さと嫌悪しか沸き上がってこなかった。
 男の指が排泄の門に触れたとき、もう諦めるしかないのだと思った。理由も分からぬまま俺は犯され、男たちの公衆便所にされてしまうんだと麻痺した頭で感じた。
 もう助けを求めるのにも疲れた、あらがう気力も萎んでしまった――諦観のなかで男たちのなすがままにされかけたとき、信じられないことが起こった。
 鋭い長刀の切っ先が闇を切り裂き、ソルジャー達を次々と打ち倒してゆく。翻るのは、繊細に空に舞う長い銀髪と、漆黒のロングコート――セフィロスが、助けに来てくれたのだ。
 まさかと思ったが、俺に群がるソルジャー達を斬り分け、差し伸べてこられた黒皮の手袋は、間違えようのないものだった。
 セフィロスは俺を抱え起こすと手早く自分のコートを脱ぎ俺に着せ掛ける。続けて手を戒めている紐を解き、猿轡を外した。

「クラウド……」

 案じるように、ほっとしたように揺れる碧の瞳に、張り詰めていた緊張がゆるゆると緩み、俺の眼からぶわっと涙が溢れてくる。

「セフィ…ッ、ロス……」

 脱力してセフィロスの胸にもたれ泣きじゃくる俺の背に廻される、逞しい腕。それだけで、俺は安堵に満たされていった。
 あとから聞いた話では、俺がソルジャー達に連れ去られたとき嫌な予感がしたスィースルは、血眼になって神羅ビル内を駆けずり回り、たまたま任務に出ていなかったセフィロスを捜し出したらしい。
 そしてどうしたわけか、セフィロスは俺の居場所を捜し当てた。

 ――これって、奇跡なんだろうか。寸でのところで、なんとか俺はソルジャー達に犯されずに済んだ。






 身体や頭髪を洗い終え、湯槽に浸かる俺は、揺れる湯をぼうっと眺めた。

 ――あれだけで事が終っていれば、こんなに苦しい思いをしなくてすんだのに。
 つくづく無力な自分が悔しい。ソルジャーのように強ければ、セフィロスに負担を掛けなかったのに。

 すべては仕組まれたこと。ターゲットは、初めから俺じゃなかった。






 何度も斬られ、大量の血を垂れ流すソルジャー達は、負傷などしていないかのようにゆらりと立ち上がったのだ。
 襲撃してくるソルジャー達をセフィロスが正宗で斬り刻むが、倒れても倒れても起き上がってくる。――そしてその手は、ひたすら俺に向けられていた。
 ソルジャー達の様子に、足元から這い上がってくる恐怖を味わっていた俺は、庇うように立つ背の気配が変わったのを感じた。
 ――それはソルジャー達から感じられるものの比ではない、底知れない圧迫感と、せわしなく騒めき密集する空気だった。
 そしてセフィロスの背から立ち上がる、異様な気迫――このままでは危ないと、俺は感じた。

「ダメだッ、セフィロスッ!!」

 俺が力の限り叫ぶと、ふっ、とセフィロスの纏う空気が変わった。振り返り当惑した目を向けるセフィロスに、俺は言い切る。

「俺、レイプされてない。少し触られたけど、大丈夫だから」

 本当は大丈夫じゃない。男たちの汗や唾液に塗れた身体が、それをもたらした感触が厭わしくて仕方がない。でも、俺のことなんかどうでもいい、セフィロスを止めることが先決だ。
 なんとか冷静に戻ったセフィロスは、鮮やかな剣技で今度こそソルジャー達を仕留めていった。
 セフィロスが戦っている間に、俺は脱ぎ散らかされていた制服を身に纏う。縫い目から引きちぎれ、汚れているが、気にしている余裕はなかった。
 俺に着せ掛けたことで汚れてしまったが、セフィロスにずっと半裸姿でいてもらうのも、申し訳ない。俺がコートを返すと、セフィロスは綺麗に微笑んだ。

「本当に、犯される前に来られてよかった」

 そう言って俺の頬に手を添えるセフィロスに、頬が熱くなるのを感じる。

「いえ……助けていただき、ありがとうございました」

 まともにセフィロスを見られず目を逸らす俺に、彼の笑みが深くなる。
 ――とその時、赤い何が跳躍して俺たちの前に立ちふさがった。セフィロスは赤いコートを纏う人物を見て、目を見開く。

「ジェネシス……!」

 相手はセフィロスの親友といわれているソルジャー・ジェネシスだった。
 が、彼はスィースルの首元に刄を当て、セフィロスに笑い掛けている。ソルジャー・ジェネシスの笑みから何かを悟り、セフィロスは怒りに顔を険しくした。
 セフィロスの親友であるソルジャー・ジェネシスが、どうしてスィースルを人質にしてまでセフィロスの気を引こうとするのだろう。俺にはさっぱり分からない。
 卑怯な真似をするソルジャー・ジェネシスに、セフィロスは怒髪天を突く勢いで親友を睨み付けていた。
 ますます硬化してゆくセフィロスの態度に、ぼそりとソルジャー・ジェネシスは切なげな面持ちで呟く。

「……本当は、あんたさえオレを見てくれれば、あのガキやこいつなどどうでもいいんだ。
 オレの目的は、はじめからあんただったんだ」

 ……え?
 俺やスィースルはどうでもよくて、はじめからセフィロスが目的だった?
 どういう意味だろう。そう思いセフィロスを見ると、彼は複雑な表情で嘆息を吐いている。
 苦り切った口調で、セフィロスは応えた。

「……おまえはどうしたいんだ?
 おまえに従うことで、クラウドたちに危害を加えないなら、オレはそれでいい。
 オレはおまえの願いを叶える。だから、クレトゥを放してやれ」

 俺は瞠目し、セフィロスの腕を掴む。
 俺たちに危害を加えないなら、ソルジャー・ジェネシスの願いを叶える?
 ソルジャー・ジェネシスの顔を見ると、惚けたように大きく目を開けていた。対してセフィロスの眼は昏い。――いやな感じだ。
 ソルジャー・ジェネシスがスィースルを解放すると、セフィロスは彼のもとに歩み寄る。
 咄嗟に俺は叫んだ。

「セフィロス、行っちゃダメだッ!
 俺はどうなってもいいからッ!」

 本当に、セフィロスのためなら、俺はどうなったっていい。
 科学部門のラボが爆発したあと、セフィロスは俺に

『……おまえはオレが何をしても、許してくれるか』

 と言った。
 どうしてそんなことを思ったのか知らないけど、それに対し応えた言葉に、迷いなどない。

『許すも許さないも、オレはあなたになら何をされても構いません』

 それは偽らざる本心で、セフィロスにならどんな無体なことでも、されて構わない。自分を捧げることも厭わないと思っている。

 ――それなのに、俺のためにセフィロスが犠牲になるなど。

 必死でセフィロスを呼ぶ俺を振り返ると、彼は美しく笑ってソルジャー・ジェネシスの横を通り過ぎた。

「なんで、だよ……なんで、俺なんかのために、自分を犠牲に……」

 目の前で起こったことが信じられず、茫然と呟く俺に、スィースルは溜め息を吐いた。

「……これで、二度目だね」
「……え?」

 思わず凝視してしまう俺に、スィースルは肩を竦める。

「クラウドがプレジデントに呼ばれたとき、サー・セフィロスが機転を効かせて助けてくれただろう?
 実は、サーがクラウドの身代わりになったんだ。
 プレジデントは少年愛を好んでいて、サーはかつてプレジデントの愛人だったんだ。
 だから、サーはプレジデントの意図がよく分かったんだろうね」

 スィースルの独白は、思った以上に耳に馴染まない。耳が言葉を排除したいと訴えている。
 目の前が真っ暗になるようだった。

 ――セフィロスがかつてプレジデントの愛人をしていて、だから俺が狙われていると分かり、俺の身代わりになった?
 つまり、セフィロスは初めて会った日から、俺のために自分を犠牲にしてきた?

 そんなことも知らずに、俺はセフィロスになら何をされても構わない、セフィロスのためなら俺はどうなってもいいと当人に告げたのか。セフィロスに犠牲を払わせたとも知らず、のうのうと……。
 ……何だか、自分が情けない。
 頬を、熱い雫が濡らしているのに、俺は気付かなかった。

「……あれ、クラウド泣いてるの?
 もしかして、サーに対し、今ので幻滅した?
 サーだって人間なんだから……」
「違うッ!」

 涙する俺を覗き込み言うスィースルの言葉を遮る。

「俺は、自分が情けないんだ……。
 なんで、俺は弱いんだよ。誰も護れないなんて、足手纏いになるなんて、嫌だ……!」

 苦しくて堪らない。なんで俺は弱いんだ。ソルジャーになることも出来ず、大事な人に負担を掛けるばかりで……。
 スィースルは溜め息を吐くと、俺の手を引き歩きだした。
 遠くに見える七番街スラムの明かりを目標に、もくもくと足を進める。

「クラウド、間違っちゃいけないよ。
 サーはクラウドが弱いから庇ったわけじゃないんだ。
 たぶん、気持ちはクラウドと同じだよ」
「俺と同じ……?」

 振り返り頷くと、スィースルは笑う。

「自分以上に誰かを大切に想う気持ち……すごくいいと思うよ。
 それが何かは、自分で見つけてほしいから言わないけど。
 ……今頃、サー・ジェネシスがサー・セフィロスを独り占めしてるのかな」

 どんなときも昏い空を眺めながら、スィースルが何気なく呟く。

「ソルジャー・ジェネシスが、セフィロスを独り占め……?」

 意味が理解できない俺に、スィースルはシニカルに笑う。

「大人が夜に誰かを独り占めするとしたら、ひとつしかないんじゃない?
 プレジデントがサーを独占したように、濃い一夜を過ごしているかもね」

 つらつらと並べられるスィースルの御託に、俺の眉がむっつり寄る。

「……あんまり、聞きたくない。想像もしたくない」

 俺のせいで誰かに独占されるセフィロス……そんなの、考えたくない。それに、何故か胸が引き絞られるように痛い。
 俺は錆びたスクラップ列車を虚ろに眺める。

 ――セフィロスを独り占め、か。俺は下っぱ一般兵だから、夢のまた夢、って感じかな。
 独り占めしたい、って気持ちは余り無いけど、誰かがセフィロスを独占してると思うと、のたうちまわりたくなるほど、胸が苦しい。

 でも、何でソルジャー・ジェネシスはソルジャー達を使って俺をレイプさせようとしたんだろう。ソルジャー・ジェネシスはひとを痛め付けて楽しむのが趣味なんだろうか。
 そんなことを思いながら、俺たちは七番街スラム駅に着いた。






 その夜、ショックなことが色々あったせいか、就寝しても度々目が覚めた。
 見ず知らずの男にさんざんいじくられた乳首が、時折ひりひりと痛む。
 男たちの腕の感触が、舌のざらつきが、まだ肌に残っているような気がする。――忌々しくて、堪らない。

 ――なんだか、嫌なことばかりだ。

 今、セフィロスはソルジャー・ジェネシスと一緒にいるんだろうか。――それも嫌で堪らない。


 結局ほとんど眠れないまま夜を明かし、そんな日が何日も続いた。






「クラウド、一日くらい訓練を休んでも、罰は当たらないよ。
 俺が用意した睡眠薬飲んで、じっくり寝たほうがいいよ」

 棒術の訓練のとき、教官に見つからないようスィースルが囁く。
 俺は眉を顰め、言ってやる。

「あの薬なら、三日前の夜にもう試した。
 でも、ほとんど眠れなかった」

 え、と呆気にとられるスィースルに、俺はお手上げポーズをとる。
 薬を飲んでも、はじめの三時間ほどしか眠れない。大抵犯される夢を見るか、セフィロスが誰かといる夢を見て目が覚めてしまう。

「……クラウド、軍医のカウンセリングを受けたほうがいいんじゃない?」

 深刻そうな顔をするスィースルに、俺は苦笑し、首を振る。
 眠気を堪えながら、俺はなんとか訓練をこなした。
 夕刻、ビル内の掃除当番だったので、スィースルを先に帰らせ、俺はバケツや雑巾、箒などの清掃用具を手に会議室に向かった。
 ふと窓ガラスを見ると、目の下に隈が出来たやつれ顔がある。

 ――ほんとに、酷い顔だなぁ。

 目元を触りながらそう思ったとき、背後に黒い人影が映る。誰かと思い振り向いたとき、額に掌を翳される。

「――スリプル」

 頭上に響いた小さな一言のあと、強い緑の光が瞬く。

 ――え、今の魔法じゃ……。

 そう思い立ったときには、眠りの淵に引きずり込まれていた。力を無くした俺の身体を、逞しい腕が抱き留めたような気がした。






 いや…だ、触るな。俺に触るな……!
 額に感じる柔らかな感触。その感触は瞼や目尻を辿り、唇に落ちた。
 また、犯されるのだろうか。それだけは嫌だ……!

「さ、触るなッ!!」

 叫んで飛び起きると、見知らぬ天井やインテリアがあった。
 いや、知らないことはない、一度だけ見たことがあるはず……。
 俺は記憶を遡るが、期せずして自分がどこにいるか分かる。

 ――すぐ目の前に、私服に着替えたセフィロスの顔があった。

「セ、セフィロスさんッ?!」

 目をひん剥く俺にくすりと笑うと、セフィロスが俺の頭を撫でた。

「この期に及んで、まだ敬語を使うか。
 それに、名前だけで呼べと言っただろう?」
「は、はぁ……」

 可笑しそうに笑うセフィロスに困惑しながら、俺はインテリアや内装を眺める。
 シックなモノトーンに纏められた家具類に、ガラス一面張りにしつらえられた窓からは、碧の光を放つ魔晄炉が見える。そして、黒を基調としたシルクとコットンの寝具でベッドメイクされた、キングサイズのベッド。

 ――ここ、セフィロスの自宅だ。

 あの時セフィロスの看病をしていた俺がベッドに寝ていて、看病されていたセフィロスがベッドに腰掛けて俺を診ている。
 でも、何で俺はここに……?
 訝しげな眼に俺が何を言いたいか分かったのか、セフィロスは悪戯っぽく笑った。

「おまえを眠らせ、攫ってきた。
 着替えは、クレトゥが持参してくれた」

 俺の顔を両手で挟み覗き込んでくるセフィロスに、俺は混乱の極致にいた。

 ――さ、攫ってきたって……! なんで、このひとは訳の分からないことするんだよ!
 それに、スィースルも協力してるって!? あいつ、何考えてるんだ!

 目を白黒させる俺に軽く息を吐くと、セフィロスは俺の顔を放す。

「……というのは、半分冗談だ。
 あの事件からおまえが不安定だと、クレトゥから聞いてな。
 不眠を解消するのと一緒に相談に乗ってやってくれ、とおまえを託された」

 ことの真相が分かり、俺はむっつりと眉を顰める。

 ――スィースル……なんでセフィロスを巻き込むんだよ。
 相手は英雄、神羅最強のソルジャーなんだぞ。そんなに気やすく接するのは、顰蹙ものじゃないのか?

「……帰ります」

 俺は身じろぎし、ベッドから抜け出ようとする。が、セフィロスにがっちりと掌を縫い止められた。

「何故帰ろうとする」

 有無を言わさぬ翡翠の眼に、俺はたじろぐ。強い眼光に迫られ、俺は口を開かずにはいられなくなった。

「……あなたに迷惑を掛けたくないんです。
 足を引っ張るのは、本意じゃないです」
「……ほぅ」

 視線を外したまま、不請不請言う俺に、セフィロスは表情を変えずに聞く。
 その余裕の態度に、苛々してくる。――俺が眠れないのは、半分あんたのせいなのに!
 怒りのまま敬語を使うのも忘れ、俺は叫んだ。

「俺は、あんたのためなら、どうなってもいいと言ったのに、なんで自分を犠牲にしてソルジャー・ジェネシスのところに行ったんだよ!
 それも、あんたが俺のために犠牲になったのは二度目だって……!
 それなのに、俺、何も知らなくて……情けなくて堪らない」

 感情のまま吐き出し、最後には涙まで出てきた。みっともなくて仕方がない。
 ごしごしと目を擦る俺の手を止め、セフィロスが自分の指で俺の涙を拭ってくれる。
 俺の頭を撫で宥めるセフィロスの瞳は、蕩けるように優しかった。

「プレジデントのときは、おまえを護りたくてそうしたが、ジェネシスの件はおまえを庇ったのではなく、オレ自身が向き合わねばならない問題だったからそうしたんだ。
 何も言わなかったせいでおまえを悩ませていたのか。……本当に悪かった」

 素直に詫びられ、俺はどうしていいか分からない。……本当は俺、もっと疾しいのに、誤られるなんて嫌だ。
 俺はセフィロスから目を逸らす。

「ソルジャー・ジェネシスとのことはあんた自身の問題だと分かったけど、それでも嫌だ」
「……何故?」

 まるで駄々っ子のような自分の言い分に情けなくなるが、その事情を無心に聞いてくるセフィロスの眼にも、居たたまれなくなってくる。
 暫らく黙り込んでいたが、じっと俺を見つめるセフィロスに根負けし、俺は俯いて口を開いた。

「だ、誰かがあんたを独り占めするなんて、嫌だ……。
 ぺいぺいの一般兵がそんな大それたことを思うのは、我儘で身のほど知らずだと分かってる。……でも、無性に腹が立ってくるんだ」

 あああ、言ってしまった……当人を前にこんなこと言うなんて、最悪だ。
 恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい。自分をどこかに隠したい気分だ。
 嫌な汗がだらだら出てくるのを感じながら、俺はベッドカバーを睨み付けていた。
 俺がずっと俯いているのに焦れたのか、セフィロスの指先が俺の頤に触れ、顔を上げさせられる。
 間近にまで近づいてきたセフィロスの顔に驚いていると、唇に軽く何かがかぶさった。――それがキスだということに気付いたのは、セフィロスの顔が離れたあとだった。
 目を剥く俺にプッと吹き出すと、セフィロスは声を発てて笑いだす。
 自分の身に起きたことに付いていけない俺は、硬直したまま笑うセフィロスを見ていた。
 ぴくりとも動かない俺に、セフィロスは笑いながら楽しそうに言う。

「キスされたのに、まったく色気のない顔をするんだな。
 だがそれもまた、面白い」

 そして、また近寄ってくるセフィロスの顔。唇が重ねられる寸前に、俺は掌で唇を覆う。結果、手の甲に接吻される形になった。
 遮る俺の手を取ると、セフィロスは溜め息を吐く。

「あ、あんた何考えてるんだッ!!
 キ、キ、キスなんてッ!!」

 顔中に熱が集まってくる、頭が爆発寸前だ。
 何で、キスなんてしたんだろう、このひとは。それも、いきなりすぎだろう。
 愛玩動物にするみたいにキスしたんだろうか。だとしたら、ものすごくバカにされてるんじゃないだろうか。
 眼と眉を吊り上げる俺に、セフィロスは困ったように肩を竦める。

「おまえに口づけしたいと思ったからそうしたんだが、駄目か?」

 口づけしたいから、そうした……?
 表情の少ない顔で言われ、俺は憤死しそうになった。
 俺は犬や猫と同レベルの存在なのかよ!

「やっぱり帰るッ!!」

 手を掴むセフィロスを振り解くと、俺はベッドから飛び起きようとする。
 が、強い力で肩を捕らえたセフィロスのせいで、身動きできなかった。

「――帰さない。いや、絶対に帰しはしない。
 オレをおまえに独り占めさせてやる」

 怖いくらい真剣な表情でそう言われ、俺は固まってしまう。
 え――何? 独り占めさせる?
 今、ペットにするようにキスしたひとが、何を言ってるんだ?
 相手が最強のソルジャー・セフィロスだというのに、俺は向こう見ずに言い返す。

「はぁ?! いらないよ、そんなのッ!!
 ペットのように可愛がられるのはごめんだ!!」

 俺の言葉に、セフィロスはぽかんとする。超絶美形な顔が、一気に間抜けになった。
 今がチャンスだと身を捩ってみたが、肩を掴むセフィロスの力はびくともしない。ボケてるくせに、こういうところは変化がないんだな。
 深い溜め息を吐くと、セフィロスはなぜか悲しそうな眼をして俺に言った。

「……ペットのようにとは、心外だな。
 オレはふざけているつもりなどまったくないのに」

 ぼそぼそ呟くように告げられた言葉に、俺は目を瞠る。

「まず、オレが自分から望んで口づけしたのは、おまえが初めてなのだが……そんな風に捉えられたのか」

 まったく心外だ、と文句を言うセフィロスに、俺は困惑する。

 ――ふざけているつもりはないって……。
 それに、セフィロスともあろう男が、自分から望んでキスしたのは、俺が初めてだって?

 混乱仕切っている頭を収束しようと、俺はセフィロスにおずおずと尋ねる。

「じ、じゃあ、どんなつもりで……」

 明らかな嘆息を吐き、眉を寄せてセフィロスは言う。

「口づけする理由など、ひとつしかないだろう」
「……親愛のキス?」

 即座に返した俺に、がっくり肩を落とすセフィロス。……情けない姿の神羅の英雄は見物だが、それどころじゃない。
 挨拶がわりに額や頬にキスする習慣なら、ニブルへイムにもあった。俺も母さんとキスし合っていた。……さすがに、唇にキスする例は、あまりないが。
 だから、何故セフィロスがキスしたか、よく分からない。
 首を傾げて考え込む俺に忍耐の限界に至ったのか、セフィロスは俺の首の後ろに手を添え、自分の顔に引き寄せた。

「んッ……??!」

 唇が重ねられると同時に、口内に入り込んできたセフィロスの舌。俺の舌を舌先で突き、深く絡められる。

 ――な、何だ!? このキス……!

 少しずつ角度を変えながら、口内の粘膜をセフィロスのざらりとした舌がなぞる。――背筋にぞわりと何かが這い上がってくる。

 ――こんなキス、知らない。初めてだ……。

 明らかに、親愛のキスじゃない。粘着質で中毒性のある、身体がおかしくなりそうなキスだ。
 妙に腰が疼いてくる。身体が熱くなる。変だ、俺……。
 口内からセフィロスの舌が抜き取られると、名残を惜しむように、互いの舌先を唾液が繋いだ。
 ふん、と息を吐き、セフィロスは鋭い眼で俺を見た。

「これでも、親愛のキスと言えるか?」

 挑むように言われても、頭がぽうっとしているから答えられない。
 涙目の俺に、セフィロスは困りきった表情をする。

「刺激が強すぎたか。まさか、ディープキスはしたことないのか?」
「ディ、ディープ……何それ」

 力が抜け切ってしまい、セフィロスにもたれたまま、俺は疑問に思う。

「何とは、恋人たちや愛人関係にあるものが交わす接吻だが……」

 言いながら、ふと何か思い当たったようにセフィロスは片眉を上げる。
 そして俺も、セフィロスの言葉に目を見開く。

「……おまえは、まだ十三歳だったな。まだ女と関係したことのない、まっさらな状態なのか」
「え、え――…と……」

 今のキスは、恋人や愛人関係にあるものがするキス。ということは……。
 信じられない、まさか皆の憧れの存在であるセフィロスが、俺なんかに。
 いや、男女問わずより取り見取りのセフィロスが、本気で俺なんか相手にするわけない。

「あ、あの……、俺、遊ぶとかそんなの、出来ない。
 軽い気持ちで付き合えるほど、俺、器用じゃないし、そういう意味で独り占めしたひとを羨んだわけじゃないよ」

 俯いて弱々しい言葉を吐く俺に、頭上からセフィロスが溜め息を吐く。
 ずっと憧れていたセフィロス。偶然が重なり、そのひとと何度も会ううちに、彼の存在は俺のなかで大きくなった。
 けれど、ソルジャー・アンジールのような親友になりたいとは考えたことないし、そんな願いは大それていると思う。
 ――ただ見ているだけで、たまに会えるだけで、俺は幸せなんだ。
 だから、今の形を、壊したくない。
 そう思っていると、突然セフィロスの腕が俺の身体に絡められ、強い力で抱き締められる。
 耳元に囁かれる艶やかな低い声は、熱を帯びていた。

「……オレは遊びで口づけたわけじゃない。
 最初から、本気だった。だから、おまえを庇ったんだ。
 ――おまえを、誰にも渡したくなかった。
 アンジールに、おまえへの想いは恋なんだと言われたが、間違いない。
 オレはおまえが好きだ」

 切なげな声に、俺の身体が軋む。

 ――セフィロス……本気で?

 抱き締める腕の強さや、囁かれる声に滲む苦しげな響き……疑いようがない。
 何だろう、胸が熱く痺れてくる。悲しくないのに、涙が溢れてくる。……嬉しいと、感じている。
 どうして、このひとのためなら、どうなってもいいと思ったのか。このひとになら、何をされても構わないと思ったのか。

 ――俺も、セフィロスが好きなんだ。

 そしてそれはセフィロスも同じで、俺の危機にいつも助けてくれた。俺のために自分を犠牲にするようなことまでしてくれた。

「ごめん、セフィロス、疑って……」

 このひとは、態度で示してくれていた。誰かと一緒にいても、揺るぎないものが確かにあった。

「俺も、好き……」

 気持ちは高ぶってくるのに、出てきた言葉はこれだけだった。
 だが、それでも伝わったようだ。セフィロスは俺に微笑みかけると、唇で涙を吸い取ってくれた。
 片方の眼の涙を吸い取ったあと、セフィロスは俺の額に口づけ、もう一方の涙にも唇を当てる。そして再びキスされる。ついばむように何度も唇を吸われ、口づけは徐々に深くなってゆく。

 ――あぁ、目覚める前に感じた感触は、これだったんだ。
 俺はまた襲われるのかと思ったけど、違ったんだ。

 そう思考したとき、ぞわりと疎ましい記憶がフラッシュバックする。
 耳たぶを軽く噛んだあと、セフィロスの唇と舌先は項を彷徨う。
 ぬらりとした舌の蠢きが、ソルジャー・ジェネシスの差し向けたソルジャー達の行いと被ってくる。――勝手に身体が震えてくる。
 敏感に俺の変化を察知したセフィロスは、俺をベッドに横たわらせると、密着していた身体を放した。

「――思った以上に、こころの傷が深いみたいだな。
 無理強いすると、おまえの精神を壊しかねない」

 そう言ってベッドを降りたセフィロスのシャツの裾を掴み、俺は彼を留めた。――セフィロスを、がっかりさせたくない。

「だ、大丈夫だから……」

 だが、セフィロスは首を振ると、俺の頭を優しく撫でた。

「焦ってはいない。焦ればし損じるだけだ。
 それより、夕食がまだだろう、軽く何か作ってくる」

 そして、セフィロスは寝室から出ていった。黙って見送ることしか出来なかった俺は、唇を噛む。

 ――悔しい……セフィロスの期待に添えないなんて……。

 弱すぎる自分が痛い。なんであれしきのことで、立ち直れないほどの打撃を受けているんだ。
 俺はセフィロスになら何をされても構わないと思っていた。けれど、身体と精神が裏切る。

 ――言っていることと現実が違う……。

 情けない、情けなくて堪らない。
 先程と違う涙が、込み上げてきていた。






 寝不足やストレスから、最近の俺は少食だった。
 あらかじめスィースルからそのことを聞いていたのか、セフィロスは腹に優しいチーズのリゾットを作ってくれた。
 前も食べたけど、セフィロスの手料理は美味しい。口に運ばれてゆくスプーンの動きは、快調だった。

「そんなに急いで食べると、胃に障るぞ」

 ダイニングテーブルに野菜のサラダを添え、グラスにミネラルウォーターを注ぎながら、セフィロスは笑う。
 その時、キッチンカウンターに置かれていたセフィロスの携帯がけたたましく鳴る。受信ボタンを押すと、セフィロスは会話し始めた。

「あぁ、ラザードか。どうかしたのか?」

 俺に背を向け話すセフィロスに、聞き覚えのある通話相手の名を記憶から手繰り寄せる。

 ――確か、ソルジャー部門の統括だったはず。

 ということは、仕事関係なんだろうか。もしかすると、急な任務が入ったのかな。
 だったら、すぐにでもセフィロスは出掛けるかもしれない……。俺は少し淋しくなる。
 が、セフィロスの気配がピリピリしてきたので、もっと深刻な事態が起きたのかも、とよくない予感がしてくる。
 やがて通話が終わり携帯を閉じると、眉間にくっきりと縦皺を刻んだセフィロスが振り返った。

「悪い、今から本社ビルに行ってくる」
「新しい任務が入ったの?」

 たぶん違うと思いながら聞くと、セフィロスは重い嘆息を吐いた。

「現在、ウータイでの戦いが大詰めに入っているのは知っているか?」
「知ってるよ」

 縛っていた髪を解き、セフィロスはクローゼットのある寝室に向かい掛け、足を止める。

「……その戦いにジェネシスが多数のソルジャーとともに投じられていたが、それらを連れて失踪したそうだ。
 同時に、ジェネシスとアンジールの担当だった科学部門のホランダーも辞職届けを残して行方をくらました」

 え……何だって?
 ソルジャー・ジェネシスが、大勢のソルジャーとともに、行方不明……?
 スプーンを運ぶ手を止め考え込んでいると、ダンッ! と強く壁を殴り付ける音が響いた。
 恐る恐る音のしたほうを見ると、凄まじい怒りの形相をしたセフィロスがいた。

「あいつ……! 似合わぬ無茶な真似をしたかと思えば、こういう結果か……!
 暴挙を起こす前に、何故なにも言わなかったんだ!」

 そう吐き捨てると、セフィロスは寝室に消えた。
 似合わぬ無茶な真似とは、たぶんソルジャーに俺を襲わせたことや、卑怯な真似をしてセフィロスを為すが儘にしたことだ。
 俺からすればいい印象のない相手でも、長い付き合いのセフィロスには、また別の感慨があるのだろう。
 黙り込んでいると、黒皮のロングコートに着替え正宗を手にしたセフィロスが、直接玄関に向かわずダイニングに姿を見せた。

「オレはいつ戻るか分からない。先に風呂を使って寝ておいてくれ。
 ベッドはオレも一緒に使う。遅く帰ってきても、起こさないようにベッドに入るから気を使うな」

 それだけ言い置いて、セフィロスは玄関に向かった。扉の閉まる音を聞きながら、俺は当惑する。
 先に寝ろと言われても、事件のことが気になって寝られるだろうか。
 でも、言われたことは守らないと。俺は中断していた食事を再開した。






 言い付けられたとおり風呂を済ませた俺は、スィースルが届けてくれた荷物のなかからTシャツとスウェットパンツを身につけ、セフィロスのベッドに入った。
 何だか、夢のようだ。俺みたいなしがない一般兵が、英雄セフィロスのベッドに眠るなど。
 いや、それだけじゃない。あのセフィロスが、一緒に寝ると言った。それは、俺が恋人という立場になったから……。
 ……恋人……?

 ――うわッ、すごく照れる! 憧れのセフィロスが恋人なんて……。

 照れて浮かれるのと同時に、不安も沸き上がってくる。

 ――でも、本当に俺みたいな何の取り柄もない奴で、セフィロスは構わないのかな。

 照れたり落ち込んだり、いまの俺は情緒不安定だ。嬉しいには違いないが、身の丈に釣り合わない相手が恋人になると、気苦労が増える。
 はぁ、と溜め息を吐くと、俺は枕に顔を埋める。

 ――いい匂いだな。セフィロスのシャンプーの匂いだ。

 色んな薫が交じってるけど、嫌味なく調和している。
 セフィロスが使っている神羅社製シャンプーとリンスは、バニラやローズ、ジャスミンなど、色んな匂いのものがある。
 セカンドハウスに泊まらせてもらったとき少しずつ匂いを確かめたが、俺はオレンジフラワーの薫りを気に入り使った。だから、今回も同じもので髪を洗った。
 会うたび、セフィロスの長い銀髪からは違う薫りが漂っている。シャンプーの匂いに包まれていると、セフィロスと一緒に居るようで安心する。
 俺はセフィロスの薫りに癒されながら、深い眠りに就いた。






「……クラウド、朝だぞ」

 耳朶に囁かれた低い声と、髪を撫でる掌の感触に、俺は重い瞼を開ける。

 ――あれ、すごく長い銀髪だ。素肌に垂れ掛かって、綺麗だな……。

 ぼんやり見ているうちに目の焦点が定まってきて、俺は飛び起きる。

「あっ、えっ、ああっ?!」

 見事な胸板を余すところなく晒した裸のセフィロスが、俺の隣で寝そべっている。寝具は腰の際どい辺りまでしか掛かっておらず、彼が全裸だということを目視させられる。
 びっくりしてパニックになる俺の身体を、セフィロスはにやにやと笑いながら腕のなかに引き込んだ。

「セ、セフィロス、セクハラだッ! 視界の暴力だッ!」

 生々しい肌の感触にどぎまぎしながら、俺はセフィロスの腕から逃れようとじたばたする。

「失礼だな。オレの裸を見てそんな反応をするのは、おまえが初めてだ。
 おまえ、オレになら何をされても構わないと言っていたな。だったら、我慢しろ。これから毎日、ずっとだ」

 偉そうに言ってのける英雄サマに、俺は呆れ返る。
 そりゃ、俺だってポスターや雑誌のグラビアでなら平気だよ。むしろ見とれてしまうくらいなんだ。
 けれど、間近に英雄の生の裸――それも全裸――があると、目の遣り場や反応に困ってしまう。

 ――確かに、セフィロスになら何をされても構わないと言ったよ。
 でも、朝から素裸を見るのは、どうにもいただけない。
 それも、今日だけじゃなく、これから毎日、ずっとだなんて……。

 こころの中で愚痴りながら、はたと気付く。
 これから毎日、ずっと……?
 俺は背けていた目をセフィロスに向ける。

「これから毎日って、どういう意味……?」

 引きつりながら言う俺に、セフィロスは悪戯っぽく笑う。

「言葉のままだが。おまえにオレを独占させてやる、と言っただろう。
 一般兵の寮長には、おまえをオレの元に引き取ると、既に届けてある」

 呆然とする俺に構わず、セフィロスは爆弾発言をする。
 お、俺……寮に帰れない? これからずっとセフィロスのもとに……?
 怒りで立ちくらみしそうになるのを、俺は寸でのところで堪える。
 寝耳に水だ、そんなこと、まったく聞いてない!

「なんでそんな大事なことを勝手に決めるんだよ!
 俺は一般兵らしく、寮で生活したいのに!
 それに、俺にあんたを独占させてやると言いながら、やってることが逆だろう?!」

 一気にまくしたてる俺を、セフィロスが呆れたという眼差しで見る。
 そしてひとつ溜め息を吐き、セフィロスは憮然とした眼で俺を凝視した。

「……誰のおかげで熟睡できたと思ってるんだ? おまえは、ストレスや悩みで不眠だったのだろう」

 そう言われ、はっとする。
 昨夜は嫌な夢を見なかった、セフィロスの薫りを感じるだけで、安らぐことが出来た。
 今だって、どきどきするけど、抱き締められてるとすごく安心する。
 目を伏せる俺に構わず、セフィロスは話を続ける。

「おまえの現状を解決するには、オレに預けるのが一番だとクレトゥが懇願してきたんだ。
 オレとしても、おまえを庇護のもとに置けたら、安心できる。
 そして、おまえとの仲を進展させるのに、いい機会だと思った」

 そうか、俺の不調を見兼ねて、スィースルがセフィロスに頼み込んだんだ。
 スィースルは俺以上に俺のことを知っているかもしれない。だから、俺はセフィロスのお陰で悩みを半ば解決できた。
 ――俺が自分の気持ちに気付き、セフィロスと想いを通じ合わせることが、解決の糸口だったんだ。

「オレとしては、これが最も重要なんだが……共に居ることによって、いつかおまえも身体ごとオレを受け入れられる日が来るかもしれないと、希望を抱いている。
 結ばれたい、身体ごと愛し合いたいという欲求が、トラウマを乗り越える鍵になるはずだ。
 だから、できるだけおまえと一緒に居ることにした」

 真摯な眼で告げるセフィロスの情愛に、胸が熱くなってくる。――俺って、本当に大切に思われてるんだ。

「ありがとう……セフィロス」

 素直に口から出た感謝の言葉。言ってから、ものすごく気恥ずかしくなってきた。
 羞恥する俺に微笑むと、セフィロスは軽く俺に口づけ、抱き締めてくる。

 ――これが、幸せ……なのかな。

 俺の少ない人生経験では、幸せがどういうものなのか、具体的に思い浮かばない。が、ふんわりと胸が暖かい心地が、幸せなのかもしれない。

 ――俺、いつかセフィロスの期待に応えたい。

 いまのままの半端な関係ではなく、身もこころも結ばれたい。
 幸福感に浸っている俺の耳に、セフィロスが語り掛けてくる。

「今日は一緒にいられるようにした。
 おまえの上司には、俺の名で欠勤届を出しておいた。
 俺は命令拒否の権限を使って、任務をキャンセルした。
 ジェネシスのことも、すぐに何かが動くわけではないだろう」

 呑気なセフィロスの言葉に、今度こそ俺は眩暈で倒れそうになった。
 な、なんて勝手なひとなんだ!

「あんたなんて最低だッ! ひとに断りもなく、全部自分で決めるなよ!」
「俺になら何をされても構わないと言ったのはおまえだろう?
 だからそうした、それのどこがいけない」

 しれっと返す英雄サマに、俺は怒りでわなわなと震えてくる。



「前言撤回だ! 性悪英雄の我儘を聞くために言ったわけじゃない!」
「その性悪を好きだと言ったのは、どこのどいつだ?」



 不毛な会話を交わしながら、俺たちはベッドのなかでごろごろし続けた。
 勿論、勢いで口から出ただけで、セフィロスになら何をされてもいいという気持ちは変わらない。
 ただ、やっぱり起き抜けに全裸はきつい。が、裸で寝るのがセフィロスのいつもの習慣らしく、何かを着て寝るのは落ち着かないらしい。
 だったらまぁいいかと思う俺は、相当セフィロスが好きなのかもしれない。




 やがて来る悲劇をまえに、俺たちはこころを通わせた喜びに浸っていた。


 何があっても揺るぎない絆があると、無邪気に信じたまま、その絆が壊れてしまうとも知らずに――。







end
 

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