prayer

第8章 憧れのひと by.Cloud




 ――夢が壊れた俺は、どうしたらいいんだろう。

 幼なじみの女の子に、ソルジャーになると大口叩いて、故郷・ニブルへイムを出てきた。
 二ヵ月後には神羅カンパニーのあるミッドガルに辿り着き、神羅カンパニーの入社試験や面接、適性検査を受け、なんとか採用通知をもらった。

 ――でも、俺の採用先はソルジャー候補兵ではなく、一般神羅兵だった。

 俺の何が駄目だったんだろう。
 ニブルへイムにいた頃は、近所の男たちと意地の張り合い、喧嘩三昧で、腕っぷしは強いほうだと思っていた。
 俺の何が悪くて、ソルジャー候補兵になれなかったのだろう。

 ――分からない、何一つ分からない。

 折角神羅カンパニーの入社が決まったのに、俺の気持ちは晴れず、割り当てられた一般兵の寮で鬱々と過ごしていた。






「ねぇ、そんな暗い顔してたら、幸せ逃げるよ?」

 相部屋に入室することになった同期の神羅兵・スィースル・クレトゥが馴々しく声を掛けてくる。
 俺は同室になってから一週間無視し続けていたが、スィースルは諦めず話し掛けてきた。
 あまりにしつこいので、俺は彼を睨む。

「うるさいな、あんた」

 刺のある口調で言ったのに、スィースルの笑顔は変わらなかった。
 それどころか、妙に嬉しそうに見える。

「やっとまともに話してくれたね、クラウド」

 俺は明らかに邪険に扱っているのに、こいつにはまったく通じない。俺は呆れた。

 ――こいつ、空気が読めないのか?

 それとも、まったく読む気がないのか。何とも掴みにくい。
 スィースルは妙に俺のことを気に掛けている。
 人好きする容姿と仕草が功を奏しているのか、彼は食堂で人気の定食を抜け目なく取ってきてくれたり、各自に割り振られる日用品もいいものを手に入れてくれた。
 本来誰とも群れたくない俺だったが、色々してくれるスィースルを無下にもできず、いつのまにか友達のような間柄になっていた。






 入社式を明日に控えた夕刻、スィースルに誘われ、俺は八番街を歩いていた。

「クラウド、君が神羅に入ろうと思ったのは何故?」

 知り合ってから半月、スィースルは俺が神羅に入ろうと思った理由を一度も聞いてこなかった。単に興味がないだけかと思っていたが、違ったようだ。
 誰とも馴れ合いたくなかった以前とは違い、俺はスィースルに気を許しはじめていた。

「……俺、本当はソルジャーになりたかったんだ」

 俺の告白に、スィースルはあぁ、と頷く。

「君も、英雄みたいになりたかったんだ?」
「……そんなとこだな」

 片田舎のニブルへイムに半月遅れて届けられる神羅日報。そのどれにも神羅の英雄・セフィロスの記事が載っていた。

 ――神羅最強のソルジャー・セフィロス。

 女性的な美しさを持っているのに、戦うときの強さと逞しさは、凛々しく格好いい。
 誰にもこころを開くことができず、同じ年頃の男子たちのなかに入っていけなかった俺。
 内向的な性格を男子どもに馬鹿にされ、彼らに囲まれた初恋の少女・ティファに話すことも出来なかった。
 俺はいつしか、男子どもと自分を引き比べるようになり、俺はあいつらとは違う、と思い込むようになった。――そうしないと、狭いニブルへイムで生きていけなかった。
 そんな頃、たまたま読んだ新聞記事で見た英雄・セフィロスの雄姿。
 俺は無条件に英雄に憧れ、毎日英雄の姿を探すため新聞を読むようになった。
 そんな俺が英雄・セフィロスのようになりたい、と思うのは自然なことだった。

 ――俺も英雄のようになりたい。英雄のようになって、俺を馬鹿にした奴らを見返してやりたい。

 その一念でミッドガルに行くことを決め、出発前夜に勇気を振り絞り、ティファを給水塔に呼び出した。
 滅多に話し掛けてこない俺に誘われ、ティファは面食らっていた。自分の夢を語り続ける俺に、戸惑っているようだった。
 が、最後にティファは目を輝かせこう言った。

『クラウドが有名になって、わたしが困っていたら……、クラウド、わたしを助けに来てね』

 あの時は、何を思ってティファがそう言ったのか分からなかった。
 彼女は自分がピンチのときに、ヒーローが助けに来てくれるのを、一度だけでも経験したい、とも言った。

 ――女の子っぽい夢……。
 けれどそれは、ヒーローが俺じゃなくてもいいってことじゃないのか?

 例えば、助けるのが俺でなくても、ヒーローとして有名な三人のソルジャー・クラス1st――セフィロスやアンジール、ジェネシスでもいいってことじゃないか。

 ――結局、ティファも自分の夢だけ見てるってことだよな……。

 俺は自分のことを棚に上げそう思った。
 それから、俺のなかのティファへの思いは、淡い恋だけでない、ある意味現実的で複雑な色が絡むようになった。
 ――その分、英雄・セフィロスへの憧れは純化されていったが。
 俺は首を振り、スィースルに向き直る。

「……でも、いいんだ。仕方がないんだから。
 俺は一般兵として、自分の出来ることをする」

 ある意味、強がりが含まれた言葉。
 俺の告白に、スィースルは微笑んだ。

「……クラウド、ソルジャーになれなかったけれど、そうがっかりすることないよ。
 一般兵もソルジャーと仕事をする機会があるだろうし、俺とも会ったしね。
 そんなに悪くないと思うよ」
「……何だよ、それ」

 確かに、一般兵もソルジャーと同じ任務に着くことがあるだろうから、同じミッションで遠目から英雄を見ることが出来るかもしれない。
 でも、おまえと会えたことが、そんなに悪いことじゃないのか? おまえのペースに乗せられてばかりのような気がするが。
 ……まぁ、それも悪くない、か。
 自分でも矛盾したことを思っているが、構わない。
 ――とりあえず、俺の生き方をするだけだ。






 入社式当日、会場は新兵の騒めきで溢れていた。
 プレジデント神羅が挨拶をするのは毎年恒例のことだが、今年は高名な1st三人も壇上に上がるらしい。
 ニブルへイムという人口密度極小の村に生まれ育ち、極度の人見知りの俺は、やはりというか人込みが大の苦手だった。

「1st三人をこの目で見られるのは感動だけど、ステージからこう離れていると、はっきりと目視できないね」

 上司への礼儀として、俺たちは軍帽を外している。――それでも、スィースル含め周りの奴らは、俺より圧倒的に背が高い。何だか、それが悔しい。
 式の直前に所属する部隊の発表が行われたが、俺とスィースルは同じ隊に所属することになった。スィースルの飛び上がらんばかりの喜びように、俺は少しばかり付いていけなかった。
 そうこうしているうちに、ステージ上にプレジデント神羅と、1st三人らしい人物が上がる。

 ――あ……。

 遠くからも分かる、煌めく白銀の長髪と、黒いロングコート――セフィロスだ。
 その彼の傍にいる赤いコートの男性が、ソルジャー・ジェネシス、ソルジャーの制服を着ているのがソルジャー・アンジールだろう。

「あの面子だと、ソルジャー1stのなかで挨拶をするのは、サー・アンジールだろうね」

 スィースルが話し掛けていたが、俺は聞いていなかった。

 ――俺……今、英雄と同じ空気を吸ってるんだな。

 それだけで感動してしまえる俺がいる。
 身長が低い俺は、前に並ぶ新兵の背により視界を遮られてしまう。――それでも、英雄を見たかった。
 プレジデントの演説を聞かずに必死に背伸びして、俺は英雄を覗き見る。たまに飛び跳ねるように、爪先立ちで見続ける。
 こういうとき、背が低いのは損だ。段々と足が疲れてきて、もつれて倒れそうだ。
 あぁ、本当に演説が長い、じれったい。足が笑う前に早く終わってくれ、と俺はプレジデントに内心毒吐く。――それがいけなかったのかもしれない。

「うわッ!」

 俺は小さく叫び、後ろに倒れかける。が、スィースルに辛うじて抱き抱えてもらい、転倒を免れた。

 ――こ、こんな公式の場で、恥ずかしすぎる!

 周りの奴らにはじろじろ見られ、俺を支えたままのスィースルにはくすくす笑われている。穴があったら入りたい。この場から出られるなら、今すぐ出たい!

「あーぁ、クラウドただでさえ目立つのに、注目の的だね。
 サー・セフィロスにまで笑われてるよ」

 ――え、えぇっ?!

 スィースルのとんでもない一言に、俺は壇上を見る。

 ――確かに、肩を揺らして、英雄がさも可笑しそうに笑っていた。

 何だか、人生最大の汚点を作ったような気がする。え、英雄に笑われるような失態を犯すなんて――…。
 いや、恥は掻き捨てだ。英雄と会う機会など皆無に等しいだろう。こんな一瞬の出来事、英雄はすぐ忘却の彼方に押しやってしまうに違いない。
 同僚には別に何を思われても構わなかった。

 ――にしても、まだ足の力が入らない。スィースルに支えられたまま入社式が終わるのを待つのかよ。は、恥ずかしいにも程がある。

 でも、支えがないと倒れてしまう。それも厄介だ。
 仕方なく、俺は前から見えないようにスィースルの片手で支えてもらい、ソルジャー・アンジールの訓示を聞いていた。
 そうやってやり過ごすうちに、入社式が終わった。






「兵士として戦うなら、夢と誇りを必ず持て、か――…。
 サー・アンジールはいいこと言うなぁ」

 そうか? と口には出さず、俺はベンチに座りスィースルの言葉を聞いている。
 入社式が終わり、部隊ごとに別れて顔合わせをした頃には、夕闇が迫っていた。

「でも、入社式の君は本当に面白かったね」
「……言うなよ。俺は忘れたいんだ」

 手持ち無沙汰にヘルメットを弄びながら、拗ねて俺は言った。
 あの時の俺をまた思い出したのか、スィースルは軽やかに笑っている。
 こういう場合は放置するのが一番だと思い、俺はソルジャー・アンジールの訓示を回想する。

『兵士として生きるなら夢を持て。そしてどんなときも誇りを手放すな。
 それがおまえたちを兵士たらしめる』

 俺はヘルメットをぎゅっと握る。

 ――夢を無くした俺はどうしたらいいんだよ。
 誇り? そんなもの、自分の何に持ったらいいんだ。

 ソルジャー・アンジールの言葉は、俺を惨めにさせただけだった。
 ――とその時、近づいてくる気配があった。
 それに気付き、俺とスィースルは身体を堅くする。
 見ると、黒いスーツを着た男たちが目の前に立っていた。

「クラウド・ストライフはおまえか?」

 いきなり名指しされ、俺は息を飲む。
 俺を庇うように前に出、スィースルは口を開いた。

「タークスの方々が、俺たちに何の御用ですか」

 タークス――聞いたことがあるような気がする。が、動転していて思い出せない。
 おまえに用はないと言い、タークスはスィースルを横に追いやる。男はベンチに座っている俺の腕を掴んで立たせた。

「俺たちとともに来てもらう」

 俺はごくり、と唾を飲み込む。

「――何のために」

 妙に落ち着いた声が出た。が、心臓はばくばく鼓動を叩いている。

「今は言えない。とりあえず、我々に同行しろ」

 そのまま手を引かれ、俺は歩きだしてしまう。
 ――が、

「その必要はない」

 後ろから二の腕を掴まれ、踏み出した俺の足は止まる。
 頭上から降り注いだ、艶のある低い声。風に揺れ後方から流れてくるのは、輝く銀の糸。
 あ……とタークスやスィースルが息を飲んでいる。

「サー・セフィロス!」

 ――え?
 唖然、としたあと、咄嗟に俺は振り向き、瞠目した。

 ――本当に、英雄・セフィロスがいた。

 俺にふっと笑い、英雄はタークスに鋭い視線を向ける。

「話はオレが直接プレジデントにつける。
 だから、この子を解放してやれ」
「しかし……」

 有無を言わせぬ声音だったが、タークスも任務を譲れないのだろう。中々引き下がらない。
 が、それも英雄の氷の気配には適わなかった。

「聞こえなかったのか?
 オレの機嫌が悪くなる前に、早々に立ち去れ」

 英雄のその言葉は、百戦錬磨の凄味を帯びていた。
 危険を感じたのか、タークスは足早に去っていった。
 俺は改めて英雄・セフィロスを見る。
 新聞に載っていた彼より、やはり綺麗だ。整いすぎた顔の造形も、シルクのような長い銀の髪も、黒い戦闘服のラインを通して分かる、筋肉質で引き締まった身体も。
 でも一番の驚きは、首が疲れるくらい顔を上げなきゃ見ることができないほど、彼の背が高かったことだ。こんなの、新聞記事じゃ分からない。
 食い入るように英雄を見ていた俺にまずいと感じたのか、スィースルが俺の肩を叩いて我に返らせた。

 ――えっ…あっ、……うわっ!

 瞬時に当惑し、焦る俺。
 じっと食い入るように見ているなんて、英雄に失礼じゃないか! 俺、また失敗したッ!!
 手で頭を抱え、嫌な汗が吹き出てくる俺にぷっ、と噴き出し、英雄は腹を抱えて笑い始めた。

 ――あ……え、あれ?

 英雄は大ウケしているけど……そんなに可笑しいか?
 そういえば入社式で俺が倒れかけたときも、このひとは肩を震わせ笑っていたっけ。
 とにかく俺は困惑し、笑い続ける英雄にどうしたらいいか分からずつっ立っている。
 やがて笑いが納まったのか、優しげに目を細めて微笑み、俺の頭を撫でたあと、英雄はひらりと手を振り立ち去った。
 俺は英雄の後ろ姿を見送りながら、はた、と気付く。

 ――俺……憧れのひとに、頭を撫でられた。

 神羅に入社したその日に英雄と間近に会い、その上触られた。物凄く幸運なんじゃないだろうか。
 何だか、頬が熱くなってくる。

 ――一般兵として入社したけど、やはり悪くないかもしれない。


 頬を紅く染める俺を見ていたスィースルに、後々までからかい続けられたのは、いうまでもない。




 ――あんたとの始まりは、本当に些細なことだった。
 が、後から考えると、とても因縁めいていたと思う。


 あんたとの断ち切れぬ宿縁は、ここから始まる。







end
 

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