prayer

第9章 空色の瞳 by.Sephiroth




 これ程誰かにこころを奪われたのは、生まれて初めてだ。

 くせのあるハニーブロンドの髪。
 曇りのない、少し生意気そうな空色の瞳。
 背の低い、成長の余地を感じさせる少年――。

 何故か、目を離せなかった。ただ、居場所を知りたかった。
 まさか本当に少年がどこに居るのか、勘で探り当てられるとは思わなかった。
 が、あの場に辿り着いたのは、天恵だと思う。

 ――少年はプレジデント神羅が差し向けたタークスの手に引かれ、プレジデントのもとに連れ去られようとしていた。

 プレジデントのもとに連行されるということは、すなわち少年がプレジデントの醜悪な性癖の犠牲にされるということだ。
 オレはすぐさま少年の手を掴んで止め、タークスを脅してその場から引かせた。
 助けられた少年は、何の混じり気もない真っ直ぐな眼で、オレを見つめていた。
 『英雄』を前にして怯まない、勝ち気で生真面目な瞳に、オレは一種の心地よさを感じた。
 思えば、ある意味風変わりな少年なのだろう。
 入社式からして、少年は人目を引いていたのだから。






 少年は入社式の最中であるのに、プレジデントの演説も聞かず、身体をもぞもぞと動かしていた。

 ――何だ、あれは。

 上背があり、ソルジャーのなかでも優れた目を持っていたオレは、飛び跳ねたり背伸びしたりしている少年に気付き、ステージ上からじっと観察していた。
 頬を紅潮させながら、思うように前を見られない不満に唇を噛んでいた少年の整った容貌は、可憐の一言に尽きる。
 が、少年の行動には危うさも付き纏っていた。最初はよかったが、足の筋肉に限界がきたのか、少年のチョコボのような髪が、支えなくゆらゆら揺れはじめていた。

 ――あれは、そのうち倒れるな。

 オレは間違えないだろう予測に、思わずにやりと笑ってしまう。
 それを隣で見ていたジェネシスが、訝しげにオレに小声で尋ねてくる。同様に、アンジールもオレの様子を窺っていた。

「何が可笑しいんだ?」

 オレはジェネシスとアンジールに目配せする。

「いや、あの少年兵の動きがな……」

 言い終わる前に、「うわッ!」という小さな悲鳴と、一般兵の騒めきが挙がる。
 思わず騒音がしたほうを見、事態を確認してオレは噴き出してしまった。

 ――思ったとおり、少年は態勢を崩し倒れかけた。

 幸い隣に居た栗色の髪の青年に抱き抱えてもらい、少年は転倒を免れる。
 が、それが却って悪目立ちする結果となり、一般兵やプレジデント、神羅カンパニーの幹部連中の目に留まる結果となった。

「何だあれは。不恰好だな……」

 美を重んじるジェネシスが呆れて言う。
 が、オレの笑いは止まらない。腹を抱え、本気で爆笑してしまった。
 ジェネシスが眉を寄せる。

「何事にも動じない英雄が、あれしきのことで感情を揺り動かされるか」

 親友にそう指摘され、はっと我に返る。

 ――このオレが、爆笑した?

 自分の感情に疎く、物事にこころ動かされないオレが、少年の一挙一動に気を取られていたのか。
 思わずオレの心情にオレ以上に聡いアンジールを見ると、機嫌を損ねているジェネシスを宥めながら笑いかけてきた。
 不可思議な気持ちを抱えながら、再びオレは少年を眺める。
 少年は綺麗な顔立ちの同輩に支えられたまま、眉をぎゅっと顰め、拗ねて膨れた面持ちをしていた。
 一度注目を集めたことから、一般兵たちが少年をじろじろ見ている。同輩の青年が少年を庇うように、鋭い眼差しで同僚をねめつけていた。
 面差しでいえば、傍らにいる青年のほうが女性的な顔立ちをしているだろう。
 が、少年の憂いを含んだ空色の瞳のほうが気に掛かるのは、気のせいだろうか?
 青年のほうが、男らしい逞しさを持っているように見える。少年はどこか空虚で脆そうに感じる。
 思った以上に少年に気を取られている自分に、自嘲の笑みを浮かべる。

 ――何がどうしてそう気になる、セフィロス。
 たかが、少年兵じゃないか。

 が、こころが酷く騒めく。胸に何かが刺さったような気がする。
 プレジデントの演説が終わり、アンジールが草案を手に演説台に上がってゆく。――説教好きのアンジールのことだ、草案があっても意味をなさないだろうが。
 ふとプレジデントを見ると、タークスの主任・ヴェルドを呼び寄せ、何か耳打ちしていた。
 ヴェルドは一瞬眉間を曇らせたものの、プレジデントの与えた任務を遂行するため、ステージ脇に戻っていく。

 ――プレジデントのことだ、また下らん用事を押しつけたのだろう。

 オレも幼い頃プレジデントのベッドに呼ばれる度、タークスに送り迎えされていた。
 今は自分からプレジデントの夜伽という任務を、年齢や体格差などから『命令拒否』しているが、オレとプレジデントの事情はタークスが一番よく知っている。
 そしてそんなオレだからこそ、プレジデントがタークスに与えた任務も予想できるのだ。

 ――さしずめ、少年の隣に居た美貌の青年が、今夜のプレジデントの相手だろう。
 あれほどの美しさだ、プレジデントは中々離したがらないだろうな。

 『命令拒否』してからも、プレジデントはオレに対し、執拗に誘いを掛けてくる。
 が、今のオレはプレジデントでさえ容易に手が出せないほど、戦闘力と破壊力を身につけていた。

 ――新しいターゲットには悪いが、せいぜいプレジデントに可愛がってもらえ。

 オレは呑気にそう思い、少年を時折見やりながら、退屈な入社式が終わるのを待っていた。

 ――プレジデントの本当の標的が、オレのこころを捕らえた少年だと知らずに。






 オレは少年を解放させるため、自分が直接プレジデントに話を付けると、タークスに言った。

 ――それは、オレが少年の身代わりになることに他ならない。

 あのプレジデントが、ただで狙った獲物を逃すはずがない、代価が必要だ。――オレ以上に、適した代用品はない。
 オレは自分の掌を見る。

 ――柔らかく綺麗な金の髪。その感触が手にこびりついて、離れない。
 長い間オレをじっと見ていたことに気付いて当惑した少年の愛らしさを、壊したくない。

 自分でも愚かだと思う。
 あれほど嫌だったプレジデントとの情事。逃げたはずなのに、自分からプレジデントに抱かれに行くのか。――あの少年のために。
 たった一目見ただけなのに、何故庇おうとしているのか。そんなに、少年を護りたいのか?
 オレはかぶりを振る。

 ――オレは知りたいだけだ。何故あの少年にこれほどこころを揺さ振られるのか。

 オレと間近に接し、無礼をはたらいたことに、ひどく狼狽した少年。
 顔を真っ赤にし頭を抱える姿に、笑いが込み上げてくるとともに、こころが暖かくなった。――こんなこと、今までなかった。
 だから、確かめたい。この気持ちが何なのか。ただ、それだけだ。
 オレは正宗を握り締め、プレジデントの私室の扉を開いた。






「クラウド・ストライフの代わりにおまえが来るとは、どういう心変わりだ?」
「――貴様には関係ない」

 天蓋付きベッドに横たわり、ウイスキー片手に手招きするプレジデントをあらんかぎり睨み付け、オレは正宗の切っ先を忌まわしき男に向ける。
 少し目を見開いたが、プレジデントは辛うじて笑みを保っていた。

「物騒なものを持ち込むな。不粋ではないか」

 正宗を構え、目で見据えたまま、オレはプレジデントににじり寄る。

「今後一切、クラウド・ストライフに手を出すな」
「どうして」
「――どうしてもだ。
 手を出したなら、貴様を斬り刻み、神羅カンパニーを壊滅させてやる」

 プレジデントの喉元を刃先で軽く突きながら、オレは低い声で凄む。
 オレの脅迫に、プレジデントは苦笑した。

「それは困る。今のおまえには、本当にわしを斬り刻み、神羅カンパニーを壊滅させる実力があるからな。
 ――そんなにクラウド・ストライフがいいのか?」
「貴様には関係ないと言っただろう」

 問きり型なオレの回答にため息を吐き、サイドテーブルにグラスを置いて、プレジデントはベッドに寝そべった。

「いいだろう、今後一切クラウド・ストライフに手を出さん。
 が、割りが合わんと思わんか? セフィロス。
 わしは今夜瑞々しい少年を抱けると期待していたのに、とんだ空振りだ。
 ――身体が餓えて仕方がない。責任を取ってくれないか。
 おまえの要求だけ飲むなど、一方的過ぎるだろう?」

 粘り着く目線で全身を舐めまわすように見るプレジデントに吐き気を憶えながら、オレはベッドサイドに正宗を置いた。

「……今夜だけだ。あとはない」

 肩当てを外しロングコートを脱ぎながら、ちらりとプレジデントを流し見る。
 ごくり、とプレジデントの唾を飲む音が聞こえた。

「まったく、つれないな。
 わしはおまえが何歳になろうが、背が高く筋肉質な身体をしていようが、構わないというのに。
 それはそうと、今夜は突然のことだから、催淫剤を用意していないぞ」

 腰のベルトを外しレザーパンツを脱ぐと、オレはベッドに上がる。

「構わん。今夜は貴様のダッチワイフでいてやる」

 直ぐ様オレに覆いかぶさり、濃厚なキスを仕掛けてくるプレジデント。
 オレは薄目を開けて肌をまさぐるプレジデントを眺めていた。

 ――これも、あの少年……クラウド・ストライフを護るため。
 汚らわしいが、一夜くらい抱かせてやっても構わない。

 そして、少年の髪を撫でた自分の手を見る。
 蜂蜜色の額髪が掛かる白い肌。澄んだ蒼の瞳。すっきり通った鼻梁。薄桃に色づいた唇――。
 傍らにいた青年より、何故か魅惑的に感じた。
 再びあの姿を見たい。
 柔らかな髪を掻き混ぜたい。
 否、すべらかな頬や、甘く蕩けそうな唇に触れてみたい。
 ――少年のすべてが、愛らしくてたまらない。

 オレが少年の姿を思い浮べているとき、プレジデントが胸の突起を軽く捻った。


「――――?!!」


 ぞわり、と下半身に走る快感。
 びくっ、びくっ、と揺れる身体。
 反応を見せる下肢。
 突然の衝撃に、オレは目を見開く。

「おっ……? どうした、今夜は薬を使っていないのに、しっかり反応しているじゃないか」

 悦楽を示しはじめたオレの肉体に驚愕し、プレジデントは敏感な箇所を弄びはじめた。

「あっ、ふぅっ、…くっ……」

 ――嘘だ! こんなこと、今までなかった。
 何故だ、何故オレの身体は愉悦を感じているんだ!

 混乱するオレの耳元に、プレジデントがねっとりと囁く。

「クラウド・ストライフのことを考えていたのか……?」

 びくっ、と肩がそばだち、オレは瞠目する。

 ――クラウド・ストライフのことを、考えて……いた。

 目を彷徨わせるオレににたりと笑い、プレジデントは更に耳に毒を流し込む。

「こうやって、クラウドの乳首を揉みたいのではないか?」

 きゅっ、と先端の尖りを摘まれ、オレの身体が跳ねる。

「こうして、クラウドの秘められたところを暴きたいのではないか……?
 想像してみろ、あの可愛い少年のなかに触れているところを」

 身体のなかに入ってくる指を感じながら、オレは誘導に負け素裸の少年――クラウドの花を愛撫するイメージを脳内に抱く。
 憂いある眉が快楽に寄せられ、空色の瞳が淫蕩に揺らめく。オレはクラウドのなかの暖かさを指に感じ――…。

「クラ…ウド、クラウド……」

 少年の名を漏らしたのに気付かぬまま、オレはプレジデントの愛戯に溺れていた。
 イメージのなかでクラウドを抱くオレを貫きながら、プレジデントは暗い笑みを浮かべた。





「……おぅ、宝条。叩き起こしてすまんな。
 おまえにぜひとも教えてやりたいことがあるんだ。
 おもしろいぞ?
 ……………………」


 バスルームで後始末をされたあと、今までになく愛欲に狂ったオレはベッドの上でうとうとしていた。
 プレジデントが誰に電話をしているのか聞き取れぬまま、オレは眠りのなかに墜ちていった。






 暫らくプレジデントの邸宅で身体を休め、オレは自分のマンションに戻った。
 正宗を刀掛けに置いたあと、オレは懐から携帯を取出し、朝食を作りにこいと、真夜中に関わらずアンジールにメールを入れる。
 身に付けているものをすべて脱ぎ捨て、オレはベッドに倒れこんだ。

 ――クラウド…クラウド・ストライフ……。
 オレはおまえに対し、とんでもないことをしてしまった。

 プレジデントの誘導があったとはいえ、自分のイメージ世界で少年を抱いてしまった。
 まだ僅かしか知らない少年の情報をもとに、彼の幻の肉体を犯してしまったのだ。

 ――オレは……どうかしている。

 幻想のなかで抱いてしまうなど、ありえるのか?
 そんなことをさせてしまう思いは、一体何だ?


 思考の迷路に彷徨ったまま、オレは眠り込んでしまった。






「セフィロス! いい加減起きろ!
 もうすぐパン粥ができるぞ」

 部屋に漂ってくるガーリックの香と、頭ごなしにどやすアンジールの大声に覚醒を余儀なくされ、オレはベッドから身を起こす。
 寝室に現われたアンジールは、備え付けのミニテーブルに、朝食を並べたトレイを置く。
 トレイの中身を見ると、バジルとモッツァレラチーズの掛かったトマトのパン粥、スクランブルエッグ、カリカリに炒めた細切れベーコンと生野菜のサラダ、搾りたてのリンゴジュースが乗っている。
 アンジールはオレの起き抜けのだらしない様に、目尻をきりきり上げた。

「おまえなぁっ、寝るときは何か着ろっ!」

 ベッドサイドに掛けておいたシルクのガウンを身に纏い、オレはミニテーブルのまえのソファに座る。

「……面倒だ」

 気怠く出た声に、アンジールは目を逸らした。
 ガウンを身に付けているが、肌には昨夜の情事の痕が色濃く残っているだろう。
 アンジールはオレと知り合った頃から、オレとプレジデントの関係を知っていた。
 ……知っていた、というより、薬により前後不覚になって帰ってきたオレを介抱するため、タークスに呼び出されたのだ。
 タークスの人選は、的確だったといえる。アンジールは人畜無害なので安心できるが、知らせたのがジェネシスなら、一悶着起きていたはずだ。
 ジェネシスは野獣のようなぎらぎらした目を、いつもオレに向けてきた。……無防備な姿を晒そうものなら、間違いなく危険な目にあう。
 アンジールに介抱されてから、オレは彼に合鍵を渡し、疲れたときの食事の世話などを任せている。
 一度薬によって乱れた姿を見られてしまったので、アンジールにはしどけない格好を見せても平気だった。
 アンジールは今朝も、オレの姿を見て見ぬ振りをしている。
 が、何か気になったのか、食事中のオレを覗き込んだ。

「暗いな……どうしたんだ?
 あ、いや、プレジデントと逢ったあとは、いつも沈んでいるか」

 妙に気を使いながら言うアンジールに、オレは首を振る。

「……違う、オレは最低なことをしたんだ」
「……は?」

 オレの言っている意味が分からず、アンジールは聞き返す。
 オレは包み隠さず、昨夜の出来事を打ち明けた。
 腕を組み考え込んでいたアンジールは、頭を掻きながら口を開く。

「プレジデントも、酷い事をするな……。
 だが、身体を挺して護るなど、おまえ、よほどその少年兵を愛しているんだな」

 アンジールの言葉に、オレは唖然としてしまう。

「愛している……?」

 要領を得ないオレの返事に、アンジールは苦笑いした。


「要するに、おまえはクラウド・ストライフに一目惚れした挙げ句、抜け出せないほど重い恋をしてしまったんだ」


 ――――え?


 恋……?
 オレはクラウド・ストライフを、愛している……?
 確かに、プレジデントはオレを抱くときに、愛しているなどと言っていたが……。
 まさか、オレが、クラウド・ストライフを、愛している?
 愛しているから、幻のなかでクラウド・ストライフを抱いたのか?
 クラウド・ストライフが気になる。もう一度会いたい。できるなら……触れたい。どうしようもなく、愛しい。


 ――この感情が、恋なのか……。


 まったく未知の想いに、オレは惑乱した。
 最悪な形で始まった恋だが、それがまさしく恋慕なのだと、オレは程なくして知ることになる。



 ――そして、底無しの海のようなクラウドへの恋慕に、オレは永遠に捕われることになる。







end
 

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