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第12章 見上げるだけで by.Cloud
何でこんなことになったんだ。
そうだ、御曹司・ルーファウス神羅が、一方的に食事に誘ってきたんだ。
ずっと断っていたのに、あまりに執拗だったから、断りきれなくなった。
――英雄やスィースルまで巻き込んで、ひどいじゃないか。
「でもクラウド、サー・セフィロスと一緒に行動する機会なんて、滅多にないよ。
俺や御曹司は邪魔かもしれないけど、食事に行けば、サー・セフィロスとたくさん話せるよ」
俺が英雄に憧れていることを知っている相部屋の親友・スィースルが簡易ドレッサーを漁りながら、俺に言ってくる。
「そうはいうけど、御曹司と食事だろ。VIPご用達の高級レストランとかに連れていかれるんじゃないか?
俺はテーブルマナーとかあまり知らないし、ドレスアップする服持ってないよ」
俺も自分の衣装棚を覗いてみるが、軍服か安物のカジュアルしかない。まず、俺みたいな新人一般兵が社長の御曹司と食事すること自体、無理があるんだ。
ちらりとスィースルを見ると、お洒落なジャケットとスラックスを何枚か引き出して衣装合わせしている。――服がなくて困っているのは、俺だけか。
「いいよな、おまえは服持ってて。俺は着ていく服ないよ」
肩を竦める俺に、スィースルはアハハ、と笑う。
「俺と同じ背格好なら、服を貸してあげられたんだけどな」
そう言われても着られないものは仕方がない。俺はがっくり肩を落とす。
御曹司と食事なんて、ただでさえ憂鬱なんだ。本当は行きたくない。
安物の一張羅を手に溜め息を吐いていると、部屋の戸を叩く音が。
スィースルが扉を開けると、緊張気味の同僚が身体を震わせていた。
「あ、あの、ストライフとクレトゥに、お客さん」
同僚の上ずった声に、俺たちは顔を見合わせる。
「お客って、誰?」
にこやかなスィースルが聞くと、とんでもない名前が飛び出してきた。
一般兵寮の入り口に、最新型のセダンが停まっている。格好いい黒の車体にもたれているのは、銀髪の英雄だった。
――うわ、私服の英雄……。
黒の革ジャケットにグレーのコットンパンツ、ベージュのインナーをそつなく着こなしている。目立つ翡翠色の瞳を隠すためか、英雄はサングラスを着用している。
背が高くスタイルがいいので、まるでモデルのようだ。
――それに比べ、俺の格好はよれよれの一張羅……着るものがなかったとはいえ、英雄を前で恥ずかしい。
穴があるなら、本気で入りたい。こんな姿で一流レストランに行かなきゃならないなんて……。
俯く俺に構わず、英雄は声を掛ける。
「何をしている、さっさと行くぞ」
英雄に急かされ、俺たちは後部座席に座る。俺たちがシートベルトをしたのを確認すると、英雄も運転席に乗車し、ギアを入れハンドルを握った。
――英雄が運転する車かぁ。よく考えたら、こんな機会、滅多にない。
夢のような状態に、俺はどきどきする。
が、スィースルの一言に、現実に引き戻された。
「あの、御曹司はどこのレストランで食事すると仰っているんですか?」
そうだ、御曹司と待ち合わせているレストランに向かうために、俺は英雄の車に乗っているんだ。
英雄は俺たちを見ないまま答える。
「八番街にあるミッドガル・シェラトンホテルのレストランだ。
神羅直営のホテルで、プレジデントが会食によく使っている」
ホテルの名前を聞き、俺は震え上がった。
――上流階級ばかりが行くホテルじゃないか!
そんなところに一般兵が行っていいわけないし、この格好じゃフロントで追い返されてしまう!
俺は着崩れたジャケットの裾を握り締め、固まってしまう。
そんな俺をサイドミラーから見たのか、英雄はくすり、と笑った。
「服装が気になるか?
安心しろ、オレに考えがある」
――え?
どこか楽しげな英雄の声に、俺は首を傾げ、ふと気付く。
そういえば、この車は八番街に向かっていない。LOVELESS通りを通り抜け、七番街方向に走っていた。
スィースルもそれに気付いたのか、疑問を口にする。
「あの……俺たち、どこに向かっているんですか?」
スィースルの問いに、英雄は少し笑って言った。
「オレのセカンドハウスだ。
神羅にも届けていない、休暇をじっくり休むための隠れ家に向かっている」
「えっ、じゃあ……」
思わずスィースルが身を乗り出す。
「おまえたちをルーファウスのもとには連れていかない。
ルーファウスは今頃一般兵寮に、タークスを迎えに差し向けているだろう。
その前に先手を打った」
英雄の機転に、スィースルは座席に沈む。
「そうですよね……御曹司はクラウドにすごく興味を抱いていたから、ホテルになど連れていったら、何されるか分からない」
えっ? どういうことだ?
俺が眉を寄せてスィースルを見ると、彼は苦笑いした。
「……つまり、クラウドはまたサーに助けてもらったんだ。
これで二度目だね」
「いや、三度目だな」
英雄の言葉に、えっ、とスィースルが目を見開く。
「この前ヘリポートで、ルーファウスに連れていかれそうになっているのを助けた。
だから、三度目になるな」
見事なハンドル裁きを見せながら、英雄は告げる。
スィースルは運転席を見つめたまま、考え込んでしまう。とりあえず助かったと、俺は安堵した。
英雄は車を迂回させながら、七番街にあるマンションに俺たちを連れてきた。
そこは英雄のセカンドハウスなだけあって、高級感溢れるデザイナーズマンションだった。大理石がふんだんに使われ、壁や外観もシックに纏めてある。
英雄の家はその最上階にあった。リゾートホテルな造りで、モノトーンのモダンなインテリアがセンスよくコーディネイトされていた。
部屋のなかは、ガーリックとオリーブオイルのいい匂いが漂っている。キッチンのほうから、フライパンで何かを炒めている軽快な音が聞こえてくる。
「帰ってきたか、セフィロス」
ダイニングキッチンに入ると、入社式でスピーチをしていたソルジャー1st・アンジールがいた。
「あぁ、夕食はどれくらい出来ている?」
俺たちをリビングのソファに寛がせると、ジャケットを脱ぎ、髪をひとつに纏めると英雄もキッチンに立つ。既にメニューが決めてあるのか、英雄はメモとコンロやワークトップを見比べ、冷蔵庫から食材を取り出した。
ソルジャー・アンジールは、ふたつのグラスにオレンジジュースを注ぎ、俺たちのもとに持ってくる。
テーブルのうえにグラスを置いたソルジャー・アンジールにおずおずと頭を下げると、隣に座るスィースルが口を開いた。
「お久しぶりです、サー・アンジール」
え? スィースル、ソルジャー・アンジールと会ったことがあるのか?
ソルジャー・アンジールはスィースルに頷き、俺を見た。
「災難だったな、クラウド。
ホテルのディナーには劣るかもしれないが、俺とセフィロスが腕によりを掛けて夕飯を作るからな」
「あ……ありがとうございます」
再度頭を下げる俺に微笑み、ソルジャー・アンジールはキッチンに戻っていった。
俺はスィースルに囁く。
「いつソルジャー・アンジールと知り合ったんだ?」
俺の問いに、スィースルはにっこり笑う。
「ちょっとね」
そういってスィースルはキッチンに顔を向けた。
スィースルがこういう笑顔をみせるときは、それ以上を語りたくないときだ。俺は詮索するのをやめ、キッチンに目をやる。
英雄は湯を沸かしたパスタ鍋にスパゲティを入れ、刻んだ厚切りベーコンをオリーブオイルを布いたフライパンで炒めていた。
ソルジャー・アンジールはちぎった緑色の葉っぱと何かの実、飴色の油をフードプロセッサーに入れてペースト状にし、擦り下ろしたチーズを加えてボウルに移した。それをスプーンで掬って別のボウルに入れてあるイカやエビ、ホタテや野菜と和えている。
その間に英雄はボウルに卵黄を解きほぐし、黒胡椒と塩、チーズで味を整え、ベーコンを炒めていたフライパンに流し込む。そのなかに茹でたスパゲティを入れて混ぜ合わせ、人数分出した皿に盛り付けていった。
結局、ダイニングテーブルには先程英雄やソルジャー・アンジールが作っていたスパゲティや海鮮サラダの他に、手作りチーズのレモンソース掛けや数種類のムース、手長エビ入り冷製トマトスープや牛肉の煮込みなど、たくさんの料理が並んだ。
テーブルについたソルジャー・アンジールが、笑顔で俺に向かって言う。
「デザートにシャーベットとティラミスを用意してあるからな、いっぱい食えよ」
俺はやたら贅沢な夕食に、固まりながら頷く。
同じく席についた英雄は、ぶどうジュースとワインの蓋を開け、グラスに注いでいる。
雲のうえのひと達と豪勢な料理の数々に、俺は緊張した。
――これ、立派なフルコースだよな……。
それに、憧れの英雄やソルジャー・アンジールとテーブルを囲むなんて、嘘みたいじゃないか。
いや、これって本当は夢じゃないか? 俺は思わず頬をつねってしまう。……痛いから、現実なんだろうが。
不意に、前で噴き出す音が。見ると、英雄がクックッと楽しそうに笑っていた。……そんなに、俺って面白いかな。
じっと見ている俺に気付き、英雄は笑うのを止め、俺に声を掛けた。
「……遠慮するな、食べるといい」
「あ、はい」
遅まきながらフォークとスプーンを手に取る俺を見届けたあと、英雄はワインを一口飲み、食事を開始した。
俺は英雄が作ったスパゲティを口にする。……すごい、とても美味しい。英雄、料理が上手なんだな。
ソルジャー・アンジールが作った海鮮サラダも食べたけど、こっちも美味だった。
トップクラスのソルジャーは、何でもハイクラスなんだな。料理も、一流シェフ並みなんじゃないだろうか。
ソルジャー・アンジールは食事の間中ずっと気さくに話し掛けてくれ、英雄は俺たちの様子に微笑を浮かべながらワインを傾けていた。
そうこうしているうちに、俺は料理をすべて平らげ、デザートも美味しくいただいた。
夜も更けたから、俺たちは帰ろうとしたが、まだ御曹司が探しているかもしれないという英雄の言葉に従い、俺たちはここに一晩泊めてもらうことになった。
英雄はまだ市販されていない映画の最新作をホームシアターに流し、自分はバーカウンターに立ってシェーカーを振っていた。
俺たちには数種類のジュースを混ぜたノンアルコールカクテルが作られ、英雄とソルジャー・アンジールには、アルコールとトニック・ウォーターを割ったカクテルが用意された。
映画を見つつお洒落にカクテルを飲む大人たちを眺めながら、俺も酒を飲みたかったなぁ、と思う。……今まで飲んだことないけど、試してみたい気持ちはある。
自分が手に持つグラスをじっと見ている俺に気付いたのか、英雄は微笑み言った。
「酒を飲んでみたいのか?」
悪戯っぽい顔をして立ち上がる英雄に、ソルジャー・アンジールは目を剥く。
「セフィロス! 未成年は飲酒禁止だぞ」
「誰にもばれなければいいだろう」
ソルジャー・アンジールが止めるのも聞かず、英雄は冷蔵庫から牛乳を取り出し、バーカウンターに戻る。棚から黒い瓶を出すと、ふたつのグラスにコーヒー色の液体を注ぎ、大量の牛乳を足して混ぜ合わせた。
英雄はカフェオレのようなカクテルを俺たちの前に置き、飲むよう促した。
「カルーア・ミルクですね」
グラスに口を付ける前に言ったスィースルに、英雄は笑みをみせる。
「ほぅ? 飲んだことがあるのか」
「えぇ、一時好きで、よく飲んでました」
そういって一口飲むスィースルを、俺は凝視する。……おい、おまえも未成年じゃないのか?
それはソルジャー・アンジールも同感だったらしく、渋い顔で首を振った。
「まったく……、ザックスといい、近ごろの若者は風紀がなってないな」
ソルジャー・アンジールの嘆きに、英雄はくすりと笑ってカクテルを飲んだ。
俺も英雄が作ってくれたカクテルを飲んでみる。
「……甘い。美味しいです、サー」
初めてのアルコールは、甘くてとても飲みやすかった。コーヒーを使った酒のようで、カフェオレを飲んでいる感覚だった。
興奮する俺に、英雄は穏やかに微笑む。
「そうか、それはよかった」
英雄の笑顔がとても綺麗で、俺は見とれてしまう。
柔和な造りなのに、男性の鋭さを感じさせる顔。美しいだけではなく、凛々しさを併せ持つ姿をすぐ前で見ることができるなんて、俺は幸運だ。
御曹司には迷惑を掛けられたけど、そのお陰でこんなに近くに英雄を感じることができたんだから、御曹司に感謝するべきなのかもしれない。
顔がにやけてくるのを隠すように、俺はカクテルを飲んだ。
映画を見終えたあと、英雄は夕食後の後片付けをするためキッチンに向かう。スィースルが英雄を手伝うといって追い掛けたので、俺は手持ち無沙汰に雑誌を読んでいた。
英雄は読書好きなのか、本棚にはジャンルを問わず、単行本や文庫、雑誌が所蔵されていた。
俺はそのなかからバイクの本を取り出し、ページを捲る。ある見開きを見て、俺は釘づけになった。
――うわぁ、ハーディ・デイトナだ。モンスターバイクっていわれてるけど、やっぱり格好いい。
俺には夢があった。いつか金を貯めて、ハーディ・デイトナクラスのバイクを買ってやると。乗りこなせるか分からないが、いつか手に入れたい。これは俺の野望だった。
本に気を取られていた俺は、隣に座る影に気が付かなかった。
「――バイクが好きなのか?」
低い声で聞かれ、はっとして俺は顔をあげる。
「サー・アンジール……」
俺が開いているページを覗き込み、ソルジャー・アンジールは言う。
「いい夢だ。これだけのマシンを乗りこなすとなると、簡単にはゆかない。
だが、もっと大きな夢を見たいとは思わないか?」
目を上げ、真剣な表情で尋ねてくるソルジャー・アンジールに、俺は俯いてしまう。
「……一番大きな夢は、叶いませんでした。
だから、小さな夢を見るだけで精一杯なんです」
「ソルジャーになれなかったことか?」
俺は目を伏せ、口を開く。
「俺はソルジャーになりたくて、故郷から出てきたんです。
なのに、ソルジャーになれなくて……自分が何をしたいのか分からなくなりました」
そう、今の俺は、神羅カンパニーにいる意味を失っている。こうやって憧れのひとに会えたけど、それはほんの一瞬のことで、明日になれば一般兵としての日常が戻ってくる。
数が多い一般兵は、神羅にとって使い捨ても同然だ。故郷の同年齢の奴らと引き比べ、俺は特別だと思い込んでいた現実が、これだった。
暗くなってゆく俺の声に、ソルジャー・アンジールは苦笑いする。
「ソルジャーになることは、そんなに大きなことか?
それが夢だというなら、視野が狭すぎるぞ。夢というのは、気付かぬところにあるものだ。
焦ることはない、そのうちソルジャーになることより大事なものを見つけるだろう」
「ソルジャーになるより、大事なもの……?」
俺の問いに、ソルジャー・アンジールは首肯する。
「そうだ。そしてそれが、おまえの誇りに繋がるようになる」
ソルジャーになるより、大事なもの。それが俺の誇りに繋がる……。
今はまだ分からない。そのうち分かる日がくるのだろうか。
心許なく頷く俺を、ソルジャー・アンジールが暖かく見守っている。
――そして、何も言わず俺たちの会話を聞いていた英雄も、優しげな眼で俺を見つめていた。
その夜は、英雄のセカンドハウスで食事した皆が泊まることとなった。
俺とスィースルは明日も訓練があるので、朝早くに英雄に送ってもらうことになっている。
英雄の家は何から何まで間取りがあり、ゲストルームやトイレ、バスルームも広かった。
バスルームでは、英雄のファンクラブで取り沙汰されている神羅特製シャンプーの実物を見ることができた。
英雄は一回に一ボトルシャンプーを使うから、俺が減らすのは悪いなぁと思いつつ、何本か置いてあるシャンプーから少量取り出し使わせてもらった。
俺たちはゲストルームのベッドにそれぞれ横になった。水鳥の羽を使ったふかふかの寝具だが、慣れない場所で寝るせいか、なかなか寝付けない。
そういえば、英雄は冷蔵庫に入れてある飲み物を、自由に飲んでいいと言ってくれていた。――水でも飲んだら、落ち着くかもしれない。
俺はベッドから抜け出し、ダイニングに向かう。
キッチンに入り、グラスに水を汲んでいると、風の流れを感じ、バルコニーが開いているのに気付いた。
締め忘れたのかな? と覗きに行くと、思わぬひとがフェンスにもたれていた。
「……サー・セフィロス?」
背中に声を掛けると、英雄はグラスを片手に振り向いた。どうやら魔晄炉の光を見ながらウイスキーを飲んでいたようだ。
「眠れないのか」
英雄の問いに頷くと、手を差し招かれる。誘われるまま近づくと、英雄の隣を指差された。……ここに居ろ、ということだろうか。
おずおずと横に並ぶと、英雄は柔らかな表情でふっ、と笑った。
「……アンジールが夢や誇りを語るのは、一種の癖だ。
オレも夢や誇りというのが分からなくてな、だからアンジールによく説教される」
「サーも?」
意外だった。隔絶した強さを誇り、恵まれた容姿を持っているこのひとが、夢や誇りを持っていないとは。
英雄は自嘲ぎみに笑う。
「失望したか? 神羅最強のソルジャーといわれるオレが、何も持っていないのが」
俺は慌てて首を振る。が、英雄は困ったように笑ったままだ。
「いつも、無自覚に戦っていた。
別に何か目的を持っていたわけではない、戦ってこいといわれたから、戦った。それだけだ
あえて何かを望んだこともないな」
俺は信じられないように目を見開く。
何もかも満たされているこのひとが、何も望んだことがない?
英雄は俺に向き直った。その顔は、少し寂しげだった。
「皆の憧れる英雄の正体が、これだ。
オレには、はじめから何もなかった。夢や希望……勿論、誇りも。
……神羅の人形、それがオレの正体なんだ」
そういって、英雄はまた外に目を向ける。
――何だろう、この悲愴感は。英雄は、満たされたことがない?
俺は思わず聞いてしまう。
「……あの、何で俺にそのことを打ち明けられたんですか?」
言ったあと、俺ははっとする。――不躾なんじゃないだろうか。
が、英雄は微笑んだまま、魔晄炉を眺めている。
「……どうしてなんだろうな。おまえを見ていると、自分と被って見えるからだろうか」
英雄の言葉に、俺は目を細める。
ソルジャー・アンジールに色々言われて落ち込みかけていた俺を、英雄は励まそうとしてくれているのだ。
「……サーは、優しいですね」
「……優しい?」
俺の言葉に、英雄は俺を見る。俺は精一杯微笑んだ。
英雄はクッ、と笑う。
「そんなことを言われたのは、初めてだな。殺人鬼や冷血人間とはよく言われるが」
「そんなことありませんよ。サーは優しいです」
クックッと笑う英雄に、俺はムキになって言う。
と、英雄の指で唇を押さえられ、言葉を止められる。
「そろそろ、サーは止めてくれないか?
幾度か会ったことのある仲なのだから、名前で呼べばいい。
ヘリポートのときは、名で呼んでくれたじゃないか」
「えっ……!?」
頷く英雄に、俺は狼狽える。憧れの英雄の名を口にするなんて、できない。ヘリポートのときは、助けてもらった興奮から自然に出たんだ。
「そんなの、無理ですよ」
「ほぅ? 無理なのか。ならば、俺の名を口にするまでこの手を放さないぞ」
言いつつ、英雄は俺の手首を掴んでくる。俺はぎょっとした。
重量級の剣といわれる正宗を扱うとは思われない、白魚のような指。その綺麗な指が、俺を捕らえている。
――て、それどころじゃない! 結構強い力で捕まれてるんだ、振りほどくことなんて出来ない!
仕方なく、俺は英雄の名を口にしてみる。
「セ……セフィロス、さん」
「セフィロス、だ。さんはいらない」
「……セ、セフィロス……」
小さな声で言った俺に、まずまずだな、と英雄は手を放す。
「オレはまだここにいるから、寝に行け。明日に障るぞ」
バルコニーの戸を指し示す英雄の指に従い、俺は屋内に戻った。
――見上げるだけでよかった英雄に手首を触られ、名前を呼ぶ許可までもらってしまった。
その晩どきどきし過ぎて眠れなかったのは、いうまでもない。
end
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