prayer
第13章 眠れぬ想い by.Sephiroth
深夜、バスルームで頭から冷たいシャワーに打たれながら、オレは晩餐後の一時を思い返していた。
『サーは、クラウドを本気で愛しているんですね』
クラウドのルームメイトである一般兵、スィースル・クレトゥが、キッチンで後片付けをしているときに切り出した言葉。穏やかで物静かながら、どこか冷え冷えした響きがあった。
――スィースル・クレトゥはクラウドを友達以上の目で見ている。
オレに掛けられた発言は、敵意とも挑発ともとれた。
『あなたが社長の愛人だったことを、小耳に挟みました。あと、社長が少年愛を嗜んでいたことも。
サーはタークスの手からクラウドを助けたとき、社長に直談判すると仰いましたが、社長の邪魔をした手前、それだけで済まなかったのではないですか?』
スィースルがそう語り掛けてきたとき胸に走った痛みが、不意に蘇る。
彼はそのあと、自分はクラウドのために、自分を犠牲にすることは出来ないと告げた。
『俺はあなたに適わない。あなたは誰にも遠慮せず、思うとおりにすればいいんです』
最後に苦笑し、スィースル・クレトゥは押し黙った。
――思うとおりにすればいいだと?
みすみすクラウドを傷つけるようなことなど、できるか。
オレは自分のなかに、恐ろしい獣を飼っている。そいつを野放しにすれば、過たずクラウドの身体に食らい付き、ずたずたに引き裂くだろう。――オレが宝条やプレジデントにばらばらに打ち砕かれたように。
いまは理性で獣を押さえているが、いつ暴れだしてもおかしくない。とくに、今夜はクラウドとひとつ屋根の下にいるのだから。
水気を含み身体に纏わりつく髪を避けながら、オレは先程クラウドの手首を捕らえた掌を眺める。
――この手が、クラウドに触れたのだ。以外と細い手首に、熱い肌。それだけで、獣が暴走しそうになる。
冷水シャワーに当たったまま、オレは勢いづいている灼熱に手を添える。獣欲を外に吐き出すべく、オレはクラウドに触れた掌を素早く動かした。
「クラ、ウド……ッ」
あの少年を想うだけで、熱を帯びる浅ましい身体。ヘリポートで抱き締めたクラウドの肢体と、口づけたこめかみの感触が、手首の質感と相まってオレを逸らせる。
なぜあの少年なのか、どうして彼を想うと胸が乱れるのか分からない。プレジデントの誘導により、イメージのなかでクラウドを抱いてしまった自分――。アンジールはその想いを恋だと言った。
――これが恋なら……苦しく辛い以外の何物でもない。クラウドに会ったときの胸の疼きも、次の瞬間には痛みに変わる。
苦しいだけならやめてしまえばいい。そう思うのに、クラウドの面影が眼裏に焼き付いて離れない。
――クッ……まるで病気だな。
病気らしきものなど一度も罹患したことはないが、もし病にかかるとすれば、おそらくこういう状態になるに違いない。
思わず自嘲の笑いが込み上げてくる。
――止めようと思えば思うほど、より想いが深まってしまう。実に厄介だ……。
少年の綺麗な面差しと柔らかな唇を思い出し、オレはぬるつくそこをいたぶりながら、自身の唇に触れる。
あの唇に接吻することができるのなら。
スカーフから覗く白い項に舌を這わせることができるのなら。
衣服を暴き、肌を愛撫しながら胸の突起に吸い付くことができるのなら。
奥まった箇所を、自身の身体で愛することができるのなら――何もいらない。
「クラッ…、ああッ……!」
だが、それは思うだけで届かぬ願い。――届いてはならない想い。
クラウドが大切だから、自身の肉欲で傷つけてはならない。
だからこそ――甘美で切なく、苦しい。
「クラウド……」
オレは彼の手首に触れた掌――自身の欲で汚れた掌を見、もう片方の手で頭を掻き毟った。
吐き出しても納まらぬ欲望に一睡もできないまま、夜が明けきる前に、オレはクラウドたちを一般兵の寮に送っていった。
ぺこりと礼をして屋内に入ったクラウドを見送ったあと、スィースル・クレトゥはオレににじり寄り囁いた。
「あなたが紳士な方だというのは、充分分かりました。
でも、折角のチャンスだというのに、みすみす逃すあなたを、勇気のない人だとも思いました。
俺はあなたがクラウドのベッドを訪れたなら、部屋を出るつもりだったのに……」
複雑な表情でまくしたてるスィースル・クレトゥに、オレは肩を竦め、口を開いた。
「……無理強いして、傷つけたくない」
オレの様子に、スィースル・クレトゥは口をつぐむ。
「……優しいんですね、サーは。
生意気なことを言って、すいませんでした」
そういって深々と頭を下げ、スィースル・クレトゥは寮に戻っていった。
誰も居なくなった玄関口で、オレは呟いた。
「オレは……優しくなどない」
小さな声は、静けさのなかに掻き消えた。
一度八番街にある自宅に戻り戦闘服に着替えると、オレは神羅ビルに出社した。
「セフィロス!」
司令室に向かっていると、背中から声を掛けられる。
振り向いた先にいたのは、アンジールだった。彼はオレの手を掴むと、トレーニングルームに押しこんだ。
「おまえなぁ、据え膳食わぬは男の恥ということわざを知らんのか?!
誰にも手を出されないよう、既成事実を作れと言っただろう!?」
下世話な説教に、オレは眉を顰める。
「あんなふうに、しょっちゅうベッドを抜け出してバスルームで処理するくらいなら、クラウドを抱いてしまえばよかったんだ!」
激昂するアンジールを鋭く睨み付け、オレは唇を噛む。
「……無理矢理虐げられることで傷つくのは、オレだけでいい」
オレの一言にアンジールは瞠目する。何か言いたそうにしていたが、何も言わず彼は頭を掻いた。
細く息を吐くと、オレはブリーフィングルームに戻る。
「セフィロス、おまえ今日は内勤か?」
付いてきたアンジールに問い掛けられ、ミッションの予定表を見ながらオレは言った。
「……いや、今日は科学部門で検査だ」
オレの応えに少しく目を見開くと、アンジールは顔を曇らせた。
「宝条の検査か……」
苦々しい表情をするアンジールに、オレは目を細める。
彼はオレと宝条の内情を知っている。
検査や実験とは名ばかりの、虐待行為。血液や唾液に尿、脳波のデータを採るのは当然だが、皮膚を切り取り、触覚の度合いを測るため身体に針を刺したりする。
魔晄耐性をみるためハイレベルの魔晄ポッドに入れられたり、高濃度の鎮静剤を投与された状態でモンスターと戦わされたりした。
だが、それはまだいい。
オレの精神や肉体の限度を計測するため、幻覚剤や催淫剤を使用して、どれだけ快楽に耐えられるか実験し、体液を搾り取られたことは苦痛だった。
――今日は何をされるか分からんが……ろくでもないことに違いないだろう。
考え込んでいるオレに、アンジールがおずおずと語り掛ける。
「セフィロス……何か悩みがあれば、遠慮なく俺に言えよ」
アンジールの気遣いに微笑み、オレは司令室を出て科学部門に足を向けた。
科学部門のラボに入ると、一糸纏わぬ姿になるよう指示され、オレはロングコートとレザーパンツを脱いでいく。
ラボに居ると、いつも感情が失せていく。幼い頃から常にここにあったはずなのに。
いや、常にここに居たから、感情が失せるのか。十歳になるまえから様々な実験に曝され、身体やこころを弄ばれてきたのだから。
研究員に検査台に横になるよういわれ、素直に従う。ヘッドギアを被せられ、オレは天井に目を向けた。
昔はいつも、天井を見ていた。他を見るのが嫌だった。
数人の男にのしかかられ、肌に手を這わされたり、もっと酷いことをされた。
何も感じるまいと、オレは感覚を無理矢理閉じた。そして、大人たちの欲望が果たされるまで、天井を見つめ続けた。――催淫剤を使われるまでは。
催淫剤を投与されてしまっては、堕ちる他ない。オレは男たちのまえで淫乱になった。
そのどれも、行われる名目は、生殖器から体液を採取すること。が、それ以上に苛烈すぎる行いだったと、今なら分かる。
ソルジャーとして大成した今では、性的虐待が行われることはない。軽い興奮剤を打たれ、女研究員がその手でもって体液の採取をするだけだ。
今日もいつもと同じようにされるのだと思っていた。が、薬物を投与する気配もなく、女研究員の影もない。
実験が始まったのか、ヘッドギアから微量の電流が流される。アンジールやジェネシスも同様の実験をされており、何かのイメージを見るらしいが、オレは一度もホログラムを見たことがない。
が、今回は違った。
「セフィロス……」
オレの前に立つ、素裸の少年。癖のある蜂蜜色の髪がチョコボのようで、愛らしい。そして、一度見ただけで忘れられない、空色の瞳――。
「……クラ、ウド……?」
まさか、そんなはずはない。クラウドがここにいるなど。
が、クラウドは微笑みかけると、オレの素肌に肌を寄せてきた。背に廻される細い腕。胸に頬をつけ、少年は目を閉じた。
「セフィロス……何で無理するんだよ。俺は抱かれてもかまわないのに」
クラウドの呟きに、オレは目を瞠る。少年の二の腕を掴むと、オレはクラウドの身体を自分から離した。
「……駄目だ。おまえを傷つけてしまう」
オレの言葉に、クラウドは首を傾げる。
「セフィロスは臆病なんだな。あんたに触れられても、俺は傷つきはしないのに。
……むしろ、触れてほしいくらいなのに」
そういって、再びクラウドは抱きついてくる。
駄目だ、このままでは……。
「……クラウド、離れてくれ。今のままでは、おまえを目茶苦茶にしてしまう」
顔を背けたオレに、クラウドは艶然と笑い、背伸びしてオレの耳元に囁いた。
「……いいよ、目茶苦茶にして」
クラウドの優しく甘い響きが、耳に染み渡る。
――それが理性に亀裂が入った瞬間だった。
念願だった唇に接吻し、貪るように舌を絡めた。
愛する少年の身体を確かめるように、肩から腋下、腰や尻をゆっくり撫でる。それだけで少年は震えた。
深いキスに少年の唇からふたりぶんの唾液が流れ落ちる。オレは舌でそれを拭い、そのまま耳朶に尖った舌先を差し入れた。
「うっ、んっ…あっ……」
少年は耳が弱いのか、身じろぎしながら喘ぐ。
舌を項に辿らせ、キスマークをひとつ落とす。白い肌に浮き上がった印に、男が疼くのを感じた。
ぴんと尖った薄桃色の乳首に吸い付くと、少年の身体が跳ねる。もう片方の指で一方の突起を摘んで捻り、もう一方を舌で突きながら甘噛みすると、少年は啜り泣きのような呻きを漏らした。
臍のあたりをフェザータッチで撫でながら、オレは熱いそこを掌のうちに収める。高めるために愛撫すると、少年は泣きが入った声を上げた。
――まだまだ、終わりじゃないぞ、クラウド。
オレは濡れそぼるそれを口に含み、粘液に塗れた指を花蕾に入れ、解すように動かす。
少年を喘がせたい、少年に絶頂を味わせたい――その一心で丹念に愛撫するオレに、少年は応えてくれた。
満足して微笑み、オレは少年のなかに自身を突き立てた。
「アンッ、ハアッ、アアッ……!」
揺さ振られ動かされる少年と、夢中で腰を振るオレ――。ラボにある二つのコンピュータにはそれが克明に映っていたに違いない。
が、明らかにそれは別の映像だった。
ひとつは、オレとクラウドが熱く貪りあうオレのイメージ世界のもの。
もうひとつは、オレのまったく知らない、背格好だけクラウドと似た少年がオレとセックスする、実際に起きていることの実録。
オレはこのとき何も知らず、ただの少年をクラウドと思い込み抱いていた。
そしてその姿を、宝条がガラスごしにほくそ笑んで見つめていた。
オレが事実を知らされるのは、もう少し先のことだった。
end
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