prayer
第11章 飽きさせぬ雛鳥 by.Rufus
――こう毎日が平和だと、頭が腐ってくるな。
ジュノン支社の全権を親父から任されている俺は、あまりの日々の変わらなさに、退屈していた。
――この前出会った可愛い雛鳥は、今頃ミッドガルで訓練に明け暮れているのだろうか。
『おい、そこの一般兵。この荷物を倉庫に届けてくれないか』
一ヵ月ほど前、俺は本社から送られてきた社長愛用の葉巻を空港で直々にチェックし、通りかかった神羅兵に運ぶよう言い付けた。
ちらりとリヤカーに積まれた包みの数々を見、小柄な一般兵は肩を竦める。
『それは俺の仕事じゃない。他を当たってくれ』
プレジデント神羅の御曹司を前にして、軍帽を脱がず、ぶっきらぼうな言い草をする一般兵に、俺は少し目を見開く。
――おやおや、この姿を見てルーファウス神羅と分からない社員がいるのか。
俺は上下を白で揃えたスーツを好んで着用している。金髪碧眼で白いスーツの人物は、社長の御曹司と社内に知れ渡っているはずなのだが、この者はそうではない。
珍しい人間もいるものだと思い、俺はしげしげと一般兵を眺める。むっとしたのか、一般兵は不機嫌に口を開いた。
『あのさぁ、俺は見せ物じゃないんだけど』
生意気な口をきく一般兵に興をそそられ、俺は無理矢理一般兵のヘルメットを脱がせた。
――現われ出たのは、蜂蜜色のチョコボ頭に、スカイブルーの眼をした、美貌の少年だった。
『ほぅ……』
吸い込まれるような蒼の瞳と整った目鼻立ち、薄桃の唇に感心し、俺は少年兵を見入った。
俺の突然の暴挙に、少年兵はいきり立った。
『あんた、勝手に何するんだ!
ヘルメット返せよ!』
ぴょんぴょん飛び跳ねてヘルメットを取り返そうとする少年に面白くなり、俺は邪魔するようにメットを高く掲げて、少年の手が届かないように左右に動かした。
が、こんな時ほど、邪魔が入る。
『クラウド・ストライフ! おまえはまだ帰還の用意をしとらんのか!』
少年の上官である二等兵が、少年を叱り付ける。少年――クラウド・ストライフはびくっ、と肩をそばだて、恐縮してしまう。
が、クラウドの前にいる俺に気付き、二等兵は真っ青になった。
『お、御曹司!?』
二等兵の引っ繰り返った声に、え? とクラウドは俺を見た。
『改めて自己紹介するよ、クラウド。
プレジデント神羅の息子・ルーファウスだ』
にこにこと指差す俺にやっと現実を把握したのか、クラウドの顔面が蒼白になった。
丁度ミッドガルに帰る予定だった俺は、二等兵を説き伏せ、クラウドを自分用のヘリに乗せて帰ることにした。――それほど、俺はクラウドに興味を持った。
ヘリのなかで身を縮こませ、俺が話し掛けると敬語で返すクラウド。先程とのギャップが凄まじい。
益々クラウドを気に入り、俺とステディな関係になって、今度食事にでも行こうと誘った。
が、クラウドは好きなひとがいると、敬語一点張りで断り続けた。
――なかなか折れない……それもまた、楽しいな。
俺はヘリの中で上機嫌だった。
社長の息子に声を掛けられたというのに、まったく恐れもせず、射抜くような眼で俺を見てきた金髪の少年――クラウド・ストライフ。
その態度には、多分に虚勢が含まれており、スカイブルーの瞳から孤独が滲んでいた。
俺はクラウドの負けん気に隠れた気弱さに惹かれた。弱いがゆえに、簡単に折れず牙を剥く。それがまた、面白かった。
――が、まさかあのセフィロスまでクラウドに魅了されているとは、思わなかったが。
俺はクラウドが入社してからのセフィロスの様子を、タークスの副主任・ツォンから詳しく聞いた。ツォンとは何かと気脈を通じあう間柄で、親父の動向や神羅カンパニーの裏情報を彼から受け取っている。
ツォンから教えられた内容は、非常に興味深いものだった。
――親父がクラウドをベッドの相手に呼ぼうとし、たまたま現われたセフィロスがクラウドの代わりに夜の相手をしたと。
セフィロスは二年程前から、親父の愛人の座を降りていた。親父は未練たらたらだったらしいが、セフィロスは徹底的に拒絶していた。
――そのセフィロスが、クラウドのためになぁ。
今でも忘れ得ぬ光景――科学部門のラボで一糸纏わぬ姿を晒し、宝条に弄ばれていたセフィロスの、抜けるように白い肌。
まだ少年だったセフィロスは、宝条に何をされても、天井を見据えたまま表情を変えなかった。
幼いあの日に見た光景から、俺はセフィロスに関心を抱いた。が、彼を愛人にした親父の溺れっぷりに、いつしか興を削がれていた。
――親父の手垢に塗れたものなど、俺の趣味じゃない。
セフィロスに関しては、肉親絡みの厄介な噂を、もう一つ聞いてもいた。だから、どうでもよくなった。
たいして身持ちの固くない俺は、美女や美少年と遊びまくった。自分でも飽食気味だと感じながら、暇つぶしに人肌をまさぐっていた。
――そんなときに会ったのが、クラウドだった。
綺麗な顔立ちだけでなく、性格も好みだった。――こいつ相手なら、一生飽きないかもしれない、と思った。
――それなのに、クラウドもセフィロス絡みか。
が、今度は事情が違う。――セフィロス自身が執着しているのだ。
神羅ビル屋上のヘリポートで俺がクラウドにアプローチしているところを邪魔したセフィロスは真剣そのもので、本気でクラウドを愛しているのだと悟った。
友人を持ったことにより、セフィロスは人形状態をある程度改善していたが、クラウドに惚れたことにより、より人間味を増したようだった。
そしてさらに驚いたのは、俺の誘いに恐懼していたクラウドが、セフィロスを庇うため怒りをみせたことだ。
――要するに、ふたりは無意識ながら両想いだということだろう。
だが、諦めるにはクラウドは惜しいし、まず諦めること自体、俺の性にあわない。
俺は手帳を開いてスケジュールの空きを調べ、オフの日にミッドガルに向かうことにした。
「今日の訓練は、ルーファウス神羅さまが御覧になる。
皆、気を抜かぬように!」
教官の一般兵の号令に、新人一般兵たちはどよめきたった。そのなかには、クラウドもいる。
仲の良い友人なのか、クラウドは常に同じ人物と行動していた。時折俺の方を見て、ため息を吐くクラウドを、友人が心配していた。
今は自動小銃の訓練らしく、全員が的を狙って集中している。クラウドはかなりいい腕を持っているらしく、次々と正中を当てていった。
――素晴らしいな、あとで誉めてやらねば。
俺は顎に手を当て見ていた。
――そこに、邪魔な存在が近づいてくる。
「――おまえがずっと見ていると、一般兵たちが集中できない」
俺は横目でちらりと長身の男を眺め、皮肉に笑う。
「それはおまえも同じだろう、英雄。
おまえが登場したおかげで、皆気がそぞろだ」
銀髪の英雄・セフィロスが、俺の隣に並び訓練を見ている。それだけで新人兵たちは舞い上がっている。
クラウドも例外ではなく、セフィロスの姿に浮ついていた。
「新人兵の訓練の視察とは、1stはそんなに暇なのか?」
俺の嫌味に、セフィロスは無表情で答える。
「今日はデスクワークだ。
モンスター対策資料作りの小休止のため、外に出ただけだ」
言いつつ、セフィロスはクラウドを見つめている。――大方、俺への牽制のため、外に出てきたのだろうが。
ふん、と笑い、俺はセフィロスに意地悪なことを聞く。
「クラウド・ストライフは健康体で、武器の扱いも器用にこなせるようだな。
――なのにどうしてソルジャーになれなかったのだ?
科学部門と繋がりの深いおまえなら、何か知っているんじゃないか?」
明らかにセフィロスの嫌がりそうな内容だが、ライバルに手加減など必要ない。
セフィロスは眉を曇らせ、薄い唇を開いた。
「……クラウドには、魔晄耐性がない」
クラウドの姿を見つめたまま、セフィロスは真実を告げる。
魔晄エネルギー――ライフストリームは過去の人々やもの、星の記憶を溜め込んだ精神エネルギーだ。
魔晄を浴びると、人体に膨大な情報が脳や身体に流れ込んでくる。
精神が強い者は魔晄の情報量に流されずに尋常ならざる戦闘力を身につけ、こころの弱い者は大量の知識に脳と器が耐え切れず、狂ってしまう。
魔晄を浴びることは、危険と隣り合わせなのだ。
俺は目を細める。
「……そうか、魔晄耐性がなければ、廃人になるおそれがあるから、ソルジャーにはなれないな。
クラウドもソルジャーを目指してミッドガルに来たのだろうに、気の毒な」
「ソルジャーなど、ならないほうがいい。
体のいい殺人兵器だからな」
目を伏せたセフィロスに、俺は腕を組む。
――ひとを殺すことに苦痛を憶えるようになったか。
人形も虫のように脱皮するのだな。
一般兵とは違い、ソルジャーになると殺戮するひとの数が多くなる。手を血で染めることに耐えられなければ、病みのもとになる。
「クラウドは強がっているが、繊細な部分がある。
だから、ソルジャーになど、ならないほうがいい」
そう言うセフィロスの翠の眼に、切なさが過る。
わたしは横目でセフィロスの表情を眺めていた。
――こいつ、クラウドの性質を正確に理解している。
自分だけがクラウドを分かっているような顔をして、何だか無性に気に入らない。
俺は胸ポケットから煙草を取り出し、ジッポーで火を点ける。
紫煙をくゆらせ落ち着こうと試みていると、ビルの方角から誰かが歩み寄ってきた。
スーツをきっちり優雅に着こなした、眼鏡に金髪の男――俺は眉を顰めた。
「セフィロス、そろそろ休憩時間が終わる、――――!」
男は俺を見て、瞠目する。
セフィロスは男に向き直った。
「ラザード、呼びに来なくても自分で戻ったぞ」
男――ソルジャー部門統括・ラザードはぎくしゃくしながらセフィロスを見た。
セフィロスはちらり、と俺に目をやる。
俺は最高の笑顔を作り、口を開いた。
「初めまして――義兄さん。
ご挨拶が遅れて、すいませんでした」
俺の一言に、義兄が凍り付く。
親父がスラムの女に生ませた庶兄――。義兄が神羅カンパニーに入社していたことは、とうの昔に知っていた。
一応父親としての情を持っている親父は、自分の息子として、義兄を要職に就けたのだ。――俺からすれば、ちゃんちゃら可笑しい話だった。
「何を仰っているのか分かりません、御曹司。
わたしを、義兄などと――…」
畏まる義兄を鼻で笑い、俺は言う。
「古参の者は、わたしとそっくりな顔を見れば、義兄さんが誰の子か分かるさ。
なぁ、セフィロス」
唐突に話を振られ、セフィロスは眉を寄せる。
義兄は驚いてセフィロスを見る。
「君も、知っていたのか――…!?」
どう対応すればいいか逡巡するセフィロス。
口をつぐむセフィロスに代わり、俺が代弁する。
「セフィロスは社内の誰よりも社長のことに詳しいさ。
長年愛人を努めてきたのだから――」
「ルーファウスッ!」
鋭い語調で俺の言葉を遮るセフィロス。
苛烈な眼で睨み付けてくるが、俺は胸がすく思いだった。
――セフィロスはライバル、一泡吹かせるのに手段は選ばないさ。
そして義兄に痛い目をみさせるのも、また快感だ。
知らなかっただろうな、愛するセフィロスが父親の愛人だったなどと。
義兄に父親の持ち物を盗む度胸があるなら、こちらも見方を変えないでもないが。
義兄はセフィロスをまじまじと見つめ、悲しげに聞いた。
「本当なのか? 君は社長の――…」
気まずい空気が漂う。
セフィロスは細く息を吐き、応えた。
「本当だ。オレはプレジデントのベッドの相手をしていた」
俺は悠然と笑い、修羅場にあるふたりを残して訓練が終わったクラウドのもとに近寄る。
クラウドはあからさまに嫌そうな顔をした。
「見事な腕だったな」
俺がクラウドの手を取ろうとしたところで、友人の男が割って入ってくる。――思わず、舌打ちしたい気分になった。
「御曹司、わたしたちの訓練を御覧いただき、光栄にございます」
慇懃だが警戒心露な態度に、俺は鼻白む。クラウドは友人の腕を掴んだ。
「スィースル、御曹司に失礼だから」
そう言って、クラウドは俺に向き直った。
「……今日は何の御用ですか?」
呆れとも諦めともつかないクラウドの顔に、俺は微笑む。
「食事の誘いだが、前向きに考えてくれたか?」
俺の申し出に友人――スィースルはぴくり、と眉を動かし、クラウドは溜め息を吐いた。
「俺はお断わりしましたよね?」
肩を竦め、俺はシニカルに笑う。
「たかが食事に行くだけだろう。そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
とことん難攻不落だな。だが、そんなクラウドだからこそ、攻めがいがある。
が、やはり邪魔は入るものだ。
「まだ諦めていなかったのか。おまえもしつこいな」
後ろから聞こえたセフィロスの声に、俺は顔を顰める。――義兄が足止めするかと思ったが、作戦は失敗だったか。
やれやれと、俺は降参のポーズをとる。
「まったく、皆食事くらいで大げさな。
何なら、わたしとセフィロス、クラウドとスィースルの四人で食事に行っても構わないが?」
三人が困惑した顔で俺を見てくる。
俺は諦めが悪い。おまけがふたりも付いてしまったが、なんとか隙を突いてクラウドを口説けるかもしれない。
クラウドは嘆息した。
「……OKしないと、いつまでも誘われそうですね。
ふたりきりにならないなら、食事に行ってもいいです」
「クラウドがいいというなら……仕方がないだろう」
「クラウドが決めたのなら、俺も行きます」
クラウドが折れたので、あとのふたりも合意した。
俺は満足し、にやりと笑う。
邪魔者が付いてくるが、とりあえず食事には誘えたので一歩前進だろう。
あとは、何とでもできるさ。――敵が手強いセフィロスだろうが。
目の前に用意された美酒との夜に、俺は早くも酔った気分だった。
end
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