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第19章 真実と幻想と by.Cloud





 ウータイ・タンブリン砦制圧作戦から一ヶ月。セフィロスは与えられる数々の任務を命令拒否して、暫く自宅マンションに引き籠もっていた。科学部門の検査や彼でしかこなせない難易度の高いミッション、そしてデスクワークのために出社する以外、彼はずっと家にいる。
 俺は一般兵なので、休みの日以外、毎日訓練に明け暮れていた。一般兵はソルジャー・クラス1stほどに自由はないので、セフィロスの休みには付き合えない。
 セフィロスが家に籠もりきりになっているのは、親友ふたり――サー・アンジールとソルジャー・ジェネシスが自分に何も言わず姿を消したからだ。
 サー・アンジールは、俺を介してセフィロスに伝わるように手紙を残していた。だから、セフィロスはサー・アンジールに対する裏切られたという誤解を解いている。
 サーの手紙がなければ、俺とセフィロスの仲も危なかったかもしれない。
 ウータイから帰ってきたセフィロスは酷く荒れていて、親友たちに去られた鬱憤を晴らしたかったのか、その日初めてセフィロスは俺を抱いた。それまで、俺たちは今まで身体を触り合っていただけだったので、俺はセフィロスの荒み様に危機感を持った。
 彼の挿入の仕方が手荒だったので、行為の最中とても痛く、大事な部分が傷つき出血した。が、事が終わって我に返ったセフィロスが俺を魔法で回復してくれた。
 事前にサー・アンジールの残した手紙を読んでいたので、俺はセフィロスが荒れているかもしれない予測をしていた。覚悟していたので、セフィロスの苦しみを理解し、痛みを感じながらも俺は彼を受け止めた。
 セフィロスは自分のしたことにショックを受けていたようだが、俺が彼を丸ごと包み込んだので、この件は無難に過ぎ、俺たちの仲はより深まって続いている。
 それでも、セフィロスは憂鬱そうだった。サー・アンジールとソルジャー・ジェネシスの失踪は、セフィロスのなかに色濃く陰を落としている。
 サー・アンジールはセフィロスの心痛を取り去ろうとしたが、それだけでは拭い去れない疑問や何かがあるのだろう。
 ソルジャーと違い、俺はただの一般兵。ものの数にもなれない身なので、セフィロスの内面に深く入り込んでいくことができない。何に悩んでいるのか聞いても、セフィロスは教えてくれなかった。多分、一般兵である俺には理解できないことなのだろう。
 一緒に住み、身体を繋げるようになっても、こころまで混じり合わせることはできない――当たり前のことだけど、俺は少し寂しかった。






 セフィロスと共に住むようになり、一般兵の寮から出た俺だが、スィースルとは友達であり続けている。
 英雄の庇護の下にあり、寵愛を受けているというので、一般兵たちの俺を見る目には様々な色が付いている。好奇心や妬み、羨望など……何とも居心地が悪い。が、スィースルが一般兵の目線をわざと反らしたり、明るい冗談を言って沈みそうになる俺の気持ちを軽くしてくれた。
 ソルジャー・ジェネシスが差し向けたソルジャーたちにレイプされかけ、その上俺を助けるため、セフィロスとソルジャー・ジェネシスが肉体関係を持った事実に、俺は精神的に病んでしまった。抑鬱ぎみになり、不眠にもなった。
 それを見かねたスィースルがセフィロスに相談を持ちかけ、セフィロスが俺を魔法で眠らせ自分のマンションに連れ帰ったのだ。
 スィースルはセフィロスに協力的で、俺と共同で使っている部屋から、俺の荷物をセフィロスの家に運んだ。
 俺の住処をセフィロスの家に移す事務的手続きまで、すべてふたりによって俺が寝ている間に行われた。寝耳に水だった俺はふたりに怒った。
 が、セフィロスと住むようになったから、俺はソルジャーたちに襲われた記憶をセフィロスに優しく癒してもらい、他人と肌を触れ合わせる恐怖感を薄れさせることができたのだ。――そして、現在に至る。
 そういう意味では、スィースルに感謝仕切りだ。
 今でも、俺が訓練中に物思わしげな溜め息を吐いていると、スィースルが気にして相談に乗ってこようとする。しかし、まだサー・アンジールとソルジャー・ジェネシスが行方不明になっているのは、まだ神羅カンパニーでも箝口令が布かれているので、悩みを口外にすることができない。
 適当に何かを言って誤魔化すと、スィースルも馬鹿ではないので、深く聞いてこようとしなかった。が、釘を刺してもくる。
 トンファーの訓練中、順番が終わった俺の肩を軽く叩き、スィースルはぼそり、と呟いた。

「いつか言える状態になったら、真っ先に俺に言ってね」

 にこやかながらもどこか鋭い目つきに、俺は引き攣りながら頷いた。
 そんなスィースルだから、たとえどんな相手でも、怯まない。俺はひやひやしながらスィースルの行動を見ていた。
 今回も、スィースルは訓練場に近づいてくるその人物を目に留めると、俺を庇うように前に立った。
 輝かしい金髪に、抜けるような眩しい白いスーツを着た人物――神羅カンパニー社長・プレジデント神羅の御曹司であるルーファウス神羅は、挑むように俺を背にして立つスィースルに不敵な笑みを浮かべる。
 俺より四歳ほど上だというのに、腹の底の見えない食わせものなオーラを漂わせるこの貴人に、俺は嘆息する。
 ジュノン支社の統率を任されている御曹司は、用事が出来てミッドガルに来ると、何かと俺に意味深なことを言い、食事やドライブに誘いにくる。正直鬱陶しく、セフィロスからも警戒を怠るなと言われている。
 スィースルも御曹司を見かけると、あからさまに敵愾心を相手に見せつける。相手が神羅カンパニーの御曹司なので、俺はスィースルの態度に肝が冷えて仕方がなかった。
 俺はスィースルの肩を引き、出てはだめだと目配せする彼に首を振ってから、御曹司の前に立った。

「御曹司、俺たちまだ訓練中なんですけど」

 優雅な所作で腕を組み、御曹司は微笑む。

「なに、おまえの訓練の様子を見に来たんだ」

 こともなげに言う御曹司に、俺は大きく息を吐く。

 ――この人、何しにミッドガルに来たんだろう。本社に用事があって来たんじゃないのか?

 俺の前に現れる御曹司を見るたび、いつもいつもそう思ってしまう。
 フッ、と気障に笑うと、御曹司は軽く肩を竦めた。

「今日はな、親父に呼ばれてきたんだ」
「……社長に?」

 御曹司の口から出てきた社長の名に、俺は眉を寄せる。
 長い間、セフィロスを愛人として自分だけのものにしてきたひと。おそらく、セフィロスが少年の頃に始まった関係で、十年以上彼を抱いてきた男。俺の知らないセフィロスを知っている男――そう思うと、妙に胸が妬けてくるような気がする。
 俺は腹のなかのどろどろしたものを表に出さないようにし、御曹司の言葉の続きを待つ。

「――クラウド、これからはわたしのことを御曹司ではなく、副社長と呼べ」

 誇り高く言う相手に、俺は少し驚いた。それは、スィースルも同様だった。
 俺は敬礼し、御曹司……いや、神羅カンパニー副社長に慶事を述べる。

「おめでとうございます、副社長!」

 俺と、同じく敬礼するスィースルの様子に、副社長は誇らしげに胸を張る。

「まだまだ、これからだ。もっと驚くようなことを、そのうち聞かせてやろう。
 それより、わたしの副社長就任祝いに、今夜食事でもどうだ?」

 副社長の申し出に、俺は呆れる。
 まただよ、食事の誘い……。これで何度目だろう。俺がセフィロスと同棲するようになってからも、このひとは俺に食事を誘い掛けてくるんだから。今の俺を食事に誘うということは、セフィロスに喧嘩を売るということになるんだが、このひとは分かってやってるんだろうか?
 もっと驚くようなこと、という言葉が気になったが、俺は笑顔を浮かべ、丁重に言った。

「サー・セフィロスと同伴なら、構いませんが。
 いまの俺は、俺の一存だけでは決められませんから」

 俺が神羅の英雄・セフィロスと恋人同士になっているのを、知るひとは知っている。緻密な情報網を持つこのひとなら、既に知っているはずの事実なんだが……分かって誘ってるんだろうな。だから、始末に終えない。
 やはりというか、副社長は意味ありげに笑う。

「絶賛任務サボり中の奴を、副社長のまえに引き出してくるのか?
 今も、誰かが奴に任務を押しつけられているだろうに。自分の心痛を優先か」
「――副社長!」

 言うに事欠いて、そんなことを言うか、このひとは!
 副社長のもとには、既にサー・アンジールとソルジャー・ジェネシス失踪の報が届いているはずだ。だったら、セフィロスが沈み込みそうなのも、分かろうものなのに。いや、知っているから、こんな意地悪なことを言うのか。
 腹が立った俺は、相手が副社長でも構わず睨みつける。

「セフィロスのことが嫌いなのは分かりますが、今のセフィロスにそれを言うのは、あまりに酷ではないですか!?」

 むきになる俺に、サー・アンジールとソルジャー・ジェネシスの一件を知らないスィースルが、不審そうな顔をする。
 副社長は微笑を浮かべた。

「わたしは別に、セフィロスを嫌いではないがな。
 奴がおまえを自分のものにしていないのなら、むしろ好きなくらいだ」

 副社長のその笑みは、どこか複雑な色が混じっている。俺を思わず押し黙ってしまう。
 セフィロスは副社長からすれば、父親の愛人だった人間なんだ。生理的に嫌っていてもおかしくない。が、副社長の笑みは、どこか哀愁が混じっている。
 が、それは束の間のあいだで、副社長はにっこりと笑った。

「まぁ、セフィロスが本気で怒ると、神羅ビルを百個破壊することくらい簡単なことだろう。
 そんな相手に挑みかかるなど、無謀かつ愚かなことだ。
 おまえがセフィロスに飽きたころに、改めて相手をしてもらおう」

 そう言って背を向けた副社長に、俺は叫んだ。

「誰が飽きるかよ! そんなこと百年経ってもありえないね!」

 セフィロスが俺に飽きる可能性はあっても、俺がセフィロスに飽きるなど、絶対考えられない。それが、俺たちの正しい立場じゃないのか? 高嶺の花であるセフィロスが、何の取り柄もない一般兵の俺を恋人に選んだこと事態、あり得ない奇跡なんだ。それを、このひとは分かっていない。
 俺の叫びに大笑し、手を振って副社長は訓練所から去っていった。






 副社長に会った三日後、射撃訓練をこなし割り当てられた雑務を終えた俺は、セフィロスの待つマンションに帰ってきた。
 相変わらず、セフィロスは任務の命令拒否をし続けている。ほぼ一日深刻そうに物事を考えていて、俺が話しかけても曖昧に返事をするくらいだ。
 そういうことが重なり、俺は不満を抱きかけていた。
 セフィロスは神羅の英雄だ。俺などが知ることなど出来ない機密を握っているだろう。愛人だったことを除外しても、セフィロスに対する社長の信頼は厚い。戦場において、彼の肩にのし掛かる重圧は計り知れないだろう。
 対する俺は非力な一般兵で、若輩者だ。一般兵のなかにあっても、年少者の未熟者と見られている。セフィロスの愛し方も、腕のなかで大事に慈しむようなやり方だ。決して対等ではない。
 セフィロスと俺との差が大きいのは、当たり前のことだ。歴然とし過ぎて、何も言うことはない。だから、こんな俺がセフィロスの力になりたいと思うのは、おこがましいのだろう。それは重々承知している。けれど、悩むセフィロスを見ていると、放っておけない。

 ――確かに、俺はサー・アンジールに比べたら頼りないし、力もないから何の役にも立たないけど、分からないなりに話くらい聞けるんだけどな。

 俺はエレベーターが降りてくるのを待ちながら、ぐだぐだと思っていた。
 やがて降下してきたエレベーターの扉が開き、俺はなかに乗り込む。閉まるマークのついたボタンを押したとき、白い手袋をした誰かがドアを掌で掴んだ。
 驚く俺に微笑むと、その人物はエレベーターに乗り込んできた。縦に縞の入った濃藍色のジャケットに白のカッターシャツと薄群青色のネクタイ、薄灰色のスラックスを身に着けた男性だ。肩までの金髪と眼鏡が特徴的だ。男性は片手に大きな封筒を抱えていた。

 ――どこかで、見たことがあるような……。

 直接会ったことはないが、このひとの顔を見たことがあるような。あと雰囲気が、知っている誰かと似ているような気がする。
 じっと見ている俺の視線に気づいたのか、男性は再び俺に微笑み掛け、口を開いた。

「そうか、君がセフィロスの恋人になった一般兵か」

 男性の一言に、俺は固まってしまう。
 この口振りからすると、このひとは神羅カンパニーの社員だ。それも、セフィロスを呼び捨てにできるくらい、上層部の。
 俺は慌てて敬礼する。

「ご挨拶が遅れ、申し訳ありませんでした!
 第三陸上部隊所属の、クラウド・ストライフと申します!」

 俺の焦りぶりに、男性はクスクスと笑う。

「そうか、君の身分ならわたしを知らないかもしれないね。
 わたしはソルジャー部門統括・ラザードだ」

 にこやかに自己紹介され、俺は恐縮してしまう。このひとほどの身分なら、見たことがあってもおかしくない。多分、神羅カンパニーの社報か何かに写真が載っていて、それをどこかに記憶していたんだ。
 そんなひとをじろじろ見た無礼さに、俺は萎縮してしまう。
 またその様子が、統括には面白かったらしい。控えめな笑いが大きくなっていく。

「……いや、可愛らしい。これなら、セフィロスが愛でてみたくなるのも分かる」

 統括の言葉に含まれる棘を感じ、俺は戸惑う。
 愛でるって……それじゃ、俺がセフィロスに気まぐれに愛玩されているみたいだ。
 いや、俺の立場からすれば、そういう可能性もないことない。俺が幼いから、可愛がりたくなった、というのもありえる。俺は童顔だし、年齢的にも性別が曖昧に見えるかもしれない。
 でも、セフィロスは俺への愛と真心を誓ってくれた。その目に、嘘はなかった……はずだ。
 自分に自信がなくなり、俺は俯いてしまう。
 そんな俺を統括が鋭い目で見ていると、俺は気づきもしなかった。






 ラザード統括が向かったのは、セフィロスの家……つまり、これから俺が帰る場所だった。
 セフィロスは統括に不機嫌な眼を向け、プライベートルームに入っていろ、と俺に目配せする。
 俺がウォークイン・クローゼットで私服に着替えていると、セフィロスと統括の会話が聞こえてきた。俺は物音を起てないように、聞き耳を立てる。

「ジェネシスが、バノーラ村人を無差別殺戮した。
 その上、アンジールもジェネシスと一緒に行動している。
 ひとり生き残っていたアンジールの母親であるジリアン・ヒューレーが、自分の息子たちの行ったことを苦にしたのか自殺した」

 統括の言葉に、あぁやはり、と思った。
 ソルジャー・ジェネシスは危うげだった。それは、彼が俺にしたことからも分かる。
 セフィロスとの恋が望めなくなり、絶望したのだろうか。それにしては、やっていることが惨すぎるが。サー・アンジールが手紙に書いたように、何か理由があるのだろうか。
 統括の話は、まだ続いている。

「ジェネシスのしたことが社会に知れ渡れば、神羅カンパニーの信用が丸潰れだ。
 そこでプレジデントは、タークスのツォンを使い、バノーラ村を壊滅的に焼き払わせた。
 これがおまえの代わりにミッションに派遣されたザックスからの報告のすべてだ」

 統括からの報告を聞き、セフィロスは静かに嘆息を吐いた。

「……そうか。わざわざ報告に来てくれて済まなかった」

 俺は統括が語った内容を、信じられずに聞いていた。
 ソルジャー・ジェネシスのしたことを隠すため、村一個を丸々焼き払った……。もうそこに住民がいないとはいえ、あまりに酷いんじゃないだろうか。神羅カンパニーの体面を守るために、亡くなった人々の生活のあとを……。
 統括はセフィロスに、いつ任務に戻るのかと聞いていたが、セフィロスからの返事はなかった。なんとか説得するものの、セフィロスからは何も返ってこない。諦めたのか、統括は別れの挨拶をして帰っていった。
 俺は身動きひとつできず、制服を脱ぎ掛けたまま立ち竦んでいた。

「……黙って立ち聞きか? 悪い子だな」

 クローゼットの入り口から響いた低い声に、俺は我に返る。セフィロスが、唇に笑みの形を作っている。

「あ、あの……」

 俺が口ごもると、ドアに凭れたセフィロスが単刀直入に言う。

「残酷だと思うか?
 だが、これが神羅のやり方なのだ。昔からのな。
 誰かが不始末をすれば、その人物を抹殺し、不始末の証拠を闇に葬る。そして、神羅のイメージをクリーンに保つ。
 すべて、神羅の社会的体裁のためにな」 

 淡々と語るセフィロスに、俺はやり切れなくなってくる。……こんなの、俺がイメージした神羅じゃない。
 落胆した俺の様子に、セフィロスが皮肉げに微笑む。

「神羅の本質が見えて嫌になったか?
 得てして、真実とはそんなものだ。本当のものは隠され、美徳だけを表に出そうとする。
 マスメディアに乗る英雄の姿も……そんなものだ」

 自嘲きみなセフィロスの呟きに、俺は顔を上げる。
 つまり……広報で大々的に語られる英雄と、真実のセフィロスは……違う?

「最強の、神羅のソルジャー。無敵の英雄……マスメディアに糊塗されたオレと、ここに居るオレは違う。
 華麗な戦いぶり、立ち居振る舞いだけではない、こころの弱さや醜さも、オレは持ち合わせている。
 おまえは……そんなオレに、失望するか?」

 オレは慌てて首を振る。
 ひととしての弱さがあったから、セフィロスは俺を犯したんだ。怒りや悲しみの捌け口として、俺を利用したんだ。セフィロスは、完全完璧な英雄ではない、普通の人間だった。

「……俺は知ってるよ。あんたも人並みの弱さを持っていることを。
 あんたは、俺に弱い姿を隠さず晒してくれた。宝条博士による実験のときも、ウータイ戦のあとも……。
 でも、俺はあんたを嫌いになっていない。有りの儘のあんたを見られて、俺は嬉しかったんだ」

 俺に弱さを見せてくれたことは、すなわちセフィロスが俺にこころを許してくれているということ。だから、俺は偶像の英雄に憧れたのではなく、セフィロスというひとりの人間を愛したんだ。
 セフィロスは俺を抱き締め、耳元に囁いた。

「世の中には醜いものや汚いものが一杯ある。良いように見えていたものも、皮を剥いでみれば腐敗していたりする。――それを知ることが大人になることだ。
 クラウド、様々なものの醜い面を見たとしても、絶望するな」

 セフィロスの言葉ひとつひとつが、重く耳に入っていく。
 すべてには二面性があり、上辺だけに惑わされてはいけない――セフィロスはそう言いたいのだろう。

「おまえは……おまえだけは、有りの儘のオレを愛してくれ。
 おまえだけが真実のオレを見てくれるなら、それでオレは構わない」

 続けられたセフィロスの言葉に、俺は眉を寄せる。

 ――セフィロスは、彼自身も中身は醜いと思っているのだろうか。

 俺に見せた彼の弱さや醜さだけではない、秘された何かが、彼にはあるのだろうか。そしてそれを指して、絶望するなと告げているのだろうか。
 俺はセフィロスの背中に腕を廻し、力を籠めて抱き締め、頷いた。






 その晩、セフィロスがバスルームから出てくるのを待つあいだ、俺はラザード統括に言われたことを考えていた。

『……いや、可愛らしい。これなら、セフィロスが愛でてみたくなるのも分かる』

 俺は、セフィロスに一方的に愛でられる存在なのだろうか。愛でられて……飽きられ、捨てられるのだろうか。
 副社長が、俺がセフィロスに飽きたら、改めて相手をしてもらおうと言っていたが、やはり俺がセフィロスに飽きられる可能性のほうが高い。俺はソルジャーではなく、何の能力もない、しがない一般兵だから。
 小さく溜め息を吐いていると、ベッドルームの扉が開き、バスローブを纏ったセフィロスが現れた。彼は俺の顔を見て、片眉を上げる。

「……どうしたんだ? 何か、悩み事でもあるのか?」

 セフィロスの問いに、俺は首を振る。

「別に、悩み事なんてないよ」

 俺の応えにそうか、と一言だけ言うと、セフィロスはファンヒーターの電源を切り、ベッドに座る俺の横に腰掛けた。
 唇が重ねられるのと同時に、俺の身体がベッドに倒される。互いの舌を突き合い、絡ませながら、セフィロスはフリースのなかに手を入れ、俺の肌に直に触れてきた。
 円を描くように胸板をなぞり、時折ぽつんと出た突起を手で揺らす。焦らすような愛撫に、俺の息があがってくる。
 セフィロスは命令拒否するかもしれないが、俺は明日も訓練だ。そういう夜は、次の日の負担にならないよう、身体を触りあうだけにしている。が、ラザード統括に言われたことが、俺の頭のなかをずっと過っていて、何だか触りあうだけでは物足りなかった。

「セフィ…入れ、て……セフィのを……」

 後ろの襞を指でまさぐっているセフィロスに、俺は懇願してしまう。訝しんで、セフィロスは俺の顔を覗き込んだ。

「明日も訓練があるのだろう? 身体に障るぞ」

 俺の身体を案じるセフィロスに、俺はいいんだ、と首を振った。
 少し困った表情をしていたが、俺の願いを聞いてくれたのか、確かな質感を持つ彼のそれが、俺の後腔を掻き分けて入ってくる。喘ぎながらゆっくり息を吐き出す俺に合わせ、セフィロスが緩慢に動き出す。
 いつかセフィロスに飽きられてしまうのなら、沢山彼の感触を身体に記憶させておきたい。仮初めの時間だったとしても、それは思い出として残る。だから、どんなにあとが辛くても、心身ともに愛し合える時を大事にしたかった。
 激しくなっていくセフィロスの抽挿に、俺はあられもなく乱れてしまう。女のように、掠れた甲高い声を漏らしてしまう。恥やプライドなど関係ない。俺がセフィロスとの一瞬を覚えておきたいように、ほんの少しでもいいから、セフィロスに今の俺の姿を記憶してもらいたかった。
 熱と滴を分け合う時は、あっという間に過ぎた。セフィロスの情熱が俺のなかに注ぎ込まれ、俺は吐息を零した。






 セフィロスに手伝ってもらってバスルームで事後処理を済ませた後、俺は彼の裸の胸に頬を寄せ、規則正しい心音を聞いていた。何も纏わない背に廻されたセフィロスの逞しい腕に、力が籠められる。

「……やはり、おまえは何かに引っかかっているな。
 何があったんだ?」

 彼がベッドルームに入ってきたときの俺の様子や、セックスをせがんだときの切羽詰まった態度に、セフィロスはずっと疑問を抱いていたらしい。
 どんなに隠そうとしても、セフィロスは口を割らせるだろう。俺も、問い詰めようとしたときのセフィロスに勝てる自信はない。肩を竦めると、俺は口を開いた。

「……セフィロスは、俺が子供で可愛い顔をしているから、俺を好きになったのか?」

 俺の問いに、セフィロスは眉を寄せる。

「……どういう意味だ?」
「言った通りだよ」

 表情を変えない俺に、セフィロスは大きな溜め息を吐く。

「……おまえは、オレの想いがそんな生半可なものだと思っていたのか?
 好奇心や興味ごときで、おまえを庇ってプレジデントやジェネシスに抱かれるようなオレだと思っていたのか?」
「……あ」

 言われてみれば、そうだ。
 セフィロスはどんなに俺が返そうとしても返せない程の貸しを、俺に作っている。いや、貸しなどという見返りを求めた行動ではなく、ただ俺を護りたい一身でしてくれた行いだ。
 それは俺たちが自分のこころを確認し合った夜に、俺も自覚したことだった。
 そんなセフィロスに対し、俺は禁句ともいうべきことを言ってしまった。

「……ごめん、セフィロス。俺をこの家に迎えた夜、あんたはっきりと俺に言ってくれたよな」
 
 不安になりすぎて、俺はセフィロスの気持ちを考えていなかった。たとえ誰かに何を言われようと、俺自身が悲観しようと、セフィロスのこころが俺を見ているなら、それが真実なのに。
 素直に謝った俺に、セフィロスは吐息する。

「それに、遊びの相手に先ほどのようなことを言うか?
 おまえのこころを求めていなければ、オレをどんな風に見られようが構わないはずだ、そうだろう?」
「……うん」

 セフィロスの言う一々がその通りなので、俺は何も言えなくなる。
 俺だけが有りの儘の自分を見たらそれでいいということ自体、セフィロスが俺を特別に見てくれている証なんだ。

 ――やはり、俺はセフィロスに愛されてるんだ。

 俺は不安になる必要などなかった。自信をなくさなくてもいいんだ。目の前のセフィロスが、それを雄弁に語っている。
 やっと笑えるようになった俺に、セフィロスが微笑む。

「……にしても、何故そのようなことを思うようになったんだ?」

 眉間を寄せるセフィロスに苦笑いし、ラザード統括が言ったことを語る。
 セフィロスは苦い顔をして、片手で額を押さえた。

「ラザードの奴……それは、明らかな嫌がらせだ」

 セフィロスの一言に、俺は瞬きする。
 ソルジャー部門の統括が、一般兵である俺に、嫌がらせ……? 身分も格も違い、昨日初めて会ったばかりだというのに、何で俺は統括に嫌がらせされなければならないんだろう。
 首を傾ける俺に、セフィロスは言いにくそうに告げた。

「ラザードは、わたしに告白してきたことがあった。
 オレがプレジデントの愛人だったと、奴が知ってすぐだった」
「……え?」

 統括が、セフィロスに、告白……?
 それは、恋の告白なのだろうか。
 目を丸くする俺に、セフィロスは苦笑する。

「そのとき既にオレはおまえに惚れていた。
 だから、ラザードがどんなに想いを告げても、受け入れるつもりはなかったがな。
 そうしているうちに、オレがおまえと同棲したことをラザードが知り、奴は諦めたのだと思っていたんだが……。
 まさかおまえに嫌がらせをするとは」

 あぁ……なるほど。やはり、セフィロスは男女問わずモテるよな。中性的な美貌と色気の持ち主だし、神羅の英雄だし……。当たり前といえば、当たり前、か。
 ソルジャー・ジェネシスといい、ラザード統括といい、俺には敵が多いってことだよな。肝に銘じておかないと。

「俺がセフィロスに飽きてから、改めて相手をしてもらおう、って副社長が言ったんだ。
 それなら立場が逆で、一般兵の俺がセフィロスに飽きられるほうだろう、なんて思ったところから、俺はネガティブになったんだ。
 その上、統括にセフィロスに愛でられている、って言われて……」

 副社長の言葉に統括の台詞が重なって、俺は悪循環のなかに陥ってしまったんだ。……はぁ、俺ってどこまでも内向的だよな。
 しかし、セフィロスは副社長の言葉に大いに引っかかっているようだった。

「……そんなことを言ったのか?! ルーファウスは!
 おまえがオレのものだと知っているはずなのに、あいつ……!」

 ……セフィロス、激しく怒ってるな。これは、言わなかった方がよかったか。神羅ビルを百個破壊するような洒落にならない事態だけは、勘弁してほしいし。
 そう思っていると、セフィロスは急に肩を震わせ笑いだした。……怒った笑ったり、セフィロス忙しいな。

「クッ、ククク……オレたちは、あの兄弟にうまく引っ掻きまわされたようだな」
「……あの兄弟?」

 兄弟って……誰? 今まで話していたのは、副社長と統括のことなんだけど。
 が、セフィロスが口に出した衝撃的な事実に、俺は仰け反りそうになった。

「ラザードはな、ルーファウスの異母兄だ。
 プレジデントがスラムの女に手を付けて生ませた子がラザードだ」

 ――ラザード統括が社長の息子で、副社長の異母兄?!

 信じられない事実だが、俺は昼間抱いた違和感の正体を悟ったような気がした。
 統括を見て誰かと雰囲気が似ているなぁ……と思ったが、副社長のことだったんだ。統括は慇懃だが、何を考えているか分からない態度が、副社長とよく似ている。ちょっとした物腰も、似通っているかもしれない。

「なるほど……統括は、副社長の異母兄だったんだ。
 セフィロス……社長の息子に告白されるなんて、複雑だね」

 父親と息子揃ってセフィロスが好きなんて、遺伝子のせいなんだろうか。
 その上、セフィロスの恋人である俺が副社長に言い寄られたりして、ややこしいことこの上ない。
 何かを考えつつ俺を見やった後、セフィロスは口を開いた。

「……ルーファウスだがな、副社長とは体のいい名誉職のようなもので、本当は異端分子なんだ。
 プレジデントはルーファウスの小賢しい知恵と野心を煙たがっている。だから長期出張を言い訳にルーファウスを遠方に飛ばしたんだ」
「え……そうだったの? 俺、副社長から長期出張だなんて一言も聞いてなかったけど」

 俺を一瞥し、セフィロスは告げる。

「おまえに対しては見栄もあるだろうな。
 ルーファウスは自分の立場や、プレジデントの思惑を承知していたはずだ。
 だから、まだ何かやるかもしれない危うさもあるんだがな」

 セフィロスから教えられた副社長の本当の姿に、俺はあの人の一部分しか見ていなかったのだと悟る。
 神羅カンパニーは、俺が思った以上にどろどろしたものを抱えた企業なのかもしれない。少なくとも、安定した会社とはいえないだろう。

 ――あの会社にいて、俺は正解なんだろうか。

 まるでびっくり箱のように、これから何が飛び出してきてもおかしくない会社。そこに就職している俺――ごたごたに巻き込まれたら、大変だな。
 いや、でも、ここに入社しなかったら、俺はニブルヘイムに居て英雄に憧れるだけで、一生を終わっていたはずだ。こんなふうに、セフィロスと毎日を共にして、愛を交わすことなんて出来ない。
 様々なことを思いながらセフィロスは見ると、彼は綺麗に微笑んだ。
 その笑みを見ることが出来るだけで、神羅に入った意味があると思うのは、思い上がりだろうか。





 俺は不穏なものを肌で感じながら、毎日を過ごしていた。
 事態は、既に動き出していると知らずに――。







end
 

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