prayer

第20章 妖惑の誘い by.Hojyo





「準備が出来たぞ。
 セフィロス、始めるがいい」

 わたしの号令を冷たい瞳で一瞥したあと、実験室のなかにいるセフィロスは精神統一し、自身の魔力を肉体からはみ出るくらいまで膨張させてゆく。
 実験室内の魔力の量と質を計測する機械の針が、大きく振り切れる。振動する防護ガラスに隔てられているわたしにも、セフィロスの魔力の強大さが伝わってくる。
 左手を軽く掲げると、セフィロスは特殊合金の壁に向け手を突き出した。途端に激しい爆発音とともに、壁にヒビが入る。

「むぅ……まだ完全な強度を持っていないか。
 セフィロス、本気で力を出したのだな?」

 わたしの問いかけに、セフィロスは表情のない目線だけ投げかける。あれがわたしに喜怒哀楽を見せないのは、いつものことだ。だが、計測器は魔力の値を最大値まで記録していた。だから、セフィロスが手を抜いていないのは分かる。

 ――不特定多数の対象物を、滅する一歩手前まで破壊するセフィロスの技。それの威力がどれほどのものか、見てみたい。

 セフィロスが一度だけ発した力――そう、あれの幼い頃、本気であれを怒らせ発動した必殺技。それを、数ヶ月前にセフィロスはわたしに見せてくれた。
 わたしはセフィロスがその技を自在に使えるため、技専用のトレーニング・ルームを開発している途上である。そして、その部屋を使い、セフィロスの本気の力がどれほどのものか、記録することにした。

 ――セフィロス、おまえはまだまだ未知数だ。もっと、わたしの知らないおまえを見せておくれ。

 わたしの大事な、研究成果。わたしの科学技術すべてをもってして造り上げた、完璧なる存在。あれが成長し大成するのを、わたしは誇らしく思っている。あれが今以上に強くなるためなら、わたしは何でもしてみせよう。
 トレーニング・ルームから出ようとしたとき、セフィロスは微かにふらつき、壁に手を付いた。暫し掌で額を押さえたあと、セフィロスは何かを振り切るように首を振り、部屋から出ていった。
 セフィロスは技を使ったあと、いつも身体に変調を起こしかけている。その原因に気付いているわたしは、あえてセフィロスの不調を放置していた。

『この身体はまだ使えぬ……』

 セフィロスがあの技を初めて使った日のことは、今も記憶として焼き付いている。セフィロスの変化が何によって起こっているのか――わたしは、セフィロスさえ知らぬ秘密があれをおかしくさせると知っていた。
 そして、わたしは待っているのだ――目覚めの日が来るのを。






 わたしはセフィロスが成長し、ソルジャーとして成り上がるのを、具に見てきた。我が手のなかで慈しむように、また遠くから見守るように。
 あれの今の姿に、わたしは半分満足している。――あくまで、半分。残りの部分は望まぬ結果になったので、わたしとしては遺憾の極みだ。
 わたしとともにプロジェクトに参加し、二流でありながらわたしと競ったホランダー。奴の造った二体の失敗作が、セフィロスの人格に大きな影響を及ぼし、わたしの望まぬ人格形成をセフィロスにもたらした。

 ――失敗作どもは、完全無欠なセフィロスに“情”という不要なものを植え付けた。
 人間らしい情など、セフィロスを虚弱にさせるだけのものだ。

 人間にとって不可侵のレベルにあるセフィロスに、こころなどいらぬ。何にも揺らされず、喜怒哀楽など無縁の境地にあればよいのだ、セフィロスは。
 だが、失敗作に影響されたセフィロスは凡百の人間どもと変わらぬようになった。誰かを信じ、愛することを覚え、友情といういらぬものを知った。
 そして、最も下劣な感情――恋慕に、セフィロスは胸を燃やした。

 ――つまらぬ人間などに成り下がるな、セフィロス。おまえは誰にもこころを係ずらわされる必要などないのだ。
 ましてや、誰かに恋慕しこころを明け渡すなど、負けたも同然なのだぞ。
 その上、完全無比なおまえの惑溺する相手が、物の数にもならぬ一般兵の子供など、言語道断だ。

 明るい金髪の、何の取り柄もない一般兵。ソルジャーになる適性もない落ちこぼれに、セフィロスが耽溺するなど、あってはならない。

 ――が、誰かを愛することで弱くなったことが、あの技を引き出す結果になったのだ、まったく、皮肉としかいいようがない。

 身体検査を行っている折りに体液を採取するため、セフィロスのバーチャル世界にあれが恋慕する一般兵を投じた。一般兵の誘惑に、セフィロスの理性は脆くも崩れ、一般兵の肉体を貪った。
 バーチャルのなかで、一般兵の肉体を餓えたように抱く浅ましいセフィロスに、わたしは失望した。
 が、それとともに知的好奇心が湧いてくる因果な性に、わたしは己を嘲りたくなった。
 わたしはセフィロスの細胞を使った実験を同時にしはじめた。セフィロスにあれの焦がれる一般兵の映像を見せ擬似性交を行わせながら、年齢や背格好の似ている少年兵とセフィロスを交配させ、少年兵の肉体に蓄積されるセフィロスの細胞の質や濃度を測定したのだ。
 恋慕や愛情というものがセフィロスの細胞に影響を及ぼすとはとても思えんが、あらかじめ観測するのも悪くないと、わたしは粋狂にも思ったのだ。
 結果、実験で出てきた数値は、ただの性的刺激や望まぬセックスで放出されたセフィロスの体液よりも細胞の値が数倍濃く、さらに体液を受けたものの細胞とセフィロスの細胞が強度に結びつき、増殖することが判明した。

 ――これは……意志が細胞に働き掛けるということか?

 わたしはセフィロスの細胞が他者により蓄積されたときの数値を算出するため実験を重ねたが、失敗作が邪魔をしに入り、わたしがしていることをセフィロスに感付かれた。――そして、あの技が発動したのだ。
 被験者となっていた少年兵は技により死亡し、行っていた実験は水の泡となった。
 そしてセフィロスは恋い焦がれる一般兵と同棲するようになった。おそらくバーチャル世界でそうだったように、現在セフィロスは一般兵の肉体に己の欲望を注ぎ続けているはずだ。
 何もかも思い通りにならぬ己に忸怩たるものを感じながらも、わたしは即座に考えを切り替えていた。

 ――ふむ、なったものは仕方がない。
 ならば、違う被験体でもってセフィロスの細胞を測定すればよいのだ。

 わたしは治安維持部門に申し入れ、セフィロスが囲う一般兵のデータを手に入れ、身体検査時に採られた一般兵の血液をラボに収めさせることにした。

 ――予定が狂ったが、実験を続けることができる。
 セフィロスに悪影響を与え続けた失敗作二体も事故が原因で劣化し始め、ウータイとの戦いの最中に行方を眩ませた。
 なかなか、わたしによい風が吹いてきたのではないか?

 ラボに届けられた一般兵の新鮮な血液の入った試験管を揺らしながら、わたしは声を発てて笑った。






 アバランチという反神羅組織が、数日前に狼煙を挙げたらしい。
 ジュノンで演説をしようとしていたプレジデントは、アバランチに襲撃されたうえにジュノンにある魔晄キャノンを占拠され、急遽セフィロスに出動を命じた。
 そこで何かあったのか、失敗作が失踪したことで塞ぎがちだったセフィロスは、さらに思考のなかに迷い込んでいるようだ。

 ――まったく、見ていられぬぐらい、精神が弱い。

 わたしはこころ在らずな姿で技を繰り出すセフィロスを、トレーニング・ルームの外から不満を込めて見据えていた。
 完全に仕上がったトレーニング・ルームは、セフィロスの技に傷一つ付いていない。セフィロスが手加減している様子はない。虚ろなだけにコントロールされていない力を、トレーニング・ルームの壁はまともに受けていた。
 セフィロスが頭を押さえはじめたので、わたしは測定を中止した。

「セフィロス、それくらいにしておけ」

 わたしの命令に、頭を抱えたままセフィロスは動かない。訝しみつつ眺めていると、やがて肩を揺らしてセフィロスは笑いだした。

「クッククク……アハハハハ……!」

 突然大笑したセフィロスに、わたしは目を細める。

「弱い……なんと弱く成り上がったものか……。
 テロリストの女首領に戦う理由を問われ、こころを簡単に揺らすなど……。
 宝条、おまえ失敗ったな。
 このわたしの代理にしては、弱すぎる」

 何……? テロリストの首領に戦う理由を問われ、悩んでいるだと? そんな他愛無いことで思い悩むとは、どこまで情けなくなり下がるのだ。
 いや、待て。自分のことだというのに、セフィロスは他人事のように話している。これは、どういうことだ? わたしはセフィロスをまじまじと見る。
 ゆっくりと顔をあげたセフィロスは、蠱惑的な微笑を浮かべていた。わたしは弾かれたようにトレーニング・ルームに入り、セフィロスの前に立つ。
 否……これはセフィロスではない……。以前に一度、会ったことがある……。

「ジェノバ……か?」

 にいっと唇を弧に描き、セフィロス――ジェノバはわたしに口づけてきた。微かに触れて離れた顔は、確かにいつものセフィロスとは違っていた。どこか潔癖さの漂うセフィロスとは正反対の、淫蕩さの漂う美貌だった。

「だが、初めてこの肉体に現われたときとは違い、わたしのエネルギーに耐えられるようになった。
 これからは好きなように使わせてもらう。わたしはセフィロスのように愉しまぬのは好きではない。
 宝条……わたしの身体を満足させてくれるか? 以前セフィロスにしたように、わたしに男たちを寄越せ」

 魅入られたように頷き至急屈強な肉体を持つ研究員たちを呼び寄せると、わたしはジェノバに実験台を勧めた。
 ゆっくりと黒のレザーコートを脱いでゆくジェノバに、集まった研究員たちが群がってゆく。大きく足を開き、ジェノバは奔放に男たちを受け入れた。

「あ、ぁ……いい、いい……!」

 男たちの愛撫に全身を身悶えさせるジェノバは、男たちに抱かれながらも無表情だったセフィロスとも、催淫剤を打たれて身をくねらせるあれとも違う。
 愉悦を堪能し、積極的に男に抱かれるジェノバは、セフィロスとは違い、わたしの目に白痴的に映った。

「あぁ、もっと、もっと……!」

 嬌声を上げながら男の腰のうえに跨り、違う男に胸を撫で回されながら身体を揺すり続けるジェノバに、わたしはかつて己を苛み続けたイメージを呼び起こされる。

『あぁ……っ、ヴィンセント、もっと、もっと激しく……!』

 そう、その姿は、わたしの妻になりながらも他の男に抱かれていたルクレツィアを思い起こさせた。
 わたしはぎりりと拳を握り締めながら、ジェノバの痴態を眺め続けていた。






 セフィロスが技を発動したのは、あれが七歳になるかならぬかのとき。そろそろ第二次性徴が現われるかと期待し、わたしは研究員たちにセフィロスの身体を刺激させていた。
 初めて素肌をいいように弄ばれ恐慌状態に陥り、無意識に貯めていた闇の力を研究員たちに向け発した。
 その直後、セフィロスは意識を失い、代わりに現われたのがニブルヘイム魔晄炉に本体を置いているジェノバだった。

『まだこの肉体は幼い。わたしのエネルギーを扱えぬ。
 ――まだ、使えぬ』

 そしてジェノバは、半ば壊滅状態にあるラボで立ちすくむわたしを見つめ、妖しい笑みを浮かべた。

『いつか時がくる。今はまだその時ではない。
 これは巨大な力を身につける。それまで、おまえが護るがいい』

 そう言ってジェノバは目を瞑り、セフィロスの身体は地に崩れ落ちた。


 ――そして今、その時がきたのだ。






 シャワールームで身を清めると、セフィロスのなかに留まったままのジェノバがわたしのいるラボに戻ってきた。
 真っ白な検査用衣裳の前を紐で止めず、ジェノバはしどけなく身に纏っている。その下には何も着ていない。検査台に浅く腰掛けたジェノバの姿は、扇情的だった。
 わたしの顔を見たジェノバは、腕を組み不敵に笑う。

「……何か不満そうだな。
 さては、これが他の男に抱かれるのが嫌なのか?
 今更だろう、今までおまえも、散々この身体を男たちに抱かせてきたではないか」

 ジェノバの問い掛けに、わたしは口をつぐんだ。
 そうだ、わたしは今までセフィロスを他の男に抱かせてきた。だが、今までのセフィロスは嫌々ながら抱かれてきたのだ。決して自ら望んだわけではない。薬を使ったときは、薬に理性を奪われていたのだ。
 わたしが考え込んでいる間、ジェノバはわたしの眼を真っ直ぐ見つめていた。まるで何かを見透かすように。
 ふっと笑い、ジェノバは言葉を紡ぐ。

「この顔をした者が、積極的に男に抱かれようとするのは嫌か」

 ジェノバの言葉に、わたしは目を剥く。

「ふむ……わたしは、この身体の母胎となった女の顔を擬態したのだがな。
 美しい顔と肉体を有していると、我が細胞を易々とこの星の生命に埋め込むことができる。
 これの美貌と麗しい肢体は、わたしの魅了の力に付与し、この星の生物を惑わせてくれる」

 長い銀髪を項から掻き上げるジェノバを見つつ、わたしはガストの妻だったセトラの女の言葉を思い出していた。
 星のエネルギーを糧とするジェノバは、セトラの民に擬態しセトラの民にウイルスを植え付けたと。そのせいで、セトラの民はほとんど滅んだ。
 星に生きる生命は、星のエネルギーそのものだ。死んでは星のエネルギーであるライフストリームに還り、また星の生物として生まれ還す。
 セフィロスの顔がルクレツィアに似ているのは、ジェノバの意思によるものだったのか? かつてセトラにウイルスをばらまいたように、セフィロスを使い他者の肉体にジェノバ細胞を植え付けようと企んでいたのか。
 わたしの考えを読んだかのように、ジェノバは微笑む。

「そうだ。わたしは身動きできぬ本体に代わり、この肉体を使い星のエネルギーを手に入れるつもりだ。
 意図していたのかは知らぬが、おまえはわたしの望むようにこの身体を使ってくれた」

 わたしは首を振り、かつての妻と同じ顔を見る。

「……おまえの思惑とわたしの思いは違うぞ。
 わたしは、セフィロスが他の者に乱され屈辱に震える姿が見たかったのだ」

 わたしの告白に、ジェノバは声を発てて笑った。その眼には、侮蔑が含まれていた。

「おまえの妻でありながら、他の男に抱かれていた女への復讐か。
 おまえ以外の男に抱かれ、誰が父親とも分からぬ子を孕んだ女への」

 わたしの秘していた心中を言い当て、さも愉快そうにジェノバは笑い続ける。わたしは悔しさに震えていた。
 にっと笑うと、ジェノバは検査着を床に脱ぎ落とし、わたしに身を寄せた。

「……宝条、あなたが好きよ」

 ジェノバから囁かれた女の声に、わたしはぞくりとする。――その声は、ルクレツィアのものだった。

「ねぇ、来て……わたしを抱いて。
 わたしはヴィンセントよりあなたが好き」

 この声は、ジェノバの擬態能力によるものなのだろう。が、わたしの理性を打ち崩す強力な破壊槌に違いなかった。
 わたしは検査台にジェノバを押し倒すと、唇を唇で塞いだ。舌を絡めあう濃密な接吻をしながらジェノバの胸の突起を摘み捻ると、ジェノバはわたしの口のなかに呻きを漏らす。
 白い項に口づけ強く吸おうとしたとき、ジェノバはいやいや、と首を振った。

「お願い、宝条……恥ずかしいから、身体に痕は残さないで……」

 ルクレツィアの声で羞恥するジェノバに、わたしはルクレツィアへの愛しさを増してしまう。
 先程まで男たちと交わっていたジェノバの後腔は、熟れたように綻んでいた。自身の劣情に堪えられなくなったわたしは後ろへの愛撫をせずにジェノバのなかに挿入する。
 熱く濡れそぼるジェノバの屹立を扱き上げながら自身を突き上げると、ジェノバは銀糸の髪を振り乱し、薄紅色に染まる身体を淫靡にくねらせた。

「ああッ…宝条……! あなたを、熱い飛沫を…頂戴っ……!」

 激しい情欲に捕われたわたしは、ルクレツィアにねだられている錯覚に陥り、愛する者のなかに種を撒こうと腰の動きを早くする。
 わたしを締め付ける潤んだ肉襞が、わたしを追い上げる。わたしは荒い息を吐きながらジェノバの前を擦り、ジェノバのなかを抉り続けた。

「アアアッ、ダメッ、イクゥッ――!」

 ぶるぶると震えながらジェノバは欲情の証を迸らせ、媚肉でわたしを強く絞り上げた。あらがえず、わたしも欲望の塊をジェノバのなかに勢い良く注ぎ込んだ。
 しばし肩で息をしていたジェノバだったが、にやりと笑い、わたしの身体に腕を廻した。

「……悪くなかったぞ、宝条。おまえの生命エネルギーは濃密だ。なかなか美味いぞ」

 すでに擬態を止め、ジェノバはセフィロス本来の声でわたしに囁きかける。
 我に返り、わたしはジェノバから身体を離した。ふふふと笑い、検査台から降りたジェノバは床に落ちていた検査着を取り上げ、シャワールームに足を向ける。
 部屋を出る前、ジェノバはわたしを振り返り語り掛けた。

「今、これにわたしの存在を知られては厄介だ。これの力は、わたしにも未知数でな。
 わたしが他の者と交わったことを、これが溺れる少年に気付かれると、これが壊れかねん。
 ……今はまだ、これに壊れてもらっては困るのだ。これがわたしのもとに来るまでは、な。
 それまでは、時折これの身体を借りさせてもらい、この星に生きる者にわたしの細胞を植え付け、生命エネルギーを食わせてもらうだけに止めよう」

 そう言って、ジェノバはシャワールームに後始末をしに入った。
 身なりを整え、わたしは深い溜め息を吐く。

 ――ジェノバ……。厄介な存在だ。利用価値があるかと目覚めるのを待っていたが、果たしてわたしの手に負えるかどうか……。
 セフィロスが、ジェノバを上回る精神力を持っていればよいが……。

 椅子に腰掛け、わたしは机に置いてあった書類を手に取る。それは、セフィロスが想いを注ぐ一般兵の検査データだった。
 データとともに、一般兵の顔写真も付けてある。チョコボのような金髪を持つ空色の瞳の少年が、写真を通してわたしを睨み付けていた。その容貌は整っており、美貌へと変じる将来の希望を感じさせ、悪くはない。

 ――鍵は、この者か。
 この者が傍にある限り、セフィロスは己を保ち続けるだろう。
 ジェノバに肉体を貸すだけで済むかもしれん。

 セフィロスの精神を保っているのなら、ジェノバを利用するのも可能だ。
 つらつらと思い続けるうち、わたしはふと自身の欺瞞に気付く。

 ――誰の胤かわからぬ我が子――セフィロス。あれに頼らねばならぬとは、何とも情けないことだ。
 そして、未だルクレツィアに未練があったなどと……。

 わたしと婚約するまでヴィンセント・ヴァレンタインといい仲だったルクレツィア。どういうこころ変わりでわたしと結婚する気になったのかは知らぬが、少なくともわたしは本気でルクレツィアを妻にする気だった。わたしなりに、ルクレツィアを大切にしていた。
 ルクレツィアは精神の不安定な女だった。わたしの妻になりながらもわたしとの生活に集中できず、わたしに隠れて泣いていた。
 あまつの果てに、ヴィンセント・ヴァレンタインに押し切られて関係を再び結び、ルクレツィアは自ら喜んで男を胎内に飲み込んでいた。
 わたしははからずもルクレツィアがヴィンセント・ヴァレンタインとベッドをともにするのを見てしまった。プライドをズタズタにされたわたしは、ルクレツィアをこころのなかで切り捨てた。ルクレツィアをあばずれと見下しながら、性欲の捌け口としてルクレツィアを抱いていた。
 だから、わたしはルクレツィアが身籠った胎児をジェノバ・プロジェクトに提供したのだ。誰の子とも分からぬ者を、我が子として抱く気にはなれなかった。
 が、ジェノバ・プロジェクトの只一つの成功例であり、わたしの研究結果の結実としては、セフィロスを愛しく思うことができた。
 しかし、長ずるにつれて母親であるルクレツィアの面差しに似てきたセフィロスに、わたしは複雑な感情を抱いた。

 ――所詮、わたしは今もルクレツィアに捕われる愚かな男かもしれん。

 ここまでルクレツィアを怨嗟するのは、わたしがルクレツィアを愛し執着していることの表れなのだ。そう思うと、わたしも凡百の男とそう変わらぬ。



 自身への悲哀とも落胆ともつかぬ思いを噛み締めながら、シャワールームから出てきた狼狽を顕にするセフィロスを認め、わたしはうっそりと笑った。








end

 

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