prayer
第21章 沸き上がる疑念 by.Sephiroth
『ガストはかせ、はかせ、どこいったの!?』
古い洋館のなかを、五歳くらいの銀髪の童児が走っている。必死の様相で、ステンドグラスの光に照らされた階段を駆け上がっては、ひとつひとつの部屋の扉を開けて回っている。
疲れて足の鈍った童児を、数人の白衣を着た男が取り押さえた。
『何度言ったら分かる。
ガスト博士は、もうここにはおられないんだ』
本来、五歳ほどの子供に男の言った内容が伝わることはない。理解できるほどに脳は発達していないはずだ。
が、童児には言葉の意味が分かったらしく、幾度か首を振ったあと大きな翠の瞳に涙を溜め始めた。
床に座り込み大人しくなった童児の腕を掴むと、白衣の男は手を引っ張って歩きだす。足を進め、ある部屋の壁を操作して隠し扉を開きながら、男は童児を振り返った。
『君は明日我々とともにミッドガルに帰るのだ。
神羅ビルのラボで検査を続けるのだよ』
男の語り掛けに、童児は眉を潜めた。
『やだよ……けんさ、きらい』
いやいやと首を振る童児の意志を無視し、男は童児を連れて暗い螺旋階段を降りてゆく。
『仕方ないだろう。君は人知を超えた特別な存在なのだから』
地下の岩盤を刳り貫いた通路を通り奥にある部屋に入ると、書類に目を通している痩せた白衣の男が童児に目を向けた。
――宝条――…!
「かッ、はぁッ! はぁッ……!」
揺さ振られ目を覚ましたオレは、隣で心配そうに覗き込むクラウドに大きく息を吐いた。
オレはクラウドの背後に目を向ける。――いつも見慣れた、オレの寝室とベッドだ。よく分からぬ洋館などではない。
少しく安堵し、オレはクラウドに目線を戻した。
「セフィロス……大丈夫?
最近、ずっとうなされてるよ」
クラウドの不安げな声に、額の汗を拭いオレは笑い掛けた。
「別に、何ともない……。昔の夢を見ただけだ」
安心させるためクラウドの肩を抱き、オレはベッドに身を沈ませる。
何か言いたげなクラウドの眼差しが、オレの横顔に突き刺さる。が、何を答えればよいのか分からぬまま、オレはクラウドの明るい金の髪を撫でた。
――否、分からないことはない。近ごろのオレの心持ちの変化を、クラウドは朧げながら気付いている。
一月ほどまえにオレの戦力を研くため、宝条の監修のなか、魔法耐久力の優れた特別製のトレーニング・ルームで新技を繰り出していた。
その技は、使うたびに何故か酷い頭痛を引き起こしていた。そして、頭痛とともに聞き取り不可能な声も響いていた。
そして、新たに現われた武装反神羅組織・アバランチの女首領と交戦したあとのトレーニングの最中、オレの意識は途絶え、他の者に肉体を乗っ取られてしまった。
オレの身体を占拠した何者かは、オレの意思が消えているのをいいことに、オレの肉体を思うがまま使った。――オレの身体を用いて、他の男と肉欲を貪ったのだ。
自分の知らぬ間に男に抱かれたことに、オレは少なからずショックを受けた。オレには愛する者――クラウドがいるのに、他の男とセックスしたのでは、クラウドを裏切ったことになってしまう。
強い危機を感じたオレは、その技をほぼ使いこなせるようになったのをいいことに、宝条監視のもとでのトレーニングを一切取り止めた。
思えば、この技の訓練をし始めてから、オレはおかしくなり始めたのだ。先程のように、幼い頃の夢を見てうなされるようになった。意にそまぬ実験で身体を傷つけられ、宝条が実験で生み出したモンスターと戦わされたりした頃の記憶をなぞる夢は、悪夢でしかない。
そして、微かにしか記憶に残っていないガスト博士を探す夢も、頻繁に見るようになった。
――ガスト博士……おそらく、唯一オレに愛情を注いでくれた研究者。
だが、オレに一言も残さず姿を消してしまった薄情なひとでもある。
オレがガスト博士に本当に愛されていたのか……疑問だ。
ガスト博士はオレが今まで関わってきた研究員のなかでははるかに常識的で、頭の切れ具合も宝条などとは格が違う。
それでも、ガスト博士を思い出すのは、胸に痛みを伴い、ある種の不快感が付き纏う。――ガスト博士を思い出したくない、という気持ちがどこかにあった。
とにかく、このまま訓練を続ければ、再び何者かに肉体を乗っ取られてしまう――自分自身やクラウドのためにも、それだけは避けねばならなかった。
――自分の知らぬところで、他者に肉体をいいようになぶられるなど、ごめんだ。
そして、裏切ること――オレが他の者と肉体を交わすことで、クラウドを傷つけたくない。
オレはクラウドの身体に腕を巻き、再び瞼を閉じた。
アンジール・ジェネシスの裏切りにあってから全てが億劫になっていたオレは、年が明けてからソルジャーとしての任務に復帰した。
オレと親友といえる関係にあった彼らが何も言わずに失踪し、ジェネシスにおいてはウータイで奴の個体を複写したとおぼしき者をオレたちに敵としてぶつけてきた。
彼らの真意が理解できぬオレの胸に、彼らのしたことが楔として残っている。
が、いつまでも家に籠もっていられない。ジェネシスがウータイでソルジャーを大量に連れて消え失せてしまったせいで、ソルジャーの戦力が圧倒的に足りなかった。
それでなくても、プレジデントは事あるごとにオレの戦闘力を頼る。些細なトラブルでも、オレに始末させたがった。
そこには、オレに対するプレジデントの恣意が隠されているが、オレはあえて目を瞑っている。
こんな風に、ずっとマンションに居たきりでもなかったオレは、もうそろそろ戻ってきてもいいだろうというラザードの懇願を聞く形で戦いの現場に戻ることになった。
復帰を決意するまえ、オレは自宅にある書斎のデスクに備えられたPCで、神羅上層階級専用のデータを見ながら、携帯端末から聞こえてくるラザードの声に不満をぶつけた。
『復帰するのは構わんが……オレしか戦力がない状態ではないだろうな。
オレだけ過度の負担を強いられるのは御免被りたいのだがな』
ソルジャーが足りない現状では、オレの負担が多くなってしまう。体力や精神の余裕がなくなれば、また訳の分からぬ存在に身体を乗っ取られてしまうかもしれない。それだけは、避けたかった。
オレの不機嫌な問いに、ラザードは朗らかな声色で返してきた。
『あぁ、それなら心配いらない。
アンジールが育てていた2ndがいるだろう?』
『……ザックスのことか』
即座に、オレはアンジールがよく連れて歩いていた、かしましく仔犬のように人懐こいハリネズミ頭の青年を思い浮べる。
戦い方にセンスが無いわけではないが、攻撃と魔法のパワーバランスが悪く、戦略を疎かにし無茶滅法に剣を振るうところがある。
未熟といえばそれまでだが、なぜかひとを惹き付ける魅力の持ち主だ。アンジールに何度かザックスの訓練を頼まれ、その無計画ぶりに呆れ返った。が、奴の無邪気な笑顔に、こころの内のもやもやが掻き消えていくのを感じていた。
思考に耽っていたオレだが、ラザードの訝しむ声に我に返った。
『で、ザックスがどうかしたのか』
すぐに返答したオレに、少しく明るさの灯った声でラザードは話してきた。
『彼は、なかなか使えるぞ。
ミッションの成功率は上々で、昨年君がザックスに託したバノーラ村の任務でも成果をあげてくれた。
近々、彼をクラス1stに昇格しようと思っている。アンジールの推薦もあったからな』
ゆったりした皮張りの椅子に腰掛け、ぞんざいにPC付属のマウスを動かしつつ、オレは顎に手を当てる。
『アンジールの推薦か……。奴は裏切り者の烙印を押されているだろう。
おそらく、アンジールの推薦では、プレジデントは納得しまい。
ラザード、オレもザックスを推薦していたことにしておいてくれ。これなら、ザックスを1stにすることが出来るだろう』
ソルジャー部門においてラザードに次ぐ権力を持っているのはオレだ。……否、プレジデントに直接口利きしてそれを通せる分、オレのほうが強いかもしれない。
ザックスを1stにしてオレの負担を減らせるなら、願ったりだ。少々の権力を行使するくらい、構わんだろう。
オレの提言に是と返したあと、打って変わって沈鬱な調子でラザードは告げた。
『……多分、復帰後に神羅軍へアンジール・ジェネシスたちへの抹殺指令が、プレジデント直々に下るはずだ。
我々ソルジャー部門は、プレジデントや各部門の幹部連中にまったく信用されていない。
だから、我々も独自で軍とともに動く。
君やザックスも加わることになるが……おそらくザックスは納得しまい』
『……そうだろうな』
ザックスはアンジールを師として尊敬し、親友としても頼りにしていた。そんな彼が嫌がるのは、当然だ。
『君も嫌だろうが、受けてもらうよ。
君が彼らと深い関わりを持っていたのは、ザックスも知っているんだ。
そんな君がアンジール・ジェネシス抹殺のため動けば、ザックスも出ないわけにはいかなくなる。
プレジデントも、アンジール・ジェネシスに関することについては、君を信用していない。むしろ彼らの逃亡を幇助した嫌疑が掛かっているんだ。
そのことを、重々肝に命じておいてくれ』
ラザードの忠告に、オレは皮肉を唇に浮かべてしまう。
嫌疑も何も、オレだって裏切られた者のひとりなのだ。それなりに彼らに憤りを感じている。
アンジールは言付けを残していったが、あんなものを残すより、面と向かってオレに悩みや苦しみを打ち明けてほしかった。だから、書き付けで怒りは半減したが、完全に消えたわけではない。
それでも、オレたちの手でアンジールとジェネシスを殺させようというプレジデントの目論みは冷酷非情としか言いようがない。
プレジデントがソルジャー部門を信用していない素振りを見せれば、プレジデントに反感を抱く息子・ラザードが親を見返すため動くのは分かり切っている。プレジデントはそこに付け込んだのだ。
が、プレジデントやラザードに唯々諾々と従うのも、オレとしては業腹というものだ。
『……わかった、覚悟はしておく』
口先だけでそう従い電話を切りながら、オレは挑発的な笑みを浮かべた。
ザックスがソルジャー・クラス1stに昇格することをプレジデントが認可した日、ウータイとの戦争が終結したと社内報で神羅社内に正式に広報された。
その報告のなかには、「英雄セフィロスの活躍のおかげ」という嘘が混ぜられていたが、いつものことなので放置しておいた。
あの戦いで実際に功績を上げたザックスには悪いと思っている。そして最強の英雄という認識をさらに植え付けてしまったクラウドに対しては、どういう顔をすればいいのか分からない。
もとより、虚構で塗り固められた「英雄セフィロス」を背負うことが当たり前になってしまった自分に、苦笑いしか浮かんでこない。
――本当のオレを知る者は少ない。
幼い頃からオレを見知ってきた宝条とプレジデントのオレへの目線は、始めから歪んでいる。
辛うじて本当のオレを知っていたアンジールとジェネシスは、どういう事情か行方をくらませた。
これから同じ1stとして多く行動するだろうザックスは、どれだけ虚飾の内にある本当のオレを見るだろう。
そして、クラウドには、真実のオレだけを見ていてほしい。隠し事があることでクラウドに苦悩を与えているのは理解している。だが、こればかりはオレ自身どうしようもない。
諦めを滲ませた嘆息を吐きながら、ザックスをソルジャー司令室に呼び出すため、オレは携帯端末のプッシュボタンを押した。
プレジデントによる神羅軍へのアンジール・ジェネシスと、彼らに組するソルジャー抹殺指令文書に目を通しながら、オレはラザードからソルジャー・クラス1st昇格を告げられたザックスの様子を横目で眺めていた。
信頼していた師であるアンジールの裏切りや、バノーラ村に対する神羅カンパニーの所業を目の当たりにしたからか、ザックスの面から以前にあった甘さや軽々しさが抜けている。
誰でも接しやすい温かみのある雰囲気に変わりはないが、やはりどこか引き締まった空気を感じる。――ザックスなりに、成長したのだろう。
念願の1st昇格を告げられても、ザックスは心底喜べないようだ。それどころか、彼の顔に戸惑いがありありと浮かんでいる。
色々ありすぎたのだ。ソルジャーや神羅の実態を知ったうえで昇格しても、喜べというほうが無理な話だ。腕を組みながら、オレは内心ザックスに同情していた。
「ザックス、さっそくだが頼みたいことがある」
ザックスに1st昇格を告げてから、ラザードはザックスに件の前振りを述べる。
頼み、という言葉に、ザックスはオレに対し不信気な目線を向けた。
「また、俺に任務を押し付けるつもりか?」
――あんた、また逃げるのかよ。
ザックスの目がそう告げている。
「悪かった」
苦笑を噛み殺し、オレは素直に詫びる。
アンジールとジェネシスのことで苦しんだのは、ザックスも同じだ。むしろオレと同じ気持ちを持っているからこそ、ザックスにバノーラ村の任務を託したのだ。
アンジールはザックスを大切にしていた、その彼がアンジールのまえに立ちはだかり、奴を何とか説得することができれば、アンジールたちを連れ戻せるかもしれない。アンジールに手紙を渡されても、オレはどうにかしてアンジールたちを呼び戻したかったのだ。
結果は、アンジールよりジェネシスのほうが反逆の意志が強かった。危うげな幼なじみをアンジールは放っておけず、オレの目論みは失敗に終わった。
淡々と謝ったオレに、ザックスは肩を揺らす。
「いいけど」
軽く流してから、ザックスはクラス1stの服に着替えにブリーフィングルームに向かった。
戻ってきたザックスは、アンジールと同じ指定のソルジャー服を身につけ、ぴりりと顔を緊張させていた。
ザックスの姿を確認してから、ラザードはおもむろに口を開いた。
「会社はジェネシスと配下たち、そしてアンジールの抹殺を決定した」
ラザードによる会社の方針の宣告に、ザックスは血相を変える。
「それを俺が!?」
「いや、神羅軍が投入される」
即座に切り返したラザードに、ザックスは眉を寄せた。
「んじゃ、俺は?」
「信用されていない」
明らかに困惑するザックスに、オレは斜に構えていた態勢を崩し、ザックスに歩み寄った。
肩を竦めるラザードに、オレも口添えする。
「ソルジャーの仲間意識が、行動を鈍らせる、とな」
オレは始めからソルジャーとしての連帯意識より、組織の命だけで動いていたが、アンジールやジェネシスと親友の間柄にあったのは事実だから、オレ含めそう捉えられても仕方がないだろう。
ザックスはそこまでドライではない。ちらりとオレを見つつ、肩を落とした。
「そりゃ鈍るさ」
ザックスの心情からすれば、アンジールの抹殺などもっての他だろう。――だから、オレはザックスの覚悟を迫った。
「だからオレも出る」
感情を込めない静かな声に、ザックスがオレを振り返る。
「抹殺に?」
それには何も答えず、笑みを唇に乗せたまま、オレはザックスがどう捉えるかに任せた。
最も、アンジールと交流があったとはいえ、ザックスも社内に流れるオレに対する風潮から逃れられないでいる。大方、冷血人間である英雄は、親友といえど敵として狩ると思っているのだろうが。
それよりも、オレはこの目で確かめたかったのだ――アンジールとジェネシスに、一体なにが起きているのか。
ザックスによる任務報告書にあった事項――ジェネシスの左肩に黒い翼が生えていたというのが、無性に気になった。
『オレたちは――モンスターだ。
誇りも夢もなくしてしまった』
ザックスに翼を見せたときの、ジェネシスの言葉――夢とは、オレのことかもしれん。が、誇りをなくしたのは、異形となり果ててしまったからなのか?
――そもそも、なぜジェネシスは異形になってしまったんだ。
アンジールも、それに関わっているのか?
バノーラ村での任務報告書を見てから、そのことがずっと頭に引っ掛かっていた。アンジールの書き置きは、このことを指しているのか?
考え続けていても仕方がない、何とかしてアンジール・ジェネシスと接触しなければ――今回の抹殺指令は、その好機だった。
そう思っていたとき、突如として爆発音が起き、ビル内に警報装置が鳴り響いた。
各箇所の隔壁の降りる音に、ザックスは厳しい顔で辺りを見渡した。
「侵入者だ」
少々強ばった顔つきでラザードが呟く。
「どこに!?」
ラザードはPCのキーボードを操作して、ビル内のセキュリティチェックの画面を開く。
侵入箇所を確認してから、ラザードはオレたちに号令した。
「ここだ!!
セフィロスは社長室!
ザックスはエントランスへ!」
「任せろ」
そう叫んでエントランスに通じるエレベーターに足早に向かうザックスに反し、オレはゆったりとした足取りで社長室に向かった。
社長室にいたプレジデントは、困窮した表情でオレの到着を待っていた。
「セフィロス、来てくれたか!
おまえがわたしを護りにくれば安心だ」
オレの腕を取りデスクに引き寄せるプレジデントに、オレは眉を顰める。
「ぬけぬけとよく言う。
おまえなど、侵入者に襲われて、さっさと死んでしまえばいい」
プレジデントを睨み付けるオレに、奴は目を瞠る。
「……アンジールとジェネシスへの抹殺指令のことで怒っているのか?
あれらは我が社に楯突いたのだ。何もおまえを困らせようとしたことではない」
オレは腕だけでなく腰にまで絡んでくるプレジデントの手を払い、暑苦しい男から背を向ける。
「そんなことは分かっている。
『神羅カンパニーにとって都合の悪いものは、すべて抹消する』だろう。
伊達に何年もこの会社にいるわけではない。
――それより、科学部門も含め、アンジールとジェネシスに関することで、何か隠し事があるだろう」
オレの問いに一瞬動きを止めながらも、プレジデントは性懲りもなくオレの身体に触れようとした。コートの併せから手を差し入れ、胸の頂きの小さな実をふたつの指で挟んでくる。
寸時、オレは息を詰まらせる。プレジデントが与える刺激を、肉体が快楽として受け取りはじめたのだ。
――チッ……何者かに身体を乗っ取られてから、肉体の制御をとりにくくなっている。
以前は他者から触れられるときには、オレ自身の精神力で触感を封じていた。が、肉体を何者かに占拠されてから、枷が外れてしまった。
そのせいで、ほぼ毎夜クラウドに対して情欲を暴走させているが、困ったことにクラウド以外にもオレの肉体は敏感になってきている。
オレの身体の変化に気付いたのか、プレジデントがオレの耳元に囁いた。
「どうした、ストライフに性欲を注いでいるのではないのか?
こんな可愛い反応のさせ方をして、まったく昔と変わらず愛しい……」
プレジデントはボトムのうえから股間の質感を指でなぞり楽しんでいる。忌々しさに、オレは舌打ちしたかった。
「アンジールとジェネシスのことに関しては、おまえが直接宝条に聞けばいいではないか。
それとも、聞くことができない事情でもあるのか?」
オレの肉体を高め耳朶を舌で舐めながら、プレジデントはいやらしくそう告げる。
プレジデントから逃れるため身を捩り、首を振るオレの脳裏に、幼い頃為す術もなくプレジデントに弄ばれていた自分の姿が過る。
『いいぞ……ッ、もっと乱れろ……』
プレジデントに跨り腰を揺する、十代始めの自分。ことが終わったあと、脱け殻を見るように自分の汚れた身体を眺めていた。
――いつまで、こんなことを……。
恥辱に塗れる自分に反吐が出そうになるが、昔から大きな身体に覆いかぶさられると、それだけで身体が恐怖に凍ってしまうのだ。
――いつから、男に組み敷かれると、身体が凍り付いたように動かなくなってしまったのだろう……。
思い出そうとするが、なぜか記憶を掘り出せない。そればかりか、頭に痛みが走る。
緊急警報の鳴る非常事態のなか、木製の大きなデスクに横たえられプレジデントの愛撫を受けているオレは、ぼやける脳裏で過去を手繰っていた。
そのとき、鋭い痛みが頭に走り、謎の声――技の訓練中に聞いていた声がした。
――まずい。また何者かに肉体を乗っ取られる……!
オレはプレジデントを突き飛ばし、のしかかっていた男の下から抜け出すと、デスクから降り乱れ掛かっていた衣服を整えた。
と同時に、ラザードから携帯端末に連絡が入ってきた。息を整え、端末の通話ボタンを押す。
『セフィロス、社長室のほうに異常はないか!?』
心持ち上ずっているラザードの声に、憎みながらも父親を案じる奴の複雑さを垣間見る。
「あぁ、こっちは大丈夫だ」
オレの返答に安心したような吐息が聞こえてくる。
が、直ぐ様急を告げる内容が耳に入った。
『エントランスの被害が尋常ではない。大量に敵が侵入している。
ザックスが健闘しているが、今すぐ行って助けてやってくれ。
それと、八番街全域にも敵の手が伸びている。
エントランスの敵を片付けたら、そちらも頼む』
「わかった、すぐ行く」
そう返して端末の電源を切り、久々の獲物に有り付けなかった色好みの男を睨み据える。
「今回の討伐の標的のなかに、ホランダーは入っているのか?」
途端に、プレジデントの面相が堅くなる。
「当たり前だろう。奴は研究データや科学部門の設備を盗んで逃亡したのだ。
神羅社内のデータが外部に漏れれば、大損害になる」
それだけ聞くと、オレは社長室をあとにした。
本当は科学部門統括である宝条に対しても、問い詰めたいことが山ほどある。
が、奴に会うとまた自分がおかしくなってしまいそうで、思うようにいかない。
自分が自分でなくなる――恐れなど感じたことのないオレが初めて味わう恐怖だった。
エレベーターでエントランスに降りたオレの前で、ザックスはG系ソルジャーと思わしき敵と戦っていた。
確かに、アンジールがいるまえより戦闘力が上がっている。アンジールとの決別が、ザックスの戦いの腕を増させていた。――これなら、心配なくザックスに戦いを任せられるだろう。
オレがエントランスに降りてきたのに気付いたザックスが、大きな身振りで振り向き叫んだ。
「セフィロス! 侵入者はジェネシス・コピーだ」
ロビーに累々と転がるG系ソルジャーの死骸に、オレは確信を強める。
「これはおそらく、ホランダーの差し金だな」
「誰だ、それ?」
ぽかんとした顔で聞き返してくるザックスに、オレはホランダーの不潔な不精髭を頭に浮かべながら語った。
「コピー技術を盗んで失踪した、神羅の科学者」
コピー技術というのがどういうものかオレには分からんが、ジェネシスを写したような者が数多現われているのだ。実際に人間の身体的情報を他者に写す技術が科学部門で確立しているのだろう。
首を傾げつつ、ザックスがさらに質問してくる。
「ジェネシスとホランダーってやつが、手を組んでいるってことか?」
「かもしれん」
オレはザックスから顔を背ける。
かもしれん、と言ったが、おそらくそうだろう。ジェネシスが身を消したのと同時期にホランダーも行方をくらませた。そしてジェネシスの姿を写すには、科学部門の技術が必要だ。
そして、ホランダーはアンジールとジェネシスの検査を担当し、ジェネシスが怪我をしたときも奴が治療した。
――そういえば、宝条はアンジールとジェネシスを見下していたな。
科学部門で、宝条とホランダーは顔を突き合わせるのも嫌がっていた。
不意に、生々しい映像が脳裏に立ち上がってくる。
――そう、オレが幼い頃に、ふたりは醜い争いをしていたんだ。
オレもそれに巻き込まれ……決着がついたんだ。
「ふたりの目的は……なんだろう?」
オレの回想を中断させるようにザックスが語り掛けてくる。
先程思い出した苦い記憶を、オレは表情が崩れないよう努めながら言う。
「ホランダーは科学部門の主導権争いで敗れている。
そのせいで神羅に恨みを抱いていた。復讐と考えるのが妥当だ」
ホランダーの復讐する相手は、間違いなくプレジデントと宝条だろう。
宝条とホランダーの統括の座を巡る争いは、オレが物心ついた頃にはほぼ結果が出ていた。
何の研究かは知らないが、宝条は大きな成果を出し、ホランダーは失敗したのだ。
それでもホランダーは統括のポジションを諦めていなかったが、ある事が切っ掛けであっさりと宝条が統括となり、ソルジャー製造技術も確立したのだ。
――その切っ掛けが、オレがプレジデントへの貢ぎ物になることだったのだ。
オレがプレジデントに寵愛されたことにより、宝条は統括になった。
それからはひたすらプレジデントの愛玩人形となり、薬を盛られてプレジデント専用のダッチワイフとなったのだ。
思考の歪みに沈みそうになる自分を無理矢理奮い立たせ、オレは理性を保とうとする。――そうでなければ、またオレは自分でなくなってしまう。
それより、宝条とホランダーが競い合っていた研究とは、何なのだろう。まさかそれに、アンジールとジェネシスが関連しているのか?
暗くなっていくオレの思考に反し、ザックスはホランダーの企みを一刀両断に切り捨てた。
「くだんねぇ。
って、ジェネシスはそんなことに協力してるのか?」
「信じたくはないが……」
邪心なく見つめるザックスに、オレは俯いてしまう。
――ジェネシスはジェネシスなりに、復讐したい相手がいるのだろう。
もしそういう人物がいるとすれば、それはオレかクラウドだ。クラウドの身辺に関しては、オレの目が届く限り、常に注意を怠っていない。
が、クラウドのまわりに、それらしき兆候は何もない。クレトゥにもクラウドの身辺を注視するよう頼んでいるが、変化はないようだ。
オレに対しても、ジェネシスのアクションはない。――まったく、ジェネシスの思惑が見えない。
オレの言葉に、極めて明朗にザックスは応えた。
「じゃ、信じない」
少しく目を見開き、オレはザックスを見つめた。
能天気で頼りない奴だと思っていたが、こんなに芯の強い男だったとは。――オレはザックスを見下していたのかもしれない。
アンジールとジェネシスという頼れる戦友を失ったが、ザックスがその代わりになるかもしれない。
――アンジール……おまえがこの男を愛した気持ちが、オレにも分かったぞ。
こころを分け与えられるのはクラウドしかいない。が、ソルジャーとしての精神的負担を共有できるのは、ザックスだけだろう。
そう思うと、昨年からずっとのしかかっていた暗い気持ちが軽くなったような心地がした。
「そうしよう。
さあ、ザックス、八番街でもジェネシス・コピーが目撃された。
行くぞ」
オレはザックスに背を向け、勢い良く追い掛けてくる足音に頼もしさを感じた。
八番街噴水広場は、ジェネシス・コピーが大量に暴れ回っていた。彼らは逃げ惑う人々を無差別に攻撃し、八番街を混乱と悲鳴で埋め尽くしていた。
オレとザックスは二手に別れ、ジェネシス・コピー討伐に壱番街駅ホームの方向を目がけ八番街を駆け抜けた。
「ねぇ、嘘でしょ? それ〜〜」
「ホントだってば! ちゃんとこの目で見たんだから!」
駅ホームへの階段を上がる途中、オレは降りてくる女たちから奇妙な話を耳にし、顔をあげる。
「いつも開いてない伍番魔晄炉の二階の扉にね、白い翼の生えた人が入ったんだ。
最初鳥か何かと思ったんだけど、ちゃんと手も足もあるし、大柄な身体に幅広の大きな剣を背負っていたんだから、人に間違いないよ!」
何気なく聞いていたオレは、話していた女のひとりがオレに気付いて騒ぎだしたので、素早く階段上に立ち去った。
――白い翼に大柄な体格、そして大剣……。アンジールの特徴を持った人物だが、白い翼とは……。ジェネシスに黒い翼が生えていたというが、まさかアンジールも?
人間の視力と脳はあてにならない。何かと見間違うことは、よくあることだ。が、可能性に掛けることは悪いことではない。
オレは駅ホームの改札を潜り抜け、伍番街行きの列車に乗り込んだ。
列車を途中で降りたオレは、螺旋トンネルを通過し伍番魔晄炉に辿り着いた。
螺旋トンネルの各場所にある警報センサーのチェックパスに神羅社員証を翳し、オレは単独魔晄炉のなかに入る。
見たところ、暗い魔晄炉に人影はない。――否、モンスターの気配は濃厚に漂っているが。
正宗を構えながらゆっくりなかを進むと、思ったとおりグリフォンの形状をしたモンスターが襲ってきた。今までもグリフォン様のモンスターと戦ってきたが、そのグリフォンは見たことのない特徴があった。
敵の攻撃を軽く躱すと、一刀のもとに斬って捨てる。屈みこんで敵の姿を細かく確認する。
そして、敵の額にあった決定的な印に、オレは眉を寄せる。
――モンスターの額に、アンジールの顔が……。
アンジールの顔面が刻まれたモンスターに、オレは片手で目を覆う。
――アンジール、やはりおまえもジェネシスと同じか……。
ジェネシスとは違い人型ではないが、これもコピーの一種だろう。――このモンスターは、アンジール・コピーなのだ。
アンジール・コピーを目の当たりにしたオレは、確信する。――間違いなく、魔晄炉内にアンジールがいる。
携帯端末を取り出すと、オレはザックスに電話を掛けた。
勢い良く出た相手に、単刀直入に言う。
「八番街が片付いたら、伍番魔晄炉に来い」
『何かわかったのか?』
訝しげな声に、オレは話を続ける。
「アンジールの目撃情報だ」
アンジール・コピーと交戦したことは隠し、オレはそれだけを告げる。
ザックスは舌打ちし、オレへの不信感をぶつけてきた。
『見つけて、抹殺か?』
やはり、ザックスはオレを任務とあれば親友でも殺す男だと思っていたのだ。社内に飛びかっているオレの風聞がそうなのだから、仕方がないだろう。
こころのなかで秘かに苦笑いしながら、オレは結論を後回しにした。
「軍が本格的に動くまで、わずかだが時間がある。
それまでにオレたちでやつらを見つけだし――」
『どうするんだよッ!』
興奮しているのか、ザックスは携帯に向け大声を放ってきた。耳膜をつんざく音量に、一瞬オレは耳から携帯を離し、眉を顰める。
「抹殺に――失敗するのさ」
オレの返答に、携帯の向こうの気配が喜色に変わる。
『まじ?』
「あぁ、まじ、だ」
笑みを浮かべ慣れぬ砕けた言葉を口にするオレに、ザックスは高いテンションで反応した。
「最高! かもしんないっ!」
オレがアンジールとジェネシスを殺さないこと、最強といわれているオレと結託できることに、ザックスは安堵し有頂天になったようだ。
携帯の電源を切って歩きだしながら、プレジデントや宝条の顔を思い浮べ、オレは唇を笑みの形に釣り上げていた。
――誰が大人しく言うことを聞くか。
プレジデントや社内の方針など関係ない。オレはオレのやりたいようにやる。状況が変わったのだ、もう神羅に唯々諾々と従いはしない。
これは自身を取り巻く現状への、オレなりの反逆だった。
警戒を怠りなく魔晄炉のなかを探索していると、剣戟の音とモンスターの唸り吠えが聞こえてきた。――ザックスが到着したようだ。
しゃがみこみ倒したサハギンを観察するザックスのもとに、オレは歩み寄る。
ザックスはサハギンの額にあるアンジールの顔に驚いていた。
「アンジールの顔がついてる!?」
オレは先程戦ったグリフォンで確認済みだったので、ザックスの狼狽を見ても平静だった。
「ジェネシス以外のコピーも、可能になったというわけだ」
そして、ジェネシスやアンジールの「何か」を使ってコピーを作っているのは、ホランダーだ。
そういえば……ホランダーの顔を見たのは、2ndのトレーニングルームでジェネシスが怪我を負って以来だ。ジェネシスの回復が思わしくなく、ホランダーがアンジールに対し、奴の血を輸血する必要があるといったときから見ていない。
――思えば、オレとジェネシス・アンジールの仲がぎくしゃくし始めたのは、トレーニングルームでふざけあった頃からだ。
あれが……何かあるのか?
あの時のことを回想し、オレは何気なく呟き始める。
「本社ビルのトレーニングルームに――」
「ん?」
ザックスが訝しげな目を向けてくる。構わず、オレは思い出話を続ける。
「2ndたちの留守に忍び込んでは、よくふざけていた。
ジェネシス、アンジール、オレ――」
ザックスは腕を組み、興味津々な様子で聞き耳を立ててくる。
「本当に仲がいいんだ」
オレは皮肉な笑みを浮かべる。
「ふん。どうだか」
果たして、オレたちは本当に仲がよかったのだろうか。
ジェネシスは友情ではなく、オレに恋人としての愛情を求めた。オレはそれを見て見ぬ振りをし、余計ジェネシスを苦しめ凶行に走らせた。奴はクラウドを盾にとってオレを従わせ、オレを犯した。
オレとジェネシスの友情は破綻し、奴は大量のソルジャーを連れて失踪した。その責が、オレにないわけではない。むしろ、奴をぎりぎりまで追い詰めたのはオレだろう。
そして、ジェネシスの幼なじみであるアンジールは、ジェネシスを放っておけなかった。他に理由があるといっていたが、ジェネシスの存在が多大に影響を与えているに違いない。
いくら親友といっても、幼なじみという絆をもつふたりの間に、オレは深く入っていけなかったのだろう。――だから、ふたりはオレに何も言わなかったのだ。
自嘲の笑みが零れるが、ザックスの目がその時の様子を知りたがっている。オレは苦手な自分語りをし始めた。
「で、平気だったのかよ?」
トレーニングルームでの一件を聞き終わったザックスが、背を向けているオレに通路の手摺りを掴みながら尋ねてくる。
「問題ない。ジェネシスの傷についてはな。
だが、アンジールが――」
「アンジール? どうかしたのか?」
まるで尻尾を振る犬のような忙しなさで聞いてくるザックスに、オレは苦笑する。
「そのあと、延々とアンジールに説教された」
「なんて?」
ザックスの問いに、がみがみと説教するとき、年齢以上に老け込んでみえるアンジールの様が脳裏に思い浮かび、思わず笑みが零れる。
「いつもと同じさ。心構え、夢、希望、そんなのだ」
アンジールと知り合ってからくどくどと「ソルジャーとしての理想とする姿」を説かれていたが、オレは自分の思考の癖や態度をまったく変えようとしなかった。
それ以前にオレは人間としての感情に欠けている部分が多々あったので、アンジールはそちらの方に悩みがちだったが。
ザックスも、アンジールの理想をよく説かれていたのか、大きく頷いた。
「あぁ、わかる気がする」
ひとり納得するザックスを放置し、オレは冷静に事態の整理をする。
オレはサハギンの骸に近付き、額にあるアンジールの印を見下ろした。
「やはり、ふたりはホランダーと組んでいるのか」
オレの言葉に我に返り、ザックスはうなだれ、呟いた。
「どうしてこんなことに――」
ザックスを横目で見ながら、オレは内心の苦さを噛み締めた。
どうしてこんなことになったのか――それはオレだって知りたい。
あのふたりに会って、問い詰めたい気分だった。
アンジールの目撃情報を便りに伍番魔晄炉に辿り着き、アンジール・コピーを目にしたことで、アンジールもジェネシスと同じく神羅を敵に廻したと判明した。
この魔晄炉にジェネシス・コピーではなくアンジール・コピーがいることが、無性に気になる。
ジェネシス・コピーは神羅を攪乱するために動いているが、アンジール・コピーはそうではない。――他の目的があるのではないだろうか。
――他の目的……ジェネシス・コピーは神羅を攻撃するために動いているが、アンジール・コピーは伍番魔晄炉への他者の侵入を阻むため置かれているのかもしれない。
確か、伍番魔晄炉には各プレートを繋ぐ通路があったはずだ。そして、デッドスペースが出来ているのを、前にプレートの図面で見つけている。
他者の侵入を阻む者の心理は、見つけてほしくないものを何としても隠すため。――アンジールたちが隠したいのは、ホランダーの所在ではないのか?
二階の突き当たりにある06番扉のバルブを調べながら、オレは後ろを歩くザックスを振り向き、上官として命令した。
「この先にホランダーの隠し研究室があるはずだ。
アンジールを捜す手がかりがあるかもしれない。
ドアのバルブに魔晄が届いていない。各所のバルブを開けて、このバルブに魔晄を供給しろ」
ザックスは頷き、魔晄炉の梯子を降りてゆく。オレはザックスが三階から一階に移動するのを眺めながら、06番扉の前で待機していた。
ザックスが各所のバルブを開け終わったのか、目の前のバルブから空気が漏れた。――バルブに魔晄が供給されたようだ。
「動力が供給されたようだ。行くぞ」
走ってきたザックスに顎で扉を指し示し、扉を開けさせてなかに入った。
暫らくプレート内を進むと、明かりの灯っている場所が見つかった。
思ったとおり、伍番魔晄炉に隣接するデッドスペースに研究施設らしきものが出来上がっている。ここがホランダーの潜伏場所なのだ。
施設の入り口に魔晄ポッドが据えられている。なかを覗き込むと、サハギンらしきモンスターが魔晄漬けにされていた。おそらく、アンジール・コピーとして製造過程にあるものだ。
「哀れだな……」
そのまま、機械装置などのうえに乱雑に置かれている数冊のファイルを手に取る。
ファイルの表紙に、「古代種プロジェクト概要資料」、「『プロジェクト・G』実験概要」、「ソルジャーの劣化現象に関する報告」とラベリングされている。オレはひとつひとつ目を通していった。
――古代種に関しては、科学部門附属の図書室の蔵書を読んで知っていた。
ひとつの懐古ロマンだと思っていたが、まさか神羅が人工的に古代種を生み出そうとしていたとは……。
地中から発見されたものが、果たして古代種なのか? その細胞を使って古代種を量産しようとしたのが、「プロジェクト・G」――人間の胎児に古代種の細胞を埋め込んだのか。
神羅の科学者に、ひととしての倫理がまったく備わっていないのは身を以て経験済みだが、この実験は余りにも人道に反している。
オレが研究資料を読み漁っていると、隣で同じように資料を読んでいたザックスが、「ぐぅ」と苦しげに呻いた。――ザックスは肉体の能力が身体の面だけ優れている典型らしい。
「ホランダーが発案した実験だ。
生まれたのはごく普通の子供だった。
つまり失敗だったはずだが――」
「古代種プロジェクト」と「プロジェクト・G」に関する資料を隅々まで読んで得た結果は、「プロジェクト・Gは失敗だった」ということだ。
が「ソルジャーの劣化現象に関する報告」という資料がさらなる疑問を呈している。
――G系ソルジャーとは、一体なんだ。ソルジャーに分類があったのか?
そして、G系ソルジャーだけ因子情報を流出すると劣化するのか。
そもそも、因子情報とは何なんだ。
オレは物心ついた頃からソルジャーだった。そして、オレの先にソルジャーは存在していない。オレがウータイとの戦いで功績をあげたことで、オレと似た身体能力を持つ者――ソルジャーが開発されたのだ。
オレでも知らないソルジャーの秘密があったとは。幼い頃から特別な存在といわれてきたが、オレもたかがしれている。
――特別な存在、か……。まるで古代種みたいだな。
資料に書かれている古代種が存在するとすれば、まさに「特別な存在」だ。
――幼い頃からそう称されてきたオレは、一体何なのだろうな。
そう思ったとき、不意に頭に痛みを感じる。例の、肉体を乗っ取られるまえの症状だ。
深入りすると危ない――オレは首を振り、意識を立て直した。
そんなとき、シンクロする声が。
「……頭、クラクラする」
ザックスを見ると、げっそりした顔つきで額を手で押さえていた。
アンジールとジェネシス、ホランダーとここにある劣化に関する資料――否応なく、トレーニングルームで怪我をしたジェネシスの予後を思い出させられてしまう。
「ジェネシスが姿を消す前だった。
軽い怪我のはずだった。だが、なぜかジェネシスの回復は遅れた。
ジェネシスを治療したのが――ホランダーだった」
ジェネシスが手術をする当日のことを、オレは昨日のことのように思い出す。
ジェネシスを治療するに輸血が必要だと言ったホランダー。少なからず責任を感じていたオレは、自分の血を差し出そうとしたが、奴はオレの血ではダメだと断った。
「なぜオレではダメだったのか――」
ジェネシスとアンジールは、オレとは違う種類のソルジャー――G系ソルジャーだったのだ。
そうでなければ、ここにG系ソルジャーの劣化に関する資料はないはずだ。
オレは振り向いて魔晄カプセルを見つめる。
「G系ソルジャー、か」
アンジールとジェネシスがG系ソルジャーなら、ホランダーに頼り、神羅を攻撃しようとするのも分かる。
息を吐き、オレはアンジールやジェネシスの身に起きていることの仮説を立てた。
「『プロジェクト・G』によって生み出されたのがジェネシスだ」
「プロジェクト・G――」
苦手なりに資料を読み解いていたザックスは、オレの言葉に言い淀む。
設備のうえに置かれているファイルに視線を流し、オレは推測を重ねた。
「プロジェクト・ジェネシス。
このレポートとは裏腹に、ジェネシスには明らかな変化があった」
「劣化?」
ザックスが眉を寄せ聞き返す。
「それだけではない」
はっ、とザックスは瞠目する。――オレが思い至ったことに辿り着いたのだ。
「コピー?」
頷き、オレは魔晄ポッドを睨む。
「こんなもの――」
ジェネシスはウータイで大量のソルジャーを引き連れ消えた。おそらく、消えたソルジャー達も、現在魔晄ポッドに入れられているサハギンと同じ工程を経て、ジェネシス・コピーにされた。――そして、コピー達はウータイやミッドガルを襲ったのだ。
そして、コピーを作るのに必要だったのが、ジェネシスやアンジールから失われた因子情報――個体の持つ生体的特徴、つまり遺伝子なのだ。
ジェネシスやアンジールの因子情報が流れだした切っ掛けは、トレーニングルームでの事故で間違いないだろう。ジェネシスから流出し、アンジールから輸血した血液を、神羅に恨みを持つホランダーが悪用したのだ。
――宝条がホランダーを二流科学者だとそしっていたのに合意するのは癪だが、まさしくその通りだ。
ホランダーは二流で、外道だ。
オレは親友を苦悩の淵に陥れたホランダーに、激しい怒りを感じた。
「セ、セフィロス!?」
階段を降りてくる音とともに、狼狽えた声が。
オレは怒気を身に孕ませ振り向いた。――ホランダーが、そこにいた。
「ホランダー、やはりここにいたか」
オレが憤慨している時にのこのこやってくるとは、間の悪い男だ。
一歩を踏み出したオレに、ホランダーは慌てながら居直った。
「ジェネシスとアンジールの劣化は、誰が止めるんだ?」
瞬時、オレは躊躇ってしまう。
ジェネシスやアンジールの検査やバイタル・チェックをしていたのはホランダーだ。確かに、誰よりもふたりの生体情報に詳しいだろう。
オレが惑っていたのは、束の間だった。その一時に、羽音を響かせ誰かがオレとホランダーの間に割って入った。
ひらひらと舞う黒い羽根に、オレは僅かに目を見開く。
「ジェネシス」
コピーでも何でもなく、ジェネシス当人が目の前にいた。ザックスの調査報告書にあったとおり、左肩から複雑な形の黒翼を生やしている。
ジェネシスは自身の得物である真紅のレイピアをオレの喉元に突き付け、牽制した。
「ホランダーは渡さない」
オレがジェネシスに足止めされている隙にホランダーがプレートの奥に逃げ出す。
「ザックス! ホランダーを追え!」
叫んだオレに、ザックスはホランダーのあとを追い、身を弾ませ走りだした。
ホランダーとザックスの足音が遠ざかったのを確認し、ジェネシスはレイピアを下ろす。
「『惜しみない祝福とともに、君は女神に愛された。
世界を癒す英雄として』」
酔ったように話しだすジェネシスに、オレは苦さを味わう。――すべてが壊れてしまった現在への、逃避のつもりか?
「『LOVELESS』か。相変わらずだな」
殺伐とした状況でも絵空事をそらんじるジェネシスに、オレは疎ましく返す。
「『3人の友は戦場へ。ひとりは捕虜となり、ひとりは飛び去り、残ったひとりは英雄となった』」
「よくある話だ」
適当に返事をするオレに、ジェネシスは妖しく微笑んだ。
「オレたちが演じるとすれば、英雄の役はオレか? おまえか?」
「おまえがやればいい」
ここまできて、まだ英雄になることを引き摺るか。そもそも、英雄だから何だというんだ。オレは神羅がしたてあげた誇大な広告だ。――英雄など、存在しない。
ジェネシスは皮肉に唇を歪める。
「ああ。あんたの名声は、本当ならオレのものだった」
「くだらん」
オレの立場に嫉妬するジェネシスに嫌気がさし、オレは自棄ぎみに吐き捨てた。
ジェネシスはふっと笑い、オレを真っすぐ見つめてくる。
「今となっては、な。
オレがもっとも手に入れたいのは、『女神の贈り物』だ」
「『女神の贈り物』――?」
渋面で聞くオレの顎を、にじり寄ってきたジェネシスが掬う。
「そうだ。惜しみない祝福と愛を女神に注がれたあんた。
――女神は、オレにも救いを与えた。
女神の慈愛と癒しを結実させたあんたは、オレの劣化した肉体をも治癒させる」
「……何?」
後退りし、オレはジェネシスから距離をとる。――ジェネシスは、何が言いたいんだ?
戸惑うオレに近付き、ジェネシスはオレの腕を掴んだ。
「あんたを抱いたあと、身体の倦怠感がなくなった。一時劣化が治まっていたんだ。
が、その三ヶ月後に、再び劣化が進みはじめた。
――あんたは、女神が与えた『世界の癒し』そのものだ」
眉を顰め、オレはジェネシスの腕を振り払おうとする。
「……叙事詩と現実を混同するな!」
払っても払っても絡み付いてくるジェネシスの腕に、オレは混乱して叫ぶ。
が、ジェネシスは怯まなかった。
「あんたを抱いて劣化が止まったのは現実だ、セフィロス!
大人しく抱かれてくれ、そしてオレを救ってくれ!」
顔を引き攣らせるオレを強い力で抱き締め、ジェネシスは噛み付くように口づけてくる。
――オレがおまえを癒すと詭弁を弄し、犯すつもりか。
騙すような真似までして、オレを手に入れたいのか!?
怒りと失望がこころのなかで荒れ狂う。
と同時に、酷い頭痛と声のようなものがうねって重なった。
胸の蕾を指で引っ張り、股上を擦るジェネシスの愛撫に、敏感な身体が高まってゆく。――頭の雑音も、煩いほど響いている。
――駄目だ、このままでは、また誰かに肉体を……。
精神はあらがおうとするが、快楽に足元ががくがくと震えてきて、思うようにならない。
ジェネシスにボトムのベルトを外され、生々しい指の感触を感じたとき、オレの意識は声のうねりに呑まれた。
end
-Powered by HTML DWARF-