prayer
第6章 見たことのない表情 by.Sephiroth
神羅最強のソルジャーと呼ばれるようになったオレに向けられる人々の目は、ふたつある。
ひとつは、戦地で敵兵が見せる『化け物』というもの。
もうひとつは、オレの姿形や戦いの強さに憧れる、恍惚とした顔だ。
戦地でのものは、どれだけ相手が攻撃しても怯まず、狙った獲物を確実に仕留める状況からくるものなので、理解できる。
が、もうひとつの目は、オレからすれば非常に当惑するものだ。
――何がよくてそんなに見られるのか、分からない。
オレに憧れてソルジャーを目指す者がいるというが、まったく興味がない。
――基本的に、何かに強く関心を抱いたことがない。
目に映るものに色はなく、ただそこにあるだけ、だ。だから、敵を大量に屠ることに躊躇いを持たないのだろう。
ゆえに、誰かに興味を持たれ、見つめられたり接触されるのは迷惑でしかない。
接触を余儀なくされているプレジデントとの関係は、上下関係に纏わるものであるため、どこか諦めている。あの男の裁量により、ソルジャー達に良質のマテリアや武器が支給されるので、利害関係も絡んでいる。
ソルジャー部門統括を兼任している治安維持部門統括ハイデッカーでは、兵器開発部門統括スカーレットに強く掛け合えないが、プレジデントの鶴の一言があればスカーレットも逆らえない。
オレが今使用している愛刀・正宗も、プレジデントと宝条の厳しい采配により造られた刀だ。身の丈を越える鋭い刄は、鏡のごとく研ぎ澄まされ、陽光を跳ね返す様はとても美しい。
宝条とプレジデントへの感情は、鈍い怒りと苦痛、といえばいいのだろうか。もともと自身の気持ちを察するのに疎く、何が苦でどれが楽なのかも分かりにくかった。
だが宝条の行う実験は時にオレを苛立たせる。戦闘能力を測るために五感を無くさせられたり、薬を使われることもある。それらの行いは戦いに支障をきたさず、用意されたモンスターも倒せる。
問題はオレの身体や精神に対する生体実験だ。オレがどれほどの刺激で苦痛や快楽を感じるのか、メスで急所を切り付けたり、性的な刺激で弄んで脳波を測る。
どれほどのことをされても、大して感情の動きはなく、身体的にも端から鈍くできているのか、我慢できないことはない。
が、あの時から、オレは宝条の実験に嫌悪を抱くようになった。
――科学部門の統括になるため、宝条はオレをプレジデントへの貢ぎ物にしたのだ。
プレジデントと関係ができてすぐの頃、オレはプレジデントの望むような反応を見せなかった。
そこで、プレジデントは宝条に命じ、生来薬物の効きにくいオレにでも作用する強烈な幻覚剤と催淫剤を作らせた。
それからオレはプレジデントに抱かれるたび、催淫剤を使われている。
――あるいは、それでよかったのかもしれない。鈍い感覚の状態で素肌をまさぐられるのは不快でしかなかった。
薬を使われ、快楽のなかに沈むほうが、相手の存在を意識しないでいい。
ピロートークに、よくプレジデントはオレを愛しているなどというが、オレはただプレジデントが欝陶しかった。
――そもそも、オレは愛するということがどういうことか、考えたこともない。
果たしてそれが幸せなのか不幸せなのか、オレには分からない。――どうでもいい、といったほうがいいのかもしれない。
宝条は作った幻覚剤を実験に使うようになった。薬を使うことによって、宝条はオレの感情の発火点、触れ幅を調べているようだ。
幼い頃、一度オレは実験中、武器も何も持たず無意識にラボを半壊してしまったことがあった。それがどういうメカニズムで起こったことか分からないが、宝条はその原理をサイコキネシスとあたりをつけていた。
――オレは、一体何なのだ?
幼い頃から抱いていた疑問。物心ついたときからラボにおり、実験に明け暮れる毎日。
プレジデントの息子・ルーファウスにモルモットと揶揄されたことがあったが、自分でも実験動物とどう扱いが違うのだろう、と思う。
そして、只人の持たない能力。
――すべてが、オレに疑問を抱かせる。
昔、宝条が実験の対象にしている女に、一度だけ言われたことがある。
――あなたの存在は、あってはならないもの。
でも、あなたは人としての性分も受け継いでいる。
この世に生まれてはならなかった子よ、どうか人としての自我をなくさないで。
オレと同じ翠の眼をした女は、それから間もなく娘を連れて神羅から逃亡したという。
女はラボから逃れられたが、科学部門のラボを出てからもオレは囚われたままだ。
稀薄な内面に渦巻くどす黒いもの――オレはそれに感付かないまま、ソルジャーとして殺戮の日々を過ごしていた。
「近々ソルジャーに昇進するソルジャー候補兵だ。
奴らは有望株で、一気に1stに到達するだろう」
下品な笑い声を発てながら、荒い足取りでソルジャー司令室に入ってきた暑苦しい男は、数枚の書類をオレに手渡した。
「あの成績の目覚ましいふたりか?
確か、アンジール・ヒューレーとジェネシス・ラプソードスといったか。
ふたりは同郷の幼なじみらしいな」
書類に目を通す前に言ったオレに、ハイデッカーは目を丸くする。
「……何故知っている。おまえ、任務で一緒になったことがあったか?」
紙を捲りながら、オレは口を開く。
「治安維持部門やソルジャー部門で、奴らはできると噂になっている。
オレも一度実地訓練を覗きにいったが、確かに両方とも戦いのセンスがあるな」
アンジール・ヒューレーは優れた格闘技の使い手で、ジェネシス・ラプソードスは最上級マテリアを候補兵の身でありながら使いこなしている。
実戦力とするために、いつかともに戦場で戦うであろう者たちの情報を仕入れておくのも、戦術の上では大事なことだ。
「ふたりが3rdに昇進したときには、オレも一度顔合わせする」
淡々と言ったオレに、おう、とハイデッカーは返した。
何を考えているのか分からないからか、ハイデッカーはオレを苦手としているようだった。
その上、オレがプレジデントの情人であることは、神羅カンパニーの上層部では筒抜けである。だから、ハイデッカーはオレをどう扱うか困っているようだ。
――どうにも、やりにくい……。
もっと他に適するものが、統括にならないものか。
ハイデッカーの戸惑う目線が煩わしく、オレは司令室から出た。
それから一週間後、プレジデントから正式にアンジール・ヒューレーとジェネシス・ラプソードスへのソルジャー就任の辞令が出た。
彼らは他の3rdとは違い、間違いなく異例の速さで1stまで伸し上がってくる。現在めぼしい1stがいない状態なので、厳しい現場を任されがちなオレの負担を軽減してくれるだろう。
オレとハイデッカーは、ブリーフィングルームでソルジャーとしての身仕度を整えているふたりを、司令室で待ち構えていた。
「候補兵の制服もセンスがなかったが、このソルジャーのユニフォームも見栄えがよくないな」
「文句をいうな、ソルジャーになれただけましだと思え」
となりの部屋からは、幼なじみらしく仲のよいやりとりが聞こえてくる。常人よりものを聞き取りやすい聴覚で、オレは暇潰しに聞き耳を立てている。
そうしているうちに、ふたり分の足音が司令室に近付き、ドアが開く。
現われたふたりは、オレを見て一様に違う表情をした。
――ん?
何だ、この表情は。
優男――たしか、こちらはジェネシス・ラプソードス――は他の者と同じく、陶然とした面持ちをしている。
問題は体格のよい男――こちらはアンジール・ヒューレーか――はオレを値踏みするのと似た顔つきをした。好奇心や敵意、好色とは違う、オレとしては形容し難い表情である。
「おまえたちもよく見知っているだろうが、こいつがセフィロスだ。
これから任務をともにすることが多くなるだろう。
おまえたちは時を置かずに1stになるはずだ。接する機会が多くだろうから、特別に顔合わせさせた。
時間をやるから、交流を深めておけ」
そういってそれぞれの紹介をし終えると、オレたちだけにするためか、早々にハイデッカーは司令室から出ていく。
顔合わせしてすぐ退散するつもりだったオレは、ふたりの前に取り残され困惑していた。
そんなオレのもとに、ジェネシスがにじり寄ってくる。彼は神羅カンパニーのロゴの入ったベルトから一冊の本を取出し、オレに見せ、問い掛けた。
「……あんた、『LOVELESS』は好きか?」
「…………は?」
『LOVELESS』――確か、星に古くからある叙事詩か。内容が難解で、独自に研究する学者や在野の研究家がいるとか。
オレも一度宝条から読んでみろと手渡され、一通り目を通したが、これといって関心が沸かなかった。
熱狂的なファンがいるのも確かで、八番街の劇場で年に数度『LOVELESS』のなかで恋愛度の高い部分が上演されている。
――この様子だと……この男は『LOVELESS』の熱狂的ファンか?
それは何となく分かる。が、どうしてオレにまで『LOVELESS』の話題を振ってくる?
もともと、オレは人付き合いが得意ではない。
科学部門のラボでは人扱いされておらず、ソルジャー部門に移ってからは感嘆と畏怖から近寄ろうとする者がいなかった。
どう返事をすればいいのか迷っていると、今まで顎に手を当てこちらを観察していたアンジールがジェネシスの肩を掴んだ。
「おまえ、なに初対面の相手に『LOVELESS』の布教をしようとしてるんだ。セフィロスさんも困ってるだろう?」
――オレが、困っている?
アンジールに指摘され、オレは遅蒔きながら自分の感情を察することができた。
オレが自分の思考に混乱していると、アンジールの眼がオレに向けられる。
「……あんた、無表情で困惑するんだな。はっきりと感情を出せないほうなのか?」
アンジールの言葉に、オレは呆気にとられてしまう。
はっきりと感情を出せないほう……確かにそうだ。まず、自分の気持ちに無自覚であったりするが。
オレを指差すと、アンジールはびしっとオレに言い切った。
「あんた、武術や魔術の腕だけでなく、もうちょっと顔の表情筋を鍛えろ。
そうでないと、ますます誤解されるぞ」
「…………何?」
思わず、オレは聞き返してしまう。
オレを前にして、こんなことを言う人間は初めてだ。――何を考えているか、分からない。まったく理解の範疇外だ。
アンジールはにやり、と笑う。
「あんた、今俺を理解できないと思っただろう。
あんたほどの立場となれば、誰も親身に気に掛けたりしないよな」
まぁ、確かにそうだ。皆、腫物に触るような態度しかとらない。
――では、この男はそうではないのか?
返事のしようのない状態で口をつぐんでいると、分かっているとでもいうようにアンジールは頷いた。
「……あんたがただの人殺し人形じゃなくて安心したよ。
ただ、感情を感じ取るのにえらく不器用そうだがな」
この男、オレ以上にオレの気持ちを汲み取っている……。
――オレ自身思っていた。
オレはただの人殺し人形かと。
戦場においては殺戮人形、プレジデントのベッドではダッチワイフなのではと思っていた。
だが、この男は、オレをひとりの人間として扱っている……。
「あぁ……そうだな、そうかもしれない」
オレがそう言ったとき、あ……とジェネシスが声を漏らした。
アンジールは笑顔で息を吐く。
「……あんたでも、笑えるんだな。
今の表情筋の持っていき方、よく覚えておけよ」
え……。
オレは今、笑っているのか?
思わず唇や頬に指を触れさせる。
――確かに、オレの顔は笑顔を形作っていた。
あれから一年、アンジールとジェネシスは驚異的な速度でソルジャークラス1stとなった。
それと同時に、オレとアンジール、ジェネシスは親友と呼べる間柄になった。
オレの無表情は相変わらずで、顔を合わせるとアンジールに表情筋を鍛えろといわれる。
あと、アンジールはよくオレの話を聞いてくれ、そのたびこの感情はこうなのだと教えてくれる。――オレは感情というものの基礎知識に欠けていたようだ。
オレとアンジールが話し込んでいると、不機嫌そうな顔でジェネシスがこちらを見てくる。
アンジールがジェネシスの顔を指差し、あれは焼き餅・嫉妬だと言うと、ジェネシスは目元口元を歪めて怒りだした。
感情を理解するようになると、今度は言葉が口をついて飛び出すようになる。オレは言葉を選ぶのにも不慣れだった。
オレが鋭い言葉を投げると、ジェネシスは傷ついたような面持ちをし、アンジールは懇切丁寧に説教した。
ふたりと共にいるようになって、オレは少しづつ人に近づいている。
――今のオレは、人形ではない。
血が通いこころを持った、一個の人間だ。
end
-Powered by HTML DWARF-