a short story
White Night
着々と復興し、バレットたちによって掘り当てられた石油が供給されるようになったエッジでは、クリスマスの夜に華を持たせようと、色とりどりの電球や光ケーブルで作られたイルミネーションが輝いている。
光の幻想に魅力を添えるのは、ちらちらと降り出した雪。クリスマス・イブに相応しい情景である。
様々な色を組み込んでレースや幾何学模様を編んだ光の芸術と雪を見上げながら、クラウドは遠い日のクリスマスを思い出していた。
セフィロスが生きていたあの頃、ミッドガルのプレート上の街に同じような芸術的ライトアップが行われていた。神羅が主催して高名なアーティストを数名召集し、数々の光の彫刻で街を飾っていた。
少年だったクラウドは、八番街プレートにあるセフィロスの住まいでイルミネーションを見ていた。高層マンションの最上階の部屋でセフィロスの作ったクリスマス・ディナーを食しながら、愛するひととふたりで光の芸術を楽しんでいた。
今はそれも、遠い昔の出来事である。セフィロスが星に仇なす厄災となってメテオを召喚し、ミッドガルを崩壊させた。鮮やかな光で彩られていたプレートは存在しておらず、セフィロスも二度目の再臨後、クラウドの手によってライフストリームに還った。
いまのクラウドはエッジでティファやマリン、デンゼルと家族関係を築いている。ともにクリスマス・イブの夜を楽しむひとびとがいるのに、クラウドは思い出を懐かしんでしまう。
配達の仕事が終わりティファたちへのクリスマスプレゼントを購入したクラウドは、セブンスヘブンへの帰路にあった。が、家へと向かう足が重い。
「あそこがいまの俺の家なのに、帰りたくなくなるなんてな……」
クラウドは携帯電話を取り出すと、デンゼルの携帯に連絡を入れ、カームにある自分用のスペースに帰ることを告げた。
「今夜はクラウドとクリスマス・パーティーができるって、ティファが楽しみにしていたよ」
クラウドに呼び出され、伍番街スラム跡にある教会にクリスマスプレゼントを受け取りに来たデンゼルは、道中で購入したローストチキンとコーンスープの缶詰とハムと生野菜のサラダ、パンとケーキを手渡しながらぼやいた。
「気を遣わせてすまないな、デンゼル」
肩を竦め、デンゼルは口を開く。
「別にいいけど。こんなふうにうじうじしてるなら、ティファと別れたほうがいいと思うよ」
少年に思い切りの悪さをきっぱりと指摘され、クラウドは苦笑いする。
デンゼルがどれくらい知っているかは分からないが、クラウドとティファは恋人同然の仲にあった。――肉体関係にあるのを恋人というのなら。
が、クラウドのティファへの気持ちは恋人への愛ではない。クラウドの情熱は未だセフィロスに向けられている。生きている限り、セフィロスを恋うることを止められそうにない。否、クラウドがそれを拒んでいた。
俺はあんたを想い続けて生きていく――星の体内でセフィロスと一騎打ちをしながら、クラウドはこころの内でそう誓った。
敵対しても、セフィロスは自分を愛し続けていた――少なくとも、クラウドはそう感じ取った。そしてクラウドもセフィロスを愛していた。ひとり孤独を抱えたまま死んでいった愛するひとを想うと、到底忘れることなどできなかった。
ジェノバ戦役が終わり新しい人生を初めても、クラウドはセフィロスへの想いをこころに留め続けていた。が、孤独や寂しさが、冷たい雪のようにこころに降り積もっていく。ティファとバレット、マリンと新生活を初めても、それは癒されなかった。
そんななか、神羅カンパニー・ジュノン支社だったビルの倉庫から、科学部門が保管していたと思われる一枚のデータディスクが見つかった。
リーブから何故かデータディスクを手渡されたクラウドは、ディスクの内容を見て目を疑った。英雄だった頃のセフィロスと少年であるクラウドが情交する映像が収められていたのだ。よくよく見れば実際のクラウドの特徴と違うので、科学部門により採取されたセフィロスのバーチャル・イメージと判明したが。
セフィロスとの過去を彷彿させる映像を見せられたクラウドが無意識に人肌の温もりを求めてしまうのも、無理はない。そしてクラウドに恋していたティファは、クラウドのこころの隙間を見逃さなかった。
ティファに誘惑され始まった関係は、不毛としか言い様がない。愛などなく、ただティファの肉体を貪るだけ――そんな関係に、未来などない。
白夜を彷徨うような精神状態にあっても、クラウドは順調に過ごしていた。バレットの奨めでティファが始めたセブンスヘブンの手伝いをし、食材調達の便利さを図るため自分用の大型バイク・フェンリルを手に入れ、人々から頼まれる形で自然とデリバリーの仕事を始めた。
配達業を営むなか、かつての仲間で、セフィロスに殺められてしまったエアリスの母・エルミナから依頼があった。――エアリスの最期の場所で墓所ともいえる忘らるる都に花束を届けてほしいといわれたのだ。
セフィロスを追う旅をする途中、クラウドはエアリスに淡い思慕を抱いた。そんな彼女を護れず、見殺しにしてしまったことは、クラウドのなかで消えないこころの傷となっている。
エアリスのことや、自分を庇って神羅軍に銃殺された親友・ザックスの死は、いまなおクラウドのこころを重く締め付けている。
ニブル事件後、マッド・サイエンティストである宝条にセフィロス・コピー実験と称してセフィロスの細胞を肉体に埋め込まれ、魔晄漬けにされたザックスとクラウドだが、変化のなかったザックスとは違いクラウドは魔晄中毒になった。
クラウドを助け神羅の監視下にあるニブルヘイムから逃げ出したザックスは、恋人・エアリスと再会するのを夢見ながらミッドガル近くの丘でクラウドを岩陰に隠し軍に射殺された。
忘らるる都のエアリスに花束を届けてから、クラウドは悔恨に囚われ抜け出せなくなった。デリバリーの仕事をしながらエアリスと出会った伍番街スラムの教会に通い詰めてエアリスとザックスに懺悔し続けた。
そんなクラウドに、ティファは不快感を著わにした。居たたまれなくなったクラウドとティファの仲は目に見えてギクシャクし始めた。
そんななか、スラムの教会のまえで、クラウドは星痕症候群を患うデンゼルと出会った。
メテオ災害のあとから発症が見られるようになった病、星痕症候群――クラウドはこの病気とメテオは関係あるのではないかと思った。
セフィロスが呼んだメテオ、メテオを発動するのに必要な黒マテリアをセフィロスに差し出したクラウド――デンゼルが病に苦しむのは自分のせいだとクラウドは考えた。そしてデンゼルと自分を出会わせたのはエアリスだとも。
デンゼルを救うのが自分の使命だと感じたクラウドは、デンゼルをセブンスヘブンに連れ帰った。
当時ひとに移る死病と恐れられた星痕症候群を患っているデンゼルを家に入れるのに不安がったティファだが、デンゼルにより不安定だったクラウドたちとの関係を好転させられたので、ティファは喜んだ。
が、エアリスがデンゼルを自分のもとに連れてきたとクラウドが告げたため、ティファはエアリスに嫉妬し、クラウドを激しく責めた。
――クラウドは居所をなくし、以来スラムの教会で隠れ住むようになり、星痕症候群を発病するまでこころを病ませてしまった。
結局、セフィロスの思念体三人が現われ、粉砕されたジェノバの欠片を思念体が手に入れることでセフィロスが再臨し、クラウドが彼を倒すことで星痕症候群は消えた。――影でエアリスが尽力し、星が力を貸した「大いなる福音」で星痕症候群が癒されたのだが。
クラウドはティファたちの元に戻り、なし崩しでティファとの肉体関係も復活した。
それにはルーファウスから嫌がらせに贈られた、セフィロスがプレジデントや科学部門の研究員に抱かれるデータディスクを見て男として反応し、肉欲の捌け口としてティファを求めてしまったのもあるのだが。
クラウドはこのままティファを利用するように関係するのではお互い駄目になると思い、ティファに内密でカームに隠れ家を借りた。星痕症候群を患っていたときと同じように携帯を留守電にし、ティファとは連絡を取らないようにしていた。
ティファの期待と不安の目が、重くて辛い――要するに、クラウドは逃げたのだ。デンゼルに苦言を弄されても、仕方がない。
エッジに帰っていくデンゼルの背中を見送りながら、クラウドは溜め息を吐いた。
必要最低限の家具しかない一軒家に帰宅したクラウドは、冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを出して口を付け、そのまま飲み込む。
カントリー調のテーブルに、簡単に盛り付けた夕食を並べたあと、クラウドは窓の外を見る。
エッジでちらほらと降っていた雪が、大粒で降雪量が多くなっていた。
「結構、強く降ってきたな……」
雪が降るクリスマスは、非常にロマンティックだ。雪で夜空が白く染まる様は圧巻である。
魔晄炉が常に動いていたミッドガルは冷え込むことがあまりなく、雪など降らなかった。
クラウドの生まれたニブルヘイムは、雪のよく降る土地だった。クリスマスに雪が降ることも珍しくなく、雪の降らないミッドガルに物心つくころから住んでいたセフィロスに雪のクリスマスの高揚感を説いていた。
『屋根や木に雪が積もって、すごく綺麗なんだ』
『……平日の降雪とそう変わらんだろう』
いまいちピンとこない様子のセフィロスに、少年だったクラウドはむきになった。
『違う、神様の生まれたクリスマスだから、神秘的なんだよ!』
そんなクラウドに、セフィロスはどこか皮肉げに笑った。
『その神とやらは、本当にいるのか?
神が本当にいるのなら、星の命である魔晄を利己的に利用する神羅や、神羅の手先になって殺戮を繰り返すオレの愚行を止めるはずだがな』
そういってクリスマスの信仰事態は否定したセフィロスだが、クラウドのためクリスマス・パーティーの用意をしてくれた。彼自身が腕を振るい、七面鳥のローストやビーフストロガノフなどを作ってくれた。料理や取り寄せたケーキを美味しそうに食べているクラウドに、セフィロスは満足そうにスパークリングワインを飲んでいた。
あの頃に比べれば、今夜の晩餐はなんと侘しいことか。チキンをフォークとナイフで切り分けながら、クラウドは嘆息を吐く。
――確かにティファたちのもとに行けば寂しくないのかもしれない。だが、ティファに将来の期待をさせてしまう。
クリスマスは特別な相手と過ごすのが慣習となっている。今夜ティファと過ごせば、彼女は将来への確たる約束と肉体関係を望むだろう。――それでは、自分に対してもティファに対しても嘘を吐くことになる。
それくらいなら、ここでひとり過ごすほうがましだろう。クラウドが一緒にクリスマスを過ごしたいひとは、この世にいないのだから。
――セフィロス……あんたに逢いたい。
飲み慣れないスパークリングワインを飲みながら、クラウドは悲しみに沈んだ。
夜の闇のなか。
ベッドに眠るクラウドに、誰かが寄り添う。クラウドの項や肩をゆっくりと撫でると、寄り添う誰かが身を屈めてクラウドの顔にキスをした。
――誰だ……?
まだ眠りのなかにいるクラウドは、寄り添う者の気配を探る。
よく知っている気配や身のこなしのような気がする。が、その気配は変わってしまうまえのものだ。もう居ないはずのひとのものだ。
そして、唇の感触を知っている。しっとりと滑らかで、柔らかな唇。かつてこの唇に何度も接吻され、余すところなく身体に口づけられた。
さらり、とクラウドの頬に髪のようなものが垂れ掛かる。それも、よく知っている感触だ。
一気に覚醒し、クラウドは瞳を開けた。
「……セフィロス……」
冥暗のなかにあっても鮮やかに輝く魔晄色の瞳と長い銀髪――この世にいないはずのセフィロスが、そこにいた。
とっさに身構えるが、合体剣は寝室の入り口にある。
かといって、ジェノバ戦役の折に夜這いされたときとは違い、部屋や武器に結界を張られていない。
なにより、狂気に彩られていない翡翠の瞳や、ジェノバの息子として目覚めてからのひとを食ったような笑みではない自然な微笑みを、セフィロスは浮かべている。
――このセフィロスは、ジェノバの化身のセフィロスなのか? それとも……。
ジェノバ戦役のときのセフィロスは正気だったときの自我を残しているとクラウドは感じた。が、再臨したセフィロスの意図をまったく測ることができず、彼が何を考えていたのかさっぱり分からなかった。
どう対応していいか戸惑っているクラウドに、セフィロスは再度口づける。舌で口の粘膜を刺激し、歯列をひとつひとつ確かめるようになぞる。クラウドの力が抜けてきたのを見計らい、セフィロスはクラウドの舌に己の舌を絡めた。
スウェットを脱がされながら、クラウドは迷っている。目の前のセフィロスに身を任せていいのだろうか。だが、今夜はとくに寂しくて悲しくて、セフィロスの温もりが欲しかった。
クラウドは鎖骨にキスするセフィロスの銀の髪を引っ張り、彼の意識をこちらに向ける。
顔をあげたセフィロスから、邪心は受け取れない。だから余計に困惑してしまう。
「あんた……俺に倒され、ライフストリームにいるんだろう?
なのに、なんでここにいるんだ?」
クラウドの問いに、セフィロスは優しい笑みを浮かべる。
「おまえのオレを求める声が、ライフストリームまで聞こえてきた。
寂しい、悲しいという想いがまったくオレと同じで辛かった。
だから何とかしておまえの夢のなかに入った」
セフィロスの低く甘い声に、クラウドは目を見開く。――やはりこのセフィロスは、正気だった頃のセフィロスだ。
思わず泣きそうになりながら、クラウドはセフィロスに縋り付いた。
「あんたは、俺の愛したセフィロスだ。厄災の化身なんかじゃない……」
クラウドを抱き返し、セフィロスは蕩けそうな笑みを浮かべる。
「おまえの影響が大きいからな。おまえの想いが、おまえの身に宿るオレの細胞からジェノバの意志を消し、正気だったオレを引き出してくれる」
え? と不思議そうな顔をするクラウドに優しく笑い、セフィロスはクラウドの胸の突起に口づける。片手でもう片方の身を押し潰して揺する。可愛らしく膨らむクラウドの胸の木の実を、セフィロスは味わい尽くした。
――セフィロス、俺のために夢のなかに出てきてくれた……。
それだけで有頂天になる自分は、単純なのだろうか。嬉しさが、クラウドの身体をより敏感にさせる。
脇腹や臍を強く吸われ、痛みが快楽に変わる。セフィロスの悪戯な手はクラウド自身で戯れていた。
「あっああぁ……」
悦楽の塊である花芯を舌と手で熱心に愛撫され、クラウドは久々に悶える。一度突き抜けて零した白い滴を手に塗し、開かれることのなくなった後ろの門をじっくりと解した。
「アアアアッ……!」
時間を掛けて三本入れられた指に弱い部分を責められ、自身をセフィロスの口で愛されていたクラウドは、愛するひとの口内に飛沫を出した。
引き抜かれた指の代わりに入ってきた質量のある熱に、クラウドは濡れた呻きを漏らす。
しばらくクラウドのなかで憩いながら、セフィロスは囁いた。
「愛している。たとえどんなに離れていても、ずっと……」
息を喘がせていたクラウドは、感に堪えながらセフィロスの裸の背に腕を廻した。
「俺も……あんただけを、愛している……」
この告白が、律動の合図だった。
焦らすように、切羽詰まったように動くセフィロスにクラウドは乱れ身をくねらせる。
ふたりは時が許すまで夢のなかで求めあった。
次の朝ベッドのなかで目覚めたクラウドは、夢を反芻して口元を押さえた。
セフィロスは妖異な存在となり果てている。夢と惑わし肉体を貪ったのかと思ったが、着衣に乱れはなく、あれは本当に夢のなかの交わりだったのだとクラウドは悟る。
ベッドから抜け出すと、クラウドは窓辺に歩み寄った。――カームの街は、一面白銀に覆われていた。
目から涙を零しながら、クラウドは小さな声で呟いた。
「そう…だよな……。セフィロスは死んだんだから」
死者を夢のなかで見いだすのは、生者の願望である。セフィロスに逢いたいという願いが、セフィロスとの夢のなかの交わりを成したのだと思い、昨夜以上にクラウドは悲嘆に暮れた。
夢のなかだけでも愛するひとに逢えたのだから、幸せな聖夜だったのかもしれない。が、クラウドはこれからも昼のような夜をひとり歩き続けなければならないのだ。
孤独を自分に課したのは己。亡きひとを愛し続けるとこころに誓ったのも己。それだけに、こころは暗きに沈み続ける。例え肉体は普通に振る舞っていても。
「セフィロス、やっぱり俺、あんたがいないと辛い……」
その場に崩れ落ちると、クラウドは号泣した。
クラウドの嘆きを、ライフストリームにいる男と女は聞き続けていた。
一方は愛しさと切なさに身を焦がし、また一方は慕った者への幸福の標を模索していた。
クラウドの夜が開けるまで、あと少し。
それまで彼は白夜のなかを歩き続ける。
end
*あとがき*
この小説は、クリスマス用に書いたものなんですが、ある意味お祭りなクリスマスに暗くて重いネタを書くわたしって……(汗)。
この話はAC後設定で、セフィロスが復活するまでの間、クラウドがどれだけ孤独だったか書いたものです。
ティファと一応デキており、マリンとデンゼルという家族がいるのに、クラウドの飢餓と孤独を誰も埋められなかったという。
クリスマスってあんな感じだから、愛するひとを亡くしたものとしては余計きついだろうなぁ、と思って書きました。
結局、孤独と愛情に餓えるクラウドを満たせたのはセフィロスだけで、そのうえ幸せな逢瀬も夢だったというひどいオチ付きです(汗)。
……いや、この話はそれだけではないんですけどね。
一応、セフィロス復活の前段階話で、前に書いた「corrosion」に続いていきます。
つまり、この小説はシリーズものの第一話みたいな感じです。
このシリーズは不定期に書いてゆき、あとで一冊のブックに纏めようかと考えています。
ちなみに、「White Night」は「雪降る銀世界の夜」と、まんま「白夜」に掛けています。
「白夜」に関する描写は、某「白夜行」に影響を受けていたりします(汗)。
ぼちぼち不定期シリーズとして書いてゆきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m。
紫 蘭
-Powered by HTML DWARF-