毒牙に掛かった蝶 (a title distribute by. Regenbogen)
元象(げんしょう)元年(538年)二月の深更――。
庭に咲く桃の花を見ながら、李雪華は閨房で髪を梳かしていた。
今日の夕刻、夫・高愼を迎えに崔暹が第にやってきた。彼が夫を自身の第に連れ出すのはよくあることで、毎夜この第の留守を護るよう召使や奴婢に金銭を与えていた。
だから、雪華は今夜もいつもと変わらぬ独り寝の時を過ごすと思っていた。
高愼に嫁いで三年目。既に新婚とはいえず、雪華も年の離れた夫に慣れ傅いていた。夫の役に立つため、その言によく耳を傾け、巧みに書記をこなすようにしていた。
が、何が足りぬのか、夫は滅多に彼女と夜を過ごさない。
夫・高愼の一族は保守的であり、兄・高乾と弟・高ミと高季式は高歓が洛中入りする前から、京師の中央にて座を占めていた。
が、高愼は京師の中央に居る事を好まず、刺史として光州(こうしゅう)や滄州に赴任していた。天平初め頃には夫の開府・侍中を任じられたが、今年の初めには兗州(えんしゅう)に出た。
それが今年になり、吏部カ中(りぶろうじゅう)であった崔暹を通じて、高愼は御史中尉(ぎょしちゅうい)として徴せられ、京師に入る事になった。強いて京師に入る事を望んでいなかった高愼やその家族は、複雑な思いがあっただろう。
雪華は結婚してから、夫がどこに赴任するにも付いていった。が、彼女よりも仕事や信仰に熱中するあまり、雪華は顧みられることがなかった。
今年の正月頃、仏教に熱心だった夫のもとに、沙門(しゃもん)の顕公(けんこう)という者が寄り付き、夜毎寝ることなく語り明かしていた。
夫の不眠続きを案じる思いもあったが、雪華は夫の夜を独り占めしている顕公を憎んだ。
故に一計を構じ、雪華は顕公が高愼の財をくすねる目的で彼に近づいたのだと捏ち上げ高愼に告げた。
彼はたちまち顕公を憎悪し、彼をその手で殺した。
夫を騙したことに対し、こころが痛まなかったわけではなかった。が、このまま夫に顧慮されぬまま朽ちてしまうことを雪華は怖れた。
彼女を悩ませているのは、それだけではない。
高愼は崔暹の妹を離縁して、崔暹の妻の姪である己を娶った。
崔暹の第の宴に手伝いに来ていた雪華を見初めた高愼は、彼女を妻とすることを熱心に望んだ。
が、正妻である博陵崔氏(はくりょうさいし)と家格が同じである趙郡李氏の女を妾とすることは望ましいことではなく、当然のごとく雪華の父・李裔は娘を高愼の妾とすることを恥とした。
そこで、崔暹は友人の想いを優先し、妹を離縁して雪華を娶とれと勧めた。かくして高愼は妻を離縁し、雪華を後妻として迎えたのである。
高愼は子まで生した間柄の崔氏を憎んで離婚したわけではないので、雪華を後妻としても、崔氏への情が残っている。今宵も夫は崔氏との子達を引きつれ崔暹の第に遊びに行った。
再嫁することもなく崔暹の第に残っている先妻と高愼が顔を会わせて、何もなくて済むか……雪華はそれが不安なのである。
嫉妬で一杯になっている己に気付き、雪華は慌てて首を振る。
――天下の名族・趙郡李氏の女が嫉妬など醜い想いを抱いてはいけない。淑女たるもの、夫を疑わず、ただ黙してお仕えすればよいのだ。例え夫が畜妾しても、みっともない素振りを見せてはいけない。
それが、幼い頃から叩き込まれてきた儒教にある、淑女のあるべき姿であった。
名家の女たるもの、二夫に見えず、夫の両親に、夫の子に傅かねばならない。――それが、厳格に定められた女人のあるべき姿である。
雪華は髪を梳かし終えると、寝室の窓を閉めて燈台の明かりを消した。
――独り寝は慣れているもの、大丈夫よ。
そう言い聞かせ、雪華は寝具のなかに入り込んだ。
不意に、空気が動いたような気がした。
寝具を外され、衣越しに優しく乳房を揉みしだかれている。雪華は真夜中だが夫が帰ってきたのだと錯覚した。
「旦那さま……」
雪華は相手の首に腕を廻す。触れた首筋の感触に、半ば眠っていた彼女は覚醒を余儀なくされた。
――旦那さまではない!
年得た高愼にはありえない、瑞々しい肌。滑らかで艶やかな皮膚は、若者が持っているものである。――この男は、高愼ではない。
雪華は目を開け、愕然とした。
「……高都督?」
相手は先だっての酒宴での上客であった、渤海王高歓の世子・高澄だった。忘れもしない、彼女を宴席で侮辱した男だ。
初見では稀に見る美しい男だと思った。
十七歳の若さで晋陽に居る父に代わり、朝を輔政しているという。彼が朝政に入った頃、年少ゆえ侮る者が多かったというが、その機知と才略は厳明で、政務が滞る事なく彼の実力を見せ付けた。
彼女の前に見せた面も、一分の隙もない理知的な性質を感じさせた。よく徹る声は艶を帯びて明るく、洒脱で弁舌が達者だった。
高愼に命じられて近しく饗応していた雪華は、己と同い年であるこの青年に、確かに興味を抱いた。明るい美貌と巧みな語りは、若い娘を惹きつけるに充分な魅力を発していた。
上の空な状態で瓶子を傾ける雪華に、高澄は色気のある眼差しを注いだ。どきりとした彼女は目を反らした。が、瓶子を持つ手を掴まれ、否応なく彼に向き直らされた。
「人妻であるのに他(あだ)し男に見入るとは、礼範が身に付いていないとみえるな」
笑み含みなその言葉に、雪華は目を剥いた。
確かに、人妻でありながら夫でない男を凝視することは、儒教の礼範に反している。が、この男に直にそれを言われるのは、図星を刺されたことではあるが、人妻である己に対して不躾すぎるのではないかと思った。
雪華は高澄の手を払い、瓶子を卓子に置く。やれやれと肩を竦め、高澄は彼女に楔ともいうべき言葉を投げた。
「図星だったらしいな。
人妻といえど只の女、友ばかりに気を取られる夫に寂しい思いをしているのか?
おまえはこころの疼きを満たしてもらいたいと、餓えた目をしている」
余りに遠慮のない言葉に、雪華はかっと目を見開き、この夜一番の賓客を睨み付けた。
「――だ、だれが、餓えた目など! 人妻に向かって無礼な!!」
思わず叫び、雪華は宴席を立った。
それからは、高澄から離れた席で、客に酌をして廻ったが、何故かずっと高澄を意識していた。
得意の絶頂にいるからといって、他人の妻を侮辱していい理由はない。美しい顔貌に反して、渤海王の世子は品性が美しくないらしい。
が、先程の高澄の言葉は、確実に雪華の「女」を刺激していた。
『おまえはこころの疼きを満たしてもらいたいと、餓えた目をしている』
雪華は確かに飢餓を覚えている。が、高愼がそれに気付かない限り、彼女の飢餓は満たされない。解っていてそれを言ったのなら、高澄という男は残酷であるとしかいいようがない。
雪華は拭えない不快感を植え付けられたが、高澄という男とはもう見えることはないと思っていた。
が、今その高澄が、目の前に居る。夫の居ない第に、男が忍び込んでいる――。
雪華は彼の首に廻した手を引っ込めようとした。が、素早く両腕を掴まれ、片手で頭上に固定されてしまう。
雪華は異常な事態に、混乱した頭を巡らせた。
「ど……どうしてあなた様が、ここにいらっしゃるのですか。
衛兵は、この部屋の前で宿直をしていた侍女は、何をしているのですかッ!」
動転した彼女の声に、高澄はふっと笑った。その笑顔はやはり魅力的で、危険に曝されながらも雪華は魅せられてしまう。
「この第の者たちは、俺に逆らえない。
何故なら今宵を目して、崔暹を通じ金を握らせていたのだから」
雪華は瞠目する。
この夜を目して、第の者を買収していた。しかも、夫・高愼の親友である崔暹を通じて。
つまり、この第のなかには、今にも犯されそうな彼女を助けてくれる者は、誰一人として居ないのである。
雪華は唇を噛み、無遠慮に身体を触り続ける男を睨み付ける。
「卑怯な!
崔希倫(さいきりん。崔暹の字)殿は我が夫の親友、それをお分りになって崔希倫殿をお使いになったのですか!」
夫は崔暹を唯一無二の友と思っていた。その崔暹に裏切り行為をさせるこの男は鬼畜だと思った。
激しい目で睨み付ける雪華に、高澄は衣ごと乳房の頂点に実る肉豆を摘み擦っる。指先で押し潰し弾かれて、更に勃起を強める。彼女は身を捩り、彼の手から逃れようとした。
が、身体を動かせば動かすほど衣の裾がはだけ、寝台との摩擦で着崩れてくる。高澄は緩んだ合わせから見える鎖骨に唇を押し付け、露になった大腿に指を這わせた。
大きく開いた衣から覗く乳房の突起に吸い付き、股を遡って奥地にある窪みに今にも到達しそうな指に、雪華は錯乱した。
このままでは、為す術もなく犯されてしまう。不貞の罪を被せられるなど、冗談ではない。――彼の手から、逃れなくてはいけない。
意を決すると、雪華は腿にまとわり付いている手を払い退け、高澄の腹目掛けて膝蹴りを加えた。
「ぐッ……!」
痛みに呻く高澄。腹を押さえるため彼女の両手を戒めていた手を放してしまう。雪華はそれを見逃さなかった。身を翻して寝台から降りようとした。
が、素速い動きで彼女の肩と腰を衣ごと掴み、高澄は力任せに引き裂いた。思わず、雪華は振り返る。
怒りに燃える美しい眼が、ぎらぎらと輝いていた。ぞっとし、彼女は怖気づいてしまう。すかさず、高澄は雪華の腕を捉えようとした。
はっとし、彼女は寝台の衝立に手を伸ばした。高澄は雪華の腕と尻の衣を腰巻ごと掴み破る。
「い、いやあぁぁぁッ!!」
雪華は悲鳴を上げる。最も護るべき箇所を覆う布地が無くなる。
白磁のように真白い双臀とその奥に隠れる秘処が、高澄の目の前に曝された。彼は雪華の腰を自身に引き寄せ、後ろから彼女の乾いた蜜壺に指を差し入れた。潤いのない肉洞は痛みを訴える。雪華は悲鳴を上げた。
「い、いやッ! 痛いッ……!」
が、構わず高澄は彼女の花を嬲り続ける。親指で花芽を揺すり、揉みながら小刻みに震動を与える。肉の真珠は確実に雪華の身体に愉悦を伝え、女の瀞場から淫蜜がしとどに零れ始めた。
彼女の身体が変化してきたのを感じると、高澄は泉のなかに忍び込ませた指を抜き差しした。女の敏感な箇所を探り、重点的に刺激する。雪華の桃のようにたおやかな尻は震えはじめ、洪水のごとく淫水が流れ出、寝台に水溜まりを作った。
蒼白になっていく雪華のこころと裏腹に、彼女の充血した肉壺は彼の指を嬉々として締め付けている。雪華は悔しさを噛みながら、必死で衝立に縋った。
くぷくぷと掻き混ぜられる淫液の鳴る音に紛れて、後方で衣擦れの音がし、何かが滑って寝台に落ちた。尻朶に擦り付けられた淫柱の感触に、雪華はぎくりとして、喘ぎながら弱々しく懇願する。
「い、いやぁっ……お、お願い…ああっ、っ……やめ……」
が、願い虚しく、高澄は隠沼から指を引き抜くと、自身の肉棒を手で支えて彼女の淵に狙いを定める。
「……聞かぬ。この俺を手こずらせた罰を、とくと味わえ」
ぐぷり、と卑猥な音を発して、男根はぐしょぐしょになった女陰に分け入ってきた。雪華は血の気が引くのを感じた。
「い、いやぁッ! 止めてぇッ――!」
雪華の絶叫が空を劈(つんざ)く。彼女の細腰を掴んで、高澄は一気に剛直を押し進めた。自身のなかに、夫ではない男の肉体が入っている――雪華はひどく絶望した。
深々と突き刺したまま、高澄は動くでもなく後ろから乳首を摘んで捻った。それだけで、彼女の襞は彼を締め付ける。指で茱萸(ぐみ)のような実を何度も弾かれ、更に勃起させるように赤い木の実を引っ張る。
「はうぅッ……ううッ……」
泣きながら、雪華は自ら腰を揺らしてしまう。本能的な衝動が、彼女の精神を覆い尽くそうとしていた。乳首を弄られ、下の尖った真珠も摘み擦られる。高澄が何もせずとも、彼女は陰部を蠢かせ尻を振っていた。
「……どうだ、自ら男を喰らう気持ちは」
嗚咽する雪華をいたぶるように、高澄は艶やかな色気を含んだ声で耳に囁いた。それだけで、彼女の柔壁は肉の楔を締め付けた。
「うぅッ……」
艶めいた高澄の喘ぎ。雪華はそれだけでおかしくなってしまいそうだった。
ぐっと彼女の腰を掴んだかと思うと、彼は激しく突き出した。蜜溜りのなかの摩擦が大きくなる。
「あ、あ、あッ……!」
もはや否やを言うことも出来ず、汗で濡れた手は衝立から滑り落ち、雪華は寝台に崩れた。尻を突き出した状態で、高澄に激しく犯される。敷き布を握り締め、彼女は膣から伝わってくる甘美な刺激を感じていた。抜き差しを繰り返す熱塊を逃さぬよう、貪欲な粘膜は耐えずそれを絡めとる。
荒くなる高澄の息。雪華の白い背中に、汗がぽたぽたと落ちてくる。間髪なく花唇に叩きつけられる彼の肉体に、彼女は狂おしく身体をうねらせた。
「くッ……出すぞ!」
はっと我に返り、雪華は振り返った。
「いやッ! 出さないでお願いッ!」
が、彼女の願いは叶わなかった。一際奥に突き入れると、男の芯棒は暴ぜた。膣内に留まり子宮に向けて精液を注いでいく硬茎の存在を、雪華は憎く、かつ悲しく感じていた。
何度か身体を震わせ射精し終わった高澄が、彼女の背に被さってくる。はぁはぁと苦しげな彼の息が、淫らに彼女の耳内を汚染していく。雪華は涙を流しながら、背後から高澄に抱き締められていた。
飛ぶ先を見失っていた美しい蝶は、鋭い毒牙を持つ蜘蛛によって捕らえられ、羽をもがれた。
美しい蜘蛛が注入した甘美な毒は、蝶を変貌へと誘う――。

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