夢と現(うつつ) (a title distribute by. Regenbogen)
素裸の身体を寝台に横たえたまま、雪華は床に打ち捨てられた寝衣を、虚ろな目から涙を流し眺めていた。無残に引き裂かれた生地が、今の己のこころと相応して痛みを増させられる。
雪華を犯した男・高澄は、背を向けている彼女の身体に、細いが逞しい素肌を密着させ、彼女の長く豊かな黒髪を弄び肩や腰を掌でなぞっている。時折、露になった雪のように白い項や背中に口付け、強く吸引した。
「あの宴の夜より、ずっとそなたを忘れたことはなかった。
だから崔希倫に命じて、高仲密の第の者への根回しをさせていたのだ」
耳元に囁かれる低く甘い声に、雪華は眉を寄せる。
彼の美しい声音と美貌は、このような事がなければ憧れでもって見つめることが出来ただろう。高愼の妻となっていなければ、今宵のように挑まれても、彼との蜜のような一時に浸ることも出来たかもしれない。現に惨劇を受けた今でも、彼女の眼にはこの男が美しく、魅惑的に映るのだ。艶やかに光る肌と、健康的な筋肉の盛り上がりを見せる引き締まった肉体は、若い娘を簡単に酔わせることが出来る。
そこまで考え、雪華ははっとする。強姦した男を賛嘆の目で眺めるなど、凌辱された女のすることではない。己はこの男を憎んではいないのか?
余りに情けなく浅ましい自身のこころに、彼女は溜め息を吐いた。
「……あなた様はあの夜、わたくしを男に餓えた女のように仰った。わたくしが誰の持物でも銜えたがる女だとお思いになったのですか?
わたくしはそこまで浅ましくはございません。高仲密が居てくれればそれでよいのです」
「知っている。おまえの飢餓は、高仲密が与えていたのだろう。
おまえよりも僧や崔希倫を優先し、ろくに夫婦の交わりも行っていなかったのだからな」
余りにも的確な高澄の指摘に、雪華は思わず彼のほうに身体を向ける。高澄は彼女の頬に手を添え、額に接吻した。
瞼や頬に口づけされながら、雪華は疑問を口にする。
「……どうして、それをお知りなのですか?」
高澄は斜に構えた笑みを浮かべ言った。
「崔希倫やこの第の者から聞いた。寂しいそなたの身の上なら、餓えた目をしても仕方がないのかもしれぬな」
雪華は彼のどこか憐憫の籠もった優しげな声と瞳に、どきりとする。己を犯した男から、このような言葉を聞こうとは……。雪華は目を伏せる。
「……だからといって、あなた様に憐れみを掛けられ抱かれるのは、本意ではありませんわ。
わたくしを抱いて満たすことができるのは、夫である高仲密しかおりませんもの」
そう言って見上げた雪華を、高澄は感情の読めぬ複雑な色を浮かべた瞳で見つめる。
「……そなたは哀れな女よな。嫁いだ相手だけしかそなたを満たせぬと思っている。高仲密に嫁ぐことになったのは、もともとそなたの本意ではあるまい?
それとも、高仲密を愛しているのか?」
勿論、高仲密を愛しておりますと言おうとした。が、その言葉は雪華の口から出なかった。雪華は愕然とする。
――わたくしは、夫を愛している……?
果たして、愛しているといえるのだろうか。夫に嫁いでからは、睦まじい夫婦像を脳裏に描き、自身もそうなることを望んでいた。が、それは夫に愛されて満たされることであって、自身が夫を愛することではなかった。自身を愛する夫に、儒教道徳に則り、甲斐甲斐しく仕えることこそ、彼女の理想だった。
――わたくしは夫を、愛してはいない……?
突き付けられた自身の真実に、雪華は狼狽する。
そんな彼女に構わず、高澄は言葉を続けた。
「言っておくが、俺は寂しいおまえに同情して抱いたわけではない。
おまえを気に入り、欲したからこそ、おまえを抱いたのだ。
大丞相の世子たるこの俺が、あの宴の夜からずっと、おまえを抱ける夜が来ることを期待していたなど、おまえは知るまい?
いくらでも女を自由に出来るこの俺が、ずっとおまえに焦がれていたのだ。無様すぎてかなわぬな」
胸に入ってきた高澄の独白を、雪華は信じられぬ思いで聞いていた。渤海王の世子ともあろう者が、回りくどいやり方をして己に挑んだのだ。それは思い至ってみれば、奇妙なことであった。
高澄の顔をまともに見られず、雪華は顔を背ける。
「わ、わたくしには、迷惑な話ですわ。名族・趙郡李氏の女が姦通するなど、世間に会わせる顔を無くしてしまいますもの」
彼女の言に、高澄はやれやれといった風に苦笑いする。雪華の頤を掴み、彼は自身に向き直らせた。
「自尊心の強い女だな、そなたは。益々気に入った。
俺も自身の立場の悪くなるようなことはしたくはない。父の監視の目もあるしな。
今宵一夜を存分に味わい、この夜を夢として互いに忘れることにしよう」
高澄が浮かべた蕩けるような笑顔に、雪華の胸が疼いた。やはり彼は美しく、魅力的だ。惹き寄せられるのを止められない。彼女は頬が火照るのを感じた。
夢と言いながらも、この一夜は現つにあったことである。雪華の胸にも、忘れることなど出来ようのない痛みが刻まれている。が、痛みさえも、高澄は甘美なものにすり替える。雪華は完全に高澄に落とされていた。
黙って瞼を閉じた雪華の唇に、高澄は深く接吻する。舌を絡ませ、口内で蠢かせ合った。
口吸いだけで熱くなる雪華の身体。高澄は彼女のたわわな肉の果実を手で持ち上げ、頂きの突起を親指で擽った。
「はぁ……あぁん……」
唇の端から唾液を垂らしながら、雪華は喘いだ。高澄は項や乳房に唇を押し当て、軽く吸う。乳首を摘まれ引っ張られる。それが、彼女を堪らなく悶えさせる。
数度にも満たない夫との交わりに、身体の変化が起きたことはなかった。が、高澄との交合は始めから彼女に変調を与えてきた。粘り強い乳頭への愛撫に、彼女の奥まった源泉から淫蜜が漏れ始めていた。
「身体が餓えているのなら、今宵だけでも激しく満たしてやる」
高澄は淫泉に指を何本か差し込み、ゆっくり掻き回した。先程彼が放った白濁が、彼女の悦楽の迸りとともに流れ出てくる。内壁のざらざらした箇所を、高澄は軽く引っ掻いた。雪華の身体がびくんと弾む。白い乳山の突起をしゃぶりながら、彼は下の肉芽を親指で軽く押し潰した。
「はあぁっ……あ、あぁ……っ」
雪華はいつしか下肢を大きく開き、高澄が愛撫をしやすいようにしていた。彼女のこころも、いつしか変化していた。どうしても高澄を憎く思えない。美しくてどこか優しい彼は、雪華のこころを鷲掴みにしてしまった。望まぬ性交であったのに、今は彼を貪欲に欲している。
「あ、ぁ……高、都督……っ」
堅苦しい役職名で呼ぶ雪華に、高澄は囁いた。
「……子恵(しけい)だ」
薄く目を開け、雪華は彼を見る。
「子恵……さま?」
「そう、俺の字だ」
「子恵さま……」
彼の字を愛しげに言う雪華に、高澄は口づけた。字を呼ぶということは、彼女のなかの不貞への戒めがなくなり、彼を近く感じているということに他ならない。高澄は雪華の変化に満足していた。
早まっていく指の動きに、雪華の身体が蠢動する。大腿が小刻みに痙攣し、淫らな水音が激しくなっていく。柔襞が麻痺し、痙れていた。
「あぁッ、い、くッ――!」
びくんびくん、と肢体を打ち上げられた魚の如くのた打たせ、雪華は嬌声を上げた。が、高澄の指戯は終わらない。同じ早さで敏感な場所を摩擦し続ける。何度も逝き続け、いつしか彼女は涙を流し、嗚咽のような喘ぎを洩らしていた。
「はぁん、ううっ……ひくっ……」
激しく撹拌しながらも、時折指の動きがゆっくりになる。焦らすような刺激に、雪華は懇願した。
「お願いッ……あぁんッ……」
「……何だ?」
高澄は意地悪く耳打つ。はっきりと言わせようという彼の意図を察し、雪華は紅潮した。そんなこと言えない、恥ずかしくて。
が、殊更ゆっくり掻き混ぜられ、時折弱い部分を引っ掛かれる。思い出したように赤く腫れ上がった真珠を揉まれ、彼女はひくっ、と喉を鳴らした。
言わなければ望みを叶えてくれないと思い至り、雪華はわななく唇を開いた。
「い……逝かせて、下さいッ!」
彼女の叫びに、にっと笑って高澄は指を激しく動かした。肉芯を細やかに捏ねあげ、尖った乳首も押し潰す。
「あ、あ、ああぁぁッ――!」
尿の排泄口から、勢い良く飛沫が飛び出る。のた打ち、汗を飛び散らせて雪華は逝った。
「さて……次は、俺の番だな」
そう言って、朦朧とした雪華の下肢を大きく掲げると、高澄はどろどろに蕩けた裂け目に濡れた先端を押し込んだ。ぬぷぬぷと粘液の泡立つ音をさせて、彼はぼってりと柔らかな肉壺のなかに芯棒を納めた。
「うんっ……あんっ……」
逝ったばかりで、理性を保てていない雪華は、男の動きに合わせて腰を動かしている。絶妙な吸引力で締め付ける襞に、肉根は悲鳴を上げた。
「くっ……、ううッ!」
突然来た射精の衝動。余りにも早い絶頂に、高澄自身も戸惑う。
散々雪華をじらしていた間に、高澄自身もぎりぎりまで高まっていたのだ。彼女の淫らさに当てられて己を制御できなかった未熟さに、高澄は苦笑した。
――だが、まだいける。
その証拠に、柔々と引き絞り続ける膣壁に、男根は勃起を取り戻しつつあった。が、このまま交接をずるずると続ければ、こちらも疲れ果ててしまい、高愼が帰ってくる前にここを去ることが出来なくなる。
汗に濡れた背にしがみ付く雪華の腕を放し、高澄は寝台に押し付けた。不安げに揺れる彼女の瞳に、彼は安心させるよう熱く接吻した。唾液を交換させるような深い口づけを交わしながら、高澄は腰を花弁に打ち付けた。
「んんっ、ふうっ……!」
雪華の喘ぎが、高澄の口内に消える。激しい腰つきに彼女の身体が逃げかけるが、彼の身体が追い掛ける。沸き上がる快感に、高澄は雪華の肩口に噛み付いた。白い肌膚に残った歯形に、彼は舌を這わせる。それが、彼女には切ない疼きとなり、ぎゅ……っと高澄を締め付けた。
「ふむぅっ……!」
呻きを洩らし、高澄は堪らず腰の動きを速めた。ぱんぱんと音を立ててぶつかり合う陰部に、雪華は気が狂いそうになる。動きとともに、侵入した剛幹がむくむくと大きくなる。彼女の襞は、それを嬉々として咬んでいた。
止めとばかりに、高澄は淫蜜に塗れた肉蘂を素早く擦った。
「あぁっ! い、やぁッ――!」
雪華の意識が飛ぶ。最も強い締め付けで高澄を吸引する。それに導かれて彼の肉柱は樹液を雪華の子宮目がけて発射した。幾度か身体を痙攣させ、高澄は射精する。完全に排出し終わり、自身が萎んだのを確認すると、彼は雪華の膣から男根を抜き出した。とろり、と白濁が逆流して零れ出てくる。
雪華の隣に身体を横たえ、高澄は窓を見た。少し明るくなり始めた窓の向こうに、夢中になって女の身体を貪っていたのだと、今更ながらに悟った。絶頂の瞬間に気絶したまま眠り込む雪華の横顔を見、高澄はにやりと笑う。
――なかなか、癖になりそうな女だった。だが、今宵だけだ。次はない。
高澄は気怠い身体を起こして寝台を降り、袴を履いて胡服を身に付ける。身仕度を終えると、彼は情事の跡生々しい雪華の身体を見やる。少し開いた大腿を大きく開脚させ、凌辱された痕がよく解るよう肉の割れ目を指で左右に押し開き、他し男の白濁液が会陰に伝うように膣の中から掬い出した。それだけで、雪華はうぅん……と喘ぎを洩らす。
――妻の汚れた姿を見た高仲密がどのような反応をするか、見物だな。
皮肉な笑みを浮かべ、高澄は幼気な雪華の寝顔を見る。確かに、身体を交わした一時は彼女を愛しいと思えた。が、それは身体を交えている間だけのこと、身体を離せば男は冷静になるのだ。それを知らないこの女は、やはり愚かとしかいいようがない。
「――さらばだ。確かに、おまえはいい女だったよ」
そう言い置いて、高澄は雪華の閨房から出た。
確かに、高澄はそれから積極的に雪華と見えようとはしなかった。が、それが女に囚われることへの畏れの現れだったと、彼は気付いていない。
高澄のしたことは、結果高愼の反乱を招き、戦いの火種となった。
高澄はひとつの真摯な恋が終わった後、燻る倦み火を抱えたまま、再び雪華と見えることになる。

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